冷気が周囲に満ちている。
だが、その場で戦っている少女たちの熱気で、不思議と寒さは覚えない。
修行場で戦っているのはルキアと織姫の二人だ。浦原から、
「参の舞……“
解号を口にせず、袖白雪を解放したルキアは、純白の刀身を伸ばすかのように氷の刀身を作り上げる。
そうしてリーチが伸びた刀身を織姫に振るう。たかが氷の刃と侮ることなかれ。触れれば虚でさえ容易く斬り裂かれ、そうでなくとも触れた部分から氷結が広がるという、恐ろしくも美しい攻撃こそが、彼女の“白刀”だ。
しかし、織姫もただ黙っている訳ではない。
「
舜盾六花から、火無菊、梅厳、リリィの本来三天結盾を発動する際の三人に加え、椿鬼も繰り出す織姫。
逆三角形の盾の中央に椿鬼が佇むという陣を組み、そこへルキアの一閃が叩き込まれる。
次の瞬間、盾はルキアの攻撃を防ぐのみならず、刃が触れた部分から霊圧を炸裂され、袖白雪から伸びる氷の刀身を砕いてみせたではないか。
“四天抗盾”。有体に言えば、爆発反応装甲だ。防いだ瞬間、攻撃の衝撃を盾で拡散し、椿鬼による反射攻撃を加えるというものである。
今迄、椿鬼だけで繰り出し反撃にあい、椿鬼に悲惨な目に遭わせてしまったことを反省して編み出した技の一つだ。
そして、まだ編み出した技はある。
「次の舞、“
ルキアが袖白雪を構え、怒涛の冷気を織姫へ繰り出す。
虚ならば数体同時に凍てつかせるだろう冷気に、思わず肌が粟立つ織姫だが、しっかりと攻撃を見据え、その時を待つ。
「
今度は、椿鬼を下がらせて、あやめと舜桜の二人を三天結盾の陣に加える。
これで盾の外を拒絶する―――防御の盾と、盾の内側を拒絶する―――回帰の盾が組み合わさった訳だが、本来回復に用いる双天帰盾の方は、盾の内側を攻撃がやってくる方向へと向けていた。
「私は―――拒絶する!!」
冷気が盾に直撃する。
三天結盾だけであれば砕けれていただろう盾であるが、双天帰盾の特性でもある、内側からの干渉を弾くという性質により、飛躍的に防御性能が上昇していた。
加えて、双天帰盾の空間回帰や時間回帰にも似た能力により、攻撃そのものを発生前にまで回帰させ、無力化するに至る。
何人でも護る―――ある少年の名前をももじり、織姫が新たに生み出した護りの盾。
故に、“五天護盾”。
「ぷ……はぁ!」
「凄いぞ、井上! まさか私の攻撃をここまで……」
「ううん、朽木さんのおかげだよ! あと……」
ルキアの素直な称賛を受け、彼女の熱心な付き合いがあったからこそ、ここまで強くなれたことと同時に、力を託してくれたもう一人の死神を思う。
(焰真くん!)
何故、織姫がルキアと共に鍛錬するようになったか経緯を聞いた焰真が与えてくれた力のおかげで、織姫自身が驚くほどの速さで能力は進化していたのだった。
『何に誇りを持つか。何を為したいか。それをはっきりさせたら、きっと
握手を交わし、自分の中に力が流れ込んできた感覚を織姫は忘れない。
(ありがとう……!)
