BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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Ⅵ.THE BLADE OF FATE
*47 傲慢なる優しさは彼を滅ぼす


「焰真、焰真」

「……ああ、聞こえてる」

 

 満天の星を見上げる焰真は、声をかける煉華に応える。

 

「なんだ?」

「……嗚呼、愚かなる私の主への忠告」

 

 仰々しい言い草、立ち振る舞いで煉華は焰真の気を引こうとする。

 踊るように歩き回る彼女につられ、目をやっと空から下した焰真の目の下は、若干隈ができているように窺えた。

 その隈を目の当たりにした煉華は、あからさまに不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。見えるのは明確な怒りや不満。矛先は他でもない、彼女の主たる焰真へと向いている。

 

「貴方は優し過ぎる」

「……そうか」

 

 焰真の髪を掻き上げる煉華。

 

「他人の死を狂気的に畏れている貴方は、自らを犠牲にしてしまうほど反吐が出る優しさに溢れた人間よ」

「……そう、か」

 

 彼女の手が掬い上げるのは、数本の白髪だった。

 

「ねえ、焰真……あの能力(チカラ)は私の管轄じゃあない。でも、でも、でもね。だからこそはっきり言わせてもらうわ。貴方に早死にされたら私は困るの」

「……そうだな」

 

 グッと焰真に顔を寄せる煉華は、赤い左目を見開く。

 煌々と光の灯る煉華の瞳。それは地獄で燃え盛る炎の如く赤く染まっている。

 

「今の貴方は、自分の未来から退いて老いている。他人の死に臆して死に歩み寄っている。嗚呼、優し過ぎる焰真。かわいそう。貴方が死んでほしくないと思う人が増える度、その都度貴方の命が減っていく」

「……わかってる」

「わかってない。生きるとは奪うこと。貴方は与えてばかり。必要なのは……簒奪(さんだつ)!!!」

 

 腰に差していた刀を抜いてみせた煉華は、その切っ先を地面に突き立てる。

 それは焰真の精神世界にそびえ立つ、一つの巨大な塔の屋上の床だ。絵具で塗りたくったような白色。光沢が一切感じられない無機質さは、骨と灰を混ぜ合わせたかの如き様相だ。

 

「執行猶予を与えて生き永らえせている元虚共……そこには生きる価値無しの塵芥がどれだけ混ざってるのかしら! キャッキャッキャ!! そいつら全員地獄に堕としたら、どれだけ貴方に見返りがくるんでしょうねえ!!?」

「やめろよ、俺はそんなつもりで虚を救ってる訳じゃ……」

「貴方が救われなくてどうするのよッ!!? 貴方が救われなきゃあ、貴方が救えるハズの未来の命まで切り捨てることになる!! ……さあ、焰真。(チカラ)を与えるだけの日々はこれっきりにしましょう。これからは始まるのは……―――戦争よ」

 

 刹那、景色が反転する。

 天を衝かんばかりの塔の屋上であったハズの景色は、無数の骸が無造作に転がされる地獄の如きものと化す。

 これが現実ではないとわかっていても、転がる骨、それらにこびりつく腐肉、血の香りが焰真の顔を苦々しいものとさせる。

 

「貴方の能力(チカラ)は、貴方が殺し(救っ)た虚の力で築き上げられたもの。ただ、力と魂は違う。貴方の与えた魂の分を補うには、それだけの魂の量が必要なのよ……キャッキャッキャ!」

「っ……」

「戦争ともなれば、多くの者が傷つくでしょうねェ。貴方の大切な人もたぁくさん……それを貴方たった一人で補えるハズがないのはわかってるでしょう?」

 

 骸を踏み砕き、歩み寄ってくる煉華。

 心なしか、焰真は彼女の背後に巨大な狒々の骸骨の如き化け物を幻視した。

 

「……傷つけさせなきゃいい……だけだ」

「綺麗事、私も好きよ。だけど現実は非情。だから……選びなさい」

 

 そう、焰真の耳元で煉華が囁く。

 直後から、足下の骸骨たちが呻くように声を上げ始めた。

 

