BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*25 BLESS

 時は、焰真がルキアたちと合流する少し前に遡る。

 

 焰真は同僚の死神と共に流魂街の見回りに準じていた。

 しかしその途中、ちらちらと自分たちの方を見つめてくる少女を見つける。年端も行かないような少女だ。何も恐れる理由はないと、挨拶でもしようかと一歩前に出た時であった―――ディスペイヤーが襲い掛かってきたのは。

 

「ア゛ハハッ!! ヒサシブリ、アクタビエンマ!」

「俺の名前を……!?」

 

 確実に以前会った時よりも知能、そして霊圧が上昇した様子のディスペイヤーに、焰真は歯噛みした。

 自分たち程度ではどうしようとも太刀打ちできない相手に遭遇してしまった、と。

 しかし、諦めていては状況が好転するはずもない。

 焰真は一縷の望みとして、伝令神機を通して応援を呼ぶことを同僚に任せ、一人ディスペイヤーに立ち向かった。

 

 だが、現実は甘くはない。

 

「クソっ!」

「ヘナチョコ」

「好き勝手言いやがって……」

 

 ディスペイヤーの蹴りを何とかいなすも、その衝撃で全身が痺れる感覚を覚える。

 その後も弄ばれるように攻撃の嵐が焰真を襲い掛かった。

 それらを持てる全ての力を出し尽くし、命だけはとられまいと抵抗する焰真であったが、とうとうディスペイヤーの一撃を腹部にもらい、前のめりに崩れ落ちてしまう。

 

「がっ……!?」

「ヨワッ、ヨワッ」

「づっ!」

 

 頭に足を乗せられ、身動きをとることも許されなくなる。

 

 その間、焰真の視界の端に映ったのは怯えた様子の少女。

 これほどの戦闘を見ても逃げ出さぬのはよほど胆力があるか、はたまた恐怖で動けないかのどちらか。

 しかし、この場に居ては危険であることに変わりはない。

 なんとか彼女をこの場から逃がさなければと思考を巡らせている時、少女にディスペイヤーが振り返り、剥がれた仮面の部分から覗く口に弧を描く。

 

「キテ」

「え……?」

「ホラホラ」

 

 ディスペイヤーに促され、焰真の前にやってくる少女。

 すると少女が渡されたのは、焰真の斬魄刀であった。器用に足を使ってそれを少女に渡したディスペイヤーはというと、実に楽しげに笑い始める。

 

「コロシチャエ」

「ころ……!?」

「デキナイ? コロサナイ、ト、コロサレル、ヨ?」

「っ……!」

 

 息を飲む少女を前にして、ディスペイヤーはゲラゲラ笑い続ける。

 その間、焰真は呑み込めぬ状況を前に瞠目するばかり。

 

 だが、そのような焰真を察したのか、頭に乗せる足の力を強めてディスペイヤーが語りかけてくる。

 

「コノ、コ、クインシー」

「クインシー……だと……?」

 

 滅却師。

 一度現世にて滅却師を自称する少女と出会った焰真は、一度藍染にそれとなく詳細を聞いてみた。

 すると聞くことができたのは、死神との対立。

 そのチカラが世界の崩壊を招く、きわめてデリケートなものだということ。

 そして対立の先に戦争を経て、滅却師が滅びの一途を辿ったことだ。

 今も尚現世には数少ない滅却師が生きていることは聞いていたが、彼らも死ねばこうして尸魂界にやってくるのは自明の理。

 しかし、一目見て滅却師だとわかることなどできようはずもない。

 

 だからこそ、人生で二度目に見る滅却師の姿に多少の驚きは禁じ得ない―――が、滅却師が虚と手を組んでいるような光景には驚愕せざるを得ないだろう。

 

「ソ。シニガミ、サン、クインシー、ヒドイコト、スル? チガウ?」

「知るか……戦争は終わったんだろ!? だったら、死神が滅却師を狙う理由なんて……」

「デモ、コノ、コ、オソワレタ。ソレ、ホント」

「なにっ……!?」

 

