「おー! 今年は去年と違って眼福ですなあ!」
「お姉ちゃん……発言がおっさん臭いよ」
「グフッ……! そんな目で見ないで、樹ぃ……」
正月三日。讃州市の琴弾宮に勇者部の面々プラスアルファが揃っていた。もちろん初詣の為である。
昨年は直前に神からの襲撃があったため皆用心し、着物を着ていたのは美森だけであった。
だが今年はそんな危険は去ってしまったため女性陣の多くが晴れ着を着ての参加である。着てこなかったのは、芽吹、しずく、夏凛の三人だけだ。だがその三人も、園子が予め用意していた着替え用バスへと大社スタッフに拉致され華やかな和装へと強制的に変身させられていた。
「まさか、正月早々こんな目に遭わされるなんて」
「帯がちょっと苦しい……」
「ちょっと園子! なに考えてんのよ、あんたは!?」
戸惑いを隠せない芽吹としずくに対し、夏凛は目を吊り上げて園子に詰問する。
もちろんそこは動じない園子。いつもの如く緩~い返事が返ってくる。
「あはは~。今年はもう平和になったんだからさ~。みんな揃って晴れ着がいいかな~って思ったんだよ~」
一方、あちらでは。
「いいわー、いいわよ、友奈ちゃん。とっても素敵よ。やはり大和撫子は和装に限るわ! ハァハァ、ハァハァ……」
「ちょっと、とーごーさん。眩しいよ」
美森が友奈の着物姿を撮影しまくっていた。文字通り友奈の周囲を跳び回っている。友奈はフラッシュの連続に目をしばたたかせていた。
「恐ろしい……これが勇者様の素の身体能力……!?」
「はっはっは。須美は相変わらずだなあ」
そして、ほとんど分身していると見紛うほどの美森の荒技に雀はガタガタと震え、銀はあっぱれとばかり腰に両拳を当てながら高笑いをしている。
「なんというか……カオスだ」
「なあ、俺ら男性陣、いない者として扱われてねえか?」
「まさかー、いや、そんなまさか……」
そして、背を丸めてボソボソと喋っているダウンジャケットの三人組は貴也、拓哉、潤矢の男性陣。最初は華やかな美少女に囲まれてテンションもそれなりに高かったのだが、彼女達はそれぞれでそれぞれの世界を築いてしまっている。不景気な顔にもなろうというものだ。
そんな三人へ救いの手が差し伸べられる。
「お久しぶりです、貴也先輩。あ、後のお二人も初めましてです」
「ああ、亜耶ちゃんは伊予島くんと酒井くんとは初めてなのね。こんにちは、三人とも不景気な顔をしてますね」
巫女の亜耶と怜の二人だ。亜耶はニコニコと挨拶をしてきたのだが、怜の方はというと三人の様子をみて顔を顰める。どうも何かを察したようだ。
「おおっ、初めまして。なんか天使みたいな子が来たぞ……」
拓哉と潤矢が亜耶に挨拶を始めるのを余所に、貴也は怜の後ろからひょっこりと顔を出した人物に捕まる。
「ホント、不景気な顔をしてますわね。そんなに乃木さんに構われないのが寂しいのかしら?」
夕海子である。今回のメンバーに元防人の芽吹チームが入っているのも、この夕海子と貴也との(そして園子との)繋がりがあってこそである。
「いや、まあ、そういう訳でもないんだけどね」
「おほほほほ……じゃあ、わたくしが代わりに相手をして差し上げますわ。いきますわよ、鵜養くん」
「おおっと、ちょいちょい……引っ張るなよ、弥勒さん」
強引に腕を組んでくる夕海子。そのまま引っ張り気味に拝殿の方へと歩き出す。
するとほぼ同時に二つの叫び声が上がった。
「あーーっ!! ユーミン先輩、抜け駆けはダメーーッ!!」
「ちょっと!! なに亜耶ちゃんにちょっかい出してんのよ!!」
園子が血相を変えて駆け付けてくるなり、夕海子が腕を組んでいるのとは反対側の貴也の腕を引っ張り、対抗し出す。
一方、亜耶の方では拓哉、潤矢の男性陣二人の脳天に芽吹の手刀が炸裂していた。もちろん、なんらやましいことをしていた訳でもない男性陣の反論が始まる。いがみ合う芽吹と男性陣の間でオロオロしだす亜耶。
