BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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Ⅶ.BLADE BTLLERS
*55 『魂にだ!!!』


 虚構の太陽が空に浮かんでいる。

 作り物にも拘らず、本物の太陽同然の温かさを覚えるが、その温かさの中に冷たさを覚えるのは何故なのか―――織姫は考えた。

 破面に連行され、彼らの同胞であることを示す白装束を身に纏うこと指示された彼女は、彼らの仲間である体裁をとるべく白装束を身に纏い、今は与えられた私室に居たのだった。

 

 半ば監禁状態と言っても過言ではない状況。必要最低限用意された家具に腰を下ろす彼女は、今現在自分を助けに虚夜宮に侵入した一護たちを想う。

 彼らのために……時間稼ぎになればとの思いで虚圏に来た織姫にとって、その一方は胸が締め付けられるような感覚を覚える一方、捨ててきた想いに再び火が灯るような熱を覚える報せだ。

 

 だが、織姫は虚夜宮で一つやらなければならないことを見つけていた。

 

―――崩玉を存在する前の状態に帰す。

 

 藍染より告げられた舜盾六花―――双天帰盾の“事象の拒絶”の能力を用い、崩玉を存在前に戻すこと。それが織姫の今の目的だ。

 破面化にも王鍵を創るにも崩玉は必須。つまり、崩玉さえなければ死神たちの戦いの準備にかけられる時間は大幅に増えるハズ。

 しかし、双天帰盾にもある程度制約はある。死んだ者を死ぬ直前の前の状態まで拒絶できるのは、それほど時間の経ってない者に限ってしまう。果たして、いつ創られたかも分からない崩玉を存在する状態に戻すには、どれだけの時間がかかるのだろうか。そもそも、双天帰盾が通用するのかさえ分からない。

 

 それでもやる。

 織姫は確固たる決意を抱いていた。

 

(あたしにしかできないこと……)

 

 一護でも、雨竜でも、泰虎でも、ルキアでも、恋次でもできないこと。織姫ただ一人にしかできないことだった。

 椿鬼を治してくれたハッチにも、『どう在るべきか』ではなく『どう在りたいか』が大事であると諭されたのだ。

 

(あたしは藍染って人の仲間じゃない。ましてや、黒崎くんたちに助けられるだけにもなりたくない。あたしは、みんなのために戦いたい……!)

 

 キュッと手を握る織姫。夢想するのは、全てが終わった後の空座町で友達や戦った仲間たちと談笑する光景だ。

 

 もしかしたら誰かが死ぬかもしれない。それが戦い―――戦争だ。

 これは護廷十三隊と藍染一派の戦争。死人が出ないことなどありえない。それでも誰一人欠けることなく再び集まれることを、織姫は夢見ていた。

 たとえ、崩玉を無に帰すことがどれだけ困難で、自分に危険が伴うことか分かっていても……。

 

「……みんな」

 

 今にも消え入りそうな儚げな声音を口にする織姫は、兄・井上昊からもらった形見であり、舜盾六花の能力の本体であるヘアピンをそっと指でなぞる。

 

「もしも、あたしに何かあったら……―――」

 

 それ以上は口に出せなかった。

 自分が死ねば悲しむ人間が居る。それがどれだけ恵まれていることか理解している一方、その考えに至ってしまう自分に嫌悪感を覚えてしまう。

 

 誰も死なないようにという願い。

 誰が死んでもおかしくないという現実。

 

 その狭間に居る織姫は、今はただひたすらに皆の無事を祈るのであった。

 

 

 

 しかし、矢張り現実はそう甘くはない。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あらら、御一人様脱落や」

 

 虚夜宮の一角に設けられている監視のための部屋。各所に配置された録霊蟲からの映像がダイレクトに画面に映し出されている薄暗い部屋の中では、市丸、東仙、ワンダーワイスの三人が居た。

 そんな中、一人の戦いを見ていた市丸が呑気に呟いたのだ。

 

「ノイトラ……」

「血気盛んなやっちゃなぁ」

 

 画面に映し出されているのは、浅黒肌の少年―――泰虎が、一人の破面に斬り倒された様子。

 襟がスプーンのような特徴的な形状であり、なおかつ振るった斬魄刀も8の字が少し削れたような奇怪な形状。刃が内側に付いているため、外側での切断力はそれほどでないと思われたその斬魄刀で、№107ガンテンバイン・モスケーダを倒した泰虎を一刀の下に倒したのは、第5十刃ノイトラ・ジルガであった。

