鵜養貴也は勇者にあらず   作:多聞町

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 タイトル詐欺だ~。
 このお話、樹ちゃんが変身したり魔法を使ったりはしませんよ。ご注意願います。
 それどころか、本題は別の所にあったり。

 では、本編をどうぞ。



0306.06 魔法のアイドル! ブレイブ☆イッつん!!

『魔法のアイドル ブレイブ☆イッつん』

 

 

 そのタイトルが表紙にでかでかと印刷された企画書。

 それを受け取った樹は口元をひくつかせた。

 喉元まで出かかった「うへぇ~」という呆れ返った呻き声。それをやっとの思いで飲み込みつつ、その企画書を提示してきたプロデューサーに尋ねた。

 

「今度のタイアップ企画って、これなんですか?」

 

「そのとおりなんだよ、樹ちゃん! これは社運を掛けたマルチメディア展開でね──────」

 

 プロデューサーの説明を聞きながら、樹は激しい頭痛とめまいに襲われた気がした。

 

 

『イッつん』

 

 

 その単語が如実に示していた。この企画の震源地を。

 中学生の頃から、ある特定の人物だけが呼び続けてきた自らのあだ名。

 だから光の速さで理解する。

 

『このお話の主人公のモデルは私に違いない……!』

 

 どこか、誰も知らない場所に逃げ出したい気分になった。

 

 

 

 

 要するに、話はこうだ。

 まずは樹のことを『イッつん』のあだ名で呼んでいる当の本人、乃木園子がネット上の小説投稿サイトにアップしていたウェブ小説が話の発端だった。

 園子が中三~高一の時期に投稿していたそのウェブ小説『魔法のアイドル ブレイブ☆イッつん』に感銘を受けた業界関係者がいたのだ。

 まあその時点で一年以上も前に完結していた小説だが、園子の投稿小説の例に漏れずネット上では大絶賛状態で、さらには今だにじわじわと新規の読者が増えていっているような有様だったのだ。

 そして、これを商業化しようとの企画が立ち上がったのが今回の一件だった。

 

 園子の了解を取り付け、大幅な改稿および増量が行われた上での単行本化がまず決まった。

 次いでコミカライズとアニメ化が同時並行で進められ、そのアニメ主題歌の歌手として犬吠埼樹が選ばれたというのが事の真相であった。

 もちろん樹の所に話がやって来るまでには、二年近い月日が掛かってはいたのだが。

 なお、ゲーム化も画策されているとかなんとか。

 

 ちなみに、どうやら『イッつん』が樹のあだ名であることに感づいている者はほとんどいないようだった。

 それもそうだろう。そのあだ名で樹を呼ぶ人物は園子一人だけであったし、そして園子は四国を牛耳る『大社』の事実上のトップである事もあり、TPOを弁えていた。そのあだ名が使われるのはプライベートな場だけであったからだ。つまるところ公式な場で、園子がそのあだ名で樹を呼ぶことは無かったということだ。

 ただ、その小説の内容を熟読した関係者の間では水面下で噂が広まっていた。

 

「この小説の主人公。どことなく歌手の犬吠埼樹ちゃんに似てない……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 樹が企画書を見せられてから数ヶ月。企画は順調に進行していた。

 樹が高校を卒業したその翌月。四月に発売された単行本の第一巻は瞬く間にベストセラーとなった。メインターゲットは中高生のはずだったのだが、意外に幅広い年代に受けたのが原因だった。軽いタイトルの上、コミカルな表現の部分が多々ありながらも、ベースの話がシリアスであったのが主な理由かもしれない。

 もちろん、キャラクター人気も相当なものだ。

 

 単行本の第一巻が発売された同月からは、コミック雑誌でコミカライズ版の連載が始まった。

 これも読者アンケートによると、その雑誌の看板作品に匹敵するような人気が出ているようだ。

 

 そして、樹が直接関わるアニメ版である。

 第一期として秋口スタートの一クール、全十三話の制作が進行していた。

 内容は隔月ペースで発刊される小説版全四巻のうち第二巻の内容まで。ディスクや関連商品の売上によっては第二期の制作も視野に入れられているそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、樹は自宅で荷造りに奮闘していた。

