「ゼツボーシタ、ゼツボーシタ、ゼツボーシタ……」
思わず棒読みでそう呟く。
念のため確認しよう。その考えが間違っていたのかもしれない。
夜、自室にこもると、貴也は昼間の出来事が夢だったのか、そうでないかの検証をしようとした。
その行為は、すぐに明確な回答を示した。
「召還」
身を護る、それだけを念じて呟くと、昼間見た白昼夢のように指輪から光が溢れた。そして、貴也の装束は薄い狩衣のようなものを一番上に纏い、さらに九体の意味不明なものがふよふよと周りに浮く結果となったのだ。
「ゼツボーシタ……。――――――どうやったら、元に戻るんだ?」
涙目で周りを見る。すると、周りに浮かぶ九体のキモかわキャラが一斉に貴也を見る。
ふと指輪を見ると、石が嵌っている辺りが淡く光っているのが見えた。
指輪を触ってみる。また、訳の分からない奔流が頭を襲った。
――――――おかげで、解除方法が分かった。
「送還」
そう呟くと、元の姿に戻れた。キモかわキャラも消えた。
貴也はその場に崩れ落ちた。
『いったい何が起こっているのか、そのちゃんに確認する必要があるな』
今日は疲れた。もう寝よう。
体が発するその欲求を少しだけ我慢して、思考を続けた。
貴也は、翌朝から一週間寝込んだ。四十度近い熱に
上がっては下がり、下がっては上がりした熱に魘され続けた中で、何度も無意識に指輪を手に取っては、あの謎の奔流に頭を焼かれた。
分かったことがある。
謎の奔流に頭を焼かれると、都度、単語一つずつ、その漠然としたイメージが焼き付けられることに。
幾つかの単語が頭に残る。
『樹海』、『勇者』、『バーテックス』、『精霊』、『七人御先』、『輪入道』、『雪女郎』
あの不思議な光景が『樹海』
戦っていた少女たちが『勇者』
化け物は『バーテックス』
貴也の周りをふよふよと浮かんでいたキモかわキャラが『七人御先』と『輪入道』と『雪女郎』と呼ばれる『精霊』
他にも幾つか焼き付けられたような気もするが、それ以上は思い出せなかった。
体調が戻ると早速、園子へ連絡を入れようとした。だが、連絡はつかなかった。
寝込んでいる間には、何度か電話が掛かってきたようだ。貴也の容態を確認すると、心配していることだけを伝えて欲しいと言い残していたそうだ。最後の電話の際には、ちょっといろいろあって一週間ほど連絡できない、とも言っていたそうだ。
結局、連絡が付き、二人が次に会えたのは七月九日のその日であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
貴也が、拓哉と潤矢の誘いを断って校舎から出ると、園子が校門にもたれながら待っているのが見えた。
「そのちゃーん、待たせてごめん」
「ん? さっき、来たとこだよ~。久し振り~、たぁくん。会いたかったよ~。体の方は、もう大丈夫?」
声を掛けながら、走り寄る。
すると、園子はほにょんと笑顔を返してくる。
先日、
「あぁ、もうすっかりね。――――――それで、今日は大事な話があるんだ」
「え~、なにかな~?」
「だから、今日は僕の家に来てほしいんだ」
「えっ? これから、たぁくんのおうちにお邪魔するの? えっ? だって私、なんにも用意してないよ。お土産も買ってないし、あ、お化粧の必要あるかな? そうそう、たぁくんのご両親になんて挨拶すれば……」
なんだか慌てた様子で、ズレた反応を返してくる。苦笑して、落ち着かせてやる。
「いや、そのちゃんに二人きりで相談したいことが出来たんだ。誰にも聞かせられないことだし、そのちゃんしか相談できる相手がいないんだ」
「あ~、ごめん。なんだか、早とちりしちゃったよ~」
その、ほわほわした笑顔を見ると、不安が溶けて流れていってしまいそうな感覚になる。
だから気合いを入れ直すために、頬を張る。
『いかん、いかん。これから真面目な話をするんだから』
そんな貴也を園子は不思議そうに見つめていた。
「ただいまー」
「あ、お兄ちゃん、おかえりー」
「お邪魔します」
