「ふーっ! ふーっ! ふーっ!」
「ハァアァアァァ~……!」
空中で何度も交差する二つの影。
月影に照らされる彼らは血を周囲に振り撒きつつ、己の得物たる刀や四肢を振るい、敵を倒さんとしていた。
(ちくしょう! 前よりも強くなってやがる!)
額から流れ落ちる血を袖で拭った焰真は、虚が以前相見えた際よりも霊圧が上昇していることに歯噛みしていた。
虚の能力は大方把握している。標的に寄生し、霊体融合を果たすように虚と化すというものだ。
仮に霊体融合した標的の力を上乗せできるのであれば、以前の時点で既に焰真一人の手に負える相手ではない。
しかし、今回は斬術一辺倒の十一番隊とは違う。
「散在する獣の骨。尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪」
焰真が虚と近接戦闘を繰り広げている一方で、一歩下がった場所に居る雛森は淡々と詠唱を続けていた。
「雷鳴の馬車。糸車の間隙。光もて此れを六に別つ」
入隊して数年の平隊士とは思えぬ安定した霊圧。
そして次第に膨れ上がっていく霊圧は、雛森の構える手に収束していく。
「動けば風。止まれば空。槍打つ音色が虚城に満ちる」
彼女が唱えていた詠唱は、これから放とうとする鬼道の別々の詠唱だ。
しかし、彼女はそれらを交互に唱える技術を身につけていた。
“二重詠唱”。鬼道の連発を可能とする高等技術。霊術院時代、鬼道にて優秀な成績を収め、将来は鬼道の達人と呼ばれるであろう卓越した鬼道の技術の為せる技。
「縛道の六十一『
「ッ!!」
光の帯が虚を拘束する。
次の瞬間、暗闇を照らさんばかりの雷光が瞬いた。
「破道の六十三『
刹那、雷電を纏った霊力の弾が虚へと解き放たれた。
周囲にスパークを走らせる弾は、身動きの取れない虚の体に直撃する。
爆発。爆音を轟かせ、視界を覆う煙幕に包まれる虚。
六十番台の鬼道を喰らえば、大抵の虚は一たまりもないハズ。そう考える雛森は、二重詠唱で切らした息を整えんと数度深呼吸する。
滂沱のような汗を流しつつ、斬魄刀を握りなおして空を見上げた。
「嘘……でしょ……!?」
次第に晴れていく景色の中に佇む黒い影。
それは間違いなく虚であった。
しかしその体は鬼道を受けたものとは思えないものだ。五体満足。ダメージは皮膚が少々焼け焦げている程度。とても完全詠唱の雷吼炮を受けたとは思えぬ体だ。
「止まるな、雛森!」
雛森が棒立ちになっていると、煙に紛れて虚に肉迫していた焰真が、虚の背後から一閃を放った。
しかし、霊圧を察知していた様子の虚はすかさず攻撃を回避し、枷がついている脚を振るって彼を退かす。
辛うじて紙一重で躱す焰真であるが、荒い息と激しく鼓動を打つ心臓に相反して血色の悪い顔を見れば、状況が芳しいものではないことは容易に想像できる。
(応援はまだかっ……!?)
虚に斬りかかる焰真は、尸魂界からの応援の到着に気をかける。
既に伝令神機で応援は要請したものの、どれだけ早くても到着には十分はかかってしまう。
果たしてこの強敵に十分持つのだろうか―――そんな不安が焰真の胸に過る。
(―――なに弱気になってるんだ!? こいつは……こいつは先輩たちの仇だ!!!)
だがしかし、焰真は敵が先輩である隊士らを亡き者にした存在だと改めて認識し、今にも風に吹かれて消えてしまいそうな戦意に、憎しみや怒りなどといった油を注ぐ。
負の感情を燃料にした理性は暴走する可能性を孕む。
それでも焰真は剣を振るわねばと自分に言い聞かせた。
でなければ、自分が殺される。雛森が殺される。自分たちの後には、助けに来た応援や現世の住人が犠牲になるかもしれない。
(俺、なんでこんな必死になってんだ?)