 仕事絡みの旅行にはもう慣れたものなのだが、今回はいつもより少し荷物が増えているのが原因だ。

 

「いつきー、明日からの用意できてる?」

 

「もう! いつまでも子ども扱いしないでよね、お姉ちゃん」

 

「ゴメンゴメン。もうアンタも高校卒業しちゃってるのにね。なんか実感が湧かなくて」

 

 今年の年明けから樹専属のマネージャーとなった風が部屋へ顔を覗かせるなり心配の声を掛けてくる。それに対し少し反発してみせると、彼女は苦笑いをしていた。

 

『まったく……。妹離れの出来ないお姉ちゃんなんだから!』

 

 そう内心で愚痴ってはみるものの、やはり樹も姉がついていてくれるのは心強いものなのだ。明日からのMV撮影のための旅行の用意をまとめながら、表情は柔らかい笑顔を見せていた。

 

「あ、そうそう。鵜養のアポ取れたわよ」

 

「えっ、ホント!? やったあ。貴也さんに会うのも久し振りだなあ。荷物の用意も無駄にならなかったよ」

 

 すると、思い出したように風が樹の頼み事が叶ったことを報告してきた。

 思わず嬉しくて少しはしゃいでしまう。

 ところが、風は少し複雑そうな表情だ。

 

「で、ホントにやるの? いまや人気絶頂のアイドルがやる事じゃないんじゃない?」

 

「外向けはお姉ちゃんが上手くやってくれているんでしょ? それにね。いいとこ見せたいじゃない?」

 

「まあ、私が一緒だからね。最悪、週刊誌あたりに盗撮されても言い訳は立つしね」

 

「えへへ……。貴也さんにリベンジマッチだぁ! ルンルン♪」

 

 明日からのMV撮影に私的なオプションツアーが加わり、樹はその日一日、上機嫌で過ごした。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 愛媛県道後市。西暦の昔は松山と呼ばれていた四国最大の都市だ。

 樹はこの土地にMV撮影のためにやって来ていた。

 

「流石に外で一般の人に見られながらは、ちょっと恥ずかしいですね……」

 

 そう言って一瞬はにかんだ笑顔を見せるも、すぐにキリッと仕事向けの表情が出来るのはやはりトップアイドルだけのことはあった。

 その樹のコスチュームは『魔法のアイドル ブレイブ☆イッつん』の主人公、矢賀手(やがて)五花(いつか)の魔法少女への変身後のものだ。それはいつも歌手として着る舞台衣装以上に、媚び媚び、フリフリ、そしてどこかカッコ可愛い衣装だった。ちなみに勇者装束とは異なり、和のテイストはほとんど無いに等しいものだ。

 

「いやー、スタジオで撮影するよりも外の方が映えるね。まるで本物の魔法少女のようだ」

 

 撮影隊の監督もベタ褒めである。

 

「動きに可憐さがあるんですよね。それに対して要所要所でのキリッとした時の雰囲気も良い。歌手だけじゃなく女優さんもいけるんじゃ?」

 

「殺陣はむしろ素人っぽいんですけどね。でも、このキャラには合っているし、醸し出すオーラは本当の戦闘を行っている様で逆にカメラ映えするんですよね。ちょっと他の子じゃ、こうはいかないですよね」

 

 ADやカメラマンも大絶賛である。

 彼らの横では風が笑顔でピースサインを送っている。

 風以外は誰も知らない。樹が中学生時代、バーテックスと呼ばれる化け物を相手に『勇者』として本当の戦闘を行っていたという事実を。

 

 

 

 

 撮影は二日を掛けて松山城とその周辺の山中、坊ちゃん列車とのコラボなどを経て、道後温泉駅前の広場でトリとなった。

 

「お疲れ様―! この後はみんな楽しみ、打ち上げだぁ!!」

 

 監督が軽い調子で撮影全日程の終了を告げる。皆、笑顔で仕事完了を労っていた。

 

「お疲れ様でしたー!」

 

