BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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Ⅳ.DARK SOULS
*33 流れをかっさらうこと、波の如く


「それでは、此より護廷十三隊新隊長着任の儀を執り行います」

 

 一番隊舎。

 他の隊舎よりも立派に作られている建物の中では、錚々たる顔ぶれが立ち並んでいた。

 十三番隊隊長を除いた合計十二名の隊長と、彼らの副官たる十二名の副隊長。

 その中で、唯一声を上げたのは一番隊副隊長こと雀部長次郎だ。総隊長である元柳斎の右腕であり、護廷十三隊創設当初より一番隊副隊長を務めている彼は、実力は隊長であってもおかしくはないほど。

 しかし、元柳斎への苛烈なまでの忠誠心により、自らは頑なに一番隊副隊長という座から動くことはない。

 

 そんな彼の堂々かつ手慣れた様子の進行により、今日新たに一人の隊長が生まれようとしていた。

 

 本来ならば、十三番隊副隊長もこの場に居るべきであろうが、それは叶わない。

 何故ならば、隊長となる者こそ、その副隊長であった者だからだ。

 

「新隊長は中へ! 十三番隊隊長、志波海燕!」

「はい!」

 

 普段の温和な様子は息を潜め、そこに佇むは隊長と呼んで遜色ない雰囲気を放つ好漢。

 

 ある者は、予想していたと言わんばかりの眼差しを。

 ある者は、素直に新隊長誕生を祝う温かい眼差しを。

 ある者は、彼が(まこと)隊長に相応しい器か依然見極めんとする眼差しを。

 

 しかし、現に歴史に名を刻む新たな隊長は今を以て誕生した。

 浮竹十四郎が背負っていた“十三”を背負った今、海燕はなにを思っているのか。

 それはまだ、この場に居る者達にはわからない―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ぶっはー! 緊張して息詰まるかと思ったぁ……」

「お疲れ、海燕。その羽織もよく似合ってるぞ!」

 

 場所は移って隊首室。

 言葉通り、緊張していた海燕が深呼吸し肩を回していれば、すでに見慣れた隊長羽織を脱ぎ、死覇装のみを纏っている浮竹が温かい笑みを海燕に投げかけていた。

 しかし、海燕はこそばゆさを感じているのか、頬をポリポリ掻く。

 

「いやぁ……俺はてっきり浮竹隊長が着てるのそのままもらうと思ってたんスけど、まさかもう作ってたたぁ……」

「はははっ! そりゃあ、俺のお古を渡す訳にもいかないだろう」

「……ホントに、俺に十三番隊預けるつもりでいたんスね」

「ずっとな」

 

 新隊長である海燕と、元隊長である浮竹の間には僅かに寂しそうな空気が流れる。

 もう百年も経つであろう流魂街における魂魄消失事件、及び虚化事件。それに伴い護廷十三隊は数多くの隊長格を失い、任務に差支えが出るほどの混乱が組織内に生まれた。

 このままではいけない―――元より正義感を携えていた海燕は、その混乱をどうにかするべくと、それまで頑なに断っていた浮竹からの副隊長の推薦を受け、そのまま着任するに至ったのだ。

 

 浮竹との隊長・副隊長の関係も、もう百年。

 それが無くなるというのだから、寂しさを覚えない方がおかしいと言えるだけの絆が彼らの間には在った。

 

「……浮竹隊長」

「もう“元”だ」

「いや、俺にはずっと浮竹隊長ですよ。今までも、これからも」

「それは……」

 

 困ったように浮竹は笑う。

 つい先日隊長を引退した身としては、隊長隊長と呼ばれることには少し遠慮がある。

 だが、それもまた彼の人望の厚さ故。浮竹がどれだけやめるよう窘めても、今まで彼を隊長と呼んで親しんでいた者達は総じて、浮竹を『隊長』と呼び続ける。それは海燕も例外ではない。

 

「あんたは俺の追うべき背中です」

「……面と向かって言われると恥ずかしいな」

「いつか、追い越せるよう頑張りますんで、そこんところはよろしくお願いしますよ」

「ああ、もちろんだ。―――ああ、そうだ!」

 

