BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*23 病院では静かに

「おーう、見舞いに来たぞ~い」

「あ、海燕さん……と都さん」

「大丈夫? 焰真くん、お詫びと言ってはなんだけれども菓子折りも持ってきたわ」

 

 場所は綜合救護詰所。何度も世話になったことのある場所にて、ベッドの上に横たわっている焰真の下にやって来たのは彼の直属の上司・海燕と、彼の妻であり十三番隊第三席・志波都だ。

 

 病衣を身に纏う焰真は『ありがとうございます』と都から菓子折りを受け取り、他にも見舞いの品がずらりと置かれている机の上に置く。

 

「それにしても災難だったな。虚に最後っ屁喰らって体調崩すだなんて」

「ごめんなさい……私を庇ってしまったために……」

「いいえ、俺が勝手に前に出ただけですから、そんな……」

 

 頭を下げる都に対し、おずおずと頭を上げるよう促す焰真。

 

 彼が入院に至ったのは、数日前の虚の調査任務が主な理由である。

 ここ最近、流魂街で多くの魂魄を喰らっているという報告が届き、都を頭に調査のための先遣隊が派遣された。

 しかし、途中で件の虚に発見され、交戦に発展。

 斬魄刀を消失させるという非常に厄介な能力を持った虚は、最も実力を有している都の斬魄刀を消し、一時的に優位に立っていた。

 だが、その途中で狂ったように笑った虚が体中から繊維状の物体を放ち、都へ攻撃を仕掛けたものの、身を挺して焰真が防御。

 

 その際虚の繰り出した繊維は、都の代わりに前に出て散々体中に刻まれた焰真の傷口に入った。

 するとどうだろうか。虚は仮面と外殻を残して消失。

 そして攻撃をもろに受けた焰真はというと―――。

 

『あんぎゃあああああ!!?』

 

 全身にひどい筋肉痛、関節痛、そして発熱、倦怠感、吐き気を催すという体調不良のオンパレードが襲い掛かり、耐えかねてその場で絶叫し気絶。

 三日ほど意識が戻らず寝込んでいたものの、つい先日目を覚まして以降は体調不良等などはなく、無事に快方へ向かっている。

 

 四番隊隊長卯ノ花烈の診断によれば、虚の毒によるものとのことだが、十二番隊による精密検査によればその毒はほとんどなくなっているらしい。

 あとは体力が回復するのを待つばかりであるが、できるだけ安静にした方がいいという卯ノ花の勧めにより、一応動ける程度に回復した今も大事をとって入院中という訳だ。

 

 だが、焰真はいいとして虚の行動には疑問が残る。

 

 途中まで優位に立っていた虚が、何を思ってあのような行動をとったのだろうか?

 もしも我が身を犠牲にして放つ最終手段だったとするならば、それにふさわしい地獄のような苦しみを見事焰真に与えた訳であるが、当時現場に居た死神全員には、その虚がそこまで切羽詰まっているようには見えなかった。

 

「まあ、この際しっかり休んでおけよ! 休暇だと思ってな」

「こら、海燕。そんなことを言うものじゃありませんよ」

「っと、悪い悪い。それじゃ、また来るからな」

 

「……はい」

 

 見舞いを終えて去っていく二人の背中を見遣る焰真は、見舞いの品である菓子折りの封を開け、中に入っていた羊羹に齧りつく。

 

(夢の中……もとい精神世界で、俺の斬魄刀っぽい女がその虚を卍固めでシバいてたとかは言わなくていいんだろうな)

 

 始解をできるようになろうと何度も赴いた精神世界。

 そこにいつも佇んでいる己の斬魄刀と思しき女性が、焰真が寝込んでいる三日間、戦っていた件の虚をメッタメタに攻撃するという夢を、焰真は見ていた。

 しかも、夢の中でも彼は真面に動けず横たわっており、そんな中で女と虚が自分を余所に激しく(一方的な)戦いを繰り広げているというのだから、無視して眠れたものでもない。

 

 はたしてあれは本当だったのか、はたまた苦しんでいた自分が見た阿保な夢だったのか、今はまだ分からない。

 内容が内容であるため、他人にそっくりそのまま伝えるというのも憚られる。

 

(十字絞めもしてたとか、言わない方がいいんだろうな)

 

 虚が可哀相になるほど絞め技を極めていた。

 最後は虚の異形の体が元の人間らしき姿に戻り、昇天していったということも追記しておこう。

 

(まあ、なにはともあれ全員生きてたわけだし、結果オーライってことで……)

 

