BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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Ⅱ.PARADISE LOST
*21 人はそう、星のよう


 焰真が五番隊に来て約五年経ったある日の出来事。

 

「あ、焰真くん……」

「ん? どうした雛森」

「これ、ちょっと恥ずかしい……かなっ」

 

 もじもじとしている雛森が居るのは、焰真の背中。

 とどのつまりおんぶされている彼女なのだが、往来がそれなりにある瀞霊廷にて男性に背負われるというものはそれなりに恥ずかしいものである。

 

 こうなった経緯としては、いつもの通り焰真と雛森の二人で仕事後に鍛錬をしていたのだが、

 

「自分で仕掛けておいた伏火に瞬歩で突っ込んで転んだんだ。随分派手にぶっ倒れたし、救護詰所行く間は安静にしてろよ」

「うぅ~、それはそうだけど……」

 

 鍛錬の中で、『伏火』を『曲光』で隠すという戦術を編み出した彼女であったのだが、途中でそれを仕掛けたことを忘れて瞬歩で移動し、見事に引っかかって転倒。

 年甲斐もなく涙目で足首を押さえてのたうち回った後、こうして焰真に負ぶわれたという訳だ。

 

 100%雛森の不注意。いわば自業自得であるが、だからといって焰真はそれを見捨てるような鬼畜生ではない。

 やれやれと呆れはするものの、事前に彼女の戦術の危うさに気が付けず注意を喚起できなかった自分の責任もあると省みてのおんぶ。

足首を痛めた彼女を労わりつつ、振動で悪化せぬように注意しながら、足早に救護詰所に向かう。

 

「次からは気をつけろよ?」

「はい……」

「でもまあ、自分でも引っかかるくらいだしなっ。ほら、よく言うだろ。敵を騙すならまずは味方からって。自分でも引っかかるんなら、敵だってきっと……」

「あんまり慰めになってないよ、焰真くん!」

 

 背中の上で可愛らしく抗議する雛森。

 意趣返しと言わんばかりに肩を掴む手の力を強めるが、焰真にとってはちょうどよいマッサージにしかならない。

 しばらく焰真の肩を揉み解していた雛森であったが、周囲の視線が自分に集まっていることを察し、今一度彼の背中に顔を埋める。

 

 鍛錬後で汗を掻いた後にも拘わらず、不思議と嫌な臭いはしない。

 寧ろ、生真面目な彼の性格故か、洗濯に用いている石鹸の香りが彼自身の香りと混じって雛森の鼻を擽ってくる。

 上手く形容ができない―――強いていうのであれば、温かく包み込んでくれるような、所謂“お日様の香り”というものだろうか。

 

(いい匂いだなぁ……落ち着く)

 

 瞼を閉じ、もう一度自分を包み込む香りを堪能する。

 息をすればするほどに高まる鼓動。しかし、それとは裏腹に意識は夢の中に落ちんばかりに、安らかかつ穏やかな深淵へと誘われていく。

 

(ずっと……一緒に―――)

 

 ギュッと焰真の肩を掴む。

 

「雛森。お~い、雛森」

「……」

「ひ~な~も~り~さ~ん」

「ふぁっ!?」

「寝てたのか? もう救護詰所つくぞ」

「え? そう……なの?」

 

 少し残念だ、とは口には出さない。

 もう一度背中に顔を埋めて夢の世界へ赴きたいとも思うが、次第に彼に負ぶわせている一方で寝落ちしかけていたという事実に申し訳ないと羞恥心を覚え、意識は覚醒していく。

 

「ご、ごめんね寝ちゃってて。その、気持ちよかったからつい……」

「そりゃあ良かった。一応聞いとくが、涎とかは垂らしてないよな?」

「えっ!? た、垂らしてないよっ! ……多分」

 

 焰真に問われ、大急ぎで口元を手の甲で拭う雛森。

 負ぶわれて眠った上で彼の背中を汚したとなれば、雛森の女性としての威信の問題に関わる。

 だが、幸いにも涎は零れていない。

 

「……」

「ホ、ホントだからねっ!? あれだったら確認してくれても……!」

「はははっ、別に汚れてたら洗えばいいだけだし大丈夫だ」

「ホントだってばァ~!」

 

 淡々とそっぽを向いて語る焰真の背中を雛森がぽかぽかと叩く。

 実に甘酸っぱい光景。

 そんな中、途端に雛森は手を止めて彼の背中を見遣った。

 