激しい動きを為す体とは裏腹に、思考は凪のように落ち着いていた。
―――なぜだ?
―――護りたいからだ。
―――救いたいからだ。
―――ああ、そうだ。
幾度も脳内を巡り巡る禅問答。
しかし、それも永遠に続くものではなく視界の端に雛森が映る事で途切れた。
薄明りに照らされる彼女の顔は酷く血色が悪い。汗もダラダラと流れ、呼吸も整っていない。少しでも気を抜けば崩れ落ちてしまいそうだ。
そんな彼女は、最後の力と言わんばかりにブツブツと詠唱を口にしていた。
「破道の……七十三っ」
ギリッと歯を食いしばる音が聞こえたような気がした。
次の瞬間、青い爆炎が夜空を照らす。
「『双蓮蒼火墜』!!!」
「―――!!」
雷吼炮よりも一段と輝きを有している霊力の奔流は、焰真と一旦距離をとっていた虚の体を飲み込んだ。
すると爆炎を貫くように虚が飛び出してきたではないか。その左腕は焼き焦げ、最早使い物にならない。
最後っ屁の一撃は確かに虚にダメージを与えた―――が、同時に雛森はガクンと膝から崩れ落ちて倒れてしまった。
目も虚ろで呼吸もか細い雛森。意識が朦朧としている彼女は霊力を使い果たしてしまった様子だ。
それを、虚は見逃さなかった。
宙を蹴るようにして加速する虚が、倒れる雛森の下へと向かって行く。
「させるかよっ!!」
だが、それを予期していた焰真が雛森と虚の間に割り込む形で飛び込み、斬魄刀を己の体の前に構える形で突進した。
それは虚の勢いもあって、普通に振るっていては傷つけることが叶わなかった鎖に覆われていない皮膚に、滑り込むようにして虚の肉体に傷をつける。
「やらせねえっ……」
全身の筋線維が引き千切れそうなほどに力を込める焰真は、斬魄刀の柄を握る手の皮が剥がれて血が流れることも厭わず、斬魄刀を押し込んだ。
「今度こそ……救うんだよっ!! 俺が!! この手で!!」
「っ―――オ゛アアアアアッ!!!」
決意の表明かのような焰真の叫びに呼応する斬魄刀は、チカチカと燐光を放った後、虚の肉体に食い込む刀身から青白い炎を迸らせた。
煌々と光を放つ炎は虚の身を焼き焦がす。
その灼さに絶叫する虚。喰らうのは二度目だ。起死回生するように斬魄刀を不完全に解放した焰真によって、この苦痛を味わう嵌めになった。
聞いているだけで耳が張り裂けそうな絶叫に顔を歪める焰真。
炎の眩しさもあって僅かに目を細めた彼は見た。
焼け焦げ、仮面の端の方が剥がれ落ちるのを。
隠れていた素顔が―――口が、忌々しげ且つ嬉々としているように弧を描いている光景を。
「う゛ッ!!?」
衝撃が腹に奔る。
単純明快な攻撃だ。腹を蹴られた。それだけのことであるが、自らの肉体を焼き焦がしてまで相手に接近を促した虚による一撃は重く、焰真は吹き飛んだ先にある建物に打ちつけられた後に転がる。
「くそッ!」
全身が鈍痛に覆われる最中、それでも立ち上がった焰真は口の端から流れ落ちる血を拭い、虚の軌跡を目で追う。
否、目で追わずともわかっていた。
「雛森っ!!!」
虚が一直線に向かう先には、霊力の枯渇で倒れている雛森が居る。
恐らくは彼女との融合を果たし、新たな力を手に入れようという魂胆だったのだろう。
故に、己の肉体を囮にするような真似をしてまで、一旦焰真を遠ざけるような行動をとった。
(間に合ってくれ……!)