 端的な会話なれど、心意気は十二分に伝わった。

 しかし、そんな中でも浮竹にはまだわからないことがある。

 

「副隊長はどうするつもりなんだ?」

 

 そう、副隊長が隊長に昇進したとなれば、必然的に副隊長の座は空いていることになる。

 順当にいけば……、

 

「やっぱり都か?」

「あぁ~……それについてなんスけどね」

 

 同隊三席であり海燕の妻、都こそが副隊長に最もふさわしいと言う者は多いハズ。

 身内だから贔屓しているのでは? と思う者も居るかもしれないが、十三番隊で働いている者にとっては、実力・人格ともに優れている彼女が副隊長になっても文句の一つも出ないだろう。

 しかし、海燕は何かを考えているのか、少し言いにくそうに顎に手を当て考える様子を見せてから、浮竹に面と向かい口を開いた。

 

「―――」

「―――!? ……そうか」

「どうっすかね?」

 

 海燕の考えを聞いた浮竹もまた、ムムッと思案する。

 だが、応えるのにそう時間はかからなかった。

 

「好きにすればいいさ。もう十三番隊はお前のものだ。お前がそれでいいと思うなら、きっとそれが一番だ」

「浮竹隊長……」

 

 一見無責任ともとれる言葉だが、それが単に投げ出しているのではなく、自分に全幅の信頼を置いているのだということを理解している海燕は、緊張がほぐれたのかホッと安堵の息を漏らす。

 

「あとは、あいつが頷きゃいいんだけどな……」

 

 

 

 ***

 

 

 

 何度も訪れた精神世界。

 天を衝くようにそびえ立つ一つの楼閣のような塔もまた、変わらない様子だ。

 

「この塔は、貴方が救ったものの力でどこまでも高く煉り上げられていく」

 

 その中を二人で歩む焰真と煉華。

 カツカツと靴の音を鳴らす彼女は、振袖を揺らしながら嬉々として語る。

 

「それって、星に届くくらいか?」

「それは貴方次第。貴方が星に抱くイメージは? 手が届くもの? それとも、どれだけ手を伸ばしても届かないもの?」

 

 いつの間にかにたどり着いた塔の頂上。

 殺風景な頂上は未完成のようだ。煉華の言う通り。しかし、頂上の床や壁をよく見れば淡い白い炎が灯っている。ジッと待てば、少しずつ塔が伸びている様子が見えた。

 空を仰げば満天の星。いつぞや仰いだ時の景色に比べれば、随分と星の数も増えている。

 さらに言えば、身近な人物に例えたと記憶している星が、以前よりも目映く輝いているではないか。

 

 そんな星々に手を翳す焰真は、脳裏を過る人々を想う。

 

「―――いや、届かせるものだ」

「そう」

 

 薄く、煉華は笑った。

 焰真の言葉に満足したのかどうかは分からないものの、機嫌を損ねた訳ではなさそうだ。

 いつも余裕綽々な様子の彼女だが、未だどのような性格か把握し切れていないきらいはある。

 

 だが、今日焰真は彼女を理解するためにやってきている訳ではない。

 

「なあ、煉華」

「何かしら」

「ずっと気になってたんだがよ……―――そっちの奴はなんなんだ?」

「……」

 

 一瞬、煉華の顔が曇る。

 その様子にギョッとしてしまった焰真であったが、ここで有耶無耶にもできないと、煉華から伸びている影を指さす。

 煉華の影にしてはシルエットが違い過ぎる。

 それによくよく思い返せば、彼女の名を告げられた時に聞こえたもう一人の男性らしき人影がないではないか。

 彼も煉華ならば、精神世界に居なければおかしい。しかし、一向に姿を窺うことができず幾星霜。ようやく、見つけた。

 

「……貴方が気にすることじゃない」

「いや、気にするさ」

 

 目に見えて不機嫌になる煉華だが、焰真は詰問を止めない。

 

「仮にも俺の斬魄刀に不詳の存在が居たら怖いだろうが」

「……」

 

(こいつ、こんな顔するのか……)

 

