BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*28 Purgatory ⇒ Hell

 

 所狭しと立ち並ぶ家屋。

 人気を感じさせる町の景色に、穿界門を開いてやって来た焰真は地獄蝶を横に羽ばたかせ、何の気なしに電柱の上に降り立った。

 

(……ここが空座町)

 

 肌で感じる僅かに重い空気。

 この場所が重霊地と呼ばれる所以がわかるというものだ。

 尸魂界程ではないにしても、現世にしてみれば格別に濃密な霊気が町には充満している。

 

(当たり前だけど……志波隊長の霊圧は感じ取れないな)

 

 周囲を見渡しつつ、大気中の霊気を圧縮させ“霊絡”を発現させても、死神の霊絡に見られる特徴である赤い霊絡は見えない。一心ほどの霊圧の持ち主であれば、多少離れていても彼の霊絡を発現させられるはずだが、読みは外れてしまったようだ。

 こうなった可能性は二つ。

 本当に一心が居なくなった―――死んだか、何かしらの理由で霊圧を隠しているか。

 

「はぁ……その理由が分からねえしな」

 

 自分で立てた仮説に対し、呆れたように息を漏らす焰真。

 

 そんな時、懐に仕舞っていた伝令神機がけたたましいアラーム音を響かせたため、咄嗟に手に取って画面を確認する。

 

「早速お出ましか……」

 

 虚の反応。

 重霊地とだけあって、以前駐在していた町とは比べ物にならない頻度で虚が出現するようだ。

 伝令神機に映し出される座軸と、自身の霊圧探知を併用し、すぐさま現場に急行する。

 

 こうして、波乱万丈の焰真の現世駐在任務が開始されるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

―――ハズだった。

 

「こ、殺さないで……」

「……縛道の六十一『六杖光牢(りくじょうこうろう)』」

「わああ!?」

 

 目の前で震える異形に対し、縛道を行使する焰真。

 しかし、彼の顔に浮かぶのは戦意ではなく困惑。それこそ、どう扱えばいいかわからぬものを目の前にした時の表情であった。

 

 そして彼の表情をそう足らしめている存在は、突如として現れた黒衣を纏い刀を持つ人間に驚き慄く異形。

 

(虚……なのか?)

 

 一向に敵意を見せなかったものの、虚要素が八、九割を占めている姿の魂魄を前にし、念のため縛道を行使した焰真は、今一度目の前の魂魄を観察する。

 

 まず初めに仮面だ。これは―――あるというべきか、ないというべきか。断言するのに迷うのは、若干仮面が剥がれて顔が露わになっているからであった。

 無論、焰真もこうした虚を見たことがない訳ではない。激しい戦いの最中、仮面に一太刀入れたものの、傷が浅かった時に仮面が少し砕けて剥がれることはある。

 

 だが、そういった虚は総じて自分に傷をつけた死神に対し、殺意を露わにするものだ。

 今目の前の虚もどきは、“虚の成り損ない”と言っても構わないほどに、虚と言い切るには殺意はおろか戦意も感じられない。

 

(でも、霊圧はそこそこ高いんだよなぁ……)

 

 それでも焰真が警戒するに至ったのは、その霊圧の高さ故だ。

 下手をすれば巨大虚程度にはあるように思える霊圧。加えて、体の方は虚然としているのだから、初見で警戒しない方がおかしいと言える。

 

(……もしかすると、滅茶苦茶強い死神と戦って仮面が割れたから怯えてるとかか? だとすると―――)

 

 一つの仮説を立てれば、再び一心の存在が脳裏を過る。

 ふと差し込んだ希望。やや浮足立ちそうな心を律し、焰真は斬魄刀を抜く。

 

 レプリカなどではなく真剣であることを察した虚もどきは『ひぃ!?』と怯え竦むものの、六杖光牢で縛られているため、動くことさえままならない。

 

「こ、殺さないでぇ~!」

「殺さないから安心しろ。浄めろ―――『煉華(れんげ)』」

 