そんな三人組と四人組の揉め事を眺める怜の側に他の面々も集まってくる。
「ほら、とーごーさん、みんな仲良くじゃれ合ってるよ」
「うん? あれはじゃれ合ってるって表現でいいのかしら?」
「そりゃそーだよ。だって、喧嘩するほど仲がいい、って言うし」
「まあ、確かに本気の喧嘩じゃないみたいだからなあ」
こちらでは、友奈と美森のちょっとズレた問答に銀が相槌を打っている。
そしてあちらではオロオロしている亜耶に引きずられて、やはりオロオロしている樹が風と夏凜を仲裁に向かわせようとしていた。
「お姉ちゃん、夏凜さん、早く止めないと!」
「いいのよ、樹。あんなのはほっといても。勝手に仲直りするんだから」
「しょうがないわね。この女子力満載のアタシが名誉部長権限で止めてきてあげるわ」
樹の懇願に風がやれやれと、仲裁に一歩踏み出す。
だが、この状況を止めたのは風ではなかった。
「「あ!」」
唐突に始まった亜耶と怜のトランス状態であった。
「で? 何が見えたの?」
二人のトランス状態が収まるや否や、風が問いかける。二人に下りた神託の内容を聞き出すためだ。
その問いに二人の巫女は顔を見合わせ、互いに頷いた。
「かなり上空から見下ろした景色が見えました。あの島の形は……」
「位置関係から言っても、恐らく沖縄かと」
「「「「沖縄!?」」」」
亜耶と怜の答えに、周囲に集まっていた面々から驚きの声が上がる。
それを手で制しながら風は続きを促した。
「それで、内容は?」
「見えたものに関してはちょっと説明が難しいです。ただ……」
「ただ?」
「そこに人が大勢いるように感じました」
その亜耶の答えに今度こそ風も目を剥く。
その後は怜が受け継いだ。ただ、その表情は戸惑い気味だ。
「恐らくは生き残りがいるんだと思われます。神からの救出しなさいとの意思も感じました。ただ、今回の神託は感じからして神樹様からではなく天の神アマテラス様からなのだと思いますが、呪縛が解けてほぼ一年。なぜ今頃になって? という気はしますが……」
「そこは今、気にする必要はないんじゃない?」
だが、怜の懸念は夏凜がばっさり斬り捨てる。そして風も頷きつつ同調した。
「そうね。神様の意図はともかくとして、今はやるべきことが他にあるわ」
「なるべく早く沖縄の人たちを助けに行くことですよね?」
「そうよ、友奈の言うとおり」
「でも、私たちは今は変身できませんし」
「新しい勇者システムはもうすぐ試作品ができるそうだけど、テストも無しに実戦投入はできないしね~」
そして、友奈が今やるべきことの肝を再確認するのだが、美森から現状の問題点が指摘される。現状、勇者システムは使用が凍結されており、誰も変身出来ない状態なのだ。現在は神樹様とアマテラス双方の力を宿した新勇者システムの開発が鋭意進められているところであり、園子からその最新状況が知らされる。
結局、皆の視線は貴也に集まる結果となった。今、変身できるのは貴也のみだからだ。だが……
「と、なると……やっぱり鵜養に頑張ってもらうことになるのかもしれないわね」
「でも、一人二人ならともかく、大勢の人を助け出すことは僕一人じゃとても出来ないぞ」
風の言葉に、そう言ってしかめ面を返すしか出来ない貴也であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あの初詣から一ヶ月。貴也たちは貨物船に乗り、沖縄へ向けて南下していた。
亜耶を始めとする巫女たちに下りた神託を精査した結果、沖縄の生き残りは最大でも五百名程度だろうとの結論が得られた。このため、今回の救出作戦に当たっては最大六百名が三日ほど滞在できるように突貫工事で改造された貨物船が、その主力として宛がわれたのである。
護衛として一応、海上保安隊の虎の子である一千トン型のヘリ甲板付巡視船が一隻に汎用の三五〇トン型も一隻付いている。だが、本当の護衛は乗り込んでいる貴也その人だ。
