BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*53 星と王、月と豹

『キャッキャッキャ! どーだー! すごいだろー! でもまだまだ強くなっちゃうもんねー! 私の焰真はこんなもんじゃないぞー!』

「……」

『前はよくもコテンパンにしてくれたけど、今回の焰真は一味も二味も違うんだからなー! 今度はこっちがコテンパンにする番だもんね! ギッタンギッタンのギッチョンギッチョンのズッコンバッコンにしてやるんだから覚悟しろー!』

「星煉剣」

『ん?』

「うるさい」

『……っ……!』

「泣くな泣くな。怒ってないから泣くな」

 

 傍らで涙ぐむ幼女を、呆れた顔を浮かべた焰真がよしよしと宥める。

 煉華が一回りも二回りも小さくなった―――というより、縮んだと表現する方が正しいだろう。この白い幼女こそ、星煉剣の本体である。

 

 封印、もしくは始解状態で精神世界に赴けば始解状態の斬魄刀の本体を見ることができるが、卍解には卍解状態の姿があるのだ。少なくとも焰真の煉華―――星煉剣はそうだった。

 焰真の方に力という力が割られているため、星煉剣は力を失った姿を現す子どもの姿になるのである。

 

 結果、精神年齢も大分子どもよりになった彼女は、元々表面上は余裕綽々と言った態度を示しつつも焰真に甘えたい・甘えられたい煉華から、全身全霊で焰真に甘えたい性格となった。

 それこそ、なんでもかんでも親と戯れていたいような子どもへと。

 

 始解状態よりも素直になったのはいいことだが、それはそれで面倒な部分もある。

 今の状態がそうだ。戦闘中にも拘らず、主の活躍に我慢できなくなって飛び出てきては、先日辛酸を舐めさせられたアルトゥロに対し、子どもらしい罵倒を投げかけている。

 しかし、相手には聞こえていないのだから、焰真にとってはただ単に耳元が騒がしいだけであった。

 

『っ……後でナデナデ……』

「わかったわかった。気が済むまでナデナデしてやるから。な?」

『キャッキャッキャ! 元気百倍!』

 

(……ホントこいつは)

 

 我が斬魄刀ながらため息が出る。

 アルトゥロたちを前に内心のほほんとする焰真であったが、すぐさま意識を戦闘へと切り替えた。

 

『ねーねー、焰真』

「どうした」

『もっと()らなくていいの?』

「……いや、まだこのくらいでいい」

『えー! もっと()ろうよー! もっと()ったらもっともっと強くなれるのにー!』

「何言ってんだ、星煉剣」

『ん?』

 

 駄々を捏ねるような声音の星煉剣に対し、焰真は口角を吊り上げる。

 ―――彼は剣八や一角のように、戦いに楽しさを覚える性格ではない。

 しかし、今彼が浮かべているのは“好戦的”の一言が似合う、笑みであった。もし彼を知る者が見れば、悪いものでも憑りついているのではと勘繰ってしまうことだろう。

 

 だが、焰真は至って正常。

 

「―――もう十分絶好調過ぎて怖いくらいだ。少し慣らさなきゃ、だろ?」

『……りょーかい☆』

 

 己の能力(チカラ)に気が付いてから、ほとんど取り戻すことがなかった己の魂。それが今は満ち満ちていっているのだ。

 例えば、元々五体満足であった人間が居るとしよう。その人間が四肢を失い、視力も、嗅覚も、聴覚も、味覚も、触覚さえも失った挙句、数十年そのまま生きていく―――それが今までの焰真だった。

 

 そんな彼が全ての四肢も五感も取り戻した状態が、まさしく今。

 

 つまり、焰真の真の卍解の力を発揮しているのが、今の状態なのだ。

 

―――だが、星煉剣に魂を分け与える能力は備わっていない。

 

―――能力は、一度、命の危機に瀕した焰真のために斬魄刀に同化した。

 

―――独りだった焰真が生き永らえるため知らぬ間に発現させていた能力が、だ。

 

―――その能力(チカラ)を知り、与えていたばかりの日々は終わりだ。

 

―――()り戻すのだ。救うために。

 

―――“不全”から“完全”となるために。

 

―――まだ与えた者達が培い育ててきた分は奪らず。

 

―――本来あるべき分だけを。

 

―――更なる進化の未来(よち)を残したまま。

 

