BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*49 母の温もり

「……」

 

 陰鬱な面持ちを浮かべ、一護は空座町を歩む。

 浦原たちが間に合っていなければ、消し飛んでいたかもしれない街並みを眺めつつ。

 

(俺が……)

 

 脳裏に過るのは、布団に横たわる痛々しい姿の織姫と泰虎。

 一護は、彼らが―――あの場で傷ついた者が居るのは自分のせいであると、己を責めていた。全ては自分が弱い所為。力だけの話ではない。殺されそうになった織姫を前に、ついには内なる虚に魂を明け渡してしまったのだ。

 そして、その所為で住民たちを消し飛ばしかけたというのだから、一護が落ち込まないハズもないだろう。

 

「ちくしょう……!」

 

 拳を握りしめても、掴める物は何一つない。

 

 今は、護るための刃を握ることさえ臆病になってしまっていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――とまあ、そんな一護のたわけに活を入れてきた訳だが」

「誰がたわけだ、この野郎……!」

 

 ここは黒崎家の一室、一護の部屋だ。

 入口手前でライオンのぬいぐるみ―――義魂丸が入れられている『コン』と呼ばれる改造魂魄(モッド・ソウル)が伸びている訳だが、こうなったのは偏に尸魂界からやって来たルキアが踏みつぶしたからだ。

 それはそれで幸せそうにしているコンだが、そんな彼を置いておいて、一護の部屋に集う死神たちは話をするべく腰を下ろしていた。

 

 日番谷先遣隊。

 破面との本格戦闘に備え、尸魂界から派遣された死神たちのことである。

 

 朽木ルキア。現世にて一護との交流が多いことと、自由に動ける隊士の中でも席官並みの実力を有していることから、先遣隊として第一に選ばれた。

 

 芥火焰真。そんなルキアと交流が多く、なおかつ過去の数多くの破面との戦闘経験を買われ、過去の破面との戦闘力比較のための調査も兼ね、今回の先遣隊に大抜擢された。

 

 阿散井恋次。上述二名と近しく、実力も申し分ない。それでいて副隊長の中では数少ない卍解の使い手ともあって、先遣隊に選出されるに至った。

 

 斑目一角。隊長格以外の一番信頼できる戦闘要員を選ぶにあたって、焰真と恋次の先輩である彼もまた先遣隊に抜擢されたのだった。

 

 綾瀬川弓親。一角が行くと聞くや否や、『僕も絶対行く!』と駄々を捏ねて半ば強引に同行するに至った。

 

 松本乱菊。駄々を捏ねる弓親を偶然発見し、面白そうという理由だけで、どーしても行きたいとこれまた駄々を捏ねて付いてきた。

 

 日番谷冬獅郎。弓親と乱菊というイレギュラーが先遣隊に加わり、風紀の乱れを危惧(特に乱菊に対して)し、引率として仕方なくやってきた。

 

「ピクニックかよ」

「それは否めない」

 

 先遣隊が選出された経緯を聞いた一護が呆れた様子で呟けば、何とも言えぬ表情を浮かべている焰真が首肯する。

 そんな二人に対し、椅子に座っているルキアは脚を上げ下げしつつ呑気に口を開く。

 

「案ずるな、一護。私たちが来たからには、貴様一人腑抜けたところでどうとでもなる。大船に乗ったつもりでいろ」

「ルキア。今スカートなんだから、脚バタバタさせるのやめなさい」

「腹減ったな、なんかねえのか?」

「恋次。お前は自由か」

「酒飲みてえな」

「一角さん。あんたも自由ですか」

「ふぅん……現世にはこういう服があるんだね」

「弓親さん。人ん家の棚漁っちゃダメです」

「ねえ、あたしもお酒飲みたいんだけど。あ、お酒買ってきてくれない?」

「乱菊さん。一応高校生の恰好してるんで、自重してください」

「ったく、お前らは……」

「日番谷隊長。とりあえず、窓際から降りて下さい。外で通行人かなんかが騒いでるんで」

 

「……大変だな、お前」

 

 焰真の怒涛のツッコミを目の当たりにした一護は、若干同情するような眼差しを焰真へ送る。

 個性豊かな死神たちの中では、逆に真面目な性格もまた際立つという訳だろうか。

 

 閑話休題。

 

