BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*44 星を煉った剣

 瀞霊廷の各所で強い魄動が感じられる。

 隊長格や、それに等しい者達が激突しているのだろう。

 己の正義、世界の正義、はたまた正義でもなんでもない己の欲を満たすために。

 

 しかし、そんな戦いも一つ、また一つと終息を迎えていく。

 そして、ここでもまた……。

 

「はっ……はっ……!」

 

 息も絶え絶えとなっているマユリは、鬼道に縛られて倒れているネムの隣で、鬼のような形相を浮かべつつ、目の前の死神に目を向けていた。

 

 その姿は死神とは僅かに異なっている。

 纏う服が吸い込まれるような漆黒である以外は、死神と呼ぶよりも別の意匠を思わせるようだ。マユリだからこそ、より強く覚えた。

 

 その黒衣をひらめかせる焰真は、刀の一振りで元の死覇装姿に戻る。

 

「……命はとりません」

「っ……!」

 

 それは明らかな勝利宣言。

 敗者の命の裁量は、何時であっても勝者の権限だ。

 

 まさか隊長である自分が、副隊長である死神に命運を握られようなど、どれほどの屈辱であるだろうか。

 それも、マユリ自身も焰真も無傷であるというのだからなおさらだ。

 

「芥火……焰真……!!」

 

 マユリはその黄色の歯をむき出しにし、呪詛のように言葉を吐く。

 

「君のその(卍解)は……死神に許された力の……領域を超えているヨ……!!」

「……」

「!」

 

 刹那、鞘に納めた煉華をマユリの前に突き立てる焰真。

 地に伏せる彼を見下ろす焰真の瞳は、僅かな怒りと、それ以上の哀しみに濡れている。

 

「あんたの敗因は人を殺しすぎたことだ」

「っ……!」

「これ以上、あんたの身勝手で俺の大切な人を手にかけるって言うなら……―――地獄に墜ちると思え」

 

 ふいに底冷えする声音に変わる焰真を前に、マユリはかつて感じたことのない畏怖を覚える。

 彼の背後に幻視したもの。それはまさしく、地獄の支配者たる閻魔王の形相だ。

 放たれる霊圧が形となって見えた顔に思わずマユリが息を飲めば、焰真は踵を返し、マユリの下から去っていく。

 

 その後ろ姿を見遣ったマユリは……笑う。

 

「ク、クク、クックック……面白いヨ、芥火焰真……! 寧ろ、そうこなくてはそそられんヨ!! ハハハ、ハーハッハッハ!!!」

 

 好奇と憎悪の入り混じった瞳を浮かべるマユリ。

 そうした拗れた感情を向けられているとは毛ほども思わぬ焰真は、彼の視界から次の瞬間には消えるのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

(少し時間を取られ過ぎたか……? 急がねえと!)

 

 マユリとの戦いを卍解にて制した焰真は、大急ぎで恋次とルキアが向かっている穿界門に向け、全速力で走っていた。

 状況は刻々と変化している。

 霊圧を感じ取れば、旅禍である少年の一人がルキアを救出し、果てには双殛にて白哉を下した事実さえはっきりとわかる。

 

 だが、もしも事前に準備していた穿界門になんらかの細工が施され、いざ断界を通行する際に四苦八苦してしまう羽目になるハズ。

 

 現時点で双殛に隊長格の霊圧は感じられない。

 処刑対象であるルキアが連行途中連れ去られたのだから、わざわざ座して待つ者は幾ら居るだろうか?

 良い意味でも悪い意味でも個性豊かな面子だ。

 

 正義感に則り、ルキア奪還のために動いているかもしれない。

 そのような者を、処刑に違和感を覚えている者が止めに入っているかもしれない。

 現に今、処刑に違和感を覚えた者が四十六室に乗り込んでいるかもしれない。

 ただ、この騒ぎに乗じて暴れ回っている者も居るかもしれない。

 

 全員が敵対しないことは幸いではあるが、例え一人でも隊長格がやって来れば、穿界門に先回りしている織姫たちの身が危ういだろう。

 先に海燕に様子を見に行かせたとは言え、心配なものは心配なのだ。

 例えるとするならば、子どもを初めてのおつかいに行かせる母親のような心持ちだろうか。いや、状況はそれほど微笑ましくはないのだが、心配でたまらない状態を指す例として挙げるとするならば適切だろう。

 

 故に走る、走る、走る。

 

