鵜養貴也は勇者にあらず   作:多聞町

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2019.03 南国の勇者(前編)

 若葉たちが貴也を加え四国外調査から戻ってしばらく。三月も末日を迎えようとしていたある日。

 昼食を終え教室で雑談をしていたところ、突然ひなたがトランス状態に陥ったのだ。

 

「大丈夫か、ひなた? もしや神託か?」

 

 倒れかかるひなたの体を受け止めた若葉が尋ねる。

 

「……ええ。そうです」

 

「諏訪で受けた神託か? 四国に再び危機が迫っているという……」

 

 数日前、四国外調査の際に諏訪の地でひなたが受けた神託の事だ。この神託があったが為に、調査を中途で打ち切り早々に四国に戻ってきたのだ。

 

「いえ、なんだか様子が違いました……」

 

「? どういうことだ、ひなた?」

 

「どうやら、一時的に結界を解くとの事らしいです。それも南西部の一角だけを」

 

 貴也達、ひなたを心配して周りに集まっていた勇者達も顔を見合わせる。

 そんなことをすれば、バーテックスの群れが四国の地に雪崩れ込んでくるかもしれない。

 皆に緊張が走った。

 

「それは一体……?」

 

「私にも分かりません。とにかく結界が一時的、一部とはいえ解かれるのは間違いなさそうですけど」

 

「そうか……どちらにせよ、この神託については大社へすぐに報告を上げないといけないな」

 

 そのまま、ひなたを連れて職員室へと向かう若葉であった。

 

 

 

 

 そんな事があってから一時間半ばかり経った頃。授業中にも関わらず教室の扉が勢いよく開けられた。

 そして神官が一人、そしてもう一人、先日来貴也の担当をしている大社職員佐々木が入室して来た。

 

「授業中に申し訳ございませんが、勇者の皆様方に至急対応していただきたい事象が発生いたしました」

 

 神官が自らのはやる心を落ち着かせようとでもするかのような口調でそう話すと、隣の佐々木へと目配せをする。すると、佐々木が手にした数枚の紙を捲りながら読み上げ始めた。

 

「本日十三時四分、高知海上保安部が船舶無線通信を受信しました。発信元は沖縄からの脱出船団。救援を求めています」

 

 その言葉に若葉たちからどよめきが上がる。

 

「また、先程のひなた様が受けられた神託。大社本部に詰めている巫女様の大半も同様の神託を受けられたようです。大社としましては総合的に判断し、神樹様がこの沖縄からの脱出船団を受け入れるために結界の一時解除を行うものと受け止めます。つきましては勇者の皆様方には至急、この沖縄からの脱出船団の救援に向かっていただきたく、平にお願い申し上げます」

 

 そして締めくくりに佐々木と神官は若葉たちに向けて深々と頭を下げたのだった。

 

「以前の神託にあった南西諸島の生き残りか……分かりました。至急対応します。──────行くぞ、みんな!!」

 

 若葉は承諾すると仲間たちの方に向き直り声を上げる。

 だが、ひなたと杏から否定的な言が発せられた。

 

「若葉ちゃん。そうは言っても、助けるべき相手は海の上なんですよ」

 

「そうです。現状、空を飛べるのは鵜養さんと切り札を使ったタマっち先輩しかいません。──────あのー、船団の詳細な位置は分かっているんですか?」

 

 そして、杏から船団の位置に関する質問が神官たちに向けて放たれる。

 

「概ね足摺岬から南南西に百キロメートル強の位置のようです」

 

「「そんな近くに来るまで分からなかったんですか!?」」

 

 ひなたと杏の驚きの声がハモった。

 その二人の驚きに、神官が申し訳無さそうな態度で言い訳を述べる。

 

「どうやら、諏訪との通信や四国外調査の際に用いられた神の力が織り交ぜられた通信ではなく、従来の電波のみを用いた通信のようで……神樹様の結界のあたりで激しい減衰が起こっているようなんです」

 

 その答えに皆、絶句した。

 

