BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

48 / 101
*48 MASKED.

(なんで……)

 

 右から左へ流れるような一閃。容易く避けられる。

 

(なんで……!)

 

 すぐさま肉迫し、袈裟斬りを仕掛けるも、刀身に平行に手の甲を添えられたかと思えば、そのまま刃を押し退けられて空を切る結果となった。

 

(なんで……!?)

 

 止まれば死ぬ。本能がそう訴えかける。故に一護は止まらず、目の前で平然としているアルトゥロの背後に回り込み、縦に天鎖斬月を振るう。

 だがしかし、これまた刃は空を切る。

 

(なんで……届かねえんだ!!?)

 

 一歩足を引いたアルトゥロが、紙一重で斬撃を躱したのだ。本来であれば、その剣圧だけで並みの虚ならば刀傷を受けるほどの一撃であるのだが、“鋼皮(イエロ)”と呼ばれる文字通り鋼の如き肌を有している破面にとっては、剣圧などはそよ風にしか過ぎない。

 

 空ぶった天鎖斬月をすぐさま構えようとする一護。

 だが、地面すれすれまで振り落とされていた切っ先を、上からアルトゥロが踏みつけて、そのまま地面に漆黒の刀身を埋めてみせる。

 武器を封じられ、咄嗟に天鎖斬月を抜こうとする一護だが、踏みつける力が予想以上に強く、びくとも動かない。

 

「ぐっ……!?」

「……ウルキオラ。聞き忘れていたが、これが調査対象の死神もどきか?」

 

 一護が焦燥に駆られる一方、憮然とした面持ちを浮かべているアルトゥロは、これまた無表情なままのウルキオラへ問いを投げかける。

 

「ああ。オレンジ色の髪、黒い卍解。そいつが黒崎一護で間違いない」

「フン! やはり藍染の言う調査は私に利することなど何一つないということか……こんな地虫の相手をさせるとはな」

「だから俺は一人でいいと言った」

 

「―――月牙天衝ォ!!」

 

 ウルキオラとアルトゥロが呑気に会話をしている一方で、力で引き抜けないと見た一護は、刀身から霊圧の斬撃を放ち、それによって天鎖斬月の刀身が埋まっている地面を吹き飛ばしてみせた。

 それに伴い、ようやく自由の身となる一護。

 一方で、月牙天衝の余波でさえ歯牙にもかけないアルトゥロは、彼の唯一であり最強の技を鼻で笑う。

 

「期待外れもいいところだ。藍染がこの程度の餓鬼を恐れることに理解が及ばん」

「口を慎んでおけ、アルトゥロ。この一連の戦闘も藍染様にご報告する予定なんだからな」

「だからどうした? 私が藍染に敬語を使わんことがそこまで気にくわんか」

 

 戦いの最中であるというのに軽口をたたく二人。

 しかし、戦闘に無関心であることはいざ知らず、多くの学友や町の住民の命を奪ってまで、そのことに何の気も向けてはいない彼らに烈火の如き怒りを見せる一護は、鬼のような形相で再度アルトゥロに斬りかかった。

 

「こっちを……見やがれ!!」

「騒々しいな」

「ぐ、がぁっ!?」

 

 しかし、一護の斬撃をいともたやすく躱したアルトゥロが、すれ違いざまに彼の腹部へ押し固めた霊圧の弾丸を叩き込んだ。

 その一撃に口から血を吐く一護は、二、三度地面をバウンドし、泰虎を双天帰盾で治療している織姫の元まで転がる。

 

「黒崎くん!」

 

 織姫の悲痛な叫び声が響きわたる。

 そんな彼女の叫びを受けてか、一護は決して軽くはないダメージを受けた体を押し、立ち上がった。

 

「はぁ……はぁ……!」

「……飛んで火にいる夏の虫。そこまで戦火に身を投じ、焼かれたいというならばそうしてやろう」

 

 一護に指を差すアルトゥロ。

 次の瞬間、彼の指先に鈍い光を放つ霊圧が収束し始める。

 

 その構え、そしてビリビリと大気を震わせ、肌が焼けんと錯覚するほどの霊圧の濃度に、一護たちは背筋が凍える感覚を覚えた。

 これは―――不味い。

 彼らがそう思っている間にも、霊圧の収束は続いていき、収束し切れない余剰の霊力が放射状に辺りへ散らばり、地面や木の幹を抉る。

 