それがきっと現世でも聞いた、彼の魂を分け与える力であることは察することができた。
そうしてまで彼が、一護たちの力になりたいと思っている自分に力を与えてくれるならば、頑張らなければならないと、織姫はいつも以上に奮起したのだ。
後で本人に直接会い、今一度礼を述べたい。そんな考えが織姫の頭を支配する。
だが、
―――グゥ~……。
「……」
「……」
腹の音が鳴る。
するとみるみるうちに織姫の顔は真っ赤に―――それこそ茹蛸の如く染まっていくではないか。
プルプルと小刻みに震える織姫は羞恥の余り、顔を両手の掌で覆う。
「あ、あぁうぅ~!」
「ぷっ、ははは! なんだ井上。腹が空いたのか」
「ごめんなさい! 節操のない胃袋で……このっ! このぅ!」
お腹をポコポコ叩く織姫だが、奏でられるのは可愛らしい音だけだ。
それを微笑ましく眺めるルキアは、そそくさと近くの木の下に置いていた包を持ってくる。
「よい。どれ、そろそろ休憩を入れようか。今日は、家の者に頼んで弁当を作ってもらったのだ」
「えぇ!? そ、そんな……気を遣わせてしまいなんと言えばよろしいのか……」
「はははっ、そう畏まるな。こういうのは二人で一緒に食べた方が旨いだろう」
「うっ……」
二人で食べるにしては量が多そうな三重の箱。大貴族朽木家に仕える料理人が作ったともなれば、それはもう大層美味しい料理が収められていることだろう。
そう考えただけで織姫の口の端からは涎が滴る。
だらしないと窘められる姿かもしれないものの、今目の前に居るのは気兼ねなく話せる友人だ。
寧ろ、彼女の誘いをふいにする方が失礼というものである。
だから決して自分が卑しい訳ではない。いや、もう卑しくてもいいからルキアと一緒に楽しく美味しいご飯を食べたい。織姫の頭にはその考えで一杯になった。
「じゃあ……ぜひともいただきます!」
「ようし! 腹が減っては戦はできぬと言うからな! しっかり食べて備えるぞ!」
「おーっ!」
女子二人、美食を前に涎が止まらぬまま休息に入っていく。
火照った体を修行場に張り巡らされる氷から放たれる冷気がほどよく冷ましてくれる中、彼女たちは、それはもう大層美味しい弁当に舌鼓を打つのであった。
一方その頃、男性陣はと言うと……。
***
「むっ!?」
「まだだ! もっと来い!」
「……言われなくても!」
「ぐぉう!?」
「もっといけるだろ! さっさとかかってこい!!」
「っ……!」
「ぐあっ!」
「全身全霊かけろ!! できる!! お前はもっとできる!!」
「はぁ……はぁ……!」
砂煙が張れることのない、浦原商店地下―――通称“勉強部屋”。地下にも拘らず、閉鎖感を覚えさせないための空のペイントが施されていたり、なけなしの緑のために枯れた木が植えられていたりする地下の中、焰真は泰虎との鍛錬に励んでいた。
本来は恋次が泰虎との鍛錬を行っていたのだが、泰虎の能力を見極めた焰真が、交代で卍解を用いた鍛錬を彼に施していたのだ。
それが今は焰真の番というだけの話であり、当初よりやや模様の変わった右腕となっている泰虎は、卍解状態の焰真に何度も殴りかかっては、その都度一振りで弾き飛ばされている。
泰虎は、鍛錬の度に攻撃の威力がまし、動きも俊敏に、そして元来持ち合わせていたタフネスも相当なものに仕上がっていた。
だが、一方で焰真の力もまた先日の戦闘とは比較にならないほどのキレを増している。周囲に気を払うことがないことは勿論、ルキアたちとの腹を割っての会話で色々と吹っ切れたのだ。
そんな彼の一閃は、一振りごとに怒涛の旋風を巻き起こす。
