BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*11 猿猴水月

「ねえねえ、あくたん! 金平糖買って来てくれた!?」

「安心してください、副隊長。金平糖は逃げませんから。はい、どうぞ」

「やったー!」

 

 金平糖の入った袋を片手に飛び跳ねる桃色の物体。

 彼女こそ、十一番隊副隊長こと草鹿やちるだ。焰真から金平糖を受け取った彼女は、袋を開けるや否や、そのまま逆さまにして口の中へありったけの金平糖を流し始めた。

 見事なまでの食いっぷり。

 バリボリと音を立てて咀嚼する彼女の横で、焰真は飲みやすいよう少し冷ましたお茶を持って待機する。

 すると飲みこめる程度に金平糖を噛み砕いたやちるは、焰真の持つ湯呑を手に取り、これまた旨そうに喉を鳴らしてお茶を仰いだ。

 

「ぷはーっ! おいしかった!」

「それはよかったです」

「うん! つるりんが買ってくるのよりおいしい!」

 

「おい。どーいう意味だ、どチビ」

 

 不意に横からやちるに声を上げるのは、他でもない『つるりん』こと一角である。

 普段こそ見た目が年下のやちる相手にも敬語の彼だが、時折こうして口調が崩れてしまうことはよくある風景。

 

 因みにやちるの金平糖の味云々についてだが、適当に近くの店で買ってくる一角と違い、焰真は副隊長のおやつとだけあってそれなりに高価なものを買って来ているため、あながち味についての良し悪しは間違っていないと言える。

 

 閑話休題。

 

「また副隊長とケンカしてるんスか? 一角さん」

「まあ、いつもみたいにくだらない内容だと思うけどね」

 

 額に青筋を立てる一角へ投げかけられる声の主が二人、部屋の入口より入ってくる。

 

「恋次に弓親さん。刃禅済んだんですか」

 

焰真と同期の死神、阿散井恋次。彼は霊術院を卒業後五番隊に就いたものの、その戦闘能力の高さを買われ、ものの半年で十一番隊に異動してきた男だ。

 

「おうよ!」

「“対話”まではいかなかったみたいだけれど、中々筋が良いよ。彼は」

 

 刃禅。

 それは死神が斬魄刀と心を通わせるに必要な儀式だ。

 斬魄刀『浅打』はとある一人の死神の手により打たれた後、瀞霊廷へと送られて新しく死神になる者達に与えられる。

 一見ただの刀にしか見えない浅打だが、この斬魄刀は最強になり得るポテンシャルを含む斬魄刀だ。

 その理由は、浅打は所有者の心を写し取り、それぞれの形へと進化するという特性を有しているからである。

 

 死神の数だけ斬魄刀の種類も比例して多くなるという訳だ。

 

 一角の『鬼灯丸(ほおずきまる)』も弓親の『藤孔雀(ふじくじゃく)』も、最初は浅打だった。

 だが、寝食を共にして過ごしていく内に、各々の斬魄刀へと変化したのである。

 

 しかし、ただ寝食を共にするだけでは斬魄刀は真の姿へと変わりはしない。

 その過程に必要であるのが“刃禅”だ。

 そして、この刃禅を経て“対話”と“同調”を果たすと、斬魄刀の一段階目の解放である“始解”が可能となり、“具象化”と“屈服”を果たせば斬魄刀の二段階目―――とどのつまり斬魄刀の姿の究極形態である“卍解”が可能となる。

 

 恋次は始解をするために、つい先ほどまで弓親と刃禅に赴いていた。

 ついぞ始解こそできなかったものの、経過は良好であったのか、表情はどことなく明るい。

 

「俺も始解できたらな……」

「へへっ、この調子だと俺の方がお前より早く斬魄刀を解放できるようになるぜ?」

「なにおう!」

 

 不意に紡がれた焰真の呟きを皮切りに睨み合う焰真と恋次。

 しかしそこに本当に対立するような空気はない。ただ単純に友人同士がふざけるような雰囲気だ。

 同期、そして親善試合で何度か会っており、尚且つルキアの友人という繋がりがあったため、さほど打ち解け合うのに時間がかからなかった二人は、互いに切磋琢磨し合う良好な関係を築き上げていた。

 

「俺が解放できるようになったら、きっと凄い斬魄刀になるぞ」

「具体性がねえな。どんな斬魄刀想像してんだ?」

「それは……あれだよ。十三番隊の海燕さんみたいに派手で強い奴を―――」

 

「鬼道系の斬魄刀なら、十一番隊には居られないね」

 

