BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*12 スクリーム・オブ・ディスペイヤー

「うわああ!!」

「竜之介!?」

 

 切迫した状況の中、二人の少年が破壊される町の中で走っていた。

 しかし、その途中で片方の少年の弟が倒れ、兄の方も思わず立ち止まってしまう。

 

 その時に振り返った兄が目にしたもの―――それは筋骨隆々な仮面を被る化け物“虚”だった。

 眼前に居る子ども二人を見つめる虚は首を傾げる。それが何を意味する行動であるか、少年たちには一切理解し得ないものであったが、まるで餌を吟味するような舐める視線に、身動き一つとれなくなってしまった。

 

 呼吸することもままならない。

 こうしている間にも、虚の腕は餌たる少年たちをつかみ取ろうと伸ばされる。

 

「あ、あぁ、あぁあぁぁっ……!?」

「吼えろ―――『蛇尾丸(ざびまる)』!!」

「……え?」

 

 刹那、己にかかっていた虚の腕の影が消えたことに、兄は呆気にとられた声を漏らす。

 

「グォォォ!!」

 

 野太い悲鳴を上げる虚。たった今少年たちを掴もうとした腕は、刀で切り落とされたかのような断面を晒していた。

 打ち水にも似た軌道で飛び散る血は地面に真っ赤な染みを作る。

 同時に、虚の腕を切り落とした刃は、踊るようにして所有者の携える刀の柄に戻った。

 

「はっ! おら、もう一発!!」

 

 刃節が伸びる蛇腹剣に似た斬魄刀『蛇尾丸』を振るう恋次。

 遠心力で勢いづく斬撃は、恋次が振り切ったワンテンポ後に、腕を斬り落とされて動転していた虚の頭部を一刀の下に切り裂いた。

 頭部は虚の弱点。そこを切り裂かれた虚はと言うと、斬魄刀の能力により虚の間の罪が洗い流されることを示すかのように、淡く青白い光に包まれながら霧散していった。

 

「へっ、どんなもんよ」

「おい、恋次! あんまり一人で前に出るな」

「悪い悪い。でもよ、この坊主が危なかったから仕方ねえだろう?」

「……それもそうだな。っと、怪我ないか?」

 

 遅れてやって来た死神―――焰真が、倒れる弟を抱き起こす。

 その間恋次は、茫然と立ち尽くしている兄の方の頭に手を置いた。

 

「よく泣かなかったな。その度胸買ってやるぜ」

「あ、あのっ……」

「おう、どうした?」

「ありがとうございました!」

「……そりゃー、どういたしまして」

 

 兄の真っすぐなお礼の言葉を受け、恋次はやや照れる。

 こそばゆい感覚を覚える彼は、始解した斬魄刀を通常形態に戻し、鞘に納めた。その後はというと、手持ち無沙汰となった右手で頬をポリポリと掻き始める。

 傍らで彼を見つめる焰真は、そのような恋次の様子に呆れた笑みを浮かべていた。

 

「素直じゃないな」

「るっせィよ」

「ははっ。ま、それはともかくこの子たちを安全な場所に避難させてから被害状況の確認だ」

「おうよ」

 

 手慣れた様子で次にするべきことを口にする焰真は、抱き起した弟を背中に背負い、そそくさとその場から離れていく。

 恋次もまた『ほら、付いてこい』と兄を手招きつつ、虚襲撃の際に逃げていった住民たちが居る方向へと案内していった。

 

 それから十数分後、家屋の被害があるものの人的被害がないことを確認した焰真たちは帰路につく。先輩と共に行っていた見回り任務は、最良ではないが迅速な行動により、それなりに被害を防げた結果を収めることができたようだ。

 

 足先を瀞霊廷へ向け、いざ帰らんとする焰真たち。

 そこへ、

 

「あのっ!」

「ん、なんだァ? さっきの坊主じゃねえか」

「名前……訊いてもいいですか!?」

 

 先程助けた少年たちの兄の方が声を上げた。

 その眼差しは、かつて焰真が海燕へ向けたものと同じ。もう何年も前の思い出であるが、今でも当時のことを鮮明に覚えている焰真は、隣に佇んでいる恋次の背を叩く。

 すると『俺か』と気が付いた恋次はにやりと好戦的な笑みを浮かべてみせた。

 

