もっとしっとりとした感じになると思っていたのになあ。
では、いつもよりは短めの本編をどうぞ。
十月上旬のその日。若葉、球子、千景の三人は同日に退院した。三人の怪我の程度に差異はあったし、その回復にも差はあったのだが、様々な思惑が交錯した結果のことであったのだ。
大型バーテックス十体と無数の星屑、それらと対峙した決戦。それから二月の時間が流れていた。
「みなさん、お勤めご苦労様でした」
「あんず!」
「! タマっち先輩も元気になって……、本当に良かった……」
「あんずは泣き虫だなあ。タマは逆に心配になるぞ」
「若葉ちゃんも球子さんも千景さんも、退院おめでとうございます」
「みんな、退院おめでとー!」
怪我の程度が他三人に比べかなり軽かったため、二週間ほど早く退院していた杏。彼女はお祝いに軽口を叩くが、球子に抱きつかれると少し涙ぐむ。
そして、ひなたと真鈴の巫女組も三人を温かく迎えるのであった。
「それじゃ、昼ご飯を兼ねて退院祝いにうどんでも食べに行くか!」
「うふふ……。やっぱり若葉ちゃんの第一声はそれになりましたね。食い意地若葉ちゃんです」
「いや、昼になったばかりだし、みんなもお腹が減っているだろ? なら、病院では食べられなかった美味しいうどんでもだなあ……」
最初の掛け声をひなたに揶揄され、たじたじの表情の若葉。言い訳がましくも、皆を自分の好みの店へと連れて行こうとする。
だがまあ、誰からも反対意見は出ない。
そのまま六人で行きつけの店へと向かうのであった。
うどん屋では周りの迷惑にならないレベルでわいわいとおしゃべりに興じ、それぞれ好みのうどんをすする。
だが、どうしても場の雰囲気は明るくはなりきらなかった。
友奈と貴也。先の戦いで二人を欠いてしまっていたからだ。
そして、その話題は避けられていた。話題に乗せたところで、皆落ち込むことが明白だったからだ。
その雰囲気は夕食の場でも同じであった。
真鈴を除く寮住まいの五人。なんとなく個別にいるのも寂しさを感じるのか、談話室に三々五々集まってしまい、その流れで五人、鍋を囲むことになったのだった。
そしてここまで来ると、その暗い雰囲気の源が千景にある事を皆気付いていた。
千景も頑張ってはいた。夏頃までの友奈や貴也も揃っていた時期と比べると、よくしゃべっていたし、周りに気を遣っている様だった。
だが、それでも……
若葉とひなた、球子と杏。彼女たちには、それぞれ魂のパートナーとも呼べる相手が揃っていた。
だが、千景だけは……
親友である友奈を失い、想い人である貴也まで失っていたのだ。
皆、なんとなく千景を気遣い、夕食も口数ほどには盛り上がらなかった。
そして、そのまま散会となった。
その夜。
千景は寝る用意をしながら、反省しきりであった。
『みんなの雰囲気を暗くしてたのは私だわ。もっと、ちゃんと折り合いをつけないといけないのに……』
友奈と貴也を失ったことは、入院していた二ヶ月で心の整理をつけたつもりだった。
だが今日ああやって皆が揃うと、その二人が欠けていることが改めて意識されてしまい、どうにも気持ちの落ち込みを抑えきれなかったのだ。
『まだまだ私はダメね。高嶋さんにも貴也くんにも、頑張るって誓ったはずなのに……』
心が果てしなく落ち込んでいく。
だが、涙が出るわけでもない。涙など、入院中にとうに出尽くしていたからだ。
重い気持ちだけを引きずり、パジャマに着替え、布団に潜り込む。
明日はもっと元気にいこう。そう自分を鼓舞しながら目を瞑る。
コンコン……。
千景の部屋の扉をノックする音が響いた。もちろん既に深夜と言ってもいい時間帯なので、遠慮がちな音だが。
『こんな時間に誰かしら?』
そう思いながら起き上がり、扉へと向かう。
「はい。誰?」
「私です。ちょっと入れてもらっても良いですか?」
「どうしたの、上里さん?」
そして目を丸くする。
そこに立っているひなたは寝間着姿で、しかも枕と毛布を持参しているのだ。
「今日は一緒に寝ませんか、千景さん? お話ししたいことがいろいろとあるんです」
「え、ええ!?」
思いもしないひなたの言葉に、少々うろたえる千景。
だが、彼女の目に真剣さを見出すと気を取り直して頷く。
