BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

4 / 101
*4 焰真の誓い

「焰真くん、今度はこれお願いね」

「はい!」

 

 元気な返事をする焰真は、その身には余りある米俵を抱え、のっそのっそと外の荷車へ運んでいく。

 現在進行形で彼が行っていることは、現世風に言えば『アルバイト』である。

 働いて、日当の給料をもらうなんてことない事柄。

 

 突然だが、尸魂界にも通貨は存在する。

 通常は瀞霊廷を中心にして尸魂界の経済は回っているのであるが、食材や装飾品に用いる鉱石、薪に使う木材などは基本的に流魂街から流通して来ているのだ。

 基本的に霊力を持たない人間は、水以外摂取することなく生きてはいける。

 だが、それだけでは余りにもつまらない“死後ライフ”だ。菓子やタバコといった嗜好品の類を取り扱う店も存在しており、流魂街の住民もそれを求めて金銭を欲する。

 

 では、どうやって金銭を手に入れるのだろうか?

 答えは簡単、働けばいいのである。

 結局、死後の世界も豊かな生活を送るために金が必要になるという部分は夢がないと感じざるを得ないが、何事も思い通りにいかないのが人生というものだ。

 

 焰真も緋真も霊力はある。生きる為には水以外の食糧も必要になってくる訳であるが、山で取ってくる食料だけでは足りない時もしばしば。

 故に、こうして働いて金を稼ぐことにより、安定した暮らしをすることを実現しようとしているのだ。

 

「はい、これ今日のお給料ね」

「ありがとうございますっ!」

 

 ペコリと一礼。給料の小銭を受け取った焰真は、懐の巾着に今日の稼ぎを大事にしまって帰路についた。

 

「よしっ」

 

 買って帰ろうと考えている食材の分の金額を差し引き、余った小銭を片手に焰真は、菓子を売っている店に立ち寄り、一番安い飴を十個ほど買う。

 そして路地裏へ。

 複雑な道を過ぎた先には、焰真とそれほど変わらない歳の子どもたちが屯していた。

 

「……なんだよ?」

 

 子どもたちは焰真を睨む。

 まあ、治安の悪い地区に住んで居る子どもたちの警戒心など、このようなものだ。事実焰真もそうであったため、特に嫌悪感を覚えることもなく、寧ろ同じような立場であったからこそ同年代の子どもには大人ほど警戒心を抱かないことを理解した上で、先程購入した飴を差し出す。

 

「これ食うか?」

「っ……うわぁ!」

「いいのか!?」

 

 一斉に目を爛々と輝かせ、焰真の下に集ってくる子どもたち。

 しかし、彼らの伸ばす手が飴を掴まないよう、焰真は飴が乗っている掌を握る。

 その意地が悪そうな動きに、非難するような視線が焰真へ集う。

 そこで、皆の視線が集中した時を狙っていた焰真は人差し指を立てた。

 

「飴はあげるけど、一つ訊きたいことがあるんだ」

「なにー?」

「ルキアって名前の女の子、知らない?」

「知らなーい」

「知らないなぁ……」

「るきあ? 変な名前」

「そうか……」

 

 どうやら“ここ”も外れだったようだ。

 あからさまに落ち込んだ焰真であったが、約束は約束だと、一人につき一個飴玉を差し出す。

 

 そうしてから子どもと別れた焰真は、一人だった時代の経験を生かし、また別の子どもたちが屯して居そうな場所を目指して走る。

 

 焰真はここ数年、他の地区に出稼ぎに向かえば、その土地に住んで居る子どもを片っ端から尋ね、ルキアについての情報をかき集めていた。

 その甲斐虚しく今のところ手掛かりはこれっぽっちも得られてはいないが、金銭を得つつ、肉体労働に従事することで体を鍛えることは、将来的に役に立つのだから一石二鳥。そうしつつルキアの情報を得られるのであれば、一石三鳥―――そうポジティブに捉え、焰真は過ごしている。

 

 治安の悪い地区は、背が伸びたとは言ってもまだまだ少年の域を出ない体つきの焰真が探索するには心もとない。故に後回しになってしまっているが、かつて緋真が番号の大きい方から小さい方へ出奔したように、ルキアが治安の良い地区へ移動している可能性を考え、現在は緋真が住んで居る地区から一つずつ番号の小さい方へ、出稼ぎの場所を転々としている。

 その分、家に居ることができる時間は少なくなってしまっているが、緋真も彼の意思を尊重し、見守ってくれていた。

 そのような彼女の応援があるからこそ、焰真は頑張れるというものだ。

 