『死にたくない』『地獄に行きたくない』『これからちゃんと生きるから』等々……懇願するような声音で。

しかし、そんな彼らの声を遮るように、煉華は喉が張り裂けんばかりに嗤って叫んだ。

 

「生きるか、死ぬか!!! この世の全ては等価交換なのよっ!!!」

 

 狂ったように、煉華はこう続けた。

 

 力には相応の時間を。

 信頼にも相応の時間を。

 何かを得るためには、相応の代償を払う必要がある。

 ほとんどの事柄は時間を代償に得る。故に、時間を経ずに得ようとすればするほど、手段は直接的なものになるのだ。

 

 力には力を。

 命には命を。

 仮に一人を生き返らせたいとするならば、貴方は誰か生きている人間一人の命を代償にしなくてはならない。

 それを貴方自身が行っては、未来生きれるハズの人間が生き残れないだろう、と。

 

「貴方が居なければ、あの姉のように慕った身重の女も、父のように慕った肺病の男も、そう遠くない未来に死んじゃうわよ、ねえ!!?」

「―――させない」

 

 しかし、焰真がブレることはない。

 

「誰も傷つけさせない。誰も死なせない。その為に得た力だろうが」

 

 狂ったように話す煉華を前にしても、その瞳に宿る決意の炎は依然煌々と灯っている。

 

「……あぁ、あぁぁ、あぁぁぁ! 焰真、貴方は―――」

 

 そんな焰真を前にし、煉華は―――泣いた。

 

「優し過ぎるのよ……」

 

 狂ったように、彼は優しい。

 ただ、それを単純に“優しい”と称するには、煉華自身甚だ疑問だ。

 

 もし、仮に人に自分の寿命を他人と受け取りできるならば、貴方はどうするのだろうか?

 きっと、死にたくない者達は他人の寿命を次々に貪っていくだろう。

 しかし、彼はそんなことは決してしない。寧ろ、不幸にも寿命が潰えてしまった無辜の民のために、自分から寿命を分け与えるだろう。

 

 異常者。それが焰真に対する煉華の評価の全て。

 他人の死を畏れるあまり、自分の死からさえ目を背けている。つまり、彼は真の意味で命の意味を理解しようとはしていない。

 だが、それは全て彼の持つ力故。

 余りに強大過ぎる力は、傲慢足り得ない心根を持った彼には、思い悩み、ノイローゼに至ってしまうほどの存在だった。

 だから目を背ける。迷いが刃を鈍らせると、自分に言い聞かせているのだ。

 

―――退けば老いる。

 

(焰真……)

 

―――臆せば死す。

 

(もしもの時があったら……私は)

 

 涙を拭う煉華。

 彼女が瞳に幻視するのは、老いた姿で伏す主の姿だ。

 

(たとえ憎まれることになろうとも、全てを奪う覚悟ができているわ)

 

 畏れるな。私は貴方と共に居る。

 たじろぐな。貴方は私の神なのだから。

 

 

 

 死神たる貴方に、死を畏れる姿は(まこと)似合わない。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……はぁ」

 

 刃禅を止めた焰真は深いため息を吐いて瞼を開けた。

 今は昼休憩の時間。隊舎裏の修行場を借りて、より煉華―――延いては星煉剣の練度を上げるため、彼女との対話に興じていたのだが、思っていたよりも結果は芳しくなかった。

 彼女の態度。それは全て主たる焰真を思ってこそ。焰真自身理解してはいるものの、一大決戦が控えているとわかっている状況下で、ああもすれ違ってしまっては一抹の寂しさを感じざるを得ない。

 

(本当……考えなきゃあな)

 

 ふと、焰真は足下に目を向ける。

 そこには青々と生い茂る野花の中、たった一つだけ枯れかけている花があった。

 

「……」

 

 やおら、枯れかけた花に手を添える焰真。

 するとどうだろうか。ただでさえしおれていた花が、みるみるうちに彩を失い、水分を失うように干からびていくではないか。

 しかし、途中首を振った焰真はそっと花を両手で覆ってみせる。

 数秒。その間、爽やかな風が辺りの野花を揺らし、数枚の花弁を宙へ舞い上がらせた。

 