 樹も元気よくスタッフに挨拶をしていると監督から声が掛かった。

 

「樹ちゃんは明日はどうするの?」

 

 ハッと振り向く。だが監督に他意はなさそうだ。優しそうな笑顔が浮かんでいる。

 

「明日、明後日はおね、マネージャーさんとここで一泊して休暇を満喫する予定ですよ」

 

「へー、そりゃいいねえ。俺なんか、明日は朝も早くから玉藻にとんぼ返りで次の仕事の打合せだよ。……ったく、少しは休ませろってんだ!」

 

 予定を気取られないよう、ざっくりとした返事を返すと、監督は羨ましそうな表情を見せた後、やれやれという感じを隠さずに愚痴をこぼしてきた。

 なお、ここで監督が言っている『玉藻』は西暦時代で言うところの『高松』だ。四国の政治、経済の中枢であるばかりでなく、芸能界等エンタメ業界の中心地もまたそこである。

 

「あはは……。お疲れ様です。頑張ってくださいね」

 

「おう! 樹ちゃんの笑顔で少し元気が戻ってきたよ」

 

 その後、軽く挨拶を交わして一旦ホテルに戻る。着替えを済ませ、少し身綺麗にしてから打ち上げ会場に向かった。

 

『今回も良いスタッフさん達に恵まれたなあ。打ち上げも楽しくなりそう♪』

 

 その予感は的中した。

 樹は姉共々楽しい時間をスタッフと共有し、次の日の決戦へ向けて英気を養うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の夕刻。

 何の変哲もないアパートの一棟に、当代きってのトップアイドルとそのマネージャーが訪れた。もちろん二人ともそれと気取られないように目立たない出で立ちに変装している。

 二人は二階へと上がると、何のためらいも見せずに目指す部屋番号が書かれた扉脇のチャイムを鳴らす。

 

「はーい!」

 

 ガチャリと鍵を開ける音を鳴らし、扉を開けて出てきたのは鵜養貴也。彼女たちの中学生時代からの知り合いで、とても大切な仲間の一員だ。

 

「やっほー、鵜養。お・ひ・さー!」

 

「お久しぶりです。貴也さん」

 

「やあ、よく来たね樹ちゃん。まあ、上がってよ」

 

 笑顔で二人を招き入れる貴也。だが、そのセリフに自分が入っていないことに口を尖らせる風がいた。

 

「ちょっとちょっと、鵜養。アタシは、アタシは~?」

 

「風とは花見でみんなが集まった時にも会っただろ? 今日は樹ちゃんがメインのお客様だよ」

 

「それ、もう二ヶ月以上前の話だから! おひさ、おひさ~」

 

「はいはい。久し振り、久し振り」

 

 風は文句を言いながらも、その表情は決して本気で不満を漏らしているわけではない。だから貴也も適当に流す態度をとってくる。

 樹は、その二人の馴れ合いきった軽妙なやり取りに思わず破顔した。

 

「やっぱり仲いいな~。お姉ちゃんと貴也さん」

 

「そりゃまあ、高校時代の二年間、毎日のように顔を合わせていたからなあ」

 

「まあね。あの頃も楽しかったわよね。勇者稼業の合間合間に勇者部活動をやって、バカもやって……」

 

「まあ、バカをやってたのは主に風と弥勒さんだったけどな」

 

「そんなことないでしょ!? 棗は天然ボケだし、怜は熱血バカだし、アンタはアンタでポンコツだし!」

 

「ケンカ売ってんのか!?」

 

「先に大安売り仕掛けて来たのはアンタでしょうが!?」

 

 やるかコンニャロとばかりにファイティングポーズをとる二人だが、顔を見合わせた瞬間、プッと吹き出す。

 

「と、まあ、こんなことばっかやってたわよね」

 

「そうだな」

 

 そうやって和気藹々? かどうかはともかくとして、1DKの屋内へと上がっていく三人。

 

 

 

 

 荷物を置いて、まあお茶でもどうぞとばかりに一服つく三人。

 風が話を切り出す。

 

「鵜養も独り暮らし、長くなったわね? 三年目でしょ?」

 

