とにかく、おめでとう。西暦の風雲児、若葉様。
それでは、本編61話目の特別篇にも絡むお話をどうぞ。
神世紀三年。その、いまだに残暑厳しい九月。
上里ひなたはうなじにうっすらと汗を滲ませピリピリとした雰囲気を身に纏いつつ、灼熱の感のある神樹館高校校舎内の廊下を会議室へと向かっていた。最高学年であり生徒会長でもあるひなた。その後ろには副会長の伊予島杏、書記長の花本
彼女はかろうじて聞き取れる程度の小声で美佳に尋ねる。
「美佳さん、会議室のチェックは済んでいますか?」
「ええ。盗聴器が四つ……もちろん処分しておいたわ」
「そうですか。いつもありがとうございます」
「私にはこれぐらいしか出来ませんからね」
「あまり卑下する態度をとり続けるのもイヤミですよ。貴女の諜報能力にはいつも助けてもらっていますから」
三人は目的地である会議室の扉を開ける。冷房の効いたひんやりとした空気が流れ出てきた。その内装は高校の生徒用であることから簡素ではあるが、防音性能は優れている。
会議用机がロの字型に設営された室内では既に十数名の出席者が席に着いていた。彼女たち三人の入室で全員が揃ったことになる。
出席者の顔ぶれは大きく三つに分けられる。一つはひなたたち神樹館高校生徒会の三名。一つは安芸真鈴を始めとする十名ほどの巫女たち。最後に烏丸久美子を始めとする数名の神官たち。
彼らの目的は幾つかあるが、当面の最大の課題は『大赦』という組織の漸進的な改革。保身や利己主義に染まった組織──特にそれが目に余る上層部──を、人類にとって最後の生存地となった四国を『あらゆる意味で』守る組織に変えること。とはいえ、このように一堂に会することは初めてのことであった。
冒頭の挨拶の後、会議開催をひなたが宣言したところで不規則発言があった。
「いいのか、こんな派手な集まりを催して? 連中に警戒されては乗っ取りが難しくなるんじゃないか?」
少し気だるげな雰囲気を身に纏う女性神官。公式には、バーテックスとの終末戦争で殉職した勇者である高嶋友奈を見出した元巫女とされる烏丸久美子だ。
彼女はニヤリと笑みを浮かべながら、揶揄するようにひなたに問う。
「もはや電撃戦を行わないと主導権を握れないという時期は過ぎましたからね。皆さんのご助力で、穏当な手段を取ろうともこのメンバーで大赦の主導権を奪うことは可能になりましたから」
「ほう……」
ひなたに動揺はない。
事実、このメンバーを主体に大赦の組織内に深く根を張ることが出来た。神樹様の神託を受け取ることの出来る巫女たちは、すべてひなたの味方だ。乃木、土居、伊予島の勇者たちの実家もバックアップしてくれている。特に乃木家は元々西暦の時代からひなたの実家である上里家と共に香川県では有数の力を持つ名家でもあった。さらには友奈の親戚筋の家──名字が幸いにも高嶋であった──が見つかり、その家も丸ごと味方に付いてくれた。役職的には中堅以下しかいないものの良識派の神官たちもネットワークを作り上げ、いまや大赦の主要組織は押さえている。
大赦の実権を奪う布石は既に整っているのだ。
久美子もその実態については理解してるのだろう。感嘆の声を上げながらも、その目は笑っている。
「それに、今回の会議の結論は大赦上層部に建議する予定のものですから。なにも後ろめたいことはない集まりなんですよ」
ひなたもそう付け加えると暖かな笑みを見せた。
会議の前半はそれぞれの現況報告となった。
それらの情報を合わせてみると、やはり大赦の実権を奪うに足る力は得られていることが確認できた。がしかし、大赦の体質改善には至っていないことも確認できた。相変わらず上層部は醜い権力闘争に明け暮れており、虚偽の情報の流布など秘密主義も必要以上の状態であった。
「それでは後半の議題に移ります」
ひなたがそう言うと、前面に映し出されたプロジェクターの画像に新たな議題のタイトルが表示される。
『人類の寿命の短縮傾向とその対応について』
会議室内にどよめきが起こる。
「やはりそうなのか……」
誰かの呟きが聞こえてきた。
「それでは伊予島さん、お願いします」
「はい」
ひなたが促し、杏がそれに応えて説明を始める。
要約するとこういうことだ。
