BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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Ⅲ.SHATTERED BLADE
*27 いざ、空座へ。


 

 流魂街でのディスペイヤーとの死闘。

 

 焰真にとって始解を開花させるに至った記憶に刻まれる出来事であったことは、言うまでもない。

 それから数か月。傷も癒え、普段通りの日常を焰真は送る。

 朝早く起き、軽く木刀で素振りしてから朝風呂に浸かり、朝餉をとってから隊舎に出向く。

 するとどうだろうか。以前まではフラットな関係であったはずの者達が、少しの羨望と若干の萎縮の態度を見せつつ挨拶を言い放ってくる。

 

「おはようございます! 芥火二十席!」

 

 そう―――焰真はあの一件を機に、席官入りしたのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

(体が軽い)

 

 風を一身に受ける焰真は、線となる景色の中でふと思った。

 眼前に迫るのは雪崩を思わせる冷気の波。真面に受ければ全身が凍てつき、肌が裂け、八寒地獄が一つ紅蓮地獄の如く自身の血で染まってしまうだろう。

 ……流石にそこまで相手がするとは思っていないが、実戦だと仮定するのであれば、それほどの威力で放ってもおかしくはない。

 

 故に焰真が取った手は、自ら血を流すというもの。

 

「灯篭流し」

 

 青い血管のような紋様の走る刀身に、僅かに噛んで刻んだ指の傷から迸る血を塗り付け、辺りを青白い幽玄な光で照らす炎の勢いを強める。

 すれば、雪崩の如き冷気は猛々しく燃え盛る炎に阻まれ、綺麗に焰真を逸れるようにして彼を基点にV字の氷の文字が地面に描かれた。

 

 焰真は健在。

 晴れる景色の中、挑発的に己でつけた指の傷を舐める彼に対し、純白の斬魄刀である袖白雪を構えるルキアは動いた。

 彼女の薄桜色の唇はこう紡ぐ。

 

―――破道の三十三

 

 しかし、一方で焰真もまた動いていた。

 戦場で闇雲に立ち止まるのは悪手。それは幾度も死線を掻い潜っている焰真にとっては、最早常識とも言えること。

 迷わず駆けだした焰真は瞬歩でルキアに接近する。

 

 同時に、翳すルキアの掌から蒼い炎が爆ぜた。

 

「蒼火墜!!」

 

 焰真の煉華ともまた違う蒼い炎が周囲を照らしあげる。

余りの光に目が眩む観戦者たち。並の死神であれば、今の一撃で勝敗は決するだろう。

 

 だが、爆炎と鬼道の勢いで舞い上がった砂塵が晴れれば、思いもよらない結果が彼らの目に映る。

 

「……俺の勝ちでいいか?」

「……ふっ、致し方あるまい」

 

 負けたにしては清々しい面持ちのルキア。

 彼女の背後には、その背中に刃の切っ先を突き付けている焰真が佇んでいた。

 

 瞬歩で背後に回ったのだろう。その事実は目に捉えられなかった者でもわかる事実だが、それ以上の詳細はわからない。

 

 淡々と終わりを迎えた焰真とルキアの特訓。

 席官入りしたばかりの二十席と無席。普通であれば見る価値もない戦いだと思うかもしれないが、副隊長がお墨付きの隊士同士の戦いであるならば話は別。

 現に、見応えとしては席官同士の戦いに匹敵するほどのもの。

 

 ―――まさかあれほどまでに速い瞬歩を用いるとは。

 

 ―――まさかあれほどに強力な鬼道を放つとは。

 

 二重の意味で驚愕する者達の視線に晒される二人は、気恥ずかしさから若干の居心地の悪さを覚えつつ、互いの健闘を称え合っている。

 

「まさか“閃花”を使うとは思わなんだ」

「見様見真似だけどな」

「いや、十分だ。現に私には受け流すことも躱すこともできなかった」

「まあ、わざわざそういうタイミング狙ってるって話だからな」

「ふっ」

 

 『貴様というやつは』と微笑を浮かべるルキアは、始解を解いた袖白雪を鞘に納める。

 