「まあね。西暦時代に飛ばされた時の経験も役立ってるし、慣れたもんだよ」

 

 貴也はこの地の大学に通っているのだ。今年三年生に上がったところであり、研究室への仮配属もされている状況だ。

 

「園子さんをほったらかしにしてていいんですか? 勉強したい分野があるのは分かりますけど」

 

「園子には、ちょくちょく会いに帰ってるよ。大学を選んだのは環境科学の権威の田畑教授に師事したかったからだけどね。でも、園子の力にもなりたいから大学院まで行くつもりはないよ。就職活動は大社を第一志望にするつもりさ」

 

「へー。大学生の就職とか私、全然知らないので勉強になります」

 

「僕の一例だけを取り上げて分かったつもりにならない方がいいよ。どちらかというと特殊ケースだからね」

 

 そうやって貴也の話題が一巡した後、今度は樹の方へと話題が移っていく。

 

「あ、そうそう。昨日のロケ? 僕も周りの野次馬に紛れて見てたよ。樹ちゃんの動き、キレッキレだったね」

 

「あはは……、あれ、貴也さんも見てたんですか? お恥ずかしい限りです。まあ、ちょっとだけ勇者をやってた経験が生きたかな? って思いますけどね」

 

「あれは至高の一品になるわよ。今度のアニメ主題歌のMVなんだけど、売り出されたら三枚は買って一枚は家宝にしなさいよ」

 

「あれだろ? 園子が原作を書いたってヤツだろ? で、残り二枚はどうするんだよ?」

 

「普段の鑑賞用と布教用に決まってるでしょ!」

 

 平常運転な風の言い振りには貴也も呆れ、樹は苦笑いをするばかりだ。

 その後、今回のアニメの話を少しした後、やっと本題へと入っていく。

 

「それで、今日はどんな用で来たのかな? 風からは樹ちゃんが何かしたいからとしか聞いてないけど」

 

「えへへ……。リベンジマッチをしに来ました」

 

「へ?」

 

 樹の照れ笑いと共に返された返事に、何のことか分からず間抜けな顔をする貴也。

 そこにすかさず風のフォローが入る。

 

「アンタ、高校時代、何度か樹の手料理食べて倒れてたでしょ? そのリベンジをしたいんだってさ」

 

「ああ、あれか……」

 

 思わず冷や汗を流す貴也。

 確かに高校時代に何度か樹の手料理を口にしたことがある。大抵、何品かを一度に食す機会となっていた。

 ただ、問題なのは必ずそのうちの一品以上に紫色の料理が混ざっていたことだ。どこをどうやったら紫色に変貌するのか訳のわからない料理。普通にレシピどおりに作っているはずなのに、皆の目が一瞬でも外れると必ず紫色の料理が混ざっているのだ。

 周囲の皆は必ず、口にするな、ヤメロ、と言う。確かに変な匂いもする。だがなぜか、それを食べないのは何かに負けたような気がするし、作ってくれた樹にも悪いという想いが限りなく重くのし掛かってくるのだ。

 そして口にする。不味いとか、変な味がするとか、嫌な匂いがするとかそんな次元の話ではない。何かに殴られたような強烈な衝撃と共に気絶するのが常であった。

 

「それでわざわざロケの後、僕の家へ?」

 

「そんなところよ。樹の好きなようにさせてやって。最悪、骨は拾ってあげるから」

 

「縁起でも無いこと言うなよ」

 

「だ、大丈夫ですよ。れ、練習もしてきたし……」

 

「分かったよ。樹ちゃんの心意気に応えるよ」

 

 結局のところ、自信なさげな樹の態度には引っかかりを感じたものの、最悪二、三日も寝込めば済むだろうと考え、承諾する貴也であった。

 

 

 

 

 風と樹が持ってきた食材などをキッチンで広げ出す。調味料なども持参してきているようだ。

 

「調味料、手製の容器を使ってるんだな。家から持ってきたの?」

 

「はい。いつも使ってる調味料なら失敗しないかな? と思って……」

 

「ん? いつも?」

 