 

 各自十刃には自宮での待機が命じられているにも関わらず、独断で先行し、敵を倒した彼に、東仙は不機嫌そうな声色をあげつつノイトラを睨んでいる。

尤も、盲目の彼に映像を見るという概念があるのかどうかは謎だが、それでも怒りの矛先が映像の中のノイトラへ向けられていることを、市丸はしっかりと感じ取っていた。

 

 しかし、もう終わった戦いだ。

 すぐさま両者の視線は他の者達へと移る。

 

 侵入者である一護たちは、元々ついて来ていた雨竜、泰虎の他に、後でルキアと恋次と合流していた。だが、その途中で砂漠にて出会った破面たち、ネル・トゥ、ドンドチャッカ、ペッシェ・ガティーシェの三名とも虚夜宮に入り込んでいたのだ。

 破面たちもやって来たのは一護たちにとってもイレギュラーであるが、彼らの戦力はこれから起こる十刃たちとの戦いにおいては無力に等しいため、さほど問題ではない。

 

 そんな一護たちは、虚夜宮に入るや否や、なんと分かれ道にて五人同時に別々の道へと進んでいったのだ。

 敵地において戦力の分散は愚策。目的が敵の陽動ならばともかくとして、今回は織姫の救出と藍染側に知られている状況だ。

 敵の目的が分かり切っており、尚且つ相手が単独行動をしているのならば、各個撃破なり待ち伏せなど、様々な手段にて迎撃が可能である。

 

 それでも一護たちは、一刻も早く織姫を救出し、全員無事で帰るために分かれたのだったが、市丸にしてみれば『ご愁傷様』としか言えぬ状況だ。

 だが、一方で勝ち星を飾った者達も居るには居る。

 

 №103―――元第3十刃であるドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオと戦った、侵入した者達の中でも最も実力が高いと思われる死神代行の少年、黒崎一護。

 一方で、№105チルッチ・サンダーウィッチと戦った、新たな霊子兵装“銀嶺弧雀”を携えた滅却師、石田雨竜。

 

 三桁を持つ“十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)”である彼らとの戦いはそれなりに熾烈を極めた模様であったが、結果的には両名とも侵入者である少年たち+αによって敗北した。

 どちらとも殺されるには至らなかったものの、後々やって来た葬討部隊(エクセキアス)によって“回収”されていたようだ。

 

 破面にとって敗北とは死。たとえ一護たちの慈悲によって生き永らえたとしても、そう未来は長くはなかろう。

 

「既に十刃たちと交戦している場所もある模様ですが」

「なんや、君もここに来てたん?」

 

 熱心に画面を見つめていた市丸に、背後から声をかける破面の青年―――ウルキオラ。

 織姫の世話役にも任命されている彼であるが、食事を用意させる仕事が終了し、この部屋にやって来たようだ。

 

 そんな彼の言葉を確かめるように、とある画面に目を向ける市丸。

 映し出されているのは、侵入者の内、ルキアと恋次の二人が各々の敵と戦っている様子だ。画面越しでも伝わってくる戦いの熾烈さ。

 必死の形相で斬魄刀を振るっている彼らを、不敵な笑みを浮かべている市丸は『それはそやな』と一人心の中で納得する。

 

 そうしてウンウンと頷いている市丸に対し、ウルキオラは侵入者と戦っている者達に目を移す。

 

第9十刃(アーロニーロ)第8十刃(ザエルアポロ)ですか」

「そやね。十刃ん中でも末席やけど、一癖も二癖もあるから……」

 

 細目を開き、鮮血を舞わせている二人に対して、市丸は呟く。

 

「やられてまうかもね、あの子たち」

 

 いかにも彼らの戦いの行く末が気になっていると言わんばかりの声色。

 しかし、その実彼がルキアたちの戦いにさほど興味を抱いていないことを知る者は、虚夜宮にてたった一人しか知らぬことであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

虚弾(バラ)

「っ、破道の三十三『蒼火墜(そうかつい)』!!」

 

 宙を奔る霊圧の弾丸。それに対し、マントを翻すルキアは掌から青い爆炎を解き放つ。

 だが、放射状に拡散する蒼火墜よりも、押し固められた霊圧である虚弾の方が威力は高かった。

 爆炎を貫き、ルキアの足下に着弾する虚弾。床は砕け、飛び散る破片がルキアの頬に直撃し、そのまま痣で彼女の頬を彩る。

 

「中々頑張ルネ」

 

(来る!)