帰宅の挨拶をするとリビングから千歳が顔をのぞかせる。園子がいつになくしおらしく挨拶をすると、妹はギョッとした顔をして、すぐにキッチンへ走っていった。
「おか~さん! お兄ちゃんがそにょちゃんを連れてきたよ~!」
「ま、アレはほっといて良いから。とにかく上がりなよ」
「うん、お邪魔しま~す」
園子が靴を脱ぎ、貴也がスリッパを用意したりしているうち、母の千草がやってくる。
「あら、あら。園子ちゃん、いらっしゃい。貴也、どうしたの?」
「こんにちは、おばさん。チータンも、こんにちは~」
「あぁ、ちょうど相談事があったんだけど、
「そう。あとで、飲み物でも持っていく?」
「いや、ちょっと深刻な相談で……。あ、そのちゃんならちゃんと対応できそうなことだから、心配しなくていいよ。だから、ちょっと部屋で二人きりにしておいてもらいたいんだけど」
「そう。なら、いいけど。じゃあ、園子ちゃん。貴也のこと、よろしくね」
「あ~、はい、どうも~」
母親の詮索には、あらかじめ釘を刺しておいた。
「シシシ……。将来の相談?」
「いーや、今困っていることの相談。真面目な話なんだから茶化すなよ」
「はーい! そにょちゃん、お兄ちゃんのこと、よろしくねぇ」
からかってきた妹も、母の真似をしたかっただけのようだ。
とりあえず、貴也は園子を二階の自室へ促した。
「スーーーッ。これが、たぁくんの部屋の匂いか~」
目を閉じて深呼吸をする園子。
初めて自分の部屋に招いた大切な少女の、その常識に囚われない行動にあっけにとられる。
「何やってんの?」
「うん? だって、生まれて初めて男の子の部屋に入ったんだよ~。堪能しな、い、と、ね、ぇ~」
そのまま動かなくなる園子。
その反応には慣れたものだが、場所が場所だ。とりあえず、痛くない程度に脳天に軽くチョップをかます。
「男の部屋で、すぐ寝るな! 襲われたら、どうするつもりだよ」
「フガッ! え~、だって~、たぁくんならべつに良いもんっ」
少女としてちょっとどうかという声を上げると、園子はチョップを受けた頭を抱えながら、本当に寝てたのかどうか、判定に微妙すぎる返答を返してくる。しかも最近明らかに増えつつある、ちょっと拗ねたような反応だ。
「とりあえず、本題に入って良いか? まぁ、言葉で説明するのも難しいから、とりあえずこれを見て。――――――召還」
身を護らねばという意志とキーワードに反応してか、胸に掛けてある指輪から光が溢れ出す。次の瞬間には、貴也の装束は見た目が変化し、そして周りに九体の精霊が……。
園子は目を見開いたまま、声も上げなかった。
『そのちゃんですら、この反応かよ』
あっけにとられて固まっているのだろう彼女を見やりながら、頭を抱える。ふぅーとため息をつきつつ、説明を始める。
「えっと、こんなことになったのは、そもそも―――――――」
「可愛いーーーっ!」
「え?」
あっという間に、園子は雪女郎と輪入道、それに七人御先のうち一体の計三体の精霊を器用に抱き締め、喜びの声を上げる。
『そのちゃん……まったく、予想外の反応だ。いや、確かにこいつら、キモかわいい系の見た目で、そのちゃんの琴線に触れそうな外観だとは思っていたよ。しかし、それにしても……』
「ねえねえ、たぁくん。一つでいいからちょーだい!」
「いや、あげたいのは山々だし、そもそも僕自身としてはいらないんだけどさ。多分、そうも言ってられない状況なんだ」
悩んでいる自分が馬鹿みたいじゃないか、と思いながら貴也は時系列に沿って説明を始めた。
まずは、指輪にチェーンを付けるためにホームセンターに向かった経緯から。
しかし、時間が止まり、樹海化に巻き込まれた辺りの説明を終えた段階で、園子の顔から血の気が失せていることに気づく。
「たぁくん……樹海化に巻き込まれたんだ……。え、どうして『樹海』っていう言葉を知っているの? どうして樹海化の中で動くことが出来たの?」
「ちょっと落ち着いて、そのちゃん。順番に説明するから、最後まで聞いて」
うろたえたように聞いてくる園子を落ち着かせ、とりあえず説明を続ける。
指輪が熱を持ったこと。