 下唇を突き出し、若干しゃくれるような表情を見せ不服を訴える煉華。

 端正な顔立ちが台無しとなっているが、それだけもう一つの存在について言及されたくないようだ。

 

「劫火大炮に灯篭流し、煉滅火刑、聖火霊現……そして天極と地極についても教えてくれたのは他でもない、お前だ煉華」

「ええ、その通り。だから―――」

「でもな、だからこそ今になって隠し事なんてナシだ」

 

 煉華に詰め寄った焰真は、真摯な眼差しで彼女の眼を射抜く。

 美しい赤と青。見る者の心を魅了する彩りを有す眼に反射する自身の姿を確認した焰真は、押し黙る煉華とすれ違う形で彼女の影へ歩を進ませる。

 

「力が……足りないんだ」

 

 無力を知った。

 救えるハズだった命もあった。

 だが、これから救っていける命はある。

 それらを救うには力が必要なのだ、今まで以上に。

 

「もう、亡くしたくない」

 

 嘆願のような呟きを焰真は漏らし、影に手を翳す。

 

「そのためにはお前を……煉華の全部を知る必要がある」

 

 そっと影に手を当てれば、侵蝕するように黒い霊圧が焰真の血管を通ってくる。

 しかし、それを焰真は厭わない。

 体内を駆け巡る胎動を感じ取り、確かに目の前の存在が生きているものだと実感する。

 

―――そう、在るものとして捉えた。

 

「お前も煉華なら、俺に全部曝け出してくれっ!」

 

 願うように手に力を込めた焰真。

 その瞬間、焰真からあふれ出した霊圧が血管を侵蝕してくる黒い霊圧を逆流させ、そのまま影へ奔っていった。

 すると、逆流した霊圧と血が影へ注ぎこまれ、炎のように燃え盛った瞬間―――それは顕在化する。

 

「!」

 

 現れたのは、漆黒のコートに身を包む長髪髭面の男性。眼鏡―――正確に言えば、半透明のサングラスをかけている彼は、茫然と立ち尽くす焰真に目を向ける。

 

「焰真」

「……お前も煉華なのか」

「そうだ、とも言える」

「……どういう意味だ?」

「私は煉華であり、煉華ではない存在」

「結局のところどっちだよ」

 

 男の言葉に、焰真は頭上にクエスチョンマークを浮かべる。

 曖昧過ぎる返答に悶々とするのも馬鹿馬鹿しい。ここは一つ、はっきりさせようではないか―――そう決意する焰真は、ずいっと男に顔を近づける。

 

「はっきりしてくれ」

「……お前は、“誇り”で斬魄刀の解放に至ったな」

「いや、話を」

「私は……お前の“血”を司る」

「聞いてるか? いや、説明してるつもりならいいんだが、それにしても回りくどい気がするぞ」

 

 結論から述べろ、と言いたいがグッと堪える。

 それにしても人の話を聞かない相手だと思ってしまうのは致し方ないことだ。

 

「本来、お前は生まれるハズはなかった」

「……なん、だと?」

「だが、お前の中に存在していた“欠片”と血が奇跡を起こし、お前は一度現世に生を受けた」

「……」

「しかしだ。その代わりに、発現するハズだった力はお前が愛着を持っていた滅却十字に、お前自身の霊圧と共に収束していった」

「!」

 

 脳裏を過るのは、流魂街の時代から片時も手放さなかった五芒星のペンダント。

 男の言う滅却十字とは、おそらくそれを指しているのだろう。

 少しずつピースが埋まっていく。その度に困惑はあれど、全てを知るつもりで彼を問いただしたのだ。自ら引き下がるつもりなど、毛頭ない。

 

「お前の覚悟に呼応し、それは斬魄刀と一体になった。そして、本来浄罪と断罪を司るハズだった斬魄刀に、滅却十字に宿っていた能力が加わった」

「それは……―――っ!?」

 

 身を乗り出し、解を求めようとした。

 

 しかし刹那、その解よりも気になるものが視界に映ったことにより、焰真の思考は途切れる結果となる。

 

 男の陰。そこには煉華が居るのだが、どうも様子がおかしい。

 

「っ……っ……!」

「……え」

 

 頬をパンパンに膨らませ、拳を固く握る煉華は、目尻に大粒の涙を浮かべている。

 

―――何故、彼女は泣いているのだろう?

