BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*2 希望の花

 流魂街は広い。

 人を探すともなれば、それこそ気が遠くなるような時間が必要となるだろう。ある程度、地区は絞れていたとしても、数多くの魂魄が住まい、それも生前よりも寿命が長いというのだから、相対的に一つの地区に住まう人間の数も多くなる。

 

「ルキアって女の子知らないか?」

「知らなーい」

 

 流魂街の片隅に屯する少年たちに、『ルキア』という名の少女のことを尋ねる焰真。

 しかし、彼の捜索の甲斐虚しく、依然としてルキアは見つからぬまま。

 やはり既に死んでいる可能性が高いものの、だからといって今更捜索を止めるというのも違う。

 

 見知らぬ少女ルキアは、自分と緋真を繋ぐたった一つの存在。

 初めて優しくしてくれた女性である緋真に見捨てられたくないという想いから、焰真は気が遠くなるような寿命を贅沢に消費するつもりで、今日まで捜索を続けているのだ。

 それにしても、こうも進展がないと気が滅入る。

 気を長くしようとするのはいいものの、それとこれとでは話が違う。

 良くも悪くも子供らしい“飽き”。一過性の病気にも似た感覚だ。

 

―――そんな時は気分転換に限る。

 

 ルキアを探しているのは、他でもない緋真のため。

 捜索に飽きたのであれば、他に緋真が喜んでくれそうなことをするだけだ。

 山菜を採取するのもいい。狩りで肉を持ってくるのもいい。山に生る果実をとってくるのもいい。

 とにかく緋真が喜んでくれそうなことに当たりをつけた焰真は、死神が持っていた刀―――斬魄刀を片手に山林へ足を運ぶ。

 

 その時だった。

 

「おい」

「……?」

 

 不意に響いた男の声に振り返れば、壮年の男性が、これまた若そうな男性と女性を引き連れて立っていた。

 三人とも黒衣に身を包み、腰の帯には刀を差している。

 死神。通称“調節者(バランサー)”とも呼ばれ、尸魂界と現世の魂魄の量を均等に保つことを生業とする存在。その黒衣“死覇装(しはくしょう)”に身を包み、整の魂魄を魂葬するために用いたり、負の魂魄“虚”を浄化するために用いる刀“斬魄刀(ざんぱくとう)”を所持していることが特徴的だ。

 普段は瀞霊廷と呼ばれる広大な地区に、千年前に創設された“護廷十三隊(ごていじゅうさんたい)”という組織に所属している。

 こうして流魂街に出向いてくるのは、大抵虚退治か調査、または見回りが目的だ。

 

 そのような死神に声をかけられる理由が思いつかない焰真は、後ろの二人の死神を率いているらしき、ツンツン黒髪頭の男性を見上げた。

 

「なに?」

「お前の持ってる刀……どこで拾った?」

 

 ギラリと光る眼光。

 思わずその重圧に圧し潰されそうになったが、焰真は唇を噛んで我慢する。

 彼の持っている斬魄刀は、昔死んでいた死神から拾った代物であり、焰真の所持品ではない。

 だが、流魂街の治安の悪さから『護身用に』と拝借し、今日まで至っているのである。

 遡れば死神の、延いては護廷十三隊の物品。『返せ』と言われたらそれまでであるが、今更返すのも憚られる。なにせ、肩に担いだ時の重さに愛着を覚えているのだ。

 

 故に、焰真はこう言い返す。

 

「流魂街」

「んん、まあ……そうだなっ。そうなんだろうけどもなっ!」

 

 違う、そうじゃない。

 そう言わんばかりに片手を額に当てる死神。意外とコミカルな挙動を目の当たりにした焰真は、流石に殺されはしないだろうと、その隙に全力疾走で山林へと消えていく。

 『あ、待てこのガキャー!』という死神の声が聞こえてくるが無視である。

 一に緋真、二に緋真、三、四に緋真、五に緋真。

 今の焰真の思考回路はそういう順位がつけられている。

 一文にもならない死神との問答などは御免なのだ。

 

 そうして消えていった焰真。

 一方死神たちは、やれやれと首を振っていた。

 