 ようやく窓際から降りた日番谷が腰を下ろせば、彼は神妙な面持ちを浮かべ、一護の顔を見遣る。まだ完全に癒えてはいない傷。それは他でもない、先日の襲来の際に破面から受けたものだ。

 

「黒崎。お前は薄い緑色の髪した破面と戦っただろ」

「! ……ああ。正直言って手も足も出なかった。なんなんだよ、あいつは。破面っつーのは、みんなあんなに強いのか?」

「いいや、あれは特別強い個体だってのは尸魂界でも周知の事実だ」

「は?」

 

 一護が目を見開けば、一息置いてから日番谷が続ける。

 

「あれは藍染が崩玉を手にするずっと前から存在していた破面だ。名前はアルトゥロ・プラテアド。かつて瀞霊廷に虚の大軍勢を引き連れて襲来して、瀞霊廷を半壊させたって話だ」

「半壊……!?」

「隊長や副隊長含めて、隊士が数百人奴一人に殺された」

「っ……嘘、だろ……!」

「話を聞けば、護廷十三隊が総力をあげて封印したって話だが……それを恐らく藍染が解いた。だから、ああして付き従ってると俺たちは見ている」

 

 当人がどう思っているかは別の話ではあるが、現段階でアルトゥロが藍染側に付いていることは紛れもない事実である。

 なるほど。そこまで強力な個体だというのであれば、ああも惨敗してしまったことも納得―――したくはないが―――できるというものだ。

 

「俺たちはアルトゥロを最上級大虚(ヴァストローデ)だと考えてるが、どのていど藍染に最上級大虚が居るかで……」

「? な、なんだよ、その……バスとロデオみてえな名前のは?」

「は? ……いや、お前が知らねえのも無理はねえか。大虚には三つの階級が存在する」

 

 数百の虚が幾重にも重なり誕生したのが、大虚という強大な存在であるが、日番谷の言う通り大虚にも三段階の階級が存在するのだ。

 

 まず最下級大虚(ギリアン)。大虚の中でも最も個体数が多く、最も巨大な個体を指す。しかし、一般的な虚よりも強力であることには間違いないが、動きは緩慢、知能は獣並と、隊長格が倒すにはさほど問題は生じない程度の強さだ。

 

 次に中級大虚(アジューカス)。最下級よりも一回り小さい体格をしているが、霊圧も能力も最下級とは一線を画す力を有している。

 

 最後に最上級大虚(ヴァストローデ)。文字通り、大虚の中でも最上位に属する個体群を指し、体格は人間並みであるが、力は隊長格レベルと非常に危険な存在だ。そんな最上級が破面化すれば、どれだけの力を有するかは想像に難くはない。

 

「つまり、藍染の陣営に最上級大虚がどれだけいるかで、これからの戦いの厳しさが変わると思えばいい」

「っ……!」

 

 一護は戦慄する。

 力はある程度上下するであろうが、アルトゥロレベルの破面が何人も居るならば、護廷十三隊は果たして藍染たちに勝てるのか、と。

 ただでさえ惨敗を喫した一護だ。

 否が応でも胸の内には恐怖が沸き上がってくる。

 

 しかし、だからといって怯え続けるつもりはない。

 

「力をつけるぞ」

 

 そう言い放ったのは焰真であった。

 

「涅隊長が言う分には、あの人が持ってった崩玉が覚醒するにはそれなりの時間が必要らしい。その間、最上級大虚の破面が来ても勝てるくらい強くなればいい……違うか?」

「……いや、違わねえ」

 

 叱咤激励とも違うが、一護を奮い立たせんと言い放った焰真の言葉は、どうやら一護の心に無事火をつけることが叶ったようだ。

 仲間を護れなかったと、自分の無力を嘆き悲しむ彼はもうそこには居ない。

 

 そんな一護の様子に、周りにいた者達は皆笑みを浮かべる。

 

 こうして、一通り相手の詳細について一護に伝えることができた死神一同は、黒崎家を後にするのであった。

 だが、

 

「あ……焰真!」

「ん?」

 

 黒崎家の玄関を出たところで、焰真は一護に呼び止められた。

 何事かと振り返れば、どこか思いつめているような表情を彼は浮かべている。

 

 それからほどなくして、焰真は察した。彼が悩んでいる理由について。

 

