バンドリの彩ちゃんがポケモンの世界を冒険するようです。 作:なるぞう
第一話 アヤの旅立ち
シンシュー地方とは、カントー地方とジョウト地方の北部に位置する地方だ。この地方は四方を高い山脈に囲まれているため、全国的にも極めて珍しい海に接してない地方である。しかし、海なし地方特有の珍しい生態系や美しい風景に魅せられる人も多く、この地を冒険するトレーナーは後を絶たない。そして今、シンシュー地方の小さな田舎町『シグレタウン』からも、一人の少女が雄大なシンシューの大地に旅立とうとしていた。
清々しい太陽が山の向こうから昇り、爽やかな光が家々の窓に差し込む。それに応じて人々は布団から抜け出し、一日の生活を始めるのであるのだが、どうやらこの少女だけは話が別のようだ。
「うーん……、まんまるお山に彩を……、えへへへ~」
このベッドの上で布団にくるまり寝言をぼやいている少女の名前はアヤ。今年で16歳今日、いよいよ新人ポケモントレーナーとして住み慣れた町から飛び立つ予定なのだが、一向に起きる気配がない。外で子供が楽しそうに騒ごうが、ポッポが鳴こうが、お構いなしに夢の世界に浸っている。だが、それにも終わりが来た。
「アヤ!いつまで寝ているの!起きなさい!」
しびれを切らした母親がついに布団を引きはがした。
「ふぇっ?どうしたのお母さん……?今日はなにも……」
眠い目をこすりながらアヤは多くの斜線が刻まれたカレンダーを見た。
「あっ!今日ってマリナ博士からポケモンをもらう日だ!確か10時に博士の研究所にいけば……。って、あれっ……?」
喜びから一転、不意に嫌な予感がよぎった。彼女はちらりと時計を見た。時計の針は10時10分の方向を指している。
「やばっ!遅刻じゃん!」
叫びをあげるや否や、アヤはベッドから跳ね起き、電光石火の早さで新調の服に着替え、髪を整え、バックを手に取り、階段を駆け下りた。そして用意されていたサンドイッチをかっさらった。
「いってきます!」
彼女はサンドイッチを口にほおばると、わき目も振らず研究所目指して家を飛び出していった。
シグレタウンはシンシュー地方の南西部に位置する簡素な田舎町だ。森と町が極めて近く、そのおかげで穏やかな雰囲気を醸し出している。その中を慌ただしく駆けるアヤの姿は中々ミスマッチだ。
「どいて~!どいてぇ~!」
悲鳴が山々にこだまする。こんな調子でアヤは街の人やポケモンをよけながら突き進んでいった。
五分ほど走ると、ようやく博士の研究所見えてきた。扉の前に立つと同時に、ドアノブに手をかけ強引に引く。扉はバタンと壊れそうな音を立てながら開いた。
「ごめんなさい!遅れました!」
息を切らせながら叫ぶ。だが、ふと息をついた瞬間、アヤは次の言葉を失ってしまった。あまりの音の大きさで驚いた研究員たちの視線が一気に彼女に集まっていたのだ。
「あっ……、えっと……、うぅ……」
顔を赤らめ、言葉を失うアヤ。中々告げるべき要件が出てこない。だが、様子を察した一人の男性研究員が助け舟を差し出した。
「あっ、もしかしてアヤちゃん?もしかしてマリナ博士にポケモンをもらいに来たのかな?」
「あっ、は、はい!」
「やっぱりそうか。話は博士から聞いているよ。さぁ、入ってよ」
「ありがとうございます!」
アヤは声をかけてくれた研究員に、研究所の奥にあるマリナ博士の部屋の前に案内された。
「お、お邪魔します!」
先ほどとは真逆に今度は恐る恐る静かに扉を開く。その先では、難しそうな本に囲まれながらこの研究所の主任研究員であるマリナ博士が机に向かっていた。彼女は伝説や幻と呼ばれるポケモンと普通のポケモンの違いを研究している。その中でも特に普通のポケモンにはない、伝説や幻と呼ばれるポケモン特有の強大な力の源を探ることが彼女の専門であり、その分野ではパイオニアといっても過言ではない。現に若いのにもかかわらず数々の実績を残している。
「あ、アヤちゃん!いらっしゃ~い!」
アヤが部屋に入ると博士はデスクワークを中断し、彼女と目を合わせる。アヤは目が合うや否や必死に頭を下げた。
「遅れてすみません!あの……、ついうっかり寝坊しちゃって……」
「あはは!そんなことだろうと思ったよ。さては、今日が楽しみで眠れなかったのかなぁ?」
だが博士はそんなことは気にもくれず、朗らかに笑い飛ばした。なにしろアヤが肝心な時に寝坊してくるのは今日に始まったことではない。アヤとマリナ博士はかれこれ十年近い付き合いになるが、アヤの寝坊など日常茶飯事だ。マリナ博士は過去にあった数々のアヤの遅刻を思い出しながら、彼女に近くの丸椅子をすすめる。アヤはすぐに丸椅子に座った。
「ゴホン!それではアヤちゃんに、ポケモントレーナーの『トレーナーカード』を進呈します」
