BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*38 駆け引きの中の善意

 瀞霊廷は今、未曽有の事態に陥っていた。

 

 死神の導き無しに尸魂界へやってきた存在を“旅禍”と呼ぶが、長年現れなかったその旅禍が現れ、普段は霊王宮を守護している瀞霊壁も降りてくる事態となったのだ。

 尸魂界全土から選び抜かれた豪傑の一人、兕丹坊(じだんぼう)を倒し、白道門から侵入しようとした旅禍たち。

 

 だが、偶然近場に居た三番隊隊長の市丸ギンにより、旅禍は撃退された……のだが、

 

「はぁ」

「……なんだか疲れてるみたいだね。どうしたの、焰真くん?」

 

 標的を仕留めたのではなく、取り逃がした市丸の弁明を聞くべく、普段は瀞霊廷中に散らばっている隊長・副隊長らが一番隊舎に集っていた。

 しかし、実際に話し合うのは隊長たち。副隊長は、二番側臣室に待機との命を受けての集合。特にすることもないことから、焰真にとっては苛立ちが募るばかりだ。

 

 そして、ルキアを救うために通い慣れぬ図書館で判例を探しまわったり、知恵を借りに他隊の者を当たってみたりと、振り返ればロクに休めてもいない。

 そのことを雛森が看破するように問いかけてきたものだから、焰真は腰に下げた斬魄刀を僅かに抜き、刀身に映る自身の目元を見遣った。真っ黒な隈が、彼が十分な休息を得られていない何よりの証拠だ。

 

「最近、色々走り回ってるみたいだけど……少しは休まないと保たないよ?」

「……悪い」

「―――なんじゃあ。まぁだ雛森と芥火しか居らんのかぃ」

「射場さん!」

 

 焰真と雛森二人のみだった二番側臣室に入ってきたのは、サングラスをかけた任侠の道に生きていそうな風貌の男―――七番隊副隊長、射場(いば)鉄左衛門(てつざえもん)だ。

 さらに彼に続いて部屋に入ってくる者が一人。

 左腕の副官章が目映く光っている男は、数か月前に六番隊副隊長に抜擢された恋次である。

 

「よう」

「恋次!」

「……なんだ、その顔? まだやってんのか?」

 

 呆れたような声音に表情。そしてどこか思う所があるように一瞬目を逸らした恋次に、焰真はふんと鼻を鳴らす。

 

「ああ」

「四十六室の決定だ。よっぽどのことがなきゃあ覆んねえよ」

 

 話しているのは、無論ルキアの処刑に関すること。

 ルキアの処刑をなんとかしようと焰真が奔走していることは、恋次も既知の事実であった。

 だが、瀞霊廷の司法機関たる中央四十六室は絶対だ。そして、その名に冠されている通り四十六人居る尸魂界の賢人とされている者達は相当に頭の固い者達と認知されているのも事実。

 だからこそ、幼馴染とは言え恋次の顔に諦観の色が浮かんでいることは、致し方ないことであるとも言えた。

 

「……頼むから血迷ってくれるな」

 

 そっぽを向いて告げた恋次に、焰真は得も言われぬ表情を浮かべる。

 今のは果たして焰真に言ったのか、はたまた自分自身に言ったのだろうか。

 

 恐らくは両方。基本的に真面目な焰真であっても、いざとなれば副隊長の座を捨てて何かしでかすだろうという確信が恋次の頭の中にはあった。

 それは彼に共感を覚えている恋次だからこそ思うこと。

 言い換えれば、彼に感化されて自分もまたルキアのために動きかねないのだから、最後の一線を超えてくれるな、自分の決意が揺らいでしまう―――そう訴えるように口にしたのだろう。

 

 焰真も彼の言葉の意味を理解してか、数秒押し黙る。

 その後、目が疲れたと訴えるように眉間を指で押さえてから、話題を転換するべく新たな話を振った。

 

「召集の理由が市丸隊長が旅禍を取り逃がしたってことは……まだ生きてるんだよな?」

「そうなるな」

「恋次、旅禍の姿見てないのか?」

「……ああ、見たぜ」

 

 首肯する恋次に皆の視線が集まる。

 

「まあ、遠目から見ただけだからちょっとしか見えなかったけどな。一人は、身の丈ぐれェの大刀持った、オレンジ色の髪の男だよ」

「そう言えば、恋次が現世で戦ったルキアの死神の力を奪ったっていう人間も―――」

「多分、同じかもな」

「なるほど」

 