「逃げられちゃいましたね、志波副隊長!」

「今からでも俺がとっちめに行きますか!?」

「いや、いい。小さいけど霊力は感じられた。それで後からでも追えるだろうから、それまでは持たせてやってもいいだろ。山ン中で熊や猪に襲われて死んでたら夢見悪いしな」

「なるほど! 参考にしますっ!!!!」

「イチイチうっさいわね、この脇臭顎髭猿!!」

「なんだとォっ!!?」

「あーあー、うるせえっ! ちっとは仲良くやれ!」

 

 漫才のように怒鳴り合う部下たちを窘める死神は、また違った意味でやれやれとため息を吐く。

 

 

 

 ***

 

 

 

 燕がひゅるりと飛んでいる光景が目に入った。

 もうすぐ雨か。緋真はぼんやりとそう考えた。

 見上げれば、空は具合が悪そうに鈍色に彩られている。確か、雨が降る日は湿気の所為で虫が低い場所を飛び、それを追って燕も低い位置を飛ぶとか。

 

(雨に濡れなければいいのですが……)

 

 刀一つで出掛けている焰真の心配をする緋真。

 雨に濡れたところで風邪を引かない焰真ではあるが、親心というやつだ。世話を焼きたくなる。

 傘を手に取って外に出る緋真は、まだ焰真が帰ってきていないことをその目で確かめた。

 こうしている間にも、雲行きはどんどん怪しくなっていっている。

 

(迎えに行きましょうか)

 

 何時ぞや、焰真が忠犬のように町の入り口に立っていてくれていたことを思い出し、今日ぐらいは自分も……と、足を運ぶ緋真。

 洗濯物を取り込む女性に、鬼事がてら帰路についている子どもたち。

 まだ雨は降っていないというのに、心なしか町は雨音が響いているように騒がしくなる。

 

「ふぅ……」

 

 一息吐いて、焰真が出ていったであろう方角へ待機する。

 血の繋がらない者同士が家族のように身を寄せ合う流魂街において、緋真にとって焰真はかわいい弟。

 当初はぶっきらぼうであった態度も、時間が経つに連れて和らいでいき、よく笑うようになった。今まで気を許せる環境で育たなかったからこその警戒。ようやく、気を許してくれるようになったと思えば、焰真への愛おしさもひとしおである。

 

 だからこそ、待たされることなど苦でもない。

 

 そう思った矢先であった。

 

「へへっ、誰かお待ちかいお嬢さん!」

「っ!?」

 

 突然、布のような物を口の中に押し込まれ、声も上げられぬ間に引き摺られるようにして、茂みの方へと連れていかれた。

 当初は抵抗する緋真であったが、彼女を引き摺る男が二人。片や両脇を抱きかかえ、片や足を持ち上げることで、一切の抵抗をすることが許されない状態にされてしまったではないか。

 混乱のままに視線をあちらこちらへ向ければ、共犯と思しき男が数人居る。

 

 成程、これは不味い。

 いやに冷静な思考の中で、緋真は今の危機的状況を冷静に分析していた。

 しかし、非力な緋真ではロクに抵抗することも叶わない。

 

「ん゛ーっ!」

「ひゅー、こりゃあ上玉だな」

「売りゃあいい金になるべ」

「その前に……だなっ。ひひっ」

 

 身売りを生業にでもする者達であろうか。

 自由が売りの流魂街では、死神以外に関する事象の法律は特に定められていない。あるのは、許可証の無い者が瀞霊廷に立ち入ってはならないといった暗黙の了解。他は、現世にて培った道徳によって『こうするべきだろう』と各々の倫理に委ねられている。

 つまるところ、私刑を下す者は居るかもしれないが、人攫いなどをして法によって罰せられることはない。

 だからこそ、緋真の現状のような横行が許されているのだ。

 

 もがけどもがけど拘束を解くことはできない。

 いやらしい指使いの男たちが、どんどん緋真へと近づいていく。

 口に布を詰め込まれているため、声も上げられない。

 絶体絶命とはまさにこのこと。

 しかし、緋真は気丈にも男たちを睨みつける。

 それが男たちの癇に障ったのだろうか、はたまた劣情を仰いだのか、一層男たちの息遣いは荒くなった。

 

「安心しなっ。痛くはしないさ……たぶんな」

 

 ボトッ。

 

 落ちてきたのは、男の涎ではない。

 なにやら黒い影が、まさに今緋真に手をかけようとした禿げ頭に落ちてきたのだ。一瞬、男に髪が生えたのかと見間違う物体。

 無論、それはカツラなどではない。

 己の頭に変な毛ざわり、それでいて生温い物体の正体を確かめるべく、男はそれを手に取ってみた。

 

