(待ってろ、ルキア……今すぐに助けに行ってやる!)
恋次は走っていた。
一護に負けた傷も完全とは言えないまでも回復した彼は、双殛の地下に隠されていた場所にて修行することにより新たな力を携え、ルキアの居る懺罪宮へと向かっている。
それは彼が双殛にルキアが連行されれば助けることが難しくなるのを知ってか否か―――いや、ただ単純に一秒でも早く、幼馴染である彼女を助けたいと言う純粋な想いからだろう。
流魂街“戌吊”で仲睦まじく暮らしていたのも、もう何十年も昔の話。
豊かで安寧な暮らしを求め死神になったものの、待ち受けていたのはルキアと離れざるを得ないというものであった。
それではどれだけ豊かな生活を送ろうとも、真に心までが豊かな生活を享受できたとは言えない。
一方で、ルキアが引き取られた朽木家には、彼女の実の姉が当主たる白哉の妻として暮らしているのも知っている。
そう考えた時、寧ろ朽木家に居る方がルキアにとっては正しい居場所なのかもしれないと考えた回数は一度や二度では足りない。
―――それでも、彼女を取り戻さなければ。
誰かから奪うのではないのだ。
ただ、何もかもが純粋で、凍える時はそっと寄り添い合い、病める時は冗談で愚痴を漏らしつつ面倒を看て、腹が空いた時はなけなしの食糧を半分に分け合い、笑いながら過ごしていたあの時の心の距離を、だ。
一度、彼女との絆は自ら解いてしまった。
だが、今こそ結び直す時だ。
「ッ!」
そのような恋次の前に現れる二つの影。
隊長羽織を靡かせる様と、左腕に掲げる副官章に、恋次は思わず身構えた。
「恋次」
「! 焰真……と、志波隊長!?」
誰よりもルキアを助けるべく奔走していた二人だった。
彼らは恋次の姿を見るや否や、止めた足を再び動かし始め、『ついてこい』『一緒に行こう』と言わんばかりに手招くジェスチャーをして、恋次と同じ目的地に向かって走っていくではないか。
「ちょッ、待……!」
「なんだ、恋次? 急がないと間に合わないぞ」
あっけらかんとした様子で応える焰真に、恋次は頭(かぶり)を振って声を上げる。
「俺が何するつもりか訊かねえのかよ」
悔恨に満ちたような声音だった。
一度は他の者達と同じように、ルキアの処刑は仕方ないと彼女を助けるために動きはしなかった。
そんな自分が、果たして最初から最後まで彼女を助けようとしていた者達の隣に並んでいいものなのか?
恋次の迷いはまさしくそれだ。
しかし、焰真は彼の迷いを一刀両断するように鼻で笑い、一層歩幅を大きくするではないか。気を抜けばすぐに置いて行かれそうな速さ。それには焦燥や逸る気持ちよりも、向かうべき場所、そして為すべきことを為さんとしようとする固い決意がうかがえる。
「訊かねえさ」
「……俺は、一度ルキアを―――」
「じゃあ、仲直りしに行かないとな」
半歩下がってきた焰真が、走る恋次の肩に器用に腕を回し、グンと走る速度を速める。
「喧嘩するほど仲がいい、って言うけどさ、喧嘩ばっかりする奴らが全員仲がいいってことじゃないだろ?」
「……」
「その後、ちゃんと仲直りするからもっと仲良くなれるんだ。だから、お前も行かなくちゃならねえだろ。本当にルキアを助けたいなら」
「―――おう!!」
―――結ぶより、解く方がずっと簡単。
不意に思い起こす吉良の言葉。
だが、人は結び、解きを繰り返し、解くことよりずっと難しい結び方が上手くなっていくのだろう。
きっと、親友と呼べる間柄に至った者達は、この結び解きを繰り返した先に居る者達なのだ。
ならば、今こそルキアに一線を引いてしまった恋次が、彼女とより強い結束を結ぶ時。
そう言わんとする焰真の言葉に奮い立った恋次は、『いい加減放せ』と冗談交じりに語るように、腕を回してくる焰真の尻を引っぱたいて彼を突き放す。
乾いたいい音が響く。痛そうにする焰真は『この野郎……』と恋次に睨みを利かせるが、『悪い悪い』と笑って謝ってくる恋次に対し、それ以上なにも言うことはなく、高まる士気の下に次第に近づいてくる白の建物の群れの中へ突入していく。