 否、恋次は現世で戦った人間と同じであると確信しているが、あえてそう断言はしなかった。

 それは、もしその人間が尸魂界に来ているというのであれば、目的は十中八九ルキアの救出。そう結論づいた瞬間、心のどこかで怯え竦んでいた野良犬が、『見逃せ』『助けさせろ』と吼えるからだ。

 

「まだ未確認情報ってことになってるけどな。もしかしたら、勘違いかもしれねえ」

 

 心の中で騒ぐ野良犬を叱責するように、恋次はそう話を締めくくる。

 その間、焰真は顎に手を当てて思案する様子を見せていた。

 

(まったく、こんな時に旅禍だなんて……タイミングが悪いったらありゃしない)

 

 救う手立てを見つけるために奔走している身としては、旅禍の侵入などというイレギュラーは迷惑他ならない。

 早々に解決させなければという使命感と焦燥感に駆られる焰真の考えは態度に出ているのか、雛森に『貧乏ゆすり、凄いね』と言われるほどに焰真は、他の副隊長が来るまで落ち着きがなかった。

 

 そして全員が集まった頃、ようやく隊首会は始まった―――が、

 

「警鐘!?」

「また旅禍か!」

 

 瀞霊廷中に鳴り響くけたたましい警鐘。

 隊首会が始まってすぐに鳴り響いた警鐘を受けて十一番隊隊長の剣八が飛び出していったのを境に、瀞霊廷は再び厳戒態勢に入る。

 各隊の指揮を執るべく、副隊長も指示を受けて真っ先に動く訳であるのだが、剣八に続いて飛び出ていったやちるの次に飛び出していくのは、焰真であった。

 

(旅禍め……さっさと捕まえて終わらせてやるッ!!!)

 

 今はまだ、彼らの目的が自分と同じだということに気が付かず―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 先日、尸魂界に侵入した旅禍は五名(正確には四人と一匹)。

 

 オレンジ頭の不良然とした容貌の死神代行、黒崎(くろさき)一護(いちご)

 滅却師の正装である白装束をひらめかせる滅却師、石田(いしだ)雨竜(うりゅう)

 兄の形見たるヘアピンから異様な能力を発現させる少女、井上(いのうえ)織姫(おりひめ)

 右腕に異形の鎧のような剛腕を発現させる巨漢、茶渡(さど)泰虎(やすとら)

 喋る黒いにゃんこ、夜一(よるいち)

 

 彼ら四人と一匹は、市丸の登場に際し一度退却を迫られ、今一度侵入を果たすべく西流魂街に居を構える志波家の邸宅を訪れ、花鶴大砲による侵入を試みた。

 その際、新たに付いてきたのは志波家の血筋を感じさせる男、志波岩鷲。

 一護の漢気に惚れたと訴える彼は、半ば強引にルキア救出隊に加入し、すでに警報が鳴り、あちこちに隊士たちが散らばった瀞霊廷に突入した。

 

 それが数十分前の話。

 

「……うん、誰も居ないよ!」

「む」

 

 屋根からぴょこっと顔を覗かせる可憐な容姿の少女、彼女こそが井上織姫。

 そして横に並ぶ、これまた大きな褐色肌の男が茶渡泰虎だ。

 彼ら二人は、突入に際して詠唱がうまくいかず大砲の弾が霧散してしまった時、近くに居る者を手繰り寄せた結果誕生した凸凹コンビである。

 傍目からすれば、『美女と野獣』という言葉が似合いそうであるが、生憎彼らは誰にも見つからぬよう隠れながら進んでいるため、一度を除いて危機には陥らなかった。

 

 その一度とは、七番隊第四席・一貫坂慈楼坊という死神に出くわした時。

 

 刀身を多数の小さな手裏剣に変形させ飛び道具として自在に操るという、中々にユニークな斬魄刀の能力を解放した彼であったが、泰虎の全力の一撃により、放った刃の弾幕ごと吹き飛ばされて敗北した。

 

 一方、勝利した二人は騒ぎに気付いた他の者達が駆けつける前に離脱。

 そして今、こうして隠密行動に勤しんでいるという訳だ。

 

「う~ん、それにしても黒崎くんが着てるみたいな黒い着物の人ばっかりだね。あたしたちみたいな恰好じゃ浮いちゃうなあ……」

「どうするんだ、井上?」

「そうだ! 死神の人たちから衣装借りよう!」

「……なるほど」

「あ……でも、茶渡くんみたいに大きなの着てる人居るかな?」

「む……」

 

