BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*24 ”すくう”為の力

「行ったぞ、そっちだ!」

 

 男の怒号が鬱蒼とした林の中に響きわたる。

 閑静としていた林も、複数人の足音によって騒々しくなり、木々にとまっていた鳥たちも一斉に飛び立っていく。

 

「はあっ……はあっ……!」

 

 息を切らして逃げるのは一人の少女。

 黒衣を纏い、刀を腰にぶら下げる大人たちに追われる身である彼女は、その恐怖に顔を強張らせていた。

 何故? 自分が追われている理由が思い浮かぶこともなく、必死に足を動かしていた。

 

 しかし、暗い林の中だ。

 目視できる範囲にも限界があり、なによりも普段は足を踏み入れぬ林の中を突き進んでいた為、足元にあった木の根っこに気が付かず、足を引っ掻けて転がってしまう。

 

「あうっ!」

「はぁ……手間かけさせやがって」

「そう文句言うな。この仕事で涅隊長に報酬もらってるんだ。非力な奴の一人や二人連れてくるくらい、どうってことないだろ」

 

 怯え竦む少女を目の前にし、黒衣を纏う男たちは目の前の人間を捕らえた後にもらえる褒美に笑みを浮かべている。

 子どもながらにそれが下卑たものであると感じた少女は、それでも逃げようと立ち上がったものの、すぐさま男に手を掴まれてしまう。

 

「は、放して!」

「逃がすかよ、く―――」

 

 刹那、少女の腕を掴んでいた男の首が跳ね飛び、鮮血が舞う。

 あまりに突然のことに、顔に返り血を浴びた少女だけではなく、少女を追っていた男たちも呆気にとられる。

 

「な、なんだ……」

「カアイソ、カアイソ」

 

 不気味に響くくぐもった声。

 口を開けたまま喋っているかのような拙い喋り方だ。

 

 そのような声の出どころに気が付いた男たちは、次第に肌に感じるおどろおどろしい霊圧に気がつき、腰に差していた刀―――斬魄刀を抜く。

 

「な、なにやつ!?」

 

「ア゛ハッ」

 

「ぐああっ!?」

「ひ、ひぃいい!?」

 

 目にも留まらぬ速さで動く影が、黒衣を纏う男たちを弄ぶように殺していく。

 時に頭をもぎ取り、時に彼らの腕をへし折り、時に足で踏みつぶし―――。

 

 その蹂躙は一分にも満たぬ間に成し遂げられ、辺りが血の海になった頃、ようやく少女は彼らを惨殺した正体を目の当たりにすることができた。

 

「ほ、虚……」

「セエカイ」

「ひっ……!?」

 

 仮面が少々剥がれている、全身を鎖で拘束された異形の化け物。

 永遠に満たされぬ孔を埋めるべく魂を貪る存在―――虚だ。

 

 『逃げねば』と少女の本能が叫ぶ。だが、けた外れの霊圧が少女を圧しつけ、体の自由を奪っていく。

 それどころが弛緩して膝から崩れ落ちる少女を前に、虚はベタベタと血の尾を足裏から引かせ、一歩、また一歩と近づいてくるではないか。

 

 一メートル、一センチメートル、一ミリメートル……。

 

 眼前。仮面を被った顔が少女に迫れば、仮面が剥がれて僅かに覗く口元が大いに歪んだ。

 

「クインシー、カアイソ、ダ、ネ」

「……えっ」

「ナアン、モ、ワルイ、コト、シテナイ。デモ、シニガミ、サン、クインシー、オソウ。チガウ?」

「し……知らない、よ。他の滅却師が、どうか……なんて」

 

 幼さを感じさせるちぐはぐな喋り方。

 しかし、なんとか理解することができる言葉の並びに、少女は意思疎通ができる僅かな可能性にかけ、必死に言葉を紡ぐ。

 

 すると、虚は満足気にゲラゲラと笑う。

 

「ボク、クインシー、スキ。ダッテ、オイシイ」

 

 思わず息を飲んだ。

 まさか、滅却師を好んで食する嗜好のある虚か。

 そうなれば自分は格好の餌ではないか―――少女は瞬時に理解したのだ。

 

「デモ、クインシー、スクナイ。スクナイ、ナラ、ホゴ。ニンゲン、モ、ソースル、アタリマエ」

「保護……?」

「ボク、クインシー、チ、スキ。トッテモ、オイシイ。オニク、タベナクテモ、イイ」

「つっ……!」

 