「げげっ! こりゃ、狸の死骸じゃねえか!」

「うわっ、こっちに投げんじゃねえよぃ!」

 

 動物の死骸を手に取りつつも、どこかふざけているように振る舞う男たち。

 しかし、緋真の視線はその間、片時も男たちの頭上から外れることはなかった。

 

「んっ……んんぅっ……!」

「なんだい、お嬢さん? そんなに俺たちのが欲しい―――」

 

 男の言葉がそれ以上紡がれることはなかった。

 なぜなら、木の上より振るわれた丸太のように太い腕が、男の頭部を軽々ともぎ取ったからだ。

 誰もが言葉を失う間、頭部をもぎ取られた身体は引きちぎられた首の断面から、噴水のように血が噴き出す。

 

 辺り一面が一変して血の海と化す。

 その光景を生み出した存在は、彼らの上にて、たった今もぎ取った男の頭部を噛み砕いていた。

 筋骨隆々な上半身、特に腕が極太だ。一方で下半身は小さい。そのような歪な体つきをした存在は、顔に猿のような仮面を被っていた。

 

 (ホロウ)

 

 現世にて未練を残した整の魂魄が、因果の鎖の浸食によって変貌してしまった負の魂魄。

 魂魄を主食とし、決して満ちることのない食欲を満たす為だけに魂魄を貪る存在が、緋真たちの目の前に居たのだ。

 息を飲むも束の間、骨ごと人間の頭部を食い終えた虚は、次なる標的を見つけんとばかりに瞳を泳がせる。

 

「ひっ!」

 

 狙いは定まった。

 怖れを抱き、乙女のような悲鳴を上げたばかりに虚に凝視された男は、声にもならない声を上げて逃げ出す。

 

 しかし次の瞬間、虚は乗っていた木の幹が折れるほどの勢いで跳躍し、逃げる男の目の前に立ちふさがった。

 『あわわっ……』と口から泡を吹き出しそうな男。

 虚はそんな人間を大きな掌で叩きつける。

 地響きの中に、グチャリ、と肉が潰れ、骨が砕ける嫌な音がやけに澄んで聞こえた。上半身を潰された男は、二、三度痙攣した後、二度と動かなくなる。

 

 ただの肉塊になった男の足を掴み上げる虚は、真っ赤な血が滴る男の体を己の眼前に移動させ、見せつけるようにして肉を食む。

 人間が喰われる音は意外にも軽快だった。

 バキッ、ゴキッ、などといった鈍い音だけではなく、プチッ、チュルッ、といった音も聞こえてくる。

 だが、それが一層虚のおどろおどろしさを醸し出す。

 

「ぎ、ぎゃああああ!!」

「ひぃぃ!?」

 

 先程まで緋真を襲おうとしていた男たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 口から布が零れ落ちた緋真は、初めて対面する虚を前に、腰が抜けて立てなくなっていた。

 

「あっ」

 

 虚と目が合った。

 喰われる。

 

 そう直感した時、デジャヴを覚えた。

 

「わああああ!!!」

 

 わざとらしい大声を上げ、抜き身の刀を虚目掛けて振り下ろす少年の姿。間違いない焰真だ。

 不意打ちではなく、虚の意識を緋真から逸らすための行動。

 でなければ、わざわざ大声を上げることはない。

 焰真が勢いよく振り下ろした斬魄刀の刀身は、僅かに虚の皮膚に食い込んだところで止まった。同時に焰真の自由落下も止まるが、己の体に刃が食い込んだ痛みを覚えた虚は、大声を上げて暴れ出す。

 

 すると焰真の小さな体は振り回され、斬魄刀の柄を握り続けることができなくなった時点で吹き飛ばされ、近くの木の幹に叩きつけられた。

 

「ん゛んっ!!?」

「焰真!!」

 

 悲痛な声を上げる緋真の一方で、体を打ち付けられた焰真はあまりの痛みに悶絶する。

 真面な武術など習ったことがない彼が受け身などとれるハズがなかった。霊力が有り余る者であれば、普通であれば即死するような状況でも平然と立ち上がれるほどに体が頑丈になるが、辛うじて霊力の素質がある程度の焰真は、そこまで体が頑丈ではない。

 痛くて痛くて涙が出そうだ。

 しかし、緋真を助けなければ。

 その想いだけで体を突き動かす焰真は、立ち上がろうとした時、

 