 名案を思い付いた織姫であったが、早速問題発生。

 泰虎ほどの体格に合う死覇装を早々手に入れられるかという問題だ。

 元より着物はゆったりとした着心地ではあるため、ある程度着崩せばどうとでもなるかもしれないが、余りに小さくては話しにならない。

 

 先程の死神から拝借すればよかったのではないかと今になって、二人は後悔する。

 だが、ここで立ち止まっていても話は始まらない。

 

 隠密行動を主軸に、死覇装は手に入れられるなら手に入れる方向でと方針が決まった彼らは、そそくさと物陰に隠れつつ瀞霊廷内を歩んでいく。

 

「それにしても、他の皆は大丈夫かなあ?」

 

 途中、織姫が憂いを含んだ面持ちで呟く。

 相手は瀞霊廷全土であるのに対し、こちらは五人と一匹。しかも離れ離れになったと来た。

 織姫と泰虎以外の者達は、記憶違いがなければ、一護と岩鷲組、雨竜一人、そして夜一一匹と分かれたハズ。

 

 雨竜は聡明であるため心配は無用。夜一も、見た目に反して実力が高いため、自分たち如きが心配する必要はないということを、尸魂界にやって来る前に修行をつけてもらった二人は理解している。

 

 しかし、気になるのは一護と岩鷲の二人。岩鷲は兎も角、一護はスニーク行動など大の苦手。行く先々でドンパチと派手にやり、早々に死神たちに見つかる光景が目に見えるようであった。

 

 うんうん唸る織姫。一護を信頼しているとはいえ、気になるものは気になるのだ。いや、これは恋愛的な意味ではなく、単純に仲間として―――。

 

「ッ!」

「? ……どうした、井上」

「誰か近づいてくる!」

「なんだと!?」

 

 霊圧感知に長けている織姫に続き、泰虎もまたそれほど得意ではない霊圧感知を広げ、徐々に近づいてくる霊圧をやっと感じ取った。

 強大。先程打ち倒した慈楼坊とは数段違う霊圧に、二人の顔は強張る。

 すぐさま、元々抑えていた霊圧をさらに抑え、物陰に身を隠す。

 しかし、その霊圧は確実に捉えているかのように正確に二人の方へ向かって来ている。

 

「ッ……そんな!」

「井上! すぐにこの場から」

 

―――離れるぞ。

 

 そう口に出そうとした時には、すでにソレは目の前に現れた。

 

 黒衣をひらめかせ、刀を携える男が一人。

 血のように赤く染まっている瞳は、確かに二人を視界に捉えている。

 

「ッ、うおおおお!」

 

 しかしその瞬間、泰虎は自らの能力を右腕に発現させ、霊力によって繰り出す拳撃を放った。地面を抉り、固い石の壁でさえも吹き飛ばす一撃だ。

 一撃でも当てれば逃げられるだけの時間は作れるハズ。

 そう考えた泰虎による一撃は、まさしく今石畳を抉りながら、現れた死神へ向かって突き進む。

 

「きゃあ!?」

 

 そして、爆発。

 どこかに着弾した拳撃は轟音と共に砂煙を巻き上げる。その際の爆風は辺り一面に広がり、泰虎のすぐ後ろに佇んでいた織姫をも仰ぎ、乱れ髪の彼女の体勢を崩すに至った。

 

「―――え?」

 

 が、織姫は誰かに支えられたことにより、倒れずに済んだ。

 しかしおかしいだろう。支えてくれる―――味方である泰虎は前に居るのだ。断じて、背後に居る訳がない。

 となれば、離れ離れになった者達の内の誰かだろうか?

 

―――そのような希望的観測は、首に添えられる冷たい感触と言葉により、打ち崩れることになったが。

 

「動くな」

 

 振り返る泰虎が目にした姿は、たった今自分が放った拳撃の先に居たはずの死神。

 その死神―――焰真は、織姫の片腕を背中へと回して拘束し、尚且つ抜き身の斬魄刀の刃を彼女の首に当てているではないか。

 

―――目で追い切れなかった……!

 

 泰虎も織姫も、単純に砂煙が舞い上がっているという視界不良を除いても、焰真の動きに目が追い付かなかったことに戦慄する。

 明らかに自分たちとはレベルが違う。

 それこそ、白道門で一護が少しだけ相まみえた隊長と同格の存在だ。

 

 そんな焰真に織姫は人質にとられ、その所為で泰虎は身動きがとれなくなってしまう。

 

―――あたしに構わないで行って!

 

―――だが……!