―――何故だろうか。彼の背中がとても大きく見える。

 

(……焰真くん。あたし、もしかしたら……)

 

 ギュッと焰真の死覇装を握る手。

 その様は彼女の胸中を示しているに違いない。

 

 

 

 しかし……。

 

 

 

 ***

 

 

 

「異動ぉ!!?」

「ああ」

 

 次の日の出来事だった。

 焰真があっけらかんと伝える異動の旨。朝にふさわしくない大声を上げてしまったものの、雛森にしてみればそうならざるを得ないほどの衝撃であったのだ。

 

「ど、どの隊に……?」

「十三番隊。一回言ったと思うけど、俺最初の志望がその隊だったんだ。だけど、それを藍染隊長が把握してくれてたみたいでさ。色々やってくれてたみたいなんだ」

「そ、そっか……よかったね」

「ああ、ありがとなっ」

 

 表面上は笑顔を取り繕っているものの、ほろりと涙を零す雛森。

 

 淡い色

 落ちる蕾は

 桃の花

 

 心の中で、元同僚で現在四番隊所属の吉良が一句読んでいる光景が脳裏に過った。

 別れ際になり、ようやく彼に抱いていた想いが淡い恋心であると気がついた雛森であったが、ようやく本来望んでいた隊に所属できるとなって喜んでいる焰真に対し『寂しい』などとは口が裂けても言えない。

 今まで『自分のため』とは言いつつも、自分自身よりも自分の成長を喜んでくれた彼だ。

 

 ここは笑顔で送るべきだろうと、雛森は胸元辺りをグッと押さえる。

 そして若干藍染に対しての恨み節を心の中で唱えた。

 

(藍染隊長のバカ~!)

 

 色んな意味で初めての想いを抱く雛森は、その日酒に強くないハズにも拘わらず、やけ酒を煽るのであった。

 

 勿論次の日は遅刻した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「いやぁ、それにしても藍染隊長も意地が悪いですわぁ」

 

 パチン、と乾いた音が部屋に響く。

 蝋燭の薄明かりに照らされる部屋の中、隊長羽織を纏う二人―――市丸と藍染は将棋を打っていた。

 形勢としては藍染が有利。

 市丸は不利を悟らせないかの如くポーカーフェイスを浮かべているが、それは元より藍染には敵わないと悟っているからこその表情かもしれない。

 

「なんのことだい?」

「雛森チャンと芥火クン、偉い仲良かったんちゃいます? 駒育てるゆー意味でしたら、あのままでも良かったんちゃいますかなぁーと思って」

「ふっ、成程。君の言うことも一理あるだろう……―――王手だ」

「あちゃー」

 

 藍染の指した駒である香車は、無防備な市丸の王将を落とすよう直線状に置かれた。

 

「例えばの話だ。私は駒を使い、すぐに君の首を取れるとしよう」

「それは怖い話ですわぁ」

「だが、今は香車だからこそ取れる。もし寸前で駒が変心でもすれば、その切っ先は相手に触れることすら敵わなくなる」

 

 香車を裏返してみる藍染。

 香車が裏返れば成香。前方であれば飛車のように何マスも進める香車であるが、成ってしまえば金将と同じ動きしかできなくなる。

 言ってしまえば、香車の時は届いたかもしれない駒が、成ってしまうと届かなくなるという訳だ。

 

「単純な話さ。彼が居ると、雛森くんが思い通りに動かなくなりそうだったからね」

 

 時に愛は理を捻じ曲げる。

 愛は人を変えるのだ。

 

「いやはや、やっぱり藍染隊長は怖あてたまりません」

「褒め言葉として受け取っておこう。だが……」

 

 口で薄く弧を描く。

 

「全てはほんの戯れに過ぎないよ」

 

 掌で駒を弄ぶ藍染は、そう告げるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

『ここから見える星はとても綺麗なの』

 

 女は言う。

 

『燦々と煌いて……まるで人みたいだとは思わない?』

「どの辺がだ?」

『世界の歴史に比べれば儚い一時の間に精一杯光り輝いている姿が』

 

 女は依然として扉の前に立っていた。

 穢れ無き白色―――白亜の巨塔。だが今は世界が夜であるためか、黒に塗りたくられたかの如く漆黒に彩られていた。

 その巨塔を共に星空を望む焰真は、精神世界に佇む自身の斬魄刀との対話に勤しんでいる。

 

