BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*46 覚醒の夜明け

 藍染の反乱から一週間経った。

 束の間の平穏だ。朽木ルキアを救うために進撃した一護たちによって倒された隊士も、藍染たちの手に掛かり倒れた者達も、ほとんどは床から起き上がることが叶っていた。

 一部の者(特に十一番隊)は騒ぎ、多くの隊士や隊長格が入院している綜合救護詰所を喧騒に包み込んでいたが、それも卯ノ花によってすぐ鎮められる。

 

 一方で、どれだけ騒いでも咎められないのは十一番隊の屋内修練場だ。

 平隊士たち相手に無双する一角に、最近ここに出入りするようになった一護が相手すべく前に出るや否や、何の気なしにやって来た剣八が赴き、命懸けの鬼ごっこが始まったというのはまた別の話……。

 

 その頃、焰真はと言うと―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「本当に……本当によく帰ってきてくれましたね」

 

 儚げな微笑みを浮かべる緋真が前に座っている。

 ここは朽木邸の一室。緋真の隣には、数か月離れていた家と姉の温もりを補給するようにルキアが座布団を敷き、そこに陣取っていた。

 緋真もルキアも寂しかったのは同じ。故に、そっと手を重ねて、変わらぬ日常の大切さを噛み締めているのだろう。

 

 そんな彼女たちに、これまた柔和な笑みを浮かべる焰真は言う。

 

「俺が約束破ると思ったか?」

「いいえ。ですが……」

「分かってるって。でも、あんまり心配し過ぎるのもお腹の赤ちゃんに悪いだろ?」

「……はい。うふふっ」

 

 人を気遣う分、心労に苛まれやすい緋真。精神的な疲労は胎児の成長に悪いことは、そういった知識に乏しい焰真でも、なんとなく察することはできた。

 血は繋がらなくとも大切な姉だ。彼女の子どもには是非とも元気に生まれてきて欲しいと焰真は切に願っている。

 

 『だから』と続ける彼は、揶揄うような表情でのほほんとしているルキアへ、不意に言葉を投げかけた。

 

「ルキアももうひさ姉に心配かけるんじゃねえぞ」

「な、なにおう!? 私とてわざと姉様に心配をかける真似をしている訳ではないっ!」

「どうだかな……」

「貴様こそ、乱れた食生活を送りおって! いつか痛い目に遭っても知らんぞ」

「な、何を根拠にそんなこと!」

「朝食と夕食には、米と味噌汁と野菜炒めしか食っていないとは、十三番隊でも有名な話だ。昼にはどこぞで買って来た甘味だけを貪りおって……健康からは程遠い話だな」

「お前っ……!」

 

 どこから仕入れてきたか分からない情報を緋真に暴露され、焰真は額に青筋を立てながら、頬を引きつらせてルキアを睨む。

 当の彼女はと言うと、子どものように目の下を指で押さえ、舌を出す始末だ。

 緋真の目の前だと、彼女が特に幼児退行しているように思えて仕方がない。

 

 落ち着いた大人の雰囲気を漂わせる緋真とは大違いだ。

 その緋真はと言えば、口元を手で覆い隠しながらクスクスと笑っている。

 

「本当、心配事の多い子たち……」

「「それはこいつに!!」」

「いっそ、二人が結ばれてくれれば万事解決なのですが……」

「「え?」」

 

 不意をつく緋真の言葉に、掴み合っていた焰真とルキアが目を白黒とさせる。

 緋真の言うこと。つまり、今目の前に居る者と結婚という意味だ。

 彼女の真剣な声色に、一旦本気でお互いに結婚生活を想像してみる。想像できなくはない。だが、それはあくまで普段のやり取りの延長線上とも言えるものばかりだ。

 

 具体的な結婚生活が見えてこない―――そうこう考えている内に、想像はとある地点まで辿り着いた。

 ゆっくり……二人の視線は緋真の下腹部へ向かう。

 そして、みるみるうちに顔は茹蛸の如き真紅へと染まり上がるではないか。

 

 刹那、互いに組み合っていた手を突き放し、距離をとる二人。

 プシュ~! と蒸気が出る錯覚を互いに見る二人は、この羞恥心のやり場を元凶である緋真へと向けた。

 

「ね、姉様! 例え姉様の頼みであろうともそれは……!」

「お、おう! そうだぞ、ひさ姉」

「うふふっ、冗談です」

 