 生死の境目を彷徨った割には落ち着いている焰真は、羊羹をもむもむと貪る。

 甘い物が大好物の焰真にとっては大のごちそう。心も体も安らぐ一時だ。

 

(ああ、これが平穏なひと時ってやつだ―――)

 

「おーう、芥火ィ! 見舞い来てやったぞ!」

「やあ、僕の美貌で身も心も癒してくれてもいいんだよ?」

「焰真ァ! 色々買って来てやったぞぉ!」

 

(平穏は終わっちまった)

 

 残念無念。天国は終焉を迎えた。

 

 一気に騒々しくなる病室。その原因であるのは、一角、弓親、恋次の三人であった。

 見知った顔であるが、病室が似つかわしくない彼らの登場に焰真の表情は、舌に広がる甘味とは違い苦々しいものに変わる。

 

「……ご無沙汰してます、一角さん、弓親さん。恋次、久しぶりだな」

「酒飲むか?」

「いえ、大丈夫っす……」

「虚にやられて入院なんて……ああ、美しくはないね」

「ごもっともです」

「栄養たっぷりなもん買って来てやったぞ、おい! 涙流して喜びやがれ!」

「おう、そうだな。もうしばらく入院する予定だから、生もの……特にこのすっぽんなんかは持って帰ってくれ」

 

 流れるように三人に応対すること十五分。

 酒を勧めたり自分語りする先輩、そして病室に調理しないと食べられないような生ものを持ってきた友人を帰らせ、焰真はふぅと一息。

 

(さて、と……続き食べ―――)

 

「おお焰真! 案外元気そうではないか。なんだ、このたわけめ。心配した私が馬鹿みたいだったな」

 

(られない)

 

 羊羹に口をつけようとした焰真を遮るように現れたのは、これまた大きな菓子折りを携えたルキアであった。

 今日は休日であったのか、女性らしいカワイイデザインの着物を着ている彼女は、はっはっはと高笑いしつつ、遠慮なくベッドに腰かける。

 

「ほれ、私と姉様からの見舞いの品だ」

「ひさ姉から?」

「うむ。実は姉様も一緒に来るつもりだったのだが、少し体調が優れなくてな……」

「体調が? 大丈夫なのか!?」

 

 緋真の体調が優れないと耳にするや否や、上体を起こしてルキアに詰め寄る焰真。

 するとルキアは、沈痛な面持ちで言葉を紡ぐ。

 

「ちょうど昼のことだった……私が好きな白玉あんみつを勧めたら大層気に入ってくれたのだが、少々食べすぎてしまったようで『お腹がいっぱいで動けない』と」

「ちくしょうめ、心配した俺が馬鹿だった」

 

 心配が杞憂に終わり、再びベッドに寝転ぶ焰真。

 実に幸せそうな理由で体調を崩したものだ。その実、焰真を心配した余りに過剰に食べてしまったという背景があるのだが、一回聞くだけではそこまで思い至ることは難しい。

 

 しかし、仮にも己の意識が三日間無かったことを鑑みれば、ルキアを通じて緋真にその事実が伝わっていることは想像できる。そのことで彼女が心配してしまっては……と、案じていた節はあったため、内心ほっとしていた。

 

「はぁ……まあ、とりあえずありがとうって伝えておいてくれ」

「うむ、任せろ」

「って言いながら、俺の見舞いの品を食おうとしてるんじゃねよ」

 

 他人の見舞いの品に手を伸ばすルキアを窘める。

 無遠慮ここに極まれりといった光景。霊術院時代からの仲であるが、年々彼女の無遠慮さは磨きがかかってきているように思える。

 焰真が持ってくる菓子を勝手に食べることは、最近では当たり前になってきた。その所為で食費がかさむことかさむこと。

 

「別にいいけどな……」

「はっはっは。だから時々差し入れを持ってきているだろうに」

 

 そう言うルキアは見舞いの品のまんじゅうに手をつけ、ぱくりと一口。

 

 見舞いの品は多数あるため、独り占めして悪くさせるよりはこうして他人に食べてもらうのもいいだろうと割り切り、『これは旨いな!』と瞳を輝かせるルキアを観察する。

 まんじゅうを食べ終えたルキアは、次にその猫に似た双眸で焰真が食べている羊羹に狙いを定めた。

 

「旨そうだな、その羊羹。一口くれぬか?」

「この羊羹は俺んだァ!! 渡さねえぞ!!」

「なにをぅ!? 一口ぐらいよいではないかっ!!」

「個人的に譲れない一線がここにあるんだよ!!」

 

「あのー、病室なのでお静かに願いたいのですがぁー……」

 