バーテックスの侵攻があって以降、特に高齢者の死亡率が跳ね上がっている印象があった。もちろんバーテックスに襲われた際の負傷や天空恐怖症候群(天恐)などの影響もあるのだろう。だが、それだけでは説明が付かない程度には増えているように感じられていた。
そこで、このほど四国暫定政府より発表された統計データを用いて杏と美佳が多角的に分析した結果を報告したのだ。
その結果、天恐などのファクターを除いても特に高齢者の死亡率が跳ね上がっており、人類の寿命が短縮傾向にあることが見て取れたのだ。
「このように旧日本政府発表の最後の確定値、二〇一三年度の統計データと比較して、神世紀元年度の確定値でも大幅に人類の推定寿命が短くなっているばかりか、まだ集計が終わったばかりの速報値の段階ではありますが、神世紀二年度のデータにおいてはさらに短縮傾向が進んでいることが分かります」
「最終的にはどの程度まで短くなるんですか?」
説明の途中ではあったが不安に耐えられなかったのだろう。質問の声が上がった。
「まだ速報値を含めても二年分のデータしかありませんから確定的なことは言えないんです。ごめんなさい」
杏がそう言って申し訳なさそうな表情で頭を下げると、ひなたがフォローに入る。
「神樹様の神託でも曖昧な表現ではありましたが、そういう傾向を進めることは示されていました。ですので、私たち巫女に下ったそれらの神託も総合した私の印象と言いますか見解にはなりますが、人類の平均寿命は男女を問わず七十歳を割り込む恐れすらあるのではないかと考えられます」
再び会議室内にどよめきが起こる。
ちなみに西暦二〇一三年の日本人の平均寿命は男性八十歳、女性八十六歳だ。これを見ても大幅な短縮であることはご理解いただけるだろう。
さらに言うならば、この時より二百年以上後の大赦の公式記録では、神世紀七十二年にバーテックス襲来実体験者の最後の一人が
「どうして……? 私たちは神樹様に守られているはずなのに……」
「逆に言えば、それが原因かもしれないわね」
「え?」
「古来、神様に好かれている人間は短命になると言われているわ。私たち四国に生きる人間は神樹様に愛され、守られている。つまりは、そういうカテゴリーに入るのかもしれないということよ」
「そんな……」
巫女たちの座るブロックからはそんな会話さえ聞こえてきた。
皆、動揺を隠せないでいる。
だが、ひなたからはそれを抑えつけるような発言が出た。
「この現象は神樹様のお考えが基になっていることでしょうし、理由や原因を探ることに意味があるとは思えません。それよりも、社会構造をこれに対応したものに変革していくことが重要であり、喫緊の課題だと思われます」
「そのとおりですね。我々の現在の社会システムはバーテックスの襲来により混乱をきたしていますが、元々長寿社会を見越したものへの変革の途中でした。時計の針を巻き戻さねばならないということですね?」
すると神官の一人、花本──美佳の父である──からひなたへと確認を取るような言が発せられる。
また、巫女側からも久美子のやはり揶揄するような発言が出る。
「だが、それをここにいる私たちだけではどうにも出来ないだろう? だからこその冒頭の発言か……」
それらに首肯するひなた。
「ええ、お二方の仰るとおりです。ここまで詳しい分析結果は大赦上層部でもまだ把握してはいないでしょう。ですから、この説明が終わった後で決を採りたいと思います。この案件、大赦上層部へ正式に報告を上げ、対処を促すか否か」
そして再び杏の流れるような説明が始まる。
寿命が短くなることに対する社会的なメリットとデメリット。
花本からの発言にもあったように、長寿高齢化社会への適応途中であった各種政策・施策との齟齬。
短寿命化社会に対して構築すべき社会構造のデザインに関する概要。
それらの説明が終わると、ひなたは美佳に目配せをした。
頷いた美佳は高らかに宣言する。
「では、採決をいたします! 本件を大赦上層部へ報告することに賛成の方は挙手をお願いいたします!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
どうしてこうなった?