 ―――彼女の言う“閃花”とは、彼女の義兄である白哉の得意技だ。

 回転をかけた特殊な瞬歩で相手の背後をとり、刺突にて霊体における霊力の発生源である“鎖結”と“魄睡”を貫く技。

 もし仮に焰真が本気で繰り出せば、今頃ルキアは急所を貫かれ、二度と死神としてやっていけぬ体になっていたという訳だ。

 

 霊体であれば有する急所。是非とも今後の戦闘に活かしていきたい技の一つでもあるが、願わくば味方に繰り出す機会がないことを願うばかりだ。

 

 閑話休題。

 

「いやぁ~、精が出てるなぁ!」

「志波隊長! お疲れ様です!」

 

 思わぬ来訪者に場に居た面々が波打つように頭を垂れる。

 

 海燕と同じ空気を纏っていて、尚且つ『十』を背負う快活な彼は十番隊隊長の志波一心だ。苗字からも分かる通り、海燕とは親戚にあたる間柄であり、公私共々交流が深い人物でもある。

 焰真も何度か会って話をした。

 

 そのような彼が副官も連れず、事前の連絡もなしに訪れるとは何か緊急事態でも起こっているのだろうか―――数人が訝しげに強張った面持ちを浮かべるも、一心を知っている焰真は呆れた様子で笑みを浮かべる。

 

「またサボって来たんですか?」

「サボりとはなんだ! 俺は甥が面倒を見てる隊士って奴が気になってだなあ、わざわざこうして……」

「あっ、松本副隊長」

「なにィ!? いや、乱菊! これは違―――」

 

 わざとらしく声を上げて焰真が身を乗り出せば、一心は情けなく体をビクリと跳ねさせ、腕を頭上に掲げて防御の姿勢をとる。

 しかし、一向にその松本と言う副隊長が現れる気配はない。

 

「……」

「……」

 

 得も言われぬ空気が場に流れる。

 

 鎌をかけた焰真はというと、心底呆れたと言わんばかりにため息を漏らし、ハメられたと気が付いた一心は頬を引きつらせていた。

 

「このお、焰真! てめえ、隊長をハメるなんてどういうつもりだ!」

「ハメるも何も、悪いのは志波隊長じゃあないですか! あんたのサボりは巡り巡って席官や平隊士のところまで響くんですからね!?」

「ふっ、安心しろよ。なにせウチの隊には優秀な副官が―――」

 

「優秀な副官が……なんですか?」

 

 刹那、場が凍り付く。

 

 別にルキアが袖白雪を解放した訳でも、十番隊第三席の日番谷冬獅郎が氷輪丸を解放した訳でもない。

 ただ一声。怒りを孕んだ声音が場に響き、それに反応した一心がギギギと錆び付いたロボットのような挙動で振り返る。

 

「ら」

「ふんっ!」

「ぎゃあああ! 鼻があああっ!!」

 

(速い。攻撃が)

 

 一心が名を呼ぼうと口を開いた瞬間に、鼻面へ叩き込まれる鉄拳。

 一切の手加減のない一撃だ。それを喰らった一心は痛みにもだえ苦しみ、地面をゴロゴロ転がっている。

 惨め。余りにも惨めだ。

 これでも隊長。京楽に似ている普段は残念な隊長が、今目の前には居る。

 

 そして、彼の身勝手に苦労する副官が、そのたわわに実った胸を震わせて仁王立ちした。

 

「隊長ぉ~? 最近サボるの多過ぎじゃありませぇ~ん?」

「そ、それはだな……俺のお前たち部下に対する信頼だと思ってくれれば……」

「……ふぅ、そう言われたら仕方ありませんね」

「おっ、話の分かる奴じゃねえか乱菊……」

「それならばあたしも隊長の信頼に応えなきゃですね……!」

「え? ちょっと、乱菊。おい。なんで指鳴らしてる。おいおいおい、拳を握りしめてにじり寄るな!」

「問答無用!」

「ぎゃひいいい!?」

 

 そのまま始まる殴り合い……もとい、乱菊による一方的な蹂躙。

 彼女が十番隊副隊長の松本乱菊。再三言うかもしれないが、そのたわわに実った胸と美貌で男たちを魅了する妖艶な死神である。

 一心のような身勝手な隊長を持ち、さぞ苦労していると思われがちだが、

 

「あんたがいっつもサボってばっかじゃ、あたしがサボれないでしょうが!」

 

(ダメだ、こりゃ)

 