 虚は、何を思ったのか少女の指に噛みついた。

 そうすれば僅かに傷がつき、そこから血が滲んでくる。

 それを虚は躊躇なく(ねぶ)った。思わずぞっとする光景。なにより、人間の体温を思わせない冷たい舌が少女を総毛立たせた。

 

「ショッパクテ、アマクテ、ニガイ。アクタビエンマ、ト、チガッテ、チャント、オイシイ」

 

 血を少量舐った虚は、今度は転がる男たち―――死神の死体に腰かけつつ、器用に口だけで死体の四肢を貪る。

 

「ドースル? キミ、チ、クレル?」

「血を……?」

「チ、クレル。ナラ、マモッタゲル」

 

 知性の萌芽が虚には訪れていた。

 

 そしてそれは、悪魔の取引にも近い。

 

 少女―――死神に監視される滅却師である彼女は、そんな悪魔の取引に応じた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「見回り強化……っすか」

「そうそう! 最近流魂街で虚の出現多いって話じゃない? だからさ、気を引き締めて行こう的な」

 

 湯呑片手に先輩である虎徹清音の話を聞く焰真は、最近の虚出現数の増加に鑑み、流魂街の見回りを強化するという瀞霊廷の方針にうんうんと頷いていた。

 するとそこへ、もっさりとした頭の男性が駆け寄ってくる。

 

「なあに気ぃ抜けた言い方しやがってんだ! 芥火、いいか! こんなちゃらんぽらんな猿女の言葉なんざ鵜呑みにするなよ!? 話はもっと厳格にだな―――」

「私の話に横槍入れるな、このあご髭猿! 折角、緊張ほぐしてあげようとやんわりとした感じに言い直したってのに、あんたってのは!」

 

 現れたのは、同じく焰真の先輩である小椿仙太郎。

 ねじり鉢巻きがトレードマークの熱血漢だ。

 ちなみに、すぐ近くに居る清音とは犬猿の仲であり、

 

「ふんっ、てめえの言い方じゃあどんな任務でもアホでもできるモンだって勘違いされるだろうよ!」

「なにぃ!?」

「やんのか!?」

 

「そこまでにしろっての、ったく……」

 

 取っ組み合っていた二人の頭頂部に手刀を落として現れる海燕。

 彼が窘めたことにより、一触即発の空気はなんとか緩和する。もっとも、このような空気などいつものことであるのだが、それはさておき。

 

「まあ、そんな感じだ。報告じゃ流魂街に出向いた十二番隊の奴らが何人か虚にやられたって、ちょっとピリピリはしてるな」

「それにしても、虚の大量発生なんて普通あるんですか?」

「ん~、たまに何体も連続して出るってことはあるが、ここまで顕著に出現数が増えてるのは俺の経験上ねえな」

「……そうですか」

「……おい、なんだその目は」

「いや、海燕さんが言うと説得力に欠けるというかなんというか」

「おい、どーいう意味だテメェ……!?」

 

 喧嘩腰という訳ではないが、海燕の経験則にやや信頼を置いていない様子の焰真に、海燕は青筋を立てる。

 焰真も十三番隊に来て数年になるが、最近海燕に対して無遠慮だ。

 無論、公私は混同していないが、それにしても遠慮ない物言いにカチンとくることはある。

 

「まあまあ、海燕」

 

 そこへ響く穏やかな声。

 振り向けば、そこには都が佇んでいる。

 

「私もそれなりに死神としては長い方だと自負しているけれども、少し気にかかる程度には報告数が多いわ。これから見回りに行くのでしょう? どうか気を付けて」

「都さんがそう言うなら、たぶんそうなんでしょうね」

「テメェいい加減シバくぞ、コラ」

 

 都の言葉は迷うことなく信じる焰真の態度に、流石の海燕も堪忍袋の緒が切れる一歩寸前だ。

 そのような上司に対して『冗談ですから』とさらっと宥める焰真は、湯呑の中の茶を飲み干して立ち上がる。

 

「さて、俺はそろそろ帰ります」

「お? 今日は朽木と……って、あいつは休みだったんだな。確か……」

「墓参りですよ」

 

 パンパンと袴の臀部部分をはたく焰真は、無感情な表情で言い放つ。

 

「戌吊。そこ出身ですから、遠いし今日の内から準備らしいです」

「……そうか」

 

 バツの悪そうな顔で頭を掻く海燕。

 ルキアの肉親は緋真だ。しかし、流魂街というほとんどが知らない者同士が暮らしているコミュニティの中では、地区それぞれで共同体を作って生活する。その中で家族と呼ぶほど親密な間柄になる人間は居るだろう。