「少し、話がある」

「……ああ」

 

 

 

―――内なる虚について。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一護と焰真の二人は河原にやって来ていた。

 黒崎家に泊まると言うルキアは家に残し、二人が語るのは当然……、

 

「俺の中の虚……お前の力でどうにかなんねーか?」

「……うーん」

 

 一護の体を乗っ取り、あまつさえ自身の護りたいものさえ破壊に至らしめようとした内なる虚。それをどうにかしたいと考えた彼は、焰真の力―――煉華でどうにかならないかと考えたのだった。

 しかし、一護の予想とは違い、焰真はどうにも煮え切らない返事をするのみ。

 

 もどかしくなった一護は、事態の深刻さを訴えるような声音を上げる。

 

「頼む! きっとお前の斬魄刀の力だったら、なんとか抑えられる……そんな気がするんだ」

 

 最早一護にとって、内なる虚は死活問題。

 今後、より一層破面との激しい戦いが予想される以上、なんとしてでも解決しなければならない問題であるのだ。

 戦闘の度に揺さぶられ集中力を欠き、その隙を突かれてやられては笑い話にもならない。

 

 唯一の頼みは、煉華の有する浄化能力……だったのだが、

 

「多分、それじゃあ根本的な解決にはならない」

「な……なんでだよ? やってみなきゃわからねえじゃねえか!」

「一護……お前と俺の力は似てる。だからこそわかるんだ」

 

 ふぅ、と一息吐いた焰真は続ける。

 

「お前の内なる虚は、お前が思ってるよりもずっと根深い所に在る。それこそ、魂に刻まれてるぐらいにな」

「っ……!」

「だから、例え煉華で浄化したところで……そうだな。現世風に言えば、浄化可能なのは99.9%が限界だ」

「洗剤かよ」

 

 焰真の説明に思わずツッコんでしまった一護であるが、彼にとって頼みの綱であった焰真の力でさえ内なる虚を消し去ることができないと知るや否や、あからさまに肩を落とす。

 そんな一護へ、なぜ根本的な解決にならないかを焰真は語る。

 

「魂レベルで虚がお前の中に居るとなれば、どれだけ浄化したって、お前の霊圧に反応して虚はお前の(なか)を巣食ってく。そりゃあ、煉華で浄化すれば一時的に虚の力は抑制される。だけど、お前がこれから力をつけていく過程で―――戦う中で、何度も限界を超えなきゃならない時が来るだろうさ」

「そりゃあ……」

「その度に、隙を見計らって虚はお前の魂を乗っ取ろうとする」

 

 力は風船と同じだ。より大きくするためには、限界まで膨らませることが肝要なのである。限界にぶち当たる度に霊体はより強靭な器へと成長していく。

 今のままでは勝てない破面が居ることは一護も重々承知だ。強くなるためには、それこそ尸魂界の時のように何度も限界にぶち当たり、それを乗り越えていく必要がある。

 

 だが今回は、その壁を乗り越えようとする度に、内なる虚が邪魔してくるという訳だ。

 

―――オレと来い、一護。正気の保ち方教えたるわ。

 

 仮面の軍勢。そう名乗った平子の声が脳裏を過る。

 やはり彼らに頼るしかないのだろうか。

 得体の知れない連中に関わることは避けたいところではあるが、一護自身、とやかく言っている暇も惜しいのもまた事実である。

 

「じゃあ、どうすりゃあ……」

「―――聞け、一護」

 

 俯く一護の肩に、手が置かれる。

 

「受け入れてやれ」

「……は? っ、それはよ!」

 

 一瞬呆気にとられた一護であったが、すぐさま焰真に反論せんと前のめりになる。

 だが、それを遮るように焰真は語気を強めて言い放つ。

 

「斬魄刀は、虚を救うためにある」

「!」

「その斬魄刀に宿ってる虚の力を扱えてないなら……もっとちゃんと話し合ったらどうだ? 斬魄刀を理解するには、対話が一番だからな」

 

 虚の罪を洗い流すために在るのが斬魄刀だ。尸魂界での死神たちとの戦いを経て、ルキアから教えてもらった言葉を思い出した一護は息を飲んだ。

 決してそのことを忘れていた訳ではない。

 ただ、斬魄刀が“力”だという認識が強まっていた一護にとって、虚を救うための力に虚が宿っているという矛盾に、今の今まで気がつかなかった―――否、気付こうとしていなかった。