作戦通りであれば、今尚十三番隊の牢に待機させておいた織姫たちは、仙太郎と清音の導きで穿界門へと向かっているハズだ。
席官である彼らに任せれば、織姫たち自身の力も考えれば、並大抵の死神では相手になることはないだろう。
今は彼らを信じ、また、彼らが自分たちを信じてくれているように、ルキアを助ける。
それが今の全て。
「だが……」
「どうしたんスか、志波隊長?」
「おかしい。静か過ぎやしねえか?」
神妙な面持ちを浮かべる海燕に、横に並んで走る二人がハッとしたように辺りを見渡す。
異様、もしくは不気味。そう例えられそうなほどに静寂が辺りを支配する懺罪宮の建物の群れ。以前訪れた時は、高所故に吹き荒ぶ風が金切り声を上げるかのように鳴り響いていたものであるが、今はそれさえ聞こえてこない。
まるで、この先に居る圧倒的な強者の存在に、自然さえもが怯え竦み、息を潜めているかのようだ。
待ち受けている存在を暗に示している。
ゴクリと生唾を飲む三人。嫌な予感を覚えつつも、行かねばなるまいと歩を進めること数分、ようやく懺罪宮四深牢に繋がる塔と橋が見える位置まで辿り着くことができた。
「―――失望したぞ、志波隊長」
「君も正義を重んじる護廷隊を率いる長の一人として認めていたのだが……残念だ」
忽然と現れる圧倒的存在感。
巨大な面にて顔を隠す巨漢。
ゴーグルを身につける、浅黒い肌でドレッドヘアーの盲目の男。
サングラスをかける極道者の如き形相の男
顔の右半分に三本の長い傷痕の残っている男。
「狛村隊長……東仙隊長……!」
「檜佐木さん……射場さん……!」
現れた者達を前に、焰真と恋次が冷や汗を流しながら彼らの名を紡ぐ。
「チッ! 待ち伏せされてやがったか……」
「朽木ルキアならば、予定時刻よりも早い段階で護送を完了した。君達のような逆賊が奪い返しに来るとも限らないからな」
「……そりゃあ御親切にどうも。ウチの部下の護送はそりゃあ丁寧にやってくださったんでしょーね?」
「志波隊長……君もまた、伯父のように責ある立場を投げ捨てるつもりか?」
「……へっ、あんたに身内の話をされるギリはねえな!」
威圧感を放ちつつ詰問する東仙に対し、海燕はおどけた様子で応えてみせる。
そんな彼の様子に対し、東仙は疎ましげに眉を顰めた。正義感が強く、規律を重んじる白哉に勝るとも劣らない遵守の姿勢を見せる彼は、仁義の為ならば掟を破るのも厭わぬ志波家に多い気概を持つ人間とは相性が悪い。
「まさか、罪人を救うなどという戯れ言を吐く訳でもあるまい」
「そのまさかだよ」
海燕の目が鋭くなる。
「掟に反しようが、隊長らに囲まれようがな……手前の納得できねえ理由で仲間を見捨てるような奴は、志波家の男にゃ居ねェんだよ」
左腕の袖をまくり掲げるのは、志波家の人間を示す、墜天の崩れ渦潮と呼ばれる紋様。
死神としても隊長としても、その経歴は東仙の方が長い。しかし、だからといって引き下がる由もないと言わんばかりの闘志が解き放たれる。
断崖を抉る荒れ狂う波のように放たれる霊圧は、まさしく彼の逆境に立ち向かう生き様を示しているようであった。
だが、この程度で気圧されて隊長が務まるはずがない。
すかさず東仙と狛村も霊圧を解き放つ、海燕の荒々しい波濤を圧し潰す。静穏ながら身動き一つ許さぬような重圧は大気を震わせる。
ごくり、と生唾を呑み込む三人。
数もそうだが、死神としての練度から言っても相手に分がある。
ルキアが双殛へ護送された以上、一刻も早く救出に赴くべき状況。しかしながら、それをみすみすと見逃される戦力差でない事は明らかだ。
―――俺が……。
口を開きかけると同時に、鯉口が短く鳴った。
その瞬間だった。
石畳を踏み砕く轟音と共に参上した巨大な人影が、のそりと身を起こしたのは。
「っ……貴公は!」
「更木!」
「―――ああ?」
十一番隊隊長更木剣八。
一護と雨竜との戦いによる傷は完全に癒えてはいないのか、死覇装から僅かに包帯が巻かれている光景が目に入る。