「ウルキオラ。こいつらは、殺して構わんのだろう?」

「―――ああ」

「ならば()ね。何も護れずにな」

 

 刹那、閃光が瞬く。

 

 光は瞬く間に一護たちの視界を覆いつくしていく。織姫の声も、解き放たれた虚閃の轟音に呑み込まれて一護には届かない。

 だがしかし、皆を護らんとする一護には、たとえ彼女の声が聞こえなくとも、想いを受け取り、限界以上の力を発揮してみせたことだろう。

 

 それが今だ。

 

「う、おおおおおおおおおっ!!!」

『っ!?』

 

 獣の如き雄叫びと共に、また虚閃が拡散する。

 織姫たちに放った時とは違う。アルトゥロは、確かに一護たちを滅し飛ばせる程度の威力の虚閃を放ったつもりだった。

 しかし、現実には彼の虚閃は真っ先に消えるハズであった一護の手前で掻き消える。

 

 おどろおどろしい―――それこそ虚のような仮面を被った彼の斬撃により。

 

 アルトゥロの虚閃を、虚化した上で放った月牙天衝によって掻き消した一護は、仮面の奥で勢いよく息を吐きだす。同時に、霊圧もまた解き放たれる。

 

「フゥーッ!!!」

「ほう……!!」

 

 なんと禍々しい霊圧だろうか。

 一護から放たれる霊圧に、護られたハズの織姫が怯え、敵であるハズのアルトゥロが笑みを浮かべている。

 

「気が変わった……!」

 

 凶悪な笑みを浮かべるアルトゥロは、今まで腰に差したままであった斬魄刀を抜く。

 

「まだ霊力(チカラ)を隠し持ってるというならば……絞れるだけ絞り尽くしてやろう!」

「おおおおっ!!」

「ハハハハハッ!!」

 

 刃が、交差した。

 

 

 

 ***

 

 

 

(あの餓鬼……俺たちと同じ仮面を被るのか)

 

 アルトゥロと一護が交戦している間、同胞や藍染たちに報告する任務を担っているウルキオラは、その瞳で戦いの行く末をじっくりと見守っていた。

 卍解だけであれば特に何の考えも抱かぬ程度の実力であった一護であるが、虚のような仮面を被って以降は、中々の霊圧を放っているではないか。

 

(だが、所詮はこの程度か。どんな絡繰りで仮面を被っているかは知らんが、威勢がいいのは始めだけ……今はゴミみたいな霊圧だな)

 

 敵方への嘲りなどといった考えは一切なく、ただ単純に相手が格下であると判断する。

 

 彼の思う通り、アルトゥロの虚閃を消し飛ばした時こそは感嘆に値する霊圧を放っていたが、時間が経てば経つほど、加速度的に彼の霊圧減少は著しいものとなっていく。

 その証拠として、すでに仮面は剥がれ落ち、アルトゥロにいいようにあしらわれている。

 

(到底藍染様の脅威になるとは思えんが……)

 

 それでも、アルトゥロが意図的に一護の力を引き出そうという立ち回りをしていることから、依然戦闘観察は続ける。

 

 一分も経てば、虚化による反動で霊圧が極端に減った一護は、終ぞアルトゥロの鋼皮を断ち切ることができず―――つまり、傷を与えられず―――地に伏す結果となった。

 息も絶え絶えとなり、あちこちに打撲痕と刀傷を負い血みどろになっている一護。

 彼の後ろ髪を掴み上げるアルトゥロは、一護に怯えた様子で、それでいて一護の名を何度も叫ぶ織姫を見せるよう仕向ける。

 

「どうした? あの女がお前の名前を呼んでいるぞ?」

「ぐっ……っそ……!」

「もしこれで終いだと言うならば……そうだ、あの女から殺してやろう」

「っ!!」

 

 血で開けなくなっていた瞳を一護が見開けば、予想通りだと言わんばかりに、アルトゥロは愉悦に満ちた笑みを浮かべる。

 

「随分と特異な回復能力を持っているようだからな。もぎ取った腕を何もない状態から元通りにする……驚嘆に値する力だ。だから私はあの女の四肢を引き千切ろう!!」

「なん、だと……っ!?」

「簡単には取るまい……捩じり、千切り、時にはミンチのように擦り潰して! 幾度となく!! 再生させ!!! 女の目の前に己の四肢を見せるように肉と骨の山を積み上げてやるっ!!!! やがて女は自分の血と涙と糞尿の湖に体を伏せて死に至るのだ!!!!!」