 

 虚は魂を喰らう化け物。即ち悪。そう、捉えていないと言えば嘘になる。

 

「あいつが……斬月?」

「まあ、その虚が斬月かどうかは知らないけどよ……」

 

 からりと笑う焰真。

 だが、その瞳はどこか寂しげだ。

 

「俺の知ってる限り、救われたいって思ってる虚は居た」

 

 自然と焰真の手の握る力が強まるのを、一護は見逃さなかった。

 それは、かつてルキアを連れていかれた際、届かなかった手で虚空を掴んだ時と同じものだ。

 

「だから、その虚はお前が救ってやったらどうだ?」

「俺が……あいつを……」

「お前より数十年長く死神やってる奴の戯言だと思ってくれても構わない。結局のところ、根本的な解決方法話した訳じゃないしな」

「いや」

 

 苦笑いを浮かべる焰真に対し、一護は透き通った声で答える。

 

「ありがとな」

「……ああ」

 

 むず痒そうに頬を掻く焰真。

 自分も斬魄刀の全てを知ることができている訳ではない。しかし、付喪神のように刀という媒体に所有者たる死神の精神が映し出された斬魄刀もまた、生物に等しい―――生きているのだ。

 彼らと分かり合うため、尸魂界は刃禅と呼ばれる斬魄刀と分かり合う方法を編み出した。

 “対話”と“同調”。そして、より大きな力を発揮するための“具象化”と“屈服”。

 とどのつまり、一護は斬魄刀に宿る―――もしかすると斬魄刀そのものかもしれない虚との対話さえ済んでいない状態にある。そのような現状で、虚の力を扱うことなど不可能に等しいだろう。

 

 だが、仮に分かり合えるのであれば―――道は開ける。

 

 そう思えただけで、今は随分と気が楽になった。

 心なしか眉間による皺の溝も浅くなった一護が面を上げれば、もう空は茜色に染まっていた。

 

「お、そういや……焰真。お前どこ泊まんだ?」

「俺か? 俺はそうだな……」

 

『一護ォ~!』

 

「「ん?」」

 

 不意に響く女性の声。

 しかし、一護は声の主を知っているようであり、『まさか』と漏らし、河原を上った先の歩道に買い物袋を携えて手を振っている女性に視線を向けた。

 明るい茶髪。浮かべる笑顔は、本来の歳よりも彼女をうら若く見せてくれる。

 

「まさか……」

 

 焰真は数秒遅れ、彼女が何者かを察した。

 記憶違いでなければ、すでに三十代後半であるハズだが、老けたという印象は一切受けない。

 

 そうして焰真が彼女は何者か推理していれば、一護めがけて彼女は駆け寄ってくる。

 しかし途中、ハッとしたように焰真に気が付き、そちらの方へも視線を向けてきた。

 

「あら? あらあら……」

「……一護」

「わかるかもしんねーけど、俺のお袋だ」

 

 (つまり)黒崎真咲。

 三児の母になろうとも若い頃の面影を残す真咲は、焰真を前にし、掌を口に当てて一護と焰真へ交互に視線を向ける。

 

「ねえ、一護。この人は……」

「芥火焰真」

 

 真咲が一護から返答をもらうより前に、焰真が改めてと言わんばかりに名を名乗る。

 あの頃と変わらぬ見た目だ。真咲もすぐに気付いたことだろうが、それでも久しく会っていなかった知り合いに会えば、呆気にとられたように目を見開くような様子をするのも致し方ないことだろう。

 

「あら~」

「お袋……あらあら言ってばっかじゃねえか」

「ねえ、一護のお友達なの?」

「スルーかよ」

 

 マイペースに話し進める真咲。

 だが、長く暮らしているだけあってどう足掻いても彼女のペースに呑み込まれてしまうことを知っている一護は、『まあ、そんなモンだよ』と問いに答える。

 すると真咲は笑顔を花咲かせ、抱えた買い物バッグを掲げてみせた。

 

「なら、夕飯一緒にどう?」

「……え?」

「みんなで食べたらきっと美味しいわよっ!」

 

