BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*18 血と誇り

 生きていることは罪だって、時々考える。

 

 まだ二十歳にもなっていない小娘の戯言です。聞き流してくれても構いません。

 

 人は……ううん、生き物はみんな他の命を奪って生きています。

 でも、自然界じゃそれは当たり前。命を奪うこと=生きること。

 

 人の場合はどうなのかな?

 

 人も命を奪って生きています。

 だけれども、その中でも人が人の命を奪うことは忌避されています。

 きっと、法律なんてものがまだ存在していなくて、道徳とかが出来上がり始めた頃に、宗教とかを抜きにして生まれた観念なのかもしれません。

 

 人が人の命を奪う。

 とても怖いことだと、私は思います。

 

 あの空を奔る仮面を被ったお化けも人なんです。

 なのに、私たちは殺されるという畏れからあまりにもあっさりとその命を奪います。

 

 すでに死んでいるからといって、人の魂まで殺すことが許されるとは思いません。

 だからこそ、死神さんの話を聞いた時に衝撃を受けました。

 世界が広がりました。

 固く決意しました。

 

 私たちは、軽々しくそのチカラを使ってはならないと。

 

 私たちの救いの贄には命を要求します。

 命の等価交換。私が誰かをお化けから助けようと思えば、お化けの命を奪うしか、多分方法はありません。

 

 食物となる命を奪うことは許されるものとされている世界。

 人の命を奪うことが許されないとされている世界。

 

 きっと、こんな風に悩めなくなったらダメなんだ―――絶対。

 悩んで、悩んで、悩んで、それでも前に進んでいこうとする勇気が私たちには必要なんです。

 

 

 

 ***

 

 

 

「雛森、そっち行ったぞ!!」

「うん! ―――縛道の六十二『百歩欄干(ひゃっぽらんかん)』!!」

 

 一本の光の柱が宙を奔る最中、無数と錯覚してしまうほどに分裂した後、空を舞う虚の体に突き刺さる。

 六十番台の縛道をまともに受けた虚はそのままバランスを失い墜落。

 その先に待ち構えていたのは、斬魄刀の柄に手を添えて深呼吸する焰真だった。

 

()っ!!」

 

 鋭く息を吐き出しての一閃。

 それは寸分の狂いもなく虚の仮面を切り裂き、虚としての魂をみるみるうちに整のものへと昇華していった。

 

「よし……援護ありがとうな、雛森!」

「ううん、お礼なんて大げさだよ」

「そうか? まあ、雛森の鬼道に助けられてるのは事実だからな」

「そっか。じゃあ、どういたしまして!」

「おう。これからも精進するよーに、なんてなっ」

「はい、畏まりました芥火焰真氏! うふふっ」

 

 虚討伐を終え、他愛のない会話に花を咲かせる焰真と雛森の二人。

 現世駐在任務も一か月過ぎた。グランドフィッシャーによる襲撃以降もたびたび虚の出現はあったものの、前回以降共に行動することを心掛けている二人の連携には、木っ端の虚程度では相手にならない。

 

 一方で、一層打ち解けてきた二人。

 一度、グランドフィッシャーという修羅場をくぐり抜けてこその絆が出来上がったのだろう。

 

「最初の頃は芥火くん、とっつきにくい人だと思ってたの」

「なんでだ?」

「それは……なんてったって十一番隊に居た人だから、ちょっと怖い人かなって。あ、ううん! 十一番隊に異動した阿散井くんが怖いってことじゃないし、今はもう芥火くんのことをそんな風に思ってる訳じゃないんだけれど」

「ふうん。まあ、誰だって話してみなくちゃわからないしな」

「うん。今は芥火くんのこと優しい人だって思ってる」

「……面と向かって言われると、なんだかこそばゆいな」

 

 ようやく男所帯からの異動に伴う女性に対する免疫のなさもなくなってきた焰真ではあるものの、目の前で可憐な少女が微笑めば、胸の内を擽られるような感覚を覚える。

 そのような焰真に対し、雛森は『じゃあ』と続けた。

 

「焰真くんはあたしのこと、どう思ってる?」

「雛森のことをか?」

「うん。最初に会った時の印象と、今の印象」

「そうだな……」

 

 顎に手を当てうんうんと悩む焰真。

 

「努力家、だな」

「うんうん」

「憧れを持ってて、そこに向かう努力を惜しまない凄い奴……そこに関しては一貫して思ってた」

「え……」

 

 思っても居なかったと言わんばかりに雛森は目を白黒させる。

 焰真が初めて雛森に対しての最も古い記憶は、霊術院時代だ。その頃から雛森の瞳には火が灯っていた。

 遠く……手が届かぬ、限りなく遠い場所にある存在に対して自分の存在を知らせんとすべく、煌々と燃え盛る火。それを彼女の瞳は抱いていた。

 