 

 縦に長い仮面の奥からくぐもる声を上げる破面は、どこからか取り出した刀を手に握り、やおら柄に手をかける。

 刹那、ルキアは彼の手元に意識を集中させた。放たれたと気付いてからでは遅い。放たれるより前に、彼の手元を観察して軌道を確かめなければ―――。

 

 そうルキアが考えている最中、刀は鞘から抜かれる。

 

 すると目にもとまらぬ速さで抜かれた刀身から、一条の光線がルキアめがけて解き放たれた。虚閃よりも速い一閃。威力はそれほどではないが、相手が相手だ。直撃しようものならば自分の体が貫かれる光景が目に浮かぶようであった。

 瞬歩で光線を回避しようとするルキア。しかし、その甲斐虚しく光線はルキアの右脚に僅かに掠った。

 

「っ……縛道の二十一『赤煙遁(せきえんとん)』!」

「目くらましか」

「無駄ダネ」

 

 まるで二人で話しているかのような声を発する破面は、赤い煙が巻き上がる場所めがけて手を突き出す。

 みるみるうちに掌には霊圧が収束し、

 

「―――虚閃(セロ)

 

 解放された。

 響く重低音。腹の奥底に響く重いを音を奏でる一条の虚閃は、巻き上がる煙を中央から二分割にする。

 だが、先ほどまでそこに居たルキアの姿はなく、残っているのは左右に分断された小さな煙の塊。

 

 そのどちらかに彼女が隠れていると思うと、その健気さで笑いが溢れてくるようだった。

 破面はじっくりと煙を観察する。これは戦いではない。一方的に弱者をいたぶる、要するに弱い者いじめに等しい。

 だからといって手を抜く破面ではない。

 しっかりと仮面の奥で煙の動きを確認し、ルキアが現れるその瞬間を待つ。

 

 そして、

 

「……ソッチカ!」

 

 煙から黒い影が飛び出した瞬間、破面はもう一度虚閃を解き放った。

 しかし、放った直後に射線上に何があるのかを目の当たりにし、瞠目する。

 

(マントだと!?)

 

 そう、それはルキア本人ではなく、彼女が身に纏っていたマントであった。

 では、本体はどこに?

 答え合わせは、彼女を中心に空気が冷えていくことにより、舞い上がる煙が床に降りていくことによって、袖白雪を構える彼女が現れることによって為された。

 

「次の舞……『白漣(はくれん)』!!」

「!」

 

 床より天井へ延びる、冷気の柱。

 その後方にて袖白雪を構えるルキアから、直後、雪崩のように怒涛の冷気が破面に向かって襲い掛かった。

 床を凍り付かせ、破面に爬行する冷気。直撃すれば倒せはしなくとも、次につなげられるだけの隙は作れるハズ。

 

 そう思い、技を繰り出したルキアだったが、破面がまた違う形状の刀を生み出し、その刀身から巨大な火球を生み出す光景に目を見開いた。

 赤火砲とは比べ物にならない火球が、白漣の冷気とぶつかり合い、膨大な蒸気を生み出した後に形を保てなくなり爆発する。だが、それと同時に白漣の冷気も尽き、残ったのは室内を蒸し熱くする蒸気のみであった。

 

「くっ……破道の四『白雷(びゃくらい)』!」

「おっと」

 

 白漣を相殺されたショックはあるが、畳みかけるようにルキアは指先から一条の光線を繰り出した。

 敵の放つどの攻撃よりも威力は低いが、少しでも手傷になればと放った光線は、破面の被る仮面に僅かに掠る。直撃こそしなかったものの、白雷の掠った仮面には罅が蜘蛛の巣のように広がった。

 

 その罅を、破面は指でゆっくりと這うようになぞる。

 

「ヤルネ」

「オレでなければ、手傷の一つくらいは与えられたかもしれないな。そう……」

 

 仰々しく腕を広げる破面は、おもむろに縦長の仮面を外し、その素顔を晒す。

 カプセル状の頭部の中には、ピンク色の液体が満ちており、中にはボールのような頭部が二つほど浮かんでいた。

 頭部に刻まれている数字は―――“9”。

 

「「僕タチ、第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)アーロニーロ・アルルエリでなければな」」

 

 自分に対して、すでに満身創痍にも見えなくないルキアに対し、嘲笑するようにアーロニーロは言い放った。

 一方ルキアはと言えば、荒い呼吸を整えんと深呼吸を繰り返しつつ、強がって鼻を鳴らす。

 