 グングン速度の上がっていく焰真の前に偶然角から出てきた平隊士が出て来ようものならば、一般車両に轢かれた人間のように跳ね飛ばされることになるだろう。

 それほどまでの速度。

 恋次たちとの距離を縮めるには十分だったようで、数分も走れば、十分に彼らの霊圧を知覚できる位置まで近づけた―――

 

「はっ!!?」

 

 が、消えた。

 

 余りにも唐突な霊圧の消失には焰真も驚きを隠せず、一旦立ち止まり、限界まで霊圧知覚を鋭敏と化し、恋次とルキアの霊圧を探知する。

 その時だった。大気が震える。

 

『―――護廷十三隊各隊隊長及び副隊長・副隊長代理各位。そして旅禍の皆さん』

「! これは……天挺空羅?」

『こちらは四番隊副隊長、虎徹勇音です』

 

 焰真の霊圧探知を遮るよう響くのは、鬼道によって伝信を図る勇音の声であった。

 味方とも敵であるともとり難い人物の通信に一瞬眉を顰める焰真であったが、切迫した彼女の声音に、一旦自分も平静を取り戻さなければと息を整えつつ耳を傾ける。

 

『どうか暫しの間、御清聴願います……これからお伝えすることは、全て真実です』

 

 まず紡がれたのは藍染の生存の事実。

 

 

 

―――嘘だ。

 

 

 

 次に、彼が中央四十六室を抹殺し、瀞霊廷の司法を握っていた事実。

 

 

 

―――嘘だ。

 

 

 

 雛森と日番谷を刃にかけた事実。

 

 

 

―――嘘だ。

 

 

 

 これまでの全てにおいて仮面を被り、瀞霊廷を騙していた事実。

 

 

 

―――嘘だ。

 

 

 

 そして自ずと導き出される彼の目的―――ルキアの処刑。

 

 

 

―――う、そ……。

 

 

 

 話の締め括りの部分の話は最早聞けなかったかもしれない。

 だが、紡がれる残酷な事実の数々に、藍染を慕っていた焰真は茫然自失となって項垂れる。

 どれもすぐさま受け止めることが難しい内容ばかりだ。瞼を閉じれば、部下思いの藍染の柔らかい笑顔ばかりが浮かんでくる。

 そんな彼が皆を騙し、部下や同僚に手をかけ、あまつさえ自分の友人に手をかけようなど、信じられない―――信じたくないと心が訴えてきた。

 

 しかし、それを過り浮かんでくる友との思い出が、彼を奮い立たせる。

 

 

 

「ルキアぁ!!! 恋次ぃ!!!」

 

 

 

 待ってろ。

 

 そう言わんばかりの雄叫びさえ、一陣の風となって掻き消える黒衣ひらめかせる影に置いて行かれるのであった。

 

 向かう場所は双殛。

 大逆の徒となった男の居る場所だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「に、兄様……兄様……!」

「っ……」

 

 血みどろの義兄を抱きかかえるのはルキアだ。

 周囲には、背骨に到達するかと思われるほどの深い斬撃を受けた一護と、これまた深い斬撃を背中に受けた恋次、そして途中駆けつけた狛村が地に伏せている。

 

 この惨劇を作り上げたのは、他でもない藍染だ。

 まず、ルキアと恋次は逃走を図る最中、突然現れた東仙の放つ布に巻かれ、気が付けば双殛の丘に連れてこられた。

 そして、市丸と東仙を傍らに立たせる彼により、一護と恋次は倒れ、続けて狛村も鬼道で倒され、白哉もまた市丸の刃から自分を庇って負傷したのである。

 

 一護も白哉も互いに戦い疲弊していたことは想像に難くない。

 それでも傷ついた身を押し参上し、また自分のために傷つけてしまった。

 あれほど情を感じさせぬほど冷たく振る舞っていた白哉も、だ。

 

 何故? という疑問はある。

 藍染の語った自分の目的、浦原喜助と呼ばれる男の目的、彼の作った物体“崩玉”、そして自らの体から取り出された崩玉など、数えればキリがないほどに。

 しかし、今はそれらがどうでもよい。

 

 どうすれば義兄を守れるか。

 どうすれば仲間を守れるか。

 死神の力もなく無力な自分にできることはなんなのか。

 

 しかし、結局のところ抗いようもない隔絶した力を前に、ルキアは腕の中の白哉を庇うように強く抱き締めることしかできない。

 

(誰か)

 

 斬魄刀の柄に手をかける藍染が、薄い笑みを浮かべ歩み寄ってくる。

 

(誰か!)