バーテックスに対抗できるのは勇者のみ。一応、試作品の端末を用いて風と園子も変身可能だ。だが、まだ不安定なところが多々あり、信頼のおけるシステムには至っていない。
貴也のみが、確実に計上できる戦力なのだ。
この一ヶ月、貴也も何もしていなかった訳ではない。
「だから、さっきから言っているように僕には西暦時代に北海道まで飛んだ実績があるんです! 状況確認にだけでも行かせて下さい!」
一人でも沖縄の状況を調査するべく掛け合いもした。だが……
「その時も、
春信に門前払いを食らった。
それもそうだろう。この一年で調査が進み、日本全土が太陽神が作る光のカーテン状の結界で守られていることが分かったが、その外側にはバーテックスが棲息していることも分かった。現在、沖縄の地が結界の内側なのか外側なのかは不明である。大社としてもリスクは冒せないのだ。
「結局、追加の神託は無かったわねぇ」
船内の勇者たちに宛てがわれた部屋で、椅子にふんぞり返りながら風が嘆息する。
「ええ。もうすぐ沖永良部島だというのに。すみません。ついてきたのに役立たずで……」
その横で怜が申し訳無そうな態度を取る。追加の神託があった場合に備え一緒に来てもらったのだが、どうやら空振りに終わりそうだからだ。
「そんな事は無いわよ。怜がついてきてくれただけで心強かったし。まあ、沖縄が結界の内側ってことが分かっただけでも良かったんじゃない?」
そんな怜を慰めるような言葉を掛ける風。巫女の感応力のおかげか、怜によって太陽神の結界が沖縄だけでなく先島諸島までその範囲内に収めていることが分かったのだ。もちろん、実際に近くまで行って観測しないことには確実ではないのだが。
「フーミン先輩」
「ん? どったの、乃木?」
「たぁくんとの
「断固、お断りよ」
不意に園子が風に話しかける。沖縄の生き残りの捜索へと向かうのが、貴也と風のコンビであることが不満であるらしい。これには当然、訳がある。
「大体、アンタの変身、十分間しか保たないじゃない。そんなんじゃいざという時、危険極まりないでしょ」
「ヤダヤダヤダ! じゃあ、端末を取り替えっこしよ」
「アンタねえ……この端末はアタシ専用に調整されてるんだから、それこそムチャってもんでしょうが」
「ア゛ーーーーッ! たぁくんとの沖縄デートぉぉおおお!」
「そのちゃん。すぐにとは行かないかもしれないけど、将来は必ず沖縄に連れて来てあげるから」
「ホント? ホントにホント? 約束だよ。絶対だよ」
風の合理的な反論にさすがの園子も言い返せる訳がなく、半ば発狂しかけた。
そんな恋人を自認している相手のみっともない姿に、貴也も溜め息をつきつつ宥めるのであった。
貨物船を飛び立って小一時間。貴也と風は抱き合って空を飛んでいる。
元々、新勇者システムには飛行能力が追加される予定であった。だが、風が試作品のテスト使用を始めてから、まだ三週間。その間、二回のマイナーチェンジを繰り返したが飛行能力の追加には至っていない。当然のことながら満開機能もオミットされたままだ。今の性能は、素のステータスで風の初戦時――対
ちなみに念の為に園子が用いているシステムはマイナーチェンジ適用前の初期型である。どうも新勇者システムは調整が難しく、大社技術部もコツを掴むのに苦労しているようだ。
「どうだ? なにか見える?」
「うーん。やっぱり人影は見えないわねえ。土台無理な話なのよ。捜索範囲が沖縄島南半分全部だってのが」
「そう言うなよ。神託の精度が高くないんだから仕方ないだろ」
生き残りの人々を見逃さないよう、比較的低速で低空を走る二人。西岸を南下してきたが、未だ人影は見つからなかった。
南端の荒崎岬まで達したので、今度は東岸を北上する。
前方の小さな湾内に円形の島が見えてきた。
「鵜養、人がいるわ!」
