マスター、レーヴァテインが何処かへ行った後、ティルフィングは先程助けた女性の話を聞いていた。
「あのお聞きしたいことがあるんです。・・・少しお話ししても?」
「え、えぇ・・・私の、分かる範囲であれば・・・」
しかし、すぐには話さなかった。今目の前にいる女性は少し震えていて。
・・・しばらく待って、女性に尋ねた。
「昔のこの街は、どんな感じだったんですか?」
「昔・・・?」
「えぇ。昔から・・・いや、何というか・・・貴女は幼少の頃から、虐げられて・・・?」
「昔・・・、私はこの10年、ずっとこの痣に悩まされて・・・」
「10年?・・・なら、10年前の事を、お話ししても頂けませんか?」
「・・・10年前、私は・・・私は・・・」
そう呟くと、目の前の女性の顔が真っ青になっていく。
「・・・私は、何から生まれたの?」
痣のあった皮膚が膨らむ。まるで何物かが内側から出ようと叩いているようだった。
「な、何が・・・」
ティルフィングが後ずさると、女性はその姿と表情を見た。何故避けるのかという疑問から、何気なく鏡を見る。
背中の皮膚は破れ、その中から蜘蛛のような黒い細腕が二本、その姿を見せていた。
「・・・え?」
血飛沫が、彼女の背中から翼のように広がる。
声にならない声が、古びた家の中で響く。
ティルフィングは口を開かず、静かに剣を抜いた。その光景を"理解"出来なかったが、今目の前の女性が置かれた状況を"把握"したから。
「くっ・・・」
「かっ・・・はっ・・・けてっ・・!」
彼女は剣を持ちながら、二つの選択肢を思い浮かべる。
1、出て来ている部分のみを切断する。
2、彼女の中に居る何かを、彼女の肉体ごと切断する。
・・・人は、切れない。
「ハァッ!!!」
切断した。黒い、得体の知れぬ何かを。
しかし、その足は切断されてもなお、動くことを止めず。女性の中にいる何かは、切断された怒りからか、さらに暴れだす。
女性の体はもう、臨界点を突破していた。白目を剥き、人間の耐える事ができる痛みはとっくの前に通り越した。噴出され、壁に染み付いた血液は、命の限界を指し示している。
彼女にもう、意思はない。肌の瑞々しさは失われ、まるで乾いた砂漠のように色が失われていく。
皮は引きちぎれ、中から禍々しい色の何かが、脱皮するように這い出てくる。
「これも・・・ファントム・・・!?」
切断した部分を見ると、火花が散っている。機械部品も姿を見せ、ファントムである事を物語る。
「蜘蛛の形の・・・!?でも、何で・・・どうやって!?」
人間の皮膚が全て剥がれ落ちる。そこに、人の面影はない。
「おーい戻って・・・ティルフィング、それ・・・は」
「マスター!?下がって・・・!」
瞬間的に、針のような腕が彼に向かって延びる。
「くそっ!?」
「邪魔ッ!」
マスターには避けられないと悟ったレーヴァテインは彼を蹴り飛ばし、剣で腕を弾き飛ばす。
「何よ?コイツ・・・」
「・・・先ほどの女性です。しかし・・・」
どんどんとそれは膨れ上がり、家を破壊する。
「話は後だ!もう人間じゃないなら、やるしかない!」
「な、なんなんですかこれっ・・・!?これが・・・人間だった・・・!?」
ヤクモがペタンと崩れ落ちる。
「おい、ヤクモ!危ねぇぞ!」
「そんな・・・そんな・・・!」
「ちっ・・・へんな所触るかも知れねぇからな!」
「・・・きゃぁっ!?」
そんな彼女を抱え上げる。
「・・・うらやましい」
「きますよ!レーヴァテイン!」
その光景を見ていたレーヴァテインにティルフィングが一言。それに反応し、二人は叫ぶ。
「「神機開放“クロース・オン”」」
二機のファントムが並び立つ。雷光と閃光、二つの光が黒き大蜘蛛を照らす。
「さっきは急いで逃げたから気づかなかった。けどやっぱり・・・ファントム・・・じゃ・・・」
「ちげぇよ、あいつらは。神機と書いて、クロースと呼ぶ」
「クロース・・・?」
「あぁ。人間に与えられた、最後の希望・・・なんてな」
ヤクモを抱えながら街の中を駆け抜ける。
『ティルフィング、どうする?』
『この大きさまで・・・とにかく、多少の攻撃では無理かもしれません。一撃で粉砕するしか』
『・・・どうやって?燃やすとか?』
『!?来ますっ!』
『とにかく近づくっ!』
二機が剣で攻撃を弾きながら近づいていく。
そのころ、マスターは違和感を感じていた。
「・・・おかしい、ここまで大騒ぎになってるのに、誰一人として出てこない」
「逃げてるんじゃ・・・?」
「この街の性質上、それは無いって、ヤクモが一番良くわかってるはずだろ?」
「・・・そう、ですね」