「……よしっ」

 

 ふわりと焰真が手を退ければ、そこには先程までの枯れた様相が嘘のように、瑞々しく潤いと彩を取り戻した花が咲き誇っていた。

 赤子の肌を撫でるように、揺れる花弁を指でなぞる焰真は柔和な笑みを浮かべる。

 

「おーい! 焰真」

「? なんだ、ルキアか」

 

 響いてくるルキアの声に、咄嗟に振り返る焰真。

 死神の力も順調に取り戻しているらしく、今この場にやって来た彼女は久しく見ていなかった死覇装姿だ。

 やや慌てた様子でやってきた彼女に『どうかしたのか』と問う焰真は、とっくに昼休憩が過ぎてしまい彼女が呼びに来てくれたのかと危惧したが、幸いそのような用件ではなさそうだ。

 

「実はだな―――」

 

 それは現世にて起こった激闘の一幕だ。

仮面を被ることになった少年と、仮面を剥がした化け物たち。共に他の霊魂とは一線を画す力を得た者達が相見えたのだ。

 

 

 

 時は―――遡る。

 

 

 

 ***

 

 

 

 尸魂界には、虚の出現を予測及び出現した虚の居場所の特定のために設けられている部署がある。

 それは他でもない、技術開発局の内の部署の一つである通信技術研究科霊波計測研究室だ。

 有事でもなければ仕事もなく、職員曰く『拷問』と称されるほど暇な仕事は、例えれば永遠の暇が与えられる牢獄“無間”に等しいだろうか。否、しかし菓子を貪りながら機器を扱う者が居るのを窺えることから、殺そうにも殺せない者たちが送られる無間と比較するのは正しくはないだろう。

 

 閑話休題。

 

 平時であれば暇で仕方がない研究室。

 だが、今ばかりはそうではなかった。

 

「座軸三六〇〇~四〇〇〇、東京・空座町東部!! 補正と捕捉お願いします!!」

 

 切迫した声色で虚出現を報らせるのは、この研究室でも使い走りにされる壺倉リン。

 彼の声を受け、すぐさま動いたのは化け物染みたタマゴ頭の男性、鵯州である。彼の迅速なキーボード操作によって、リンが報告した“それ”の出現座軸を、更に精密に絞っていく。

 その間、呑気な面持ちで部屋にやって来たのは、十二番隊第三席である阿近だ。

 額から二本角を生やしているという、これまた珍妙な外見をしている彼ではあるが、上官二名に比べれば十分常識人の範疇に入る。

 

「おーう。調子はどうだ?」

「おう! いいとこ来たな、阿近!!」

「あ?」

「見ろよ!」

 

 そう言い鵯州が指し示す画面には、二つの赤い点が浮かんでいる。

 この画面に浮かぶ点の色―――それは出現した個体の危険度を示す役割も担っているのだが、今回の反応は紅色。

 

 有体に言えば、それこそ隊長格レベルの超危険個体。

 それらが、

 

「きたぜ」

 

 空の玉座へ、降り立った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 空座町東部にそびえ立つ山。

 夏も過ぎ、そろそろ紅葉に色づき始めようとする地に、二つの存在が降り立った。

 落下の衝撃はすさまじく、まるで隕石でも落ちた後のクレーターの如く山肌は大きく抉れている。

 砂煙も舞い上がるが、直後、その中に佇んでいた者達の一方が霊圧を放ち、一瞬にして自身の周囲に立ち込める砂煙を払ってみせた。

 

「―――フン。相も変わらず霊子が薄くて居心地の悪い場所だ。気分が悪くなってくる」

 

 不機嫌そうに眉を顰める、薄い緑色の髪を靡かす破面。

 顔の右半分には、獣の上あごらしく仮面の名残があり、落ち着いた声音とは裏腹に彼の精神(うち)に秘める暴虐性を示しているかのようだった。

 

「文句を言うな。俺は一人でいいと言った筈だ。来たがったのはお前だぞ、アルトゥロ」

 