 

 ルキアにも居た。だが、死んだ。それだけの話である。

 

「十一番隊の阿散井恋次ってのと行く予定ですね」

「そうなのか? なんでお前が知ってるんだ?」

「知ってるもなにも、墓参り勧めたの俺ですから」

「そうか……」

「俺は心配要りませんよ」

 

 『お前はどうなんだ?』と言わんばかりの海燕の視線に、さらりと答えた焰真。

 彼にとって家族だったのは緋真だ。そんな彼女も今はめでたく嫁入りして、あまつさえ実の妹と幸せに暮らしている。

 

「俺は明日の見回りに向けて早めに寝ることにしますよ、っと」

「おう、そうか。寝小便漏らすなよ」

「それじゃあ、都さん、清音さん、仙太郎さん。お先失礼します」

「……冗談の一つくらい反応してくれてもいいじゃねえか」

「その冗談もう十回以上言われてるんで、正直ちょっと面倒と言いますか」

「それは俺が悪かったな。スマン」

 

 面倒くさい上司の典型例になりかけていたことを示唆された海燕は、すぐさま頭を垂れて謝罪する。

 こういう潔さもまた彼の良いところ。しかし、その前に色々と面倒な真似をしていたため、プラマイゼロである。

 

 そのような愉快な職場の者達と別れ、焰真は一人帰路につく。

 

(そう言えば、俺の見回り区域もそっち方面(南流魂街)だったな……ばったり会うかもしれないな)

 

 何の気なしに二人の友人のことを想う。

 焰真は彼らが死神になって以来疎遠になったことを案じ、今回の墓参りを提案した。

 一度遠回りしてしまったものの、彼らは“家族”だったのだ。ならば、たまには家族水入らずに過ごせる時間というのも必要だろう。

 その場として、かつての“家族”の墓参りはもってこいだったという訳だ。

 

(まあ、出くわしたら挨拶するぐらいするか)

 

 軽く、明日彼らに出会った時のことを想像する焰真。

 

 だがこの時は、明日如何なる場面で彼らと出会うかはまったく予想できなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 花を供える。

 

 その行為に何の意味があるか、二人―――ルキアと恋次は深く考えたことはない。

 幾ら綺麗な花を供えたところで、死んだ人間が感想を述べてくれる訳はない。

 それでも人は先に逝った者達へ花を供える。それがいつか枯れるとしてもだ。

 

「……随分、遅くなってしまった。済まぬ」

「まったくだぜ。赤の他人に言われるまで来ねえなんざ、俺たちも薄情者だな」

「違いない」

 

 恋次の言葉にフッと笑うルキアは、高所に吹き渡る涼やかな風で花びらが揺れるのを見遣った後、空を見上げた。

 

 あの頃のままの空。

 子ども五人だけで必死に暮らしていた時代を想うと、途端に胸が締め付けられるように苦しくなる。

 

「……誓い通り、死神になったな」

「ああ」

「見立て通り、食い物も腹一杯食えるし、安心して眠ることのできる寝床もある。だが、何故だろうな……『あの頃に戻れるなら』と、時折思ってしまうのだ」

「へっ、女らしく未練たらたらじゃあねえか」

「むっ……おなごが感傷的になっているというのに、なんだその言い草は! 気の利くことの一つも言えぬのか!?」

「言うつもりゃあねえよ!」

「なにィ!?」

 

 ガルルと歯をむき出しにする二人は、額をぶつけ合わせ、閑静な丘の上に鈍い音を響かせた。

 暫し睨み合う二人。

 だが、我慢できなくなったようにルキアがプッと噴き出した。

 

「ふふっ、変わらぬな」

「お互い様だろ」

「……これは私の独り言だ」

「はあ?」

「……どうか、そのまま変わらないでくれ。そうしてくれるだけで、恋次……お前は私にとって心の拠り所なのだ」

「っ……!」

 

 踵を返し、崖の先を見渡しながら呟くルキア。

 その後ろ姿は、どうしてかな。ひどく美しく、遠い存在のように見えてしまう。

 だが現に目の前に居る。手を伸ばして振り向かせれば、それだけで“星”を望むことを―――手にすることもできるだろう。

 

―――変わらないなんて嘘だ。あの頃とは何もかもが変わっている。

 

 恋次の指がピクリと動く。

 

―――何もかもが変わってしまったならば、いっそ。

 

 ごくりと生唾を飲み、喉を湿らす。

 

―――本当の家族に変わろうか?