(それにしても見つからないなぁ。ルキアって名前、一度は聞いたら忘れなさそうだけど)

 

 基本的に日本人の名前が多い中、『ルキア』などという横文字で書かれていそうな名前は、一度耳にすれば脳に焼き付きそうである。

 無論、いつの時代も“唯一無二”と突飛な名前をつける親御が居ることも事実。

 特段焰真がルキアの名をバカにしている訳ではないが、姉が緋真という名であることを考えれば、違和感を覚えざるを得ない。どうしてルキアという名をつけたのか、聞いてみたいような気もある。

 

(いや、名前はあてにならないか……?)

 

 う~んと唸り、思案する。

 

 確かに緋真は妹をルキアと呼んでいたが、当時ルキアが赤子であったことを考慮すると、紆余曲折あって自身の名前を知る手掛かりを失ったルキアが、まったく違う名前をつけられている可能性もあり得る。

 となれば、彼女を探す手掛かりは顔だけになるが、なんとも心もとない。姉妹で顔立ちが似ていない者など、探せばいくらでもいる。面影はあろうとも、これまた非常に曖昧な手掛かりでしかない。

 

(……やめとこう)

 

 考えれば考えるほど絶望的な人探し。

 一人勝手に意気消沈することも馬鹿馬鹿しいと感じ始めた焰真は、自分を慰めるように飴玉を口へ放り投げ、捜索を続ける。

 だが、今日もまた手掛かりはなし。

 仕方ないと言わんばかりに、焰真は緋真の待つ家……平屋に向かう。

 

 しかしもうすぐ家につくといった頃合いに、なにやら人だかりができている光景が目に入った。

 

「どうしたんですか?」

 

 と、適当な人に声をかけてみる。

 

「ああ、ついさっき虚が暴れててな」

「は?! だ、誰か怪我したりとかは……」

「いいや、幸い休暇中の死神さんが来てたようでな。すぐに虚倒されちゃったよ」

「そう……ですか」

 

 ホッと胸をなでおろす。

 これで緋真が死んでもしていたら途方に暮れていたところであったが、杞憂に終わったようだ。

 安心するや否や、人だかりを避ける道のりで家を目指す焰真は、ものの数分で家のすぐ近くにたどり着いた。

 確かにいくつかの家屋は壊れてしまっているようであるが、元々の造りが簡素である分、修復も数日後には済んでいるだろうと気分は軽い。

 

「……ん?」

 

 野菜片手に路地から顔を覗かせると、緋真と知らない男性が目に入った。

 端正な顔立ちだ。サッと辺りを見渡せば、緋真と話している男性にほの字となっている流魂街の女性を散見できた。

 立ち振る舞いもどことなく品があり、とても流魂街の出身であるとは思えない。その点は緋真にも共通する部分ではあるが、余りにも洗練された立ち振る舞いは、貴族然として過ぎている。

 

「むむむっ」

 

 気になって覗きを続けていれば、緋真が微笑んでいる姿が目に入る。

 同時に男性の方も微笑み返す。

 なんだ、あの雰囲気は。ムカつく。

 

「ん~?」

 

 唸りつつ眺めること数分。

 男性はそろそろと言わんばかりに緋真の下から去っていこうとする。その際、目に見えて緋真が落ち込む。

 

(まさか!)

 

 ハッと焰真は息を呑んだ。

 ―――男。性別がどうのこうのと言っている訳ではない。ここでいう“男”とは、つまり恋人の類を意味する。

 まだ恋愛に疎い焰真であっても、緋真が不意に見せた女の顔を見れば、彼女が男性に特別な感情を抱いていることは想像に難くなかった。

 

(ひさ姉にとうとう虫が……)

 

 感覚としては、カワイイ娘を持っている父親に似ている。焰真は緋真より年下だが。

 あんなにも綺麗な緋真を、どこぞの顔だけがいいような男に持っていかれる訳にはいかない。

 

 嫉妬の心に火が付いた焰真。

 緋真の身内として、あの男を見極めばなるまい。恋は盲目。色眼鏡をかけて相手を見ても、真に把握することはできない。

 自分自身は嫉妬の炎に狂っていることに気が付かない焰真は、次に男性がやって来た時は……と決心するのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

『お名前を……お聞かせくださいませ』

『……白哉……朽木、白哉』

 

 散る間際の花弁のように儚げな微笑みに心を奪われた。

 