「ええ、いいわよ。入って」
ひなたは、部屋に入るなり当然の様に千景のベッドに潜り込んだ。あっけにとられる千景。
「まさかとは思ったけど、本当に一緒に寝るつもりなのね。一体、どういうつもりなの?」
「お話ししたいことがあるといいましたよね? ふふ……、千景さんの匂いがします……」
千景の詰問にも泰然自若のひなた。むしろ布団に染みついた千景の匂いをスンスン嗅ぐ真似をしてからかってくる。
そして、布団を少しめくると千景を促す。
「ほら、一緒に寝ましょ、千景さん」
「二人だと狭いんだけど!」
そう言いながらも布団に潜り込む千景。ただ、顔を見合わせる体勢になるのは気恥ずかしいので、ひなたには背を向けた姿勢を取る。
すると、ひなたが背中から抱きついてきた。
「上里さん!? なにを……」
慌てる千景。だが、ひなたは悲しげな声を上げる。
「暫く、こうさせてくださいな。私だって貴女と同じで、好きな人を失っているんですよ……」
「それは……」
言葉に詰まる。ひなたも恋愛感情を貴也に向けていたことは分かっていた。
彼がいた時には、泥棒猫の様な真似さえする油断のならない恋敵だと思っていた。
だからか、こんな悲しげで弱々しい態度を見せられるとは思いもしなかった。
「貴女の気持ちが全部分かるとは言いません。貴女は私の倍……いえ、もしかしたらそれ以上の悲しみを背負っているかもしれないんですから……」
ひなたの腕にグッと力が入る。抱きしめる力が強くなった。
「それでも、少なくとも貴也さんに関してだけは、私と貴女は同じ立場、同じ気持ちのはずだと思うんです」
千景は力尽くでひなたの拘束を外すと体を捩るように寝返りを打ち、ひなたの顔を見つめた。
ひなたは苦しみに耐えるかのような表情のまま涙を流し、それでも千景の瞳を見つめ返す。
そこには、千景の返答を促すような雰囲気があった。
「そうね……。貴也くんに直接振られた訳ではないとはいえ、私と貴女は同じ恋破れた二人ではあるわね」
貴也に面と向かって振られたわけではない。あの告白の後、千景の立場は中途半端なままだった。彼は千景を恋人として明確には受け入れてくれなかった。あくまでも親しい友達のまま。だが、それは千景も納得ずくだった。時間を掛けて少しずつ近づいていければ、そう思っていた。
だが、それはもう叶わない…………
ひなたは何も返事をしない。
じりじりといたたまれない時間だけが過ぎていく。
ようやく意を決したようにひなたが口を開いた。
「貴女は知らないから、そのような冷静な態度をとれるんです。私たちは負け犬なんですよ。貴也さんには三百年後の世界に大切な彼女がいたんです……」
その言葉に目を瞠る千景。
その千景の反応をしっかりと見据え、さらに言葉を重ねるひなた。
「貴也さんが後生大事にいつも着けていたブレスレット。その内側を偶然にも見る機会があったんです。そこには『園子&貴』の文字が刻まれていました。『貴』は恐らく『貴也』の一文字目。貴也さんには、そんなプレゼントを贈り合うような仲の彼女がいたんです」
千景は、そんなひなたをじっと見つめるばかりだ。
千景が言葉を返さないので、焦れたひなたは自分の思いまで打ち明ける。
「それを知った時は、私はその彼女にも負けないよう頑張るつもりでした。でも、貴也さんは神樹様の手で三百年後に…………」
「そう……戻れたのよね……。だからだったのね……私の告白を聞いたときの貴也くんの反応……。そっか、貴也くんは諦めてなかったんだ……三百年後の元の世界に戻ることを。私なら、きっと諦めていたに違いないのに……」
涙声で、でもどこか嬉しそうにそう呟く千景。
そして、震える声でその言葉を零した。
「よかったね、貴也くん……。好きな人の元に戻れて……」
「あ……」
ひなたは、千景のその言葉に驚きを見せると恥ずかしそうに身を縮こまらせた。
「私は自分のことばかり考えていたようです。そんなこと、考えもしなかった。お恥ずかしい限りです……」
「そんなことないわ。私もきっと、貴也くんがいてくれた時にその事を知ったのなら、上里さんと同じように考えたと思う。貴也くんが元の時代に戻れた後だから、こう思えたのかもしれないわ」