 抗議する二人に対し、こてんと首を倒して笑みを投げかける緋真。

 実に愉快そうに笑う彼女は、ここ数か月の悲哀を取り戻しているようにも見えた。雨上がりの晴れがより清々しいように、夜の帳を抜けた先の朝日が一層眩しく輝いて見えるように。

 

 しかし、これとそれとは話は別だ。

 

「冗談が過ぎます、姉様!」

「あら、そうでしょうか……?」

「ひさ姉、そういうのはしっかりとした、その、ちゃんと自分で……っ!」

「勿論分かっています。契りを結ぶ相手は、ただこの一人愛すと誓った異性ですから」

「「うんうん」」

「しかし二人も、好きか嫌いかで言えば互いに吝かでは……」

「「好きか嫌いかとかの話じゃなくて!!」」

「うふふふふっ……」

 

 いちいち初々しい反応を見せる実妹と義弟に、緋真は頬を上気させるまで笑う。

 

 からかわれている二人からすれば、普段そういった冗談を言わない緋真であるから、一瞬本気で言っているのかどうか疑ってしまうのだ。そして真面目に考えてしまう。

 真面目に考えて一番性質が悪いのは、意外と想像できるというところだ。なんやかんや適度に互いを尊重し合い、暮らしている光景が……。

 

「(おい、焰真。ま……真に受けるのではないぞ?)」

「(お、おう……)」

「(ホントのホントにだぞ!)」

「(……大分念押しするな)」

 

 先程突き放して距離をとったのとは裏腹に、今度はそそくさと近寄り、耳打ちして緋真の冗談に対して相談をする。

 

「(まあ、ルキアには恋次が居るしな……)」

「―――……何故そこで恋次が出てくるのだ!!」

「痛ァ゛!!?」

 

 しかし、焰真が何気なく恋次の名を出した瞬間、ルキアが一瞬の間を置いた後、目にも留まらぬ速さで立ち上がるや否や、全力のローキックを焰真の背中に叩き込んだ。

 体を弓なりにし、畳に倒れ込む焰真。

 こいつ、最近まで牢屋に入れられてたんだよな……? と、その予想をはるかに超える威力を誇る一撃に背中をやられた焰真は、激痛に悶える。

 

 その頃、ルキアの顔は真っ赤っか。恋次の髪の毛よりも真っ赤っかだ。

 ぷんぷんと頬を膨らませるルキアは、依然として微笑みを崩さぬ緋真に向け、地団駄を踏む。

 

「姉様が突拍子もないことを言うから……!」

「あ、あら……ルキアにも他に良い人が居るのでしょうか?」

「目を背けながら言わないでください、姉様ぁ!!」

 

 意外と妹モテてる疑惑が頭の中に浮上した緋真の脳内は、春に朽木邸の庭先で咲き誇る桜の如く桃色だ。

 心なしか息遣いも荒くなっている。頭に浮かぶイメージは、妹の白無垢姿だろうか。

 

 

 

 そんな緋真の言葉もあってか、以後ルキアは焰真と恋次と話す際にぎこちなくなったとさ。

 

 

 

「実のところは……どうなのでしょう?」

「実もなにもありません!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「あいつ……本気で背中蹴りやがって……」

 

 そんな朽木邸での談笑を経て、焰真は目的地も決めず、瀞霊廷を散歩する。

 背中の痛みは大分和らいだものの、あの華奢な美脚を鞭のようにしならせての一撃は、副隊長たる焰真にでさえこれほど通用したのだ!

 

 ……と、そんな話は置いておこう。

 

 風吹くままにと言わんばかりに歩いていた焰真の先から、二つの人影がやってくる。

 一人はオレンジ髪の少年。もう一人は、胡桃色の髪の少女だ。

 彼らは焰真を見るや否や、各々の反応を見せつつ、軽快な足音を鳴らして近づいてくる。

 

「よう、焰真!」

「こんにちは、芥火くん!」

「おう。どうしたんだ、こんなところで」

 

 副隊長相手にも拘わらず、大分フレンドリーな言い方で挨拶をかけてくる一護と織姫。

 しかし、同じ副隊長であり歳(というより見た目)も近い恋次に対してもこうなのだから、焰真も特段敬語を使うよう強制するつもりもない。尤も、彼らはルキアを助けに来てくれた者達だ。寧ろ、手厚く歓迎したいほど……というより、実際数日前に海燕が現世からやって来た彼ら人間に対し、どこかの料亭にて奢りでごちそうを振舞ったというではないか。