「待たせたな、アルトゥロ。これが俺の……真の卍解(せいれんけん)だ」

「……ほう」

 

 散り散りになっていた魂の欠片を完全に取り戻した焰真。

 救った虚の分だけ霊力が上昇する煉華(しかい)―――そして、星煉剣(ばんかい)の能力で霊力を偽っていた時とは違う。

 真の芥火焰真という名の死神として“だけ”の力。

 

星煉剣(わたし)の屈服方法は、寂しくならないよーに虚だった人たちをたくさん救うことだー! つまり、星煉剣(わたし)能力(チカラ)は感謝&友情パワー! ぼっちには負けないんだもんね! キャッキャッキャ!』

 

 そしてそれは、奇しくも死神を殺しただけ霊力を高めるアルトゥロの斬魄刀“不滅王”に対を為すような能力であった。

 共に天敵と言うべき存在。

 勝った方が総取り。

 より更なる高みへ―――。

 

「面白い」

 

 空気が変わる。重く腹の底に響いてくるような鳴動と共に。

 

「山本元柳斎の前に……まず貴様を殺すべきだと、今しがた決めた」

「そりゃあ恐れ多いことだな。総隊長の前だなんざ。雀部副隊長に申し訳ない気分だ」

「フン。右腕なんぞに拘って高みを目指さぬ臆病者に興味はない」

「……どうだかな。お前みたいなのが足を掬われる」

 

 元柳斎の右腕たる副官、雀部長次郎忠息。

 護廷十三隊創設以来より一番隊副隊長として元柳斎を支えてきた彼は、浮竹や京楽などといった古参の死神が生まれるよりも前に卍解を習得していた実力者でもある。

 彼を臆病者と称することは、些かアルトゥロが浅はかであると、焰真は思わざるを得なかった。

 

 しかし、アルトゥロは宙に斬魄刀を杖のように突き立て、話を続ける。

 

「頂きを目指さん向上心のない者には相応の結果しか伴わないと言っている。最強とは最後に立っている者。己が屠った屍の肉を血肉にし、頭蓋を踏み砕き、積もる躯の玉座に腰を据える者だ。頂きに立つものは常に一人。無双であり、至高であり、何人たりとも比肩させぬ絶対的な強者、それを王と言う。だが、王足り得る者には素養が必要だ……それは搾取、簒奪する側であることだ」

「それがお前だって言うのか?」

「貴様もだ。しかし、例え素養があろうとも王は一人でいい……―――いや、一人でなければならんのだ」

 

 帝王論でも語っているかのような口振りに、内心焰真は辟易する。

 意訳すれば、自身もまたアルトゥロの言う頂きに立てる者ということなのだろうが、焰真はそこまで力を貪るつもりはない。

 

「そのために何人殺してきた」

「自我が芽生えてから律儀に何度息をしたか数える愚者が居ると思うか?」

 

 一歩、両者は歩み寄る。

 

「……そうやって、延々と」

「素養がある者は、気が付いた時にはすでに本能のまま動いている。そこに意思など必要ない。ましてや、咎められることでもないだろうに」

 

 柄を握り締め。

 

「理性があって犯す罪だ。なにも感じないのか」

「思う必要もない。本能だからな」

 

 眼光を鋭く。

 

「本能のままに生きるのは……獣のソレだ」

「それが貴様の傲りだ。所詮人の(ナリ)をした私たちもまた獣でしかない。ましてや神を名乗ろうなぞ、傲慢が過ぎるぞ。地虫が」

 

 すでに互いの戦意と殺意は交差し、相手の喉元に切っ先を突き付けている。

 

「自分を神だなんて思ったことはねえよ。ただ俺は、今ある世界を護りたいって願う……一人の死神だ」

「ならばもう御託は要らん。貴様は死神。私は虚。ならば……喰いあうだけだろうに!!」

 

 刹那、消える影。

 それから瞬く光は、両者の振るった刃が激突し生まれた火花だ。

 

 芥火焰真とアルトゥロ・プラテアド。

 

 決して混じり合うことのない白と黒。

 空と海のように隔たれた彼らの思想は平行線を辿るばかり。

 最早、舌鋒を鋭くするだけ徒労に終わることは両者とも疾うに理解していたのかもしれない。

 それでも言葉を交わしたのは、相手を斬るため、一片の躊躇いの余地も無くすためだろう。

 