 そして、もう一人。無感情な面持ちを浮かべる、頭の左半分に兜らしき仮面の名残をまとわせる黒髪の男。翡翠色の瞳を見つめれば、まるで深淵を覗き込んだ時のようなほど吸い込まれそうなほどの魔力―――“虚無”がそこには宿っている。

 そんな彼―――ウルキオラ・シファーに対し、反論を受けた破面であるアルトゥロ・プラテアドは眉を顰めた。

 

「貴様……私に命令するつもりか?」

「命令もなにも、今回藍染様に調査の指示を受けたのは俺だ。つまり、指揮権も俺にあると考えるのが妥当な筈だ。勝手は慎め」

「藍染の指示なくば動けぬ傀儡が……まあいい。私はその調査対象の死神もどきとやらが、私の糧になるべきかどうか判断に来ただけだ」

「そうか」

「……なんだ、騒がしい」

 

 ウルキオラとの会話を終えたアルトゥロは、ふと視線を周囲へと向ける。

 しっかりと探査神経を張り巡らさなければ分からぬほど隔絶した脆弱な存在たち。所謂道着と呼ばれる衣服を身に纏っている彼らは、偶然この辺りで練習をしていた空手部の高校生たちだ。

 そんな彼らが突然近くで起きた爆発が気にならない訳がなく、こうして様子を見にやって来たようだが―――それは余りにも悪手であった。

 

「チッ。喧しい羽音を鳴らす羽虫共が……」

 

 ただ、自分の身のほども弁えない愚者たちがこぞって自分の周りに集まってきている。

 無論、霊感のない彼らからすれば、そのアルトゥロの思考は不本意他ならないだろう。

 だが、アルトゥロにとっては己こそ至高であり絶対。格下が間違っても己と同じ目線に立っていることなど、彼の癪を逆撫でることに他ならず、沸々と彼の中の苛立ちがすぐさま体に出る。

 

「―――去ね」

 

 放たれる霊圧の波。

 

「あ゛っ!?」

「あうあ!!」

「があ……!!」

 

 それは霊感のない者達の魂魄を圧し潰すには十分過ぎた。

 次々に集まってきた野次馬たちの魂魄が、アルトゥロの放った霊圧によって圧し潰され、霧散していく。

 次々に人間が口から泡を出し、目、鼻、口、耳から血を噴きだして倒れていく様は、まさしく阿鼻叫喚と言っても過言ではない。

 それほどまでにあっけなく、そして数多くの命が虫けらのように蹂躙されていった。

 

「矢張り、そうして地に這い蹲っているのが似合っているな。取るに足らん虫けらは。そう思わんか? ウルキオラ」

「どうも思わない。それよりも……む」

「ほう……」

 

 僅かに感嘆するような声色でアルトゥロが息を漏らす。しかし、そこに真に感嘆している様子など毛ほども感じられはしない。

 彼の視線の先に居るのは、息も絶え絶えで今にも倒れそうな短髪の少女だった。周囲に同じ道着を着た少年たちが倒れていることから、彼らと同じくこの場に居合わせたのだろう。

 

 もう倒れてしまった方が楽に思えるほどの様子の少女は、滂沱の如く肌から冷たい汗を迸らせ、朦朧となる視界の中、この惨状を作り出した張本人へと目を向ける。

 

「な……何が……起きたんだよ、一体……!?」

「運よく生き残ったか」

 

 困惑する少女―――有沢竜貴に歩み寄るアルトゥロ。一歩、また一歩と近づく度に、竜貴の魂魄は軋むような悲鳴を上げ、魂魄と連動して竜貴の肉体にも想像を絶する痛みが襲い掛かってくる。

 

 しかし、突然痛みが和らぐような感覚を竜貴は覚え、やおらうつぶせていた顔を上げた。

 

「―――あっ……」

「目障りだ」

 

 眼前に佇んでいたのは、凡そ人間を見るような目つきを浮かべていないアルトゥロであった。

気付いた時に既に彼は脚を振り抜こうとしており、直後、彼らを中心に一帯に激しい風が吹き荒れる。

 

 それほどまでに強力な蹴り。並の死神でさえ喰らえば致命傷は必至の一撃だ。もし人間の竜貴が喰らったとなれば、見る事さえ憚られる肉塊―――否、原型をとどめない肉片と血だまりと化すだろう。