そして、その一撃を凌いでこそ、泰虎の能力も更なる高みへ届くという訳だ。
「ぐっ!? ―――っ……」
「……ここら辺で俺の番は終いだな」
泰虎の霊力の拳撃を、星煉剣の一振りで掻き消し、なおかつ彼の体を吹き飛ばし後方の岩場にたたきつける。
何度も繰り広げられた光景であったが、流石に泰虎も体力を使い果たしてしまったのか、そのままぐったりとし、動かなくなってしまう。
かろうじて胸が動いていることから生きていることは察せるが、それでも感じる魄動はかなり弱まっている。この辺りで休憩を入れなければ、流石の泰虎も命の危機に瀕してしまう頃だろう。
卍解を解き、一息つく焰真。
そんな彼の後ろからは、一人の足音が近づいてくる。
「恋次か。お前の調子はどうだ?」
「へっ! オメーをアッと驚かせられるようになったぐれー強くなったとこだ」
「おぉ……」
「なんだ、その生返事は。さては信じてねえな!?」
焰真の気の抜けた返事に対し、胸倉に掴みかかってくる恋次。
「暴力反対」
「さっきまでチャドの野郎をボコスカぶっ飛ばしてた奴の言うことか!」
ごもっともだ。
しかし、鍛錬の一環であるならば焰真は容赦ない部分もある。優しさゆえの厳しさというものだ。
その洗練を受けてか否か、チャドの能力は短期間にしては上出来なほどに伸びてきている。
「ルキアにも同じぐらい厳しくやったんじゃねえだろうな」
「なんだよ、ルキアのこと気にして。好きなのか?」
「張り倒すぞ、てめえ」
「冗談だっての……いいや、俺はほとんど指導なんかしちゃいない」
「なに?」
「ほとんどあいつ自身の力だ。お前だってそうだったろ?」
「……まあ、な」
言葉少なくも理解し合う仲。まさしく彼らこそ親友と呼べる間柄だろう。
やおら自身の斬魄刀を見遣る二人。まだ完全に理解し切れていない斬魄刀の
始解、そして卍解。
鬼道にも言霊という概念があるように、斬魄刀の名にもれっきとした意味がある。
それを理解し、練磨し、死神はより高みへと登っていく。
焰真と恋次はまだまだ始まりに立ったばかりだ。ここから真の卍解に至るまで、どれだけの長い時間を要するか……それは歩んでみなければ分からない。
などと思案を巡らせていれば、けたたましいアラーム音が懐から鳴り響いた。
「こりゃあ……!」
「十刃か!?」
取り出す伝令神機。画面に映し出されているのは、虚の出現を示す出動指令だ。
そしてすぐさま詳細も知らせられる。
現れた虚―――破面は、十刃と思われる霊圧の高い個体であること。
―――藍染たちの率いる破面たちは、生まれた順番から№11以下の番号を与えられる。しかし、特に殺戮能力の高い者達は抜擢され、十刃としての称号を与えられるというのが、先日の破面との戦闘で日番谷たちが得た情報であった。
今回は、その十刃レベルの個体が四体。単純に考えれば、十刃が四人現世に来たことになるが、真実は現場に赴かなければ分かったものではない。
「焰真!」
「ああ、わかってる」
「って、速ェあいつ!?」
恋次の声を聞くや否や、その場から姿が消え失せる焰真に、恋次は驚愕の声を上げる。
負けじと瞬歩で駆けだそうとする恋次。だが、彼の目の前にフワリと甚平が靡く。
「ま、阿散井サン。どうぞ腰を下ろして」
「は!? なんで俺だけ……!」
現れたのは、阿散井に現世での住まいを提供すると共に、泰虎の鍛錬や家事などの素敵な雑用を任せた浦原であった。
「貴方は卍解の鍛錬で消耗してることでしょうし」
「それならあいつも同じだろうが!!」
「いえいえ。そうでなくとも、もう行っちゃったモンは仕方ないっスしね。でも安心してください」
仕込み杖から斬魄刀を抜く浦原は、神妙な面持ちで告げる。