「「あ、すみません」」

 

 騒ぎ過ぎたのか、同期で四番隊に異動した吉良イヅルがにゅっと姿を現し、二人を注意して去っていった。

 注意されて気まずい空気が流れる。100%彼ら自身の自業自得であるのだが、えも言われぬ空気に耐えかねたルキアが、『それではさらばだ……』と気落ちした様子で帰っていく。

 

(さて、今度こそ続きを……)

 

「少しいいかな? 芥火くん」

「はいィ!?」

 

 羊羹に口をつけようとした瞬間に現れた影。

 それは十三番隊に異動する前の直属の上司である藍染だった。しかもどういった訳か、三番隊隊長で糸目が目を引く市丸も居るではないか。

 

「藍染隊長、市丸隊長! お疲れ様です!」

「ああ、病み上がりだろうからベッドに寝たままで結構だよ」

「で、ですが……」

「大丈夫やて。ボクたちがそー言うとるんやから」

「はあ……」

 

 隊長たちにそう言われてしまっては、気が気ではないがベッドに寝たまま話すしかない。

 『ちょうど君の見舞いに来る途中に会ってね』と、焰真と接点のない市丸も来た理由を簡潔に話す藍染は、見舞いの品と思しき箱を机の上に置きつつ、柔和な笑みを浮かべる。

 

「市丸隊長とは、彼が死神になってから……そうだなあ。もう80年くらいの付き合いになるね。入隊の頃から知っている身としては、こうして隊長姿の彼を見ていると感慨深い気持ちになるよ」

「おぉ……!」

 

 焰真にとって隊長とは未だ雲の上の存在。

 そんな隊長の内の一人を、死神としての始まりから知っている藍染の話は非常に気になるものであったが、『なんや、くすぐったいですわぁ』と制止する市丸により、話は強制的に中断される。

 

 そして話は焰真の容態へ。

 

「聞くところによれば、虚の毒を受けたって聞いたよ。大丈夫なのかい?」

「はい。卯ノ花隊長も、精密検査してくれた十二番隊の人たちも大丈夫だって言ってました」

「本当かい? じゃあ、今はどこも悪いところはないんだね」

「おかげさまで」

「……ふむ、そうか」

 

 神妙な面持ちであった藍染は、焰真の答えにフッと笑みを浮かべる。

 

「僕の心配が杞憂のようでよかったよ」

「いえ! わざわざこうして見舞いに来ていただけるだけでも、一隊士としては真に嬉しいって言いますか、その……」

「ははっ。元とは言え、部下だった子が臥している時に心配しない上司はいないさ」

「藍染隊長……」

「君のような熱心で真っすぐな死神は、これからの護廷十三隊に必要な人材さ。そういう意味でも僕は君に期待しているし、早く復帰してもらいたい……そう思っているんだよ」

「……ありがとうございます!」

 

 元上司の温かい言葉に思わず目が潤む焰真は、俊敏な動きでベッドの上で正座してから頭を深々と下げる。

 

「それじゃあ、早く元気になってくれることを心から願っているよ」

「ほなまた」

「ありがとうございました、藍染隊長! 市丸隊長!」

 

 焰真の声は綜合救護詰所に響きわたるほどの大きさであった。

 そのような声を背に受け、病室を後にする二人。

 

 次の瞬間、柔和な笑みを浮かべていた藍染の顔に影が差す。

 そして歩くこと数分、人気のない場所に来たところで市丸が口を開いた。

 

「あらら、悪い顔しとりますわ」

「そうかい?」

「はい。なに企んどるんですか?」

「企んでいるとは人聞きが悪いね」

 

 羽織を翻す藍染は、口角を鋭く吊り上げる。

 

「ただ、霊体融合を喰らっても尚精神に異常をきたしていない……その結果については非常に興味深く思っているだけさ」

「メタスタシアでしたっけ? 失敗作にしてはおもろい能力持ってたんですけどねェ」

「失敗作の一体や二体どうということはないさ。なに……虚化の実験の副産物はまだ居るんだからね」

「ひゃあ、そら怖い」

 

 言葉とは裏腹に感情を面に出さぬ市丸。

 しかし、彼は心のどこかで藍染の研究に無理やり付き合わされようとしている焰真に対して愉快に思う反面、同情の念を抱くのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

(……焰真くん、居るかな?)

