BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*54 Full Bringer

「あらァっ? あっちは終わっちゃったみたいっスね」

「ウゥ~……」

 

 ワンダーワイスを目の前に、呑気に言葉を口にする浦原。

 敵前で何たる不用心な―――と、夜一が居れば怒られそうな光景ではあるが、複数の縛道で縛られているワンダーワイスの姿を見れば、その限りではないだろう。

 焰真とアルトゥロが戦い始めた頃、ひっそりと始まっていた浦原とワンダーワイスの戦い。

 当初こそ、得体の知れないワンダーワイスの動きにやや後手に回っていた浦原であるが、数分も経てば大抵の行動・攻撃は把握できた。

 

 そうとなれば、よくも悪くも知能が子供並みのワンダーワイスは、天才である浦原に翻弄されるばかり。

 ワンダーワイスの俊敏性と攻撃力を考慮し、いったん縛道で行動を封じ、あとはその喉笛を切り裂くだけだ。

 

(しかし、妙だ……)

 

 千年氷牢に閉じ込められたアルトゥロを見遣りつつ、思案する浦原。

 

(いくら副隊長の縛道とは言え、彼がそれをすぐさま破壊して攻撃から逃れることはそう難しくなかった筈……)

 

 アルトゥロの実力を分析し、相手の行動に妙な違和感を覚えていた。

 もし仮にわざと喰らったのであれば、彼は喰らってから脱出できる方法があると知っていたのだろう。

 自らの力。はたまた―――。

 

「っ!」

 

 思い至った時、事はすでに進んでいた。

 

 空の裂け目。黒腔より降り注ぐ光は、大虚が同族を助けるために放つ反膜のもの。

 それが浦原の縛道で縛られているワンダーワイスと、氷獄の中に囚われているアルトゥロに降り注ぎ、彼らの拘束をみるみるうちに剥がしていくではないか。

 

「成程」

 

 してやられた。浦原は、すぐさま目の前の光景―――その奥に秘められている意図を理解した。

 

「時間稼ぎ、という訳っスか」

 

 

 

 ***

 

 

 

「そういう訳だ。残念だったな」

 

 嘲るような笑みを浮かべたまま凍り付いていたハズのアルトゥロから、氷が剥がれ落ちていく。露わになる面には、依然として嘲笑が浮かんでいた。

 それは他でもない、歯噛みする死神たちに向けたものだ。

 全て水泡に帰す―――それを理解していたからこそ、アルトゥロはわざわざ攻撃を喰らったのであった。

 

「貴様らの顔は中々の見物だった」

 

 体に巻き付く鎖条鎖縛を腕力だけで引きちぎり、白装束に張り付く氷片を霊圧で弾きつつ、アルトゥロは自分を睨む死神たちへ紡ぐ。

 

 渾身の一撃を無に帰され、氷のように冷たい眼光を向ける日番谷。

 そのような隊長と自分のアシストをふいにされ、心底悔しそうにする乱菊。

 可愛い後輩の1対1とはいえ、戦い足りず不服げに眉を顰める一角と弓親。

 そして、結局のところ決着がつかず、得も言われぬ面持ちを浮かべる焰真。

 

 何にせよ、自分たちの努力が実を結んだと喜ぶや否や、それが徒労だったと知った時の絶望や落胆に沈む顔は、ひたすらに愉快である。

 

「だが、安心しろ」

 

 アルトゥロは自分にも言い聞かせる。

 

「次に会った時……それが貴様らの死に時だ」

「死なねえよ」

 

 悠長に語るアルトゥロに、食い気味に焰真が声を上げる。

 

「死なせない」

「……フン」

 

 迷いを振り払った瞳。

 右目は雲一つない空の如く、青く澄み渡っており、左目はそれこそ同じ雲一つない夕焼けを彷彿とさせる。

 しかし、その瞳に光を灯す様が、闇とわずかな月明りしかない虚圏の住民たる虚にとっては、我慢ならないほどに眩かった。

 

「精々、そう努めるんだな」

 

 踵を返し、白装束を閃かせるアルトゥロは侮蔑するような眼差しを焰真へ向ける

 

「進化には恐怖が必要だ。次、貴様と相まみえた時に、その魂の全てに私という恐怖を刻み込んでやる。そうして更なる進化を遂げ、魂が肥えた貴様を私が喰らうことにしよう」

 

 閉じゆく境界の中、アルトゥロは最後の時まで焰真(えもの)から視線を外さない。

 

「憶えておけ、芥火焰真」

 