「アタシが出ます」
***
現れた破面たちと日番谷先遣隊の戦いはすでに始まっていた。
出現した破面は四体。先日現世に襲来したグリムジョー、アルトゥロに加え、新たな二名を加えた面々である。
一人は、東仙の粛清によって左腕を失ったグリムジョーの代わりに第6十刃の座に就いた、中性的な外見の破面―――ルピ・アンテノール。
もう一人は、クレイモアを背中に担ぐ、頭部に王冠のような仮面の名残を残している破面―――ワンダーワイス・マルジェラ。
出現と同時に、隻腕のグリムジョーはその場から離れて消えたものの、誰もそのことを特に気に留めはしない。
「それにしてもカワイソだよね、グリムジョー。ルール破ったのは君もなのに、自分だけ腕斬られた挙句燃やされてさ」
「迂闊に油断していた奴の自業自得だ。それに、心にもない同情を口にするな。反吐が出る」
「ア・ごめーん。でも、そういう君もそんな顔してないじゃん」
仲間をいたわる気持ちさえないが、堕ちた者をあざ笑うことについては気が合うのか、今のような会話を繰り広げた二人であったが、すぐさま斬りかかってくる日番谷の刃をアルトゥロが斬魄刀で防いだことにより鳴り響く甲高い音が、鬨の声となり戦いが始まる。
「十番隊隊長、日番谷冬獅郎だ!」
「貴様のような小僧が隊長か……尸魂界は相当人材に切羽詰まっていると見えるな」
「……そうして見た目に惑わされて、足を掬われないようにしておけよ」
「容姿で敵を惑わさなければならん者に掬われる足などない。だが、安心しろ。たとえ隊長だろうと、私にとっては他の死神と等しく地虫にしか見えんからな」
「っ! ……ほえ面かくなよ!」
氷雪系最強の斬魄刀“氷輪丸”を解放し、アルトゥロとの戦闘を始めた日番谷。
一方でルピは、周りの景色に夢中で戦闘に参加することのないワンダーワイスを放っておき、弓親との戦闘を始めていた。多対一は性分ではないと言い張る一角の配慮あってのことであったが、十刃に一席官が相手になるはずもなく、すぐに戦い甲斐のなさに辟易し、斬魄刀を抜いた。
そもそも破面の斬魄刀は、自らの能力の核を刀の形に封じ込めたものであって、本質は死神の有す斬魄刀とは少々違う。
「させるか!! 卍解―――『
ルピに解放させまいと卍解して飛びかかる日番谷。
水と氷を操る始解から順当に強化された卍解は、背中に氷の翼、腰から臀部あたりにかけてから生える氷の尻尾など、ところどころ竜―――それも西洋の―――意匠を感じさせる姿となる。
しかし、元々アルトゥロを相手していたこともあって、遠くで戦っていたルピにあと一歩届くことはなかった。
「縊れ―――『
爆発する霊圧と共に煙がルピを中心に広がる。
刹那、その煙を貫くように一本の極太の触手が日番谷に襲い掛かった。それを即座に片方の翼で防御する日番谷。
そう、氷の翼はただ飛翔するだけのものではなく、こうして敵の攻撃を防ぎ、あまつさえ触れたものを凍り付かせる効果も有すものでもある。
「ハハッ! よく防いだね!」
自分の一撃を防がれたルピはからからと笑う。
「でもさ、もし今の攻撃が8倍になったらどうかなァ?」
「何……だと……」
煙が晴れ、ようやく望むことのできるルピの帰刃した姿。
―――虚の特異な外見と能力は、失った
―――つまり、それを肉体に回帰させることは、纏うという表現が正しいだろう。
まるで亀の甲羅を彷彿とさせる背中の甲殻から、日番谷を数メートルほど後退させる威力を有す触手が八本蠢いていたのだ。
四肢よりも長く、柔軟で、パワーも十分。鬼道系の能力のような特殊性こそないものの、強力であることは想像に難くない。