 現在進行形で対話は進んでいるものの、まだ同調はできていない。

 

「誇り……か」

(こたえ)は出たかしら?』

「死神として魂を助けることが誇りだ、とかじゃダメなのか?」

『ダメよ、ダメダメ。解はもっと単純に。私が求めている解は唯一つ。それ以外は認めない』

「一つか」

『ええ』

「手掛かりはくれないのか?」

『あら、手掛かりならいつもあげているじゃない』

「あ?」

『心当たり……あるんじゃないの?』

 

 女に言われて焰真は思案する。

 

 彼女が応えてくれる時―――それは純然たるある想いを抱いた時であるのだが、具体的に“これ”というものが思いつかない。

 

 守りたい。

 助けたい。

 やらせない。

 殺させない。

 そんな様々な想いが交錯している時、斬魄刀は確かに焰真の想いを汲んで呼応してくれる。

 

「どれが……誇りなんだろうな」

『深く考えないで。混じりけの無い本当の想いが、きっと私の意図を汲んでくれるハズよ』

「そう言われてもな」

『焦らないでいいの。貴方ならきっと確固たる誇りを見つけられる』

 

 やおら焰真に歩み寄る女。

 星明りの下、九十九髪が風に靡く様は心奪われるほどに美しい。

 そう思って眺めていれば、彼女の青空のような瞳と夕空のような瞳が焰真をじっと見据えてきた。

 

『ご覧になって、焰真。あの星々を。ようくご覧になって』

「……あ」

 

 言われるがまま見上げる星空。

 そんな中、焰真はいくつか気になる星を見つけた。

 

 やや黄色味のある赤色。繊細で美しい光をはかなげに放つその星に、焰真はとある人物を思い出した。

 

「あれはひさ姉みたいな星だな」

『じゃあ、あれは?』

 

 女が指さす星。

 白く、たった今眺めていた星によく似た繊細で美しい光を放っている。新雪を思わせる鮮やかな白色は、太陽の光にも似ているが、これまたとある人物を彷彿とさせた。

 

「ルキア……かな」

『ふふっ。じゃあ、あれは?』

「ん……真っ赤でギラギラ輝いてるな。恋次みたいだ」

『その隣』

「あの黄色いのか? 肌色っぽいのは……そうだ、一角さん。で、隣の瑠璃色っぽいのは弓親さん」

 

 他にも人に比喩できる星は数多存在した。

 剣八のようにギンギラギンに鋭い光を放つ星。

その傍らで小さくも眩い光を放つ、やちるのような星。

淡い優しい光を放つ桃色の星は、おそらく雛森だ。

 

「―――空に……花畑があるみたいだ」

『あら、意見が合ったわね』

 

 クスリと一笑する女は、腕を高く突き上げて空を仰ぐ。

 

『花もまた儚い命。でも、花は種を……命を繋いでいくの。それは人間も同じ』

「……ああ」

『星も繋げるわ。ほうら、星と星を繋げば―――』

 

 

 

―――もっと大きく綺麗に瞬くわ。

 

 

 

 そう女は語るのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「おはようございます、小椿殿!」

「おう、朽木!」

「おはようございます、虎徹殿!」

「うん、おはよー朽木さん!」

 

 すれ違う先輩隊士に挨拶を交わし、執務室へ向けて歩を進ませるのはルキアだ。

 十三番隊に配属されてから間もなく数年が経つ。まだまだ慣れていない部分もあるものの、温かい隊風と面倒見の良い先輩に囲まれ、なんとか彼女もやっていけているという具合だ。

 

 今日も一日頑張ろう―――その意気込みのままに快活な挨拶を口にするルキアは、見る者全てに頭を下げる勢いだった。

 

 そしてまた一人、通路の角から人影が現れたのが目に入る。

 

「おはようございます!」

「お……おはよう」

「……んんっ?」

 

 顔もロクに見ずに頭を下げてしまったが、自分の予想に反して相手は非常に困惑した様子で応答してくれた。

 それだけであればまだ良い。自身が五大貴族の一員だからと一歩退いた態度の隊士も少なくないからだ。

 

 だが、その戸惑いの声色をルキアはどこかで聞いたことがあった。

 

 顔を上げ、数拍の沈黙。

 

