私には分からないんです。これが本当に、神様の救いなのか。
・・・色んな本を読みました。色んな事を知りました。どれにも神様の救いは正しいと。
でも、違う気がするんです。私の心の中で、何かが叫んでいるんです。間違っていると。
「マスター、まだ?」
「んー、ちょっと待ってくれ。こことここを・・・」
ドカン、と爆発音が背後から鳴る。爆風で髪をたなびかせるレーヴァテインと、その爆発で起こった粉塵が髪の毛に付くマスター。
「あぁ!砂が頭入った!」
「うるさい」
背中を蹴られた。
「バイク、修理出来そうですか?」
付近のファントムを倒し戻ってきたティルフィングは心配そうに声をかける。
「いやキツイな。これ時間がかかりそうだ。何処か、街でもあるならそこに行った方が良いぞ」
「・・・歩き?」
「ですね。頑張りましょう」
「はぁー・・・めんど」
途中まではサイドカー付きのバイクに乗っていたのだが、突然の不調により動けなくなってしまった。
仕方なくマスターはバイクを押しながら、彼らは歩く事になった。
その途中、ティルフィングは何かを見たようで。
「マスター、あの街は・・・」
「んー?おっ、街だ。生きてる街だとは思うけど・・・。ま、行ってみるか」
見えた街は確かに生きていた。旅をしていると門番に言えば快く中へと入れてくれた。
しかし、その門を抜けようとした彼に門番が声をかける。
「あぁ、そうだ。旅人さん達、何かを信じているのか?」
「信じる?何を?」
「こんな時代に信じるものが無いのか?俺にはある。ここには神様が居るんだよ」
「神様ねぇ。俺は仲間を信じてるから、そういうのはいいや」
そう言うと彼は少し不機嫌そうな顔をしたが、すぐに持ち場へ戻っていった。
「にしても、神様がいるってどういう事でしょうか?」
「さぁ?こんな世界に神様なんて居る訳ないし。バカなんじゃない?」
「やめとけレーヴァテイン。聞かれたら居心地が悪くなるから」
「はいはい」
とにかく宿を探そうと街中を回る。街の風景はレーヴァテインと共に住んでいたあの街とあまり変わらないが、街の空気というか雰囲気はまるで違うような気がした。
「なんか、見られてるような感じがあるんだよなぁ・・・」
何かが見ている。それは不特定多数の誰かではなく、単一の何か。
その時、この街を守る兵士に誰かが訴えているのを見た。それは女性で、ボロボロの服、・・・この街のヒエラルキーの下層にいる者なのだと直感的に理解出来た。
「助けてください!不作で・・・これでは税を払う事が・・・!」
「関係無い。救いが欲しければ、その対価を用意しろ。払えなければ、ここに貴様の居場所は無い」
そう言って女性を蹴り飛ばした。
「あいつ・・・!」
それを見たレーヴァテインが剣を呼び出し、あの兵士に迫ろうと歩き出した所を静止させる。
「待てよ。あの兵士を殴った所で何にもならないぞ。それどころか足を無くしたままこの街を出なくちゃならない」
「・・・分かった」
兵士が去ったのを確認すると、ティルフィングはすぐさまその女性の元へと向かう。
「大丈夫ですか?」
「貴女は・・・?」
「私はティルフィング。旅をしている者です。立てますか?」
「大丈夫です・・・うっ!?」
立とうとするが、立てず。痛みを感じてまた地面にへたり込む。
「お手伝いしますね」
彼女の肩を抱え、ゆっくりと立ち上がった。
「申し訳ありません、旅人さん方・・・」
「こっちが勝手にやる事だ。貴女が気にする必要は無いさ」
レーヴァテインも黙って彼女の空いた肩を抱える。そして。
「ウチまで送るから、教えて」
街の中央からは離れた所に、彼女の家はあった。
中に入り、彼女を椅子に座らせる。
「本当に、ありがとうございます」
「いえ、当たり前の事をしただけですよ」
「しかし・・・ここの兵は随分と荒いな?門番はそうでも無かったが・・・」
「それはそうです。・・・私達は異端者ですから」
「異端者?」
そう話す彼女のはだけた肌が目に入る。何か、模様のような物が背中から肩にかけて、蛇のように渦巻いている。
その目線に気づいたのか、彼女はゆっくりと肩を出し、その模様を見せる。
「これは、異端者の証。私たちが虐げられる運命へとさせた、呪いです」
「見たこともない痣だ。動いているのか」
触れようと少しだけ手を伸ばそうとする。
「ダメッ!」
彼女はその手を払う。
「あ、申し訳ない。不躾な真似をしてしまって」
「いえ・・・もし触れて移ってしまったら、と思って・・・」
自分の肩を抱きながら震える目の前に女性に、彼は何も話すことができなかった。
だから彼はティルフィングの背中をポンと叩く。ティルフィングはその意味を理解し、小さく頷き彼女に静かに話しかける。