「あ」

 

 目の前に猿の仮面が目に入った。

 近い。近すぎる。血生臭い吐息が、顔全体に吹きかかるほどの近さだった。

 現実から目を背けるように虚の背後に視線を遣れば、虚に刺さっていたハズの斬魄刀が転がっている。なるほど、暴れてとれたようだ。だからこそ、己に攻撃を加えてきた自分を狙いに来たのだろう。

 

「ぐっ!?」

 

 すぐさま我に返る焰真であったが、逃げ出すよりも前に虚の歯が肩に食い込む。

 ブチブチと筋線維が千切れる音と共に、野菜が潰れるような音を放ちながら鮮血が宙を舞う。

 

「ああああああ!!」

 

 痛い。熱い。目の前がチカチカと明滅する。

 このまま肩を食い千切られてしまうのだろうか。痛みと恐怖が脳裏を交互に過り、焰真の瞳から涙が零れていた。

 

 しかし、やおら肩にかかる噛みつく力が弱まる。

 それでも痛い事には変わりはないが、虚は先程まで喰らおうとしていた焰真から三歩ほど退き、蹲るような恰好で嘔吐し始めたではないか。

 ゲェゲェ、ゲェゲェと。

 周囲に血と糞尿の他に、吐しゃ物の酸っぱい香りが漂ってきたころ、焰真はようやく痛みに慣れて冷静に思考が働くようになった。

 

(……不味かったのか?)

 

 不味くて良かった、などと言っている余裕はない。

 ここまでわかりやすく『お前の味は悪い』と言われている光景を見させられることも癪だが、一先ずは虚が吐き気を催すほどの不味さであったことが命拾いした理由であることには変わりない。

 

(とりあえず、逃げ……)

 

 虚が吐いている内に緋真と逃げよう。

 そう思い立つや否や立ち上がろうとする焰真―――であったが、体は動かない。

 

「あれ?」

 

 自分でも間抜けな声だと思うほどの声色であった。

 体が動かない。いくら動かそうとしても、言うことを聞いてくれない。

 痛みで真っ赤になっていた顔から、途端に血の気が引いていく。

 意思に反して体が動かない時、目の前に捕食者が居る……これほど恐ろしい状況があるだろうか。

 

「っ……ひさ姉っ!!」

 

 無我夢中だった。

 

「逃げて!!」

 

 自分の命よりも、他人の命を優先していたのは、それでも頭に血が上っていたからだ。

 今ならば緋真だけでも逃げることができる。自分が喰われることは勿論怖い。しかし、緋真が無残に喰い散らかされることはもっと怖い。

 どうか、自分が生きている内に見つかった大切にしたい物だけでも。

 

 死ぬ恐怖よりも優先される想い。

 それを前にして緋真は、地面に落ちていた斬魄刀を手に取った。そしてそのまま非力な体を虚へと向けて走らせ、鋭利な切っ先を蹲る虚の太腿へ突き刺す。

 刺した当人が当人だ。

 刀身は数センチほどしか肉に刺さらず、とてもではないが致命傷には至らない傷であった。

 

「オオオオオッ!!!」

 

 痛みで虚が覚醒する。

 曇天の下にて轟く虚の咆哮は、まさに今自分に刃を突き立てた緋真を引き下がらせるほどの“威”があった。

 尻もちをついた緋真。虚は不味い焰真よりも、容姿端麗な緋真の方へと標的を変える。

 

「っー!!! っー!!!」

 

 体がまったく動かなかった焰真であったが、鬼のような形相を浮かべて最後の力を振り絞ったことにより、体が前方へ倒れる。

 しかし、緋真までには余りにも距離が離れていた。

 届かない。どうやっても。

 命の灯を燃やしても、自分の力ではどうやってもあの虚を止めることはできない。緋真も助けることはできない。

 

(どう、して……)

 

 薄れゆく意識の中、焰真はなぜ緋真が逃げてくれなかったのかを恨んだ。

 逃げて欲しかった。子どもながらに大切な人を守って死ぬ―――そんな有終の美を飾りたいと願っていたのである。

 

 だが、焰真の願いは果たされることはなかった。

 

 

 

「水天逆巻け―――『捩花(ねじばな)』」

 

 

 

 垣間見たのは黒衣と波濤。

 刹那にして虚が両断された光景を最後に、焰真の意識はそこで途絶えるのだった。

 

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