 それを“恋”と知ったのはつい最近の出来事。

 なんてことはない、それは任務を終えて流魂街を横断している時であった。

 

 桶一杯に水を汲んでいた女性が目に入り、ふと足を止めてしまったのだ。

 一挙手一投足から気品を感じ取れる女性は美しかった。それこそ目を奪われるほどに。

 手折ろうと触れれば散ってしまいそうな花を幻視した白哉は、華奢な腕に力を込めて桶を運んでいた彼女に歩み寄り、手を差し伸べた。

 

 それが出会い。

 

 始めはそれっきりのことだと考えていた白哉であったが、瞼を閉じれば彼女の顔が脳裏を過る。その度に胸が高鳴るものだから、普段はキビキビと終える仕事も中々に進まない。

 胸の内に渦巻く心の正体をわからぬまま、再会の時は訪れる。

 また任務で近くを立ち寄った時、『ああ、貴方は』との呟きを背に受け振り返れば、変わらぬ笑顔を浮かべる女性―――緋真が立っていた。

 

 名を聞いたのはその時。

 

 それから白哉は、時間を見つければ緋真の下に足を運んだ。

 まだ護廷隊に入りたての頃は、休日であっても鍛錬に勤しんでいたものだったが、この時ばかりは鍛錬の時間も彼女と共に過ごす時のために費やした。

 

 そうして緋真と時を過ごして気が付いた心の正体。

 五大貴族が一、朽木家の跡取りという正一位の身分であることを自覚しても尚、胸の内で燻る心の火を消すことは叶わなかった。

 

(どうか……どうか、緋真を……)

 

―――妻として娶りたい。

 

 そんな幻想を抱いていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 しかしだ。

 

 一か月後、緋真と交わした逢瀬の約束を果たしに家の前にやって来ると、見知らぬ少年が立っていた。

現世で言えば12歳程度の子どもが、仇を見るかのような視線をこれでもかと自分に向けてくる。そのような状況に、普段から表情筋の硬い白哉はさらに表情を引きつらせた。

 

「……何者だ」

「焰真」

 

 意外と律儀だった。

 紡がれた名前が少年の名だと気が付くのに数秒要した白哉は、一拍置いてから口を開く。

 

「……朽木白哉だ。改めて問おう。何者だ」

 

 名前は知れたが、素性が分からない。

 自分が貴族と知って行きずりの強盗でも働こうとしているのであれば叩きのめすだけだが、そうでないのであれば一体なんの用なのだろうか?

 想い人がすぐそこに居るのだから、白哉の胸の内のもどかしさはそれなりだ。

 早く退いてはくれまいか、そのような思考が脳裏を過った時、焰真が歩み寄ってくる。

 

「あんた、ひさ姉のなんだ?」

「……ひさ姉……だと?」

「緋真。そこに住んでるべっぴん」

 

 指で家屋を指し示され、ようやく『ひさ姉』が何者か気が付く。

 

「……緋真と私の仲を知って、一体なんだと言うのだ」

「いいからっ」

「……」

 

 数拍置いて、白哉は答える。

 

「友だ……今、は……」

「……ん~~~!! じゃあ質問変える!! あんた、ひさ姉のこと好きなのかっ!!?」

 

 ビシィっ!! と少年の人差し指が白哉へ向けられる。

 刹那、白哉の姿は焰真の目の前から掻き消えた。『えっ?』と焰真が目を見開いている間、白哉は死神の高速歩法“瞬歩”にて、彼の背後に回っていたのだ。

 

 すると、白哉は無表情のまま焰真の口を押さえ、その場から離れる。

 

「むぐゥ~~~!?」

「何もしない。だから静かにしろ」

 

 現在進行形で攫われているのだが―――。

 そんな焰真の心の叫びも、まだ想いの欠片も伝えていない緋真が居る家の前で、彼女を好きか否か問う少年をどうにかせぬと焦燥を覚えている白哉に伝わる訳がない。

 結局焰真は白哉に連れ攫われ、緋真の家から少し離れた林の中に移動させられた。

 

「ぶはッ!? あんた何するんだ?!」

「兄が無頓着にも大衆の目に晒される場所で叫んだからだ」

「別に人のこと好きかどうか聞いただけじゃん」

「それが無頓着と言っている」

「別に都合悪くないじゃん。逆に聞くけれどあるの?」

「……」

 

 ジトリと粘着質な視線が白哉を射抜く。

 

「あるんだ。都合悪いこと」

 

