BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*36 廻転する歯車

―――今回、取材をするのは、先月隊長に就任した志波海燕十三番隊長に続き、その副官になった芥火焰真同隊副隊長です。副隊長就任及び今回の取材を受けて頂き、誠にありがとうございます。

 

「いっ、いや……よろしくお願いします。……って、こんな感じでいいんですかね?」

 

―――どうぞ肩の力を抜いて下さっても構いません。それではまず、副隊長になったことへの意気込みについてお聞きしたいと思います。

 

「意気込み……」

 

―――そう堅く考えなさらなくても大丈夫です。どう頑張っていきたいかなどを……。

 

「ええと……同期の雛森副隊長に藍染隊長の言葉を聞いて、その受け売りなんですけど、隊長と隊士の架け橋になれるような、親しみやすい……それでいて、皆が頼れる副隊長になれればな……と」

 

―――成程。では、貴方が副隊長に就任してからの周りの反応などは?

 

「ああ、その、意外と皆が受け入れてくれる……みたいな感じです。支えてもらってると言うか、ありがたい限り、です」

 

―――他者を支える温かい隊風が誇りだと、志波隊長も仰られていました。支え、支えられていく……素晴らしい隊だと思います。

 

「あ、ありがとうございます」

 

―――では、次は……―――

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぃ~~~!」

「おう、お疲れ芥火」

「お疲れ様です、檜佐木さん。……取材って毎回こんな感じなんすか?」

「まあな。ま、一個人に取材しに行く機会なんて、それこそ着任の時ぐらいだけどな」

 

 瀞霊廷のとある料亭の一間を借り、二人の死神が会話をしていた。

 焰真と机を挟み、向かい側に座っている頬に69の刺青を彫った男は、九番隊副隊長こと檜佐木修平だ。

 焰真たちの世代から見れば、5期上の先輩にあたる人物であり、今回焰真へ取材しに来たことから分かる通り、瀞霊廷通信に携わっている―――さらに言えば、副編集長も務めている。

 

 慣れぬ取材。

 必要以上に緊張していたためか、大分口調も畏まったものとなり、取材が終わった今となっては話した内容もあまり覚えていない。

 最初の意気込みを除けば、好きな食べ物だったり座右の銘だったりと当たり障りのないことを聞かれたが、内容はすでに頭から抜けているため、今回の取材が載っている瀞霊廷通信の号を買うと、焰真は固く決意する。

 

 ドッと湧き出た疲労を癒すべく、用意されていた料理に手を付ける焰真。

 すでに冷えてしまってはいるが、それでも美味しいところは流石料亭と言えるところだろう。

 汁の染みた煮魚のホロホロとした食感に舌鼓を打ちつつ、焰真は檜佐木が一生懸命メモしている様を目の当たりにし、気になったように身を乗り出す。

 

「瀞霊廷通信って人気なんですか?」

「人気なんですかってお前……死神のために毎月発行してるもんだぞ? 人気とか以前に把握されてしかるべきものだろうが」

「はあ」

「ったく、これからお前は毎月欠かさず買え! いいな!?」

 

 先輩の圧力による購読を決めつけられた焰真は、『うへぇ~』とわざとらしく苦々しい笑みを浮かべる。

 

「んじゃあ、具体的に何書いてあったりするんですか?」

「そりゃあ死神について色々だな……最近は、浮竹隊長……じゃねえや。浮竹学院長の『双魚のお断り!』が徐々に人気出てきたな」

「浮竹隊長の」

「ああ。勧善懲悪の冒険小説。死神だけじゃなくて、瀞霊廷通信は貴族とかも読むしな。子どもの読者がついてきてる。定期連載になったのが大きいな」

「へー」

「お前もコラムとか持ってみるか?」

「いやぁ……俺にそういうのは……」

「……そうか」

 

 至極残念そうに俯く檜佐木。

 彼もまた、副編集長として色々苦労しているのだろう。副隊長業務に駆られる中での、編集業務は、おそらく他の隊の副隊長業務よりも過酷なスケジュールとなっているのではなかろうか。

 できれば手を貸したい焰真ではあるものの、文学的な才能はからっきしだ。

 手を貸すことはできなさそうである。

 

 副隊長になって数か月。

 ようやく副隊長業務にも慣れ始めた頃合いであるが、まだまだ要領を得ていない部分はある。

 

 曲者の隊士も、焰真が必要以上に疲れる要因でもあった。

 

 偏屈な先輩隊士。

 生意気な後輩隊士。

 個性豊かな他隊の隊士たち等々……。

 

「副隊長って……大変っすね」

「まあな」

 

 何時の時代も中間管理職は苦労する。悲しいね。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

「ああ、そう言えば日番谷隊長のコラム、再開してたんだったな」

「日番谷隊長の?」

「『華麗なる結晶』ってやつだな。お、そういやそろそろ日番谷隊長の誕生日じゃねえか」

 

 思い出したように口に出す檜佐木に、焰真は『なるほど』と相槌を打つ。

 副隊長という立場になった以上、他隊の隊長との交流は今まで以上に増えるだろう。

 それ抜きにしても、多少は見知った仲だ。普段の労いも込めて、彼の誕生日を祝うべきではなかろうか?