「いや、すまん。でもお前を悪く言ったわけじゃないんだよ。・・・逃げたくても、逃げられない。あの呪いとかなんとかいわれている異端者の体内には、あの蜘蛛が潜んでるのかも。それをもし、知っている奴が居るのなら・・・。自分にはここ以外に、居れる場所が無いと悟る」
抱えられた彼女は彼の顔をじっと見る。その顔は今を見つめ、過去を乗り越え、未来を掴む、そんな意思を示している。
「人が救われるためには、何かを犠牲にしなくてはならないんですか・・・?」
「何だ突然?」
「・・・私の父、この街の教皇が言っていたんです。救いには代償が必要だと」
「・・・それは、違うな」
「・・・」
「これは俺の自論だがな?救いってのは、自己満足だ。結局、救いと称して自分の心を満足させてる。まぁ、それで他人が助かったと思ってるならそれでいい。俺もそれだ。両者は満足して終わり。だがな、それに代償を求めるのは違う。それはな、自己満足の押し付けではなく、自分勝手な押し売りだ」
「押し売り・・・」
「だから、俺はしない。救い・・・とはまぁ、離れちゃいるがな。俺達がやるべきと思ったらやるだけさ。・・・いや、俺何もしてないか」
「・・・そういう考えも、残っているんですね」
「当たり前だ。俺の生きてた街はみんなが助け合って、救いあって出来てた」
彼ならば、この街を変えられるかもしれない。
「・・・父に、あって貰えませんか?」
「確か、教皇だったか。会ってどうする?」
「教皇を説得します」
「そりゃ無理だ。ここまでやっといて、そんな簡単に引き下がると思うか?」
「それが、確かに私の父でないのなら、そうかも知れません。でも、私の父は、元は優しい人なんです・・・!」
「・・・なら、やってみるか?賭けになるぞ」
「いいんですか?」
「乗りかかった船だしな。その代わり、その前に色々と聞きたいこともある」
『鬱陶しい・・・っ!』
『まだ、動けるみたいですね・・・はぁっ!』
彼女達は苦戦を強いられていた。何度切断してもいつのまにか復活する腕と、その腕から繰り出される鋭い攻撃は、徐々に彼女らの体力と精神力を奪っていく。
『やっぱり、一度で吹き飛ばす他ありません。レーヴァテイン!』
『なに?』
『私、多分気絶すると思うので、その時はお願いしますね?』
『・・・は?』
その声は、マスターにも届いていた。いや、彼の持つバイブスがティルフィングの目的を、彼自身の心に響かせていた。
「・・・なにする気だ?」
「えっと、誰と話して・・・?」
「ちょっと急ぐぞ!安全な場所ってわかるか!?」
「えぇ!?あ、あっちにシェルターが!」
「よし、そこだ!」
「せ、説得はどうするんですか!?」
「んなの後だ!」
彼は彼女を抱えたまま、走り出す。
『アイツ、どっか行ったよ』
『・・・行きますっ!』
剣を空に掲げる。機械仕掛けの機体と剣の刃が輝きを放つ。
『これで、最後・・・っ!』
その輝きは、光の粒子によるもの。一粒一粒が回転し、渦を巻き起こす。
しかし、一粒では弱い。だから、重ねる。光と光が重なり、合わさっていく。
収束される、一筋の光。掲げた剣から、レーザー光のように真っ直ぐ空へ向く。
『ハァァァァァッ!!』
剣を振り下ろす。回転する粒子は輝きの中で破壊の渦を生み出し、他の粒子が作る渦をさらに強くする。
いくつもの渦が生み出すそのエネルギーは、あの蜘蛛のようなファントムを切り刻んでいく。
『なんて、エネルギー量・・・』
蜘蛛は光によって灰になった。・・・いや、それは知らぬ者が見た光景だ。
光の粒子が生み出した回転エネルギーが、ファントム自体を粉微塵にしたのだ。
炎が炭を燃やして灰が残るように、彼女の光はファントムを粉塵に変えてしまった。
そして、その代償を彼女は受ける事になる。
全てのエネルギーを使い果たしたのか、機体が透明になっていく。どうやら消える寸前のようで、中のティルフィングはピクリとも動かない。
『・・・!?』
レーヴァテインはすぐに機体を降りた。同時に、ティルフィングの機体が消えて、彼女は重力のままに落下していく。
「ティルっ!」
落下は数メートル。いつもの彼女の身体能力ならば、一切の怪我もなく着地するだろう。
だが、今は違う。彼女には意識が無かった。意識の無い彼女の肉体は、普通の少女の肉体となんら変わりはない。
飛び込む。彼女が地面にぶつかる寸前に、彼女を受け止めた。落下エネルギーは横への運動エネルギーに変わり、地面を擦りながら進む。
「・・・間に合った」
抱き止めたティルフィングの顔を見る。呼吸はしている。どうやら無事だったようだ。
ファントムの反応は、もう完全に消え失せていた。
マスターとヤクモがシェルターの扉を開き、中へ入っていく。
「えらく生活感があるな」
「私がお祈りをする時に使うんです。何かとあった方が便利なので・・・」
「ふーん」
そこに落ちてあった布切れのような物に手を伸ばす。
