BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*29 君死にたまふことなかれ

 時は少しばかり遡る。

 

 グランドフィッシャーとの戦いが始まったばかりのころ、焰真は町に被害を出さぬ為に逃げの一手をとっていた。

 その中でも敵の攻撃の手を緩めるべく反撃を繰り出す。

 だが、煉華の炎はグランドフィッシャーに対して著しい効果を発揮することはなかった。

 

『焰真』

『聞こえてる』

 

 不意に響く煉華の声に応える。

 

『どうにも彼奴の霊圧は、今の形態のままでは浄化するには難いと見たわ』

『奇遇だな。俺もだ』

『なら、やることはわかるでしょう?』

『ああ』

 

 煉華の考えを理解した焰真は、グランドフィッシャーの猛攻を掻い潜る最中、浄化の青い炎を一瞥した。

 

 弱い個体の虚であれば一瞬で浄化できるほどの力を有す煉華であるが、浄化能力にも限界はある。

 現に今、目の前のグランドフィッシャーは浄化がままならない。

 これはグランドフィッシャーの霊圧が、煉華の浄化の炎の生成できる量を上回っているからだ。

 

 そしてもう一つ。彼が破面である故に、死神の霊圧を内在している分、虚の霊圧のみと比べると一度に浄化できる霊圧の量が少なくなってしまうのだ。

 こうなると決定打に欠け、延いては焰真が劣勢に立たされてしまうことは言うまでもないだろう。

 

 ならばどうするか?

 

 (こたえ)は至って単純。

 

『弱らせるぞ』

『キャッキャッキャ。心が弾むわね』

『……大丈夫なんだろうな?』

『それは貴方次第。鍛錬通りにやればなんの問題もないわ』

『……そうだな』

 

―――貴方を信じている。

 

 激励を送られているような物言いだった。

 

 しかし、悪くはない気分だ。

 互いを信頼し合う関係というものは心地よい。何より、一人で戦っている訳ではないと勇気が湧いてくる。

 

 強大な敵を前にし、身が震え、心が慄き、恐怖が立ちはだかった時、それを打ち砕ける唯一の存在が“勇気”。

 

 そう、これは己の信念を貫く通すための力だ。

 

 場が移り変わり、機が熟したことを確認した焰真は改めて名を唱える。

 

「咎めろ―――『煉華』!!」

 

 浄罪の力を“優しさ”というのならば、この断罪の力は“勇気”。

 猛々しく燃え盛る赤白い炎は、一転して焰真に勇ましい印象を与える。だが、浄罪の炎同様に熱は感じ取れない。

 白を基調とし、赤で縁取られているような色合いに変わった断罪の炎は、煌びやかに爆ぜ、舞うような燐光を放つ。

 

「なんじゃと……?」

「劫火……」

「!」

「大炮ォ!!」

 

 赤白い大文字が矢の如くグランドフィッシャーへ翔ける。

 即座に彼はその巨大な刀で防御するものの、

 

「ぐぉう……っ!?」

 

 刀に伝わる衝撃に手が痺れ、刀身で弾けた霊圧の欠片が身体ヘちりばめられるように命中し、その度に灼けるような痛みを覚える。

 

(なんという威力じゃ……この儂が押されるじゃと!?)

 

 余りの攻撃力の変化に瞠目し、畏れを抱くグランドフィッシャーであったが、すぐさま頭を振ってその感情を振り払う。

 

「おのれェ……!!」

 

 その目に宿るのは怒りと殺意だ。

 破面となり、虚とは隔絶した存在に昇華したハズの自分に畏れを抱かせた死神に対する、一方的な敵意。

 

 故に吼える。己の恐怖を振り払い、鼓舞し、敵を威圧するべく。

 

「芥火焰真ぁぁあああ!!!」

 

 大気が震え、肌にはビリビリとした感触が奔る。

 思わず表情が強張った焰真であったが、戦意が削がれることは一切なく、寧ろ刀を携えて肉迫してくるグランドフィッシャーに迫っていく。

 しかし、真正面から剣戟を繰り広げれば力で押し負けるのは既知の事実。

 

(躱して!! 流して!! そして斬る!!)