 終始ビクビクしている虚もどきを余所に、斬魄刀を解放した焰真は、そのままそっと青白い炎を虚もどきの体に当てる。

 最初こそ『焼き殺される~!』と叫んでいた虚もどきであったが、熱くも痛くもないことを理解してからは、瞑っていた瞳を開け、異形の体と仮面が自身の胸に還り、生前通りの人の姿に戻っていくことを自覚した。

 

「あ……あぁ……!」

「どうだ? 体の具合は」

「元に戻って……」

「そうだな。これで尸魂界に往ける。死んじまったもんは仕方ないから、向こうで第二の人生送れよ」

 

 そう言い切ったのと同時に、元の姿に戻った男が光に包み込まれて消えていく。

 抵抗もされなかったため、浄化と魂葬が円滑に進んだ。

 

 ―――“聖火霊現(せいかりょうげん)”。煉華の浄化能力の呼称である。

 斬魄刀の虚の罪を洗い流す性質を拡大したような力は、虚に対して絶大な効果を発揮する、いわば虚特効の能力。

 罪を洗い流して尸魂界に送るため極限まで浄化能力が高められた煉華は、如何なる虚であったとしても、虚になってから犯した罪―――そして生前に犯した罪でさえ赦してしまう。

 

 しかし、なにもただで悪人を赦す訳ではない。

 罪には咎を。犯した罪の分だけ、煉華の炎に身を焼かれた際の痛みは想像を絶するものとなる。

 

 このチカラは西洋で伝えられる煉獄に近しいだろう。

 そして、限りなく命に救われて欲しいという焰真の生来の気質を反映した、優しいチカラでもある。

 

 ここで話を戻そう。

 先程の虚は、煉華の炎に身を焼かれながらも一切痛がっていなかった。

 それはつまり、生前も虚になってからも咎められる罪を犯していないということである。

 

 あれだけ強大な霊圧の虚で、生前も虚になってからも罪を犯していないとは―――。

 

(人は見かけによらないってことだなっ)

 

 一人勝手に納得する焰真。

 しかし、彼が余韻に浸ることを遮るように、再び伝令神機が鳴る。

 

(ペースが早いな……流石は重霊地ってところか)

 

 暇があれば一心の捜索に移ろうと考えている焰真だが、どうやらその暇を虚が与えてくれることはなさそうだ。

 深呼吸し、心機一転。

 先程とは違い、今度は好戦的な虚が現れたのかもしれない。油断したら命取りだ。そう自分に言い聞かせた焰真は、気を引き締めて現場に向かった―――ものの、

 

「きゃ~、お助けー!」

「銃刀法違反だぞ! そそっ、その刀を放せィ!」

「刀持った怪しいお兄ちゃんが、あどけない幼女を襲ってくるぅ!」

 

「その言い方やめろ」

 

 ……拍子抜けもいいところであった。

 

 立て続けに鳴り響く伝令神機に案内され、現場に向かうこと数回。

 毎度現れたのは、最初に出会った個体のように仮面が若干剥げている怯えた虚もどきであった。

 その度に煉華で浄化し魂葬するものの、焰真はかつてない事態に頭をフル回転させる。

 

半虚(デミホロウ)なのか? いや、でも半虚は孔が半分ってだけで体は人間のままだしな……)

 

 考えても考えても答えは出てこない。

 異形のまま仮面が剥げている存在。

 

そう思いついた時、一体の虚が脳裏を過る。

 

(あいつと関係はあるのか?)

 

 ディスペイヤー。強大な霊圧を有していたが故に浄化し切れず、人の成りをした虚を超越した個体。

 あの一件以来、仮面が剥げる現象に興味を抱いた焰真は、死神が利用できる図書館にて手掛かりになるような文献を探した。

 普段、図書館などを利用しない焰真にとっては気の遠くなる作業ではあったものの、浮竹の親友である八番隊隊長こと京楽春水と、彼の副官である伊勢七緒の協力により、それらしい存在を調べ上げることはできた。

 

(確か―――)

 

 

 

「―――久しぶりじゃのぅ……芥火焰真ァ……!」

「……破面(アランカル)