 世話焼き(たがり)の焰真は、そう考えるや否や、誕生日を迎える日番谷にどのような贈り物を贈るべきか思案する。

 

 だが、彼の欲しいものや好物までは把握していない。

 

―――ならば、知っている人に聞けばいいではないか。

 

 思い当たる人物は……居る。

 

(よし)

 

 グッと拳を握る焰真は、『ご馳走様でした』と料理を平らげた後、そそくさと脳裏に過った人物の下まで駆けていくのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「え? 日番谷くんの誕生日のお祝い?」

「ああ」

 

 きょとんとした顔で応えるのは、雛森だ。

 日番谷をよく知る人物の一人であり、彼女と日番谷の仲は流魂街時代まで遡る。姉弟のように仲睦まじく育った(と聞く)二人であれば、互いの好みは把握していることだろう。

 

 もう一人の選択として乱菊も挙がったが、贈り物を選ぶという体で買い物に付き合わされた挙句、なにか奢らされそうな予感がしたため、彼女は焰真の選択肢から除外されたという訳だ。

 

「なにかいいもの思い浮かばないか?」

「う~ん、そうだなぁ……そうだ。甘納豆とかどうかな? 日番谷くん、よく昔から食べてたから」

「甘納豆か、なるほど」

「あ、でも他の甘い食べ物はあんまり好きじゃないから気をつけてね」

「お、そうか」

「あとはねぇ、大根おろしをたっぷりかけた玉子焼きとかが好きだったかなっ!」

 

 指折り数えて日番谷の好物を唱える雛森。

 その微笑ましい様子に、緋真であったならば自分の好物を唱えてくれるのだろうと、ポッと胸が温まるような気持ちとなった。無論、焰真も彼女の好物は把握している。

 血の繋がらない共同体と言えど、流魂街には家族と言えるだけの絆を有している者達が大勢居るものなのだ。

 

 焰真は少々人の輪に入るのが遅れてしまったものの、今となっては懐かしい思い出話である。

 

 なにはともあれ、目的は達したが……。

 

「ねえ、焰真くん」

「ん? どうした雛森」

 

 眉尻を下げる雛森に、踵を返そうとしていた焰真は踏みとどまる。

 

「あたし、折角だから他の人も呼んで日番谷くんの誕生日お祝いしようと思ってるんだけど……どうかな?」

「他の人って……」

「乱菊さんとか。あと、多分藍染隊長とかも話を聞いたら来てくれると思うけど……」

「なるほど」

 

 身近な親しい人物を呼び、誕生日を祝うというのはポピュラーだ。

 雛森も家族に等しい日番谷の誕生日を祝う以上は、手を抜きたくないようである。

 

 そして、そのような願いを焰真が耳にすれば、彼の世話焼きが発動することは言わずもがな。

 

「わかった。俺も手伝う」

「ホント!? ありがとう!」

「じゃあ、まずは―――」

 

 日番谷にそれとなく近しい、祝ってくれそうな人物を思い浮かべる。

 

 考えのままに向かう先は―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「じゃあ、空鶴に言って花火打ち上げてやるよ」

「……本気ですか?」

「本気もなにも、なにかしらの形で祝ってほしいっつったのオメーだろうが」

「流石に花火を上げるとは思ってなかったんで……」

 

 焰真がやって来たのは自隊の隊長の海燕の下だ。

 花火を上げるなどという耳を疑う内容を口にする彼だが、実際不可能ではない。

 彼は元五大貴族が一、志波家の男。一心の度重なる現世出奔で、五大貴族の座から引きずり落とされてしまった志波家だが、元より自由奔放な彼らは住居を流魂街に構えていた。

 そして、その奇天烈な門構えを備える住居には、どでかい花火を打ち上げる為の大筒が存在する。

 

 それを用い、彼の妹である空鶴に頼み込んで花火を打ち上げるという訳だが、それにしてもド派手な祝い方だ。

 まさしく志波家らしい。

 