そして、速度も日番谷たちの想像を遥かに超えていた。
「言ったろ、4対1でいこうよ、ってさ……―――ア・ごめーん」
嘲笑するような言い草でルピは言い放つ。
「4対8、だっけ」
「―――その計算だと、お前自体は戦力に数えられないって聞こえるな」
「……はァ? 誰、キミ?」
不意に響いた声と、自分を馬鹿にするような内容に、あからさまに不快感を露わにするルピは、声が聞こえた方向を見遣る。
佇んでいたのは、乱菊と同じような副官章を左腕に巻いている青年だった。
凛々しい面持ちの彼は、帰刃したルピを目の前にしても動揺する様子を見せず、堂々としている。
「十三番隊副隊長、芥火焰真だ」
「なァ~んだ、副隊長か。残念。隊長だってボクの相手に―――」
―――ならない。
そう言いかけたルピの言葉は爆音に遮られる。
膨大に膨れ上がる霊圧と共に巻き起こる乱気流は上空を包み込み、その場に居た者達全員の肌を焼くような痛みを味わわせると共に震わせた。
「は? な……なんなんだよっ……」
瞠目するルピ。だが、目を見開くのは彼だけではない。
味方である乱菊たちは勿論、一度戦って焰真の実力がどの程度か把握したアルトゥロでさえ、焰真から放たれる霊圧に、面に驚愕の色を滲ませていた。
「なんなんだよ!! その霊圧は!?」
「悪いな」
「!?」
煙が晴れると共に姿を露わにする焰真。
卍解、星煉剣。これまでに三度しか解放していない力であるが、今回の星煉剣は一味も二味も違っていた。
(霊圧が桁違い……だと……?)
破面の中では最も焰真との戦いの経験があるアルトゥロが違和感を覚えたのは、先日の時とは比べ物にならない霊圧の高さであった。
余りの密度の霊圧に、心なしか焰真の周囲の景色が歪んで見える。
それは自分や藍染にも同じ真似ができるものの、それだけの霊圧を培うにはどれだけの歳月を積み重ねなければならないか―――そもそも、そこに至れるまでの才能があるのかが問題となるだろう。
そうでなければ、まるで尸魂界中の力を結集したかのような―――。
「こちとら、一分一秒惜しいっつー気概でやってんだ」
「っ……!」
「すぐに負けても泣いてくれるなよ」
焰真の姿が掻き消える。
「! ど、こ……だ?」
すぐさま探査神経と視覚で彼を探そうと試みるルピであったが、自身の触手に奔る鮮烈な痛みに気が付き、そちらへと視線を向けた。
ない。触手の先が。
先ほどまであれほど雄々しく蠢いてた触手の内、一本が斬りおとされ、その断面から血飛沫を噴き上げているではないか。
「なっ―――!?」
「こっちだ」
声に誘われ振り返れば、ルピに対して背中合わせになるように焰真が佇んでいた。
『お前の背後なんていつでもとれる』。そう言われたように感じたルピは、触手の先の痛みと、隊長を倒して浮かれていた気分を害された屈辱で、傍目から見てもわかるほど顔に激怒の色を浮かべる。
「くそっ……! くそがあ!!」
すぐさま触手を振るうものの、またもや焰真の姿は掻き消える。
彼の目には捉えられない。つまり、ルピの動体視力を遥かに上回る速度で動いているという訳だ。
ゾッと背筋に悪寒が奔る感覚を覚えた。久しく覚えなかった、どう抗っても殺されるという強者に対面した時と同じ感覚だ。
「うあああああ!!!」
「それじゃあ前と後ろががら空きだ」
そんな彼に対し、焰真が現れたのはルピの前面から数十メートル先の場所であった。
旋腕陣は上下左右に広い攻撃範囲を有すものの、振り回すという攻撃上、前後に関して難を抱えていたのである。
それをすぐさま見抜いた焰真はこうしてルピの前面に現れ、剣を構えた―――が、