 

 

 

 その静寂を破ったのは意外なことに千景だった。

 

「今更、判明が遅くなったことをあれこれ詮索しても始まらないと思うわ。救援に向かう人選を早くしないと……こうしている間にも船団がバーテックスに襲われてしまうかもしれないわ」

 

「そうだな、千景の言うとおりだ。──────鵜養くん、二人ぐらい抱えて飛べないか?」

 

 千景に同調した若葉が現状、特に切り札を使うこともなく空を飛べるものと皆が思い込んでいる貴也に問うた。

 この時点で彼女たち──貴也も含む──は貴也の変身が、彼女たちが切り札を使っている状態に相当していることを知らない。だから、貴也に戦闘員兼運搬役を委ねる考えに至るしかなかったのだ。

 

「どう考えても一人が限界だよ。船団に辿り着く前の海上で戦闘に入る可能性も考慮すれば、一人も抱えていないに越したことはないとさえ思う」

 

 海上で戦闘に入った場合、空中走行を立体機動にしなければならないだろう。貴也には、勇者とはいえ、とても人を抱えたままバーテックスに対して不利に陥らない戦闘を行うのは不可能に思えた。

 

「私、貴也くんが二人抱えて飛んでいけるなら、一人はぐんちゃんがいいんじゃないかなって思ったんだけどなー」

 

「高嶋さん!?」

 

「でも、そういうことなら……」

 

 友奈は自らの発言に驚く千景を流しつつ、一人を見やる。

 

「そうですね。それなら他に選択肢はありませんね」

 

「私が行きたいのはやまやまなんだが、ならば仕方がないな」

 

 ひなたと若葉も同意する。

 そして、トドメは杏だ。

 

「ええ。タマっち先輩なら船の上から遠距離攻撃もできますし、最悪、切り札を使えば空も飛べます。これ以上の人選はないかと……」

 

「ええーっ!? タマか……タマなのか…………?」

 

 ところが球子にはいつものノリがない。キョドキョドと視線をあっちにやったりこっちにやったりしている。

 

「どうかしたのか? なにか不味いことでもあったか?」

 

「イ、 イヤ~、そういうわけじゃないんだ、け、ど……」

 

 常にない球子の反応に皆、首を傾げる。代表して若葉が問いかけてみるが、どこか曖昧な返事しか返ってこない。

 

『ほんの二、三日前なんだぞ! 鵜養にか、か、可愛いって……ウオーッ、思い出すだけでも無理だー!!』

 

 つい先日のレクリエーションでの罰ゲーム。杏主催の寸劇の中で、貴也に図らずも『可愛い』などと言われてしまった球子。生まれて初めて同年代の男子に『可愛い』などと言われてしまったため、恋愛感情はともかくとして、それを思い出すだけで顔も脳みそもカーッっと熱くなってしまうのだ。

 いきおい、この二、三日は貴也との接触を避けてしまっていたほどである。

 

 

 一方、本人の意識しないところで加害者となっている貴也。

 まだ彼女たちと知り合って二週間足らず。だが、彼女たちはそれなりに気遣ってくれているのだろう。いろいろと話しかけてきてくれている。この二、三日球子だけが話しかけてこないことに意識が向いていなかった。

 まあ彼自身、三百年前の世界に放り込まれたばかりでもある。彼が守るべきであると定義付けた勇者仲間の事といえど、なかなかそればかりを考えていられる訳でもなかった。

 

 

 

 

『ははーん、さてはそういうことですね……』

 

 ニヤリと口角を上げる杏。もちろん球子の胸中を百パーセント理解していた。

 

『でも、ここでタマっちをからかっている場合じゃないよね。沖縄から脱出してきた人たちの生死に関わる事なんだから。どうにかして行ってもらわないと……』

 

 そこで球子をけしかける策略を瞬時に頭の中で練る。

 なんのことはない。ストレートな戦法が思いついた。

 

