刃を振るう彼らに、最早交わす言葉は必要なかった。
互いが胸に抱く想いのまま戦う。
焰真は救うために。
ディスペイヤーは喰らうために。
どちらも欲だ、我儘だ、願いだ。
双方有しているのは、押し通し、叶えるための力。長い時間をかけて培った力の激突は、凡百の介入を許さないほどに熾烈なものであった。
「―――!」
焰真が煉華を振るえば、青白い炎が矢となって放たれ、ディスペイヤーに直撃する寸前で五芒星の形に変わる。
それをディスペイヤーは虚閃を以て破砕した。
青白い炎は霧散し、赤黒い閃光は劫火大炮を繰り出した焰真目掛けて宙を奔っていく。
これを紙一重で躱せば、その隙に肉迫してきたディスペイヤーが手刀による刺突を繰り出してきた。
手刀と侮ることなかれ。
“
だが、それを簡単に許す焰真ではない。
手刀に対し体を逸らして回避し、お返しだと言わんばかりに一太刀入れんと煉華を振るう。これがただの刀であれば、少し避ければ済む話であるが、煉華の刀身からは虚にとっての毒と言っても過言ではない炎が放たれる。ほんの少しばかり身を逸らしただけで到底躱せるものではない。
故に、刺突を繰り出したディスペイヤーは炎によって視界が青白く染まっていくのと同時に、焰真の前から一瞬で姿を消す。
―――どこだ。
と、言葉にする時間さえ惜しい。
鋭く尖らせる霊圧知覚が反応するままに身体は動く。
頭上に向かって煉華を地面と水平となるよう構える。次の瞬間、いつの間にか背後に回っていたディスペイヤーの艶めかしい脚によって放たれる踵落としが、煉華の刀身に直撃した。
身構えていた―――が、完全に勢いを殺せるものではない。
そう悟ったと同時に、焰真はあえて自ら退き、相手の踵落としに合わせて地面ヘ弾き飛ばされるように離れていった。
あのまま受けていれば、受け止めた腕がダメになっていたかもしれない。
そのような考えを巡らせつつ着地する焰真。彼が足をつけた地面は、殺しきれなかった勢いによる衝撃で小さなクレーターが生み出される。
足の筋肉が強張る、骨が軋む。
鈍い痛みに顔を歪ませたも束の間、空を仰ぐ焰真はまたもや肉迫するディスペイヤーを目に捉える。
どうやら彼の手足に纏う霊圧は、攻撃力を高めるために纏わせているもののようだ―――数度の刃の交差の中で、そう結論付けた。
武器という武器を有していないものの、彼自身が刃といったところだろうか。
リーチこそ煉華に劣るが、出せる手数、攻撃力は凶悪そのもの。
(なら……)
煉華の刀身が赤く輝く。
「咎めろ―――『煉華』!!」
狙うは短期決戦。
生半可な力では喰われる。そうした確信があったからこそ、焰真は断罪の意を以てディスペイヤーに刃を振るう。
大文字が目の前に迫るディスペイヤーは、両手の枷に繋がる鎖を手に持ち、数回振り回してから投げるような動作で鎖に纏っていた赤黒い霊圧を斬撃状にして放ってくる。
両者の放った霊圧は、二人の中央で激突し、目が眩む閃光を放つようにして爆発した。
山肌を削るほどの衝撃波は、爆音を空に届かせる。
明滅する霊圧。
暴力的なまでの光が辺りを包み込むこと数秒、地に立っていた焰真と、空から降りて来ていたディスペイヤーの姿はすでにそこにはなかった。
火花はまた別の空に咲く。
「おおおおお!!」
「はああああ!!」
己に活を入れるかの如く、両者は雄叫びを上げる。
その肉を刃で切り裂かれようとも、爪を突き立てられようとも、殴られ、蹴られ、痣を作ろうとも彼らは止まらない。
何故ならば、それが生きることだからだ。
生きることは進むこと。立ち止まれば、否応なしに死に追いつかれる。
「フシュー!!」
威嚇する獣のような声を上げるディスペイヤーは、渾身の回し蹴りを焰真の横っ腹に喰らわせる。
「ぐ……がああっ!」
骨が嫌な音を立て、内臓にも凄まじい衝撃が奔り、口から血が零れる。
だが、ここで倒れてはならぬと己を奮い立たせるように声を上げ、ディスペイヤーの脚を腕で抱えた。
すぐさま対処しようと動くディスペイヤーだが、すぐさま焰真は彼の体勢を崩すべく、高々とその脚を掲げるように持ち上げる。
それにともない僅かに体勢が崩れて隙が生まれるディスペイヤー。
一方で、焰真は口の中に溜まった血を刀身に吹きかける。
すると煉華は、途端に炎の勢いが増す。煉華には血を燃料に、その能力を飛躍的に上昇させるという特性がある。