そんな彼は、砂煙を抜き身の斬魄刀を振るって払うと、状況を確認するよう視線を右へ左へと何度も向けた。
「なんだ? でけェ霊圧あると思って来たが……こりゃア、どういう状況だ?」
言葉とは裏腹に、混沌と化している戦場を楽しむように嗤う剣八。
戦を好む彼にとって、戦は祭りにも等しい行事だ。余程強い虚が出ない限り出動することもなかった彼にとって、今この状況は誰かと戦える千載一遇のチャンス。
誰と戦おうか―――そうじっくり吟味する彼の瞳は、まさしく飢えた猛獣のそれだ。
すると、彼の背中からピョコリと桃色の影が飛び出した。
「剣ちゃん! るっきーはもう連れてかれちゃったみたいだよ?」
「あ? だとすりゃあ、隊長共は軒並み処刑場の方に居るって訳じゃねえか」
短い思案の果てに、狛村と東仙の二人に視線を向けながら。
「て前ェらを除いてな……!」
「! 血迷ったか、更木……!」
「この期に及んで旅禍に与する道を選ぶとは……矢張りお前は隊長に相応しくない者だ。良かろう。どうせ、旅禍が逃げられることはない」
「……!?」
東仙が紡いだ言葉に反応したのは焰真だ。
『旅禍が逃げられることはない』。それが意味するのは、単純に『自分たちが捕まえる』という意味か、はたまた―――。
「……海燕さん、双殛まで急いでください!」
「は!?」
「嫌な予感がします! 早く! 檜佐木さんと射場さんなら、俺が何とかします!」
その言葉に反応したのは他ならぬ眉を顰める檜佐木と射場であった。
「ほう……儂等二人を相手にするたぁ、大きく出たモンじゃのう」
「後輩を甚振るのは気が進まねえが……刃向かうなら覚悟はできてるんだろ?」
二人の戦意も目に見えて高まる。
同じ副隊長とは言え、事実対等な立場とは言い難い。
檜佐木は霊術院の先輩であり、射場もまた焰真が所属していた十一番隊に務めていた男。後輩として慕ってくるのならば兎も角、敵として刃向かってくるならば舐められていると思わざるを得ない。
瞬時にひり付く空気。
恋次は『俺も残るぞ』と小声で伝えてくるが、焰真はそれを断固として拒否する。
「時間が無い……双殛はこっちよりずっと戦力が多い! 戦力を割くなら向こうだ!」
「だが……!」
「急いでくれ! ルキアを救うなら、そうするしかない! これは……お前にしか頼めない!」
「ッ……!」
面と向かって頼まれれば、恋次は有無も言わずに走り出す。
心を圧し殺すように噛み締めた表情のまま駆け出す戦友を見送れば、一拍遅れて海燕も後を追い、信頼感が浮かんだ表情で振り返る。
「死ぬなよ」
「死にませんよ―――死んでも」
「それでよし」
直後、瞬歩で掻き消える二つの人影。
同時に隊長二名の背後に佇んでいた人影も消えるが、その進路方向を遮るように抜き身の斬魄刀を握る焰真が割って入る。
「通すかよ!」
「どけ、芥火!」
「威勢がいいのォ……どれ、久々にかわいがっちょる!」
檜佐木と射場が斬りかかってくる。
言うまでもなく数では不利。傍目からすれば、新参が中堅の副隊長に挑む絵図になっており、前者の勝機は限りなく薄い。
しかし、それは焰真に奥の手がなければの話。
「そんな時間は―――ねぇ!」
『!』
爆発的に膨れ上がる霊圧が、来襲者の体を一瞬だけ硬直させる。
突然の出来事に瞠目する二人であるが、所詮は虚仮威しだとすぐに気を取り直して刃を振り下ろす。
―――来るか。
怯んだのならば間隙を衝く作戦であったが、やはり歴戦の死神。
態勢を立て直すのは早く、とても衝けるような隙は見当たらなかった。
こうなった以上、真正面から屈伏するしかあるまい。
覚悟を決めた焰真は、先程以上の霊圧を全身から解放する。
これには二人も驚愕の色を隠せず、引き戻せぬ刃が一瞬同様に揺れた。が、退くに退けぬと理解している以上、想定外の霊力を解き放つ焰真に紫電を滑らせる。
二つ、甲高い悲鳴が上がった。
刃が刃を受け止める音。
