鵜養貴也は勇者にあらず   作:多聞町

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2020.02 勇気を出してよかった

 千景は寮の私室でウンウン唸りながら課題をこなしていた。

 十二月からこっち、天の神との戦いが休戦となったことを受けて勇者としての訓練がなくなり、市井の生活に戻っても支障が無いようにとの大社の配慮から、普通の学生たちの学力に追いつくための学業に力が入れられていたからだ。

 

 

 

 

 コンコン。

 

 そんな時、部屋の扉をノックする音が響く。

 出てみると、ひなたがにこやかに立っていた。

 

「千景さんにお客様ですよ。談話室に通しておきましたから早く行ってあげてくださいな」

 

 そう言うと来客の名すら告げず、何やら含み笑いをしながらそそくさと去っていく。

 

『…………誰かしら……?』

 

 この時期に自分を訪ねてくる人物に心当たりがなく、千景は首をひねりながら談話室へと向かった。

 

 

 

 

 扉を開くと、巫女服姿の少女が椅子に座っていた。

 彼女は千景が談話室に入ってきたのに気づくと、跳ねるように立ち上がり頭を下げる。

 

「お、お久しぶりです、郡様。…………あ、あの……わ、私のこと、覚えていらっしゃいますか?」

 

 髪をお下げにしメガネの奥に意思の強そうな、しかし今だけは不安に揺れている瞳をたたえた少女。

 千景は小首をかしげ、やや間をおいたものの口を開く。

 

「確か……美佳(よしか)。……そう! 花本美佳さん。そうよね?」

 

「覚えていてくださったんですか…………?」

 

 そう言ったきり涙ぐむ美佳。感極まったのか右手の甲を口元に当てたまま体を震わせ、立ち尽くしていた。

 

「忘れるはずがないわ。あんな印象的な出会いをしたのだもの。それに、上里さんから聞いているわよ。貴女が私を見出した巫女だと大社から認定されているって」

 

 千景は思わず微笑む。

 なぜだか自分でも分からない。だが彼女との出会いを思い返すと、そう、あんなにも印象的で、なのに心穏やかに言葉を交わせた出会いなどなかったのだと、そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二〇一五年七月三十日。日本各地で大きな地震が頻発していた。

 その夜、ひときわ大きな地震が起きた後、千景は何かに導かれるように住まい近くの、その地震で倒壊した神社の社に向かった。母親が不倫の上失踪し、父親からはネグレクトを受け、住んでいた村全体から攻撃の対象とされていた千景を見咎めるものはいなかった。

 そこで錆びた大きな刃を拾った。後に神聖な力を取り戻し『大葉刈』と呼ばれるようになる刃を。

 

 そこに隣村から自転車を走らせてやってきたのが美佳だった。

 彼女も何かに導かれるように、その場にやってきたのだった。

 

 千景は出会ってすぐ、その第一声で美佳の名前をフルネームで当ててしまった。

 なんのことはない。種明かしをすれば、彼女の自転車に名前が書かれていた。それが千景の目に止まった。それだけのことだ。

 だが、普通なら美佳(みか)と読んでしまう漢字。それを美佳(よしか)と正しい読みで一発で当ててしまった。そのことにひどく驚かれた。

 

 それがきっかけとなり、しばらく穏やかに言葉を交わすことが出来た。

 互いの身の上を少し話しただけではあるが。

 もちろん千景が、自身の家族が村八分のような扱いを受けており、自身も学校でひどいイジメを受け、大人たちからも虐げられていたことを話すことはなかったのだが。

 

 それでも、千景は思う。

 他の勇者たち。友奈とも、若葉とも、球子とも、杏とも、更には巫女であるひなたとも。大社に紹介されて初めて会った時にはひどく警戒をして、険悪とまではいかなくとも、決して穏やかではない出会いをしてしまっていたのだと。