 だが、たった今無くなった。一瞬閃き、瞬きをする間もなく光を失い消える火花のように。

 

『―――!!!』

 

 黒と白は融け合うように激突した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 焰真たちが激戦を繰り広げている頃、一護もまた因縁の相手との激闘に身を投じていた。

 相手は隻腕となったグリムジョー。『捨ててきた』と口走る彼に対し、遠慮はいらぬと断じた一護は、一か月間仮面の軍勢と修行して鍛え上げた力―――虚化を行使するのであった。

 内なる虚を屈服し、死神としての限界を超えた力を手にすることができる虚化。

 膂力、速力、霊圧。どれをとっても一か月前の比ではなく、前回は一方的に嬲られるだけであった一護が、今度はグリムジョーを一方的に圧倒する結果となった。

 

「終わりだぜ、グリムジョー」

「ぐっ!」

 

 虚化からの急接近による月牙天衝を喰らったグリムジョーの前面は、彼自身の血で真っ赤に染まっている。

 とめどなく零れる血は、地に落ちる間、上空の風に吹かれて細かく散っていく。

 

「……ソが」

 

 受けたダメージでやや猫背となるグリムジョー。彼が見遣るのは、自身から零れる血の雫。

 赤黒い血に映るのは、今にも死に絶えそうな一匹の獣だ。

 

―――貴様が我等の王となるのだ。

 

―――我等を喰え、グリムジョー。

 

 何故だろうか。その時、まだ中級大虚であった頃の記憶が頭を過ったのは。

 喰わねば喰われる。喰い続けなければならない恐怖と、喰われるかもしれないという恐怖を抱きつつ、荒涼たる白亜の砂漠を歩き続けていた時の。

 

「クソが……」

 

 面を上げるグリムジョー。

 血を多量に失いながらも、彼はその瞳から戦意を―――殺意を失ってはいない。

 

 そうだ、違う。

 王たる自分の道は、敵の血肉で彩られたものでなければならない。それが自分の血など、決して許しはできないのだ。

 

「軋れ」

「!」

 

 孔の辺りに激情が迸る感覚を覚えつつ、グリムジョーは底冷えするような声音で紡いだ。

 

「―――『豹王(パンテラ)』」

「解放……だとっ……?」

 

 一護にとって直接目にすることは初めてである、破面の―――延いては十刃の刀剣解放。凡百の破面とは一線を画す力の解放には、放たれる霊圧の密度から、辺りの空間が悲鳴を上げているかのように軋むのを一護は感じ取った。

 

―――そこに居る。

 

 まだ望むことのできない煙の奥。

 それはまるで、洞穴の奥に人の手に負えぬ猛獣が潜んでいると分かっている時の感覚と同じだった。

 

(来る!)

 

 そう理解した時には既に、青い影が一護の眼前に迫っていた。

 辛うじて虚化していたおかげで反応ができ、突き出された手刀を受けることはできたものの、先ほどとは一変し、逆に自分が押される感覚に歯噛みする。

 

(嘘だろっ!? 虚化してるのに、こんな……!)

 

 上体を逸らし、勢いを受け流す方向へ転換した一護は、そのまま宙でバク転するかのような動きを見せて翻った後、自身の後方へ奔っていた影を睨む。

 依然として隻腕の身体。しかし、それでも尚放たれる荒々しい霊圧には、一護も戦々恐々する。

 

 ボディスーツのように身体に纏われている白い虚の甲殻。肘あたりから後方へ延びる、爪のように鋭い刃。そして手と脚に顕著に現れる獰猛な肉食獣を彷彿とさせる意匠。耳も獣のように毛の覆われたものとなり、リーゼントであった髪型は鬣の如く長く雄々しく伸び、彼自身から放たれる霊圧で起こる風により、激しく靡いている。

 

(傷が……癒えてやがる!)

