BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*39 死神と相まみえる時

 

 旅禍による瀞霊廷の進撃は未だ止まらなかった。

 十一番隊は第三席の一角と、五席の弓親が敗北し、他隊士数十名以上も敗北・負傷する事態となり、ほぼ壊滅状態と言っても過言ではない状況となっていた。

 

 だが、それ以上に瀞霊廷を戦慄させたのは、六番隊副隊長である恋次が旅禍に敗北したこと。

 

 隊長に次ぐ席次の者が倒されるという事態は、此度の事件が最早平隊士に任せることができないことを示唆し、瀞霊廷内にて鍛錬以外においては基本的に許されていない隊長・副隊長の斬魄刀解放が許可されるに至った。

 

 時はその許可が下される数時間前の話。

 

 倒れている恋次を、隊士を引き連れた吉良が発見し、近くの建物に搬入した後だ―――。

 

「そんなっ……!」

 

 駆けつけた同期の雛森が、直視するも憚られるひどい傷を負っている恋次の姿に言葉が出てこないと言わんばかりに口を手で覆い隠す。

 数か月前に副隊長に就任したばかりの恋次であるが、彼の強さは他隊副隊長にも認められていた。

 

 しかし、負けた。

 

 仲間が傷つけられたことと、旅禍の恐ろしさに雛森は目尻に涙を浮かべる。

 

 そんな彼女の肩を優しく手でたたいてみせた焰真は、罪悪感を覚えているように暗い面持ちをしている吉良へ声をかけた。

 

「吉良。回道で応急処置を頼んでもいいか?」

「芥火くん……」

「俺が四番隊に連絡をつけて、上級救護班を―――」

 

「―――その必要はない」

 

『!?』

 

 唐突に響く冷徹な声。

 全員がその声の主の方を見るように振り返る。

 佇んでいるのは、恋次の上官であるはずの白哉であった。血みどろの部下を見ているにしてはやけに冷静という印象を受ける彼であるが、知っている者からすれば、この平静を取り持つ様こそ、彼が朽木白哉という男たる所以であると理解している。

 あくまでも、ごく一部の身内を除いてだが―――。

 

 しかし、そのごく一部の中に恋次は入っていない。

 否、公私混同はしないと言った方が正しいだろうか。

 

「牢に入れておけ」

 

 命令でもなく独断で出撃し、あまつさえ敗北した者を治療する必要はない。

 そう言い切った白哉には、温和な雛森でさえも声を上げるほどだ。

 

「ちょっと待ってください!! そんな言い方って……」

「―――朽木隊長。進言します」

 

 だが、そんな雛森を手で制した焰真が一歩前に出てくる。

 親友が瀕死となっているにも拘わらず治療する必要はないと言う白哉に対し、これまた冷静に見える焰真の姿に、一瞬雛森は呆気にとられてしまう。

 それでも、横顔から覗く彼の瞳を窺えば、それが間違いであるとすぐに気が付いた。

 

「恋次が旅禍と戦って負けたなら、多かれ少なかれ彼から情報を得ることができるはずです。みすみす死なせるのは、彼の独断行動を鑑みても避けるべきなのでは……っ!?」

「焰真くん……」

 

 言葉尻は、やや強まった語気となっていた。

 そうだ。彼が友を傷つけられていて何も感じないハズがない。

 寧ろ、傷つけた相手に対し―――そして、白哉へ憤怒の感情を抱いている。そんな自身の心を律し、今は必死に救命の合理性を訴えているのだ。

 

 真っすぐ、意志の燃え盛る瞳を白哉に向ける焰真。

 そのような彼と白哉のにらみ合いは数秒続き、

 

「……好きにすればいい」

 

 そう言い放った白哉が瞬歩で消え去ったことにより、場に居た三人はホッと息を吐く。

 

「いやぁ、白哉の奴も切羽詰まってんな」

『!?』

 

 今度は部屋の奥より響いた声に、三人が振り返った。

 

「し、志波隊長!」

 

 白哉と比べれば幾分か気の抜けた面持ちの海燕が、そこに佇んでいた。

 物音も立てずに部屋の中に入るのが、最近の隊長のトレンドであるのだろうか―――ふとそのような疑問が雛森の脳裏に過る。

 

「傍目からすりゃあなんともねーよーに見えてるがよ、内心気が気じゃねえんだろ。なにせ、嫁さんが妊娠してるっつーのに、その嫁さんの実の妹が処刑されるってんだ」

「海燕さん……」

「わーってるよ。おう、俺たちが四番隊を呼んでくる。だから阿散井のことは頼んだぞ」

「「は、はいっ!」」

 