 

 取るべき手は回避からの攻撃だ。

 十分に引き付けた刃に対して体を逸らし、躱す。

 図体が大きい分、一撃躱した後でグランドフィッシャーにできる隙はそれなりに大きい。

 好機と言わんばかりに前に出ようとする焰真―――であったが、自身の横から岩の如き巨大な掌が迫ってくる光景が見えた。

 

 危ない、と思った時には既に焰真は動く。

 自身の体を回転させ、迫る掌の指と指の間を狙うように刃を振るう。突き立つ刃は、鋼のように硬い皮膚を僅かに切り裂く。

 だが、焰真の狙いはそれではなく、回転の勢いでその場から飛び跳ね、グランドフィッシャーの掌底を避けることにあった。

 

 風を切る音と共に、刃が小刻みに震える甲高い音を響かせ、焰真は回避。

 そして滑るようにグランドフィッシャーの腕に足をつけたかと思えば、足下から燐光をちらつかせ、次の瞬間にその姿はグランドフィッシャーの視界から消え失せる。

 

 どこだ!?

 

 目を見開き、探査回路も全開にして敵の居場所を探る。

 しかし、全開にした探査回路に霊圧が引っかかったかと思えば、焰真の姿はグランドフィッシャーの眼前に現れたではないか。

 

 何を思っているのか、彼は横に構える煉華の刀身の根本を握っている。

 勿論、鋭い刀身を握れば皮膚が切れて血が出る。

 さらに焰真はまるで鞘から刀を抜くかのような動作で、根本から切っ先の方まで手を滑らせるように煉華を振り抜いたではないか。

 

 血に塗れる刀身。そのようなことをすれば血と脂で刃が使い物にならなくなるのではないか?

 

 ―――思考の片隅でそのような疑問が浮かんだグランドフィッシャーであったが、直後に血塗れの刀身が一層激しく燃え盛った光景に、ヒュっと息を飲んだ。

 

 血と霊圧が融合し、一層勢いを増す炎は赤く赤く燃え盛る。

 

 そして一閃。

 

「劫火大炮ォ!!!」

 

 ロクに防御の姿勢も取れぬまま、グランドフィッシャーの顔面には特大の劫火大炮が放たれた。

 その光景はまさしく劫火。

 辺り一面を焼き尽くさんばかりに爆ぜた炎は、刀身に塗りたくられた血を全て糧とした後、元の勢いに戻っていく。

 

 その間にも、顔面に痛恨の一撃を喰らったグランドフィッシャーは、顔から煙の尾を引かせつつ、地面に向かって墜落していく。

 彼ほどの巨体が地面に落ちるとなると、衝撃はすさまじいものになりそうだ、と息を吐く焰真はジッと身構える。

 

 刹那、煙の流れが変わるのが目に見えた。

 

「ガアアアアッ!!!」

「っ!」

 

 大口を開けるグランドフィッシャー。その口腔には、赤黒い霊圧が収束しているではないか。

 

 虚閃(セロ)

 

 先程とは一変、周囲を冥く照らす閃光が空に向かって放たれる。

 焰真に向かって放たれた一条の閃光は、そのまま空に浮かぶ雲の形さえも変え、収束がほどけて霧散するまで上へ上へと突き進んでいった。

 

 虚閃を撃ち終えれば、血化粧を施しているかの如く血塗らられているグランドフィッシャーの顔面がようやく窺える。そこまで赤く彩られているのは、血の他に、彼自身の怒りもまた原因だろう。

 激昂という言葉がふさわしい形相を浮かべるグランドフィッシャーは、血走った眼で、消し炭になったであろう死神を探す。

 