 そうして彼は消えていった。

 ワンダーワイスも黒腔の奥に消えたらしく、残ったのは戦い傷ついた死神たちと、生々しい戦闘の痕のみだ。

 静寂の中、上空に吹き荒れる風の甲高い音が耳を撫でる。

 

「恐怖、か」

 

 その中で、焰真は吹き抜ける風に呑み込まれる声を口にした。

 

「死神になって()の方忘れたことはねえよ」

 

 

 

 ***

 

 

 

「なんっ……だと!?」

 

 やや息の荒く、死覇装が白く染まって見えるほどに薄氷を身に纏うルキアが見上げるのは、光が降り注ぐ空の裂け目。

 黒腔より降り注ぐ反膜は、一度ルキアが氷像の如く凍り付かせたグリムジョーの体から氷を剥がしていく。

 やっと氷の拘束が解けるや否や、グリムジョーは雑魚と判断していたルキアに足止めを喰らい、あまつさえちょうど任務完了の時間まで動けなかったことに対し、盛大に舌打ちをかます。

 

 反膜さえなければ―――否、反膜で一度黒腔へ誘われようとも、閉じるや否やすぐさま自分の力で黒腔を開き、ルキアへ殺しにかかっていたことだろう。

 だが、そんなグリムジョーの性格を知ってか否かで差し向けられた同胞であるウルキオラが傍らに居ることから、彼はなんとか孔の奥で猛る激情を抑えにかかった。

 

 そんなグリムジョーを空虚な眼差しで見遣っていたウルキオラは、ルキアのすぐそばに佇む一護に視線を移す。

 辛うじて意識は保っているが、満身創痍であるのは明らか。

 興味が失せた―――というより、元より興味を持ち合わせていないだろうウルキオラは、静かに踵を返す。

 

「終わりだ。最早、貴様らに術は無い。太陽は既に、俺達の掌に沈んだ」

 

 その少年にとって大切な仲間の一人を手中にした。

 彼を意のままに操るための駒として、だ。

 だが、そのような真似をせずとも、ウルキオラをはじめとした破面たちの主たる藍染にとっては、全てが掌の上のようなもの。戯れに過ぎないという訳だ。

 

(太陽の光を失ったお前達が向かう先は、太陽の光を映す月の影……だが、どれだけ足掻こうとも、お前達の手が俺達に届くことはない)

 

 光に呑まれ、(そら)に昇るウルキオラたち。

 地に這いつくばり、血みどろになって今にも倒れ伏しそうな一護。

 

 この光景を見れば、例え一護が虚圏に侵入したところで、結果は火を見るよりも明らかだ。

 

「お前たちに暁が(おとな)うことは……―――永劫ない」

 

 閉ざされる境界。ウルキオラたちの前に広がるのは、無限にも等しく広がる虚無の闇。しかし、ウルキオラは確かなる光がある方へと歩を進める。

 

 感傷も、感慨も、感動もない。感じる心がないのだから。

 

 ただ任務を完遂して帰還する。

 第4十刃(クアトロ・エスパーダ)、ウルキオラ・シファーにとってはそれだけの話だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 それは次の日の夜のことだった。

 三日月が窓から覗ける天候。出かけるにはピッタリである。

 もっとも、晴れだろうが雨だろうが、例え嵐や槍が降ってくる天気であろうとも、一護は家を発つつもりであった。

 

―――井上織姫が、破面に拉致された。

 

 それを知ったのは、今日のまだ日が昇っていた時間帯。

 昨日のグリムジョーとの戦いの後で気絶し、一か月ぶりに家で眠りにつかされた一護であったのだが、朝には目が覚め、そして傷一つなくなった体に驚愕した。

 それほどの回復を試みることができるのは、記憶の中では二人しかいない。

 しかし、感じる霊圧は織姫のものであった。

 だが、肝心の織姫は尸魂界から現世に戻っていないというではないか。

 

 そして、織姫の部屋に集められた挙句告げられた内容。

 内容とは織姫が現世に向かう途中、破面に遭遇し、消息を絶ったというものであった。当初は最悪の事態―――殺害されている可能性を、最後に彼女を見届けたという海燕と浮竹が訴えていたが、それでは自分が治療されているハズがない。

 

 訴える一護。その一方で浮上したのは、織姫が現世と尸魂界を裏切り、藍染側についたというものであった。

 

 ありえない。あの織姫が。

 