 今ならば、それが藍染に対する憧憬であるとは理解することはそう難しくない。

 暇があれば藍染の話をするのだから、彼への憧れはよっぽどなものだ。

 

「でも、あれだな。まんじゅうが好きな奴だって最初は思ったな」

「あ、芥火くんっ! だからあれは先輩の差し入れだってぇ……」

 

 しかし、面と向かって相手を凄いと褒めるのは気恥ずかしいものだ。

 つい、自分が雛森に任された時に彼女がまんじゅうを急いで処理したことを思い出し、からかうようなことを口に出してしまう。

 

 すると褒められて呆気に取られていた雛森は、途端に『恥ずかしいから……!』と抗議するように上目遣いで焰真の体をぽかぽか叩く。

 本気で叩いている訳ではないため、寧ろ心地よい振動だ。

 

「死神さんって結構アットホームな職場なんですか?」

 

 その時、不意に響く少女の声。

 

「咲か。どうした?」

「私、今日もまた彷徨える幽霊を見つけた所存であります!」

「勤勉なこって。給料は出ねえぞ。そもそも通貨が違うからな」

「え、あの世にもお金って概念あるんですか?」

「一応な。それがどうかしたのか?」

「……なんだか、あの世も経済社会なのかと思うと案外こっちと大差がなくて夢が無いなーって」

「ははっ、寧ろ現世との感覚に差がなくて便利なんじゃねえのか?」

「なるほど。そういう考えも……」

 

 どこからともなく現れた人間の少女・咲は、死神である焰真と尸魂界と現世の文化の違いについて語り、一人納得していた。

 

 彼女との付き合いもそれなりになったものだ。

 彼女にとって死神側が積極的なメリットを与える訳でもないのにも拘わらず、わざわざ現世に居残る魂魄の所在をわざわざ伝えに来てくれている。

 魂葬も立派な任務の一つである死神にとって、それは非常に助かるものの、外部の人間の積極的な協力で任務をこなすのは、どうも胸に突っかかりを覚えるような感覚だ。

 

「助かるけど、わざわざ手伝ってくれなくても大丈夫なんだぞ?」

 

 口をついて出た言葉。

 焰真の困ったような笑顔の下で言い放たれた内容に、咲は突然真摯な面持ちとなる。

 

「大丈夫です。―――好きでやってることだから」

「……そうか」

 

 含みのある言い方に詳細を聞きたくなった焰真であったが、余り相手に踏み入ってはならないと自分に言い聞かせて踏みとどまる。

 霊体だけの尸魂界とは違い、霊体を見ることができない人間が大半の現世ではマイノリティな存在の彼女だ。きっと自分には理解できないような悩みを抱えているのかもしれない。

 

 そう勝手に結論づけて、死神と人間は今日も町を行く。

 

「あ、そう言えば」

「ん?」

「時折、死神さんはお化けみたいなのと戦ってるじゃないですか」

「虚のことか。それがどうかしたのか?」

「……あれって、その……殺しちゃってるんですか?」

「いいや、違う。あれは虚になってからの罪を洗い流して、尸魂界に行けるようにしてやってるんだ。……ああ、でも生前悪いことしたら地獄に堕ちるけどな。滅茶苦茶人殺したとかな」

「ひぇ~……そうなんですか」

 

 慄く咲であったが、ポンと手を叩いて視線を焰真の腰―――延いては斬魄刀へ向ける。

 

「それじゃあ、私もその刀使ったら虚さんとやらを成仏させることができるっていう寸法ですか!?」

「貸さねえぞ? 死神の霊力の無断貸与は霊法で禁止されてるからな。斬魄刀もれっきとした死神の力だ。貸したら俺が大目玉喰らうっての」

「ちぇ~、なんだ」

「死んでからのお楽しみにってことにしとけ。まあ、ババアになってたら流石に無理だろうけどな」

「ひっどーい! 女の子に向かってババアなんて」

 

 ムスっと頬を膨らませる咲の隣では、雛森がたははと笑っている。

 現世の人間と死神とでは年齢の取り方が違う。後者の方が圧倒的に寿命が長い訳であるが、歳をとって天寿を全うした前者が尸魂界で高齢のまま生きるというのも、中々に不平等なものだ。

 

 しかし、それが不幸かどうか―――それこそ死んだ者にしか分からない。

 

 どんなものにも等しく終わりは訪れる。

 どのような形であれ、いずれは無がおとなう。

 その終わりに生ける者が唯一抗えることと言えば、可能な限り悔いを残さないことだろう。

 

(罪を洗い流す……か)

 

 徐に斬魄刀の柄に手をかけた焰真は考える。

 虚は、何かしらに悔いを残した魂の成れの果てであると。

 

 穿たれた心はその異形を為すがために用いられ、決して満ちることのない空虚を埋めるべく喰らい続ける。

 その途中、虚は罪のない魂魄を喰らうだろう。

 その中には誰かにとって掛替えのない大切な存在も居るだろう。

 だがしかし、虚が生前悪行を為していなければ、地獄に堕とされ責め苦を味わうことなく尸魂界に送られる。

 

 果たしてそれが、大切な存在を奪われた者が許すことができようか?