「ひ、ひひひっ、ひひひひ! 儂をぉ……虚仮にするからぁ……そうなるのじゃあ……!!」

 

 消し炭になったならば姿を見ることは叶わないハズ。

 そんな単純なことにも気が付かぬグランドフィッシャーは、焰真の姿が見えないことを確認し、やったかと笑みを浮かべた。

 本来、大虚にしか許されぬ暴力の一撃。それを本来使えぬはずだった身の己が使え、ましてや怨敵を討ち取ったならば、それはもう恍惚とした気分にもなるだろう。

 

「あっけないのう……芥火焰真ぁ……!!」

「まだ―――」

「!」

「終わってねええええ!!!」

 

 轟く咆哮と共に、グランドフィッシャーは刀を握っている方の手首に鋭い痛みを覚える。

 咄嗟に腕を振るえば、煉華を手首に突き立てていた焰真が弾むように飛んでいく。剛腕に振り払われ、凄まじい勢いで吹き飛ばされた焰真だが、長年の鍛錬の成果が出ているのか、飛ばされる途中で体勢を整えてなんとか着地する。

 

 そんな彼の額からは僅かに血が流れていた。

 しかし、致命傷ではないらしく、表情には幾分か余裕が窺える。

 

 自分が満身創痍な一方で、敵は余裕だと言わんばかりの表情。

 

「おのれ……」

 

 それをグランドフィッシャーが許せるハズもなかった。

 

「おのれええええええ!!!」

 

 再度怒りに奮い立つグランドフィッシャーは、全身に霊圧を漲らせ、眼前の死神を殺さんと一歩踏み出そうとした。

 

 その瞬間、グランドフィッシャーの両手首から炎が噴き出す。

 

「!?」

「ようやくだな」

「っ゛……っ゛……!?」

 

 始めは手首のみ。それから指先、腕、肩、そして全身へと体内から炙られているかのような激痛に、最早グランドフィッシャーは呼吸すらままならない様子で喘ぎつつ、前のめりに倒れ込む。

 

「俺は今の剣戟の中、お前の中に仕込んでた。煉華の炎をな」

 

 額から流れる血を死覇装の袖で拭う焰真は語る。

 

「手首には霊圧の排出口がある。人間に近い体の破面はどうなのか疑問だったが……杞憂だったみたいだな」

「こ……ひゅっ……!」

「お前の手首に仕込んだ煉華の炎……種火は、お前の体内を流れる霊圧で着火して、そのまま霊圧に引火して体内を巡っていく。これがどういう意味か分かるか?」

 

 地面に伏すグランドフィッシャーは焰真を見上げる。

 その瞳が訴えるのは『わからない』という嘘と『わかりたくない』という恐怖。

 

 しかし焰真は告げる。審判を下すかの如く、煉華をガベルのように振るい―――。

 

「お前自身の霊圧で熾った炎は、お前を内側から灼き尽くす。―――“煉滅火刑(れんめつかけい)”」

「お゛お゛お゛お゛おおおおおおおお!!!!!」

 

 悲鳴。慟哭。断末魔。

 そのような言葉では足りないほどの絶叫が木霊する。しかし、その叫び声はグランドフィッシャーの穴と言う穴から噴き出す炎に呑み込まれ、掻き消えていく。

 

 燃える。穢れた霊圧が。

 始めこそ不燃を起こしているように、噴き出す炎には黒色も混じっていたが、次第に綺麗な赤と白に炎は変わる。

 それを見計らい、『浄めろ』と解号を唱えた焰真は青白い炎を、火中に転がっていた人影に灯す。

 

 すると、まっさらな肉体となった人間の体に穿たれていた孔が、周囲に舞っていた灰塵が収束して塞がっていくではないか。

 こうして、グランドフィッシャーであった魂魄が無事に人間へと還れた。

 痛み故か、未だ意識の戻らない魂魄を見下ろす焰真は、始解を解いた煉華を鞘に納めつつ、尸魂界に送られる一歩直前の元グランドフィッシャーに投げかける。

 