ひなたはこめかみを押さえつつ、目の前で満面の笑みを浮かべながら骨付鳥にかぶりついている球子を見やった。球子の隣ではやはり美佳が渋い顔で、ひなたの隣では若葉が困ったような表情を浮かべながらもそれぞれ骨付鳥に挑んでいる。
「もう一度尋ねますが、どうして私たちに相談もなく婚約を決めてしまったんですか!?」
神世紀四年十一月。ここは丸亀市内のとある居酒屋の個室。とは言えまだまだ彼女達は未成年。並んでいるグラスに入っているのはいずれもソフトドリンクである。
元勇者チームの仲間の一人である土居球子が婚約をしたとの報せを受け、急遽その真相を問い質すために呼び出したのだ。
だが、彼女の言にひなたは納得できない。ついつい口調も強くなってしまう。
「だから言ってるじゃん。結婚なんて当人同士のフィーリングが大事だし、結局はそれだけだろって」
「ええ、確かに憲法でも『婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し』とあります。ですが……」
「それにタマだって考え無しに、って訳でもないんだぞ。いろいろ考えてだなー」
「それにしても……」
「まあ、大赦からは高校にいた頃から『早く結婚しろー』『勇者の血を残せー』『土居の名字を残すために婿を取れー』って、『呪いか!?』って思う程度にはさんざん言われてきたけどさー」
「それで、大赦の勧めに従ってお見合いをしたんですか? お相手の方が幸いにも大赦現上層部の色の付いていない、私たち側の神官の家の方だったとはいえ……」
「そこは偶然だったようですよ」
ひなたと球子の言い合いに美佳が割り込んできた。その発言に目を丸くするひなた。
「そこは知りませんでした。どういうことですか?」
「大赦もバカではありませんから、土居様を自分たちの息の掛かった家のいずれかに引き込もうと考えていたようですよ。ただアリバイとして、彼らの候補としていた人物たちと比較して家格や学歴、職階が明らかに低い人物も釣書の束に紛れ込ませていたようです。ですが、土居様はそれこそ仰るとおりフィーリングで選ばれたようで……」
「大赦上層部の思惑通りには行かなかった、ということですか。なんとも、まあ……」
呆れ返って球子を見やるひなた。
ひなたの注意が美佳に向かったのをこれ幸いと、再び骨付鳥に挑んでいた。
「いい食べっぷりだな。球子もやっと親の良さに目覚めたか」
「タマは雛も相変わらず好きだぞ。まあ、若葉とのいつかの言い合いみたいに『雛じゃないと』って固執しないようになっただけだ。要するに、タマも大人の女になった、ということだな」
おや鳥を美味しそうにパクつく球子にからかい気味に声を掛ける若葉だが、球子はどや顔で反撃する。
ぐぬぬと少し悔しそうな顔をする若葉だが、そこは自制して返す。
「そ、そうだな。私たちも高校を卒業して、成人式前とはいえ半ば大人の仲間入りだ。小さな事にこだわりすぎるのも良くないな」
はあ~。
そんな若葉の反応に嘆息するひなたであった。
「ところで、そうやって自分たちの意図とは外れた相手にもかかわらず、よく大赦上層部はこの婚約を承知したものですね」
ひなたは気を取り直して美佳に尋ねる。
各所から情報を抜くことにかけて彼女は仲間内で随一の能力を誇っている。ひなたにとって、最も信頼できる情報源であった。
「彼らにとって、本題はそこになかったからでしょうね」
「本題?」
「自分たちの完全な制御下に土居様を置くことですね。相手が大赦内の神官の家であったことで、良しとしたようです。むしろ、婿を取って土居様の家名を残すことが本題のようです」
「将来、勇者の直系が大赦内にいることこそが重要という訳ですね。対外的にはそれだけでも圧をかけられますからね」
「そうですね。政界にも財界にも勇者の名一つで、ある程度は言うことを聞かせることが出来るでしょうし」
「それに今回の球子さんのケースはいわばテストケースなんでしょうね。本命は若葉ちゃんでしょうし。若葉ちゃんの時は、なりふり構わず自分たちの影響下の家の者を婿に取らせるつもりなんでしょう」
自分の言葉ながら虫酸が走った。
思わず目の前のジンジャーエールを呷る。
口の中はさっぱりとしたが、やはり若葉に変な男を婿に取らせる想像をした嫌悪感までは消せなかった。
「それにしても、どうして大赦はここまで球子さんの結婚を急がせたんでしょう!?」
もう一つの疑念を美佳にぶつける。嫌悪感を引きずってしまい言葉がきつくなってしまったことに、僅かに後悔の念が生じる。
「どうやら、一年前の建議が発端のようですよ」
「一年前?」
「例の人類の寿命短縮化傾向の報告と、その対処の陳情ですね」
その美佳の言葉に、ひなたの中でいろいろな事象が結びついていく。
「子ども、いえ子孫ですか……。少なくとも孫の世代、あわよくば曾孫の世代くらいまではかつての勇者に実際に会わせておき、いろいろなものを引き継がせようとしているんですね」
「まあ、そういうことなんでしょうね」
美佳はそう言って烏龍茶を舐める。そして隣の球子に目を向けた。
『本当にこの方は……大赦の思惑を外しているんだか、乗せられているんだか……。ともかく郡様が巻き込まれないで良かった。さっさと大学進学を決めてくださったのが功を奏したわ。さすが郡様だわ。まるでこの事態を見通していたかのよう……』
一方、ひなたは球子への苦言を再開しようとする。
「一応の全体像はつかめました。ですがやはり、まずは大赦から急がされたとはいえ、早々にお見合いの話を承諾し、行い始めたのは一体全体どういうつもりなんですか!?」
「まあ、そこまで目くじらを立てなくてもいいじゃないか。そもそも祝い事だ。楽しくやろうじゃないか」
ところがそれまで、特に発言のなかった若葉が取りなすような言葉を発する。
だが藪蛇だった。ひなたの矛先はその若葉にも牙を剥いた。
「それこそ、そもそも若葉ちゃんの危機意識が足りません! 先ほどの美佳さんとのやり取りを聞いていなかったんですか? 大赦の次のターゲットは若葉ちゃんですよ。どんな相手が宛がわれるか……」
そこまで言うとゾクゾクッと背中を冷たいものが走る。
あまりの嫌悪感に鳥肌さえ立った。
だが、若葉はきょとんとした顔でひなたに尋ねる。
「だが、そういった事態になった時はひなたが対処してくれるんだろ……?」
『この人は! この人は! この人という人は~!!』
なんということだろうか? 自分を信じ切ったこの態度は?