「……」

「なんだよ、ルキア。俺の顔にゴミでもついてるのか!」

 

 居たのは霊術院時代の同級生。

 

「いや、そうではないのだが……ん? 焰真……焰真だとっ!?」

「おおっ!? 急に大声を上げてどうした」

「どうしたもこうしたもないわ、たわけ! まだ始業時刻にもなっていないというのに、朝っぱら十三番隊になんの用事だ……?」

 

 怪訝な顔つきで問いかければ、『そのことか』と焰真は事情を飲み込んだように語り始める。

 

「今日から十三番隊に異動になったんだよ。よろしくなっ」

「異動……だと?」

「ああ。という訳だから、霊術院時代よろしくこれからも頼むな」

 

 呆けるルキアの手を取る焰真は、はははと快活な笑い声を上げる。

 

「それで隊首室に向かってるんだけどよ、ここで会ったのも縁だろ。案内してくれないか?」

「う、うむ。フッ……私の方が十三番隊を把握しているのだから致し方あるまい。逸れるのではないぞっ!」

「……なんでそんなに得意げなんだよ」

「何と言われようとも、ここの隊士としては先輩だ! 良いから付いてこい!」

 

 ピッシャア! と焰真の尻を小気味よい音を響かせて叩いたルキアは、ズンズン通路を進んでいき、隊首室の下へと向かって行く。

 その足取りが嬉々としていることについては、この時焰真は気が付かなかったのはさておき……。

 

「失礼します、朽木ルキアです」

『おう、朽木かあ! どうした?』

 

 障子の向こうに居るらしき隊士に、扉越しに話しかけるルキア。

 返ってくるのは気の良さそうな男性の声だ。その声を焰真は知っている。

 

「今日からうちの隊に異動してきた隊士を案内してまいりました!」

『おーう、そりゃあご苦労だったなあ! 入っていいぞー!』

「はい! ……よしっ、入れ」

「おう、ありがとなっ」

 

 ドヤ顔でサムズアップするルキアを傍らに、焰真はがらりと障子を開ける。

 その先には、ツンツン頭の黒髪の男性が大福を机に置き、ぐびぐびと茶を飲み干している光景が広がっていた。

 

 『なんとも緩い再会だ』と焰真が苦笑いを浮かべれば、男性は焰真の顔を見た途端に目を見開き、数秒固まる。

 

「お前……」

「お久しぶりです。流魂街以来ですね」

「あの時のガキンチョか! いっちょ前にデカくなりやがって!」

 

 焰真の言葉にニカッと笑みを浮かべる男性―――海燕は、乱雑に焰真の頭を撫でまわし始める。

 その腕をやや強引に引きはがすよう抵抗する焰真は、ギリギリと暫し海燕と取っ組み合うものの、すぐに堪え切れないかのように噴き出した。

 

「ははっ! 俺、ちゃんと死神になってきましたよっ!」

「馬鹿野郎、半人前がなに生意気言ってやがる!」

 

 笑った直後に力が緩んでしまった焰真は、そのまま海燕にヘッドロックを喰らいつつ、彼の言葉に耳を傾ける。

 

「これからも一人前以上の死神目指してやってくんだろうが」

「……はい」

「芥火焰真ぁ! お前を十三番隊は歓迎するぜ」

「ありがとうございますっ!!」

 

 締まらない再会。

 焰真が思っているほど厳かな再会とはならなかったものの、それでよい―――そう思える一時が彼を迎え入れるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一人の少年を迎え入れたのは、希望を掲げる隊。

 

 しかし、だからといって彼の片隅に存在している“絶望”が完全に消え去られる訳ではない。

 

「アァ……ウゥ……アァ……イィ……」

 

 酷く不気味な月明り。

 舞い上がる砂塵が僅かな光さえも遮る世界の中、奴は声を上げていた。

 

「エェ……ンゥ……アァ……」

 

 奏でるのは鎖の音。

 連なる鉄が擦れ合う、囚われていることを示すおどろおどろしい悲鳴であった。

 

「アァークゥータァービィー……エェーンゥーマァー……」

 

 割れた仮面の口で唱える。

 それは心を失ったはずの獣が執着する獲物の名。

 

「アクタビ……エンマ……!」

 

 虚圏。救われなかった魂の居場所―――修羅の世界にて、ディスペイヤーは救いを求めるのであった。

 

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