「阿散井恋次だ。覚えておけよ!」

「はい!」

 

 快活に返事をする兄を背に、焰真たちは再度瀞霊廷へ向かって歩み始める。

 

 これが少年たち―――行木理吉と行木竜之介が死神になることを決意した日だったということは、また別のお話。

 

 

 

 ***

 

 

 

 焰真が護廷十三隊―――延いては十一番隊に入隊してからちょうど一年が経過した。

 業務は一通りこなせるようになり、会敵の危険性がある見回り任務も戦闘専門部隊である十一番隊らしく、大分慣れてきたものだ。

 とは言っても、いざ戦闘となると先輩やここ最近メキメキと実力を上げている同僚が先行するおかげで、ロクに戦闘に参加できていないのが現状。できることとすれば、鬼道での援護くらいだ。

 

 それでも尚、日々の鍛錬で力を付けてはいた。

 しかし、それ以上に恋次の成長度合いが大きいことは否めない。

 

「はぁ」

 

 思わずため息が出てしまうほどに。

 

「な~んだ、お前はよォ。でけェため息吐きやがって」

「どうやったら始解できるのかって悩んでな」

「……」

 

 休憩時間に駄弁っていた二人であったが、俯き気味に語る焰真に、恋次も何とも喋りにくそうに口ごもった。

 

「……だぁ~~~! 別にそんな卑下するこたぁねえだろうが!」

「恋次?」

「俺の才能がちっとばかし花開いただけで、お前はそこまで悩むほど弱くねえっての。だから気長に行けっての。焦ったら余計始解なんかできやしねえぞ」

「……それもそうだな」

 

 恋次の慣れていない激励を受け、フッと笑みを零す焰真。

 そうだ、ここ最近鍛錬に付き合ってくれている恋次が突出して成長しただけであり、平均的にみれば始解ができない焰真は、特段落ちこぼれているという訳でもない。

 比較対象を自分より優れている者にすることは、より高みへ目指すには必要なことだ。

 しかし、その所為で焦燥を抱いてしまえば、どれだけ鍛錬を積もうとも良い結果は得られ難い。

 

「もう少し頑張ってみる」

「おう!」

 

 それでも焦りを抱くのは若さ故か―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「「調査?」」

 

 被った。

 思わず互いを見合う焰真と恋次であったが、そのようなことよりも今から先輩である死神から語られる内容の方が大事だと顔の向きを戻す。

 

「ああ。流魂街で最近虚が暴れてるって報告が入ったから、儂らがぶった切りに行くっちゅう、まあ単純な話だ」

「成程」

「へへっ、腕が鳴るぜ」

 

 最近調子のいい恋次は、袖をまくり上げて二の腕に手を置く。

 実力だけであれば席官に入ることもそう遠くない恋次も共に赴くというのは、味方にしてみれば心強い事この上ない話だ。

 

「敵は一体。手柄立てられるのはぶった切った一人だけだ。手柄欲しさに他人の足引っ張らんようにな、ガッハッハ! それじゃあ半刻後に門の前に集合だ。遅れたらそのまま置いて行くからな」

「はい」

「押忍!」

 

 端的な説明を終えて、先輩はさっさと去っていってしまう。

 十一番隊は実力主義の護廷十三隊でも特にその気風が強い隊だ。

敵を斬った者が強い。単純ではあるが、その猪突猛進さで負傷率や殉職率も高いのが特徴だ。

 

「どうしたもんですかね」

「まあ、十一番隊(うち)にそんなもの求める方が無粋ってものだよ。それこそ、僕みたいな人間以外にはね」

「はぁ……」

 

 出立の準備がてら弓親と話す焰真は、自分の隊のがさつさに少々辟易している部分もある。

 

「でも、昼間から酒浸りなのは止してほしいです」

「だってさ、一角」

「なんで俺に言いやがる……!?」

 

 近くに居た一角へ話を振る弓親。

 実力者であることに間違いはない一角であるが、至極真面目であるかと問われればそうではない。サボったり昼間から酒を仰いだりすることはしょっちゅうだ。

 それでも隊長と副隊長は書類仕事がからっきしであるため、必然的に上役に責任が伴うものに関しては彼へ巡り巡って回ってくる。

 