「タマっち先輩がダメなんでしたら、私しか選択肢がないですね。若葉さんと友奈さんは近接戦主体というか、ほぼそれしかできませんし海に落ちたらそれまでです。千景さんも戦いになったら常に切り札を使い続けるしかないでしょう。七人中一人を船の上に待機させておく戦法しかとりようがありませんし」

 

 そこまで言うと、瞳をうるませて球子を見やる。

 しゃべりながら頭の中で、つい最近読んだ恋愛小説の悲劇的な場面を反芻し涙を絞り出したのだ。

 

「となると、やはり遠距離攻撃ができる私が行くしかないでしょうね。船の上からの射撃で鵜養さんを援護することしかできませんが……。それに、鵜養さんと二人だけではちょっと怖いですけど……」

 

 そう言いながら俯いてみせる。

 すると杏のその態度に効果てきめん。

 

「ちょ、ちょっと待ったー! な、泣くなよ、あんず。そんなに怖いならタマが行くからさ……。い、いや、そうじゃなくてもタマが行くよ。行くから!!」

 

 慌てふためいて、出撃を宣言する球子であった。

 そして、俯きながらニヤリと笑みを浮かべる杏。

 どういう感情のやり取りがあったのかイマイチ理解できずにキョトンとした表情を浮かべる若葉と貴也。

 呆れたようにため息をつく千景。

 口元を手で抑え肩を震わせるひなた。

 そして友奈は、というと。

 

「アンちゃんとタマちゃんは、やっぱり仲良しだねー」

 

と微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 一旦こうと決めれば肝の座る球子。

 丸亀城から飛び立って既に一時間近く。落ちないように、落とさないように、抱きつき、抱きしめていないといけない状況にも動じてはいなかった。

 もちろん、空中走行を行う貴也にしがみついている状況である。手を放してしまえば海へドボンだ。両足がブラブラしているのは、少し心許ない気がしていたが。

 

「そろそろ船団がいる海域だと思う。僕も見ているけど、どちらかというと土居さんの目の方が頼りだから。頼んだよ」

 

「ああ、岡山で、倒れていたお前を見つけたタマの目を信じタマえ」

 

 そう言って周囲をさらに注意深く見渡す球子。

 青い海原がどこまでも続いていた。

 太陽光の眩しさに思わず貴也から左手を離し、庇のようにかざしてみる。

 すると、彼方に白い塊が浮かんでいるような気がした。

 

「鵜養、あれ!」

 

 左手をピンと伸ばして指差す。

 貴也が頷いた。

 

「分かった! しっかりと掴まって!!」

 

 巡航から戦闘用の速度にギアを上げて、一直線にその場所へと向かった。

 

 

 

 

 タイミング的にギリギリだったようだ。

 大小二十隻近い船団に、百体近くの星屑が迫っていた。

 

「土居さん、援護を頼む!」

 

「了解!」

 

 船団の中で二番目に大きな、フェリーと思しき船の屋上に球子が飛び降りる。

 ちなみに一番大きな船は貨物船のようだ。

 海面からの高さとしてはフェリーのほうが高かったので、こちらの方へ球子を降ろしたのだ。

 

 

 フェリーの屋上で球子が旋刃盤を構える。

 すると誰かが屋上に上がってきて、球子へと走り寄ってきた。

 

「も、もしかして勇者様ですか!?」

 

「そうだぞ。でも、ここは危ないから早く船の中へ戻れ」

 

 船員なのだろう。制服に身を包んだ壮年の男性だった。

 

「分かりました。ご武運を!」

 

「あ、それから!」

 

「はい?」

 

「あまり離れていると守りきれないかもしれないから、船と船の間はできるだけ近づけるように全部の船に連絡してくれ!」

 

「了解しました!」

 

 船員は急いで船の中へと駆け戻っていく。

 それを見送ると、球子はバーテックスの群れへと視線を戻す。

 

『さあ来い、バーテックス! この船団、絶対に守りきってやるぞ!!』

 

 後に大社の記録として『足摺岬沖の海戦』と名付けられた戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 貴也はバーテックスの群れの中心へと飛び込んでいった。