「このところ、お姉ちゃんと代わりばんこに食事を作ってるんですよ。まあ、仕事が忙しくて、順番が滅茶苦茶になることもよくあるんですけど」

 

 その樹の言葉に思わず風を振りかえる貴也。すると風は柔らかい笑顔を湛えて解説してくる。

 

「この半年ぐらい、樹の料理、失敗がないのよ」

 

「え? 本当に?」

 

「ええ。一年ぐらい前までは必ず例のパープル・クッキングになってたのにね。だから最近は樹の美味しい手料理が食べられるようになって、もう、もう! もう!! 幸せなのよ~!!!」

 

 しゃべっている途中で感情の高まりが止まらなくなる風。体をくねくねとさせ、表情と口ぶりを合わせ全身で幸せを表現してくる。

 

「でもね、貴也さん。自宅でしか作ったことがないんです。それで、あの、その……貴也さんの家のキッチンを借りて、自宅以外でもちゃんと料理が作れるかどうか試したくて……」

 

 少し自身なさげにそう付け加えてくる樹。

 『そうか、それでいろいろと辻褄が合うな』と納得する貴也。

 

「でも、東郷さんとか勇者部の誰かの家で作ったりはしなかったの?」

 

「えっと、一番最初は、私の料理で一番被害に遭われた貴也さんに、と思って……」

 

 『あー、確かに』とそこも納得する貴也。

 樹の料理を食べて一撃でノックアウトするのは貴也だけだった。他の勇者の皆は食べても気分が悪くなったり、最悪一晩寝込めば復活していた。なんなら見た目以外何ら悪影響が無かったことすらあった。貴也だけだったのだ。食べた瞬間に気絶し、二、三日寝込むほどの被害を受けていたのは。

 そこはそれ、本物の勇者達と似非勇者である自分との違いなのかもしれないと感じている貴也であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、貴也の目の前には美味しそうな匂いをさせる料理が並べられていた。

 ブリの塩焼きに筑前煮、だし巻き卵に白味噌のみそ汁。そして白ご飯。

 

「おー! あの怪しい紫色が無い!!」

 

 樹には失礼だが、やはり歓声が上がってしまう。

 

「はい。一応、失敗じゃないみたいです。でも食べてみないことには……」

 

「いつも家で食べてるのと同じように出来てるじゃない。味見の時も大丈夫だったし、これなら鵜養の舌を唸らせるのも夢じゃないわよ」

 

 まだ少し自身なさげな樹だが、風が太鼓判を押してくる。

 

「それじゃ、いただきましょう」

 

 風の言葉で気を取り直したように、三人揃って食事に取りかかった。

 

「「「いただきまーす!」」」

 

 

 

 

 しばらく黙々と食べてゆく三人。

 そして、どの料理にも手を付けたところで貴也が口を開く。

 

「どれも美味しいよ、樹ちゃん!」

 

「ほんとーですか? 嬉しいな」

 

「ああ、お世辞抜きに美味しいよ。流石、風の妹だけはあるよな。この分だと、すぐに姉に負けない料理上手になりそうだ」

 

「あは、えへへ……」

 

 貴也の褒め言葉に照れ笑いを見せる樹。本当に嬉しそうだ。

 風もどや顔をしながら話しかけてくる。

 

「でしょ? 自慢の妹に、また一つ自慢できる項目が増えちゃった」

 

「お姉ちゃん!」

 

「ハハッ、でもどうして急に上手くなったんだろうな?」

 

「そうよねー。そこは不思議なんだけどね」

 

 三人、顔を見合わせて思案顔になる。

 

「高校卒業を機に、って訳でもないのよね。その前の正月を大分過ぎた辺りからだったし……」

 

「へー……、ん? 高校卒業?」

 

「ええ、この三月に卒業しましたよ」

 

「歌手としての活動が忙しかった割には成績もそこそこ良かったのよね?」

 

「あはは……、あんまり成績のことは言わないで」

 

 高校卒業という言葉に引っかかりを見せた貴也を受け、樹と風の間でその話題へと急転換が図られる。

 だが、貴也はその方向へ進むのを止めようとしたのか、樹に質問を投げかけた。

 