 目の前の少年が案外敏いことに、白哉は内心舌打ちしたい(したことはないが)気分であった。

 確かに都合が悪い。緋真に直接伝えるより前に愛を口にすることも、五大貴族の跡取りがお忍びで流魂街出身の女性と逢瀬していることも。

 彼女を妻に迎えたいとは思っているものの、可能な限り波は荒立てなくなかった。

 それは身内にも、流魂街に住まう緋真にも言えること。

 身内に対しては自分がどうにかするにしても、緋真はそうはいかない。五大貴族の跡取りの寵愛を受けていると知られれば、強欲な男が緋真の身を狙うかもしれない。嫉妬に狂う女も陰口を叩き、緋真を精神的に追い詰めるやもしれない。

 

 なににせよ、都合の悪い事だらけであることは確かであった。

 

「あんた怪しいな」

「怪しい……だと?」

「いい服着て貴族っぽいけど、変な事考えてる奴にひさ姉は渡せないぞッ!」

 

 “貴族っぽい”のではなく貴族なのだ。

 一応名乗ったものの、“朽木”という苗字だけで白哉が貴族であるとは察することができる者は、番号の大きい地区出身の者にはできないようであった。

 故に、焰真にとって白哉は暫定“貴族っぽい怪しい人”だ。心象は良くない。

 

 鼻息を荒くして白哉を睨みつける焰真。

 緋真が彼のことを好いていることは分かっている。問題なのは、真にこの男が緋真のことを好いているかだ。

 両想いであるのならば―――あまり考えたくはないが―――退かざるを得ないと考えていた。

 

「どうなんだ?」

「……『愛している』と言ったらどうする?」

 

 今度は白哉が焰真を視線で射止める番だった。

 己の緋真への想いが本物であるからこそ、見知らぬ少年を相手にしても嘘偽りを語ることは、白哉自身のプライドが許さなかった。

 

 毅然と言い放つ白哉に対し、焰真は思わずタジタジとなる。

 

「い、いつから……?」

「……半年ほど前からだ」

 

 ここで焰真は緋真に対し疑問を覚える。

 半年ほど前からこの男と交流しているのであれば、世間話でもなんでもよいから話してくれても良かったのではないか、と。

 しかし、彼女のことだ。何かしらの考えがあってのことだろう。

 そう信じた焰真は、この話の核心について問い詰めるべく声を上げた。

 

「じゃあ……ルキアの話は」

「既に耳にしている」

 

 間髪を入れず白哉が反応した。

 緋真がルキアについての話をしているとなると、相当彼女が白哉に信頼を置いていることが分かった。

 その瞬間、他にも問い詰めようとしていた質問や疑問を忘れてしまう。

 

 緋真がここまで信頼を置くのであれば。

 仮に、緋真が白哉のことを想っているにも拘わらず、なにも話してくれない理由が自分にあるというのであれば―――。

 

「……ひさ姉はずっと負い目を感じてた。実の妹を手放したことに」

「知っている」

「でも、生きてるかも死んでるかもわからない人のためにずっと苦しんでるのは……ひさ姉の前じゃ言えないけど……馬鹿馬鹿しいって思うんだ」

「……」

「だったら少しでも幸せになってほしい。きっとひさ姉は、一生懸命ルキアのこと探してる俺に遠慮してるんだ。自分だけ幸せになっていいのかって」

 

 やおらその場に手と膝を突けて屈んだ焰真は、白哉を見上げ、

 

「―――幸せに……してあげられますか?」

「無論だ」

 

 白哉の声色に決してブレない“芯”を感じた。

 両想いならばなにも言うまい。焰真は、実の妹を……そして血の繋がらない弟に負い目を感じる緋真の幸せを願い、彼へ託すことを決意した。

 半世紀も生きていない子どもの安い決意と捉えられるかもしれないが、彼の緋真に対する想いは本物だ。

 

 既に死んだ人間の魂魄が生きる世界―――尸魂界。

 しかし、そこでは現世と同じような命の育みが存在している。死後の世界というには、余りにも生まれてくる命が多い。

 そう、尸魂界に居る魂魄も生きている。魂だけの存在として、第二の人生を歩んでいる最中なのだ。

 ならば死ぬその時まで、できるだけ幸福に彩られた人生を歩んでほしいと願うのは、おかしいことであろうか?