 

 狛村や白哉が駆けつけたように、他の隊長格が赴いてくれないかと希う。

 

「誰かぁぁぁあああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――卍解、『星煉剣(せいれんけん)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、炎が双殛の丘を包み込む。

 流刃若火のように猛々しく赤く燃え盛る炎ではない。夜を包み込む月光のように優しい青白い炎だった。

 

「え……」

 

 余りの光力に一瞬目を開けることが叶わなかったルキアであるが、数秒経って視界が開かれることで、ようやく目の前に降り立った人影を望むことができた。

 

 死神の如き黒衣。だが形状は死覇装とは少しばかり様相が違っていた。

 一昔前の看守が身に纏うような西洋風の上衣に帽子。さらには黒い外套(マント)を閃かせているではないか。

 右手に携える刀の鍔は、太陽十字を模した、円に切れ目を入れたような形の逆卍。

 柄はどこかで見たことのあるような、赤と青の柄糸が交差するような見た目であった。

 

 それが誰であるかは、後ろ姿を眺めていても理解できない。

 

 何故ならば、伸びている髪は九十九髪のように白く、こちらを振り返ってくる顔の右目は、宝石の如く青く染まり、尚且つそこから青白い炎が煌々と尾を引くように光を放っていたからだ。

 

「―――ルキア」

「っ!」

 

 しかし、その声で気が付いた。

 背も伸び、少々大人びた顔となった彼であるが、その優しい声音と(まなじり)の雰囲気は変わってはいない。

 

「焰……真?」

「ああ」

 

 彼が振り返り、ようやくその全貌を窺うことができれば、見慣れた赤い左目がこちらを覗いていた。

 

「そ、その姿は……」

「話はちょい待て」

「え、きゃっ!?」

 

 不意打ち気味に白哉ごと抱き抱えて移動させられたルキアは、柄にもない悲鳴を上げ、藍染との距離をとることとなった。

 既に炎は消え、視界は明瞭。

 穏やかながらも以前のような優しさの欠片は一切感じられぬ笑みを浮かべる藍染も健在であることが分かった。

 

「やあ、芥火くん」

「藍染……隊長」

「それが君の卍解かい? 元上司として、部下の成長は喜ばしい限りだよ」

「……いつまで平然としてるんですか」

 

 始めは上司と部下による何気ない会話かのような切り口。

 しかし、濡れる瞳を揺らす焰真が声を震わせ、斬魄刀を握りしめる音を響かせたのを境に雰囲気が変わる。

 

 焰真の足元に、点々と染みが描かれていく。

 

「フム……何故泣くんだい?」

「あんたが……泣かないからですよっ」

「それは一体どういう意味かな。私が、君たちが勝手に抱いていた期待に外れたことかい? それとも、そのことに私が負い目を覚えていないことかい?」

「人を!! 傷つけたことだっ!!!」

 

 淡々とした口調で語る藍染に被せるように、焰真の怒声が響く。

 そんな彼の主張に対し、藍染は鼻で一笑してみせた。

 

「おかしなことを言う子だ、君は。それを君の大切な者達と仮定するならば、阿散井くんを傷つけた旅禍の少年にも怒って然るべき筈さ。それとも、阿散井くんは君にとってそれに値しない人間という訳か」

「……」

「図星かい? それとも自分の主張の矛盾に気が付いて黙るしかなくなったかな?」

「体の話じゃないんですよ……俺が言ってるのは、心の話だ」

「ほう」

「あんたは、あんたを信じていた人たちの心を踏みにじった……それを『傷つけた』って言ってる! (こころ)のままに戦ってついた傷とは違う!!」

 

 焰真から放たれる霊圧が一層強くなる。

 明らかに副隊長とは隔絶し、隊長に比肩するほどの霊圧を放つ彼に、藍染は感心するように息を吐くが、それ以上の感慨を覚えている様子は微塵も感じられない。

 

「信じる、か。それは自分とは違う他の存在を頼りと思い込むことだ。真に私を理解しようとせず、憧れという一方的な色眼鏡をかけてきた者達がそう言うというならば、それは責任転嫁甚だしい話だとは思わないかい?」

「仮面を被って偽ってきた人の言うことかぁっ!!!」

 