「ふんっ……随分と醜悪な見た目だな」

「顔ノ事ナラ黙ッテヨ。僕ラノコノ顔ノ感想ナラ」

「疾うの昔に聞き飽きてる」

 

 ルキアの挑発も、アーロニーロにとっては慣れた言葉であったらしく、感情を煽って隙を生み出すことは叶わなかった。

 そのことに歯噛みしつつ、意識はすでに次へと向いている。

 相手は十刃(かくうえ)。一瞬の油断さえも許されない。

 

(しかし、奴の能力は……)

 

「オレの能力が何か、掴みあぐねているな」

「!」

「ソリャア、ソウダヨネ。君ナンカヨリ、ズットズットイッパイ力使ッテルモンネ」

 

 ルキアの心を読むように語る。

そして、それが図星だと分かるような様子を彼女が見せるや否や、愉快かつ嬉々とした声音で続けた。

 

「オレの能力の名は『喰虚(グロトネリア)』」

「死ンダ虚ヲ喰ベテ、自分ノモノニスル能力サ」

「オレたちは無限に進化する破面だ」

「下級大虚デモ十刃ニ入レテルノハ、ソレガ理由ダカラダネ」

 

 すると、アーロニーロは突然左手の手袋を脱ぎ捨てる。

 そこに在ったのは手などではなく、蛸や烏賊などにも似つかない、螺旋を描くように絡み合う触手と、臼歯が並んだ小さな口。

 

 ゾッとしてしまうような外見の手に、思わずルキアも斬魄刀を握る力が強まる。

 

「つまり、さっきのも……」

「ああ、そうさ! オレが喰らった虚……いや、破面の能力さ!」

「トッテモ美味シカッタヨ。ヤッパリ濃イ魂ハ味モイイカラサ」

 

 居合い切りで放つ光線も、火球を放つ能力も同胞である破面を喰らって得た能力だと豪語するアーロニーロ。それはつまり、限りなく人に近い形をした魂を喰らったことと同義だ。

 同族であろうとも喰らうのが虚という存在だが、それでも生理的に受け付けないものがルキアの中にはあり、彼女の表情は嫌悪感の余りに強張った。

 

「化け物が……!」

「なんとでも言え。オレはこれからも喰らい続ける」

「アア、ソウダ。アルトゥロナンカ食ベ応エアリソウダヨネ」

「奴の不滅王(フェニーチェ)の能力さえあれば、死神の霊力も余すところなくオレの力にすることができる」

「デモ、ソノ前ニ景気ヅケニ君ヲ喰ベタイナ」

「そうだな」

「ソウシヨウ」

 

 遠目から見てもわかるほど、下卑た醜悪な笑みを浮かべるアーロニーロたち。

 彼は左手の口である斬魄刀を掲げた。直後、窓も照明もない冥い部屋に満ちる濃密な霊気。アルトゥロのように圧し潰してくるものでもなければ、グリムジョーのように荒々しいものでもない。

 粘着質な、それでいて覆いかぶさるような生温い悍ましい霊圧をアーロニーロは放つ。

 

「喰い尽くせ―――『喰虚(グロトネリア)』」

 

 刀剣解放だ。

 実際に解放の瞬間を目の当たりにするのはこれが初めて。

 ルキアは固唾を飲んでアーロニーロの変貌の経過を目に焼き付ける。

 

 アーロニーロの体からあふれ出す白い粘性の液体は、混ざり、軋み、濡れたものが這うような不気味な重奏を立てて山のように盛り上がっていった。

 みるみるうちに肥大化していくアーロニーロの下半身は、蛸に似た触手がいくつも蠢動しつつも、到底蛸には見えぬほどに巨大である。

 

 見上げなければ、アーロニーロを目にすることも叶わないルキア。

 強大な霊圧もそうだが、絶えず蠢く下半身に時折浮かぶ虚の顔がまた一層恐怖を煽る。表情を窺えぬハズの虚から、確かに感じ取れる彼らの恐怖と嘆き。浮かんでは沈みを繰り返す彼らは、死して尚アーロニーロという魂に囚われているのだ。

 

「どうだ、オレの喰虚は! 解放前と違い、今のオレは喰らった虚全ての能力を全て発現することができる!!」

「僕タチガ喰ベタ虚ノ数ハ、三万三千六百五十!!!」

「ははははは!!! 恐ろしいか、死神!!! オレにお前如きの矮小な死神が勝とうとすることが、どれだけ愚劣で滑稽なことかわかるだろう!!?」

「サア、諦メチャイナヨ!!!」

「そしてお前を喰わせろォ!!!」

 