 

 月牙天衝で与えたハズの致命傷が、見る影もなく癒えていた。否、以前喰らわせた痕とも違く、この戦闘の間に受けた傷だけが縫い合わせたかの如く閉じていたのだ。

 

「……それがてめえの真の姿かよ」

「あァ……そうだぜ、死神ィ」

 

 振り返るグリムジョー。まさしく肉食獣のソレである牙を剥きだしにする彼は、久しい真の姿の感触を確かめんと、しきりに右手を握っては解いてを繰り返す。

 

「漸く全力の殺し合いができるっつう寸法だ」

「……俺は殺すために戦ってんじゃねえ。護るために戦ってるだけだ」

「生温ィこと言ってんじゃねえよ、死神!! 手段でも目的でも、命かけて()り合ってんだ!! それを殺し合いって言わねえでなんて言いやがる!!」

 

 喉を掻き切るジャスチャーを見せたグリムジョーは、獰猛に笑ってみせる。

 

「さっさと構えやがれ。じゃねえと……―――すぐにおっ()ぬぜ?」

「っ!!」

 

 グリムジョーが掻き消えたのは、ほぼ一瞬の出来事。

 そして再び視界に捉えた時には、彼はすでに眼前に迫り、鞭のように撓る長い脚を振るっていた。

 

 一歩と飛び退き、鋭い蹴撃を躱す一護。

 すると、続けざまに体を捻ったグリムジョーは、尾てい骨辺りより伸びる尾を振るった。風を切る音さえ遅れるほどの速度、そしてリーチ。

 天鎖斬月を構えて防御するも、しなやかな尾は刀身に当たることで攻撃の軌道を変え、一護の顔面に直撃し、あまつさえ一護の被っていた仮面を砕き割る。

 仮面を砕かれ覗く一護の瞳。強膜が漆黒に染まっている彼が焦燥の色を浮かべ見遣るのは、勿論グリムジョーの姿だ。

 

「どうした、死神! そんなもんかよ!」

「っ、まだだ! 月牙―――」

「遅ェんだよ!!」

 

 体勢を整えた一護が月牙天衝を繰り出そうとするも、それよりも前に右手に霊圧を収束させていたグリムジョーが虚閃を放つ。

 破壊の閃光に飲まれる一護。仮面は全て剥がれ落ち、本来の彼の顔が露わになる。

 以前のままの彼であったならば、帰刃状態のグリムジョーの虚閃をこのような至近距離で浴びれば、原型をとどめることなく塵へと化していただろう。だが、そうならなかったのは偏に虚化による強化のおかげ。

 

 だが、一か月という鍛錬期間しかなかったために、仮面の軍勢ほど仮面の保持時間もなければ、この戦いに出向いたのが修行の後だったこともあり、再び仮面を被るには霊力が足りなかった。

 

 仮面が剥がれた一護は煙の尾を引いたまま地面に墜落する。

 すぐさま臨戦態勢に戻るべく立ち上がろうとしたが、その時にはすでにグリムジョーは目の前に居た。

 

「ぐぅ……!」

「は! 随分ガタが来てんじゃねえか!」

「がはっ!?」

「そういうこった! てめえはどう足掻いたところで、俺には勝てねえってことなんだよっ!!」

 

 一護をボールのように蹴飛ばし、歓喜に声を震わせるグリムジョー。片腕を失ったところで、彼の十刃たる霊力がなくなる訳でもない。

 付け焼き刃の一護とは地力も安定さも天と地ほど隔たっている。

 しかし、それでもたった数か月で、未解放のグリムジョーを圧倒できる力を得ていることは称賛に値することだ。

 

 だが、称賛される力があろうとも、勝てなければ意味はない。

 

 一護は立ち上がる。彼が求めるのは称賛ではなく勝利。護り抜いた結果だ。

 

「ま、だだっ……!」

「っ……」

 

―――また、その眼だ。

 

 グリムジョーの表情が一瞬強張る。

 この一見絶望的な状況。それでも相手(いちご)は、自分に勝つつもりでいるではないか。

 

 どこからそんな根拠が―――と、滑稽に思う訳でもない。

 現実が見えない奴だ―――と、呆れるつもりもない。

 まだ隠し玉があるのか―――と、期待に胸を躍らせるつもりもない。

 

(気に喰わねえんだよ! その眼が)

 

 天鎖斬月を構えた手を脚で弾き、がら空きになった胴体に手刀を叩き込む。

 またもや弾かれるように吹き飛んでいく一護だが、瞳だけはしっかりとこちらを見据えていた。

 

(俺に勝てるつもりでいる、その眼が!!)