二人は布団の中で見つめあう。
互いの温もりが優しく感じられた。
ふふ……
ふふふ……
どちらからともなく笑いが漏れる。
「貴女がいてくれて良かったわ」
千景がそう、唐突に呟いた。
だが、心底そう思っているのが伝わってくる。
「どういうことですか……?」
千景の真意が分からず、尋ねるひなた。
「私も貴女も貴也くんに置いてけぼりにされた、恋破れた同士だもの。私と貴女の想いの形は違うのかもしれないけど、でも同じ人を好きになった者同士、傷を舐め合えるわよね?」
「千景さん……?」
「高嶋さんも、貴也くんもいなくなったの…………貴女には乃木さんがいるけれど。土居さんと伊予島さんにはお互いがいるけれど」
ひなたは息を呑んで見つめる。今にも千景が泣き出すのではないかと。
だが、彼女はひなたの危惧に反して微笑んだ。
「私にとって貴方たち四人は大切な仲間で友達よ。でも、一番大切だったのは高嶋さんと貴也くん。その二人を失った今、それでも少しでも同じ気持ちを分かち合える上里さんがいてくれて、どれだけ私が救われたか…………貴女になら分かるわよね?」
「そう……ですね……」
千景の瞳には、いつの間にか力強さが宿っていた。
それは口にする言葉にも宿り始める。
「だから私は負けない。高嶋さんへの気持ちも、貴也くんへの気持ちも誰にも負けないって! もう二度と会えないのだとしても、二人への私のこの気持ちは誰にも負けないって誓うの! たとえ上里さん、貴女にだって。貴也くんが好いていたっていう三百年後の彼女にだって!」
「わ、私だって負けません。私だって若葉ちゃんへの気持ちと、貴也さんへの気持ちは誰にも負けません! 千景さんにだって、三百年後の彼女にだって!」
千景の宣言に、ひなたも慌てて対抗する。
だから、千景は嬉しそうにひなたを見る
「私、貴女と私は随分違う人間だと思っていたのだけれど……、案外、似た者同士なのかもしれないわね」
「そうですね。誰かを想う気持ち、その重さは似たようなものなのかも……」
二人してクスクスと笑い合った。
暫く笑い合った後、千景が思い出したように口を開く。
「ところで、その貴也くんの三百年後の彼女の名前……」
「『園子さん』というらしいですよ」
「そう……。なら、彼女にも私たちの想いを伝えておきたいわね」
「そうですね」
なぜか以心伝心、互いに思っていることが伝わったと感じる千景とひなた。
二人、顔を見合わせ微笑んだ。
「貴也くんのこと泣かしたら、恨んで化けて出てやるから」
「貴也さんを幸せに出来なかったら、呪って差し上げます」
くすっと笑いが漏れる。
二人、天井を見上げた。
千景は右手で、ひなたは左手で、それぞれの手を繋ぎ、残った片方の手を天へ向けて差し出す。
その視線は天井を越え、天上を越え、未来を見据える。
そして二人声を合わせた。
「「だから!!」」
「貴也くんのこと、支えてあげてね」
「貴也さんを頼みましたよ」
「「園子さん」」
ひなたの描写に違和感を感じる人がいるかもしれません。この作品では、ひなたが若葉の写真を撮り溜めていることを彼女の独占欲の表れとして解釈しています。つまり、のわゆ主要キャラの中では一番独占欲が強い人として描写しているせいです。まあ、性格のいい彼女のことですから、その他の人を排除したりはせず、でも自分が必ず一番でいたい、といった感じに落ち着くのかな、と。
千景とひなたの最後のセリフ。もちろん58話のあのセリフです。
当初、西暦で恋愛絡みの話になるのは千景だけの予定でした。たかしーと貴也を失った後の彼女を危惧して、支え合う相手としてひなたを用意したつもりだったんですが。
思ったよりも千景の心が強かった。42話の「頑張るね」の言葉通り彼女、頑張ったんだなあと。
そして最後のセリフです。300年の時に引き裂かれた貴也と園子を繋ぐアイテムのはずが本編ではやや影の薄かったブレスレット。それが、のわゆ編40~43話のB-sideストーリーとも言えるこの4話で、58話のあの場面に繋がるアイテムとして昇華するとは。この後日談を7割方書き上げるまで作者にも見通せませんでした。(これだから小説書くのはやめられない)
次回は樹ちゃん、出番です!