 

 一護の負の感情を煽るようにアルトゥロは叫ぶ。

 虚の霊圧は負の感情の影響を受けやすい。怒り、悲しみ、憎しみ……言い換えれば、どのような手を以てしても相手を殺したいという殺戮本能に訴えかける感情こそが、力の根源だ。

 それは整である死神にも該当する事柄であるが、とりわけ虚はそういった感情に影響されやすいため、アルトゥロは一護の霊力の底を見るべく、こうして彼の大切な仲間を残酷な手で甚振ると訴えかけ、力を引き出そうとしている。

 

 かつても、彼はそうしていた。

 死神の底力を彼は侮ってはいない。

 寧ろ、底力を能動的に引き出させたいとさえ思っている。

 

 理由は偏に自分の都合(チカラ)のため。

 

「さあ。女を殺されたくないだろう?」

「う、ぐ……」

「ここで力を振り絞れんと言うならば、あの女はお前にとって所詮その程度の存在だったという訳だ」

 

 捨てるように一護の頭を放すアルトゥロは、意気揚々と織姫の元へ向かう。

 ただでさえ、竜貴や泰虎の命の危機、そして一護が一方的に嬲られる姿に体を震わせていた彼女は、今から獲物を喰らおうと牙をむき出しにする(アルトゥロ)を前に怯えぬ訳がなかった。

 歯を鳴らし、全身を震わせ、体中から嫌な冷たい汗が噴き出している織姫。

 それでも彼女は、

 

「―――弧天斬盾!!」

「……気丈な女だ」

 

 天涯孤独になろうとも、それから得た仲間の盾となるべく敵を斬る。

 

 舜盾六花の能力の一つ“弧天斬盾”。

 六花が一人、椿鬼によって放たれる斬撃は並の虚であれば容易く両断できる威力だ。だが、今目の前に居る虚を超越した存在に通用するかは、織姫自身疑問の残る―――というよりも、もはや通用しないと確信していた。

 しかし、だからといって抗うことを止めはしない。

 力は心の強さ。魂の強さだ。

 たとえ、以前の力のままならば通用しなくとも、今この場で成長すればいい。

 

 護られるばかりであった自分が、皆を護りたいと心の底から思えるのであれば、きっと舜盾六花も応えてくれる。

 織姫は唱えた。

 

 

 

―――戦いの意志を。

 

 

 

「私は……拒絶するっ!!!」

 

 刹那、織姫の周りを飛翔していた椿鬼が、アルトゥロ目掛けて飛んでいく。

 

 だが、現実は無情だ。

 

「はっ」

「っ!!? つ……椿鬼、くん……!?」

 

 まるで蠅でも払うかのような手の挙動で、椿鬼を振り払ったアルトゥロ。

 しかし、そこに椿鬼の姿はなく、彼の周りに椿鬼だった残骸らしきものがパラパラと散り、それを彼は鬱陶しそうに手で払う。

 

「地虫らしい抵抗だ」

「そ、そんな……」

 

 その光景に織姫は目を見開く。

 織姫にとって、椿鬼は大切な存在の一人だ。かつてこの能力に目覚めた時、親友である竜貴を助けるため、虚を倒す決定打となってくれたのが彼である。

 その彼が、こうも呆気なく殺されるものなのか。

 信じられない。信じたくはない。

 目の前で起きた事実を頭では理解しても、心が追い付くことはなかった。

 

 だが、織姫が仲間の死に心を痛ませている間にも、淡々と死の音は近づいてくる。

 

「目障り極まりない」

「っ!」

 

 歩み寄るアルトゥロの前に三天結盾を張る―――が、これも彼の腕の一振りで砕かれてしまう。

 そのまま腕は織姫の喉へ向けられる。

 

「うあ゛ッ……!?」

 

 抵抗虚しく、織姫の首にアルトゥロの手がかけられる。

 指が皮膚に食い込んでいるのは、彼が織姫の体を宙へ吊り下げたからだ。全体重を喉だけに掛けている織姫は、十分に息をすることさえ叶わなく、みるみるうちに顔を真っ赤に染める。

 じたばたと手足を振るい、アルトゥロの腕や体に悲しいほどに弱い抵抗の打撃を加えるが、やがてそれさえできないほど、彼女の意識は朦朧となっていく。

 

