正義の味方   作:寄居虫

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レッテル

昔から良い意味でも悪い意味でもレッテル貼りが嫌いだった。

 

『湘南東大通り』『NHK村』『ビレッジ族』・・・くだらない。

 

そこに住んでいる人間の多くは湘南高校から東京大学に進学するという『湘南東大通り』

 

そこに住んでいる者の多くは将来安泰のエリートで多くがNHK職員である『NHK村』

 

湘南界隈で金持ちのステータスである「マンション『湘南ビレッジ』に住む事」を叶えている『ビレッジ族』

 

良い意味でのレッテル貼りだけであったら、俺のただの僻みだ。

 

「なぜそこを目指さず腐っているんだ?」と言われてもしょうがない。

 

だがいくら頑張っても見下され貶される者も現実として数多い。

 

『宮前人』『団地族』がその例だ。

 

昔河川が整備されておらず下水道が完備されていなかった時、宮前付近は少しの雨で柏尾川と境川が氾濫して水浸しになったらしい。

 

しかも下水道が完備されていなかったので、その水は本当に汚水だったという

 

そこに住んでいる人間は侮蔑を込めて『宮前人』と呼ばれていたのだ。

 

それ以外にも俺を含めた藤が丘団地に住む子供は『団地マーケット』と言われる小さな商店街の前の広場で遊んでいた。

 

「『団地族』の子達と遊んじゃダメでしょう!?」俺達と遊んでいた子供が母親に連れられていく。

 

子供は親は選べない。

 

別に俺が好き好んで団地に住んでいた訳じゃない。

 

本当に下らない。

 

まあ金持ちの子供は遺伝子的に優れている場合が多く、英才教育が施されているので、優れた人間になりやすい。

 

「そういう子供と遊べ」という理屈は親としてはどうかとは思うが理にかなっている。

 

将来出世するだろう人間とコネを作っておく事はマイナスにはならないだろう。

 

それに団地に住む子供は習い事をしないで遊び呆けているという傾向が強い。

 

金持ちの子供は習い事や塾通い、家庭教師などに拘束されていて「快楽的ではない」のだ。

 

しかも不思議なもので、貧乏人ほど金離れが良いのだ。

 

「お前の家いくらでも金あるだろう?」という子供に限って、10円を使う時も長時間悩む。

 

「育ちが良い」と言う事は「それだけの躾、教育も受けてる」と言う事で、子供に悪い影響がないように躾を受けている子供と遊ばせようとするのは親心かも知れない。

 

しかしそのレッテル貼りに根拠のない場合も沢山あった。

 

その代表格が『ナンバープレート』だった。

 

俺の歳の離れた長男は貧乏な走り屋だった。

 

兄貴が乗っていた貧乏走り屋仕様のハチロクに乗るのが俺は嫌だった。

 

エアクリが取ってある・・・それ以前にクーラーがフロンガスでクーラーガスを買おうとしたら海外から取り寄せなきゃいけない。

 

走り屋はねじり鉢巻をして窓全開で運転するらしい。

 

サスペンションはすこぶる悪い。

 

そして何より藤沢近辺は『相模ナンバー』だった。

 

全国で最も嫌なナンバープレートナンバーワン、それが『相模ナンバー』人呼んで『相撲ナンバー』だった。

 

車の数が増えると同時に『相撲ナンバー』だった地域には新しいナンバープレートが生まれる。

 

『相撲』の文字が指し示す通り『お互いを殴る』ようには俺には見えなかった。

 

ふんどし一丁のケツの汚いデブが抱き合っているのが『相撲』だと思っていた。

 

だいたい拳で殴るのは『相撲』では禁じ手だったはず。

 

じゃあ『相撲』という文字自体が『相撲』を表していない事になる。

 

『太った男達が尻丸出しで抱き合う』つまり『太尻抱』これで『すもう』と読むのであれば理解出来るし、兄貴の車のナンバープレートが『相撲ナンバー』と言われる事もなかっただろう。

 

それはともかく俺が初めて買った中古のファミリアにつけていたナンバープレートは『湘南ナンバー』だ。

 

良い加減なものだ。

 

今まで嘲笑の対象だった地域のナンバープレートが「良いなあ」などと羨望の眼差しを向けられる。

 

こと運転に関して言えば走り屋だった兄貴とペーパードライバーだった俺ではどちらが真剣に運転に向き合っていたか、どちらが努力していたかなどは比べるべくもない。

 

レッテル貼りなどとはそんなものだ。

 

根拠に乏しいものなのだ。

 

異世界から来た俺は『村勇者』として崇め奉られている。

 

俺は村長以上の地位らしい。

 

俺が村長に案内されて村を回っていた時、俺が通りかかると村人が頭を地面に擦り付けて、膝をついて平伏していた。

 

コイツらは心から俺に頭を下げているんじゃない。

 

その証拠にコイツらは俺に恨みのこもった目を俺に向けてきている。

 

コイツらは俺が村勇者だから土下座しているんだ。

 

コイツらに自分の身を守る手段はない。

 

だから年貢を納めて、施政者や村勇者に守ってもらおうとしているんだ。

 

なのに前任の村勇者はコイツらを守り通せず、自分も命を落とした。

 

しかしこの恨みのこもった視線、それだけじゃないだろう。

 

前任の村勇者、どんだけ傍若無人に振る舞ってたんだろうか?

 

いや、村人同士の争いに村勇者が駆り出されて命だって落しかねない状況で村勇者が一方的にへりくだる必要はないし、特権が与えられて然るべきだとは思うけど。

 

どの程度、不遜な態度を前任の村勇者が取っていたか知らないけど、俺に『村勇者憎し』の視線を向けるのは止めてもらえないか?

 

『村勇者は偉そうなモンだ』ってレッテルがあるような気がする。

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