 

 

 

 突如として背後に現れた強大な霊圧に、焦ることなく振り返った焰真。

 彼の目の前に佇んでいたのは、大虚に見間違えてしまいそうなほどの巨体を有す、仮面が若干剥げた虚―――否、破面。

 剥げた仮面も気になるが、焰真の目についていたのは破面が背に背負う巨大な刀だ。

 ビルほどの長さを有すその刀には、焰真も『どこで作ったんだか……』と呑気に呟く。

 

「……で、誰だお前」

「っ! ……くっくっく。儂のことは眼中にないという訳か。じゃが……この仮面(かお)を見ても知らぬとは言わせんぞ!」

 

 そう言った破面は、大口を開けるようにして開いていた仮面を被る。

 すると、かつて見たことのある仮面が焰真の目に映った。

 

「グランドフィッシャー……!」

「ようやく思い出したか」

「まさか仮面を剥いでるとは思ってなくてな。なんだ、そりゃあ? 流行りなのか? 教えてくれよ。今、それについて悩んでた所でよ」

「ひひひっ! 破面と言うておったからには、儂がどういう存在かは知っておるじゃろうに」

 

 まるで試すような口振りだ。

 用が済んだ仮面を剥ぎ取り、そのまま捨て去ったグランドフィッシャーは背負っていた刀の柄に手をかける。

 その間、焰真もまた煉華に手をかけつつ、言の葉を紡ぐ。

 

「破面……仮面を剥ぎ取り、死神の力を得ようとする虚の一団。そして、かつて瀞霊廷に虚の大軍を引き連れて現れた破面が居るってことぐらいだな。知ってるのは」

「勤勉じゃのう。ならば、今貴様の前に立っている存在がどういうものか……―――わからない訳ではあるまい!!」

 

 刹那、旋風が舞う。

 

 それはグランドフィッシャーが巨大な刀を抜刀し、振り抜いたことにより巻き起こった強風だ。

 たった一閃。それだけで近くにあった木は切り倒され、建物のガラス窓は粉々に砕け散る。

 しかし、グランドフィッシャーが狙った焰真の姿は目の前になく、ましてや切り裂かれたことを証明する血の跡がある訳ではない。

 

 怪訝に首を傾げるグランドフィッシャーは、すぐさま霊圧知覚を働かせるが、

 

「なめるなよ」

 

 すぐに声が後ろから響いた。

 

 顔だけを後ろに向ければ、まるで重力が反転しているかのように、焰真はグランドフィッシャーの刀に対して逆さに立っていた。

 無論、本当に重力が反転している訳ではなく、抜刀した煉華をグランドフィッシャーの刀身に突き立て、それを支えにつり下がっているだけである。

 

「ほう……」

 

 しかし、グランドフィッシャーは感服する。

 

「やるようになった……なぁっ!!」

 

 そして巨木の如き腕を振るう。

 刀身に張り付く焰真を潰さんと振るわれる腕であったが、瞬時に瞬歩で飛びのいた焰真にはかすりもせず、これまた空を切る形となる。

 

 一方、飛びのいた焰真は以前会った時とは比べ物にならないほどの霊圧のグランドフィッシャーに対し、内心冷や汗を掻きつつも、『だからこそ』と斬魄刀を構えた。

 

「浄めろ―――『煉華(れんげ)』!!」

 

 青白い炎が爆ぜ、同時に焰真の頭頂部が白髪に変色する。

 苛烈に燃え盛る炎は、焰真を包み込むように巻き昇り、煌々と辺りを照らす。

 

 それは狼煙の如き様相であり、続いて焰真は閧の声を上げる。

 

「来い、グランドフィッシャー!!」

「ひっひっひ! 言われずとも……儂は貴様を殺しに来たァ!!」

 

 刀身が閃き、両者の刃が交差する。

 

 それは空座町全域に響きわたるほどの霊圧の震えを生み出すほど。

 

 故に、気が付く。

 また、一人の少女が。

 

 

 

 ***

 

 

 