島の西側に突き出したビーチに人影があった。勇者の強化された視力で確認する限り、勇者装束のようなものを身に纏っている。
念の為に島の上空を一周すると、大勢の人がいることが確認できた。
持たされていた携帯無線機で船団へと風が連絡を取る。
「すぐ来てくれるって」
連絡が終わるなり、風が貴也へと報告する。嬉しそうでもあるが今後の対応もあるので真面目な表情だ。
「じゃあ一旦、船に戻るか」
「どうして?」
「勇者の存在は秘匿するべきだろ? 少なくとも、表に出るのは僕だけでいい」
「なに言ってるのよ。アタシは救出作業をするわよ。勇者については口止めすればいいだけだし、必要があれば、それこそ神樹様が記憶操作をするんじゃない?」
「分かった。じゃあ、どう分担しようか?」
「あの勇者っぽい人ね? ここの人たちは西暦時代の人たちに間違いはないだろうから、西暦時代の勇者に詳しいアンタがあの勇者っぽい人と話して。アタシはそうね……東側に広場と岸壁があるみたいだから、そっちにみんなを集めておくわ」
「了解。じゃあ、まずは東側の広場に下ろすよ」
そうやって素早く分担を決めると、二人はそれぞれの役割を果たそうと動き出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『ひもじい……』
勇者といえどお腹が空くのは人々と変わりがない。
あの日。天変地異の幻とも思しきものが襲ってきた日。この地の気候は十月の秋のものから一月と思しき冬のものへと激変した。おかげで畑の作物は全滅した。
あれから一年と一ヶ月。どうやらあの日、気候が一瞬にして三ヶ月ほどズレてしまったらしい。ただ、それも半年ほど過ぎてから気がついたことだ。私たちは、その事に気づかずに農作業を頑張ってしまい、作物はほとんど実りをもたらさないままジリ貧を続けた。
あれほど異常に獲れていた魚介類も、あの日からはそれ以前の漁獲量に減ってしまっていた。まあ、普通に戻ったと言えるのだろう。
幸いだったのは、あの日以降、白い化け物を見かけないことだ。本島へと物資の調達に向かうのが格段に安全になった。ただ、それに確信を持てたのも三ヶ月ほど経ってからだ。
それ以降は、それまで私と比嘉さんだけで物資の調達に向かっていたのが、数名増えた。しかし、それも燃料が尽きるまでだった。後は、ソーラーパネルで充電できた電気自動車だけ。
物資も本島の北端まで取り尽くした。元々、最初の襲撃があってから五年以上も無事に口にできるものはあまり残っていなかったのだ。
ここ一ヶ月は残りの物資を計画的に分け合ってしのいできた。だが、それも後二週間分も残っていない。本当に最小限を割り当ててきたにもかかわらずだ。
『皆もお腹を空かせている。子どもたちはなおさらだ』
西のビーチへとやってきた。
少しでも魚を穫って帰ろう。
身体は衰弱している。溺れる危険が無いよう勇者へと変身する。
その時だった。
南西の空の彼方から何かが飛んでくる。
『あれは……?』
それは更に近づいてくる。
目を凝らすに、空中を立ったままの姿勢で飛んでくる人影だ。人影は勇者装束を身に纏った少年と少女の二人組であることが見てとれた。
『まさか…………四国からの救援か!?』
力を振り絞って手を振る。
二人は暫く上空を旋回すると、無線機と思しきもので連絡を取り始めた。それが終わると一人が東側の岸壁付近へと飛び降りる。少女の方だ。
少年の方は私の方へと飛んでくる。
私の全身に緊張が走った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
棗の前に降り立つ貴也。警戒が高まらないよう、少し距離をとった場所に着地する。ゆっくりと近づいていった。
「まさか、四国からの救援なのか?」
「まあ、そうには違いないんだけどね……」
貴也はポリポリと右頬を掻きながら答えを返す。どう言えば伝わるだろうか?