「いや、そこじゃなくて。樹ちゃんの誕生日っていつだったっけ?」

 

「十二月七日ですよ」

 

「じゃあ、年明けにはもう既に十八歳になった後だったんだ」

 

「そうですよ?」

 

 貴也の質問の意図を図りかね、首を傾げる樹。

 すると、そこまできて思い当たる節があったのか風が大声を上げた。

 

「あー、そうか! 勇者の定年!!」

 

 そう。『神樹様の勇者』は十八歳になった後、二十歳になる迄の間に勇者としての力を失うのだ。

 

「そうか、なら何もかも納得がいくわ! どんなにレシピどおりに作らせてもパープル・クッキングになってしまった訳も! 十八歳になって暫くしてから、急にそれが無くなったのも! そうか、全部神樹様の仕業かー!」

 

 風が、樹の料理が怪しい紫色に変貌していた理由を叫びながら、一々納得したように首を縦に振っていた。

 そして、中二から実質的に勇者を引退していたため、詳細が分からずにきょとんとした顔の樹。

 

『あー、それなら今後また樹ちゃんの手料理を食べる機会があっても、もう安心して食べられるな』

 

 貴也はすっかり安堵した表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、今回撮影されたMVである。

 アニメのスタート直前に配信されたそれは、アニメ主題歌のMVとしては驚異的な再生数を見せた。

 なにせ、主演の樹がスタントマンによる吹き替え無しの自前のアクションを見せているのだが、それがあまりにも可憐かつ格好いいとの評判が流布したためだ。

 それに合わせて主題歌、特にMV付き特別版の売り上げも鰻登り。

 

 そして、それが樹にとって幸とも不幸とも言い難い事態を呼び込んでいた。

 

 

『魔法のアイドル ブレイブ☆イッつん』

 

 

 その題名および主人公の名前から、ファンの間で自然発生的に樹のニックネームが定着してしまったのだ。

 

 

『イッつん』

 

 

 そしてそれが公式ニックネームに決まった時、樹は四つん這いに崩れ落ちた。

 

『私、このあだ名から一生逃れられないんだ……』

 

 その樹の脳裏には、園子の悪い笑顔が()ぎったとか()ぎらなかったとか。

 

 




 はい、いつぞやの勇者の定年に関わるお話でした。(お忘れの方は本編最終回後の「番外篇」をご覧下さい)
 もちろん本作独自の捏造設定です。

犬吠埼風:高校卒業と同時に樹が所属する芸能事務所に就職し、持ち前の女子力(?)で僅か1年と9ヶ月で事務所の誇るトップアイドルの専属マネージャーの座を勝ち取った、ある意味やはり天才のこの人。でも、この人。自身が誇る女子力よりも、嫁力、母力の方が遙かに強いですよね?

犬吠埼樹:四国の誇るトップアイドルにして歌姫。可憐な見た目に反して芯の強い鋼のメンタルな人。ついに勇者定年制により料理の腕前も手に入れ、さらに強力な存在になりました。もう無敵かな?

弥勒夕海子、古波蔵棗、十六夜怜:風、貴也と神樹館高校で同じクラスだった濃いメンツ。この1学年下のいつものおかしな仲間と共に、讃州中学の流れを汲んで勇者部をやっていた模様。なお、怜はオリキャラです。誰だっけ?と考えるまでもなく。

鵜養貴也:本編主人公にして、戦力的には疑問符が幾つも付く人。大学時代は園子をほっぽって学業邁進! という訳でもなく、ちょくちょく会いに帰省している模様。だけど4年生になったら帰れません。これは決定事項なのです。

乃木園子:本編ヒロインにして、今回のお話の元凶を作った人。直接の登場は無いのに引っかき回して行くなあ。え? 小説の内容を詳しく? 作者には園子様の文才をトレースする才能はございません。あしからず。


 えー、最後に。
 引っ越しすることが決まりました。そのため、生活が落ち着くまではまたもや執筆が困難な状況に陥ります。
 また投稿間隔が大きく開くことになりますが、気長にお待ち下さい。よろしくお願いいたします。

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