 可能性の段階とはいえ、仲間を侮辱されたに等しい内容に画面の奥で、織姫が藍染についたと口にする元柳斎に一護は激怒した。

 それでも織姫が藍染たちの居る虚圏に向かったのは確か。

 裏切り、拉致、もしくは一護たちの理解が及ばぬ考えがあって自ら向かった可能性を含め、一護は虚圏に向かう旨を口にしたが―――結果として命じられたのは現世待機。

 護廷十三隊でもない一護が元柳斎の指示に従う筋はないものの、共に藍染打倒を目的とする間柄でもあるため、まったく従わないというのもようやく得られた信頼を投げ捨てるようなものであると、彼は理解していた。

 

 その時は、先遣隊を連れ戻しにやってきた白哉と剣八に連れられ、尸魂界に帰っていくルキアに『済まぬ』と告げられ、しばし意気消沈していたのだ。

 だが、いつまでも俯いている一護ではない。

 

 自分一人でも織姫を助けに行く。確固たる信念の下に、向かおうとしているのは、虚圏に行く方法を知っているであろう天才、浦原だ。

 彼ならばどうにかしてくれるハズ……そんな信頼を抱きつつ、自身を死神代行証を用いて死神化させた一護は、窓を開き、寒空の下を駆けようと窓際に飛び乗った。

 

「一護、起きてる?」

 

 いざ外に出ようとした時に聞こえてきたのは、母―――真咲の声であった。

 ハッとして口を押える一護であったが、当の肉体の方は既に義魂丸(コン)を入れており、なおかつ眠っている状態だ。

 それでも焰真の話によれば、彼女は霊体が見えるハズ。

 すでにバレているのかもしれないが、これから危険な場所に赴くのだから、なるべく彼女に心配をかけないよう発とうと足に力を入れたが―――。

 

「眠ってるならいいの。子守歌だと思って聞いて」

「……」

 

 スッと窓際に腰かける。

 扉が開かれる様子はない。どうやら、扉の奥で話を続けるようだ。

 いつか微睡の中で耳にした優しい声音。それでいて、なおかつしっかりとした口調で言葉は紡がれる。

 

「私ね、家族のみんなが大好きよ」

 

 唐突な告白。しかし、普段の真咲を見ている一護にとっては『だろうな』と内心微笑むような内容であった。

 いつでも聞けるような他愛のない言葉。

 だが、自然といつの間にか、織姫を連れていかれたことや、虚圏に侵入する上で友人たちと絆を断ち切るべく冷たく当たり、波が立っていた心に落ち着きが取り戻されていく。

 

「一護も、遊子も、夏梨も……あ、勿論お父さんのこともよっ? みんなだァい好き。愛してるの」

「……」

「だからお母さんね、一護に謝りたいことがあるの」

「?」

「きっとお母さんのせいでたくさん喧嘩しちゃったでしょ? ごめんね……」

 

 髪色のことか、と一護は何げなく頭を掻く。父親が黒髪である以上、この明るい髪色は十中八九母親の遺伝子によるものだ。

 確かにこのオレンジ色の髪の所為で柄の悪い生徒や、厳しい教師に目をつけられたものだ。だが地毛である以上は仕方がない。

 『お袋が謝ることじゃない』ともどかしい気持ちになるが、まだ続ける空気を感じ取ったため、一護は押し黙る。

 

「そのことは本当に心苦しかったの。でも、でもね、一護。一護はそれ以上に、優しいから喧嘩することもあったでしょう?」

「!」

「そのことはお母さん、誇りに思います……はいっ! 暗い話ここまで!」

 

 いや、起こすつもりだろう。

 一護は呆れつつ、内心真咲へのツッコミを入れた。

 だが彼女の声音はすぐさま優しく、それでいて神妙なものへ戻る。

 

「ねえ、一護。お母さんはね、もしみんなが危ない目にあったらすごく頑張れると思うの。だってみんなが大好きなんだもの。一護もそう思わない?」

「……」

「もし、もうダメだー! とか、迷っちゃった時は思い出して。一護の大切な人のこと。楽しい思い出をたくさん思い出したら、きっと勇気も力もいっぱい湧いてくると思うから」

「っ……」

「だからね、一護……―――行ってらっしゃい」

 

 刹那、一護はハッとして振り返る。

 扉は依然として開いていない。だが、わずかに扉の隙間から差し込む廊下の光が、まだ扉の前に立っている彼女を影で知らせてくれる。

 

 息を飲み込み、一度深呼吸をする一護。

 吐いた時には強張っていた全身の力が抜けたような気がし、寄っていたままの険しい眉間の皺も、一文字に結ばれていた口も綻ぶ。

 そして、

 

「お袋……行ってくるぜ」

 

 決意を胸に、飛び立った。

 