 死神が滅却師を襲った旨をディスペイヤーが口にしたため、焰真が確かめるような視線を滅却師の少女に向ければ、うつ伏せ気味の少女が緩慢に頷く。

 その挙動に驚きと得も言われぬ喪失感を覚えていれば、焰真の顔を覗き込んでくるディスペイヤー。

 

「ソレ、ナンテイウカ、シッテル?」

「……」

「“シツボー”。チガウ?」

「っ……!」

 

 認めたくないと言わんばかりに瞼を閉じれば、ディスペイヤーは再びゲラゲラ笑いだす。

 失望。自らが属する組織への懐疑心が生まれなかったと言えば嘘だ。護廷十三隊は清廉潔白な組織。

 心の底でそう信じていた。所詮は人間の集まりだというのに、一点の穢れもない組織だと。

 

「シツボー、シタデショ?」

「うるせえ……」

「ゼツボー、シタデショ?」

「うるせえっ!」

「ハア゛ッ♪」

「が、あっ……!?」

 

 焰真の頭を押し付ける足の力が強まり、骨の軋む音が周囲に響き渡る。

 あと少し強まれば脳の中身がぶちまけられそうだ。

 そのような痛みの中、辛うじて意識を保とうとする焰真は、凄惨な光景を前に目を逸らす滅却師の方に目を遣った。

 

「だったら……」

 

 力を振り絞って抵抗する焰真の指が地面を抉る。

 

「滅却師も……救う」

「え?」

 

 澱みのない澄んだ瞳が焰真を見つめる。

 

「俺は、滅却師の因縁がどうだとか知っても、実際体験した訳じゃねえから思うところはあっても……敵意なんか持ってねえよ」

「ヘー」

「なら……俺は死神だっ……死神なら……救うんだよ……」

「ナーニーヲー?」

「人を……魂をだよっ!!」

 

 それはまさしく魂の叫び。

 彼の感情の起伏に呼応し、霊圧が跳ね上がる。

 

 しかし、

 

「キレイゴト」

「あ゛っ……!?」

 

 踏みつける力が弱まった代わりに、焰真はディスペイヤーに蹴り飛ばされる。

 そのままディスペイヤーは下卑た笑みを浮かべつつ、一歩、また一歩と近づいてきた。

 

「ナニ、モ、スクエナイ。アクタビエンマ。ナニ、モ、スクワレナイ、ボク、ハ」

「もう……もういいよっ!!」

「ア?」

 

 だが、二人の間に割って入る影が一つ。

 

「もう、いいから……この死神さんを虐めないで……!」

 

 恐怖に体も声も震わせ、涙を流す滅却師の少女だ。未だに焰真の斬魄刀を手に持つ彼女は、その切っ先をディスペイヤーに向けながら立ちふさがった。

 

「この死神さんは違うから……だから!」

「ソレ、ケーヤク、ハキ?」

「え?」

「ケーヤク、ハキ。ツマリ……ボク、キミ、タベテイイ。ソユコト」

 

 ディスペイヤーの口から、ズリズリと鎖が吐き出される。

 その鎖には無数の口腔。それらがガチガチと歯を鳴らし、目の前の少女を旨そうだと舌なめずりまでする始末。

 

「あっ……あっ……」

 

 最早滅却師の少女は恐怖のあまり動けない。

 手に携えていた斬魄刀も落とし、その場に尻もちをつくように倒れてしまった。

 その光景に、蹴られて転がっていた焰真も必死に立ち上がり、滅却師の少女の下へ駆けだす。

 

「逃げろっ!!!」

「死神さ―――」

 

 手を伸ばす二人。

 だが、涙を零す滅却師の少女の胸に、ディスペイヤーの吐き出した鎖が穿たれる。

 次の瞬間、滅却師の少女は意識を失うように瞳を閉じた。

 

 灯火が―――命の灯火が消えていく。そのような冷たい悪寒が焰真の全身に駆け巡る。

 

『―――戦いには二つある』

 

 ふと、浮竹の言葉が脳裏を過った。

 

『我々は戦いに身を置く限り、それらを見極めなければならない』

 

 地面に倒れ込む滅却師の少女を抱えつつ、斬魄刀も拾い上げる。

 

『命を守る戦いと』

 

 刃を鎖に突き立て、鎖を断ち切ろうとするもそれは叶わない。

 

『誇りを守る戦いだ』

 

 目の前に迫る虚は今にも少女の命を絶たんとしているにも拘わらず―――。

 

(命を守る戦い? 誇りを守る戦い? そんなの……そんなの……!!)