「あの、お聞きしたいことがあるんです」
その言葉を聞き、マスターは外へ出る。それにレーヴァテインもついて行く。
「何処行くの?」
「ちょっと辺りを見て回ろうと思ってな。バイクはここに置いてく。ついて来るか?」
「アンタ一人じゃ心配だから」
「そーかい」
そう言って歩き始めた。
「・・・なるほどな。異端者はこの場所に隔離されている・・・って感じか」
街の中央の光景とはまるで違い、街並みはボロボロ。まるで荒廃し、人の居なくなった街のようだった。
「あの痣だけの所為でこうなったって事?」
「さぁな」
そう言いながらも、彼はここに住む人々に目を向けていた。やはりあの女性のように、何処かに痣を持っている人ばかりだ。首、足、手の甲、顔、腹。一人残らず、痣を持っていた。
「異端者、か。俺の聞いてた宗教ってのは隣人愛だとか、無償の愛だったんだがな」
「こんな時代に、そんなのまともに残ってる訳無いって」
「・・・」
彼は考える。この世界がもし戻って、人間がまた繁栄したとして・・・荒廃し、歪んでしまった人間たちの心は元に戻るのだろうか?
答えは出ない。それはそうだ。彼は世界をほんの一部しか知らないから。
「マスター?」
「なんでもない、考え事だ。戻ろう」
とにかく、今は目の前の事を考えよう。・・・それからなんて、平和になってからゆっくり考えればいい。
蠢く痣。ソレは、人の分別機能と化した。その時から私の父は、変わってしまった。
他を愛し、他に愛されていた教皇はここに居ない。・・・他を廃し、他に崇められるだけの、愛など無くした教皇になってしまった。
静かに、教皇は手を上げる。
それに気づいた側近が傍に駆け寄り、跪く。
「・・・異端者から、救いの対価を徴収しろ。用意できない者は連れてまいれ。その命を持って対価とする」
「はっ!」
男はその場を離れる。そして教皇はゆっくりとまた目を瞑る。
「お父様・・・」
「・・・なんだ、我が娘よ」
「何故、異端者にだけ、救いの対価を求めるのですか・・・?」
「・・・あの者達の中にある呪いは、あの者達自身の過ちによる物だ。本来ならばこの都市には居てはならぬ存在。それを我らが神の温情により、対価を払うことでこの街での生存権を与えた。我が対価を求めるのではなく、対価を払えなければ、あの者達自身がこの場所に居られなくなるのだ」
「違う・・・違うはずです・・・神様は、人間は皆、無償の愛を受けられるべきと、そうおっしゃったはずなんです・・・」
「異端者は、人間ではない。・・・娘よ、お前をこの街から強制的に排除するのは容易い。ただ、それをせんのは親としての温情と思え」
「・・・失礼します」
父は、何故変わったのか。彼女は10年前のある出来事を頭に思い浮かべていた。
あの日の炎を、彼女は覚えている。幼い日々に亀裂を起こしたあの出来事を。
この街が、まだ小さな村だった時の話だ。彼女は貧しいなりにも、神様を信じ、友人や父と共に幸せな生活を送っていた。
しかし、巨大な蜘蛛が彼女の幸福を圧し潰す。
突然として現れた黒い蜘蛛がその村を襲った。友人は、その蜘蛛の糸に絡め取られた。家は燃やされた。
彼女は父親と共に逃げた。村にあったシェルターへ辿り着いたのは、その2人だけだった。
しかし、父親の足には既に糸が絡まっていた。
「お前だけでも生き延びなさい」
そう言って、父親は娘をシェルターに入れ、扉を閉じた。
次にシェルターが開いた時、異世界にでも来たのかと思った。古びた小さな街の姿は何処にもなく、古いながらもそれを風情と呼べるようなそれなりに大きな街へと変貌していた。そして、父親はこの街の教皇となっていた。ただ、この絶望しかない世界にせめてもの救いを求める方法を探す教えではなく、ただ力のみが成立させる狂信。
私の信じた優しい世界は、ここには無かった。
私は隠したシェルターの中にある十字架を見上げる。
「神様、どうか私を・・・」
許してほしい。こんな世界に、苦しみを与え続ける私の父を。・・・いや、いっそのこと、殺して欲しい。悲しみを重ね続ける私の父を。そして、私も。
だけど、それを口にする事は出来なかった。
「・・・私には、死ぬ勇気すら・・・無い・・・」
その現実と向き合えず、彼女はゆっくりと街に出る。
「きゃっ!?」
「うおっ?す、すまん大丈夫か?」
「ったく・・・前見て歩いてよ」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」
頭を下げて非礼を詫びる。
そして顔を上げて当たってしまった方達を見た。
二人組みの、恋人だろうか?