 焰真の話に割って入ったのは弓親であった。

 鬼道系―――形状が変化する物理攻撃に特化した直接攻撃系の斬魄刀とは正反対の、いわば特殊な能力を有した斬魄刀の種類を指す。

 焱熱系や流水系、氷雪系などざっくりとした分類があり、一度焰真が目にした海燕の『捩花』は流水系の斬魄刀に属している。

 

 炎や雷、水、氷、風などの能力を操ることができる斬魄刀は、比較的虚との戦いにおいて優位に働くため、隊士たちが『自分が解放できるようになったら……』と夢見る際は、もっぱら鬼道系の斬魄刀だと言われたり言われなかったり。

 

 しかし、何故鬼道系の斬魄刀であると十一番隊には居られないのだろうか。

 疑問に思う焰真と恋次の二人は、弓親に問いかけるような視線を投げかけた。

 

「折角だから新人の君たちに教えるとするよ。ほら、十一番隊は殴り合いに命かけている連中の集まりだからね。隊の気風のせいで、暗黙の了解として持つ斬魄刀は直接攻撃系だって決まっているんだ。だから、鬼道系の斬魄刀なんて持つだけで腰抜け扱いさ」

「成程……」

「鬼道系を持って腰抜け扱いされても構わないっていうなら十一番隊に居続けるのもいいさ。でも、それなら僕は他の隊に異動した方が賢明だね。まあ、更木隊長は斬魄刀が何系かだなんて気にしないと思うけど」

「剣ちゃんは強い人が好きだもん! 強ければおっけー!」

 

 頬に指で丸を描くやちる。

 十一番隊隊長の剣八は、現在の隊長の中で唯一卍解を―――そもそも始解さえもできない死神だ。

 それでも彼が隊長である理由は、前代の剣八をその無解放の斬魄刀で斬り伏せたから。

 隊長への着任方法の一つとして、隊士200人の前で隊長を倒すというものがある。それを剣八はやってみせたのだ。

 

 斬魄刀を解放できなくとも隊長にはなれることを証明してみせた剣八であるが、やはり男心としては斬魄刀を解放してみせたいという想いがある。

 

「う~ん……なあ、恋次」

「ん? どうした」

「俺の斬魄刀、どんな感じだと思う?」

「は? お前のか?」

「おう」

「そうか。ん~……よし、ちょっと待て」

 

 ストップをかけ、思案する恋次。

 ポクポクと木魚が店舗よく鳴り響く幻聴が聞こえること数秒、彼は面を上げた。

 

「火が出る斬魄刀だ」

「絶対俺の苗字と名前から連想しただろ」

「名は体を表すって言うじゃねえか」

「だからってさ……」

 

 芥火焰真。

 まさしく火を使っていそうな字面の名前だ。

 

 芥火は出身の地区名から、焰真は元より有していた『えんま』の名に緋真が漢字を当てた。

 名前などは所詮他者と自分を区別するための札のようなもの。

 だが、名前に込められた想いを考えると、ただの文字の連なりが思い出に彩られ、どうしようもなく鮮やかに感じられる。

 

「―――まあ、火でもなんでもいいか」

 

 火を連想させる名前を緋真が付けてくれたということは、緋真が自分に“火”足る何かを見出したことに他ならない。

 火は人に光や熱などの恵みをもたらす。

 成程、緋真が焰真と名付けてくれた由縁が分かった気がする。

 

 一人納得する焰真を前に、恋次は首を傾げた。

 

「? そうか。お前がそれでいいんなら別になんでもいいんだがよ」

「それより恋次。休憩時間終わる前に一太刀交えようぜ」

「おう、いいぜ。刃禅で座りっぱなしだったから、体が凝っちまって仕方がねえ!」

 

 雑談も終えた二人は、午後の始業が始まるまで残った休憩時間を鍛錬につぎ込もうと道場を向かう。

 

「おぉ、やるのか? じゃあちょっくら観るとするか」

「そうだね」

「わぁー! あくたんとレンレンの戦いだぁー!」

 

 ギャラリーとして付いて来る様子の一角と弓親、そしてやちる。

 上位席官に見られながらの鍛錬というのも緊張するが、このような所で緊張していては互いの目標には到底届くことはないだろう。

 

 そう確信している二人は、進む、進む、進む―――。

 

 猿猴捉月が如く、まだ天に手が届かずとも。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……」

 

 鈴虫が鳴いている。

 蝉のような騒がしい鳴き声ではなく、聞く物の心を安らげるような凛とした音色だ。

 一切の身動きをせず、体が“静”の状態にある時、周囲の音は痛いほどに鼓膜を揺らす。それだけではない。心臓の鼓動、息遣い、全てが集中する意識の中でクリアに聞こえてきた。

