コンクリートの床を足音を響かせながら歩を進める。そういえば、ふと思い出した事がある。レーヴァテインという名前は、神話に出てくる神々の武器。そこに一抹の不安と、心に積もるばかりの何かを感じていた。
「失礼するよ、隊長」
扉を軽くたたき、扉を開く。こじんまりとした部屋に小さく収まった机と椅子、そしてそこに座る男がいた。
ラヴィーナに隊長と呼ばれたその男は彼女のほうに目は向けず、言葉だけを返す。
「どうした?」
「ヴァリンさんが連れてきた旅人の件で少し、ね」
「あぁ、あれか」
あまり興味が無いのか、それとも他のことを考えているのか、生返事だった。
「・・・少しくらい、興味なり反応なり示してくれてもいいんじゃないかな。隊長は少しコミュニケーション能力に欠けているよ」
すると彼の黒く鋭い、釘のような視線が彼女に向けられる。
「何だ。無駄口を叩きに来たのか」
「いいや。ただ、ちょっと気になる言動があってね。レーヴァテインって知っているかな」
「レーヴァテイン、か。北欧神話に登場する武器だが?・・・あぁ、そうか」
「彼の持っていたキラーズと、同じなんだよね?」
「ふん・・・やはりこれを偶然と掃いて捨てる訳には、いかないか」
耳に手を当てると、小さな機械が外れる。
「イヤホン?何故それを?」
「ヴァリンの会話を聴いていた。突然切れるまでだがな。・・・あいつら、あの木を目指すらしい」
「彼らが?あの大樹にかい?無茶だよ、そんなの生身の人間が出来る筈がない」
「レーヴァテインと名乗った女は、この男の仲間だ。そして、同じように仲間がもう二人。名は、ティルフィングにロンギヌス」
「魔剣に・・・聖槍の名前・・・これってまさか」
「先代の隊長も、最後に名乗っていた筈だ。確か・・・パラシュと」
先代の隊長は最後の作戦で死亡した。最後はパラシュというコードネームだったと聞き及んでいた。
「これらは同様に伝説、伝承の武具の名であり、この研究所に登録されていた名でもある」
「まさか・・・彼女たちは関係者だというのかい?僕と同じくらいの年齢だろうに」
「年齢など、滅んだこの世界でどれだけ生き延びたかの指標に過ぎん。・・・なによりお前がそれを物語っているはずだろう?副隊長」
「・・・僕はたまたまここにいて、たまたま聞いた事柄を繋ぎ合わせて生きてきただけだよ」
「そんな謙遜はいらん。無駄だ。それよりもだ。お前に頼みたい事がある」
「と、唐突だなぁ・・・。で、なんだい?」
「あの男を連れてこい」
「何故?」
「・・・あいつらは、何かある。価値か、負債か。それをこの目で見極める」
「・・・わかったよ。彼らに接触を図ろう。何かあれば連絡する」
静かに扉を開き、彼女は立ち去る。その背中を見送った男はデスクから書類を取り出し、その文字を追っていく。
サウザンド・レプリカ
千年前、ある神に生み出された天よりの使徒。地上の災厄を振り払い、人々に徳を説いた救世主。その力を模した、ただそれだけの模造品。偶然の産物。
「・・・それこそが、キラーメイル。この力があれば、きっと」
唇を噛み締める。鉄の味が舌に伝わる。それはきっと、彼の心を表す味だろう。
日は落ちる。・・・長らくここで外を見ていた。何故かこの辺りにファントムの姿は無い。
その間に、様々な人間の姿を見た。誰もが彼女の事を不思議と疑問の入り乱れた目で見てはいたが、彼女の雰囲気で話しかける事が出来ないようだった。
「あ、まだ居た」
「・・・何よ。またあんた?」
「こっちの台詞さ。彼の元に戻らなくていいのかい?」
「・・・なんで知ってんの?」
「ここが僕の家だからね。自分の家は勝手が分かるだろう?」
「ふーん」
「ところで、僕の質問に答えてもらってないんだけど」
「何?」
「戻らなくていいのかって」
「・・・そろそろ戻る」
「そうかい。なんなら付き添うよ?」
「あんたが・・・?いらない」
そう言うと、レーヴァテインは元来た道を戻っていく。
その後ろをラヴィーナが付いてきていた。すぐに気づいたレーヴァテインは彼女に言葉を投げる。
「・・・なんで付いてくんの?付き添いはいらないから」
「え?あぁ。僕も君の彼氏に興味があってね」
「はぁ!?」
「冗談さ。でもこの場所に得体の知れない人間はあまり置きたくないんだ。何せ、キラーメイルの実験場だからね」
「・・・」
「君は訳ありなんだろう?普通の人には無い、何かを持っている」
「だから?」
「・・・僕らの世界は、謂わば光無き永遠の暗闇だ。一歩先すらも見えなくて、その先からは人を喰らう獣達の唸り声が聞こえてくる。そんな世界で、僕は見たんだ。僕より幼い少年少女が、この場所で恋し、愛し合っていた」
その思想はきっと、彼女が密かに慕うあの男が好きそうな、気に入りそうな考えで。
「それはきっと、尊いモノなんだ。獣を払い、行くべき道を太陽よりも眩い輝きで照らすはず。・・・だからこそ、その子達が進む一歩目を僕らが照らさないといけない」
ラヴィーナは彼女の手をとり、握り締める。
「でも、僕達だけじゃ駄目なんだ。守ることすら、危ういんだ。・・・だから君の、君たちの持つ力を、僕達の理想に使って欲しい」
「・・・それ、うちのマスターに言ったら?」
その言葉こそ、彼女の理想を認めた証。