「っ……!」

「……この状況でも、あの餓鬼を心配できるのか」

 

 だが、視線だけは揺らぐことはない。

 今なお必死に立ち上がろうとする一護を捉える瞳。信じている―――そう言わんばかりの真っすぐな瞳だ。

 

「フン。では、まずはその瞳から抉ることにしよう」

 

 それがアルトゥロの神経を逆撫でした。

 織姫が、こうして生殺与奪の権を握っている自分ではなく、他者に対して意識を向けていることが癇に障ったのだ。

 織姫を掴み上げる腕とは違うもう一方の腕が、彼女のくりくりとした宝石のような瞳へ延ばされる。

 

 息も満足にできず、充血した瞳に指が触れた。

 普段ならばそれだけで苦痛を感じるハズだが、意識が朦朧としている今では、痛みさえ曖昧だ。

 しかし、瞳の表面をなぞって徐々に瞼の裏側へ指が滑り込んでいく感覚には、流石に明瞭な痛みを覚え、織姫はできぬハズの息をのむ。

 

(戯れが過ぎる奴だ)

 

 その拷問染みた光景を傍観者の如く眺めるウルキオラは、瞳を抉り出されんとしている織姫にさえ何の感情も抱くことはなく、織姫とは違う意味で揺れることのない瞳を戦場へ向けている。

 

 故に目にした。

 

「!」

 

 漆黒の意思があふれ出す光景を。

 

 

 

 ***

 

 

 

(井上……!)

 

 血に濡れただけではない。恐らくは内出血も相まって、赤く染まる視界の中、一護は織姫がアルトゥロに弄ばれる光景を目の当たりにしていた。

 だが、彼の沸き上がる激情とは裏腹に体は全く動かない。

 

(動け……動けってんだよっ!!)

 

 歯を食いしばる余力さえ、今は残っていない。

 

 どうすれば、と頭の中で反芻する一護。

 

―――殺セ。

 

 その時、聞こえてきた。

 

―――殺セ。

 

 嘲笑うように。誑かすように。

 

―――殺セ。

 

 天鎖斬月を握る手に、見たことのある白亜の指が添えられる光景を幻視した。

 

―――殺セ。

 

 なんとかこの幻聴を振り払おうとするも、その間も織姫は苦しんでいる。

 

―――ソウダ。

 

 次の瞬間、一護は最早考えることができなくなった。

 体中の傷から白い粘性の液体があふれ出す。

 それはまるで鎧のように一護の体に張り付いていくではないか。動く。先ほどまで全く動かなかった体が、笑ってしまえるほどに動くのだ。

 だが、その時には既に一護の顔には―――仮面が現れていた。

 

―――殺サレル前ニ殺セ。

 

 剥き出しの殺戮本能が、彼を立ち上がらせる。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――来たか」

「う゛ぁ!? う゛……げほっ、う゛ぇっほ!!」

 

 背後より解き放たれる禍々しい霊圧を背中で感じ取ったアルトゥロは、掴み上げていた織姫を放り捨てる。

 この時の速度も殺人的なものだった。咄嗟に三天結盾を発動し衝撃を和らげたものの、織姫の体は木の幹にたたきつけられ、その際変な形のまま巻き込まれた腕からは鈍い音が鳴り響く。鮮烈な痛みには、朦朧としていた織姫の意識も覚醒する。

 だがしかし、意識がはっきりとしてしまった織姫が目にしたものは、

 

「く、ろ……さき……くん?」

 

 かつての(ホロウ)を彷彿とさせる、白い仮面を被った一護の姿。

 

「―――オ゛アアアアアアアッ!!!」

 

 哭くような雄叫びを上げる一護は、虚ろな瞳をアルトゥロへ向ける。

 その深淵の如き黒い眼には、アルトゥロも満足気に口角を吊り上げた。

 

「くくくっ、そうだ! 怒れ! 嘆け! 絶望の奥で呻く本能を、この私にぶつけてみろ!!!」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」

「そして死ねっ!!! 私の力の糧になるべくなっ!!!」

 

 歓喜のままに声を上げるアルトゥロへ、完全に虚としての本能に呑み込まれた一護が、天鎖斬月に禍々しい黒い霊圧を纏わせたまま突撃する。

 速度も先ほどまでとは比べものにならない。

 観察するウルキオラも『ほう』と声を漏らすほどの速度、そして霊圧の密度。

 全てが理性のまま戦っていた時よりも、各段に上昇している。

 