 燃え盛る炎が双殛の丘を覆い尽くしていく。

 逃げ場をなくすよう広がっていく炎。熱は感じられないが、ルキアは妙な痛みのようなものを肌に覚えた。

 

「な、なんなのだ、この炎は……」

「ぐっ、うぅ……!」

「一護!?」

 

 そんな中、一護が特に苦しみ呻くように声を上げた。

 彼の傷は深い。常人であれば疾うに死んでいてもおかしくはないほどだ。それほどの生命力を兼ね備える彼でさえ、この炎の中では苦悶の声を漏らしている。

 

 なにかが、おかしい。

 

 だが、最も大きな変化は焰真から放たれた幾条かの光だ。

 それは傷ついた一護を始めとした、恋次、白哉、狛村を包み込んでいく。

 

「っ……」

「! 兄様!!」

 

 すると、やおら白哉がルキアの腕の中から身を起こす。

 彼の混濁していた意識が戻ったことは喜ばしいことだ。しかし、何故今になって? と疑問が浮かんだ瞬間、ルキアは自分の目を疑った。

 

―――傷が、無い……?

 

 市丸の斬魄刀『神鎗(しんそう)』を受け、臓腑に届いているとさえ思えた傷がなくなっているのだ。

 まさかと思い、他三名にも目を向ける。

 やはり無い。一護の腹部の傷も、恋次の背中の傷も、狛村の全身を重力の奔流で圧し潰されたことによる傷も、なにもかも。

 傷がなければ立ち上がろう。やおら斬魄刀を携える一護たちは、自分たちの身に起きた不思議な現象に目を白黒させつつも、再び戦えるまでに回復した体を確かめる。

 

 その光景には、今の今まで不変であった藍染の瞳の色も変わる。

 

「……ほう、驚いた。それが君の斬魄刀の能力(チカラ)かな」

「違う」

「……なんだと?」

「俺の卍解は―――」

 

 試し斬りと言わんばかりに星煉剣を振るう焰真。

 剣圧だけで双殛の丘の大地を砕く彼に続き、立ち上がった者達も、仲間を、家族を、瀞霊廷を守るべく刃を掲げる。

 

「卍解―――『天鎖斬月(てんさざんげつ)』!!」

 

 一護は、漆黒の刀を携える漆黒のコート姿に。

 

「卍解―――『狒々王蛇尾丸(ひひおうざびまる)』!!」

 

 恋次は、巨大な蛇の骨を模した刀身を振るい、狒々の骨と毛皮を纏う。

 

「卍解―――『千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)』」

 

 白哉は、億を超える花弁の如き刃を舞い散らせる。

 

「卍解―――『黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)』!!」

 

 狛村は、山の如き巨大な鎧武者を召喚する。

 

 五つの卍解の切っ先が、藍染へ向けられた。

 尚、藍染の余裕の笑みが崩れることはない。

 

 そんな藍染へ、焰真はあらん限りの声をあげる。

 

「浄罪と断罪の能力(チカラ)に変わりはありませんよ。ただ、全ての霊魂に効くようになっただけだ」

「―――成程」

 

 虚だけではない。人も、死神も、滅却師でさえも浄罪と断罪の対象とするのだ。

 始解と卍解の能力には多かれ少なかれ、必ず共通点が存在する。まったく繋がりのない斬魄刀など存在はしないのだ。

 その点、星煉剣は煉華から標的とする対象物が増えただけ。

 

―――しかし、侮ること勿れ。まだ誰も、彼の斬魄刀の真の力を見たことは一度もないのだから。

 

 藍染もまた斬魄刀を抜く。『鏡花水月(きょうかすいげつ)』―――解放の瞬間を見せた相手の五感と霊覚を掌握し、錯覚させることのできる完全無欠の斬魄刀だ。

 それを振るう藍染は、不敵な眼差しを焰真へ向ける。本人にしか分からぬ、悍ましい負の感情を孕んだ瞳で。

 

 

 

「死神如きが扱うには……少々傲りが過ぎる能力(チカラ)だ」

 

 

 

 調整者(バランサー)たる死神。にも拘わらず、一個人に裁量権が与えられたとでも言わんばかりの能力。

 彼が是と言えば是となる。彼が非と言えば非となるという訳だ。

 

「撤回しよう」

 

 それは過去の焰真(かれ)へ。

 

「やはり君は面白い。精々、足掻いてみてくれ」

 

 

 

『―――!』

 

 

 

 刃が閃く。

 


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