その煉華の―――、
「喰らいやがれ!」
「っ!?」
煌々と輝く刀身を、焰真は持ち上げている方とは逆の足の甲に突き立てる。
地面に縫い留められるように突き刺された煉華に、ディスペイヤーが苦悶に満ちた表情を浮かべた。
「ん゛ん゛んっ!!!」
歯を食いしばるディスペイヤーは、固く握った拳を焰真へ向けて振り抜いた……が、痛みによって狙いが甘くなっていたのか、攻撃はいとも容易く躱されてしまう。
その間にも激痛は続く。
刀が人体を貫いていることによる物理的な痛みと、煉華の炎が罪を糧に身体を焼き焦がす痛みは想像を絶する。
「ああああああ!!」
「! がっ!!?」
再びディスペイヤーが拳を振り抜いた。
またそれを躱せた―――と思えば、肺から空気を絞り出すほどの威力の衝撃が胸に叩き込まれる。
霊圧を圧縮した光弾だ。虚閃よりも威力は劣るものの、速度は虚閃の二十倍という恐ろしい特性を有している。
威力が減衰することのない距離で叩き込まれた虚弾の威力は、焰真を怯ませるには十分すぎる威力を有していた。
そしてその隙を、ディスペイヤーは見逃さない。
「うららららぁっ!!!」
「―――!」
霊圧を拳に圧縮し、ラッシュを繰り出すように虚弾の嵐を展開する。
その弾幕に呑まれる焰真は、瞬く間にディスペイヤーから突き飛ばされていった。それでも尚、攻撃は止むことはない。
地面を抉り、木を穿ち、岩をも砕く虚弾は延々と放たれる。
(まだ)
ディスペイヤーは虚弾の嵐を放つ間、嗤っていた。
(まだ……!)
決して潤いに満ちることがないと分かっていても、僅かに渇きが消えていく感覚に。
(まだ……まだ……!!)
余りの昂ぶりに霊圧の収束も乱れ、乱雑に強大な霊圧を押し固めることによって、刻まれた刀傷がさらに開くことになっても。
「まだ足りないよおおおお!!!」
右手を突き出そうとした。
しかし、土煙を切り開いて現れた切っ先が、突き出した掌ごとディスペイヤーの右肩を貫き、そのまま背後にあった木に彼の体を縫い留める。
ブシッ、と傷口から吹き出す鮮血は、すでに血塗れの焰真の顔に血化粧を施す。
「男前じゃン……っ!」
「……そりゃあどうも」
「もっと男前にしたゲル!!」
振りかぶられるのは、左の拳。
向かい合い、右手に持っている煉華をディスペイヤーに突き立てている焰真にとっては、無防備もいい方向からの攻撃だった。
「っっっ!!!」
だから、喰らった。
焰真の右頬に拳は突き刺さり、彼は弾かれるように左側を向きながら、口と鼻から血を吹き出した。
ドパン、と音が響いた後、しばし静寂が訪れる。
「―――の仮面」
「!?」
「万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ……」
しかしながら、焰真の血を垂らす口からは詠唱が紡がれる。
同時に、彼が構える左手にどんどん霊圧が収束していくではないか。
―――逃げられない。
ディスペイヤーは確信した。
「蒼火の壁に双蓮を刻む……」
「ちょっ」
「大火の淵を……遠天にて……待つっ!」
「タンマ―――」
「破道の七十三『
殴るように振るわれた掌がディスペイヤーの胴にあてがわれた瞬間、煉華の炎とは違う力の奔流が爆ぜる。
至近距離で放たれたことにより、その反動で骨が軋む感覚が焰真の腕に奔るも、一方でディスペイヤーは背後の木ごと後方へ吹き飛ばされていった。
「むぎゃあ!」
とても戦いの最中とは思えぬ悲鳴を上げ、ディスペイヤーは地面にべしゃりと墜落する。
しかし、そのコミカルな悲鳴とは裏腹に、彼の受けたダメージは相当なものであった。
拘束衣のような服の上半身の前面は焼け焦げて消え、その下に覗く白亜の肌も、今は見る影もなく黒色に焦げている。
「ふ、ふふっ、ふっふっふ……」
笑っているのに笑っていない。
そんなディスペイヤーは、生まれたての小鹿のように震えた四肢で立ち上がる。
その際、口腔に溜まっていたどす黒い血が滝のように零れるものの、彼は己が身の甚大なダメージについては気にしていない様子であった。
寧ろ、今も尚止まらぬ血を手で掬い、それを浴びるように振り撒くではないか。
「ア゛ハッ、はは、クヒヒっ!! 愉しいねえ、アクタビエンマ。生きてるを実感だよぅ……」
虚ろな目で空を見上げる。
とてもではないが生気は感じ取られない。