 ましてや貴也である。同世代の彼には、今思えば申し訳なく思えるほど、その出会いにおいて信用など全くせず、ただただ警戒しかしていなかったのだと。

 心穏やかな出会い。それは美佳とだけだったのだと。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「そういえば、聞いた? 勇者のみんな、四月からは丸亀を引き払って、大赦が用意する坂出の新設校に通うことになったって」

 

 寮で同室の巫女、安芸真鈴がそんなことを尋ねてきたのは、美佳が千景と再会を果たす数日前のことだった。

 

「それは本当のことなんですか?」

 

 美佳は、二段ベッドの下段から上段で横になっているはずの真鈴に問いかける。

 上からは自信なさげな返答があった。

 

「神官の人達が話していたのを小耳に挟んだだけなんだけどね。だから確定した話ってわけでもないかもしれないけど……。とにかく、人類が天の神に降伏して戦いがなくなったわけじゃない……? それで、勇者のみんなが普通の生活に戻ってもやっていけるように、って事みたいだよ」

 

 美佳は、その真鈴の言葉に引っかかりを覚えた。

 いや、真鈴の言葉にではない。話の中に出てきた大社の神官たちの言い分、そこになにかもやもやとしたものを感じてしまったのだ。

 とはいえ、自分でもどこにわだかまりを持ったのか分からない。

 だから、そこは何も指摘しなかった。出来なかった。

 

「そうですか……。私たち巫女が勇者様たちと会うのもちょっと、さらに難しくなりますね」

 

「まあ、それでもアタシは球子と杏ちゃんには会いに行くけどね。上里ちゃんなんかだと、乃木ちゃんのそばに居たいからって一緒に新設校に移籍しちゃうかもね」

 

「上里さんなら、やりかねませんね」

 

 フフフと笑い声が上段からも下段からも漏れる。

 

「で、花本ちゃんはどうするの? まだ郡ちゃんに会いに行ったことないんでしょ? このまま一生会わないつもりなの?」

 

 その真鈴の問いかけに美佳は息を詰めた。

 

「あんまり気負わずに、さっさと会っちゃえばいいのに」

 

 その真鈴のあっけらかんとした言いぶりが、心に突き刺さった。

 

 

 

 

 千景と初めて会ってから四年半の月日が流れていた。

 だが、美佳は初めて出会ったその日以来、一度も千景と会ってはいなかった。

 

 彼女とは何かに導かれるように、運命的な出会いをした。

 そして、親以外の誰からも正しく呼んでもらえない、美佳が嫌悪していた自分の名前。それを一発で、正しい読みで呼んでくれた。そのことに美佳がどれほど強烈に運命を感じたのか。

 千景自身の月下で刃を持ったまま佇んでいた、その神秘的な美しさ。それらも相まって、美佳には千景が女神とも天使とも感じられてしまい、後々『信仰心』とも言えるような強烈な想いが植え付けられてしまったのだった。

 

 だから美佳は、『勇者』として大社に保護されてしまった千景に少しでも近づきたくて、『巫女』として大社に入った。元々、彼女の家が神社であり、父親が宮司であったために抵抗感が少なかったのもあろう。

 

 だが、千景を神秘的で穢れの無い美しいものと感じてしまったことが、却って美佳の行動を縛ってしまった。

 千景と再会することに気後れを感じてしまったのだ。

 そして、再会することをずるずると先延ばしにするうちに、さらに気後れは増大し、会おうとすることに大変な勇気が必要となっていった。

 もう今となっては、再会することを半ば諦めてしまうくらいには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 美佳は、手を尽くして情報を集めた。

 元々、大社には良い印象が無かった。勇者や巫女たちを、まるで駒のように扱っているように感じた。民心を安寧させるためなのか、平気で嘘の情報を流していた。上層の権力争いも目に余った。

 だから、今回の新設校の話も裏があるのではないかと疑ったのだ。

 

 もちろん、大社の職員たちにも美佳の父親を筆頭として彼女から見てまともだと思われる人々もいた。そういう人たちとは積極的に繋がりを持ち、自身の情報網を築くことに心を砕いた四年半だった。