 

 視線でやり取りする二人。

 だが、幾らルキアを救出しに命をかけたとは言え、すぐさま織姫を見捨てて前に進めるほど泰虎は非情にはなれない。

 そして不幸にも、その一瞬の逡巡が命運を分けた。

 

「そこのお前。手を頭の後ろに回せ」

「っ……」

 

 逃げるタイミングを失った泰虎は、一先ず焰真の指示に従う。

 いや、例え逃げたとしても追いつかれる。その確信があったからこそ、相手に隙が生まれるまでは様子を見よう。そう考えたのだった。

 

 一方で、指示通り動く泰虎を見つめる焰真は、遠くより近づいてくる隊士たちの霊圧を把握する。

 先の警鐘を聞き、隊士を引き連れて明け方まで捜索するも、その甲斐虚しく旅禍の発見には至らなかった。

 

 だが、その時瀞霊壁から放たれる波動“遮魂膜”を破り、瀞霊廷に突入してきたのが旅禍である彼らだ。偶然近場に居た焰真は、早々に捕えてルキア救出のための案を考えたいと、隊士たちに後から追ってくるよう指示を飛ばし、現場まで駆けつけた。

 着地地点に来た時はすでにもぬけの殻であったものの、さらに近場で感じた霊圧の揺らぎ―――泰虎が慈楼坊を倒す為に放った一撃の波動を感じ取り、再び追ってきたのだ。

 

 あれだけ派手にやれば、残留霊圧の質を覚え、その霊圧の主を探ることは鬼道を用いれば可能。

 

(それと、こいつたちの霊圧は……)

 

 死神とも滅却師とも違う―――それでいて、なぜか自分と同じ質のような霊圧だったからこそ、追跡することができた。

 

 しかし、今それはどうでもよいことだ。

 問題は旅禍をどうするべきか。織姫は自分が押さえているためどうとでもなるが、流石に巨漢たる泰虎を連行するには、後から隊士たちが来た頃合いを見計らい、縛道で拘束するのが安全だろう。

 ……否、今すぐにでも縛道で縛るべきかもしれない。

 

「さて……」

「―――朽木ルキアの居場所を教えてもらおうか」

 

「「っ!!」」

 

 焰真にとっては聞き慣れぬ声。

 それでいて、織姫と泰虎にとっては非常に心強い声だった。

 

 その声の発生源に向けて焰真は振り返る。太陽を背にしているためよく姿を窺えないものの、男と思しき人影は右手に光の弓を構え、そこにまた光の矢を番え、焰真の背中を狙っていた。

 

「……誰だ?」

「質問をしているのは僕だ。背中から撃たれたくなければ素直に答えることだ」

 

 そう強気に言い放つのは雨竜であった。

 一時は皆とはぐれ、一人行動をしていた彼であったが、泰虎たちの霊圧を感じ取り、尚且つそこへ近づく焰真の霊圧を感じ取ったため、応援に駆けつけたと言う訳だ。

 可能な限り実力者との会敵は避けるべきであるが、この状況を見ればそうとも言い難い。

 織姫を人質に取られているとはいえ、雨竜と泰虎による挟撃ができる布陣となった。

 この状況を活かすべく、雨竜は強気に出ることで、自分たちが優位であると訴える―――つまりブラフをかけたのだ。

 

(さあ、どう出る……っ!?)

 

 表面上は余裕を取り繕うものの、内心は緊張する雨竜。

 

 そんな彼に、焰真は数秒思案した後、口を開いた。

 

「……ここからだいたい南に真っすぐ行けば護廷十三隊の各隊詰所がある」

「!」

「その各隊詰所の西の端に建っている白い塔……懺罪宮の四深牢って言われてる場所に、朽木ルキアは収監されてる」

「……」

「ただ、懺罪宮は瀞霊壁と同じ殺気石で出来てる。霊子を分解する波動を断面から出してるってことだ。朽木ルキアに会うためには、牢の扉を開くための鍵が必要になるだろうな」

 

「え?」

 

 呆けた声を上げたのは、焰真に捕えられている織姫であった。

 

 彼はなぜここまでペラペラと話しているのだろう?

 その違和感を覚えた途端、ふと焰真の斬魄刀を握る手を見遣った。

 

―――力が入ってない。

 

 それはつまり、自分を殺すという意志がないということ。

 心なしか、首に当てられている刃も熱を帯びて温かくなったように感じてきた。

 

(この人、なんだか……)

 

 先程までの重圧から一転、えもいわれぬ安心感のようなものさえ、織姫は覚え始める。

 

(―――黒崎くんみたいな……)

 

 何故か、この死神と想い人を重ねてしまう。

 

 その時、複数の足音が近づいてくる。

 

「芥火副隊長!!」

「!」

 

 駆けつけた隊士が、依然織姫を押さえている焰真に声をかける。

 その瞬間、雨竜は焦りを覚えると同時に、一つの賭けに出る瞬間が到来したと考えた。

 向ける矢の先を、焰真から駆けつけた隊士たちへ。すると、焰真の視線が隊士たちの方へと向き、僅かに足先もそちらの方へ向いた。

 

(いける!)