声を改めると彼女は机の引き出しから、一枚のカードをそっとアヤに手渡した。
「これがトレーナーカード……」
アヤにとってこのカードを手に入れるのは決して楽なものではなかった。シグレタウンではトレーナーとして旅立つ年齢が何故か他の街より4年も遅く、基本的に14歳に旅立つ。14歳になれば大半の少年少女たちは、冒険の目標のあるなしに関わらず、住み慣れた町から旅立つ人が多い。当然アヤも周りと同じタイミングで旅立とうとした。しかし、日ごろのおっちょこちょいな性格が祟り、親に心配されたせいで中々旅立つ許可がもらえず、説得にさらに2年もかかってしまったのだ。そういうわけもあり、思わず大げさな感嘆の声が漏れるのも無理はない。博士はそれを親のような気分で眺めていた。
「はは!喜んでくれたみたいでよかったよ。トレーナーカードはトレーナーの身分を証明する以外にも、ポケモンセンターを利用するときや、ポケモンジムに挑むとき、その他色々な時に使うから無くさないようにね」
「うぅ……、気を付けます……」
アヤに念押しするとマリナ博士は再び引き出しからとあるものを取り出し、それを手渡した。
「マリナ博士……、このピンク色の機械は……?」
それは二画面が折り畳み式になっており、ちょうど小さな携帯ゲーム機のような形をしている。
「これはね『ポケモン図鑑』。出会ったポケモンに機会を向けるだけで自動的に記録してくれる優れモノだよ。急で申し訳ないんだけど、アヤちゃんにはこの図鑑を使って各地のポケモンのデータを集めて来てほしいんだ。」
「データを集める?どうしてですか……?」
「伝説ポケモンの研究ってさ、伝説ポケモンのことだけを調べればいいってものでもないんだ。伝説でも幻でもない普通のポケモンも調べることによって新しい発見があることも多いんだよ。だからさ、伝説や幻に関わらずいろんなポケモンのデータが欲しいんだ。もちろん冒険のついででいいよ。どうかな、お願いできるかな?」
「わかりました。どこまでできるかわからないけど……、が、頑張ってみます!」
「うんうん、アヤちゃんならそう言ってくれると思ったよ。それじゃぁ、よろしくね!」
マリナ博士は嬉しそうにうなずくとさらにモンスターボール等を手渡し、次の話題に話を進めた。
「さてと、図鑑もトレーナーカードも渡したし……、いよいよ初めてのパートナーとなるポケモンを渡す時が来たみたいだね。アヤちゃん、欲しいポケモンはもう決まった?」
「えっ……、それはその……」
実は十日ほど前に、彼女はマリナ博士から初心者用ポケモンのリストを渡されていた。当然アヤはその本を毎日のように読んだわけなのだが、それが裏目に出て本に載っているすべてのポケモンを気に入ってしまって結局決められなかったのである。
「もしかして、まだ決まっていない?」
「……はい」
アヤは顔を下に向け、申し訳なさそうに答えた。
「あはは!そんなもんだよね!どのポケモンもいいところがたくさんで選べないもんね。それじゃぁさ、今から研究所の庭に行ってみなよ。初心者用ポケモンがみんな揃っているスペースがあるからさ。実際に触れ合ってみて、一番気に入った子を最初のパートナーにすればどう?」
「いいんですか!?ありがとうございます!」
「そうと決まれば、さっそく庭に案内してあげるよ。さぁ、私についてきて」
こうしてアヤは初めのパートナーを決めるべく、庭へと歩いて行ったのであった。
庭について数分後、アヤは庭にいる数々の初心者用ポケモンたちに幸せそうに囲まれていた。
「うわ~、実際に見るとどれも可愛い~!ますます悩んじゃうなぁ」
だらしなく頬を緩ませている傍らで、ポケモンたちはアヤによって撒かれた木の実を食べている。その間にアヤは早速もらったばかりのポケモン図鑑を起動しながら集まったポケモンたちを観察していた。
「えっと……、あの左端にいるのがみずタイプのケロマツで……、私の目の前で木の実をほおばっているのがポカブ……。それであそこで木の実の奪い合いをしているのがキモリとワニノコ——ってケンカなんてしちゃ駄目だよ!」
このようにケンカを止めるような場面もあったものの、ポケモンたちと少女が触れ合う様子は中々のどかな光景である。やがてポケモンたちは木の実を食べ終え、各々の行きたい場所へと散っていった。と、思われたがアヤの視界に一匹のポケモンが目に入った。
「あれは……」
ポケモン図鑑を向けると、画面に『ナエトル』という名が表示された。彼女が画面から視線を移す、ナエトルはついさっきまで木の実があった場所で酷くうなだれている。
「あのナエトル……、もしかして木の実食べ損ねちゃったのかな?」
彼女はナエトルの前に行くとバックから残しておいた木の実をいくつか手に取りだした。