 傍目からは、輪刀をめったやたらに振り回しながら無謀に突っ込んでいったように見える。

 だが、彼には目算があった。

 

『出来るだけ損害を与えつつ、後ろに回り込んで攻撃してやる。後方へ気が散らされて船団への進撃速度がそれで緩めば儲け物だ。船団へと突っ込んでいった奴らは土居さんが片付けてくれるはず』

 

 彼の視界は瞬く間に星屑の体色である白と、口内の色である赤の二色に染め上げられた。

 自分の動体視力と直感だけを頼りに危険度の高い個体を優先して斬り飛ばしていく。

 

「うおおお──っ!!」

 

 咆吼を上げ、輪入道の空中走行を立体機動に切り替え、身体を捻りつつ対処していく。

 僅かな時間で群れを突き抜けた。

 すぐに反転して、後方から襲い掛かる。

 貴也に脅威を感じたのか星屑の過半数が向きを変えて、彼を迎撃しようとする。

 

「そうだ! 僕の方が脅威だぞ!!」

 

 星屑のヘイトを稼ぐかのように、そう叫んで再び斬り込んでいった。

 

 

 

 

 貴也を無視して船団へと向かう一方の星屑たち。

 だが、先頭の一体が球子の放った旋刃盤に切り裂かれて消滅すると、やはり気づいたようだ。

 もう一人、勇者がいるのだと。

 弱者は後回しとし脅威となる個体を優先する判断をしたのだろう。星屑は球子だけをターゲットとしたように襲い掛かってきた。

 

「しめた! そう来てくれるなら戦いやすいぞ!!」

 

 星屑はある程度連携して球子を襲ってきた。

 球子は旋刃盤を巨大なヨーヨーのように操って遠方の複数の星屑を斬り飛ばすのだが、旋刃盤が球子から十分に離れているタイミングを狙って攻撃してきたのだ。

 

「そう来るのは百も承知だぞ!」

 

 ヒラリと躱す球子。襲ってきた星屑を踏み台にして軽やかにジャンプすると、その手に戻ってきた旋刃盤を掴み、星屑を切り裂くように叩きつける。

 

「喰らえ!!」

 

 球子に襲い掛かってきた星屑は、その一撃で消滅していった。

 

 

 

 

 戦いは断続的に続いた。

 一つの群れを潰しきると、ほとんど休憩をとる暇もなく次の群れがどこからか湧いて出てくるのだ。

 貴也たちが船団の誰かと接触することは出来なかった。

 

 

 時間が経つと進化体すら現れ始めた。

 針を飛ばすもの、反射板を生成するもの、斬っただけでは分裂するもの、音波攻撃をしてくるもの、様々なタイプのものが総計十体ほど。

 いずれも苦戦を余儀なくされたが、なんとか倒すことに成功した。

 気がつくと戦闘開始から二時間が過ぎ、陽は傾いていた。

 そして、結界が途切れている場所に近づいていたのだった。

 

「こいつで一旦、最後だ!」

 

 分裂するタイプの進化体を倒し、残敵である星屑の最後の一体を貴也が切り裂いた時、拡声器を用いた大音声が響いた。

 

「こちらは四国海上保安隊です。沖縄からの脱出船団の皆様は当方の巡視船の後をついてきてください。勇者様のお二方には大社より連絡があります。ライトの点滅している巡視船まで来てください」

 

 

 

 

 貴也が球子を拾い上げ、四隻いる巡視船のうちライトを点滅していた一番大きな巡視船に着艦すると指揮者と思しき人物が挨拶をしてきた。

 

「本巡視船の船長、小林です」

 

「鵜養貴也です」

 

「タマは土居球子だ」

 

「早速、こちらにおいでください。脱出船団の救出、ご苦労さまでした。なんとか一隻も沈めずに守りきれたようですね。ありがとうございます」

 

「いえ、幸運が重なっただけだと思います」

 

 船長の言葉に促され、歩きながら互いに穏やかに言葉を交わす。

 