 返事をする二人を背に、『じゃあ行くぞ』と海燕は焰真を引き連れ、部屋を出ていく。

 流石は隊長格である二人だ。瞬歩を用いて走れば、周囲の景色は一瞬にして線と化す。

 そんな中でも人や障害物を器用に避けていく彼らであったが、人目が無くなった頃を見計らい、神妙な面持ちで海燕が口火を切った。

 

「―――四十六室はダメだ。全く取り合ってくれやしねえな、こりゃあ。うんともすんとも言わねえ」

「やっぱり……」

 

 話すのは勿論、ルキアの処刑について。

 彼らは護廷十三隊で唯一、ルキア救出のために動いている隊長格なのだ。最初こそ、中央四十六室に取り合ってもらおうなど、正規の手段でなんとかしようと試みていたが、どうやら別の手段を取らざるを得ない状況まで、事態は切迫している。

 

「はぁ……俺ん家がまだ五大貴族だったら、まーだ穏便に行けただろうによぉ」

 

 そう言って頭を掻く海燕。

 彼の話は、尸魂界開闢に携わった五大貴族(今は四大貴族となってしまっているが)の特殊な権限に関わる内容だ。

 

 尸魂界の最高司法機関は、再三言うように中央四十六室である。しかし、五大貴族の当主たち全員の意見が合致した場合は、その時に限って中央四十六室を超える権限を有するのだ。

 

 もし、志波家がまだ五大貴族なら、率先してルキアの減刑を求めて動くだろう。

 事情を説明すれば、四楓院家当主・四楓院夕四郎も首を縦に振ってくれるハズ。

 無論、朽木家当主たる白哉も、今回の処刑には少なからず疑念は抱いているだろうから、彼の掟に則る厳格な性格を鑑みれば、無罪は賛成せずとも、妥当な罰となるよう減刑する案には賛成するのは間違いない。

 残りの五大貴族、綱彌代(つなやしろ)家ともう一つに関しては……頑張ってなんとかする。

 

 それが、海燕が口にしたことの全貌であったのだが、現状志波家が没落してしまったことから、ないものねだりとなってしまっている訳だ。

 

「チッ。まあ、いつまでもうだうだ言えねえな。こうなりゃあ、朽木を脱獄させる方面の作戦で行くしかないな」

「そう……ですね」

「ん? どうした」

「いや……」

 

 焰真はふと、懺罪宮がある方向へと目を遣った。

 

「瀞霊廷に侵入した旅禍は、なんのためにルキアのところに行くんでしょうね」

「は? 旅禍の行先、朽木んトコなのか?」

「はい」

「てめっ、そういうことは先に言っておけ!」

「いやー……言っていいのかなー? 今は言わない方がいいんじゃねえのかなー? って……」

「この野郎っ……!」

 

 大事な報告を黙っていた副官に、思わず海燕の額には青筋が立つ。

 報告・連絡・相談(ホウレンソウ)がなっていないとは、後で説教が必要になるな……と、冗談半分に思う海燕は、彼が今の今まで黙っていた理由があるのだろうと察し、一息ついてからそのことを問いかける。

 その問いに対し、焰真はこう答えた。

 

「……あの旅禍たちは、もしかしたらルキアの友達かもしれない」

「……は? ……あー、可能性としてはなくねえな」

「だけど、もしかすると邪な考えでルキアに会いに来てる奴らかもしれない。だから俺、わざと旅禍にルキアの居場所教えました」

「はあ!?」

 

 またまた新情報。

 こいつ、本当に殴ってやろうか……? と、海燕は拳を硬く握りしめる。

 

 だが、

 

「―――もし、今言ったみたいにルキアを傷つけようとするなら、俺が倒すだけで済む……でも、もしルキアを助けに来てくれた奴らだったら、旅禍たちを現世に帰れるようにしてやらなきゃ」

「……」

「友達が死んだら、ルキアが絶対落ち込むのが目に見えてる、っていうか……」

 

 そう締め括り、困ったような笑みを浮かべる焰真に対し、海燕は握った拳を解いた。

 その苦笑を向ける先は、言葉通りルキアか、はたまた自分自身へ向けてか。

 