 

『すべては郡様を守るため』

 

 その一念で実家の神社職員や氏子にも協力を仰いできた。おかげで千景の悲惨極まりない生い立ちすら、ほぼ全てを把握していた。

 

 そういった情報網を駆使し、美佳は一つの結論を胸の内に抱え持った。

 

 

 

 

 その日、ひなたが巫女たちの元を訪れた。勇者たち、丸亀城組の状況の報告など業務連絡のために大赦に訪れたついでだった。とはいえ、ひなたにとってはこちらの方こそが本命のようなものなのだが。

 美佳は新設校に関する話をするため、ひなたを連れだし二人きりの状況を作った。

 

「上里さん。この四月から勇者様たちは大赦が坂出に新設する学校に移って、出来る限り普通の学校教育を受けることになったって聞いたのだけれど、本当?」

 

「ええ、そうですよ。それで今、普通の学生の学力レベルに追いつくために皆さん、勉強を頑張っているところです」

 

 詰問に近い語調で尋ねたにもかかわらず、ひなたはにこやかに答えを返してきた。

 だから、美佳は少しイラつく。ひなたは何も分かっていないのではないかと。

 

「分かっているの、上里さん? 全寮制の少人数の新設校、それも今までの環境から隔離された場所への移動。そこに込められた、これからも勇者様たちを自分たちの都合のいい手駒として使うために、世間一般から隔離して、自分たちが監視しやすい環境の中で持ち駒として持っておこうとする大赦の魂胆に!」

 

「そうですね……。だからなのでしょうね。私も若葉ちゃんたちと同じく、その新設校に通うよう要請されているんです。これまでの天の神との戦い、その事情に明るい私たちをいわば軟禁状態に置こうと考えているんでしょう」

 

 少し怒りをにじませた(なじ)りに、ひなたは嘆息を交えつつそう返してきた。

 だが、その答えは却って美佳の怒りに油を注いだ。

 

「そこまで分かっていながら! なぜ、何も行動を起こそうとしないんですか!?」

 

 その言葉にひなたは驚いた表情を見せる。

 

「私は、まだこの四月にやっと高校生になるような子供ですよ。大赦の職員さんたちにいろいろとお願いをして交渉をすることは、これまでもやってきました。だから、そういったことには若葉ちゃんたち勇者の皆さんや花本さんたち巫女の皆さんよりは長けていると自負しています。でも、大赦の組織としてのあり方に関わるようなこと、私の手には余ります」

 

 その答えに、美佳はふっと鼻で笑った。

 

「確かに貴女も私も子供でズブの素人よ。でも、大赦の神官たちだってそう。戦争にだって、政治にだって、門外漢の素人の集団にしか過ぎない。せいぜい神社一つや、地方の神社を幾つかまとめる経験を持つ人がいる程度。その上、バーテックスと直接戦ったこともなければ、神樹様の神託を受けることも叶わず、勇者様たちと直接触れ合ったこともない人たちばかり」

 

「でも、それは……」

 

 ひなたは反論しようとして言葉に詰まった。

 

「なら、私は! 勇者様たちと最も深く触れ合ってきて、神樹様に最も愛されている巫女である貴女こそが、大赦を率いていくべきだと思う。元々この国には神様と意思疎通の出来る巫女が国を率いるという歴史があった。その古代のあり方に立ち返るだけよ」

 

 黙りこくるひなたに、美佳は更に言葉を重ねる。

 

「どのみち、上里さんはやるしかないのよ。乃木様を守るためには、そうするしかないから。私も及ばずながら力を貸すつもりよ。郡様を守ってあげたいから。勇者の中で一番悲惨な目に遭っているあの人を守りたいから。一番仲の良かった高嶋様も、想い人であった鵜養様も失ってしまったあの人を守るために……」

 

「花本さん……」

 