「こちらです」

 

 通信機器のある一角まで案内されると、マイクを手渡された。

 

『鵜養くんか?』

 

「乃木さん?」

 

『良かった。無事のようだな。今、ひなたに変わる』

 

 無線の向こうで慌ただしく席を替わる物音がした。

 

『貴也さんですか?』

 

「はい、鵜養です」

 

『船団の救出、ご苦労さまでした。もうこれ以上の襲撃はないとの神託がありましたので、戻ってきていただいて構いませんよ』

 

「えっと、脱出船団の方々に挨拶とかは……」

 

『必要があれば後日、大社の方から連絡があると思います。今日はもう帰って来て、体を休めてください』

 

「分かった。じゃあ、帰ることにするよ」

 

 

 

 

 こうして一人の犠牲も出すことなく『足摺岬沖の海戦』は終わった。

 ただ、この記録と人々の記憶が残っていたのはこの時より僅か一年の期間のみであった。

 貴也が三百年後の世界に戻ると同時に辻褄合わせのためだろう、この海戦は無かったことにされたのだ。

 それでも……記録からも記憶からも消されてしまったとしても、この海戦があったからこそ、この世界線で四国に沖縄の血が繋がったのだという事実は、誰にも、神樹にさえ否定できないことなのだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 宇和島の街の明かりが近づいて来た。

 フェリーの船上、浅黒い肌をした赤髪の少女が甲板から彼方を見つめていた。

 

『私たち、助かったんだ……』

 

 脱出船団は三グループに分けられて、四国の三都市へと迎え入れられていた。

 宇和島、宿毛、土佐清水。大型船は受け入れ可能な港がある宇和島へと案内されていた。

 

『あれが四国の勇者様たちなんだ……』

 

 彼女はフェリーの窓から貴也と球子の戦いを少しだけ見ることができた。

 いつ死ぬかもしれない恐怖の中、二人に深い感謝の念を持ちつつ。

 

『あんな風な仲間がもし、棗様のそばにいてくれていたなら……』

 

 昨日の早朝のことを思い出す。

 沖縄からの脱出直後、襲い掛かってきたバーテックスの群れに立ち向かっていった沖縄唯一の勇者の勇姿を。

 そして、群れの最後の一体と刺し違えるように海に落ちていった姿を。

 

『棗様……ううん、なっち。貴女のおかげで私たち、助かったよ。貴女の分も私、精一杯頑張って生きるから。だから見守っていてね……』

 

 涙がつーっと頬を流れ落ちた。

 途端に衝動が身体を突き抜ける。

 

「違う違う違う! こんな事が言いたいんじゃない!! 私、なっちの友達だったのに! 親友だと思っていたのに! あの子に任せるだけしかできなくて、見捨てることしかできなくて!! 私は最低だ! ごめんなさい、なっち。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! なっち……」

 

 うずくまって泣きじゃくる少女。

 そんな少女を月明かりが優しく照らしていた。

 それは本物の月の明かりだったのか、それとも神樹が見せている幻だったのか。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 波音が聞こえる。

 

 

『おばあ、本当にこれで良かったのか?』

 

『わしらはこの土地から離れるつもりはないさ。これからの時代に必要な若者たちこそ生き残るべきさね。四国までの護衛、頼みましたぞ、棗様』

 

『分かった。ならば、私は私の精一杯を振り絞って船団を守る』

 

『頼みましたぞ。海の神のご加護もある。必ず希望はあるさ』

 

 おばあと別れたときの会話だ。

 破壊を免れた船を掻き集め、南城市の港では大型船に直接乗ることができないため、夜を徹して小型船のピストン輸送で避難民を乗せたものだ。

 その夜の港での、おばあとの最後の会話。

 こんなことを思い出す私は死んだのだろうか? 