 緋真に諭され見つけた幸せの形。

 自分自身のために他人の幸せを願う。その中で、他人が悲しんでしまえば自分もまた悲しみを抱く。

 一滴の雫が、数多の波紋を起こすかのように、誰か一人のために焰真は喜び、怒り、哀しみ、楽しみ―――。

 損な性格と称されてもおかしくない。

 しかし、それが芥火焰真だ。十三番隊副隊長を担う男。他人のためにトコトン優しくなれる彼だからこそ、十三を掲げる立場に座することになったのだ。

 

 ルキアの悲しみは焰真の悲しみ。

 ならば、もし旅禍がルキアを助けに来たのであれば、彼は旅禍を居るべき場所―――現世へと帰す為に動く労力を厭わない心算であった。

 

 それを誰にも邪魔されず見極めるため、彼はわざとルキアの居場所を旅禍に伝えたのだ。

 もし、道中何者にも倒されずに済めば、その先に彼は居る。真意を確かめるために。

 

 そうだ、今は立ち止まっている時間などない……ないのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「藍染……隊長……っ!」

 

 血化粧の施された恩師の遺体を見送った後、人知れず涙を流している間も、止まっている時間は焰真にはなかった。

 無いと自分に言い聞かせる。

 

 それは瀞霊廷に旅禍が侵入して二日目の朝。

 

 

 

―――五番隊隊長藍染惣右介が何者かによって殺害された。

 

 

 

 朝の定例集会に集う際、雛森の悲鳴によって藍染が東大聖壁に斬魄刀で貫かれて縫い留められていることが発覚した。

 

 その際、戦慄が走りどよめく隊長格たちの中で、只一人―――市丸だけが平然と、目の前の藍染の凄惨な遺体を前にしても動揺することなく、さらりとその現場を『騒々しい』と述べたのだ。

 すると、彼が下手人であると判断し激昂した雛森が抜刀し、市丸に斬りかかった。

 寸前の所で、市丸の副官である吉良が間に入って止めたものの、その後も雛森は始解し、再度斬りかかる。

 

 そんな雛森に対し、吉良もまた斬魄刀を解放して応戦しようとしたが、日番谷がこれに割って入ったことにより戦闘は終了。

 二人は他の副隊長たちに拘置所に連れていかれていったのだ。

 

 その間、焰真は救護班によって担架で運ばれる藍染を見届けた。

 あの柔らかい太陽の如き笑みを浮かべていた男が、ただただ冷たい肉体となっていた光景を、茫然と……。

 

 彼は焰真の恩師だ。

 五番隊に所属していた間も、他の隊に異動した後もよく面倒を看てもらっていた。

 

―――虚も救いたいという覚悟ができたきっかけは、彼が罪の在り処を説いてくれたからだ。

 

―――副隊長の押し潰れそうな重圧も、彼の判断の後の努力こそが大切だという教えによって救われたのだ。

 

 そんな彼が、何故? どうして? 一体誰が? 何のために?

 

 次々に湧き上がる疑問の最後―――それは、とどまることを知らない悲しみだった。

 それを押し殺そうと、焰真は走る、走る、走る。

 汗を流せば、今やるべきことに執心すればその気も紛れるだろうと。

 だが、それ以上に溢れ出してくる想いが涙となって目から零れる。

 

 あまりにも辛い。この数か月、数多の悲しみに苛まれた。

しかし、それでも彼は決して歩みを止めることはない。

何故ならば―――。

 

(藍染隊長……選んだ道を正しくしようと努力する勇気を、貴方に教えてもらったんです)

 

 例え、

 

「俺は……前に進みます……!!」

 

 今よりも残酷な未来があるとしても、だ。

 

 

 

 すでにルキア救出の作戦は始まっているに等しい。

 そのために彼は、懺罪宮へ向かうのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 瀞霊廷中に隊長一名が死亡との連絡が激震となって奔る中、懺罪宮のすぐ傍においても、物理的な激震が断続的に巻き起こっていた。

 

「ハッ!」

「っ……ぐぅ!?」

 

 好戦的な笑みを浮かべる男の一振りにより、巨大な出刃包丁のような斬魄刀―――『斬月』を携える一護は、斬月ごと体を吹き飛ばされる。

 

「どうしたァ!? てめえの力はそんなモンかよ!」

「クソッ!」

 

 吹き飛ばされても尚、宙で体勢を立て直して着地する一護に肉迫するのは、十一番隊隊長の剣八だ。

 ボロボロに欠けた斬魄刀の刃。

 しかし、その切れ味は剣八の尋常ならざる膂力もあってか、周囲に立ち並ぶ建物の壁や石畳を豆腐のように切り裂くほど鋭利と化していた。

 

 一護に肉迫する剣八が、さらに横へ一閃。

 上体を反らして回避する一護であったが、それでも完全に反応し切ることはできず、微かに頬に切っ先が掠る。

 それに伴い舞う鮮血は、剣八と石畳に赤い染みを描いてみせた。

 

(ちくしょう! なんで……なんで刃が通らねえ!?)