 しかし、それでもアルトゥロには届くことがなく、刹那の剣戟にて天鎖斬月を握る右腕を斬り飛ばされる―――が、直後に断面から伸びた白い液体が放物線を描いて飛ぶ腕を覆うように掴み、そのまま元の位置へ引き戻したではないか。

 

(超速再生もか)

 

 天鎖斬月を握る腕が、虚染みた白く刺々しい見た目へと変貌している。

 人間であった腕が虚のものへと変換し、強度を増しているとウルキオラは見た。

 

 なるほど。このまま完全に一護の魂が虚のものへ置き換われば、並の破面では手も足も出せぬ霊力を持った化け物に変貌するだろう。

 だが、そこ止まりだ。力を持った獣でも、力を持った人には勝てない。

 本能ほど単純で扱いやすいものはないだろう。その点、今の一護の霊圧自体は脅威になりかねなくとも、戦略や戦法を構築する理性という部分が欠如しているため、手玉にとることはそう難しくはない。

 

(さて……)

 

 ウルキオラは思案する。

 

 一護を脅威と断定するか否か。今が“底”ならば、到底自分も含めた藍染率いる軍勢の脅威にはなり得ない。

 ウルキオラが今回藍染に出された命令は、『黒崎一護が我等の妨げとなるようならば殺せ』というものだ。

 

 しかし、アルトゥロが戦っている以上は、いずれ一護は殺される。それはある種の確信であった。

 傍目からすれば調査に精を出しているとも取られかねないアルトゥロの言動も、結局は自分のために行っていることであるからして、その帰結は須らく死だ。

 

 つまり、ウルキオラ自ら手を出す必要がないとも言える。

 

「ヴオオオオッ!!!」

 

 そうこう思案している間にも、状況は変わる。

 雄叫びを上げる一護が天鎖斬月をアルトゥロへ向け、その切っ先に霊圧を収束し始めたのだ。

 

 虚閃(セロ)

 

 本来、虚か破面にしか放てない霊圧の光線だが、それを一護が放とうとしているのだ。

 対してアルトゥロは焦ることなく、愉快そうに顔を歪めていた。

 

「いいだろう。撃ってみろ」

「ヴゥ……ヴゥウウゥウ……!」

「そうら、ここだ。ようく狙え」

「ヴォォオオアアア!!!」

 

 煽るような身振り手振りを見せるアルトゥロ。

 そんなアルトゥロに釣られてか否か、一護は何の躊躇いも無しに虚閃を解き放とうとする。

 

「黒崎くん、ダメェ―――!!!」

 

 ―――射線上に、自分たちが住まう町があるにも拘らず、だ。

 

 嘆願するような織姫の声が空を劈く。

 同時に、天鎖斬月の切っ先に収束する霊圧は―――空へ解き放たれた。

 

『!』

 

 少なくとも、織姫の目にはすぐには捉えきれなかった。

 風の如く現れた褐色の影。紫がかった黒い長髪を靡かせる女性が一護の懐に居り、彼の腕が―――延いては切っ先が空へ向くよう、その長く鍛えられた脚を振り上げていたのだ。

 

「夜一さ……」

「啼け―――『紅姫(べにひめ)』」

 

 織姫が現れた人物の名を紡ごうとした瞬間、またもやどこからともなく飛来する紅色の斬撃が、夜一がしゃがんだことによりがら空きになった一護の仮面に叩き込まれ、彼の仮面をバラバラに粉砕する。

 露わになる一護の顔。眠るように瞼を閉じている彼の顔が露わになるや否や、体中のあちこちに張り付いていた虚としての外皮が剥がれ落ち、元の傷だらけの体も露わになった。

 

 そのような一護の体が倒れれば、目の前の夜一が抱き留める。

 

「いやぁ~、遅くなっちゃったっスね~♪」

 

 そして、続けざまに現れる彼は、呑気な声を上げて刀を構える。

 縞々模様の帽子。現代にそぐわぬ下駄。甚平を靡かす彼は、織姫の目の前にトンと降り立つ。

 

「ドモ、井上サン」

「浦原さん……!」

 

 浦原喜助。元十二番隊隊長であり、技術開発局創設者兼技術開発局初代局長であった天才。

 藍染の策謀により、虚化実験を行っていた罪人とされ、現世へ逃れてきた者でもある。

 