 

 刹那、焰真の霊圧が急激に上昇する。

 それこそ、刀身から迸る青白い炎が全てを―――世界を灼き尽くさんとする劫火の如く。

 

「全部守るって決めたんだよ!!! 人も、死神も、滅却師も、虚もだっ!!!」

「ッ……!!?」

 

 迸る炎がとうとう鎖を焼き切った。

 しかし、それにとどまらず炎は少女の胸に繋がっている鎖を全て滅す。

 

「命を守るのが……救いが!!! 俺の誇りだあああッ!!!!!」

 

 世界が漂白されたように、白に侵されていく。

 

 

 

 

 

『―――よく言ったわね』

 

 

 

 

 

 聞き慣れた声が、焰真の脳に響く。

 時が止まったようにゆっくりとなった世界の中で振り向けば、オッドアイで九十九髪の女が柔和な笑みを浮かべている姿が目に入る。

 すると彼女は、やおら焰真とつながる自身の影に視線を向け、口を開いた。

 

『貴方も、そろそろいいでしょう?』

『……ああ』

 

 影は応える。

 

 その瞬間、焰真の頭頂部は老爺の如き九十九髪へと染まった。

 同時に焰真は全身に熱が奔ったかのような感覚を覚える。まるで、全身に通る血管が沸騰したかのような灼さだ。

 それからのことだった。彼の霊圧が膨れ上がったのは。

 

『今こそ伝えるわ』

『名を』

 

 女の手が焰真の肩にそっと添えられる。

 不思議と二人に肩に触れられるような感覚だった。

 しかし、じんわりと伝わる熱はとても安心できる。故に振り返らない。

 

『畏れないで』

『私たちが付いている』

『どうか覚えておいて』

『その畏れを切り開くのは、お前自身の勇気なのだと』

 

 一層、斬魄刀の輝きが増す。

 そして焰真は、青と赤の取巻きが巻かれる柄を強く……強く握った。

 

『退けば老いるぞ!!』

『臆せば死すぞ!!』

『叫べ!!』

『我等の名を―――』

 

 

 

「浄めろ―――『煉華(れんげ)』!!!」

 

 

 

 

「オ゛……アァ!?」

 

 余りの勢いを有す炎がディスペイヤーに襲い掛かり、堪らず飛び下がる。

 その瞬間、視界を覆い尽くしていた青白い炎が一閃され切り開かれ、斬魄刀―――『煉華』を携えた焰真が姿を露わにした。

 

 間髪を入れず刀身に炎を纏わせた焰真は、そのまま横薙ぎに振るう。

 

劫火大炮(ごうかたいほう)ォ!!」

「ッ!」

 

 矢の如く放たれた鋭い炎は、途中にて五芒星の形に花開き、面積を広げた上でディスペイヤーに着弾する。

 

「ア゛……ハハァ!! ツヨク、ナタネ! アクタビエンマ! キュー、ニ、ツヨク、ナタネェ!!」

 

 その直撃を受けても尚、辛うじて耐え切ったディスペイヤーは先程とは一転、逃げに回る。

 

「待てっ!」

 

 少女を抱きかかえる焰真は、そのまま放っておくわけにはいかないと、少女を抱えたままディスペイヤーの追撃に移る。

 

「っ!?」

「ハヤ! ハヤ!」

 

 瞬歩してディスペイヤーに詰め寄れば、あまりの速さに相手だけではなく焰真自身も驚く。

 その間もなく煉華を振るえば、これまた特大の炎が解き放たれる。

 それを虚独自の高速移動で回避するディスペイヤーであるが、よほどその攻撃を受けたくないのか、必死に逃げ回っていた。

 

 しかし、途中急旋回したかと思えば、口腔に赤黒い霊圧を収束し始める。

 

虚閃(セロ)か!)