 第9十刃、アーロニーロ・アルルエリ。

 司る死の形は“強欲”。

 

 彼の欲望は尽きる事がない。

 

 迫るアーロニーロ。振り上げられる触手の下から、臼歯が輪になるよう並ぶ口が覗く。

 成程、相手を捕食する時はその口で行うのだろう。嫌なほど冷静に頭の回るルキアは、迫りくるアーロニーロから距離をとるように瞬歩で移動する。

 そんな彼女を、アーロニーロは弄ぶように複数の触手を振るい、叩き潰そうとした。

 

 対して、ルキアは袖白雪の刀身を氷で延長する。

 

 参の舞・白刀(しらふね)

 

 しかし、触手の表面を浅く斬るだけで、伸びた刀身は瞬く間に砕かれてしまう。

 続けざまに襲い掛かる触手の群れ。地獄に引きずり込まんとする腕にも見えなくもない触手からは、怒涛の攻撃がルキアへ放たれる。

 

 虚弾。

 

―――円閘扇で防御。

 

 触手の振り下ろし。

 

―――初の舞・月白で凍結させ攻撃から逃れる。

 

 触手からの雷撃。

 

―――瞬歩で回避も、わずかに肩に掠る。

 

 巨大な口から無数の小虚。

 

―――樹氷で足下を凍らせ、一掃。

 

 その間迫りくる触手の横薙ぎ。

 

―――僅かに避けそびれ、体が弾かれる。

 

 触手の先から放たれる無数の虚弾。

 

―――直撃。

 

「が、はっ……」

 

 複数の虚弾の直撃を喰らったルキアは、口から吐血しつつ、床を転がっていく。

 虚閃よりも威力の低い虚弾であるが、それでも帰刃した十刃が放ったものだ。

体中に鈍痛を覚えるルキア。肉が潰れ、骨が砕けているのではと錯覚するほどの痛みの中、それでもルキアは己の奮起させて立ち上がろうとする―――が。

 

「いい加減悪あがきはやめろ」

「っああ゛……!」

 

 決して長くはない後ろ髪を触手で掴まれ、そのまま宙づりにされるルキアは、アーロニーロの眼前まで近寄せられた。

 自重を髪だけで支える痛みに顔を歪めるルキアは、目の前のアーロニーロを睨んで見せる。

 

 その反抗的な目に口角を吊り上げるアーロニーロは、手持ち無沙汰となっている手をルキアへと翳す。

 

「安心シナヨ」

「食い応えがあるよう、原型は残すように殺してやるからな」

 

 虚閃だ。

 消し炭にされるほどではないが、それでも確実に命の芽を摘み取られるほどの威力で解き放たれようとしている虚閃は、刻一刻と耳障りな不協和音を奏でて収束していく。

 一方ルキアは、依然として髪を掴まれたまま宙吊り状態。

 狙いが偶然外れる見込みはゼロと言っても過言ではないだろう。

 

 絶体絶命。

 

 まさにそんな言葉が似合う状況の中、ルキアは―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

「あわわわ、れ、恋次が……恋次が死んじゃうでヤンス」

 

 羽織っていたマントもボロボロとなり、一人の破面との戦いで血みどろになっている恋次。彼を陰から見守っているのは、流れで虚夜宮に侵入することとなった巨大な顔の虚、ドンドチャッカであった。

 しかし、臆病な性格であるのか、恋次の戦いには参戦することはない。

 否、気迫の凄まじい恋次の豪快な戦いに、参戦する余地がないといった方が正しいだろうか。

 

「やれやれ。単調な攻撃。特殊な能力もない直接攻撃系の斬魄刀。……もうこれ以上君に期待することはないけれどね」

 

 不敵な笑みを浮かべ、恋次と戦っている桃色髪で眼鏡をかけている青年らしき破面。

 彼こそが、第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ことザエルアポロ・グランツだ。

 

 恋次が現世で戦ったことのあるイールフォルト・グランツの弟と称している彼は、兄たるイールフォルトの戦闘データを研究し、恋次の狒々王蛇尾丸(ばんかい)の形状、能力、霊圧、そして霊子組成まで把握され、あまつさえこの場にて彼の卍解を封じる仕掛けを施していたのだ。