 

 そんな言葉が脳裏に過った。

 

 

 

 ***

 

 

 

(―――って、言える訳ぁねえだろ! そんなキザってェ言葉!!)

 

 二人して並ぶ帰り道、半歩下がってルキアに付いて行く恋次は、あと少しで口にしそうであった言葉を脳内で反芻し、その度に顔を髪色の如く赤く染めていく。

 

 元々が流魂街出身だとは言え、今は五大貴族の一人。

 万に一つでも流魂街出身のままの自分と結ばれる身分ではない。

 しかし……しかしだ。子どもの時、他の三人が鼻の下を伸ばしていることを窘めつつ、自分もまた夢想していたルキアと結ばれる光景が、時折脳裏に過るのである。

 

 しかし、でも、だが……。

 

 色々と考えている内に、体をグネグネとうねらせる様はひどく不気味であったのか、得体のしれないものでも見るかの如き瞳を向けてくるルキアが口を開いた。

 

「何をしているのだ……? そんな気色の悪い体操みたいなことをしおってからに。気でも触れたか?」

「う、うるせえ! おめェがチビで歩幅が小せぇから、合わせる俺にしちゃイライラが募って仕方ねえんだよ!!」

「ほう……!? 言ったな。では、このまま瀞霊廷まで瞬歩で競争と行こうではないか……!」

「望むところだ……途中で転んでも知らねえぞ!」

「貴様こそ、いつまでもあの頃の私だと思ったら大間違いだっ! ゆくぞッ!!」

 

 シュッ! と消える二人の姿。

 

 折角であれば、ゆっくりと歩いた方が二人の時間を長くとれるだろうに―――そのような思考を巡らせることは、この時の恋次の頭にはなかった。悲しいかな。

 

 そうして周囲の景色が線と化すほどの速度で駆ける二人であったが、不意に肌に張り付く粘着質な霊圧に、ピタリと足を止める。

 

「なんだ、この霊圧は……?」

「虚? それにしちゃあ……」

 

 かなり強大な霊圧。しかし、虚と言い切るには少々違う。

 形容し難い霊圧の感じに、思わず冷や汗を流す二人であったが、ふと霊圧の動きに顔を見上げた。

 

「!? こっちに来るぞ!」

「まずい……斬魄刀もない今では、これほどの虚を相手取るには」

「ちっ! 退くぞ!」

 

 焦燥に満ちた声音で撤退を口にする恋次に、ルキアもすぐさま踵を返す。

 鬼道で連絡するにも、どこに見回りの死神が居るのかさえ分からない。だが、これだけ強大な霊圧だ。瀞霊廷が捕捉していないとは考えられない。

 彼らが応援を寄越すまで、どうにか逃げなければ―――その一心で足を踏み出した瞬間。

 

「ア゛ッ」

 

 二人の目の前に、血の尾を引いている影が現れる。

 

(こいつ……!)

 

 その姿に恋次は見覚えがあった。

 次の瞬間、虚の口が大きく歪んだのを目の当たりにした恋次は、呆気に取られているルキアを庇うように前に出た。

 

 記憶通りであれば、この虚は霊体に寄生した後に融合して、破裂。そして再び虚となって元に戻る能力を有していた。

 それをルキアが知っているかは分からない。

 だが、その能力を目の当たりにした恋次だからこそ、どう対応するか迷っている彼女よりも真っ先に―――そして反射的に体が動いた。

 

 “家族”を護るために、身を挺したのだ。

 

劫火(ごうか)―――」

 

 しかし、不意に響く声。

 

 二人は気が付かなかった。澱んだ海の如く濁った霊圧を真っ先に感じたが故、洗練された清らかな霊圧を。

 ルキアを庇う為に、虚に背を向けていた恋次でさえ気が付くほどの光力。

 薄暗い林の中を真っ白に染め上げる光―――否、炎は迸る。

 

大炮(たいほう)ォ!!」

 

 木々の合間を縫って放たれた一本の矢にも似た光線。

 それは途中、五芒星の如く花開いたではないか。

 “点”よりも確実に攻撃範囲が広くなった“面”での攻撃は、見事虚に着弾して燃え上がる。

 

「な、なんだ一体……?」

「ルキア! 恋次!」

 

 その一連の流れを眺めていたルキアが茫然と立ち尽くして居れば、青白い炎の尾を引く人影が現れた。

 

「貴様……焰真! なのか……?」

 

 思わず瞠目してしまう。

 一見、普段通りの焰真に見えるが、凝視してみれば頭頂部辺りの髪の毛が老人の如く白く染まっているではないか。

 なにより、普段の任務では見たことがないほどに斬魄刀から青白い炎を迸らせている。

 