 だが、現実にはそうはならなかった。

 理由は、竜貴とアルトゥロの間に立ち、彼の蹴撃を黒く変化した右腕で受け止める浅黒肌の少年が居たからだ。

 

「ぐっ……うぅ……!!」

「茶渡くん!」

「井上! 有沢を連れて早く逃げろ!」

「でもっ……っ……うん!」

 

 予想以上に激烈な一撃を前に、受け止めた腕の筋肉が裂け、骨すら罅が入ってしまったことを自覚するのは泰虎であった。彼は、事前に織姫としていた話通り、かろうじて生きてはいるものの真面に動くことが敵わない竜貴を連れて逃げるよう、彼女へ声を荒げて伝える。

 普段淡々とした声色の彼がここまで荒げるとなれば、織姫も彼を信じているとは言え、一瞬逡巡してしまう。だが、親友である竜貴を治せるのは自分だけしかいないと言い聞かせ、この場に残り戦いたいという意思を殺し、すぐさま逃げ去ろうとした。

 

 だが、

 

「ぐああっ!!!」

 

 竜貴を肩で支えつつ駆けだして数歩。

 泰虎の苦悶の声を聞いて振り返った織姫が目の当たりにしたのは、右腕をもぎ取られ、断面から噴水の如く鮮血を吹き上がらせている泰虎の姿であった。

 余りにも衝撃的過ぎる光景に、意思を固く決めた織姫でさえ、思わず足を止めてしまう。

 

「フン」

 

 鼻で笑うアルトゥロ。

 もぎ取られた右腕はと言えば、返り血を放った霊圧で払う彼が手に抱えており、ゴミでも放り投げるように茂みの方へ、黒く変化したままの腕を無造作に投擲されてしまう。

 その間、腕をもぎ取られた泰虎は少なくないダメージと出血に意識が朦朧としてきたのか、その場に膝を着いてしまう。ここで地面に伏さないのが、彼の最後の意地だった。

 

 だが、それでさえアルトゥロには取るに足らない弱者の足掻きに過ぎない。

 人差し指を突き出す彼。すると、次第に指先に高密度の霊圧が収束していくではないか。

 

―――虚閃。

 

 大虚以上の虚が用いる、強力な霊圧の光線。

 もし、このような場所で放たれようものならば、泰虎は勿論、織姫と竜貴、周囲に居る遺体の数々共々爆炎に呑まれて消え失せることになるだろう。

 それだけではない。射線上にある空座町の町にも余波は届く、そこからさらに甚大な被害が生まれることになるのは想像に難くはない。

 

「茶渡くん!!! っ……三天結盾!!!」

 

 泰虎はもはや戦えない。

 となれば、必然的にこの場に残る戦闘員は、限りなく非戦闘員に近い能力を携える織姫のみ。

 そんな彼女の死に物狂いの抵抗は、自身の能力“舜盾六花”による防御の技“三天結盾”にて少しでも虚閃を防ぐこと。完全に防ぎきれるとは到底思えない。希望的観測すら抱けないこの状況においても、織姫は気丈にアルトゥロへ反抗心を見せたのだ。

 

 そんな彼女の姿を見たアルトゥロは―――嗤う。

 

「面白い、女。だがな―――」

 

 刹那、霊圧が解放され、辺りを覆いつくす閃光が瞬いた。

 

「地虫にかける慈悲などないっ!!!」

 

 全てを滅し去る暴力の波動。

 泰虎はおろか、織姫たちでさえ呑み込まんとそれは牙を剥く。

 

 しかし、届くことはなかった。

 

 

 

「卍、解ッ!!!」

 

 

 

 翻る黒が三天結盾と虚閃の間に割って入り、漆黒の霊圧を解き放つと共に、アルトゥロの放った虚閃を押し退けてみせる。

 嫌にスローになる光景の中、織姫は舞い降りた者が誰なのか、その瞳に焼き付けていた。

 

(黒崎……くん)

 