「なーんてねっ」
してやったりと言わんばかりの顔。先ほどの半狂乱顔はどこへやら。そう、これは―――半分ではあるが―――演技だったのだ。
ルピは『計算の内だよ』と勝ち誇るかのように告げ、強大な霊圧が収束した触手の先端を、七つ全て焰真へと向ける。
攻撃範囲を見透かされたならば、逆に相手が攻めてくる方向は二か所に限られるということだ。
ならば、意識は前と後ろに向け、着々と反撃の機を窺えばいいだけの話。
「一本くらいボクの触手を斬ったからっていい気になってんじゃねえよ!! もしそれでもいい気になりたいって言うならさァ……ボクの虚閃を受けてから言ってみな!!」
だが、それはただの虚閃ではない。器用に斬り落とされた触手の断面から流れる血を、それぞれの触手に塗り、そのまま霊圧と融合させた虚閃の中でも特大の一撃。
「―――ア・ごめーん。
十刃にだけ許された、血と霊圧を融合させた最強の虚閃。
それが七条、焰真めがけて解き放たれた。
彼は動くことなく、そのまま暴力の波濤に飲まれる。こうなれば消し炭さえ残らないだろう。直撃を確信したルピは、さらに解き放つ王虚の閃光の勢いを強める。
自分に辱めを与え、恐怖を覚えさせた
そして放たれること数秒。ようやく霊圧を放出し切ったルピは、解放状態で、それでいて七発分もの王虚の閃光を一斉に放ったことによる疲労で息も絶え絶えとなっていた。
「はぁっ……はぁっ……! ざまあ……みやがれ、ってんだ! あ、アハハハハ!! ハハハハハ……は、はは?」
狂ったように笑うルピであったが、晴れていく砂煙の中に、しっかりと形の残る人影に息を飲んだ。
「は……う……」
「どうした」
「嘘……だろ……」
「来ないなら……―――もう終わらせるぜ」
舞い上がる砂煙を右腕の一振りで全て払う無傷の焰真が、マントを閃かせてルピに肉迫する。
殺される。そう直感したルピは、顔を青ざめさせて背中を向けてでも逃げんとした。
その間、背中の触手を次々に焰真に襲い掛からせるものの、時には輪切りされ、時には両断され、時には一気に数本の触手を串刺しにされるなどして、ルピの逃げる時間稼ぎにもならない。
しかも遂には残った一本の触手を掴まれるや否や引っ張られ、ルピの体も焰真の方へと引き寄せられる。
死。ルピの頭にはそれだけが過る。
「ち、くしょおおお!!!」
「
引き寄せたルピの胸に星煉剣を突き刺す焰真。
直後に吐血するルピであったが、それさえ見えなくなるほどの青白い炎が彼らを中心に、爆発するように燃え広がる。
余りにも刹那。しかし、眺めている者達からすれば異様に長く感じられた、炎が燃え盛る光景は辺りを白く照らし上げた。
そして、炎が収まった頃、星煉剣の刃が引き抜かれたルピらしき白炭のような物体が墜落する。
「ボ、が……ごのっ、ボグが……ぢぐ、じょっ……―――」
最後に悪態をつこうとしたルピであったが、それよりも早く彼の体は魂葬と同じように、尸魂界に転送されていった。
直接魄睡に刃を突き立て、浄化の炎を解き放ったのだ。
そう時間はかかることなく、ルピという破面は、ルピ・アンテノールという一人の人間として自身の燃えた身体より生まれた灰の中から再誕することになるだろう。
焰真にとっての戦いの帰結はそれで十分だった。
そして彼は、傍観者を決め込んでいたアルトゥロに目を向ける。
「次」
淡々と言い放つ。
「お前の番だ」
「……はっ」
「俺が前のままだと思うなよ……覚悟しろ」
笑い飛ばすアルトゥロは、収めていた斬魄刀を今一度抜く。
刹那、刃が激突する甲高い音と、空座町全土を揺るがしかねない衝撃が一帯に広がる。
第二ラウンド、開始。