「心配すんな。うちの大筒なら、瀞霊廷ん中からでも見えるくれーでっけー花火打ち上げてやれるぞ」

「あ……ありがとうございます」

「……若干引いてんじゃねえよ」

「いや、その、なんか、規模の壮大さに……若干押され気味になってるだけです」

「それを引いてるっつーんだよ!!」

 

 スパコーン! と小気味いい音を響かせ、引いている焰真の頭をすっ叩く海燕は、やれやれと首を振りつつ、次の瞬間には爽やかな笑顔を浮かべ『任せろ』と言い放つ。

 

 時たま見られる海燕の豪快さには焰真もまだ慣れていないが、誕生日に花火を打ち上げるとなれば、雛森の予想以上の賑やかな祝いができるだろう。

 季節は冬だが、寒空に咲く花火も乙というものだ。

 少しばかり呆気には取られたものの、結果的に海燕に相談してよかったと、焰真はすっ叩かれて下を向いた状態のまま笑みを浮かべる。

 

「そんじゃあ、一先ず雛森に知らせてきます。詳しい時間とかは追々伝えるんで、よろしくおなしゃす」

「おーう、任しとけーい」

 

 緩く会話を終えた二人。

 こうして日番谷の誕生日祝いに花火を上げることは決定し、詳しい日程について決めるべく、焰真は雛森の下へと向かう。

 合流後は、乱菊と藍染も日番谷の祝いに赴いてくれることが分かり、逆に焰真も志波家が日番谷のために花火を打ち上げてくれることを雛森に伝えれば、彼女は驚愕の余り数秒茫然とし、その後感極まった様子で焰真の手を握り、ブンブンとハンドシェイクを繰り返した。

 

 まさか、誰も知り合いの誕生日にどでかい花火を打ち上げてもらえるとは思ってもいないのだろうから、家族を祝う身として妥当と言えば妥当な反応だろう。

 

 そうして各人の日程を把握し、集合場所、花火を打ち上げる時間を決めた彼らは、贈り物も用意していざ誕生日に臨むのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「いやぁ~! 日番谷隊長、誕生日おめでとう!」

「……なんで学院長のあんたがこんなところに来てるんだ」

「はははっ! まあ細かいことはいいじゃないか! ああ、祝いの品としてお菓子をたくさん持ってきてるんだ! どうか受け取ってくれ!」

 

 そう言って薄目を開く日番谷に大量の菓子を手渡すのは、本来来るハズではなかった浮竹だ。

 どこから情報を仕入れてきたのかわからないが、元より日番谷に対して名前に『しろう』がつく繋がりで一方的に親近感を覚え、親しくしている彼は、此度もまた菓子を大量に(さらに言えば、誕生日であるため普段よりも増量し)携えてきていた。

 

 現世で言う所のサンタクロースが背負っている袋に等しい大きさの背嚢から、菓子が出るわ出るわ。

 しばらくお茶請けには困らなそうな量である。

 

 それを『……まあ、ありがたく受け取るが』と若干引き気味に受けとる日番谷は、これまた苦笑を浮かべている他の祝いに来てくれた面々に顔を向けた。

 

「悪いな。わざわざ祝いになんざ来てくれて」

「誕生日おめでとう日番谷くん」

「たいちょー、おめでとうございまーっす♡」

「おめでとうございます。あ、これ甘納豆です」

「おめでとう、日番谷くん!」

「……『日番谷隊長』だろが」

 

 焰真から甘納豆の入った袋を手渡されつつ、日番谷は雛森の自身への呼称を正す。

 彼女よりも随分適当な口調で呼んできた者も居たような気がするが、今更だ。あの程度にいちいち突っかかって居れば身が持たないと自分に言い聞かせる日番谷は、首に巻くマフラーに顔を埋もれさせる。

 

 刹那、夜の帳が下ろされた空に絢爛な光の花が咲き誇る。

 

「おー! 冬の花火ってのも乙ですよね。なんなら、雪とかも降ってればもっとよかったんでしょうけど」

「……それじゃ寒ぃーだろ、バカ野郎」

 

 乱菊の言葉に憎まれ口のように応える日番谷。

一方で彼女は、一切気にする様子もなく、マフラーで口元を覆ってくすくすと自隊の隊長の反応を楽しんでいるような表情を見せる。

 

 その間にも、寒月の傍らで花が咲く、咲く、咲く。

 咲いては散ってを繰り返し、何度も空を彩る絢爛な火花に、いつしか誰もが口を噤んでその光景に魅入っていた。

 

 刹那的な分離を繰り返す光は何故こうも美しいのだろう。

 

