漫画に出てきたらしい。
高校の時、友達に聞かれた。
「国道134号線の事なんて言う?」
「特に何とも呼ばないかな?あえて呼ぶなら『134号』か『海沿いの道』かな?
あ『習志野ナンバーの千葉から来た田舎者のナンパ通り』とも言うな」
「『湘南弾丸ストレート』って言うんじゃねーのかよ!?」
「言う訳ないだろ?
あそこらへんは観光地で一番近い住宅街は鵠沼だぞ?
鵠沼って言ったら安室奈美恵の元旦那でTRFのサムの実家の病院があるような桁違いの金持ちが住むところだぞ?
未だに御用聞きが来るのは、『サザエさん』の家に三河屋のサブちゃんが来るのを除いたら、鵠沼の豪邸だけじゃねーか?
そんな良いところのお婆さんが『ちょっと湘南弾丸ストレートのあたりまで行って来ますわね』なんて言ってたら俺は失禁するぜ。
何に『湘南弾丸ストレート』なんて書いてあったんだよ?」
「『特攻の拓』だよ」
「あぁ・・・アレね。
なんつーか、話を盛り上げる為のフィクションを真に受けない方が良いと思うぜ?」
昔湘南は珍走団の通り道だったらしい。
今と違って珍走団の人数は多かったらしい。
だいぶ規模は縮小されていたが高校時代「頼む!このシール売らないと先輩に殺されるんだよ!
このピエロのシールを5000円で買ってくれ!」と珍走団に入っているヤツに頼まれた。
「普段は偉そうに粋がってるクセに、こういう時だけヲタクに頭下げるんだな。
勝手に殺されりゃ良いじゃん」そうは思ったが言わなかった、怖かったから。
何でそんな想いまでして珍走団に入るんだろう?
珍走団に入らなくても、何でそういったアウトローの存在に憧れるんだろう?
もしかしたらコイツらアホなりの中二病なんだろうか?
「格好いい」と思う対象が違うだけなんだろうか?
任侠モノ、珍走団モノ、殺し屋モノ、ケンカモノ・・・そういった漫画は一定の需要がある。
俺には理解不能だ。
漫画を読んで強くなるなら、格闘技は全て通信教育になるだろう。
そういった漫画を読んで強くなった気になるんだろうか?
昔『グラップラー刃牙』って漫画に「男なら誰しも『最強』に憧れ、『最強』を目指す」と書いてあった。
俺も『最強』を目指したんだろうか?
目指した期間がコンマ何秒と短く、俺本人も目指した事に気付いていないだけで。
そういや『グラップラー刃牙』を読む理由が俺と他の人で違うな、とは思っていた。
『グラップラー刃牙』には大きなコマが多く、セリフが少なく単行本を読むのに二分かからない。
頭を空にして何も考えずに読めるのだ。
しかし友人達は『グラップラー刃牙』を「格好いい!」と思いながら読んでいたらしい。
俺は悪や正義に対する憧れは低い。
殴るのも殴られるのも・・・とにかく痛いのは嫌だ、冗談じゃない。
最強に対する憧れは抱いた事はあったかも知れないが、今は全く憧れはない。
名声、悪名に対する憧れもない。
とにかく静かに生きて行きたい。
目立つという事は敵に狙われ易くなる、という事だ。
俺は草食動物のようなモノだ。
でも俺は草食動物にもなりたくはない。
草食動物は「腹がへった」というだけの理由で肉食動物に食い殺される。
完全に人選ミスだと思う。
村勇者には「名誉欲」「自己顕示欲」などが強い者が選ばれるべきだ。
俺が「静かに誰にも迷惑をかけずに生きて行きたい。
俺の理想は『地蔵』だ」と思っても、周囲がそれを許さない雰囲気だ。
俺は早くも戦闘に巻き込まれそうな感じだ。
水争いが激化したようだ。
「申し上げます!
隣の村の村勇者が境界線付近に現れました。
ショウジ様もその場に行っていただきたい!」
伝令役の村人が大声で怒鳴る。
えー?
食事すらももてなされてないんだぜ?
『一宿一飯の恩』なんて言うけど、泊めてもらっても食わせてもらってもねーんだぜ?
なんで俺が村の為に命をかけて何の思い入れもない村や村人の為に戦って相手を殺そうとしなきゃいけねーんだよ?
「村勇者様はまだ馬に乗れませんよね?
では戦場まで私の馬の後にお乗りください」
確かにまだ馬には乗れない、つーか乗馬未経験だ。
そんな事より今サラッと『戦場』って言ったぞ!