「私は沖縄の勇者、古波蔵棗だ」
「僕は鵜養貴也。まあ、その、なんだ……四国の…………勇者だ」
『勇者の守り手』という言葉を使いたくないがために、少し答えがもたつく。
さて、どう言えばショックを最小限に抑えられるだろう。
「えっと……今は西暦の何年何月と認識してるかな?」
その問いかけに、棗はなんとなく事態を察する。
季節のこともあるが、どうやら自分たちは元々の時間軸にいるわけではないらしい。この事は比嘉や避難民の皆とも話し合ったことだ。
「西暦二〇二〇年の十一月だ。だが、季節が三ヶ月ほどズレているのも認識している。なにか時間が飛ぶようなことがあったのだろうとも思っている」
「やっぱりな……」
その答えに貴也は後頭部をガシガシと掻く。
「驚かないで、というのも無理な話だけど聞いてほしい。今は神世紀三〇二年の二月だ。西暦は二〇二〇年の四月で終わって、翌月が神世紀元年の五月になったんだ。つまり、それから凡そ三百年が経っているんだ」
棗は意外なほどに、すんなりと理解してくれた。
「つまり、二〇一九年十月に私たちの時は止まってしまったということか」
「そうなんだ。そして一年前、神世紀三〇一年一月に天の神の呪縛を解くことに成功して、四国以外の土地も解放され再び時が動き始めたんだ」
「そうか…………あの天変地異にはそういう意味があったのか……」
感慨深げに呟く棗。
そこで、ふと気になることを思い出した。
「そう言えば、二〇一九年の三月に沖縄を脱出した船団があるんだ。私が四国まで護衛する予定だったんだが、途中で化け物どもに襲われて沖縄に戻ってきてしまったんだが、彼らがどうなったのか知っているだろうか?」
その問いかけに貴也は目を丸くする。心当たりがある、なんてものではなかった。
「ああ、あの船団か。四国の南、百キロメートル近くまで近づいて以降の船は全部守り切れたよ。全部で二十隻ぐらいいたかな?」
「なんだ、その口ぶりは? まるで……」
「ああ、神様のいたずらで三百年前に飛ばされた経験があってね。その時、その船団の救出作戦に参加したんだ」
「あ…………」
棗は言葉を失う。なにか言いようのない感覚が全身を貫いた。
これは歓喜なのだろうか?
「そう言えば、その後の事は聞いていないな。ま、あの後はバタバタの連続だったからなぁ」
貴也が言葉を続けると、いきなり棗に右手を両手で掴まれる。
驚いて棗の顔をまじまじと見返すと、その目に光るものがあった。
「ありがとう……本当にありがとう。脱出した人々を救ってくれて。あの中には…………」
言葉が続かない。
そう、あの中には棗の友達やその家族もいた筈だ。
暫く、貴也の手を取ったまま固まる棗。
そして振り絞るように呟いた。
「そうか……四国へ行けば、あの人達の三百年後の子孫に会うことができるのか。会えればいいな。……いや、探し出して絶対に会いに行こう」
沖縄の生き残りの人たちの救出はスムーズに進んだ。
避難民たちが改造貨物船へと乗り込むと、まず食事が振る舞われた。飢餓状態が随分続いていたこともあり、メニューは胃に優しいもので占められた。皆、久しぶりに食事らしい食事にありつき笑顔を取り戻していた。
それから沖縄の地を離れる。夕陽に染まる生まれ育った大地に皆、涙を浮かべて別れを告げた。
陽もとっぷりと沈んだ頃、宛がわれた個室で休んでいた棗は貴也の訪問を受けた。
「疲れているところ悪いんだけど」
「いや、構わない。なに用なんだ?」
「他の勇者にも会っておいてもらおうと思ってね」
「……!」