 そのような詩的なことを思いつつ、次々と打ち上げられる花火に魅入ること数分、ようやく寒月の空は元の静寂へと戻っていく。

 

 これにて祝いはお開き―――そう思っていた時だ。

 

「……人生は迷うことが多い。そうは思わないかい、芥火くん?」

「……へ?」

 

 突然藍染に話を振られた焰真は、素っ頓狂な声を上げた後、わちゃわちゃとした挙動で藍染の方へ体を向ける。

 すると藍染は、見慣れた―――それでいて心安らぐ柔らかい笑みを浮かべた。

 

「副隊長の仕事は慣れてきたかな?」

「は、はい! なんとか……」

「そうかい。それならよかった」

 

 労うような口調で語りかけられるのも久しぶりだ。

 五番隊に居た頃を思い出しつつ耳を傾けていれば、藍染はそのまま花火の代わりに夜空に輝く満天の星を仰ぐ。

 

「上に立つ者ほど、自分の起こす行動には責任が伴ってくる。隊長のみならず、副隊長もそうさ」

「……はい」

「上に立つ者は自分の力で何かを為すだけではなく、自分の判断で部下を動かさなければならない時もあるだろう」

 

 いつの間にか真剣な声音となっていた藍染は、強張った表情を浮かべる焰真の肩に手を置く。

 

「時には、部下を死なせてしまう時もあるだろう」

「―――!」

「でも、誰もその時の判断が正しいものだったとはわからないものさ。その時、最善だと思った判断も最良の結果を生み出すとは限らない」

 

 この時、焰真の脳裏に過ったのはとある遠征任務でのこと。

 学んだセオリー通り、率いた隊士たちを二つの部隊に分け、虚の捜索任務に当たった。

 だが、その時虚が襲撃したのは焰真が居ない方の部隊。霊圧の乱れを感じ、すぐさま焰真たちが駆けつけたものの、負傷者が多く出てしまった時があった。

 

 あの時、自分の判断は正しかったのだろうか?

 来る日も来る日も考えたが、中々解は出てこない。

 隊長である海燕や、副隊長である自分を補佐してくれる都にも、『時にはそういうこともある』と慰められはしたものの、自分の判断で誰かを傷つけてしまったという事態は、焰真に少しばかり暗い影を落とす。

 

 きっと、藍染はそういった副隊長の苦悩を理解し、自分に語り掛けてくれているのだろう―――焰真はそう理解した。

 

「芥火くん。良い判断を求めることは間違いではないよ。でも、大切なのは判断した後……未来さ」

「未来……?」

「そうだ。判断したという過去ばかりに囚われていたら、それこそ最良の結果は求められない。例えどんな結果が出たとしても、それを受け止め、畏れを切り開き、それでもと前へ進んでいく……選んだ選択肢を正しいものにしようと努める勇気が、きっと君の求める未来につながるハズさ」

「藍染隊長……」

 

 藍染の言葉を頭の中で反芻する焰真の傍らで、当の本人は真剣な顔から途端に元の柔和な笑顔へと表情を変える。

 『さて』と口にする彼はこう続けた。

 

「かなり冷えてきたね。僕たちもそろそろ帰ろうか」

「……はいっ!」

「……お節介だったかな?」

「いえ! なんていうか……藍染隊長には全部お見通しみたいな感じで、本当に恐縮です」

「ふっ、君の役に立てたなら幸いだよ。同じ護廷十三隊の仲間だからね」

「はい!」

 

『藍染隊長ぉー! 焰真くーんっ! もう行っちゃいますよー!』

 

 談笑する二人に声をかけるのは雛森だ。

 彼女は、凍える体を擦りつつ、先ゆく日番谷たちとその場に留まっていた焰真たちの間を繋げるように佇んでいた。

 

「ああ、すぐ行くよ」

 

 応えたのは藍染。

 吐けば白く染まる息。

 吸う時に冷気で鼻と喉が痛まぬようにと、マフラーで口元を覆う彼は、

 

「すぐに……ね」

 

 薄く笑っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 運命は廻る。

 

 それは歯車のようだ。

 

 片や、歯車の間で轢き砕かれる砂。

 

 片や、歯車を廻す理。

 

 無力と無欠。

 

 無力と無欠を噛み合わせるは、幾条かの鎖。

 

 それは“絆”とも言う。

 

 浄めの先に彼らは相まみえる。

 

 無知のままに繋がれた鎖に縛られているとも知らず。

 

 

 

 

 

 物語は始まるのだ―――無力と無欠の邂逅の(はて)に。

 




*四章 完*

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