「ん・・・?、なんか落ちてるぞー」
拾って広げてみる。
「どうかしました・・・かぁぁぁぁっっ!!??」
「・・・あー、その、なんだ。女の子だからって訳じゃないけども、下着はしっかり管理しとかないといけないと思うぞ」
「ち、ちちっ、違っ、違うんですぅぅ!!たまたま、偶然!偶然なんですよぉ!」
彼女は顔を真っ赤にしながら弁明する。彼はその顔を見て、まるでトマトみたいだなぁと思っていた。
「と、とにかく返してくださいっ!」
「ほら」
渡すと奪うように取り、その場に座り込んでしまった。
「うぅ・・・初対面の方に自分の下着を見られてしまうなんて・・・」
「別に俺は気にしないって。慣れてるし」
「なっ、慣れてる!?」
「レーヴァテイン、旅に出る前は一緒に住んでてさ。アイツ掃除とか洗濯とか、めんどくさがってやらなかったんだよ。代わりに俺がやってた」
「だ、男女が一つ屋根の下・・・」
「いや、そういうのじゃねぇって」
何気なく、シェルターの壁に寄りかかる。すると、カチリという乾いた音が鳴った。
「ん?何の音だ?」
「あぁ、それですか。こっちです」
ヤクモに案内されて来たのは一つの扉。
「シェルターの中に扉・・・。倉庫か?」
「元は、そうですね」
そう言うと扉に触れた。
「さっきのはこの扉を出す為のスイッチで、こっちは扉を開くスイッチです」
「ほぉ・・・」
中にあったのは、地面に立つ、マスターの身長ほどの丈の十字架だった。
「こういうのが、まだ残っていたなんてな」
煌びやかな宝石の装飾が散りばめられた、金の十字架。それは、古来あった宗教を表すもの。
「いいえ、これは私の父が作った物なんです。私たち人間の救いを祈るために。・・・これを見せれば、あるいは」
そう言うと、彼女はゆっくりと地面に膝をつき、両手を重ねて握る。
「天にまします我らが神よ。・・・願わくば、私にほんの少しの勇気をお与えください」
「神さま、か」
「私は、こうやって神さまに頼るしかないんです。泣き虫で、弱虫な私は、何かにすがって、頼って・・・」
どんどんと、彼女の雰囲気が暗くなっていく。
「別に、否定はしない。それでいいなら、それでいい。でも、お前はその事に罪悪感を持っている。そう、罪の意識だ。・・・そう思ったんなら、変わろうとするべきだ。まぁ、お前はそう思ったから、この賭けに出るんだろうが」
「・・・はい、その通りです」
「ま、その賭けには乗るつもりなんだが・・・少しだけ、聞いておきたい事がある。あの痣だ。あれが何か、分かるか?」
「それ自体が何なのか、という事なら分かりません。だけど、この街にどういう状況で根付いたか、という事なら恐らく」
「教えてくれ。今は情報が無さ過ぎる」
「・・・十年前、この街はもっと小さかったのです。それこそ、あの隔離されている場所ほどに」
「十年前?」
「その時から、ファントム自体は存在していましたよね。・・・私も当時は幼かったから、はっきりとは覚えていないんですけど、この街に、ファントムが襲ってきたんです。真っ黒なファントムが」
「・・・」
「その時、父はこの街の長でした。必死に街の人間を逃がそうとしたけど、みんなファントムが飲み込んでいった。私と父は必死で逃げました。・・・けど、助かったのは私だけ。父はこのシェルターに私を投げ入れて、ここの扉を閉めた。その後は、分かりません」
「・・・なるほど、大体わかった。あの痣も、あのファントムも」
「なら、これからどう動くの?ティルフィングは気絶しちゃってるけど」
背後から声が聞こえた。振り向くと、そこにはティルフィングを背負ったレーヴァテインが居た。
「よくここが分かったな」
「マスターのバイブスを追っただけ。で、どうするの?」
担いだティルフィングの身体をゆっくりと下ろし、毛布の上に寝かせるとふぅと一息ついて座り込んだ。
「・・・流石にティルフィングの力も無しに動くのは無謀だな。ティルフィングが目覚めるまではここで機を待つ」
「で・・・アンタは?戦うの?」
「・・・私に貴方のような不思議な力はありません。けど、父を正気に戻すくらいなら、私にだって出来る筈です!」
「・・・ふーん」
ヤクモの足は震えていた。けど、彼女の目には覚悟があった。
「決行は、ティルフィングの目覚めた次の日だ。いいな?」
ティルフィングは、夢を見ていた。・・・それは、ヤクモという少女の記憶と、まったく同じものだった。昨日までそこにあったモノが消えていく。闇に呑まれて、無くなっていく。そんな絶望を見ていた。
何も感じない、という事は無い。彼女の失意は、痛いほどに良くわかる。確かな光、小さい希望は古びたメッキのように剥がれて落ちていく。この手にすくう事など、出来ないの・・・?