 騒々しい喧騒の途中、不意に聞こえた乱菊の言葉に十番隊を心配せざるを得なくなった焰真。

 これは三席の冬獅郎の苦労がうかがい知れるというもの。

 トップとナンバー2がサボり癖を持っているなど、仮に病弱な隊長が率いている十三番隊にしてみれば考えられないことである。

 

 周囲の者達が冷たい視線を、熱くしょうもない戦いを繰り広げている二名に注ぐ一方、新たに一人場にやって来た。

 

「……なにやってんだ、あの人」

「あ、海燕殿。お疲れ様です」

「おーす、朽木。と、芥火」

「お疲れ様です。ただ今、海燕さんの叔父が騒ぎを起こしてるんすけど……」

「……皆まで言うな」

 

 『あの人は……』と誰よりも呆れている海燕は、焰真たちの近くに来るや否やため息を吐く。

 

「ま、ほっとけ」

「ええ……」

 

 結論は無視。

 

 相手にすらされない一心と乱菊の喧嘩を余所に、『そう言えば』とルキアが口火を切る。

 

「浮竹隊長が引退するという話は本当なのでしょうか?」

「は?」

 

 素っ頓狂な声を上げたのは焰真だ。

 事情を説明しろと言わんばかりの視線をルキアに送れば、代わりに彼女に問われた海燕が頭をボリボリ掻き、悩ましげに口を歪めた。

 

「ん~……もうちょい先の話だがな」

「では、引退自体は本当で!?」

「隊長自体、引退について隠すつもりはないらしいしな。いい機会だ。俺からオメーらにも説明しとくよ」

 

 問いに肯定を返す海燕はこう続ける。

 

 浮竹は肺病を患っており、それでも病弱なまま200年ほど隊長を務めてきた。

 しかし、次世代の芽が育ってきたことを確信し、元より考えていた海燕に隊長の座を譲り、引退することを本格的に進めるべく、各所で手続きを進めているらしい。

 

「俺は隊長って柄じゃねえんだけどなあ」

 

 困った顔で海燕は浮かべる。

 そのような彼に問いかけるのは、ムムムとこれまた口を歪めるルキアだ。

 

「しかし、最近の浮竹隊長は随分調子が良かったではありませんか? それでもと?」

「ああ。『隊は海燕に任せて、俺は霊術院に就いて後進の育成に励む!』ってな」

 

 海燕は『そんなに元気なら隊に留まってくれりゃいいのに』と愚痴染みた呟きを漏らす。

 

 浮竹の意思は無論尊重するつもり。

 しかし、いざ隊を任せられるとなると海燕ほどの古参の隊長格でも不安を覚える。

 

 一方で引退する気満々の浮竹は、『教鞭をとるのが楽しみだ』と隊首室で嬉々として語っているらしい。

 

 だが、護廷十三隊に引退―――脱退という制度はない。

 正式には斬魄刀を預け、個人のやむを得ない事情の場合には休隊、復隊の目途が立たない場合に除籍という処分がとられることとなる。

 浮竹の場合、休隊をして教職に就く流れなのだろう。

 

「そこまでして俺に隊を任せるかねぇ……」

「海燕殿にしては弱気ですね」

「なんか言ったか、朽木?」

「いえ!」

 

 からかうように言ってはみたものの、すぐに萎縮するルキアはあらぬ方向へ視線を遣る。

 

 その一方で焰真はというと、ふとした疑問が頭に過っていた。

 

「……じゃあ、副隊長は誰になるんすかね?」

「副隊長だあ? そりゃあ順当にいけば都だろうが……」

 

 トップが抜け、ナンバー2が代わりにその座に就く。

 繰り上がりに見えなくもない人事の変遷の中、次なる副隊長に意識が向くのは当然のことだ。

 海燕の言う通り、順当に考えれば彼の妻であり同隊第三席である都が副隊長の座に着くころになるだろう。

 夫妻で隊長、副隊長の座に就くとは、なんとその凄まじいことか。

 かつて六番隊が親子で隊長、副隊長の座を埋めていたこともあったが、それは六番隊に朽木家の死神が属し、血筋故の実力を発揮し上の席を埋めるという半ば伝統的な流れがあるからこそだ。

 

 そう考えれば、もし志波夫妻が隊長、副隊長の座を埋めた際の稀有さが分かるというものである。

 