 

 緋真やルキア、恋次などといった面々が虚に喰われたとして、果たして自分は憎悪なく死神としての責任感だけで刃を振るうことができるとは到底思えない。

 それが焰真にとっては、途轍もなく恐ろしいことだった。

 

(俺は……)

 

 脳裏を過るのは、数か月前に相見えた虚のことだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「それじゃあ、またよろしくお願いしますね!」

「私生活に支障が出ない程度にな」

「ギクゥ!! あ、あはは……」

「たまには霊から離れて過ごせよー」

「はーい!」

 

 天真爛漫に手を振って焰真たちと別れる咲。

 こうして見ると彼女は何の変哲もない女子高生だ。

 

 そのようなことを思いつつ、焰真たちは更なる彷徨える魂魄を導かんが為に街の散策に出向く。

 昼間の忙しそうな騒々しさともまた違った喧騒が町のあちこちに見えるようだ。

 仕事を終えたサラリーマンやバイクを走らせる不良少年。仕事の労を労いつつの談笑ともまた違う。

 

「なんか、霊術院の魂葬実習の時と違って騒がしいな」

「そう? あたしは賑やかでいいと思うんだけどなぁ」

 

 雛森と共に建物の屋上を跳ねるように跳び次ぐ二人は、ふと立ち止まって眼下の町を眺める。

 目に留まる人々は皆笑っていた。

 

「きっと、いいことあったんだよ」

「……そうだな」

 

 活気に溢れている。

 個人的に喜ばしいことがあったのか、はたまた社会的に嬉しい出来事でも起きたのだろうか。現世に疎い二人には分からないものの、喜色に彩られる光景は、二人の目にはどうしようもなく眩しいように見えた。

 

「芥火くんは夢とかある?」

「なんだ、藪から棒に」

「あたしはね、藍染隊長みたいな立派な死神になること」

「俺も似たようなもんだ。超えたい人はいる」

「へー! 初耳」

「皆そうじゃねえのか? 俺たちみたいな新米の死神は」

「う~ん……それもそうかもねっ!」

 

 人差し指を唇に当てる雛森は、心当たりがあるのかすぐに応えた。

 

 彼らの共通点は、自分を救ってくれた人のようになりたい。誰かを救えるように在りたいと願っていることだ。

 そして限りなく死を目前にした。

 つんと鼻を突く、それでいて粘着質な死の臭いを錯覚させる状況の渦中に居たのだ。

 

 故に、表面上は笑顔では言い放つものの、実のところは『死にたくない』と訴えかけてくる本能こそが、彼らの目標の根底を為している。

 

 誰も死にたくなどない。

 もし、死にたいと(こいねが)う者が居るとすれば、その者は―――

 

「っ、虚だ!」

 

 けたたましい音が鳴り響かせる伝令神機を取り出し、虚の出現位置を確認した二人は空を翔けていこうとした。

 だが、伝令神機に目を落としていた焰真が微動だにしないために、雛森も『わっとっと!?』と建物の端でバランスをとるように腕をグルグルと回し、なんとかその場に踏みとどまる。

 

「ど、どうしたの芥火くん……!?」

「虚が出現したのは……―――」

 

 恐る恐る、それでいて意を決したように勢いよく見上げる。

 

 刹那、弧を描く三日月の暗闇の部分から真白な仮面が、空間を食い破るように現れた。そのまま虚と思しき影は空間をバリバリと裂きながら、その全貌を露わにする。

 焰真は瞠目し、息を呑む。

 

「なに? 知ってるの……?」

「あれは……―――!」

 

 雛森の問いに、焰真はゆっくり頷いた。その瞳にはありありと怒りの火が灯っている。

 見間違うハズもない、その鎖で雁字搦めに縛られた姿。僅かに仮面が人の顔らしい凹凸が出来ていることを除けば、焰真にとっての仇敵に等しい虚の姿と目の前の虚の姿は重なり合った。

 

 十一番隊の隊士を喰らい殺した虚。

 

「イィ……ウゥ……エェ……オアァァァアア!!!」

 