指輪からの情報の奔流に襲われたこと。
装束の変化。
精霊の出現。
神の眷属かもしれない狐に導かれたこと。
そして、園子たちの戦いを見たこと。
この段階で、園子の顔は青ざめているのを通り越して白くさえ見えた。
説明を止める訳にはいかなかった。
だから、園子を抱き締めて、もう一度落ち着かせる。
夜、自宅で検証したこと。
翌日から発熱したこと。
熱に魘されながら、何度も指輪からの情報の奔流により、幾つかの単語の示す内容が分かったこと。
「――――――ということだったんだ」
「たぁくん……危険だからその指輪、ぼっしゅー!」
口調と表情がまるで合致していない。悲しげで苦しげな表情の園子。
「ちょっと待って。そのちゃんの方の説明も聞きたいんだ。そもそも、そのちゃんたちは何をしてるの? 神樹様のお役目って何? あの化け物、バーテックスと戦うこと? バーテックスって何?」
「そんな、ポンポン聞かれても……。それに、神樹様のお役目だから説明できないわけだし……」
「説明してくれない限り、この指輪は返せないよ」
「そんな……。その指輪を持ってると危険だよ。お願いだから……。――――――私だって、たぁくんに知ってほしいって思うよ。でも……分かった。全部話すよ」
園子がためらいがちに話し出す。
世界を滅ぼしたウィルスのこと。
人類と神樹様を滅ぼそうとするバーテックスのこと。
戦えるのは、神樹様の力を授かった無垢な少女、『勇者』のみであること。
『西暦の勇者様』のお話も本当のことだろうこと。
目の前でスマホを操作し、変身もして見せた。
鷲尾須美、三ノ輪銀のことも説明した。三人の役割分担についても。
園子の簡潔にして必要十分な、論理だった説明のおかげで頭が冷えた。
それどころか、冴え渡ってくるような気さえする。
「そういうことか……。信じがたい話だけど、『僕がそれを見た』というのも事実だ。やっぱり、この指輪は返せないよ」
「ダメ! たぁくんは、戦ったら死んじゃうよ……。私たちは一年以上も戦うための鍛錬を積み重ねてきたけど、たぁくんは違うもんっ! 戦いは私たちに任せて、たぁくんは日常の中にいて欲しい!」
「ものは考えようだよ。僕だって前回の戦いを見て『あぁ、こりゃ、戦いに参加するのは無理だな』って理解できたから。むしろ参加すれば、そのちゃんたちの足を引っ張って、かえって危険な目に遭わせるって」
「じゃあ、どうして……」
「いつも頭の回るそのちゃんらしくないなぁ。君たち三人は、バーテックスとの戦いでいっぱいいっぱいの様子だったからね。戦い以外のこと、する余裕ないだろ? そのちゃんたちが戦っている間に、僕が、例えば結界の外を偵察する、ってオプションもとれるんじゃないかな? 『敵を知り己を知れば百戦危うからず』って言葉もあるくらいだしね」
「あっ……」
「とりあえず、指輪を返す、返さないの結論は先延ばしにしよう。もうそろそろ、外も暗くなるし……」
「あら、園子ちゃん、帰っちゃうの? お夕飯、一緒に食べない?」
「あ、いえ、ごめんなさい。明日、遠足なのでいろいろと準備しなくちゃいけないし」
「そう、じゃあ、しょうがないわね。貴也、近くまで送ってあげなさい」
玄関まで園子を送ると、千草も見送りに出てきた。
園子を気遣って、貴也に送ってやれ、と言うも、園子は断ってきた。
「あ、大丈夫です。道も明るいですし、こう見えて護身術の心得も一応ありますから。――――――じゃあ、たぁくん、また
「あぁ、次は今日ほど厳重に隠さなくてもいいだろうし。十時に図書館でな」
「うん、じゃあ、さようなら」
「さようなら」
扉が閉まる。
明後日の日曜日に会う約束。
それは、果たされることはなかった。
貴也が寝込んでいたり、七月初旬なので一学期の期末考査があったりしている期間が、例のアニメ版第3話に相当するわけですよ。
人間だし、特に小学生ということで子供だし、園子が貴也を心配する裏であれ位はっちゃけていても別におかしくないよね、ということが言いたいだけの後書きでした。
なお、次回は避けて通れぬ、あのお話。