 そうして一護の死覇装姿が月下に呑み込まれた頃、部屋に静かに入った真咲は、腹をボリボリ掻いているコン入りの一護の体に、そっと布団を掛けなおした。

 普段の息子では絶対に見ることのできないだらしない顔にクスリと一笑すれば、戦地に赴かんと発っていった一護の軌跡を辿るよう、窓の外へ視線を向ける。

 

 これ以上の言葉は要らない。

 ただ自分は、息子の帰りを信じて待つだけだ。

 

(それでも……)

 

 ほろりと一筋の涙が頬を伝うもんだから、真咲は人差し指で零れかけた雫を拭う。

 

「早く帰ってこないと、お母さん泣いちゃうんだから」

 

 母として、息子の成長に喜びを覚える一方、また少し親から離れていく彼の背中に一抹の寂しさを覚えてしまうのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「恋次、用意はできたか」

「おう」

 

 同じ頃、瀞霊廷では二つの人影がこそこそと人目につかぬよう動いていた。

 一人はルキア。もう一人は言わずもがな、恋次である。元柳斎の命で他の先遣隊の面々と共に瀞霊廷に帰還した彼女たちであるが、これから行おうとしていることは、独断で現世に赴き、浦原に接触した後に一護たちと織姫救出に向かうことである。

 元々、織姫を虚圏から連れ戻すのは恋次の提案だ。言い出しっぺの自分がやらずして、だれがやるのだ……という感覚なのだろう。

 一方でルキアは、織姫には処刑救出の恩がある。彼女が命をかけて尸魂界まで来てくれたことがあるのだから、自分もまた彼女のために命をかけ、敵地へ乗り込むべきだ。そういう考えの下での行動だった。

 

「一護のことだ。もう動いてるやもしれんからな」

「っつーか、もう浦原さんとこに行ってんじゃねえか?」

「まさか……いや、なくはない」

 

 そのまさかである。

 即日で命令違反して現世に赴こうとするアクティブな彼女たちよりも、一護はずっとアクティブだ。

 もう彼は泰虎と雨竜と共に浦原の開いた黒腔に入った頃であったのを、ルキアたちはまだ知らない。

 

 予感が焦燥を駆り立てる中、早々に現世に赴かねばと歩み始めた二人。

 だが、不意に彼らの前に立ちふさがる人影が現れた。

 

「散歩にしては、随分物騒な物持ってくな」

「焰真……!」

「はっ! どうだ? お前も一緒によぅ」

 

 腕を組み仁王立ちする焰真。

 彼の登場にルキアは瞠目するも、傍らの恋次は好戦的な笑みを浮かべ、寧ろ彼も連れていかんとする言動をするではないか。

 だが、焰真は困ったように笑うだけ。よくよく見れば、彼の腕には副官章はついていない。つまり、副隊長としてではなく、一個人としてこの場にやってきているという意思表示なのだろう。

 

 その上で、恋次の誘いを断った。

 

「悪い、恋次。ルキアも……」

「……いいや、そう言えば貴様はそういうやつだった。謝ってくれるな。貴様には貴様にしかできぬことがある。だから尸魂界に残る……そうだろう?」

「まあ、な」

 

 織姫が藍染の手に落ちたということで、厳戒態勢が敷かれている瀞霊廷。

 そんな中、ただでさえ隊長三人が抜けた護廷十三隊で、さらに二名の副隊長が独断で居なくなることなどあってはならない。焰真はそう考えているのだろう。となれば、寧ろ見逃そうとしていることに感謝しなければと二人は見合う。

 

「……それじゃあ、行くぜ。早くしねえと一護が先に突っ走っちまうかもしれねえからな」

「先を急ぐ。ではな」

「あ、待てよ。これ持ってけ」

『?』

 

 首をかしげる二人に焰真が渡したのが、自らが身につけていた手甲である。

 

「これは……」

「? なんなんだよ」

「姉様が貴様に送った手甲ではないか。これをどうしろと……」

 

 焰真が常に身に着けている手甲。それは緋真が、彼が死神になった祝いにと送ってくれたものだ。

 文字通り、彼の血と汗が染み込んでいる代物だが、やや潔癖のきらいがある彼の入念な手入れにより、さほど汚れてはいない。

 

 右手のものをルキアへ。

 左手のものを恋次へ。

 

 それぞれ片方ずつ手渡した焰真は、フッと笑う。

 

「お守りだと思ってくれ」

「……ふんっ。そうか。ではありがたく預かっておく……が、失くしても文句を垂れるなよ」

「うっかりぶっ飛んじまうかもしれねえからな」

「ああ、大丈夫だ。だってお前ら死なないんだろ? だったら、それだけでいい」

 