「食べる?」
アヤが首をかしげるとそのナエトルは目を輝かせ、木の実を無我夢中で食べだした。
「ナエナエ!」
そして、きれいさっぱりに食べ終わるとアヤにお礼を告げるかのように鳴き声をあげ、ほかのポケモンたちのところへ走っていった。
その後もアヤは庭でポケモンたちと遊び続けた。遊べば遊ぶほどどんどんポケモンはアヤに懐いていき、自身もポケモンたちのことを気に入っていく。おかげでますます選べなくなっている。この時点で強いて気になっているといえば先ほどのナエトルといえるだろうが、気になっているというよりは心配になっているというほうが正しい。なにしろそのナエトルは、追いかけっこをしてもあたふたして逃げ遅れるし、かくれんぼしたら頭のナエが物陰からひょっこりと出ている有様なのだ。人のことは言えないが、なかなかおっちょこちょいでドジなナエトルである。そして、ついに事件が起きた。小さな岩山を飛び越えて着地しようとしたとき、ナエトルは着地に失敗してしまったのだ。
「あっ!大丈夫!?」
少し離れたところでほかのポケモンと遊んでいたアヤは大慌てでナエトルのそばに寄ってきた。
「ナエ……」
ナエトルは目に涙を浮かべている。よくよく見てみると右前足を擦りむいてしまったようだ。
「ど、どうしよう…」
当然何とか治療したい気持ちはあるが、当のアヤはポケモンを治療するすべを持っていない。徐々に頭が真っ白になる。だが完全に真っ白になる直前、彼女はひらめいた。
「そうだ、マリナ博士なら治療できるかも……!」
アヤは即座にナエトルを抱きかかえた。そして大急ぎで博士のところへ走っていった。
部屋に駆け込んだアヤはケガのことをマリナ博士に泣きじゃくりながら伝えた。しかし、結論から言うとナエトルの傷は極めて浅いものであった。
「大丈夫だよ、このくらい傷薬を付ければすぐに治るよ。いやぁ、アヤちゃんが走ってきたときは大事件が起きたのかと思って身構えちゃったけど、大したことなくてよかった。ほら、この傷薬を使って治療してあげて。使い方はラベルに書いてあるからね」
アヤは博恐る恐る傷薬をつかい、ナエトルの治療を行う。すると博士が言う通り傷はたちまちふさがり、ナエトルは無事に元気を取り戻した。
「傷がすぐに治ってよかったぁ」
ナエトルが問題なく動けることを確認したアヤは、再びナエトルを抱きかかえマリナ博士とともに庭にむかった。
「さぁナエトル、今みんなのところに返してあげるからね」
外に出ると、アヤはナエトルをそっと地面に置いた。その時、ふと彼女の目にオレンジ色に燃える空が飛び込んだ。いつの間にか日が沈む時間になっていたようである。
「どうかなアヤちゃん、最初のパートナーになるポケモンは決まった?」
その夕日の中でマリナ博士はアヤに言葉を投げかける。
「それが……」
それに対してアヤは首を横に振る。しかし、不意に足元から何かの鳴き声が起こった。
「ナエナエ!」
ゆっくり下を見ると、返したはずのナエトルが彼女の足元ですり寄っている。
「どうしたの?傷は治ったからもうみんなのところへ……」
アヤが不思議そうな目でナエトルを見つめる傍ら、マリナ博士は何かを確信したように微笑んでいた。
「どうやらそのナエトル、アヤちゃんのことが気に入ったみたいだね」
「えっ、私のことを……?」
ナエトルは『博士の言う通り』とでも言いたそうに、尾を小刻みに振りながらまっすぐに彼女のことを見つめている。アヤはしゃがんで視線を合わせると、なでるようにそっと語り掛けた。
「ねぇナエトル。私さ、ほかの人よりも不器用でドジでダメダメなんだよ。だから一緒に行っても強くなれないかもしれないし、苦労もいっぱいかけちゃうと思う。それでも私についてきてくれるかな?」
「ナエ!ナエ!」
ナエトルは大げさなほどに首を立てに振った。それを見て、マリナ博士がナエトルのモンスターボールを手渡す。アヤはそれをしっかり受け取り、中央部のボタンを押した。モンスターボールからは赤い光が発せられ、ナエトルを包みこみ、ボールの中へと導いた。
「よろしくね、ナエトル」
ボールを手にとり、アヤはそっとその言葉をつづった。
結局、アヤが研究所を出たのはもう日が完全に沈んだ後だ。その為、出発は次に日に延期となった。
次の日の朝、珍しく寝坊しなかったアヤはシグレタウンの出口に立っていた。
「忘れ物は……、なし。よし、今日こそ出発するぞ!」
「ナエナエ!」
自分の足元で寄り添うナエトルとともに決意を固める。
「それじゃぁ、行ってきまーす!」
「ナエナエー!」
アヤとナエトルは後ろを振り向き、見送りに来てくれた母親とマリナ博士に手を振り、別れの挨拶を告げた。そして朝日に祝福されながら、冒険の第一歩を踏みしめたのだ。