「だから私は、大赦という組織に巫女として残って楔を打っていくつもりよ。貴女が決心してくれるまで待っているわ。でも、なるべく早くしてね」

 

 美佳はそう言うと、ひなたが考え込む素振りを見せたのを満足気に見ながら踵を返した。

 

『これで上里さんにも楔を打ち込めた。後は、彼女が動きやすいようにもっと情報を集める。私は上里さんの目に、耳になってみせる。――――――郡様。貴女に会う勇気を持てない私だけど、これだけはやり遂げてみせます』

 

 

 

 

「待ってください、花本さん!」

 

 ひなたのその声に、立ち去りかけていた美佳は振り向いた。

 

「まだ、なにかご用があるんですか?」

 

「そこまで覚悟を決めているのなら、千景さんに会ってあげてください。大赦に巫女として残っても、会えるチャンスは今よりももっと減ってしまいます。今のうちにすぐ千景さんに会って、励ましてあげてください」

 

 そのひなたの言いぶりに、美佳は動揺を見せる。

 

「先月、亡くなった友奈さんの誕生日があったんです。それがきっかけで友奈さんや貴也さんのことを思い出したのでしょう。それ以来、元気がないんです。私や若葉ちゃんたちではどうにもならないんです。助けてくれませんか?」

 

「でも、ずっと一度も会っていない私が行ったところで……」

 

「千景さんのことを、こんなにも大事に思ってくれている貴女なら千景さんも心を開くと思います。彼女を助けてあげてください」

 

「でも…………」

 

「お願いしましたよ」

 

 固まってしまった美佳を置いて、ひなたは立ち去る。

 

 

 

 

『私を動揺させた仕返しです。千景さんは元気そのものですよ。当然、影を引きずってはいますけどね。でも、これで花本さんが千景さんに再会できるのなら、最高の仕返しにはなりますね』

 

 若干黒い笑みを含ませながら、ひなたは若葉たちの待つ丸亀城へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 美佳は丸一日逡巡した。

 自分が会いに行ったところでどうなる? 自己評価の低い彼女にはそう思えて仕方がなかった。

 だが、ひなたがはっきりと助けを求めてきたのも確かなことなのだ。もしかしたら本当にひなたや勇者たちだけでは千景を助けることが出来ないのかもしれない。

 そう思うと、居ても立っても居られなかった。

 

 

 

 

 巫女が勇者たちに勝手に会いに行くことは禁止されていた。それどころか、寮から自由に出歩くことさえ。

 

『処分を受けるだろうな……』

 

 巫女をクビになることはないだろうが、それ相応の処罰はあるだろう。覚悟を決めて美佳は千景に会いに行く準備をした。巫女装束のままではあるが。もちろん、こうすれば敷地内では見咎められないことを予想した上での服装だ。

 そこへ真鈴が戻ってきた。用事があって部屋を出ていたのだが、予定よりもだいぶ早く戻ってきたのだ。

 彼女に気取られる前に出ていこうと思っていたのだが、間が悪い。

 

 真鈴は部屋を見回すと、いつも以上に綺麗に片付けられていることに気づいた。

 

「どこか、出かけるの?」

 

「はい」

 

「ふ~ん」

 

 そう言うと、自分の荷物の中をガサゴソと何か探しだした。そしてその札入れと思しきものを美佳に手渡すと、今度はスマホでどこかへと電話を掛ける。最後に何事かメモを書きつけると、それも美佳に渡してきた。

 

「丸亀城に行くんでしょ? 花本ちゃんはあまり遠出をしたことがないから知らないと思うけど、寮から丸亀城に行くのは結構手間よ。タクシーを手配したから、それで行きなさい。お金はその札入れに入っているから。それから、見つからないように行くこと。そのメモにタクシーが待っている場所と、丸亀城内での抜け道を書いておいたからね」

 

「安芸先輩…………ありがとうございます。この御恩、一生忘れません」

 