そこには、光は無い。闇に消えた。・・・でも、彼女の父親の手には、あるものがあった。
それは、黄金の輝き。不敗の証。
「禁断の・・・果実・・・。なんで、あの子の親が・・・?」
「それは、ヤクモが、私のたった一人の娘が心配だからだ」
突然現れたのは、薄汚れたローブを着た男性。
「もしかしてあなたが、ヤクモの?」
「あぁ。父親だよ。・・・彼女から、話は聞いたかな?」
「・・・直接聞いたわけでは、ありませんが」
しかし、マスターとの繋がりが、その事を知覚させる。
「と、いう事は、この街で起こった悲劇も、その後の惨劇も、分かっているんだね」
「・・・」
剣を持つ。
「待ってくれ。そう怪しむのも分かる。だが、私に話しをするチャンスをくれないか?」
「今の状況を作り出しているのはあなたなのに、ですか?」
「それは正しくもあり間違いだ。・・・私の肉体を使った何か、という方が完全な解答さ」
「え・・・?」
「あの日、私は娘をシェルターに隠した。・・・彼女以外の街の人間全て、闇に呑まれた」
「なっ・・・、嘘を言わないでください!あの女性は確かにあの街で生きて・・・」
「生かされて、いるんだよ」
あの光景を思い出した。肉体の内側に潜む蜘蛛のようなファントム。
「まさか・・・あの痣は・・・」
「痣を持つ者は皆、10年前の闇に呑まれた者達だ。元の街の住人でもあるのさ」
「待ってください!では、あの隔離された街は。あの人たちは・・・!」
「元々の街の姿さ。そしてもう、あそこに住む人々を救う方法は無い」
「そんな・・・。いえ、いいえ!救える筈です!元凶を叩けば・・・!」
「・・・だと、良かったんだがね。皆、中身をすり替えられている。例えるなら、人の形をした蜘蛛の卵さ。その様子なら、卵から孵化する様子も目の当たりにしたんだろう?ここのファントムの主となったモノを倒せば、それと同時に人々の中身も失う。中身のない人間という言葉があるが、比喩ではなく本当の意味で使う事になるとは・・・」
「・・・それでも・・・」
ティルフィングは肩を震わせながら言葉を紡ぐ。それは怒りによる震えではなく、傀儡と成り果て生かされている者達への悲しみによるもの。
「それでも、救わないと・・・いけないんです。この星の文明を、この星の命を、止めるわけには・・・!」
「おそらく、アレは魔剣では倒せない。目には目を、歯には歯を。そして、聖には聖。アレに対抗できるのは、聖なるものだけだからね」
そして彼は、自分の手の中にあった果実を手放した。
「・・・ヤクモは毎日、この果実を夢の中で見つけていた。私が取り去るまでは。それを今、手放す事にした。この果実があの子にどんな力を与えるのか。魂だけになった私にすら分からない。ただ・・・」
その手を、ティルフィングの手に当てる。
「どうか、来るべきその時には、娘をお願いする」
ティルフィングは静かに頷いた。
「・・・あぁ、そうだ。このことは、この街の一件が終わるまで話さないでくれ」
それを最後に、夢の世界は途切れた。
眠るティルフィングの顔を覗き込むヤクモは、同時に何かを感じていた。
それは、得体の知れぬ何かでは無い。
これは熱か、それとも光か。もしくは、その両方か。