 そんな訳で、何か急ぎの用でもあるかのような様子の彼らに対し、焰真はなんとなく問いかけてみたのだった。

 

 すると、織姫がやおら背中の方から一枚の洋服を取り出す。

 所謂ワンピースと呼ばれる種類の洋服だ。瀞霊廷には売っていない代物のため、恐らく今現在尸魂界に来ている人間の誰かが作ったということになるが、これほど綺麗な品を作るとは、その人物はよほど手が器用なのだろう。

焰真は感心するように息を漏らす。

 

「おぉ」

「これ! 朽木さんにあげるのを預かってて!」

「なあ、あいつん家ってどこなんだ?」

「ルキアん家って言うと、朽木隊長の家だろ? ほら、あそこのデカい……」

「え……うわあ! おっきい!?」

「げ、マジかよ……」

 

 指さす先に見える建物。

 遠目から見ても分かる巨大な和風の建造物に、一護はやや慄くように一歩下がり、織姫はその壮大な建物に目を爛々と輝かせている。

 

「凄いよ黒崎くん! 昔の貴族さんみたいな人達が住んでそうな家だね!」

「実際朽木家は大貴族だからな」

「あ、そっか」

 

 天然発動。

 『てへへ』と頭を自分で小突く織姫は、その羞恥心を隠すように『早く行こう!』と一護を急かす。

 しかし、

 

「ちょっと待ってくれ」

「「え?」」

「一護。少し顔貸してくれねえか?」

「俺か?」

 

キョトンとした表情で焰真を見遣る一護。

一体自分に何の用があるのだろうと思案する彼は、首を傾げつつ、神妙な面持ちを浮かべている彼に対し頭を横に振ることができず、無言のまま頷くのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一護と共に焰真がやって来たのは、瀞霊廷のとある茶屋だ。

 一護のように現世の人間が見れば時代劇のセットのように見える建物の軒下で、二人は湯呑片手に団子を頬張っていた。

 織姫は現在朽木家に居る。話を終えるのにそう時間はかからないと説明された彼女は今頃、ルキアと女子同士の話に花を咲かせていることだろう。

 

「ふぅ」

「で? なんだよ」

「ん? 何がだ」

「何がって……ここまで連れてきたのオメーだろうがっ!」

「ははっ、冗談だって」

「ったく……」

 

 キレのいいツッコミをしてくれるものだと感心した焰真は、茶を少し口に含み、一息吐いてから一護の顔を見つめる。

 『な、なんだよ……』と彼が困惑しても尚、焰真の凝視は中々に終わることがなかった。

 

(やっぱり似てるな……)

 

 目の前の少年に重ねる面影は、かつて出会った二人の少女のものだ。

 特に目元のタレ具合がよく似ている。一護は男であり、尚且つ常時眉間に皺が寄っているような外見であるため、一見違う部分の方が目立ってしまうものの、よくよく観察すれば細部に脈々と受け継がれる血筋というものを感じさせてくれた。

 

「なあ。母親の名前……なんだ?」

「お袋の? なんだってそんなこと……」

「真咲」

「っ……!?」

「―――じゃ、ねえか?」

「な、なんでお袋の名前知ってんだよ……!?」

「なんでって……そりゃあ、知り合いだからな」

「お袋が……お前と……!?」

 

 尸魂界に来るまで見ず知らずであった死神が母親の名前を知っている。

 それがどれだけの驚愕に値する事実であるかは、焰真も想像に難くはない。しかし、現実は至って単純であるのだからして、朗らかに笑って焰真は続ける。

 

「たぶん、二十年いくかいかないか……そのくらい前の話だな。偶然会ったんだ」

「それってつまり、お袋は死神が見えて……っ!?」

「? なんだ、聞いてねえのか?」

「っ……いや、待てよ……よくよく考えりゃあ……」

「……おーい」

 

 一人疑問を解決している一護に、焰真は気の抜けた声で呼びかける。

 尚も続く、一護の自問自答。黒崎家は異常なほど霊感を持っている者が多い。幽霊がはっきり見えていた自分の他に、妹の夏梨と遊子も差異はあれど霊感を持っている。

 しかし、父親に関してはこれっぽっちも霊感は持っていない。

 とすれば、この霊的素質は父親ではなく母親の家系から受け継がれたものではなかろうか―――その結論にたどり着くまでに、そう時間はかからなかった。

 

(じゃあ、お袋は俺の姿が見えて……!?)