 天真爛漫。あの頃と全く変わらない様子に、焰真が苦笑を浮かべ、横目で一護へ視線を向ければ、『諦めろ』と口パクで答えられてしまう。

 どうやら夕飯に参加しないという道は閉ざされてしまったようだ。だからといって、何か都合が悪い訳でもないが……。

 

(まあ、積もる話もあるしな)

 

 焰真自身、真咲に聞きたいことは山ほどある。

 尋ねる暇を省くためには、今一度黒崎家に赴くのも吝かではない。

 

 という訳もあり、焰真は真咲の申し出について快く承諾するのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「さあ、どんどん食べちゃって! ルキアちゃん」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 山盛りの唐揚げが乗せられた器を差し出されるルキアは、『おぉ』とカリカリに揚がった衣の唐揚げを箸で摘まみ上げ、一口齧る。

 刹那、歯ざわりの良い衣の奥に潜んでいた鶏の脂があふれ出す。それだけではない。下味にと、漬け込んだ鶏肉に染み込んだ調味料の味や香りもじんわりと舌の上に広がり、思わずルキアは目を見開いた。

 次の瞬間には、左手に携えた茶碗から白米を口へ掻きこみ、絶品の唐揚げと白米のハーモニーに舌鼓を打つに至る。

 

「う、旨い……!」

「そんな感動するほどか?」

「コラ、お兄ちゃん! そんなこと言っちゃうなら、お母さんの手料理食べちゃダメだよ」

 

 真咲の手料理に感動するルキアに一護が呆れるような物言いをすれば、ムッと頬を膨らませる一護の妹・遊子(ゆず)が、怒るような仕草を見せる。

 

「うふふっ、遊子はお母さんの料理好き?」

「もちろん! お母さんも大好きだよっ!」

「はぁ……遊子はこの歳になってもお母さんにべったりだよねぇ~。マザコンってやつだね」

「か、夏梨ちゃん! そういうこと言わないでよぅ」

「あら? 夏梨はお母さんのこと嫌いになっちゃうのかしら?」

「……そ、そう言う訳じゃないけどさ」

 

 双子の妹の片割れである夏梨(かりん)も交え、遊子と真咲は家族団欒を楽しむように会話を広げている。

 その間、ルキアは一心不乱にメシを掻きこみ、一護と焰真も会話をほどほどに、黙々とテーブルの上に並ぶ料理を食べ進めていく。

 

「てか、オメー一人で唐揚げ食いすぎだろ!」

「ん?」

「いいのよ~、ドンドン食べちゃって! 今日からお父さんが暫くお医者さんの集まりで出張するの忘れてて、たくさん作っちゃったからっ!」

 

 途中、唐揚げを口一杯に頬張る焰真を一護が窘めることもあったが、基本的に夕食は楽しく済ませることができた。

 

 揚げ物が大好きな焰真も大満足のひと時であったのは、また別の話として……、

 

「今日みんな泊まってくの? もう遅いから泊まってっちゃったらどうかしら? ほら、お父さん居ないから使えるベッドもたくさん余ってるしねっ!」

「病人寝かせる用のベッドだけどな」

 

 本来、診療所として機能している黒崎医院のベッド。それを泊まる友人たちの寝るベッドに用いようとしている真咲には、またもや一護のツッコミが入る。

 黒崎家はいつもこんな感じであり、意図的にか天然か、ボケる真咲に息子の一護がツッコミを入れるのは最早日常茶飯事の出来事だ。というか、黒崎家は両親がどちらともボケかツッコミかで言えばボケであるため、まだ双子の妹たちが生まれるより前に、一護のツッコミスキルは淡々と鍛えられていたという経緯がある。

 

 閑話休題。

 

「……流れでここに泊まることになっちまったが」

「嫌だったかしら」

「別にそういう訳じゃないんだがよ」

「うふふっ、冗談。でも、いいじゃない。久しぶりに会えたんだもの、ゆっくりしていったら。……それにしても、急に来るからビックリしちゃった」

「……悪い」

「謝らないで。こう見えて嬉しいのよ。貴方に会えて」

 

 二人きりになった頃合いを見計り、焰真と真咲は十数年ぶりの再会を果たし、懐かしむような声音で話し始めた。

 