 

 ひょこっと病室に顔を覗かせる少女。

 彼女は焰真の見舞いに来た雛森であった。ここ数日、仕事で忙しかったにも拘わらず時間を見つけて見舞いの品を購入し、こうして救護詰所までやって来たのである。

 

「おう、雛森」

「え、焰真くん!!?」

「お、おおう……? なんだ、てっきり見舞いに来てくれたと思って声かけたんだが、違ったか?」

 

 しかし、まさかここまでレスポンスが早いと思っていなかった雛森は焰真の声を耳にするや否や、反射的にビクリと肩が跳ねてしまった。

 

「ううん!! あ、あたたた、あたし、お見舞いに来たんだよ!」

 

 焦り過ぎてどこぞの伝承者のような口調になってしまう雛森。

 そんな彼女に対し苦笑を浮かべる焰真は、『そうか』と彼女の様子を軽く流す。

 

「そうだ! 焰真くん、これ! お見舞い!」

「おお、ありがとうな!」

「じゃ、じゃあ!」

「あ、待てよ雛森」

「ひゃい!?」

 

 見舞いの品を渡すや否や、すぐさま撤退しようとする雛森であったが焰真に制止される。

 ギギギ、と錆び付いた機械のような挙動で雛森が振り返れば、呼び止めた焰真はすぐ傍の机を指さしながら言う。

 

「ちょっと食いモンの差し入れが多くてな……このままじゃ腐らせちまうだろうから、少し一緒に食べてってくれよ」

「え? で、でも……」

「甘いの好きだろ? あ、用事あるんだったら……」

「ううん! 一緒に食べよう!」

「おお……? そ、そうか」

 

 先程までの様子は一体何だったのかと言わんばかりの変わり身の早さ。

 鼻息を荒くし、椅子に腰かける雛森は持ってきた見舞いの品の封を開け、中に入っていた大福を焰真に渡す。

 

「はい、どうぞ!」

「おう、ありがとう」

「じゃあ、あたしも遠慮なく……」

 

 そう言って雛森も大福に齧りつく。事前にリサーチしただけあり、味は保証済みだ。

 もちもちとした皮に素朴な甘みのあんこ。まさしく絶品との言葉がふさわしい甘味に二人は暫し舌鼓を打つ。

 

 もっちゃもっちゃと大福を味わうこと、数分。

 半分ほど食べ進めた焰真が、不意に口を開いた。

 

「なんか……ありがたいよな」

「へ?」

「こんなに色々持ってきてもらってさ」

「あっ……そりゃあ、焰真くんを知ってる人だったらみんな心配するだろうし―――」

「俺を心配してくれる人がこんなにたくさん居るんだって、なんか今は不思議と嬉しい気分だ」

 

 視線を落として呟く焰真に、雛森の視線は彼に釘付けとなる。

 嬉しい―――そう語る彼の横顔は、言葉通り嬉々としているが、どこか落ち着いていた。

 

「俺は隊長や席官の人たちみたいに強くも人望もないと思ってた。でも、俺が思ってたより誰かが俺のこと心配してるんだ、って」

「焰真くん……」

「人のつながりって案外気付けないもんだよなっ! だからさ……もっと頑張ってやろうって改めて思えた」

 

 顔を上げる焰真。彼の瞳には、煌々とした熱意が宿っている。

 そうだ、この瞳だ。雛森はそんな彼の瞳の光に吸い込まれるように視線を向け続けた。

 

「みんな、誰かとつながってる。だから、死んでもいい命なんてねえ。心のどっかで全部救うなんて到底無理とか考えてたけど、これからは全部救う……そういう気概でやってく」

「……うん」

「……って、雛森の前で無席の一隊士が粋がっても仕方ねえよな。悪い―――」

「ううん」

 

 羞恥を誤魔化すように笑みを浮かべようとした焰真であったが、そんな彼に雛森の視線が突き刺さる。

 真摯な眼差しは、彼に偽ることを許さない。

 

「それが焰真くんだもん。とっても素敵な心掛けだと思う」

「お……おう?」

「あたしも応援するからねっ!」

 

 雛森に笑顔が咲く。

 その明るい笑顔に、また別の羞恥を覚えた焰真は布団を手繰り寄せ、顔の下半分を覆って隠す。

 

「ん? どうしたの焰真くん?」

「いや、なんでもない」

「そう……? ほら、まだ大福いっぱいあるよ! 悪くなっちゃう前に食べようよ!」

「そうだなっ。よしっ、早く復帰できるよう腹一杯食って力つけるか」

「その意気だよ、おーっ!」

 

 一気に明るくなる室内で、再び甘味に舌鼓を打つ二人。

 

 そうする間に日は落ちていき、二人の談笑は雛森が帰路につくまで続くのであった。

 


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