「え?」

「ん? どうしたの、真咲」

「う……ううん、なんでもない!」

 

 セーラー服を靡かせる少女たち。

 下校途中の彼女たちの内、一人明るい茶髪の少女が何かに気を取られていた様子に、一人の落ち着いた様相の少女が声をかけるものの、茶髪の少女はすぐさま取り繕う。

 

 そのようなやり取りをしていれば、一歩先を歩んでいたポニーテールの少女が『ちょっと~!』と声を上げた。

 

「真咲ー! 志穂ー! 早く行かないと新作のパン売り切れちゃうってばぁー!」

「ごめんごめん」

「……」

「……真咲?」

 

 先ゆく少女に応え、少し歩幅を広げた志穂と呼ばれた少女であったが、心ここに在らずと言った様子の真咲に、心配そうに眉を顰める。

 

「具合悪いの?」

「……ごめん! 志穂! 可南!」

「えっ?」

「どうしても外せない用事思い出したの! パン屋、また今度一緒に誘って!」

 

 合掌して頭を垂れた真咲は、踵を返し、志穂ともう一人の少女である可南とは別方向へ駆け出していく。

 『今度、埋め合わせするからぁー!』と叫びつつ、商店街を全力疾走する真咲の背を見遣り、茫然とする二人。

 

 止まっていた時が動き出したかのように口を開いたのは可南であった。

 

「なに、真咲? 大の方?」

「こら」

 

 可南の下品な言葉に、志穂は静かに窘める。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ヒィャッハァ!!」

「ちっ!!」

 

 辺りに旋風を巻き起こす程のグランドフィッシャーの一閃に、焰真は歯噛みしながら刃を滑らせるようにして受け流し、そのまま距離をとるように飛びのく。

 しかし、その隙にグランドフィッシャーはまた攻撃を仕掛けてくる。

 

 戦いが始まって数分、それの繰り返しだ。

 

「どうした!? 逃げてばかりで儂に一太刀も入れられてはいないではないか!」

 

 あざ笑うようにグランドフィッシャーは吼える。

 

「舐めるなとはこっちの台詞じゃ! たかが一死神如きが、破面となった儂に立ち向かえるハズもなかろうに!!」

 

 迫りくる白刃。

 一太刀でも喰らえば命にかかわる一撃を、焰真は全て紙一重で躱していき、尚も逃げていく。

 

 逃げ、逃げ、逃げ―――始めに邂逅した場所とは程遠い人気のない閑散な場所へ、戦いの場は移り変わる。

 ほぼ山と言って差支えのない場所には、先程からの戦闘の余波を本能で感じ取っていた生き物たちが逃げていったことにより、これといった強い魄動は感じ取ることができない。

 

 そう理解した瞬間、焰真の足は止まる。

 その光景に瞠目したグランドフィッシャーであったが、すぐさま恍惚とした歪んだ笑みを顔に浮かべた。

 

「ひひひっ! なんじゃ、もう終いか?」

「……ここなら」

 

 刹那、風の流れが変わる。

 いや、戦いの流れというべきか。確かにグランドフィッシャーがその肌身で感じ取った流れの風上に居るのは、これっぽっちも戦意を失ってはいない焰真だ。

 

 今まで青白い炎を迸らせていた刀身。

 しかし、焰真がグッと柄を握れば、少しずつ変化が現れていく。

 一瞬浮かんだ青い血管のような模様が、次第に赤く変色していったのだ。

 

「ここなら……戦いの余波も響かない」

「……なんじゃと?」

「待たせたな。こっからが……俺の全力だ!!」

 

 青が赤に完全に移り変わった瞬間、煉華の放つ炎もまた、青白いものから赤白いものに変色した。

 ビリビリと肌を震わせる確かな力の胎動に、思わずグランドフィッシャーは一瞬身を竦ませてしまう。

 

「これは……!」

 

 

 

「咎めろ―――『煉華(れんげ)』!!!」

 

 

 

 浄罪の炎は、断罪の炎へ。

 咎めるための炎が、今力に溺れた存在を焼き尽くすために燃え盛る。

 


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