 死神にとってはあっという間の時間であっても、真咲にとっては結婚し、子供も三人も設けた母親になるのに十分な時間が経ってしまっている。

 時折、現世との時間の感覚の剥離を忘れてしまう焰真であるが、成長した真咲を見て、改めて時の流れを実感する羽目になったのは言うまでもないだろう。

 

「真咲」

「なあに?」

「あんたの息子を俺たち死神の戦いに巻き込んで済まないと思ってる」

「……いいの。あの子はあの子の好きなように生きてくれればいいって思ってるから」

「……悪い」

「そこ、謝るとこじゃないわよ」

「……ありがとう、か?」

「正解。うふふっ♪」

 

 あの頃の天真爛漫さはそのままに、嫋やかさも養ったようだ。

 精神は肉体に引っ張られるというが、彼女を見ていると、肉体の成長が人それぞれな死神にもそれが当てはまるものだと焰真は思えた。

 

(俺はずっと……まだ子どものままなんだろうな)

 

 悶々と一人で悩み続けていることも胸の内に仕舞い、てきぱきと毛布を用意している真咲へ次なる質問を投げかけた。

 

「じゃあ、滅却師だってことを伝えてないのも……自由にやらせてるからなのか?」

 

 ピタリと真咲の動きが止まる。

 彼女は滅却師。それも純血の、だ。

 夫が誰かまでは分からないものの、滅却師の親を持つならば、生まれてくる子どもも滅却師であることは道理である。

 つまり、黒崎一護は人間であり、死神であり、虚であり―――滅却師だ。

 その混沌さ故か、瀞霊廷では異常な成長速度も見せつけてくれた。無論、そこには彼自身の努力が不可欠だが、その努力によって引き出されるだけの潜在能力が元より一護には備わっていたという訳だ。

 

 しかし、一護は自分が滅却師だと思っている様子は見られない。

 ならば、意図的に親が滅却師であることを伝えていないと推理することは、容易いことであった。

 

「……私ね、今は滅却師の力が無いの」

「……は?」

 

 だが、告げられた真実は予想よりも驚愕に値した。

 

「数年前、突然滅却師の力が無くなってね……それ以降、幽霊は見えるけど戦えなくなった」

「な……」

「だから、力のない私があの子を混乱させるようなことは言いたくなかったの。あの子、ああ見えて一人で抱え込んじゃおうとするから」

「……そう、か」

 

 親は子どもをよく見ている。故に、真実を伝えないようにとの判断を下したのだろう。

 悪戯に彼を混乱させないようにとの考えは、焰真もなんとなくではあるがおおむね同意する。

 大雑把だが真っすぐで繊細。それが焰真の一護に対する印象であった。

 だからか、ついつい世話を焼きたくなってしまう。そんな魅力にあふれている人間。

 

「でも、真咲によく似てる」

「あら。とっても嬉しいこと言ってくれるジャン♪」

「『ジャン♪』って……そういう歳でも―――っ!?」

 

 真咲の仕草に呆れるような笑みを浮かべようとした瞬間、遠くにて複数の霊圧が高速で移動し始めたのを焰真は感じ取った。

 間違いない破面だ。それを知っているかどうかは別として、真咲も異変自体には気が付いている様子であり、神妙な面持ちを浮かべている。

 

 直後、ドタドタと二階の方から降りてくる音と共に制服姿のルキアが現れた。

 

「焰真!」

「ああ!」

「あ……ご機嫌麗しゅう黒崎くんのお母様。夜分失礼致しますが、わたくしたち少々お出かけさせて頂きます故……」

「言ってる場合じゃなくってよ! ほら、行くぞ!!」

「あ! おい、待てたわけ! 折角私がだな―――」

 

 真咲を前に取り繕うルキアであったが、既に死神化した一護が先行していることも確認した焰真は、スカートの裾をお嬢様のように摘まみ上げるルキアの襟を掴み、そのまま引っ張るようにして外へ飛び出していった。

 

「……死神さん」

 

 そんな彼らを寂しげな瞳で見送った真咲は、一息吐いてから、再び布団の用意を始める。

 力のない自分にできる唯一のことは、彼らの帰る場所を作ることだけだ。

 

「信じてるから」

 

 フッと微笑む真咲。

 その表情は、まさしく子どもの帰りを待つ母親の顔そのものであった。

 




*お知らせ
活動報告に今後の投稿活動についての指針を書いたものを載せたので、お暇があればどうぞ。

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