 

 意趣返しと言わんばかりに斬月を振るってみせる一護であったが、振るわれた刃が剣八に命中しても、その皮膚を滑るようにして振り抜かれただけで、剣八自身には一切傷は刻まれない。

 その理由は至って単純。剣八の放つ霊圧が、一護が全身全霊を以て研ぎ澄ました斬月の刃を押し返しているからだ。

 

 余りにも絶望的な戦力差。

 剣八に殺されまいと、ヒット・アンド・アウェイをとっているものの、こちらの攻撃は通じず、それでいて相手の攻撃を一撃でも喰らえば負けに等しいダメージを負うというのだから、この戦いの理不尽さを一護は呪った。

 

 これが隊長。

 辛勝した恋次よりも数段格上の存在だ。

 ここまで順当に三席、副隊長と倒してきた一護であるが、ここまで勝てるヴィジョンが見えない相手だとは思いもしなかった。

 

「ちくしょう!!!」

 

 己の不甲斐なさと眼前の理不尽に対し吐き捨てる言葉。

 辛うじて剣八から一旦距離をとり物陰に隠れた一護は、斬月を杖代わりについた後に息を整える。

 

「退けば老いるぞ……」

 

 それは己へ唱える(まじな)い。

 

「臆せば死すぞ……!」

 

 しかし、未だ恐怖を捨て去れぬ今の彼にとっては(のろ)いに等しい言葉だ。

 

 恐怖を完全に拭い去らなければ、剣八に勝利できる未来は永劫ない。

 死ぬわけにもいかないのだ。先に行かせた岩鷲、そして途中成り行きで付いて来ることとなり、ルキア救出にも手を貸し、自分を治療してくれた四番隊隊士の気弱な男・山田花太郎のためにも。

 

「―――なんだ、逃げるしか能がねえのか?」

「!」

 

 不意に傍の壁に、蜘蛛の巣のような亀裂が広がった。

 次の瞬間、壁は派手な音を立てて砕け散り、そこから砂煙の尾を引く剣八がつまらなそうな声音を紡ぎつつ登場する。

 

 しかし、未だ恐怖は一護に纏わりついていた。

 それを見て、剣八の瞳は冷めていく。

 

「興ざめだ」

 

 斬月を構える一護に対し、再び斬魄刀を一閃しようとする剣八。

 だが彼は、突然刃を一護ではなく自身へ飛来する光の矢に目掛けて振るう。

 それでも尚降り注ぐ光の矢。全ては凌ぎ切れず、いくつか隊長羽織と死覇装を貫いてくるものの、皮膚までを貫くまでにはいかない。

 

「……なんだあ?」

「っ、この矢は―――!?」

 

 痒そうに体を掻く剣八に対し、一護は心当たりがあると言わんばかりの反応をした。

 そして視線は、光の矢が降ってきた方へ―――。

 

「随分苦戦しているようじゃないか、黒崎」

「石田っ!」

「加勢するぞ」

 

 滅却師、石田雨竜。

 今は滅却師の正装たる白装束を脱ぎ、カモフラージュに隊士から奪い取った黒衣を身に纏う彼が、右手に神聖弓を構えて立っていたのだ。

 

 そんな新たな役者の登場に対しても、依然剣八は冷めたままである。

 何故ならば、たった今撃たれた光の矢の攻撃力では、到底自分が望んでいるような戦いに至らないことは明白。

 

「はんっ、弱ェ奴が幾ら集まったところでよ……」

「……その言葉を後悔しないことだな。撤回させてみよう」

「……そいつぁ楽しみだァ!!」

 

 振るわれる暴力の塊。

 即座に各々の武器を構える二人は、肌を焼くような強大な霊圧に内心慄きつつも、隣に立つ味方に無様な姿を見せまいという意地によって奮い立つことで、真正面から迎え撃つ。

 

 剣八にとっての余興、そして一護と雨竜にとっての死闘が今まさに始まるのであった。

 


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