痛む体に鞭打ち、瞬歩で駆け出す。
既に虚は寄生の準備に入っているのか、リングギャグを嵌めている口腔から無数の口が付いた鎖を吐き出している。
あれが雛森の体に食らいつけば一巻の終わり。
『芥火くん! 一緒に頑張ろうねっ』
『これ、頑張ってお昼までに終わらせよう!』
『いい臭いするね……あっ、べ、別にお腹が空いてるとかそういう訳じゃないんだよ!? ホントだからね!?』
『芥火くんは努力家だなぁ~。あたしも頑張らなくちゃ!』
『あたし、藍染隊長みたいな立派な死神に―――』
可憐に笑いかけてくれる彼女の顔が脳裏に過る。
「っ、おおおおおおおおおおお!!!」
あらんかぎりの雄叫びを上げ、虚の下へ翔ける焰真。
全身が奮い立つ感覚を覚え、今一度斬魄刀に炎が灯った―――その瞬間、驟雨のような光が虚に降り注ぎ、その伸ばそうとしていた鎖を引き裂いた。
「―――“
虚に攻撃を加えたのは、尸魂界からの応援―――ではなく、ここ一か月の間によく共にしていた少女・咲であった。
制服の裾を翻して宙を舞う彼女は、光の弓を携えて虚に狙いを定めている。
だが、もう一度弓を引き絞ろうとした時、虚に迫る一人の影に気がつき、ピタリとその動きを止めた。
「おい」
ドスの利いた声を耳にした虚は振り返る。
刹那、振り返った虚の仮面のちょうど右目に当たる部分に、斬魄刀の切っ先が突き立てられるように直撃する。
蜘蛛の巣のように罅が入る仮面。
驚くほど滑らかに滑り込む切っ先は、仮面の奥の虚の素顔に、その鋭い刃を突き立てた。
仮面が割れて破片が飛び散り、それが自身の頬を引っ掻くようにして傷を負うのも厭わない渾身の刺突は深々と突き刺さる。
「キッ、ギィア゛ア゛アアアアアア!!!?」
痛々しい悲鳴を上げつつ、虚は尚も斬魄刀を押すように突き刺してくる焰真を蹴り飛ばし、攻撃から逃れてから空間を裂き、そこへ飛び込むように逃げていく。
一方、蹴り飛ばされた焰真はというと、建物の屋上を数メートルほど滑った後に欄干に激突し、ようやく止まった。
「……くそったれ」
「大丈夫ですか、死神さん!?」
疲弊と痛みで真面に動けない焰真の下に駆け寄る咲。
光―――収束した霊子によって作り出される弓を仕舞った彼女は、バツの悪そうな顔を浮かべ、傷だらけの焰真の体を労わるように撫でる。
「ひ、雛森は……」
「向こうの死神さんなら大丈夫そうです。それより、貴方の方が……」
「……咲」
「はい?」
「お前……何者だ?」
「―――」
とうとう来たか。
そう言わんばかりの面持ちの咲は、数秒逡巡した後、隠すように握りしめていた滅却十字を露わにせんと目の前に突き出す。
「私は……滅却師です」
「クインシー?」
「はい……私は……」
「……クインシーってなんだ?」
「ほえ?」
思わぬ問いに、呆気に取られてしまう。
まさか滅却師を知らないとは。
好都合のような、意を決して告白したにも拘わらず格好がつかないというか……咲としては複雑な気持ちだ。
本当に知らないと言わんばかりに目を白黒させている焰真を前に、何から語ればいいものかと思案する咲であったが、先に焰真が口を開く。
「……それより、なんでここに来た」
「え? そ、それは死神さんを……」
「虚に近づくなって言ったよな。幾ら戦える力があるったって、ほいほい死神の仕事に割り込むな」
穏便な彼とは思えぬ冷たく突き放すような物言いに、咲は息を呑んだ。
「……もうすぐ俺たちが呼んだ応援が来る。現場検証とかあるんだから部外者はさっさと家に帰れよ」
だが、そっぽを向いて吐き捨てられた最後の言葉の、彼の真意の片鱗を窺えた。
能天気で天然な咲がああも神妙な面持ちで名乗った“滅却師”という単語。