「喜助! 呑気に喋っとる暇があるか!」

「夜一サ~ン、そんなカリカリしないでくださいよぉ~。アタシもみんなの気が和らげばなーとか思ってるんスから」

「冗談でも言っとる暇があるならせっせと動かんか」

「あらら、こりゃ手厳しい」

 

 あからさまに気を引き締めている夜一とは裏腹に、のらりくらりとしている浦原。

 そんな彼の登場に、アルトゥロは『説明しろ』と言わんばかりにウルキオラへ視線を投げかける。

 

「……女が四楓院夜一。男が浦原喜助。共にかつて隊長だった死神だ」

「隊長か……!」

 

 現れた二人が隊長だと聞くや否や、アルトゥロは好戦的な笑みを浮かべ、標的を彼らへと変更する。

 だが、次の瞬間には前へ歩みだそうとする体を、肩に手を置かれて抑えられる形で止められた。

 

「退くぞ」

「なに……?」

「お前はただでさえ尸魂界に顔が割れている。尸魂界から援軍が来るのも時間の問題だ」

「それがどうした。来るならば全員(たお)すだけだろうに」

「俺たちの任務はあくまで調査だ。その死神共を殺せないことが不服だと言うなら、遊びに時間を費やしすぎた自分を恨め」

「……チッ!」

 

 不承不承といった様子でアルトゥロは剣を収め、ウルキオラが開く撤退するための道―――黒腔へ向けて足を向ける。

 

「……逃げる気か」

 

 そんな彼らに対し、一護を抱き支える夜一は挑発染みた問いを投げかける。

 だが、そのことにウルキオラは勿論、アルトゥロも癇に障った様子を見せることなく、寧ろ滑稽だと言わんばかりに大笑いしてみせた。

 

「ククッ、フハハハハハ! 逃げる、か。そう見えるならば貴様らの目は節穴だな。人の優しさが分からぬ連中だと見える。私たちが寛大にも、貴様ら地虫如きに慈悲を与えると言っているのだ」

「……差し当っての任務は終えた。藍染様には報告しておく」

 

 不遜な言葉を投げかけたアルトゥロが一足先に黒腔へ足を踏み入れた後、閉じていく空間の隙間から、ウルキオラは視線を投げかけていた。

 向けられる先は、死ぬように眠る一護だ。

 

「貴方が目をつけた死神もどきは……―――殺すに足りぬ(ゴミ)でしたとな」

 

 虚無。在るハズにも拘らず、その瞳に映る神羅万象は無いに等しいものだ。

 一護もまた、ウルキオラにとっては存在に値しない。そう判断されたのであった。

 

 

 

 そうして彼らは消えていく。癒えぬ傷跡を多いに残して。

 

 

 

 ***

 

 

 

「古の破面……アルトゥロ・プラテアドか」

 

 一護を背負う夜一は、織姫を介抱する浦原に対して呟いた。

 

「……喜助」

「はいな」

「かつて瀞霊廷を半壊させた破面が藍染の傘下に居る。これがどれだけ重大な事態かお主がわからん訳がないじゃろう」

「そりゃあもう」

 

 浦原の声は普段と変わらぬ軽い声音であるものの、内心はそうではあるまい。

 現に夜一も、事態の深刻さに頭を抱えたくなる気持ちであった。

 

 遥か昔、それこそ夜一や浦原も生まれていない時代、当時の瀞霊廷はたった一人の破面と彼の率いる虚の大群により半壊に至らしめられた。

 だが、被害の多くは虚ではなくソレを率いたたった一人の破面。

 自然発生したという特異な個体であった破面は、大勢の死神を斬り殺し、そして殺した者達の力を我が物とし、更なる破壊を齎した。

 

 彼の名はアルトゥロ・プラテアド。

 携える刀の銘は『不滅王(フェニーチェ)』。斬り殺した死神の力を我が物とする、まさしく死神を殺すためだけの能力を有す刀だ。

 その刀にて、大勢の平隊士は勿論のこと、霊力を多く有す席官、副隊長、あまつさえ隊長さえも殺したアルトゥロは、もはや一死神がどうこうできる存在ではないほどに力を蓄えている。

 

「奴ら、手強いぞ」

 

 自分に言い聞かせるよう、夜一は続けた。

 

「少なくとも、儂やお主の予想よりは遥かにの」

 

 来たるべき決戦に、長らく忘れていた恐怖を思い出させるのに、彼の存在は余りにも強大であった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。