 

「後は二人で話つけて下さい」

「待て……」

「じゃあ」

 

 制止の声も振り払い、焰真は白哉の前から逃げるように走り去る。

 だが、途中で一旦ピタリと止まって振り返り、

 

「俺は応援するって……ひさ姉に言ってもらっても大丈夫ですから。ちょっと話盛っても」

「そういう問題では」

「今度こそ、じゃあ」

 

 二の句を継げさせず、今度こそ颯爽と逃げ去る。

 どれだけ走っただろうか。息切れしているのも忘れ、町の近くの丘までやって来た焰真は、賑やかな人々の往来を見下ろしつつ、

 

「……はぁ~~~~~……」

 

 盛大にため息を吐いた。

 

(泣くな焰真。仮にも漢……大事な人の幸せを願える器の大きい人間になるんだ)

 

 自分を必死に慰めつつ、目尻に溜まった涙が零れぬよう微動だにしない焰真。

 暫くして涙が零れることなく乾いた頃には日も傾き始め、代わりに烏が鳴き始めるような時刻となっていた。

 

 気は進まないが、これ以上遅くなると緋真も心配する。

 トボトボとした足取り。家に向かう足がやけに重いように感じる。

 夕焼けがうだるように熱い。実際熱くはないのだろうが、その見事なまでに鮮烈な赤色が、迸る灼熱を錯覚させた。

 

 どうせならば緋真とあの白哉という男性も、大っぴらに熱々な仲を見せてくれるのであれば、いっそ後腐れがないのだが―――。

 

 そう思わずには居られない帰り道であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ただい……」

「焰真っ!」

 

 焰真が帰るや否や、緋真がか細い声を上げて彼の下へ駆けよる。

 とてもではないが、想い人と逢瀬の余韻を楽しんでいる様子には見えなかった。

 

「な、なに?」

「白哉様から聞きました……」

「……うん。それでひさ姉はどうするの?」

「私は……」

 

 沈痛な面持ちを浮かべ、俯く緋真。

 すると彼女は何を思ったのか、そっと焰真の体を抱き寄せる。温かい。いつもの緋真だ。この安心感には何者にも代え難いと言い切れさえするだろう。

 か弱く点る命の灯。

 その熱を感じつつ、焰真は緋真の言葉を一言一句聞き逃さぬよう耳を傾ける。

 

 そして―――、

 

「私も……貴方の幸せを願ってはいけませんか?」

 

(―――ああ、よかった)

 

 確かに聞こえた緋真の自分の幸福を願う旨の言葉に、焰真は決心がついた。

 

(心から……この人の幸せを願ってあげられる)

 

 焰真は抱き締めてくれる緋真を一旦押し退け、家の中に立てかけてあった木刀を手に取る、徐に肩に担ぐ。初めて製作した時よりもしっかりした形を成す木刀を背負う焰真の姿は、それなりに様となっているが、何故今木刀を担ぐのか一切理解できぬ緋真は目が点となっている。

 

「ひさ姉、俺自立する!」

「えっ……?」

「ひさ姉には幸せになってほしい。ひさ姉を好きになってくれてる、白哉って人にも幸せになってほしい。でも、ひさ姉が幸せになってほしいって思ってる俺自身も幸せになりたい。そんでもって、俺は死神になりたい!」

 

 カツン! と木刀の切っ先を床に着ける焰真は、高らかに宣言する。

 

「だから今日から自立する!! 今迄お世話になりました!!」

「ちょっ……」

「死神になったら会いに来るっ!!!」

「っ―――!」

 

 捲し立てるような勢いで決意を語り、颯爽と家から出ていってしまう焰真。

 彼を追いかけようと緋真もまた飛び出すが、陽も落ちて暗くなった今、一人の少年を見つけることも容易ではなくなってしまっていた。

 

「焰……真」

 

 最早手が届かぬ場所へ行ってしまった少年を想い、緋真は虚空を掴む。

 

 

 

 ***

 

 

 

 突飛な真似をしてしまったと反省はしている。

 しかし約束はした。死神になったら会いに行くと。

 男に二言はないとよく言うではないか。一度出した言葉を引っ込めるのも格好がつかないと考える焰真は、ルキアを探しながら死神になるための学校―――真央霊術院がある瀞霊廷へ向けて北上することに決めた。

 現在地は南流魂街でもまだまだ番号が大きい地区。

 北上すれば、ルキアが移住したかもしれない地区を否応なしに通ることが叶う。

 

「よしっ……頑張る!」

 

 端的な誓いを口にし、焰真は頬を叩いた。

 空を見上げれば、仄かな月影と星影が瞬いている。どれだけ離れていようとも、生きていることが分かれば、あの空の続く先の下に会いたい人が居る―――そう確信できる。

 

 だから今度は泣かない。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。