 

 本来、大虚が使う攻撃。

 それを一介の虚が使うことが驚きであったが、ディスペイヤーの霊圧を考えればさして不思議でもないと言える。

 教本の挿絵でしか見たことのない攻撃を前に瞠目する焰真であったが、体は自然と防御の姿勢を取っていく。

 自身の体にあちこちついている血を少し舐め取り、それを刀身に吹きかける。すると、血を種火とした青白い炎は、焰真と少女を守るようドーム状に形成された。

 

「灯篭流し!!」

「セ、ロォ!!」

 

 完全に炎が焰真たちを覆った瞬間、ディスペイヤーの虚閃が放たれる。

 周囲を赤黒く照らしあげる負の霊圧は、真っすぐ焰真たちを貫かんと青白い炎に激突したが、炎は霧散することなく寧ろ虚閃を弾いて見せた。

 

 通常であれば防御の能力などない炎だが、血を媒介とすることで並の虚の攻撃であれば完全に防げる程度の堅さを有すようになる炎で身を守る技―――“灯篭流し”。ドーム状に形成することで、単に防御するだけではなく受け流すことも可能な比較的有能な技だ。

 

 それこそ、始解した今であれば虚閃を防げるほどに。

 

「ア゛ハハ! セロ、シッパイ! ガンバッテ、ツカエル、ヨニ、ナタノニ!」

 

 特大の一発を防がれたディスペイヤーは寧ろ笑っている。

 そして颯爽と翻り、焰真から逃げるように去っていくではないか。

 

「待て!」

 

 ディスペイヤーを逃がせば、また無辜の民が犠牲になる。

 その確信ともう一つ、ディスペイヤーを早々に斬魄刀で斬り伏せなければならないという使命感が、焰真を駆り立てていた。

 虚は斬魄刀で斬られることで、虚になってからの罪を洗い流すことができる。そうして虚は整へと戻り、尸魂界に行くことができるようになり、生前大罪を犯したのであれば地獄に引き摺り落とされることとなるのは既知の事実。

 

 ディスペイヤーが生前どのような者であったかなど知る由もない。

 しかし、彼を狂気足らしめているのは紛れもなく、虚として心を失ったが故。

 ならば、虚としてのディスペイヤーを倒し、ただの魂魄として昇華させることがなによりの救いだろう。

 

 故に焰真は駆ける。

 

 その青白い炎の尾を引かせる彼の姿は、夜空に流れる星に似ていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そうして彼らは刃を交えている。

 その内にルキアたちと遭遇し、滅却師の少女を託した後は、仮面が完全に剥がれてヒトの姿を為しているディスペイヤーと一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

「ふふっ!」

 

 実に楽しそうにしているディスペイヤーは、手首の枷から伸びる鎖をグルグルと回し始める。

 暫くすると、風を切る音を鳴らす鎖に赤黒い霊圧が纏わりついていく。

 その光景に脳が警鐘を鳴らし始めた焰真は、すぐさま身をかがめ、回る鎖の射線上から逃れる。

 

 次の瞬間、円を描いていた鎖からは虚閃にも似た霊圧が周囲に解き放たれ、生い茂っていた木々の群れを斬り倒した。

 

「アッハァ、避けられちゃった♪」

「野郎……!」

 

 戦いを楽しんでいるディスペイヤーに、焰真は歯噛みする。

 先程とは一変、仮面が剥がれて姿を変えたディスペイヤーは、隊長格にも匹敵する霊圧になった焰真と互角以上の戦いを繰り広げていた。

 

 なにより、蹴りと噛みつきを主体としていた虚形態から、鎖を振り回すというトリッキーな戦法になったことで対処に遅れていたのだ。

 

「劫火大炮!」

「虚閃!」

 

 距離を取り、再び大文字の如き炎を解き放つ焰真であったが、それに対抗してディスペイヤーは指から虚閃を放つ。

 二つの攻撃は宙で激突し、辺りを震わせるほどの爆発を起こした。

 

 そうして視界が光に呑み込まれた次の瞬間、二人はほぼ同じタイミングで肉迫し、各々の武器を振るう。

 鍔迫り合いに発展し、両者はギリギリと睨み合う。

 