だが、それは煉華が奏でた歌声などではない。
「――—えっ?」
「おーう、芥火ィ。随分面白そうな事おっ始めようとしてんじゃねーか」
「僕らも混ぜてくれないかな?」
「一角さん……弓親さん……!」
二つの凶刃を受け止めたのは、新たなる乱入者であった。
十一番隊第三席、斑目一角。
同隊第五席、綾瀬川弓親。
どちらも焰真に斬術を―――そして十一番隊としての流儀を叩き込んだ漢達だった。
「てめえら……!」
「こがぁな事して、どういうつもりじゃ?」
困惑する檜佐木に対し、問いかける射場の顔には分かり切っていると言わんばかりの好戦的な笑みが浮かぶ。
「そりゃあ……こういうこったァ!」
次の瞬間、一角の雄々しい声と共に射場の体が刃と共に弾かれる。
同様に檜佐木も弓親に押し退けられ、距離を取られるに至った。
「二人共、どうして……?!」
「は! こんな楽しい祭り、参加しなきゃあ漢が廃るってモンだろォ?」
剃髪した頭が光り輝かせる一角が応える。
その心強い返答に思わず笑みを零せば、『早く行きなよ』と弓親が促すように告げてきた。
「ッ……ありがとうございます!」
礼儀正しく跪き、頭を下げた焰真の姿が掻き消える。
その一部始終を見届けた二人は、改めて自分が刃を交える相手を見遣った。
「さぁて、こっちはこっちで楽しむ事にしようぜ!」
「そういう訳さ。戦の華、嫌いじゃないだろう?」
「てめえら……!」
「ほう……ええ度胸じゃのう」
構えられる四つの刃。
その鋒は紛れもなく相手の喉元へと向けられていた。。
「ほいじゃあ手加減なんぞ必要ないの」
「ああ―――したら、ぶっ殺してやるよォ!」
***
駆ける。
思わぬ援軍に見送られてから、一度も足を止める事無く。
東仙の言葉通り、既にルキアが双殛へ移送されていると言うのであれば、いつ処刑が始まっていてもおかしくはない。
度重なるイレギュラー。当初は正午に処刑が始まるとの旨であったが、今になって時刻が早まってもなんら不思議ではない。
故に、急ぐ。
足が千切れそうになるくらい疲弊したとしても、必ずや救い出してみせると。
「……?」
だが、双殛へ向かっていた焰真の足が不意に止まった。
それまで一度も止まりはしなかった彼の歩みがピタリと。
(……
この一刻を争う状況の中、彼が歩みを止めた理由は唯一つ。
それは僅かな危険の種を極刑に処される仲間の居る双殛へ持ち込まぬ為。
背後に纏わりつくような違和感のまま振り返れば、焰真は誰も居ない景色―――そのとある一点を睨みつけながら声を上げた。
「涅隊長! 居るのは分かってます」
「―――ヤレヤレ。気付かれてしまったようだネ」
何もない空間からフェードインするよう、ぬるりと現れた奇天烈な化粧を施した男―――涅マユリ。彼ともう一人、副官の涅ネムが登場する。
技術開発局二代目局長であり十二番隊隊長である彼ならば、単純に霊圧を抑えたり、鬼道で隠れたりする他にも、このような隠遁術を扱えてもおかしくはない。
だが、なぜ焰真がそれに気が付けたかと言えば、解は至って単純―――勘だ。
狛村や東仙のようにあからさまな敵意を向けてくる相手ではないが、こうして姿を消されて近寄られた以上、穏便に済みそうにない。
そう結論付けた焰真は、いつでも襲われてもいいように煉華を抜く。
「わざわざ俺の下に来るって事は……ルキアが目的じゃあないですね」
「アア。私はそっちには興味はないヨ。だから、存分に君に相手をしてもらおうじゃないかネ」
―――狙いがルキアではない。
では、何が目的なのか?
その解を知るのは、無論マユリのみだ。
しかし、その問いにかける時間はない。
今一度マユリに煉華の切っ先を向け、焰真は問いかける。
「……一つ訊きます。俺が目的と言うなら、一体何の為に?」
「フム。奇妙なことを言うネ。ナニ、単純明快なことだ。私は君を研究対象として興味を抱いている……ただそれだけの話だヨ」
マユリは口角をこれでもかと吊り上げる狂気的な笑みを浮かべ告げてきた。
―――研究対象? 俺が?