「そんな大層な事じゃないわよ。郡ちゃんによろしくね。あと、球子と杏ちゃんに会ったら、私がまた遊ぼうって言ってたって伝えておいて。――――――じゃあ、頑張ってね」

 

 背中を軽く叩かれた。

 美佳は笑みをこぼしつつ、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 千景と再会して驚いた。

 彼女は美佳のことを覚えていてくれた。四年半もの昔、一度会ったきりの自分のことを。

 嬉しかった。ずっと慕っていた相手に覚えていてもらえたのだ。

 

 そして気付く。

 ひなたに嵌められたのだと。

 千景は元気を失ってなどいなかった。もちろん、友奈や貴也を失ったことは彼女の中で重しとなっているのだろう。ふとしたやり取りの中に陰を感じた。でも……

 

『上里さん、やってくれましたね。安芸先輩にまで、ご迷惑を掛けてしまったじゃないですか……』

 

 それでも、なぜ彼女がそんな行動に出たのか。その意図まで分かりたくもないのに分かってしまう。

 心の中で静かにひなたに頭を下げた。今度会ったら、ちゃんとお礼を言おうと思った。

 

 

 

 

 これまでの事を教え合うことを中心に、いろいろと話をした。

 その中で、美佳は自分が千景のことを誤解していたことに気付く。

 

 初めて会った時の、月明かりの下で手に持った刃を見つめながら佇む儚げな姿。

 知れば知るほど、悲惨で可哀想だとしか思えない生い立ち。

 勇者になってからも受けた、故郷からの仕打ち。

 一番仲の良い友達だった高嶋友奈の死。

 そして、恐らく初恋の相手であったろう鵜養貴也の死。

 

 それらから受けた印象で千景のことを、どうしようもなく守らなければならない存在だと思い込んでいた。

 でも、彼女はそれだけの人ではなかった。

 

『そうか…………この人は、郡様は私ごときに『守られる人』なんかじゃなかったんだ。たくさんの人を『守る』側の人なんだ。勇者に選ばれるだけのものは持っている人なんだ……』

 

 

 

 

「ねえ。話していて思ったんだけど……」

 

 そう話を変えてきた千景に、美佳はその顔を見つめ返す。

 

「なんでしょうか?」

 

「その『様』付けはなんとかならない? もっと普通に呼んでもらえたら嬉しいのだけど」

 

 どうやら千景は、美佳の『郡様』呼びがお気に召さないらしい。

 でも、それを変えることなど美佳にとってはとんでもないことで……

 

「そんな……。私にとって郡様は、とても大事な御方で、尊敬する方で、だから敬うことをやめることなんて出来ません」

 

「でも、『様』付けで呼ばれているとね。なんだか大赦の神官たちと話しているようで、ちょっと嫌だな、と思ったの。花本さんとは、もっと対等に付き合いたいと思うんだけど……」

 

「え……?」

 

 大赦の神官たちと話しているようだ。その千景の言葉は美佳の心に痛恨の一撃を与えた。

 途端に『様』付けで呼びかけていたことに後悔の念が押し寄せる。

 

「そんなつもりはなかったんです。ごめんなさい。郡さm……、あ、いや、貴女が嫌なんだったら、すぐに変えます。どんな呼び方が良かったですか?」

 

「普通に『さん』付けでいいわよ。私と貴女、ほぼ同い年のようなものだもの」

 

 そう言って微笑む千景。

 その笑顔にポーっと見惚れてしまった。

 だから……

 

「私は貴女と友達になりたい。友達になってくれませんか、郡さん……?」

 

 美佳は思わず、そう口に出してしまっていた。

 ところが千景は今日初めて会った時のように、小首をかしげた。そして、自然に……

 

「え……? 私は貴女と、もう友達なのだと思っていたのだけれど……。それこそ、初めて会ったあの夜からずっと」

 

 

 

 

 千景は戸惑っていた。

 脊髄反射のように、その答えが口から勝手に飛び出してしまったからだ。それこそ、美佳の『友達になってほしい』という意思を理解した途端、どう答えるかを考えるよりも先に。まるで、そう答えるのが最初から決まっていたかのように。