 

 そんな疑問が焰真の頭に浮かんだ時、彼女の姿は視界から掻き消え、同時に腹部に凄まじい衝撃を覚えた。

 

「ぎゃばぁ!?」

「私に……!」

 

 タックルを喰らった衝撃で倒れた焰真は、腹部と背中に奔る痛みに悶絶しつつ、ブー垂れる煉華を見上げる。

 噴火五秒前。

 そう表現したくなるほど、顔を真っ赤にしている煉華は、空を仰いで叫ぶ。

 

「私だけに……!!」

 

 ―――突然だが、斬魄刀は所有者の魂を写し取った武器だ。

 所有者たる死神の魂そのものではない。故に、所有者の性格とは若干の違いはあるが、根っこの部分はほとんど似ている。ペットは飼い主に似ると言われるように、ペットと飼い主のような関係に近いとも言えるだろう。

 

 故に、煉華も焰真の性格を映しとっている部分があった。

 

 

 

「―――私だけにかまってよぉぉぉおおおお!!!」

 

 

 

(えええええっ!!?)

 

 寂しがり屋で甘えん坊。

 それこそが焰真の真理。

 煉華の場合、その性格が若干こじれてかまってちゃんが付与された結果となったのだった。

 つまり今までの煉華の態度は、焰真をひとりじめにしているが故の余裕があったからこその態度だったのだ。

 

 しかし、男が()れたことにより焰真がとられてしまう―――そう考えた。

 

「私だけを見てよぉぉぉおおおお!!!」

 

 そうみっともなく泣き叫んで、掴んだ焰真の胸倉をユサユサ揺さぶる煉華に最早威厳はなく、子どもでも見ている気分であった。

 そして焰真はこう思う。

 

 

 

―――あれ? 俺の斬魄刀って結構めんどくさい? と。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――んま。焰真!」

「はっ!?」

 

 呼び声に意識が覚醒し、焰真の意識は精神世界から現実へと引き戻される。

 声の聞こえた方に振り向けば、そこにはやれやれと言わんばかりに眉尻を落とすルキアが立っていた。

 

「もうすぐ昼休憩が終わるぞ」

「あ、ああ、そうか……」

「む? どうかしたのか」

「いや、なんでもない……ぞ」

「……ならいいのだが」

 

 昼休憩に縁側で刃禅をしようと誘ったルキアは、様子のおかしい焰真に心配そうな眼差しを送る。

 だが、焰真は『自分の斬魄刀が割とめんどうくさい性格だと判明した』と言えるはずもなく、なんとなくはぐらかし、煉華を鞘に納めて立ち上がった。

 

 すると、廊下からドタドタとわざとらしい足音が聞こえてくる。

 

「おー、ここに居たか!」

「む、海燕殿。どうしたのですか?」

「海燕さ……あ、海燕隊長? 志波隊長? どっちがいいですか?」

「だー! 隊長なんて堅苦しい呼び方しねえで、いつも通り呼べよ!」

 

 着任ほやほやの十三番隊隊長こと海燕が現れた。

 まだ見慣れぬ彼の隊長羽織に目を白黒とさせていれば、『芥火、こっち来い』と手招かれたため、焰真は首を傾げつつ颯爽と彼の下へ駆けよる。

 

「どうかしたんですか?」

「芥火ぃ! オメーに話がある」

「はい」

「お前……副隊長やれ!」

 

 その言葉を境に、彼を中心に静寂が広がっていく。

 偶然通りがかっていた隊士もぴたりと足を止め、微動だにしない焰真へ視線を向ける。

 

 そして、当の焰真はというと、魂が抜けているような顔を晒し、茫然と立ち尽くしていた。

 

 たっぷり時間を使って我に返った時、彼が一言目に発した言葉は、

 

 

 

「……はぇ?」

 

 

 

 副隊長に推薦された者とは思えないほど、間の抜けた声だったという(ルキア談)。

 

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