 漆黒のコートを閃かせ、これまた漆黒の刀を携えるオレンジ髪の少年。

 彼こそがこの空座町の死神代行、黒崎一護だ。

 

「―――『天鎖斬月(てんさざんげつ)』」

 

 たった今虚閃を押し退けて見せた卍解の名を口にする一護は、鋭い瞳をアルトゥロへ向ける。

 一方、そんな彼の怒りを孕んだ戦意の宿った視線を向けられたアルトゥロはといえば、実に愉快そうに口角を吊り上げているではないか。

 

 思わずゾッとしてしまう織姫。

 たった今、大勢の命を摘み取ろうとしていた者が浮かべるとは思えないほどの狂気的な笑みに、彼女は背筋に氷柱が刺さったかのような悪寒を憶えた。

 重々しい霊圧だけではない。その一挙手一投足がアルトゥロ・プラテアドという破面の恐怖を、次から次へと織姫へ刷り込んでいく。

 

「……大丈夫か、井上」

「黒崎くん……ごめん、ごめんね……あたし……なんにもっ……!!」

「いいんだ。後は俺が……」

 

 震えた声を発しながら、一護は周囲を一瞥する。

 傷ついた泰虎(しんゆう)

 倒れた竜貴(ゆうじん)

 そして、無為に殺された罪なき人間たち。

 

 それら全てを生み出したのは、目の前の存在―――破面だ。

 この狂気的な笑みを浮かべている者こそ、諸悪の根源。そう思えば、一護は怒らずにはいられなかった。

 

 天鎖斬月を握る手にも力が入る。

 迸る霊圧にも、瀞霊廷で使った時よりも一層荒々しさが生まれ、彼の怒りを体現するように赤黒い霊圧は烈火の如くユラユラと立ち上っていく。

 

「こいつらを倒して終わりだ!!!」

 

 横一文字に一閃。

 

月牙天衝(げつがてんしょう)ォォォオオオ!!!!!」

 

 一護の唯一である最強の技“月牙天衝”。

 刃に自身の霊圧を食わせ、斬撃自体を巨大化させるというこの技の威力は、ビル一つなど容易く両断できる威力を誇る。

 それをこの近距離―――しかも、内なる虚の力を含んでいる証拠でもある赤黒い霊圧の状態で放った。

 たとえ、今目の前に居るのが隊長だったとしても、致命傷は免れない威力は誇っているだろう。

 

 つい最近学校へやってきた怪しい転校生・平子(ひらこ)真子(しんじ)

 彼曰く、内なる虚という存在を精神(なか)に飼ってしまっていることを先日知った一護であったが、白哉と戦った時以来内なる虚は落ち着いていた。

 理由は分からない。心当たりがあるとすれば、共に双極で戦った焰真が繰り出した浄化の炎に巻き込まれたことだろうか。

 なにはともあれ、内なる虚が落ち着いている今であるならば、白哉でさえ倒してみせた月牙天衝を放てる―――事実、放った。

 

「おおおおおおお!!!」

 

 雄叫びと共に、真昼の空に漆黒の三日月が浮かんだ。

 それが暫く宙を上り、霧散していった後、一護の目の前に佇んでいたのは―――

 

「―――どうした? それで終わりか」

「なん……だとっ……!?」

 

 天鎖斬月を腕で受け止め、なおかつ無傷のアルトゥロであった。

 渾身の一撃を食らわせても相手が健在どころか無傷であることに驚愕する一護。そんな彼の様子を実に愉快そうに笑うアルトゥロは、止めていた天鎖斬月を腕で払いのけ、破けた白装束の袖を破り捨てる。

 

「期待外れだったな」

「っ……!」

「さて、と。貴様は、そうだ……―――抗う間もなく、死ねっ!!」

 

 放たれる霊圧は今まで感じた霊圧の比ではない。否、ただ一つ匹敵する存在が居るとすれば、それは敵の親玉たる藍染のみだ。

 それほどまでにアルトゥロの霊圧は強大だった。

 

 迫りくる破面。

 しかし、後ろに護るべき者が居る一護に退くという選択肢は勿論なく、彼は否応なしに刃を振るわんと前へ飛び出すのであった。

 


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