 そのほかにも色々と疑問が湧くものの、二人の問答を許さぬかのように、焰真は左腕に抱えていたものをルキアたちに放り投げた。

 危なげにルキアが受け取ったのは、年端も行かない少女。

 どこか具合でも悪いのか、顔色は優れない。

 

「回道! できるだろ!? 頼んだ!」

「なにっ!?」

「俺は……っ!」

 

 焰真の言葉を遮るように、依然として体に炎が纏わりついたまま、焰真に跳びかかった虚。

 

「ツヨク、ナタネ!! ネ゛!! アクタビエンマ!! ネ゛ッ!!」

「俺はこいつを相手する!!」

 

 襲い掛かる虚を、炎を纏う斬魄刀で一蹴する焰真はそう叫んだ。

 

 その言葉に脳裏を過る様々な疑問を押し込め、勢いよく翻って逃げ出す二人。

 回道で治療するにも、虚と戦っている場所でなどできるはずもない。焰真を一人にしてしまうのは心苦しいが、逆にその場に留まって彼の邪魔になるのも不本意だ。

 

 故に駆け出す。彼の無事を祈り。

 

「ハァ゛ッ!!」

「うおおっ!!」

 

 凄まじい膂力を誇る虚の攻撃をいなす焰真は、一旦距離をとるように飛びのいた。

 その間、虚は自分の体を縛る鎖を壊さんと暴れる。

 腕を大きく振るい、何度も何度も―――。

 そうしている内に、炎に炙られた所為か白く染まっていた鎖を、虚はなんと腕力で千切ってみせたではないか。

 

「ハァ゛~~~……!」

 

 解放感に酔い痴れる虚。

 胴体を縛っていた鎖は無残に砕け散り、虚の体を縛るものは何一つなくなる。

 首と手首、そして足首に残る枷から伸びる鎖が名残だ。

 

 囚われていた魂が、徐々に解放されていく。

 

「アァ、ジャマ!! コレ、モ、ジャマ゛ァ!!!」

「っ……!?」

 

 自由になった手で、虚は自分の顔を覆っている仮面に指を突き立てた。

 そのまま仮面の縦の中心線に沿って突き立てられた指は、ビキビキと乾いた音を響かせつつ、仮面を左右へ引き剥がしていく。

 

 仮面は虚の象徴。

 それを虚自ら剥がすことはなにを意味するのかを、この時の焰真は何一つ知らなかった。

 その虚―――ディスペイヤーがただの整の魂魄だけではなく、死神や虚、そして滅却師をも取り込んできた特異な個体であったことも。

 

 剥がれていく仮面。次の瞬間、ディスペイヤーの孔から禍々しい黒い霊圧が噴き出した。

 それはディスペイヤーの体を包み込んでいく。

 

 そして果たされたのは、羽化。

 

「―――ああ、邪魔な仮面もなくなってスッキリ。そう思わない? アクタビエンマ」

「っ!」

 

 現れたのは白亜のヒト。

 髪も肌も、全てが白い。仮面もなくなっていることから、辛うじて胸の中央に穿たれた孔と鎖をぶら下げる枷が、彼が虚であったことを示す証拠だ。

 妖しい空気を漂わせる男とも女ともとれぬ中性的な外見のディスペイヤーは、犬歯だけのギザギザな歯をこれでもかと見せつけんばかりに笑ってみせ、焰真に振り返る。

 

「ねえ?」

「……虚って仮面とったら皆そうなるのか?」

「さあ? でも、この孔見たらわかるでしょ」

「……それもそうだな」

 

 斬魄刀を構えなおす焰真。

 暗に自分は虚だという、ほとんど人間然とした姿のディスペイヤーを前に、今一度斬魄刀に霊圧を集中させる。

 

「―――人も、死神も、滅却師も、虚も……皆救ってみせる。撤回するつもりはねえよ」

「……そっか。く、くくく……アハハハハ!! ボク、貴方のことが好きだよ、アクタビエンマ!! じゃあ、ボクも救ってくれるのぉ!!?」

「ああ」

 

 ハッと鼻で笑い飛ばせば、一層炎の勢いは強まり、周囲に満ちている虚の穢れた霊圧を浄化していく。

 

 

 

「その為の力だ。そうだろ……―――『煉華(れんげ)』」

 

 

 

 応えるように斬魄刀―――煉華は青白い炎を迸らせる。

 




オマケ 開花



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