 

 そして納得する。

 

『そうか。彼女こそが、花本さんこそが私にとって初めて出来た本当の友達なんだ……』

 

 千景の心が喜びに満たされた。

 

 

 

 

 美佳も驚きと共に喜びに包まれていた。それこそ望外の喜びに。

 

『嬉しい、嬉しい、嬉しい! 郡様は、私のことを友達だと思ってくれていた! こんな、望んでいた以上のことが分かるだなんて……。良かった……。本当に良かった。勇気を出して郡様に会いに来て、本当に良かった!!』

 

 だから、もはや大赦という組織に巫女として残り、楔を打ち込み、千景を守っていこうなどという小賢しい考えは吹き飛んでいた。

 ただただ千景と一緒にいたい、一緒の空気を吸いたい、一緒に同じ事をしたいという欲求に囚われていく。

 だから、その想いが言葉となって口から吐き出される。

 

「私、決めました。四月からは郡さんと一緒に、同じ学校へ通いたい。同じ教室で学びたい。『神樹館高校』を受けます! そう大赦に話を持って行きます!」

 

「ええ、歓迎するわ。一緒に同じ学校に通いましょう。寮も同じになるわね」

 

 千景は微笑みながら答えを返す。だが、最後に少し茶目っ気のある笑いを交えた。

 

「でも花本さん。貴女、一つだけ忘れていることがあるんじゃないかしら?」

 

「え? 何をですか?」

 

「四月からの学年。私は高二だけど、貴女は高一よね。残念ながら同じクラスにはなれないわよ」

 

「あ! そうでした……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 笑い合う千景と美佳を盗み見ながら、ひなたはにんまりとした笑顔を浮かべる。

 

「やっと花本さんにも春が来ましたね。焚き付けた甲斐がありました」

 

 そして表情を改める。その瞳には決意がありありと示されていた。

 

「花本さんの仰っていた懸念。私にも分かります。私も覚悟を決めないといけないのでしょう。でも、だからこそ大赦には私と若葉ちゃんが高校に通っている間、三年間のモラトリアムを与えます。でも、その後は……」

 

 もちろん高校に通っている間も、信頼できる人たちを頼ってでも大赦の体質改善が図られていくことを願う。

 でも、それでも叶わないことが分かったのなら……

 

 ひなたは何も心配していない。

 自分には心強い味方が大勢いる。

 自分を信じて付いてきてくれる、真鈴や美佳を始めとする巫女たちがいる。

 大赦の神官たちの中にも、自分たちに私心なく味方してくれる者たちがいるだろう。

 杏は大赦の攻略法を考えてくれることだろう。彼女ほど信頼の置ける軍師は他にいないのだから。

 千景も頭が切れる方だ。なにより恋敵でかつ恋に破れた者同士、気心が知れてしまっている。ある意味、最も信頼の出来る仲間だ。

 球子は苦しくなった時、気が滅入りそうになった時、率先して支えてくれるだろう。彼女ほど周囲に気を使えるムードメーカーは他にいないのだから。

 そして、ひなたが何よりも守りたく、誰よりも大切にしたい若葉。彼女がいてくれるだけで、ひなたはどんなに高く厚い壁にだって立ち向かっていけるだろう。

 

 

 

 

 上里ひなたが乃木若葉と共に大赦を完全掌握したのは、この時より四年が経った(のち)のことであった。

 

 




 はい。美佳ちゃんを生きている千景ちゃんに会わせてあげたかった。
 ただそれだけのお話でした。
 もちろん「うひみ」の設定をできるだけ活かせるような形にできるよう、頑張ってみましたが。

 なお本作の設定上、大社→大赦の名称変更時期は2020年1月頃になりますので、今回は時系列に合うように大社表記と大赦表記が混在しています。
 なんだかややこしいですが、悪しからずご容赦ください。
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