「いいだろ、ちょっとくらい酒ぐらい飲んでも」

 

 後輩に対して威圧的に語る一角だが、気圧されず焰真はどんよりとした雰囲気を纏いながら応えた。

 

「いや……この前書類を受け取りに来た他の隊の女の人……あの人が部屋に入ってきた時の顔、俺は忘れません」

「……」

「……」

 

 余りにも神妙な言い回しに、思わず自分たちの死覇装の臭いを嗅ぐ二人。

 十三隊の中でも特に男の大所帯である十一番隊を想像してみよう。

 煙草を吸い、酒を仰ぎ、暴れ回って汗塗れになっている彼らを。

 

「だから俺、あの日から毎日皆さんの服の洗濯を……」

「成程ね」

「あれか。お前が昼間に銭湯行ってたの、それに関係してんのか?」

「はい」

 

 毎日毎日業務でもない隊士の死覇装の洗濯を行う焰真だが、彼にはほとんど日課と化していることがある。

 それは今一角が口にしたように、昼間に銭湯に行くことだ。

 仕事柄汗を掻きやすい為、綺麗好きであるならば昼間の休憩時間に銭湯に行くこと自体はそれほどおかしくはない。

 だが、焰真の常軌を逸している部分は朝・昼・晩と、一日に合計三回湯船につかっているところだ。

 

「軽くトラウマなんです」

 

 付け足すように紡ぐ焰真。

 一角は、十一番隊の中で異様に石鹸のフローラルな香りを漂わす焰真に対しどうしたものかと考えていたが、そもそも自分たちが煙草、酒、汗のかぐわしい臭いに鼻が麻痺していることに気が付き、なにも言えなくなってしまった。

 

「だからって風呂三回って。女子か、てめェは」

「恋次」

「おら、もう行かねえと遅れるぞ」

「そうか。分かった」

 

 わざわざ迎えに来てくれた恋次に付いて行き、『それでは』と一角と弓親に別れを告げ、駆け足で集合場所へと向かう。

 既に門前には今や今やと待ちかねている隊士たちが集っている。

 普段の事務的な仕事に関する時間はルーズであるにも拘わらず、こういう時ばかり行動が早い所がまさしく十一番隊らしいと言えよう。

 

「ようし、野郎ども! 虚をぶち殺しに行くぜ!!」

『よっしゃあああ!!』

 

「……」

 

 『殺す』とは言うものの実際死神が斬魄刀で虚を斬って為すのは『浄化』だ。

 その辺りの意識の差が上手くかみ合わないなと考える焰真だが、いい加減その齟齬の気持ち悪さにも慣れた頃である。

 若干の苦笑いを浮かべ、これまた武者震いしている恋次を横目に、駆け足で調査場所に向かう先輩たちを追いかけていく。

 

 その時、ポツリと顔に落ちる雫に気が付く。

 

「うわっ、雨かよ……」

「ツイてねえな……よし、なら尚更さっさと終わらせようぜ!」

 

 唐突に振り始める雨。

 雨自体は嫌いではないが、大切な一張羅が濡れることと、洗濯物が生乾きになってしまうことに関しては好ましく思っていない焰真は嫌そうに眉を顰める。

 そんな同僚に、恋次は快活な声を上げ、我先にと歩幅を広げた。

 分かりやすく気持ちを高めようとしてくれた恋次に思わず吹き出してしまった焰真は、今日もまた無事に任務を終えられるようにと、袖に隠れる手首に巻き付けていた五芒星のペンダントをひしりと握る。

 

 この後に巻き起こる惨劇など知る由もない。

 

 

 

 ***

 

 

 

「中々見つからねえな」

「油断大敵だぞ、恋次。足下掬われるからな」

「分かってるっつーの」

「ホントか?」

「てめェ、俺のこと信用してねえな……!?」

「冗談だっての。ほら、次はそっち探すぞ」

「おう、そうだな」

 

 青々しい木葉が生い茂り、ロクに日光も差し込まない山林の中を歩き回る二人。

 現在、調査に赴いた十一番隊の隊士たちは、二人組になって目撃情報があった山林で虚を探し回っていた。

 