「キミとボクは似た者同士だね」

「なに?」

「人で、死神で、滅却師で、虚で……」

「どういう意味だ? 俺は滅却師でも虚でもねえ……!」

「そう。まあ、自分じゃわからないことなんて人生山ほどあるよね」

「なにを……」

 

 意味深な言葉に焰真は眉をしかめる。

 

「キミを味見したボクだから分かるよ。キミの味……限りなく滅却師だけど滅却師じゃない。それでいて、限りなく虚だけど虚じゃない、とても不思議な味だったんだ」

「気のせいじゃねえのか」

「気のせいじゃないよ。キミのそのゲロ不味い味……少し癖になって、あの後何度も似たような魂魄たくさん食べたんだ! でも、全部違う。全然違う。根本が違う」

 

 ガキン! と甲高い音を鳴らし、両者は一歩下がる。

 焰真は煉華を。

 ディスペイヤーは鎖を張らせるように構えている。

 

「だからボク、思ったんだ。キミのその炎……滅却師なのに滅却師じゃなくて、虚なのに虚じゃなくて、それでいて死神だからそういうチカラなんだって」

「つまり何が言いたいんだ?」

「虚の霊圧を滅却するチカラ……浄化とも言えるよね」

「なんだと?」

「だからボクは中途半端に浄化されてこうなった。仮面もご覧の通り」

 

 自分の顔を愛おしそうに指でなぞるディスペイヤーはそう分析した。

 

「気分もハレバレ。こうなった所為かちょっと食欲も冷めちゃったけど、でも今はね……キミと戦うのが楽しいのっ!!」

「っ!!」

 

 狂気的な笑みを浮かべ、瞬時に焰真に詰め寄ったディスペイヤーが吼える。

 辛うじて直前で鎖での一閃を受け止める焰真であったが、格段に上昇した膂力を前に、やや押され気味だ。

 

「初めて! 初めてキミと会った時ね! 初めて喰えなかった相手がキミだったの! その時ね! イライラとかムカムカとか色々あったけど、嬉しくなったの! なんで? なんでかわかる!?」

「知るか……よっ!」

 

 煉華を振るい、ディスペイヤーを離す焰真。

 しかし、華麗に後方へ飛びのいたディスペイヤーは鎖を振るい、焰真の腕に絡めさせ、そのまま彼の体を腕ごと振り回す。

 そして鎖が離れた時、焰真は地面にたたきつけられた。並の死神であれば瀕死になるであろう攻撃。舞い上がる砂塵と森の中に轟く地響きが、今の一撃の苛烈さを表している。

 

「破道の……三十二」

「んんっ?」

「『黄火閃(おうかせん)』!!」

 

 砂塵を貫くように放たれる霊圧の光線がディスペイヤーを襲う……が、片手で防がれてしまう。

 そうして露わになる焰真の姿。彼が身に纏う黒衣は、砂や血、泥で薄汚れてしまっている。

 長時間の戦闘で血も大分失われてしまったのか、顔色もあまりよくはない。

 

(くそ……なんていう霊圧硬度なんだ!)

 

 大抵の虚であれば十分倒せる威力を誇るのが三十番台の破道。

 それさえも軽く防いでしまうディスペイヤーの防御力には、焰真も冷や汗を流す。

 

「―――キミを殺せなかったあの日、ボクの中に不思議な感情が生まれたの。おかしいよね、虚なのに。心なんかない癖に、一丁前に人らしい感情を覚えてね……」

「……」

「“食べたい”以外の初めての感情だったよ。“倒したい”とか“殺したい”……ああ、あと“勝ちたい”っとも言い換えれるね」

「つまり……何が言いたいんだ」

「っ、ふふふ! あははは! 折角の二人きりなんだよ!? 殺り合おうよ! 気が済むまでさあ!?」

 

 牙を剥きだしに笑うディスペイヤーの霊圧が膨れ上がる。

 歪な霊圧だ。それでいて強大。以前のままであれば単に霊圧に圧し潰され、身動き一つとれなかったであろう。

 

 だがしかし。

 

『案じないで、焰真』

『感じるだろう。お前の下に戻る力の胎動を』

「……ああ」

 