若葉からの厚い信頼に、ひなたの心はドロドロに蕩けていった。
「でも、そうね。土居様が今回の事、伊予島様にも相談をしなかったのは意外でしたね」
一旦、皆が落ち着いたところで美佳が、ずっと思っていた疑問点を球子にぶつけた。
すると球子は心底意外そうな顔をして言葉を返す。
「え? だって当たり前だろ? あんずの奴、千景が大学進学の勉強を始めてからは当てられたかのように、同じように進学のための勉強を始めちゃってさ。そうやって頑張っているあんずを邪魔しちゃ悪いからさ。それに、あんずの姉を自負しているタマとしては、やっぱり自分で決めないとな。今回の婚約の件の報告も、あんずの合格が決まってから報告するつもりだぞ」
『あ、そういうことか……!』
三人、納得して顔を見合わせる。
「球子もいろいろと考えているんだな。なんだか、仲間内で私が一番物事を考えていないような気がしてきたぞ」
「まあ、乃木様には外付けの思考回路がありますからねえ」
いかにも感じ入ったかのように若葉がそう呟くと、半目の美佳が若葉とひなたを見比べながら応じる。
「とにかく、次のターゲットは若葉ちゃんになるでしょうしね。これは……美佳さん」
「いよいよですね」
「ええ。もう悠長なことは言っていられません。若葉ちゃんの見合い話が本格化する前に、大赦の実権を奪います」
そして、ひなたは右手を握りしめつつ決意のこもった発言をする。
その姿に美佳は内心呆れ返る。
『はあ~。この人の行動原理も乃木様ありきなんですね。いままで悠長に事を構えていたのは一体何だったんですか? 乃木様の件で尻に火が付くとここまで変わるんですね……』
「それでは、乃木様は自由恋愛で結婚するということに……」
「いえ、そういう訳にもいきません」
ならば、若葉はしがらみ無く結婚できるのかと美佳は思ったのだが、そうはいかないらしい。
「ならば?」
「いずれにせよ、若葉ちゃんのお相手は私が厳しく吟味します。そして若葉ちゃんには、いえ、私たち巫女や勇者の皆さんには婿を取ってもらいます」
「私もですか?」
「ええ。もちろん、それは対外的な押さえというよりは、大赦内部の統制に使うつもりですけどね。初代勇者の直系の子孫、バーテックスの戦いの頃の巫女の直系の子孫、それらの名声が大赦内の利己的な勢力へのカウンターとなるように取りはからいます」
この時のひなたは、まだ若かった。
勇者や巫女の直系の子孫だからといって、ひなたが期待するような効果が永続的に続く訳ではなかった。
もちろんひなたとてある程度は想定していた。が、彼女の想定以上に彼女の期待から外れていく家は多かったのだ。
そして、もっと直近の問題。
この施策が千景の意思に反したものであり彼女の結婚の大きな障害となるとは、この時のひなたには想像も出来なかったのである。
兎にも角にも、こうやってひなた達のグループによる大赦掌握は本格的にスタートした。
なんだかあまり高潔な決意によるものと言うでもなく、なんとなく締まらない理由ではあったが。
いつの間にやら50,000UAを越えていました。お気に入り登録も300越え。
投稿当初には考えもしなかったところに来てしまいました。
これも、本作を読んでくださっている皆さんのおかげです。深く感謝いたします。
と、いうことで記念投稿をすべく準備中です。
期待しないでお待ちください。
【このとおりになるのか微妙に怪しい次回予告】
若葉たちが四国外調査から戻って数日、ひなたに突然の神託が下りる。
四国に迫る未確認船団に対処せよ。
だが空を飛べる戦力は貴也と球子のみ。然して、ここに大海戦が始まる。