尸魂界(あっち)で悪さするなよ。さもなけりゃ、地獄に堕ちるかもな」

 

 冗談めいた口調。

 しかし、その口調とは裏腹に神妙な面持ちだ。

 

 他者には推し量ることが難しい感情を胸に抱く焰真は、グランドフィッシャーであった魂魄が無事魂葬された光景を見届け、深く息を吐いた。

 

「はぁ……一日目から色々あり過ぎだ」

 

 空を仰げば、もう日が沈む頃合いだ。

 沈む日に照らされる空は茜色に染まっている。それはまるで、戦いの熱が冷めやらない焰真の心中を映し出しているかのような光景であった。

 

 ―――故に、近づいてくる足音にもすぐさま気が付く。

 

 砂利を踏む音。茂みが揺れる音。

 弾かれるように顔を向けた焰真であったが、その反応の速さには現れた人影の方が驚いたようだ。

 ビクリと肩を揺らしたのは、まだ若そうな茶髪の少女。

 

 しかし、見知った人物の影を映す面に焰真は瞠目した。

 

「―――……咲?」

「えっ……?」

 

 驚きの色を隠せないのはお互い様だ。

 

 かつて、自身の命を救ってくれた滅却師の少女―――咲と瓜二つの顔。それでいて死神である自分をしっかりと眼で捉えている様子の少女に、焰真は時を奪われたように微動だにしないまま立ち尽くす。

 

 その間、呼ばれた名前が半分ほど当たった少女は一瞬呆けたように目を白黒させていた。

 

「あの……あたしは真咲(まさき)って言います」

「真咲?」

 

 バツが悪そうな顔で自己紹介する真咲という少女。

 

 その名にようやく現実に返ってきた焰真は、それもそうだと一人納得する。咲と出会ったのも別れたのも、既に二十年も前の話だ。

 当時高校生であった彼女が生きていれば、すでに妙齢の大人となっていることだろう。

 

「咲は……黒崎咲はあたしの母で……」

 

 憂いを含んだ瞳を、真咲は伏せる。

 

「もう……亡くなっています」

 

 

 

 ―――生きていれば。

 

 

 

「……そう、か」

 

 半ば放心状態のまま、唇を動かす。

 何も体験していない訳ではない。近しい人や親しい人、顔見知り程度であっても訃報を耳に入れればショックの大きさに違いはあれど、心を痛ませているものだ。

 喪失感には慣れていない。慣れられるハズもない。

 加えて彼女は、焰真にとって大きな存在でもあった。

 

 滅却師も救う。その決意に至らせたのは、他ならぬ咲という滅却師に出会ったからこそ。

 彼女に出会わなければ、未だ始解にも至らなかったかもしれない。

 過ごした時間は、生きた時間に比べて刹那に等しいものであったとしても、彼女の存在は焰真の心の中で燦然と光り輝いていた。

 

「あいつ、死んだのか」

 

 だが、死んだ。

 

 脳裏に浮かぶのは、最後に別れた時に彼女が浮かべていた笑顔。

 

「……早ぇよ」

 

 浮かぶ疑問は、彼女が無事尸魂界に着くことができたか。

 もう一つは、悔いのない人生を送れたかどうかだ。

 

 あの世―――尸魂界の存在を知っている死神が、現世に生きる人間の死に対して感傷的になるのも馬鹿らしい話なのかもしれない。

 しかし、それでもだ。

 それでも焰真は咲のことを想うと、胸を締め付けられる感覚に襲われた。

 

「孫の顔も見れてねえだろうによ」

 

 吐き捨てるように呟いた言葉が地に染みわたるよう響いたかと思えば、湿っぽい空気と共に夕立雲から大粒の雨が降り始める。

 それはまさしく、今の焰真の心境を表すかのような状況であった。

 

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