「まあ、まだ先の話だ。そん時に考えりゃいい話だ……―――っと、この話は終いだ! おら、仕事に戻れー!」

「ぜひともその言葉はあっちの人たちに」

「……叔父貴! 松本! いい加減自分たちの隊舎に戻ってくれェ!」

 

 慕っている親戚と同格の女性に対し、出ていくよう声を張り上げる海燕。

 その光景を笑って隊士たちは眺める。

 

 どうか、いつまでもこのような一見無駄に思えるやり取りがいつまでも続くように―――心の片隅に抱く想いに気が付くのは、

 

 

 

 

 

 一心が現世にて行方不明になってからであった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「……前任の隊士が虚にやられて緊張はするだろう。だが、だからこそお前に頼みたいと思う」

「……はい」

 

 執務室に佇むのは二人。

 焰真と浮竹は神妙な面持ちで面と向かい合い、今後の焰真の業務について話し合っていた。

 内容は、空座町への現世駐在任務。末席とはいえ、席官が駐在任務につくことは稀有なケースであるが、空座町が重霊地であり、尚且つ前任者が大虚級の虚に襲われて死亡した事実を鑑みれば、少しでも実力のある者を配置したい気持ちは分かるというものだ。

 

 今回白羽の矢が立ったのは焰真。それだけの話だ。

 

「なに! お前ならきっとやり遂げられるさ! 俺は信じているぞ」

「ありがとうございます」

「……臨時に手配した担当死神との引継ぎは明日の朝だ。今日はもう早く寝ておけ」

「はい。失礼します」

 

 機敏にお辞儀をして退室。

 扉を閉めて一息吐けば、部屋を出てすぐ傍の壁にもたれかかっている男に目を遣った。

 

「……どうかしたんですか、海燕さん?」

「いんや」

 

 否定する割には何か考えているような面持ちの海燕が居た。

 少しばかり、言うか言うまいか逡巡するような仕草を見せた彼は、意を決した様子で真っすぐな眼差しを焰真へと向ける。

 

「気張る気持ちはわかるぜ。なんせ、お前が行く場所は叔父貴が居なくなった町だ」

「……」

「だからって自分が探し出してやるだなんて考えるな。いいな?」

「……そんなことを心配してたんですか?」

「あ?」

 

 余りにも飄々とした様子で焰真が応えるものだから、海燕は思わず呆気にとられてしまう。

 

 まさか、一心を探し出そうとすることを『そんなこと』と言われるとは思ってもみなかった。

 

 優しく、人のために無茶をする少年。それが焰真に対するイメージだ。

 しかし、今目の前に佇む少年は若気により猪突猛進に突っ走るような雰囲気は感じ取れず、寧ろ余裕さえ感じ取れる。

 

「暇があったら探してみるくらいにしますから」

 

 からりと笑う焰真は、そのまま踵を返して海燕の下から去っていく。

 その後ろ姿を見届けた海燕は、今一度深々とため息を吐いた。

 

(あいつも……いつまでもガキじゃねえんだよなぁ)

 

 次に、笑みが零れる。

 幼少期の焰真を知っているが故に、彼の成長をしみじみと実感したからだ。

 

 いつまでも弱いままではない。

 いつまでも独りよがりなままでもない。

 ただ芯は真っすぐなままに、意志を貫き通せるだけの力を磨いてきたのだろう。

 それを見てきたのは他でもない。海燕も、彼を見てきた者の内の一人である。

 

「俺もそろそろ腹括らねえとな……」

 

 そう独り言を漏らす海燕は、かつて浮竹に副隊長に就かないかと誘われていたことを思い出すのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――ホワイトの実験結果をすぐに見ることが叶わないのは口惜しいが、まあいい」

 

 男は呟く。

 

「ディスペイヤーで得たノウハウが十二分に活きたハズの個体だったが……まあ、長い目で見ることにしよう。まずは、だ」

 

 冥い場所。

 振り返れば、異形の化け物たちが並んでいた。

 押し並べて仮面が中途半端に剥がれている化け物―――虚たちは、怯えた目を浮かべている。

 

破面(かれら)について……芥火焰真(かれ)で試したい事がいくつもある」

 

 男―――藍染惣右介は嗤う。

 


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