 

「黒崎ィィィイイイ!!!」

 

 遠くの建物に叩きつけられた一護へ、グリムジョーは走る。

 己の内に渦巻く感情全て叩き込まんと大地を蹴る。

 

「おおおおおっ!!! ―――っ!?」

 

 だが、倒れる一護の前に人影が現れた。

 それは以前手刀の一撃で倒した死神―――ルキアだ。だが、彼女が立ちふさがったところで時間稼ぎにもならないと見下すグリムジョーは、構わず吶喊する。

 

白霞罸

 

 しかし、直後にグリムジョーの視界は白く……白銀へと染まった。

 大紅蓮地獄を思わせる圧倒的な冷気が、彼らの世界を氷で覆っていく。

 

 

 

 ***

 

 

 

 空気が爆発する。

 雷鳴が急速に空気を膨張させた時の衝撃波だというならば、今焰真とアルトゥロの繰り広げている戦いは音速の域を超える戦いであるのだから、瞬く間にあちこちで爆発音が響くのは当然のことだったであろう。

 

「おおおっ!」

「む!」

 

 気迫のこもった声を上げ、星煉剣を振り下ろす焰真に対し、アルトゥロは斬魄刀でそれを防ぐ。だが、勢いを完全に殺すことはできなかったのか、彼の体は数メートルほど後方へ退く。

 

「舐めるな、地虫が」

 

 そう毒を吐くアルトゥロであったが、瞬く間に肉迫する焰真を前に、口を噤んで斬魄刀を振るう。

 甲高い音を響かせる不滅王と星煉剣。

 数多の命を糧に磨かれた刃は、この熾烈な戦いの中、何度凄まじい衝撃を受けようとも刃こぼれ一つしない頑強さを誇っていた。

 

 そんな刃が、二、三度交差する。

 交わる度に散る火花にも、もう目が慣れたものだ。否、慣れなければその刹那にさえこちらの喉笛を噛み千切ろうとしてくる相手に命を刈り取られることになる。そのことを理解しているからこそ、眩い光に目が焼けるような幻痛を覚えつつも、頑なに瞳で相手の姿を捕え続けていた。

 

 だが、そんな中、アルトゥロは信じがたい光景を目の当たりにする。

 

(斬魄刀を手放しただと?)

 

 屍山血河の如き剣戟の中、なんと自ら手放すように自身の頭上に星煉剣を放り投げる焰真。武器を手放すという自殺行為にも等しい行為に瞠目するアルトゥロであったが、好機であると仕掛けるように不滅王で一閃しようとした。

 だがしかし、完全に刃に力が乗るより前に前に飛び出した焰真がアルトゥロの懐に潜り込み、不滅王の刃を素手で受け止め、そのまま彼の顔面に拳を叩き込んだではないか。

 

 まさか素手―――白打で仕掛けてくると思っていなかったアルトゥロは、頬に突き刺さる拳撃の衝撃のままにのけ反ったが、すぐさま烈火の如き怒りの炎を瞳に宿し、体勢を元に戻す。

 そこへ、先ほど頭上に投げた星煉剣がちょうど手に収まった焰真が、流麗な動きで縦に一閃。

 

 アルトゥロの体から鮮血が舞う。

 

「……浅いか」

 

 しかし、手ごたえから薄皮一枚斬った程度だと判断した焰真は、わずかに星煉剣に付いた血糊を払うよう腕を振る。

 その間、斬られた部位から白装束に血が滲んでいくアルトゥロは、指で刀傷をなぞった後、ふんと鼻で笑う。

 

「随分と曲芸が上手くなったものだ」

「いってぇ……今になって手ェ痛くなってきた」

「私の鋼皮を素手で殴って骨が砕けていないだけ上出来だ。まあ、貴様ほどの霊圧を持っていれば相応の硬度が身に宿る。砕けていれば寧ろ興ざめだ」

「そうか」

「しかし、随分と軽い太刀筋だ。そんなもので私を殺せるなどとは夢にも―――」

「いいや、重いさ」

 

 アルトゥロの言葉を遮り、 彼を殴って痛む手を振っていた焰真であったが、途端に神妙な面持ちとなり、星煉剣の柄を両手で握る。

 

星煉剣(こいつ)には、みんなの力が宿ってる」

「……ククク、ははははは! 今になって何を言うかと思えば! そうか、貴様は背負っているものの重さが強さにつながると思っている愚か者だったか!」

「違えよ」

 

 アルトゥロの嘲笑を蹴散らすよう、やや語気を強めた口調で焰真は語る。

 

「誰かと手を貸してもらわないとロクに戦えやしない俺だからこそ……みんなとの力を、星煉剣(こいつ)を弱いって言わせないって言ってるんだ」

「……」

「ましてや負けるつもりもない。だから念押ししただろ。覚悟しておけ、ってな」

 

 自分よりも他人を慮る焰真だからこその感覚。

 自分を貶されても平気な焰真だが、かつては友人を貶され、途端に激怒して手を出したほど直情的でもあった。

 そんな彼が大勢の人々―――救った虚たちの力、そして大切にしたいと想い魂を分け与えていた者達から魂を返してもらった上での力を、『軽い』や『弱い』などと称されることを許せるだろうか?