事実、若い世代の死神には伝えられていない一部の霊能力者を指す言葉を、焰真は知らなかった。百年以上前に、死神に滅ぼされた一族であるということもだ。
そして、もし生き残りを見つけようものならば厳重に監視されることも。
しかし、それを知らぬまま焰真は彼女に帰るよう伝えた。
死神に知られることは、自分にとって都合が悪い―――そう訴える少女の心を読み取ったのだ。
故に、今はこれ以上関わるなという旨を伝えた焰真。
彼の意思を無事汲み取った咲は、今一度焰真と雛森の様子を窺いつつ、彼らがすぐに死に至らないだろうと確認した上でその場を後にした。
夜の町の空を翔ける制服の少女。
見る者が見れば魔法少女のようだと口にするかもしれないが、そのような浅薄な感想を述べるのが憚れるほど、彼女の一族は悲惨な結末を迎えている。
しかし、それを知らぬ焰真は痛む体に顔を歪めつつ、彼女の背中を見送った。
だが、どうにもおかしい。
胸が締め付けられるように痛い。身に覚えのない悲しい記憶に苛まれる焰真は、依然として燐光を放つ斬魄刀を見遣った。
『焰真。ねえ、焰真』
「……なんだ」
『今の気分はどう?』
「……最悪だ」
『そう、それは良かった』
頭に響くのは何時ぞやの女の声。
妖艶に笑う彼女の笑い声を子守歌に、焰真の意識は闇へ沈んでいく。
(うん? あいつの持ってたモン、俺が持ってたモンと似てるし―――)
完全に意識が途絶える一歩手前に過った疑問。
その解が出る前に疲労が限界に達した焰真は眠りに落ちてしまうものの、最後、はっきりと九十九髪の女がオッドアイでこちらを見下ろしている光景を幻視した。
***
黒崎咲/16歳
髪の色/栗毛
瞳の色/ブラウン
職業/高校生
特技/ユウレイが見える
(死神さん、元気かな……?)
つい先日の死闘とは裏腹に、町は平穏だ。
この平穏が死神の手によるものだとは知らず、人々は今日も精一杯生きている。
彼女は滅却師。百年以上も前に死神に滅ぼされた退魔の眷属。彼らの持つ力は、死神の虚を昇華させるものとは違い、完全に魂を滅却するという特徴がある。
それは現世と尸魂界、そして虚圏の魂魄の量の均衡で成り立っているこの世にとって致命的な能力だった。
彼らは自分の身を護る為にチカラを振るい、その世界の天秤を大いに傾けていく。
故に滅ぼされた。
耳を傾けず、それでも尚虚を滅却し続けた報いだろうか。
僅かに生き残った一族は今もこうして暮らしてはいるものの、余り派手に行動を見せれば監視がつくことから、その血を絶やさないことを目的として慎ましく暮らしていた。
死神は言ったらしい。自分たちの仕事に手を出すな、と。
今の滅却師はその言葉を受け取り、どれだけ死神が強大な虚に嬲られようと手出しはしないのが基本であった。
しかし、それを是としない者も居る。
咲もその一人だった。
彼女は滅却師の中でも数少ない純血統。護られるべき身分……にも拘わらず、型破りな彼女は霊を見えるという理由で魂魄が成仏できるように奔走した。
幽霊が見えることに優越感を覚えたことはない。
類稀なる霊的素養を生かし、そういった方面の職業で食べて行こうとも考えたことはない。
だが、誰かを助けたいとは思った。
そして、見えない生活に憧れることもなかった。
チカラを持って生まれた者は、最早チカラを失くせたとしても、チカラがあった頃を忘れることはできずに思い悩むだろう。
そう考えた咲は、チカラを誰かを救えることに“誇り”を持ったのだ。
一方で限界も感じた。
あくまで滅却師は虚を滅却するためのチカラしか持たない。死神のように、彷徨える魂魄を尸魂界に送ることや、虚の罪を洗い流して昇華させることもできない。
振るえぬ“刃”の柄を握り、彼女は唇を何度も噛んだ。