 

 裏を返せば、それは刃禅を組んでいる焰真が斬魄刀の精神世界に入ることができていないことと同義。

 時間の感覚を無くすほど刃禅に時間をかけた焰真であったが、これ以上の成果は見込めないと諦めたのか、一息ついて脚の上に乗せていた斬魄刀を持ち上げた。

 

「……なあ、聞こえてるなら返事してくれ」

 

 優しく声をかける焰真は、親指で鍔を押し上げ、僅かに刀身を鞘から抜き出す。

 月明りを反射する刀身。淡い仄かな光であるハズの月光が、瞳を突くような鋭く眩い光を発するも、一向に斬魄刀の声は聞こえない。

 

「お前の名前……早く知りたいな」

 

 声をかけた所で返事はこない。

 そのまま刀身を収めた焰真は斬魄刀を枕元に置き、布団に入る。

 無為に時間を過ごしていたようで、精神統一で適度に落ち着いていた焰真は、間もなくして眠りについた。

 

 斬魄刀―――ではなく、五芒星のペンダントが淡い光を放っていることに気づかぬまま。

 

 

 

 ***

 

 

 

 阿散井恋次には超えたい壁がある。

 現六番隊隊長こと朽木白哉―――ルキアの義兄である。

 

 真央霊術院に入ってすぐ、ルキアは彼の妻の実妹だからと朽木家に引き取られ、数十年共に“家族”として暮らしていた幼馴染には、瞬く間に本当の家族ができてしまった。

 

 戸惑いがあった。喜びもあった。しかし、自分の手元から大切なものを奪い取られたような空虚感もあった。

 ルキアが五大貴族となったことで、昔のように共に居ることを同級生であった吉良イヅルには勧めず、恋次は悶々と霊術院時代を過ごすこととなったのだ。

 

 その原因を作った―――と言ってしまえば聞こえは悪いが、またあの頃のように馬鹿話が幼馴染とできるようにするためには、“力”と“地位”が必要だと恋次は考えた。

 貴族と仲睦まじく話していても咎められないような立ち位置を獲得する。それが恋次の、ルキアに対する配慮でもあった。

 

 その到達点として、彼女の義兄である白哉を超える。

 

 これが恋次なりの(こたえ)―――。

 

「恋次ってルキアのこと好きなのか?」

「ぼふっ」

 

 団子屋にて茶を啜っていた恋次が、焰真の突拍子もない問いに茶を吹き出してしまった。

 見事なまでに霧状に吹かれた茶は、燦々と降り注ぐ日光に照らされ、これまた綺麗な虹を描く。

 

「……は?」

「いや、だから恋次はルキアのことが好きなのかって」

「い……いやいやいやいや待て待て待て待て! なんで急にそういう話になんだ、このすっとこどっこい!!?」

 

 『すっとこどっこいて……』と呆れる焰真の胸倉をつかみ上げる恋次は、暴走する蒸気機関車の如き湯気を顔から噴き出している。

 彼の余りにも必死な様子に若干引き気味の焰真は、彼の問いにこう答えた。

 

「いや、しょっちゅうルキアのことを俺に訊いて来るもんだから……」

「は? おっ、俺がいつルキアのこと訊いたってんだよ!」

「割と会う度に」

「なん……だとっ……!?」

 

 無意識の内にしでかしてしまっていた己の行動に、既に赤面の顔に朱色を継ぎ足さなくてはならなくなった恋次は、口直しに串に刺さっている団子を三つ口の中に押し込む。

 しかし、案の定喉を詰まらせてしまった彼は、途端に顔を真っ青にし、焰真の介抱を受けてようやく平静を取り戻す羽目になった。

 

「はぁ……はぁ……!」

「大丈夫か?」

「大丈夫……じゃねえな。色々とよ」

「お、おぅ、そうか」

 

 幼馴染を好きかどうか訊かれて取り乱すとは、恋次本人も想像だにしていなかった。

 だからこそ、この挙動では焰真にあらぬ誤解を植え付けてしまうと考えたのか、息も整わぬまま弁明を開始する。

 

「お、俺がルキアのことを気に掛けるのは……あれだ! 出身が同じ……幼馴染だからだよ! それ以上でもそれ以下でもねえ」

「出身?」

「ああ、南流魂街78地区『戌吊』。そこで俺らは一緒に暮らしてた」

「あー、成程」

 

 良かった、納得してくれたと恋次は安堵の息を漏らした。

 

 同時に、なぜ自分が焰真にルキアへ好意を向けていると勘違いされるほど、彼女について訊いてしまっていたのかを振り返る。

 入学試験の出来から、恋次は特進学級の一組、そしてルキアは二組になった。

 それだけであれば霊術院に居さえすれば暇を見つけては会いに行ける。

 しかし、それはルキアが朽木家に引き取られたことで大きく状況が変わってしまった。流魂街出身の者はおろか、他の貴族でさえも距離をとってしまう身分となった彼女に、恋次は積極的に近づくことができなかった。

 

 だが、いざ彼女の霊術院での生活を見たらどうだろうか?