 

「俺の誇りは誰にも踏みにじらせるつもりはねえ」

 

 命を救うことこそ彼の誇り。

 すなわち、救った者達の力で煉られる星煉剣は、まさしく焰真の誇りそのもの。

 

「……そうか」

 

 それを理解したアルトゥロは落ち着いた声音を発する。

 

「ならば、貴様の誇りとやらさえも私にとっては踏み台にしかならんということを、骨の髄まで刻み込んでやろう!」

 

 そして猛った。

 強者を挫き、血肉を啜り、己が骨肉と為す。その快感は、数多もの死神を死に至らしめ、虚圏にて猛威を振るっていた“大帝”バラガン・ルイゼンバーンや、若き元柳斎とも戦い、果てには霊王宮に侵攻した末に倒され、名を奪われて一振りの斬魄刀に封印された『     』にも比肩するほどの力を得た頃に、忘れてしまった感覚だ。

 孔が疼く。亡き中心(ココロ)が奮い立つこの感覚。

 

―――コイツヲ、喰ライタイ。

 

 虚としての本能(しょくよく)だった。

 

「―――滅ぼせ」

「!」

 

 唱えようとするは解号。

 虚本来の姿に限りなく近く―――それでいて天と地ほどの隔てる力を得る姿へと回帰するための言。

 

「縛道の六十三『鎖条鎖縛』!!」

 

 しかし、彼の解放は一人の女性隊士の手により阻まれる。

 

「……傍観者が今更なにを」

「あら、ツレないこと言うわね。あんた、さてはモテないでしょ」

 

 不機嫌に眉を顰めるアルトゥロが見遣るのは、十番隊副隊長の乱菊であった。

 焰真よりも少し遅れてやってきた浦原がワンダーワイスと戦い始めて以降、彼らの戦いを一角や弓親と眺めるに徹していた彼女であったが、アルトゥロの刀剣解放に際してようやく動き始めたのだ。

 

「フン。だがこの程度の縛道で……」

「それはどうかしら? ま、こうやってあたしと話してる時点で―――」

 

 刹那、アルトゥロの周囲に氷の柱が無数に出現する。

 

「!」

「隊長の準備は万端になっちゃったみたいだけど」

 

 次第にはっきりと感じるのは、ルピの一撃で林の中へ墜落した日番谷であった。

 さほど傷を負っていない彼は、一度は砕かれた氷の翼を生やし、斬魄刀―――大紅蓮氷輪丸を構えている。

 

「……隊長ともあろう者が鼠のようにコソコソと。まさか副隊長が戦っている間に仕込んでいるとは、随分と小賢しい真似をする」

「お前は戦いの美学を語るような柄じゃねえだろう。だから、お前がのうのうとしてる間、その時間を有用に使わせてもらっただけだ」

「それで? これは何の真似だ」

「……お前を倒す。それだけの話だ」

 

 場に立つだけで肌が粟立つほどの冷気。

 これも全て、“天相従臨”と呼ばれる天候を支配できる能力を有す、斬魄刀『氷輪丸』を有しているからこその芸当だ。

 始解の時点で四方三里にも及ぶ距離の天候を支配できる。卍解ならば、その力は始解とは比べ物にならないほど強大になることは想像に難くないだろう。

 

「氷輪丸は氷雪系最強。お前の武器が、今まで殺してきた死神の霊力っていうなら、俺の武器は……この大気に在る全ての水だ」

 

 錠を閉めるような所作で柄を握る手を捻る日番谷。

 次の瞬間、檻の如き氷の柱はアルトゥロめがけて集まり、彼を極寒という言葉さえ生温い氷獄へと閉じ込めた。

 

「―――千年氷牢(せんねんひょうろう)

 

 数多の霊魂を喰い殺した罪人に相応しい牢獄の名だ。

 

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