 

 

 

 

 波音が聞こえる。

 

 

 船団が出港しておおよそ一時間。

 白い化け物は人の多い場所に集まる。逆に人が少ない場所には現れにくい。その情報を頼りに、出来るだけ沖縄本島から離れる航路をとった。

 だが、離れきる前に襲われた。

 これまでに私が相手にしたよりも多くの化け物。

 一人では圧倒的に手が足りなかった。

 力を振り絞って迎撃したが、私の手の届かない場所で一隻、また一隻と避難船は沈められていく。

 

『イヤだ、イヤだ、イヤだ!! もう私から、何も奪わないでくれ!!』

 

 

 

 

 波音が聞こえる。

 

 

 白い化け物を蹴り飛ばし、その反動で空中を飛び回り、手にしたヌンチャクで叩き潰す。

 それを何度も何度も繰り返し、時間の感覚も体の感覚もなくなってしまった頃、ようやく化け物の数は両手で数えられるほどにまで減った。

 

『守るんだ! ペロと約束したんだ! ペロが守っていたものを! 守ろうとしたものを私も守っていくって!! 私は負けないって!!!』

 

 目の前の一体にヌンチャクの一撃を叩き込みつつ、後ろから噛み付いてきた個体の攻撃を身体を捻って躱す。そのまま身体の流れに任せて蹴りを浴びせると、その反動で離脱。目の端で捉えていたもう一体に錐揉み状にパンチを当てる。そのまま相手の頭上を縦回転で抜けながらヌンチャクの一撃。その個体が消滅していくのを流しつつ、先程噛み付こうとしてきた個体を目の動きだけで探す。

 が、そこで強烈な打撃を喰らった。

 一体だけ残っていた蛇のような体型をした集合合体型──進化体──だ。

 内臓にまでダメージが通ったのか、血を吐きながら海へと落ちた。

 

 

 

 

 波音が聞こえる。

 同時に波が身体を打つ感触がした。

 

 

 海中で数体を倒し、その消滅しざまを足場に海面から飛び出す。

 虚を突いた集合合体型をヌンチャクの柄で突いてカチ上げ、落下に転じた時点で重力加速度を加え渾身の勢いで振り抜いた。

 その一撃で集合合体型を消滅に追い込むと、最後に残った二体が突っ込んで来た。

 先鋒の一体を躱しつつヌンチャクを左手で振り抜いて叩き潰す。だが、最後の一体はそれに構わず突っ込んできた。

 振り抜いた速度を殺さぬまま右脇を通して背中まで振り抜いたヌンチャクの、左肩背後から飛び出してきた柄を右手で掴み、最後の一体へと叩きつけた。

 しかし、その時には最後の一体は私の胴体に喰らいついていたのだ。

 激痛を感じながら、私は最後の一体と共に再び海へと落ちていった。

 海面に着水した衝撃を感じた瞬間、私の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 波音が聞こえる。

 同時に波が身体を打つ感触もする。

 

 

 わん。

 

 

『ペロ……?』

 

 私はゆっくりと目を開いた。

 そこは見知らぬ土地。見知らぬ砂浜。見知らぬ海。

 だが私には分かる。

 

『沖縄の海だ……』

 

 ふいに涙が零れた。

 

「ペロ、お前が私を起こしてくれたんだな。ありがとう、ペロ……」

 

 今は亡き愛犬の気配と変わらぬ愛情を感じた。

 そんな私と見知らぬ海岸を、春先の優しい太陽光が照らしていた。

 

 




日曜日の投稿に滑り込みセーフ。
次の週末はクソ忙しいので一週飛ばすかもしれません。

ということで前回の予告通り(微妙に内容は異なりますが)5万UA記念作です。(既に1,000ほど上積みされているようですが)
最終話にのみ唐突に登場した棗ちゃんの合流エピソードとなります。
直接顔合わせしないとはいえ、西暦組と神世紀組双方の勇者が登場するお祭りエピソードでもありますね。

【次回予告】
 沖縄脱出時の戦闘から辛くも生還した棗。彼女は取り残された人々を守る決意をする。
 次回「2019.10 南国の勇者(中編)」 お楽しみに!
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