一歩、また一歩と死に歩み寄っているかのような禍々しいオーラが、ディスペイヤーの体を包み込んでいく。
「お互い、そろそろガタが来てると思うんだ」
「……」
「だから……―――これで決めるよ」
「っ、なん……だと……?」
そして、“それ”は現れた。
巨大な骸骨―――有体に言えば、がしゃ髑髏のような姿の骸骨が、ディスペイヤーの体から迸る赤黒い霊圧により形作られていくではないか。
変化はそれだけではない。
ディスペイヤーの脊椎が鋼の如き体表を突き破り、外気に触れるように飛び出た。それだけにとどまらず、脊椎から瞬く間に伸びる肋骨が、彼の胴を守る鎧のように胸を覆い隠していく。
その鎧のような骨は、肩、腕、腰、脚とあらゆる場所を覆い、最後に面が剥がれていたディスペイヤーの顔に髑髏が被せられた。
鎧の各所には、彼の背後に浮かぶ霊圧の骸骨へとつながる鎖がある。
見ようによっては、ディスペイヤーが背後の骸骨に操られている糸人形に見えなくもない。
しかし、最も特筆すべき点はその異質な霊圧にあるだろう。
「―――纏骸」
髑髏の隙間から覗く口で彼は紡ぐ。
「ボクの全力だ」
「……随分凶悪そうじゃねえか」
「まあね。ホントにヤバい時、無理やり動かすための技みたいなものだからさ……」
そう言ってディスペイヤーが動きを確かめるように指を動かせば、背後の巨大な骸骨も連動して同じ挙動をとる。
成程、七番隊隊長の狛村左陣の斬魄刀『
「―――死神さん!!」
相手の能力について焰真が思案を巡らせていれば、不意にここに居るハズのない少女の声が聞こえる。
「真咲……!?」
「んん?」
「あたしも……あたしも戦います!」
友人たちを安全な場所に逃がせたのか、真咲は滅却十字を携え、霊子で構成された光弓―――聖弓を構えている。
だが、戦意を滾らせて鼻息を荒くする真咲とは裏腹に、焰真は随分と落ち着いた様子であった。
「ダメだ、下がってくれ」
「っ……なんでですか!?」
何故加勢させてくれないのかと悲痛な声色で叫ぶ真咲。
「あたしが、あたしが滅却師だからですかっ!?」
「……そうじゃない」
「じゃあなんで……!」
「俺の我儘だ」
「え……?」
我儘。
その真意がわからず、真咲は呆気にとられる。
敵が歪で異質で強大な霊圧を放っているというにも拘わらず、それでも一人で戦おうとする理由が真咲にはわからない。
必死に思案を巡らせ、その解を考える。
―――と、その時だった。
「あ」
ディスペイヤーが思い出したように声を上げた。
「ボクが食べた滅却師のお子さんだ」
「………………はっ?」
その言葉に、真咲は瞠目し口を半開きにしたまま、驚愕の内容を口にした虚へとその空虚な視線を向けた。
「た、べ……」
「うん。たぶんおいしかったと思うよ」
余りにも、あっけない声音。
「―――っっっ!!!!!」
真咲は自分の中で何かが爆発したような感覚を覚えた。
怒り、悲しみ、憎悪……ドロドロと粘着質な負の感情が噴火するような感覚だ。
歯を食いしばり、眉間に深い皺が刻まれるほど目元に力を入れて、母親の仇であることを自白した虚めがけ、神聖滅矢を放とうと射る体勢に入った。
「―――やめてくれ」
しかし、射る寸前で焰真が目の前に現れたことにより、辛うじて敵味方の判別はついた真咲は、限界まで収束させた矢を天に放つ。
片腕を空に掲げる体勢の真咲。
やや脱力したように見える彼女は、俯いた顔から涙をポツリポツリと零し始める。
「な、んで……」
感情の整理などついていない。
だが、言葉は自然と紡がれていく。壊れた人形の方がよっぽどマシに聞こえる声で。
「なんで……ですか?」
「……救いたいからだ」
「……それが、あたしのお母さんの仇でもですか?」
「ああ」
「貴方を殺すかもしれない相手でもですか?」
「ああ」
「じゃあ……―――じゃあ、あたしはどうすればいいんですかっ!!?」
泣き腫らした顔を上げた真咲は、沈痛な表情を浮かべている焰真の胸倉をつかみ上げた。
確かに彼も悲しんでいる人間の一人であることは重々承知している。だが、それを差し引いても咲は真咲のたった一人の母親であり、何物にも代えがたい大切な存在だった。
その命を奪った怨敵を前にし、何もするなとは、そんな残酷な話があってたまるか。
そう言わんばかりに嗚咽を漏らしながら睨みつけてくる真咲。
焰真は、そんな彼女の腕に手を当てる。
「……