一人は銀髪で、中々身体つきの良い、美しい女性。
もう一人はなんだか、よく分からなくて。
間違い無いのは、この街の人じゃないという事だけ。
「えっと・・・旅の方ですか?」
「そうだけど、良く分かったな?」
「見覚えの無い方々ですから」
ふーん、と聞いている殿方の後ろで、銀髪の女性がこちらを睨んでいる。
「あ、あの・・・何か・・・?」
「ねぇ、アンタ。死にたいの?」
「え・・・?」
「レーヴァテイン、お前ちょっと」
怒っている、そう思っていた。でも、その顔から読み取れたのは怒りの感情ではなく。
「マスターは黙って。・・・何か、あるの?」
「え・・・え・・・?」
「はぁ・・・おっけ。話せないんなら、いいよ。いこ、マスター」
「え、は?意味わかんねぇんだが・・・」
違和感。この人達は、何かを知っているの?この人は、何なのか?
「待って・・・!貴女は・・・お二人は、一体・・・!?」
「俺達か?俺達は・・・」
「この壊れた世界の、最後の希望」
「俺の言葉を盗るなよ・・・」
「希、望・・・?」
何を言っているのか。未来という希望的観測すら無いこの世界で、生きるという最期の希望すらも奪おうとする皇の血が流れる娘の前で。
・・・でも、それを馬鹿馬鹿しいと考えることができなかった。
目の前の二人は、それを成し遂げられると信じ、実行しようと努力している。
私は・・・何も、していない。ただ、怯えるだけ。謝るだけ。その謝罪すらも、前を見ない為の言い訳。
「なぁ」と、男が声を掛ける。彼と目を合わせると、マスターは問いかけた。
「まぁ、なんだ。名前は何て言うんだ?」
「私は・・・ヤクモ。・・・この街の教皇の、娘です」
二人は目を見開く。
今目の前にいる女の子が、この支配の実行者の娘なのだから。
「いくつか聞くが・・・異端者って、どういう存在なんだ?」
「・・・それは元々の村の人々です」
「元々?」
疑問の顔を浮かべる彼の手を握る。
「助けてくださいっ!この街は・・・狂って・・・!」
「そこまでです。ヤクモ様」
助けを求める彼女の声を制止するそれは、この街の兵士だった。
「教皇様が貴女をお呼びです。ついて来てもらえますね?」
彼は、彼女に握られた手から震えを感じ取っていた。・・・己の勇気が、俺達を巻き込むかもしれないと、思っているのだろうか。
ならば。
「悪いが、今は俺たちがヤクモと話してるんだ。後にしてくれるか?」
「ならん。一旅人の貴様に、そもその様な権利はない」
また、何処からか兵士が現れる。剣に手をかけ、その刃を見せようと抜きかける。それを見たマスターはため息を吐く。
「そうかよ・・・。レーヴァテインッ!薙ぎ払え!」
そう言うと、レーヴァテインが視界から消えた。次の瞬間、落雷が兵士を襲った。
そして、雷を纏いながら彼女はマスターの隣に降り立つ。
「これくらいでいい?」
「十分過ぎるぜ、レーヴァテイン。・・・ヤクモ、お前は助けて欲しいんだな?」
「・・・」
彼女はこたえない。それが正しいか、分からなかった。
ただ、ここから誰も知らない場所へ走り去ってもここの支配は終わらない。
なら・・・。
「・・・私の知っている全てをお話しします。だから・・・!」
握った手をもう一度。今度は強く握る。
マスターは、その少女の細腕から何かを感じていた。
レーヴァテインに口角の上がった口を見せると、マスターの言いたいことを読み取り、彼女もまた、口角を上げる。
「わかった。・・・クロース・オン」
何処からか出現した魔剣「レーヴァテイン」。雷光が一層の輝きを放ち、彼等はその姿を眩ました。
「チッ・・・探せ!」
残った兵士達は散らばり、三人を探し始める。