 夜ともまた違う不気味な暗さだ。

 雨を凌げる……とは言い切れず、葉から零れる雨露が時折露わになっている体に落ち、その度にビクリと体を跳ね上げる焰真。

 臆病と言われそうなほどに警戒心を強めている彼であるが、逆にその周囲へ注意を払っている様が、恋次には安心感を与えた。

 

 自分はどうにも繊細には居られないのだから、相方は慎重すぎるくらいがちょうどいい、と。

 

「しっかし、本当に見つからねえな。住処変えたんじゃねえのか?」

「かもしれないな」

「はぁ。だとすると、痕跡なんなり探し出して、それを十二番隊に―――」

 

『ぎゃあああああ!!!』

 

「っ、なんだ今の声はよ!?」

「あっちだ、恋次!!」

 

 山林の静寂を切り裂くように響きわたる悲鳴に、緩みかけていた恋次の気も引き締まらざるを得ない。

 獣ではない、確かに今のは人の悲鳴だ。

 誰かが襲われていることは明白。斬魄刀を抜いた二人は、地面に溜まる水たまりを踏むことも躊躇わず、全力で駆けていく。

 

「っ、あそこ……!?」

 

 地面に膝立ちとなって崩れている男を見つけた焰真が声を上げたが、その姿に息を飲んだ。

 着ている黒衣は間違いなく死覇装。

 そして顔にも見覚えがある。先程散開するまで行動を共にしていた隊の先輩であった。

 

 普段から豪気な性格な先輩が、今は生気を失った顔色をしており、尚且つ胸から一条の鎖をぶら下げている。

 

「因果の……鎖?」

 

 ポツリと呟きを零した焰真であったが、自分自身でそれを否定するように首を横に振る。

 因果の鎖は、肉体と魂魄を繋ぐ鎖。普通に成仏するか死神によって魂葬されたのであれば特に問題のない代物であるが、長い時を経て因果の鎖が霊体に到達すると、その魂魄が虚と化してしまう。

 

 しかし、霊体しか存在しない尸魂界において、因果の鎖を持った魂魄など居はしない。

 ましてや、死神が因果の鎖など―――。

 

「お」

 

 不意に先輩が声を漏らす。

 

「おお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ッッッ!!!?」

「先ぱ―――」

「おぎゅ」

 

 手を伸ばした焰真。

 刹那、胸の鎖の至る所が口に変化し、己の体である鎖を貪り尽くされた先輩である死神の体―――霊体は弾け飛んだ。パンッ、と。まるでシャボン玉が弾けるように呆気なく。

 

 弾け飛んだ霊体は何も残さないように風化し、消えていく。

 その様相に戦慄し棒立ちになってしまっていた二人であるが、ふと焰真は教本の一節を思い出した。

 

(魂魄が虚になる時……まさか!?)

 

 そのまさかであった。

 

「お、おい、焰真……ありゃあ……!?」

 

 慄くような声色を発しながら、一点を指さす恋次。

 

 するとどうだろう。先程先輩である死神が弾け飛んだ場所に、奇妙な白い物体がウネウネと集まっていくではないか。

 それはみるみるうちに人の形を成していく。

 胴体、脚、手と四肢が生えていく物体。最後に頭部が胴体から生えるようにして現れた物体であったが、その顔はまさしく先輩の顔であった。

 

 次の瞬間、その顔を覆い隠すように仮面が生まれる。

 のっぺらぼうのような顔。そこに口だけが裂けるようにして完成し、最後に胸に穿たれていた孔から生える鎖が胴体を雁字搦めにした後、リングギャグのように口を開けたままで拘束する。

 

「な、なんだってんだよ、こりゃあよォ……!?」

「俺が訊きてぇよ……なんで死神が虚になるのかをよ!!」

 

 斬魄刀を構える二人。

 同時に、地に膝を突いていた虚がたどたどしく立ち上がる。

 物欲しげに口から涎をとめどなく垂らす虚は、やおら天を仰いだ。

 

「ア、ア、ア……―――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァ!!!」

 

 雨はまだ止みそうにない。

 


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