 気恥ずかしそうに、頬を掻きながら紡いだ焰真。

 

「待ってるからな」

「……ウサギか、貴様は。一人では死ぬと言わんばかりの顔をしおってからに」

「へ! それじゃあゆっくり茶ァでも啜って待ってろよ。すぐ帰って来てやる」

「そうか。じゃあ、安心だな」

 

 朗らかに笑う焰真は、『そろそろ行けよ』と二人の背中を押す。

 そんな彼に各々に別れの言葉を投げかけた二人は、次の瞬間には瞬歩でその場から消え失せた。

 自分の呼吸だけが聞こえる空間。焰真は一息つき空を仰いだ。

 

 満天の星が夜空に浮かぶのを目の当たりにすれば、不気味なくらい落ち着いてくるというものだ。

 

「星は好きだぜ、煉華」

『そう』

 

 腰に差す斬魄刀の柄に手をかける。

 五芒星に輪のかかったような形の鍔は、まさしく頭上に浮かぶ星々を彷彿とさせるようだった。

 

 焰真は星が好きだ。

 星は、日の下に生きる命を表しているようだったから。

 焰真は星に命を見出し、それに愛おしく思った。

 故に、その星の形によく似た、いつから持っているかも分からない五芒星のペンダントに愛着を抱いたのだ。

 

 (いのち)に愛を抱いて得た能力(チカラ)。それこそが―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

完現術(フルブリング)……ですか」

「ああ、井上織姫の稀有な能力。そして茶渡泰虎の能力もまた、完現術に該当する能力さ」

 

 虚夜宮の一室。静寂が騒がしい部屋の中、東仙と藍染は話をしていた。

 話題は、つい先刻虚夜宮にやってきた織姫―――の能力について。時間回帰でも空間回帰でもなく、“事象の拒絶”という神の領域を犯す存在である彼女の能力がなんたるかを、藍染はすでに把握していたのだ。

 

「母体が虚に襲われた者達の中でも、霊王の欠片を有す者だけが発現する能力さ。……十番隊の松本乱菊も欠片を有していたことは、一度君にも話したことだろう」

「はい。だからこそ、彼女は―――ても、死神になり得るだけの才能があったと」

「そうだ。君の友人……歌匡(かきょう)もまた欠片を持っていた。故に、死神となり妻となり、挙句の果てに謀殺された」

「……」

 

 要は悲痛な面持ちを浮かべ、俯く。

 彼が死神を憎む理由―――それは、死神に殺された親友である。

 彼女は霊術院を通常よりも早いカリキュラムにて終わらせ、護廷十三隊に入隊した。将来は席官入りが望まれる彼女であったが、それには裏があった。

 彼女の素質、内に宿る霊王の欠片に目をつけたとある貴族が彼女を利用しようとしていたのだ。彼女が妻として娶られたのも、その貴族の家の策略の下の出来事。

 しかし、イレギュラーが発生して彼女は殺された。

 

 それを東仙は知っている。否、知らされた。

 故に死神を憎んだ。

 

 彼女の非業の死の理由となったものこそ、霊王の欠片だ。

 尸魂界に神は居ないが王は居る。それが霊王である。

 普段は瀞霊廷のずっと真上―――霊王宮に居るとされているが、実態を把握している者はほとんど居ないのが現状だ。

 

「藍染様。では、黒崎一護もまたその能力があると……」

「可能性の話だがね。だが、面白いことに完現術は―――」

 

「あらら? もう集まりなはってたんですか。うわぁ、ボク最後やさかい」

 

「市丸……」

「ギンも来たか。では、話もここまでにそろそろ征こう」

 

 藍染が紡ごうとした言葉を遮り現れたのは市丸であった。

 へらへらと笑う彼を前に、話を止めた藍染は、ただひっそりと不敵な笑みを浮かべてとある間へ向かう。

 

 そこに集うのは、虚夜宮に存在する最強の破面たち―――十刃(エスパーダ)だ。

 まさに十人十色といった姿形の者達が、剣呑な雰囲気を漂わせながら、静かに席についている。

 

「お早う、十刃諸君。敵襲だ。まずは紅茶でも淹れようか」

 

 そんな彼らに向かい、余裕を崩さぬまま優雅に振舞う藍染。

 背中に突き刺す仄かな殺意にも気付いている彼は、ただただ不敵に嗤うのであった。

 




*6章 完*

*オマケ ハリベルのティータイム

【挿絵表示】

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