嫌な汗が頬を伝う。
「滅却師の時の意趣返し……なんて言いませんよね?」
「まさか! 滅却師など、もう研究対象としての価値はないヨ。だが……希少な因子を携えている君には非常に興味を持つばかりでネ」
「……なに?」
「血。知ってるだろう? 全隊士の血のサンプルは全て技術開発局に保管されている。だから知っているんだヨ、私は! 君が!! どういう存在かを!!!」
興奮のあまり、語気が強まるマユリは、股間の間に挟むように下げている斬魄刀の柄に手をかけ、そのまま刀身を抜き、
「搔き毟れ―――『
「っ!!」
解放。何の変哲もなかった刀身は、赤子の顔を模ったようなものから三又に波打つ形状へと変化する。
その刀身で斬りつけた対象物の四肢の動きを奪う。それがマユリの斬魄刀『疋殺地蔵』の能力だ。一撃掠りでも喰らえばそれで逃走を図ることが極めて困難になる能力の有す斬魄刀を目の前に構えられる焰真は、一層警戒心を露わにする。
「俺がどういう存在か、ですか」
「ああ。君は……―――虚の因子に対する完全な抗体を持っている」
「!」
「それは人間とも滅却師とも虚とも似つかない因子によるものだヨ!! 例え混血の滅却師だったとしても、そこまで……いや、人間や死神を超える虚の因子に含まれる毒を無毒化できる因子は私も知らない!!」
『だから』とマユリは疋殺地蔵の切っ先を焰真へ向ける。
「今までは、幾ら君が滅却師にも虚にも似た因子を持っていようと護廷隊十三隊の一人であったから、仲間を犠牲にできない慈悲深い私は我慢していたが……そんな君が叛逆の意思を持って私と戦うと言うのであれば、君を斬り、後の瀞霊廷のために私の研究材料となることは致し方ないとは思わんかネ?」
「……成程」
つまり、都合がよくなったからこうして焰真を狙いに来た。そういう訳だ。
理解した焰真は一息吐き、明確な戦意を瞳に灯らせる。
「―――じゃあ、押し通るまでだ」
「副隊長如きの君が、か。面白いコトを言うネ。私は几帳面でネ。全隊士の斬魄刀の能力は把握している。勿論、君の斬魄刀もだヨ。だから、敢て言おう。君の始解じゃあ、とてもじゃないが私には勝てんヨ。……ああ、勿論斬術や鬼道も含めての話だが―――」
「……確かに、始解じゃ死神と戦うには厳しい」
「……ナニ?」
含みのある言い方に、思わずマユリが眉をしかめる。
「何だい? その口調……まるで君が卍解を使えるみたいじゃあないか。虚仮威しの冗談は止したまえ……」
「そう言ってます、涅隊長」
「……この期に及んで」
「言葉が信じられないなら―――」
刹那、青白い炎が焰真を中心に地に迸る。
それは始め、煉華の柄を模すように五芒星に円が重なったような形であったが、遅れて焰真から放たれた炎が重なるや否や、それは太陽十字を模した逆卍型に変形し、時計回りに回転し始めた。
回転する炎は上昇し、やがて焰真の体を包みこみ、天目掛けて登っていく。
「自分の目で確かめてください」
「……ほう」
星まで煉られた剣の如く、鋭く天目掛けて伸びる炎に呑まれる焰真は紡ぐ。
―――卍解、と。
***
―――私は良く生かされた。
ルキアは独白する。
―――恋次達と出会い。
―――兄様に拾われ。
―――姉様と過ごし。
―――海燕殿に導かれ。
―――そして、一護に救われた。
燃え盛る焰の矛が、一羽の巨鳥へと変貌する姿を見届けながら。
燬鷇王――—双殛の矛の真の姿にして、殛刑の最終執行者。
彼の者が自身を貫く事で殛刑は終わる。
―――つらくはない。
―――悲しくはない。
―――悔いはない。
―――心も、遺してはいない。
為すべきと思った事は為した。仮に、あの日、一護へと死神の力を渡す事が運命と定められていたのならば、甘んじて受け入れよう。
だとしても、大勢の人々が奔走してくれた。
その事実だけで、この心は大いに救われたのだから。
こんな自分を愛してくれる者達が居ると知る事ができた。
―――ありがとう。
―――ありがとう。
―――ありがとう。
―――ありがとう。
一人一人に感謝の言葉を紡ぎ、最期に告げる。
「……さよなら」
炎が迫る。
肌身を焼きつける風は、不思議と熱く感じなかった。
しかし、眩い光に堪らず目を瞑る。
そうしてどれだけの時間が経ったのだろう。果てしなく永い刹那が続いて暫く、漸く違和感を覚えるがまま瞼を開いた。
煌々と燃え盛る燬鷇王。
彼の者が放つ火光を遮る者の存在を、確かとし。
「よう」
月の剣を背負って立つ少年が、不敵な笑みを湛えていた。
「――—い……一護……!」
斬魄刀百万本分の威力を、たった一振りの剣で受け止めながら。
その衝撃的に誰もが目を奪われる。
だからこそ、誰一人気付く事は無かった。
遠く離れた地で、清廉な青白い火柱が噴き上がる光景には。