常人には見えぬ血だまりを目の当たりにし、枕を涙で濡らす夜もある。
そんな時、親族や同じ滅却師の者達に『関わるな』とだけ教えられた死神との邂逅は、彼女に鮮烈な衝撃を与えた。
彼らには滅却師には救えぬ命を救える。
虚に堕ちた魂を救うことができる。
もし仮に滅却師が死神と友好的に接し、あの“斬魄刀”と呼ばれる刀を預けられる関係に至っていたならば、結末は違っていたのかもしれない。
滅却師と死神は袂を分かたず、手を取りあうことができたのではないかと咲は夢想する。
だが、現実はそう甘くはない。
若い死神である焰真が知らなかったことから、滅却師はすでに過去の遺物として処理する方針がとられていることを察した。
忘れられていく存在。
心に、得も言われぬ寂しさを覚える。
「はぁ……」
帰路についている咲はため息を吐く。
そんな彼女に影がかかる。元より生憎の雨模様。その最中で見るからに分かる影がかかるとは何事かと振り向けば、そこには―――
「え?」
口だ。巨大な口。その奥にも人間らしい口を覗くことができる。
(ホロ―――)
まったく霊圧を感じなかった。
その上での、今にも頭部だけを食いちぎられそうな距離。咲は目の前が暗闇に覆われていくのに対し、不思議と冷静で―――そして安心していた。
「なにボーっとしてんだ!」
閃く鈍色の刀身。
それが虚の仮面を一閃すれば、咲を食いちぎろうとしていた虚の巨大な仮面がバラバラと朽ちた土壁のように剥がれ落ちていき、瞬く間に虚は浄化されていったではないか。
「死神さん」
「なんだってんだよ、ったく。礼を言いに来てみれば虚に喰われそうになってやがって……」
「ふふっ」
「なに笑ってんだ! 死ぬとこだったぞ!」
怒声を張り上げるのは死神―――焰真であった。
まだ怪我が治っていないことを匂わせるような絆創膏が顔に貼られている彼は、やれやれとため息を吐いて、にっこりと微笑んでいる咲に歩み寄る。
「大丈夫です。死神さんが近づいてきたってわかったら、全然怖くなかったですから」
「っ……はぁ」
肝が据わり過ぎている。
これには思わず焰真に苦笑いだ。
「それより死神さん。礼って……」
「……ああ。急な話でな、この町の担当から外れた」
「え」
「この前の奴。危険な虚だって尸魂界の方でも認定されてな。それで平隊士の俺たちじゃ荷が重いっていう上の判断だ」
「それじゃあ……」
「ああ。あとちょっとのところで荷物も纏め終わって帰る所だったんだが、雛森と新しい担当の先輩に待ってもらってここに来た」
「わざわざ……ですか?」
きょとんと咲が首を傾げれば、焰真は笑い飛ばすように言い放つ。
「命の恩人に礼の一つも言わないで帰った俺を、明日の俺は笑うだろうよ」
「っ! 死神さ―――」
「死神、じゃないっつったろ」
『俺の名前は……』と、やおら手を差し出す焰真。
「芥火焰真だ」
「……じゃあ、私も改めて。黒崎咲です」
その手を断る理由はなかった。
固く握手を交わす二人は、いつの間にか雲の合間から覗いていた煌々と輝く夕日に負けず劣らずといった明るい笑みを浮かべる。
「またな。精々、結婚して子どもとか孫の顔拝んで悔いない人生送って往生しろよ」
「頑張りますっ!」
大きく跳ねる咲はロングスカートの中身が見えてしまいそうなほど飛び上がる。
最近の現世に若者ははっちゃけているのだなと軽い感想を抱いた焰真は、今度こそ別れと言わんばかりに背を向け、軽く手を振った後に瞬歩でその場から去った。
その背中を見送る咲は、傘を閉じて空を見上げる。
紅色の空には、鮮やかな虹が掛かっていた。
まるでその光景は、自分と彼をつなぐ架け橋だ―――咲はそう思わずに居られず、水たまりを踏みぬくようにスキップしつつ、前へ進んでいく。