『貴也以外にも勇者がいたのか。そういえばもう一人、それらしき少女がいたな……』
驚きつつも先導する貴也の後をついて行く。避難民が乗っている区画からは遠く離れた区画の個室へと案内された。
「さあ、ここだよ。――――――連れてきたよ、風、園子」
「「いらっしゃい!」」
その個室で待っていたのは二人の少女。年の頃は貴也と同じく、棗自身とも同程度だ。
一人は、自分と同程度の背丈の麦穂色の髪をした少女。島の上空に見かけた少女のようだ。その態度には確固とした自信が窺われる。
もう一人は、人形のように美しい面立ちのミルクティー色の髪の少女。優しげな笑みを浮かべている。
「はじめまして、アタシは犬吠埼風。まだ再建中だけど、勇者チームのリーダーに再任される予定の高校一年生よ」
「沖縄の勇者、古波蔵棗だ。私も学校へ行っていれば高校一年生だな。よろしく頼む。ところで、この部屋は避難民の区画とはずいぶん離れているんだな。救出された時も貴女たちの顔を直接は見ていないし」
麦穂色の髪の少女が自己紹介をしつつ、笑顔で右手を差し出す。握手を返しつつ自分も自己紹介するが、続けて抱いていた疑問も零してしまう。
すると、もう一人の少女も右手を差し出してきた。弾けるような満面の笑顔になっている。
「現在では勇者の存在は一般向けには秘匿されているからね。今回の場合は、まあ仕方なかったかも。あ、私は乃木園子っていうんよ。今は中学三年生なんだ。よろしくね、棗さん」
「ああ、そうなのか。こちらこそ、よろしく」
「あと、もう一人。巫女の十六夜怜ってのがいるんだけど、今は避難民の扱いについて大社の人間と話し合っているところでね」
園子との挨拶を終え手を離す棗。そこに風から、もう一人いる筈の巫女について説明を受けた。
その話を聞きながら棗はぎょっとしてしまう。園子が難しい顔でなにか悩み出したからだ。
なにかぶつぶつとあーでもない、こーでもないと呟いている。
「あー、気にしないで。乃木はたま~にこうなっちゃうこともあるから」
風が苦笑いでフォローしてくる。
「どうせ、あれだろ」
貴也も同様に苦笑いだ。
「また、あだ――――――」
「決まった!! 棗さんは『なっち』で!!」
貴也が更に何か続けようとしたが、園子の叫びがそれを遮る。
そして、棗はその叫びに軽くない衝撃を受けていた。
「乃木さん、それは……」
「もう! 私の呼び方は園子でもそのにゃんでもいいよ。あ、それと『なっち』は棗さんのあだ名。これからは、そう呼ばせてもらってもいいかな?」
棗の中途半端な疑問の声に、園子は自分もあだ名呼びせよと言いつつ、その言葉『なっち』が棗のあだ名であることを明かす。
なにかふわふわとした気分に包まれながら答えを返した。
「ああ、それは構わない。園子」
「やったー! 名前呼びもゲットだぜ! それじゃ~、これからもよろしくね、なっち!!」
「ああ」
棗の体を歓喜が貫いた。
同時に脳裏に浮かぶその姿。沖縄で、勇者になる以前からの友達だった面々。
『『『よかったね、なっち!』』』
彼女達の声が聞こえた気がした。
だから……
『四国へ行っても私は頑張れる』
そう思えた。
ということで、棗ちゃんの合流エピソードでした。
呪縛解放から神託までの一年間。天の女神様は結界を強化したり、大地に豊穣の恵みを与えたり、神樹様と協力したりと忙しかったんでしょう。
まあ、もしかしたら神様にとっての人間の一年間は一瞬みたいなもので、そういったことで遅れたのかもしれませんが。
さて、後編終了。ん? 落ち穂拾いには前例がありましたよね?
明日をお楽しみに。