「……え?」
やおら放させた手を、焰真は自分の胸の中央に当てさせる。
そうして感じ取ることができるのは鼓動と熱。
トクン、トクンとリズムよく脈打つ血の流れは、波立っていた真咲の心境を僅かに落ち着かせていく。
「あいつだって生きてる」
「……」
その言い放たれた言葉に、真咲は目を背ける。
だが、焰真はそのまま続けた。
「もし、あいつが本当に咲を殺した……食ったのが本当なら、尚更救わなきゃいけないんだ。わかるだろ? 滅却師は―――」
「虚を……
「ああ。憎い気持ちは……許せない気持ちは俺にだってある。だけどな、あいつに犯した罪を悔い改めるつもりがあるんなら……俺は生かしたい。そのために、今のあいつを救いたい。あいつの中には、きっと咲の魂も宿ってる」
真咲にとって残酷な話だったかもしれない。
それでも焰真は真咲に伝えたかったのだ。
「咲が俺だったなら、きっと咲もあいつを救おうとする」
「っ!」
弾かれるように面を上げる真咲の顔から、涙が舞う。くしゃくしゃに歪んだ顔を見ることなくディスペイヤーに向かい合った焰真は、煉華の切っ先を彼へ向けた。
煉華の力は浄化―――浄罪の力。
「だから、お前の全部を俺に預けてくれ。全部救う……そう誓ったんだ」
その背中に何故か母の面影を重ねた真咲は、
「……う゛ん」
頷く―――託すことしかできなかった。
さめざめと泣く真咲を背に歩み出す焰真。
ざわり、と霊圧が騒々しくなる。
すると、途端に彼の頭頂部の九十九髪の範囲が広くなったではないか。その分だけ彼の放つ霊圧は格段に上昇する。
その変化に鋭い弧を描くかのように笑みを浮かべるディスペイヤーは、首を回して音を鳴らす。
「終わった?」
「ああ」
「じゃあ、再開しよっか」
ギチ、ギチ、ギチ。
軋むような音を立ててディスペイヤーと背後の巨大な骸骨は動き始める。
「ア~ク~タ~ビ~……エンマァァァアアア!!!」
腕を振るえば、骨の腕も連動して振るわれる。
地面を抉り、大地を鳴動させるほどの質量をもつ腕を跳躍して躱す焰真は、強大な相手を目の前にしているにも拘わらず、不気味なほど冷静に対処していた。
(嘘じゃねえんだ)
追撃するべく立て続けに振り上げられる腕を、体を回転させながらの斬撃で弾くようにして躱し、ディスペイヤー目掛けて降りていく。
(たぶん、俺の中に残ってるお前が、俺の魂に訴えかけてくれてる)
着地し、数度刃を振るう。
しかしこれはディスペイヤーの纏う骨の鎧に僅かな傷をつけるだけに留まる。
(俺は……もしかすると、お前が死んでたって気付いてたかもしれねえ)
圧し潰すべく、骸骨の腕が頭上から振り下ろされるが、焰真は煉華を頭上に構え、その一撃に対し全身を以てして受け止めた。
体が悲鳴を上げる。
しかし、心が折れることは決してない。
(でも……でもな)
霊圧を放出、そして煉華を炎と共に一閃。
弾かれる骸骨の腕は、猛々しく燃え盛る煉華の炎によって浄められ、幾分かそのサイズを縮めた。
どうやら、虚の霊圧で模られている骸骨に対しては、煉華の浄化能力で対処した方が効果的なようだ。
(俺の中の
骸骨を弾かれ驚くディスペイヤーに対し、猛攻を仕掛ける。
数えることすら億劫になるほど激しい斬撃の嵐。これまた霊圧で鋭くした手刀で受け止め、時には反撃を仕掛けてくるディスペイヤーであるが、時間が経つと共に骨の鎧が無い部分から血が迸り、骨の鎧自体にも無視できないような罅が入っている。
だが、その代償は焰真の体に無数に刻まれていた。
それでも彼は止まる気配を見せない。
(なあ、咲)
焰真は勝負に出んと肉迫した。
それに合わせ、ディスペイヤーは極限まで圧縮した霊圧を纏わせた手刀を突き出してくる。
濃厚な死の香りが漂う。
しかし、寸前で顔を傾けて焰真は躱す。僅かに、鋭く研ぎ澄まされた霊圧の刃に触れた頬からは勢いよく血が舞うが、それも厭わず、寧ろ突き出されたディスペイヤーの腕を空いている方の手で掴んで拘束した。
(もし、まだそれでも魂を助けたいって思ってるなら……)
地面に刃を滑らせるように携えていた焰真は、持ち方を普段通りのものから逆手へと替える。この距離ならば、そうした方がいいという判断からであった。
零距離。決して外すことはない。
正念場の刻の訪れに、煉華の炎は今日一番の猛りを見せる。
(お前の想い……―――届けさせてくれ!!)