 心に響く煉華の声に焰真は応えた。

 

 始解で焰真ほど霊圧の増減の幅が広い死神は、未だかつていなかっただろう。

 しかし、それにも理由がある。霊術院時代からほとんど霊圧が増えなかった彼だが、もしその成長するはずだった霊圧が彼の下に返って来たのであれば、この霊圧の急上昇は説明がつく。

 

 その霊圧―――チカラの在り処を、焰真は確かに感じ取った。

 

 散らばっていた魂の欠片が戻ってくる。一つ、また一つと戻る度に見知った者達の顔が脳裏を過る。

 その度、焰真はチカラと勇気を得ていった。

 

『お前は―――』

「俺は……一人じゃない」

 

 ドクンと高鳴る鼓動と共に、また一段と霊圧が上がる。

 それこそ目の前のディスペイヤーに勝るとも劣らないほどに。

 

「っ……アッハハハハァ!! まだ上がるんだ!? 凄い! ホント強くなるねぇ、アクタビエンマ!」

「当たり前だ。俺は、俺一人で戦ってるんじゃない」

「はあ?」

「俺の握る刀に……力には、皆が宿ってるんだ」

「……言ってる意味わかんな~い」

 

 意味深な焰真の言葉に、理解が及ばぬディスペイヤーは眉をしかめ、唇を尖らせる。

 だが、その間も刻一刻と焰真の霊圧は上昇する。

 それに呼応し、ディスペイヤーもこれでもかと霊圧を上げ、瞬く間に両者の放つ霊圧が激突し、森を震えさせていく。

 

 鳥が鳴く、獣が吼える。木々は悲鳴のようにざわめき、逃げる足音のような地響きを大地は掻き鳴らす。

 

 互いを滅さんとぶつかる白と黒。

 最早、何者の介在を許すことはない。

 

「さあ……さあ、さあさあさあ!!! 殺り合おうよ、アクタビエンマ!」

「……御免だ」

「……はあ?」

「言っただろ。虚も救うって。死神は虚を殺す為に斬魄刀を振るうんじゃねえ……虚も救う為に振るうんだ」

「……」

 

 一拍の静寂。

 不満げに顔に影が差したディスペイヤーであったが、次の瞬間、その頬は上気して華が開くように笑顔が咲いた。

 

「好き」

「……は?」

 

 予想だにしていなかった言葉に、思わず焰真は怪訝な表情を浮かべた。

 しかし、そのような焰真を余所にディスペイヤーは孔が空いている胸元に手を当て、何度も何度も呪文のように同じ言葉を唱える。

 

「好き……好き……好きっ!」

「お前、何言って……」

「ボク、キミのことが好きになっちゃったよ!! アクタビエンマ!! 虚も救うなんて綺麗事……ああ、不思議! 頭の中蕩けちゃいそうなくらい甘い言葉だよお!」

 

 身を捩じらせ、ディスペイヤーは叫ぶ。

 

「ボク、初めて言ってもらった……『救う』だなんて! それってつまり告白だよね!?」

「違う」

「ああ……嬉しい。凄く嬉しい。だけど、だけどね!」

 

 焰真の否定は軽くスルーされる。

 だんだんと話が変な方向に向かっている気もするが、虚相手に常人のような反応を求める方が馬鹿なのだろうか。焰真は悶々と考えつつ、ディスペイヤーの一挙手一投足に目を向ける。

 

「多分……これは人としてのボクかな。人のボクはとっても救われたい。でも、虚のボクがそれを許してくれそうにないんだ……」

「……そうなのか」

「うん。だからさ……だから、ね?」

 

 一瞬、儚げな笑みを目の当たりにした。

 今にも散りそうな花の如く、ディスペイヤーは微笑んだ。

 

(ボク)殺し(救っ)てよ」

「……言われるまでもねえ」

 

 次の瞬間、焰真とディスペイヤーの霊圧が衝突する。

 青白い霊圧と赤黒い霊圧。潔きチカラと穢れたチカラの衝突は、周囲の森羅万象を消し飛ばさんばかりの衝撃を放つ。

 

「「―――!!」」

 

 白と黒の激突で、世界がモノクロとなる。

 


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