 

 見えていたかもしれない。その上で黙っていた。

 それが何を意味するか一護には到底理解できないものの、あの温厚で優しい母親がわざわざ黙っているのだ。並々ならぬ考えがあるのだろう……一護はそう自分に言い聞かせた。

 そこへ、神妙な面持ちで思案する一護を見かねた焰真が声をかける。

 

「……まあ、親になって色々思うところがあるかもしれねえ」

「……」

 

 しかし、これだけでは一護の曇った顔は晴れない。

 そこで焰真は『そうだ』と言わんばかりに、とあることを思い出し、悪戯っ子のように嗤いながら口走る。

 

「これ、秘密な。真咲の将来の夢」

「っ、お袋の……?」

「好きな人と結婚して、その間にできた子どもがまた好きな人と結婚して、そんでもって生まれた子どもをばあちゃんになったあいつがたっぷり可愛がる……みたいな感じだったな」

「……なんだよ、それ」

「幸せそうな夢だろ? そんな夢持ってたあいつが、仮に死神になった息子が見えるとして、何も考えないとは俺には思えない」

 

 弾かれるように、一護の顔が焰真の方へ向く。

 

「だから、待っててやればいいんじゃないか。真咲が子ども(お前)に話したくなったその時まで……」

「……ああ」

 

 一護は思い出す。黒崎家の中心―――太陽のように光輝く真咲の存在を。

 綺麗で、優しくて、明るくて、だから自慢の母親で。彼女の振り回されることを、父親である一心は勿論、子どもである自分や妹たちもまたそれを幸せと感じていた。

 だが、何も太陽は周りを取り巻くものを振り回すだけではない。

 その温かな光で照らし、多くのものを育んでいくこともまた太陽の役目。

 母として―――親として、子どもの成長を見守ろうと静観してくれているのかもしれない。

 

 一護が死神として立派になるまで―――。

 

「んでも、一言くらい言ってくれりゃいいのによ」

「まあ、それは一理あるな」

 

 まだ親ですらない焰真は、一護の意見に同意を示す。

 

 そうして時間を潰した彼らは、『そろそろか』と立ち上がる。

 朽木家へ織姫を迎えに行く上で先導するのは、勿論焰真。一護に任せれば、この広大な瀞霊廷のどこかで迷うのが関の山だろう。

 故に一護の前に立つ焰真であったが、向かう道の途中、ふと足を止めて振り返る。

 

「なあ」

「ん?」

「……現世(向こう)に帰ったら、真咲(あいつ)にヨロシク言っといてくれ」

「……おう」

 

 それっきり、彼らは言葉を紡がなくなる。

 だが、噛み締めているものは同じ。まったく縁の無いものだと思っていた点と点が繋がるこの感覚。その喜びである。

 世間は狭いと言うべきか、運命的だと言うべきか。

 

 勿論二人は後者を選ぶ。

 

 全ての出会いは、出会うべくして出会ったのだと。

 焰真が真咲、そして咲と出会ったこと。

 一護がルキアと出会ったこと。

 

 星の下に生きる者達の繋がりは、星座によく似た絆だ。

 一見無関係な星を繋げ、一つの形を見なした上で、それに意味を見出していく。

 

 そうだ、この焰真と一護たちの出会いに意味を見出すというのであれば、それは―――

 

 

 

 

 

―――未来を奪わんとする者達と戦う為の繋がりだ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「やあ、今日はよく集まってくれた」

 

 淡々とした声音。

 部屋の中央には幽玄な光を放つ宝玉らしきものが台座に置かれている。

 それは“崩玉”。あまねく魂魄の境界を打ち崩すもの―――とされている。だが、藍染はこの崩玉の真の能力を知り得ているのだ。

 故に求めた、この百年間。

 彼の瞳には煌々と喜色が浮かんでいる。

 

 周囲に集う者達の視線を一身に浴びる神になろうと画策する男は、さあさあ集えと言わんばかりに仰々しく腕を広げた。

 

 

 

「―――始めよう」

 

 

 

 静かに、静かに、幕は切って落とされる。

 




*五章 完*
次回六章より破面篇ですが、書き溜めと充電期間ということで間が空きますのでご了承をば。

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