 

 刹那、雨竜の弓―――神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)から放たれる複数の神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)が、隊士たちへ雨のように降り注ぐ。

 同時に焰真も、織姫の拘束を解いて隊士たちの前に踊り出て、その手に携える斬魄刀を振るい、神聖滅矢を次々に斬り落とす。

 

「茶渡くん!」

「むっ!!!」

 

 雨竜の声が轟く。

 それに呼応し、今一度能力を発現させた泰虎が、焰真たちの眼前目掛けて霊力による拳撃を解き放った。

 

 隊士たちはその濃密な霊力を有する一撃に怯え竦み、中には腰を抜かし、その場に尻もちをついて倒れてしまう者も居る。

 だが、即座に焰真が煉華を解放し、流れるような所作で刃に己の指を滑らせ血を塗れば、青白い炎が盾の如く現れた。

 

 灯篭流し。

 

 部下を守るための炎の盾は猛々しく燃え盛る。

 しかし、焰真が思っていたほどの衝撃は伝わってこない。

 着弾の衝撃は、炎の目の前辺りから発生していた。まさかと思い炎を振り払えば、モクモクと辺りの視認が困難になるほどの砂煙が舞い上がっているではないか。

 

 すぐさま霊圧を感知しようとすれば、三人の霊圧と思しき波動は遠く遠くへと去っていくように移動している。

 

「―――全員、無事か!?」

「は、はい……!」

「……」

 

 神聖滅矢による負傷も、泰虎の放った拳撃による負傷もなし。

 やおら、地面に突き刺さる神聖滅矢に焰真が触れれば、矢は呆気なく霧散していったではないか。

 これでは命中した所で致命傷に至ることはないハズ。

 

「……言い訳にしちゃあ気が利いてるな」

「へ……?」

「いいや、こっちの話だ」

 

 そう言い放った焰真は、遠く―――ルキアが囚われている懺罪宮がある方へと目を遣った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ありがとう、石田くん!」

「いいや、運が良かっただけだよ。あの死神が他人を見捨てるような性格だったら、ああ上手くはいかなかった」

「む……済まない、石田」

 

 焰真から逃げ果せた三人は、慎重かつ迅速に逃走を図っていた。

 

 先程の雨竜の一連の動きは賭けだ。

 雨竜であればなんとかできる隊士たちが焰真の下に駆け付ける少し前―――その絶好のタイミングを見計らい、彼の背後をとり、立場の優位性を活かして情報を抜き取る。

 最悪、情報は得られずとも、織姫を助けられれば御の字であった。

 その手段として用いたのが、部下である隊士たちを狙うという手段だ。

 もし、彼が仲間を見捨てる非情な性格であれば、すぐさま狙いを戻し、泰虎との挟撃によって織姫を救うため戦うつもりであったが、どうやらそれは杞憂に終わり、結果的に二人とも救うことができた。

 

「それに朽木さんの場所も聞けたし、後は全速前進だね!」

「いいや、そうはいかないよ」

「え?」

「あの死神が言ったことが全部嘘の可能性もある。でも、それは他の死神から聞き出せばいいことだから、さほど問題じゃないとして……逆に、全部本当だったとしたら厄介なんだ」

 

 そう言う雨竜に、二人が説明してくれと言わんばかりの視線を向ける。

 もったいぶる内容でもない、寧ろ迅速に伝えるべき内容だ。故に雨竜は続ける。

 

「朽木さんの居場所は聞き出せたけれど、それは逆に相手側に僕たちの目的地が知られたっていう意味だ。となると、相手は必然的に朽木さんの居る場所の防御を固めるハズさ。鍵も必要だっていうのなら、それさえ隠される可能性も否めない」

「それって、つまり……」

「……ここからは時間の勝負だ。いや、それよりもまずは黒崎たちとの合流を先にした方がいい。少しでも戦力を集中させてから、朽木さんの居る場所に向かおう」

「……なるほど」

 

 雨竜の話す内容に理解を示す二人。

 三人はこうして、一護たちとの合流を目指すべく、瀞霊廷を奔走するのであった。

 


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