 慟哭の如き虚の咆哮が大気を揺らす。

 

 光の灯らない虚ろな瞳が確かに自分を捉えている―――焰真は、虚の感情の切っ先が自分に向けられていることをひしひしと感じ取った。

 

 鉛のように冷たく重い圧を、腹の中に覚える。

 その感覚はまさしく―――、

 

 

 

 ***

 

 

 

絶望(ディスペイヤー)

 

 モニターを眺める眼鏡をかけた男は呟く。

 他人に感情を悟らせない瞳を浮かべる男は、モニターの奥で交戦を開始する死神と虚を眺めていた。

 すると彼の背後より、浅黒い肌の男が歩み寄る。

 

「虚化の実験に際し、因果の鎖に着目して作られた実験体虚の一体……他の魂魄の鎖となって寄生し、通常の虚と同じプロセスにて寄生した霊体を虚へと堕とす能力を有しております」

「ひゃあ、怖い。そないな虚、カワイイ部下と戦わせてええんですか?」

 

 説明し終えた男の背後から、糸目で銀髪の男がひょうきんな声を上げる。

 

「構わないさ。所詮は完成度の低い試作品。今がまだ蛹籃の時とは言え、隊長格と相まみえでもしない限り興味はない」

「あららっ。あの子ら可哀そっ」

「口を慎め」

 

 眼鏡の男の言葉に糸目の男がからかうような声を上げれば、それを窘めるように浅黒い肌の男が声を上げる。

 

「だが……」

 

 一瞬、眼鏡の奥の瞳が鋭い眼光を閃かせる。

 なぞるモニターの奥では、必死に斬魄刀を振るう焰真と牙を剥きだしにするディスペイヤーの死闘が繰り広げられていた。

 

「随分とご執心な獲物を見つけたようだ」

 

―――心無い獣が心に囚われるような真似をしている姿は滑稽だ。

 

 男―――藍染惣右介は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「っ!!」

 

 強い魄動を感じ、咲は面を上げる。

 未だかつて感じたことのないような大気の震動。時折目にすることのある虚とは一線を画す霊圧だ。

 

(死神さん……!)

 

 きっと死神である焰真や雛森たちは、この霊圧を有す虚とも戦うことになるのだろう。

 だが、『彼らに任せるべきだ』と理性が訴える一方で、『助けに行かなくては』と感情が訴えてくる。

 天使と悪魔のように傍らで囁き合う両者。

 

 熟考に重ねる熟考。

 自分が動けない―――動いてはならない理由を今一度考えなおし逡巡したものの、咲は真っすぐな瞳を浮かべて駆け出そうとした、その時であった。

 

「咲」

 

 行く手を阻むように現れる白装束の男。

 

「ダメだ」

「通して」

「ダメだって言っている。虚の討伐は死神の責務。咲が赴く必要はない」

「どうして?」

「再三伝えたハズだ。僕たちは軽々しく血を流すべきではない身分だって」

「それがどうしたの」

「……え?」

 

 ズイっと白装束の男に詰め寄る咲は、胸を大きく張り、男を見上げた。

 

「血なんて、時間が過ぎればいつかは薄れていくわ。そんな血統書付きのワンちゃんやネコちゃんじゃないんだから」

「だが、僕たちの誇りが―――」

「血が誇りなの? だったら私と貴方は相いれない」

「例え滅びゆく種族だとしても、僕たちには繋げなければならないという責務がある!」

「滅ばない!! どれだけ薄くなっても、血は繋がっていくもの!! それの何が不満なの!?」

 

 力強く腕を振るって男を押し退ける咲は、カバンの中から十字架を取り出した。

 それは焰真の斬魄刀の柄と―――延いては彼が有していた五芒星のペンダントに酷似している代物。

 

「私は血を誇りとは思わない。誰かを救えた時に、このチカラに誇りを感じるの!」

「咲……!」

 

 苦々しく表情を歪める男を前にし、咲は宙へと翔け出した。その足下には煌々と照る霊子の足場が窺える。

 そして宙に立つ咲は、十字架を手に掲げた。

 

「―――滅却師(クインシー)の誇りに懸けて、私は……黒崎咲は! 死神の人たちの助太刀に行きます!!」

「咲!!」

 

 制止の声にも振り返らず、咲は滅却師の歩法“飛簾脚”で宙を翔けていく。

(だってあの人たちは……死神さんは、滅却師(私たち)には救えない魂を救えるんだもの)

 

 滅びゆく退魔の眷属の血を引く少女は、一族にとって怨敵とも言える存在の下へ向かう。

 己の魂に従った彼女の歩みは、最早止められはしなかった。

 

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