 見知らぬ男と仲良く駄弁っている彼女の姿を遠くから望むことができたではないか。

 最初は貴族かなにかだと考えていたが、身振り手振りからルキアの傍にいる男―――焰真が流魂街出身の者であることを理解するのに、そう時間はかからなかった。

 

 よからぬことでも考えてルキアに近づくのであれば、一発鉄拳でもお見舞いしてやろう。

 そう考えていた恋次であったが、朗らかに笑い合うルキアたちを見て、それを杞憂だと結論づけることになったのはもう少し先の話。

 彼女が周囲に距離をとられ、一人取り残されているようであれば同期の言葉を無視してでも傍に居てやろうという気概はあった。

 しかし、新たに信用できる友人を見つけられたのであれば、話は別だ。

 当時の恋次は逃げるようにルキアから距離をとった。それが彼女のためであると、己に嘘を吐いて―――。

 

「ルキア寂しがってたぞ。恋次が中々話しかけてくれないって」

「……は?」

 

 あっけらかんと焰真は告げるが、恋次は自分の胸に覚える妙な違和感に首を傾げる。

 この時彼は、焰真の『成程』発言が、『自分と緋真の住んで居る地区より数字が大きい地区に暮らしていたなら、数字が小さい方に向かって探しているんだし、そりゃあルキアが見つからない訳だ』という意味での『成程』だとは知る由もなかった。 

 

 つまり、焰真と恋次の間には齟齬が生まれている。

 その所為で、ルキアと自分が幼馴染だと知っていないような口振りであった焰真が、ルキアから自分について話を聞いていることに対し、違和感を覚えていたのだ。

 

 そうして若干置いてけぼりになる恋次を余所に、焰真は淡々と言葉を紡ぐ。

 

「幼馴染なのに、自分が貴族になった途端余所余所しくなった、ってさ」

「そ、れは……」

「馬鹿でがさつな阿保の癖にいっちょ前に気をかけなくてもいいっても言ってたぞ」

「あの野郎ォっ!」

 

 幼馴染の容赦のない罵倒が恋次を襲う。

 本人こそここに居ないが、流魂街での生活以来の彼女に対する烈火の如き怒り。だが、その湧き出た怒りでさえも今は懐かしい。

 徐々に怒りが落ち着く恋次は、郷愁を覚えているような笑みを浮かべた。

 

「……馬鹿が」

「どっちに対してだ?」

「どっちもだよ。手前の勝手な気遣いであいつの本当にしてほしいことに、ビビっちまって踏み出せなかった俺も……手前こそいっちょ前に他人のこと気遣ってるルキアも」

「……そうか」

 

 しんみりとした空気が二人の間に流れる。

 

「受け売り……だけどさ」

 

 その静寂を切り裂いたのは焰真だった。

 昔を思い出すような、それでいて行き場を見失った少年のような瞳を浮かべる恋次の視線が焰真を射抜く。

 

「誰かの幸せ願ってるんなら、自分も幸せにならなきゃいけないって思う」

「自分も?」

「ああ。これが案外気付き難いことなんだけど、自分が大事に想ってる相手は、逆にお前のことも大事に想ってるんだぞ、って」

「ルキアが……俺を?」

 

 信じられない。否、信じたくなかった。

 仮に自分が彼女を想うが故にとった行動が、寧ろ彼女を苦しめていたとするならば―――彼女を思った時が全て無駄になってしまうと恐ろしかったから。

 

「だから、一回ちゃんと話したらどうだ?」

 

 焰真の言葉に、恋次はハッと顔を上げた。

 見つめる先には苦い笑みを浮かべている焰真の顔がある。

 

 彼もまた、子どもの意地で大切な人の想いに気が付くことができなかったと、最近知った人間だ。

 

 だからこそ伝えなくてはならないと、己の過去を省みて告げる。

 

「きっと昔より相手のことを好きになれる」

 

 何も、解くことが悪いことではない。

 

 

 

 より強く結ぶためには、一度解く必要もあるのだから―――絆とはそういうものだ。

 

 

 

 


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