「っ……!?」
刹那、ディスペイヤーの動きが一瞬ピタリと止まった。
焰真も、そしてディスペイヤー自身も驚く出来事。本来、防御のために動かそうとしていた腕も動かず困惑するディスペイヤーに対し、煉華の刃は今や今やと炎を迸らせながら閃く。
(―――ありがとう)
心の中で亡き者に礼を告げる。
刃は、絶望に届いた。
「おおおおおおおッ!!!」
「グゥ、ガアアアアア!!!」
咆哮と慟哭。
周囲の森羅万象を鳴動させる力の奔流は、二人を中心に範囲を広げる。
ディスペイヤーの骨の鎧に食い込んだ刃は、迸らせる浄化の炎で骨を焼き焦がし、灰塵と為していく。
これで勝敗はついた―――かに思えた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「ッ!」
まさしく断末魔に相応しい雄叫びを上げ、ディスペイヤーは背後の巨大な骸骨を動かした。
彼の動きに連動し大口を開けていた骸骨の口腔には、みるみるうちに霊圧が収束していく。それこそ、周囲の空間が歪むほどの霊圧密度。もし放たれでもすれば、周囲には甚大な被害が出ることだろう。
最期の一撃。
全身全霊、死力を尽くした一撃がまさに今、放たれんとする。
―――これまでか?
不意に脳裏を過る思い。無論、焰真は諦めている訳ではない。ただ、打開策を見いだせず、焦燥に駆られているのだ。
しかし、今できることはこのまま刃を振り切るだけ。それに変わりはない。
歯を砕けんばかりに食い縛り、なけなしの残った全てを煉華に注ぎ込む。
(もう少し)
力と。
(もう少し……!)
想いと。
(もう少しなんだ……!!)
―――と。
「死なないでっ!!!」
声が、聞こえた。
それは焰真か、はたまたディスペイヤーか。それとも彼の中に居る母の魂にか。
そんな背後より響いた声は、焰真の体に力をもたらす。精神論の話ではない。
現実に、傷だらけで今すぐにでも倒れてしまいかねない焰真の体が、光に包まれていったのだ。
艶やかな黒髪は全て九十九髪の如き白髪へ。
煉華の鍔も変形し、纏う黒衣も見慣れぬ形へと変貌していく。
形が定まらぬ幻影のような力を纏う焰真の右目は、煉華と同じ青色に。
ひどく不安定ながら、満ち満ちていく力の奔流を纏った焰真の“
逆手で振り上げる刀身と共に、天を衝かんと奔っていく霊圧の炎は、空高く立ち昇った所で、燐光と化して霧散していく。
それは、昼にも拘わらず空に満天の星を彷彿とさせる光景へ変えていった。
「あっ……」
最後に変わったのはディスペイヤーだった。
その禍々しい容貌は見る影もなく、端正な顔立ちをした中性的な人間へと還る。
まるで微睡の中に居るかのように半目を浮かべている彼は、力なく前のめりに倒れていく。
しかし、倒れる寸前のところで焰真が腕で抱きとめた。
それと同時に、彼が纏っていた力の衣は霧散し、元の黒衣を閃く死神へと逆戻りだ。その一方で、体中に刻まれていた傷は一つも残っていない。
新品同然の体を晒す焰真は、力なく腕に抱きとめられるディスペイヤーだった人間を支える―――支えていくのだ。
「……おかえり」
故に受け止める。
彼がこれから罪を受け入れて生きていけるように。