 つまり恋次は、十刃クラスの相手に始解だけで戦わなければならなくなったという訳である。

 

 一見、戦闘が得意には見えぬ姿のザエルアポロであるが、やはり破面。鋼皮の霊圧硬度は相当なものであり、恋次の全力の一撃さえも易々と素手で受け止めてしまう。

 そんな彼に決定打を与えられぬまま、自分はザエルアポロの攻撃の悉くを無力化され、反撃をもらっている。

 

 戦況としては、ザエルアポロが圧倒的に有利だ。

 もし恋次に卍解が使えていたのならば、また結果は変わっていたのかもしれないが……。

 

「卍解も使えない君に、もう打てる手なんかないよ。さっさと諦めるのが賢明じゃないかなァ?」

「はっ! 諦めるのが賢いってことなら……俺ァ馬鹿でいいさ」

「……はぁ、これだから馬鹿は。無謀と勇気を履き違えてるね。君は僕に殺される運命しか残されてないっていうのに」

「死なねえよ」

「……んん? なんだって?」

 

 恋次の応えに、ザエルアポロはあえて煽るよう耳に手を添え、体を傾ける。

 よく聞こえそうな体勢だ。完全におちょくっているということは誰にでもわかるだろう。

 だが、恋次は激昂する訳でも苛立ちに顔を引きつらせる訳でもなく、神妙な面持ちを崩さぬまま、今一度口を開いた。

 

「二度も言ってほしいのか?」

 

 その瞬間、ザエルアポロの表情筋が強張る。

 ここまでザエルアポロは、散々恋次のことを馬鹿だと罵ってきた。その中のやり取りで、一度しか言わないとも言い放ったのだが、それはすなわち『二度訊かなければならないものは馬鹿である』と言っているのと同義だ。

 

「へえ、そういうことも言えるってのは予想外だったよ。素直に称賛して―――」

「まあ、俺は優しいからてめえにもう一回言ってやる。死なねえっつったんだよ」

「っ……馬鹿はすぐに調子に乗る」

 

 呆れ半分、苛立ち半分のため息を吐き、眼鏡型の仮面の名残を指で押し上げるザエルアポロ。

 こうして、散々劣勢であった恋次が彼との論撃に勝った恋次は、してやったりと言わんばかりに好戦的な笑みを浮かべる。

 

「なんとでも言えよ。馬鹿だろうが何だろうが、俺はてめえらをぶっ潰しにここに来てんだ」

 

 蛇尾丸を構える恋次。

 すると、次第に彼の霊圧が急速に上昇していくではないか。

 その現象を前に、怪訝な眼差しを向けるザエルアポロは、彼が何をしているのかをすぐさま察し、鼻で笑い飛ばした。

 

「はっ! また卍解するつもりかい? 駄目元なんていう非合理的な行動を今更とろうとするなんて、眩暈がしてくるよ」

「駄目元かどうかは……見てから言いやがってんだ、眼鏡野郎が」

「これまた予想の域を出ない台詞だね。張り合いがないから、もう少しくらい捻ってくれないかな?」

「……なんでも、てめえの思い通りになると思ったら大間違いだ」

 

 尚も恋次の霊圧は上がる。

 その時、ザエルアポロは一つの違和感を覚えた。

 

―――何故奴の霊圧の上昇が止まらない?

 

 これは卍解に伴う霊圧上昇に間違いない。しかし、先ほどの経験則から言えば、すでに刀身が霧散してもおかしくはないハズだ。

 だが、現に恋次の蛇尾丸は依然として形を保ったまま、彼の霊圧はザエルアポロに比肩しようとしているところまで上がっているではないか。

 

 驚愕に瞠目するザエルアポロ。

 そんな彼を睨みつける恋次は、眼光鋭く、牙を剥きだしにして叫ぶ。

 

「何があろうと、俺はこの戦いで死なねえって誓ってきたんだよ!!! 漢に二言はねえ!!!」

「誓う……? はっ、僕には君がそんな信心深い人間には見えないが……一体何に誓ったのか教えてくれないか」

 

 嘲るように問いを投げかけるザエルアポロに、恋次は獣の咆哮の如く、雄叫びを上げた。

 

「決まってんだろ……―――」

 

 柄を握り左手には、親友から預かった手甲が嵌められている。

 刹那、彼の温かな手が自分の手に重なる光景を幻視した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「っ!!」

「ナニッ……!?」

 

 アーロニーロが虚閃を解き放とうとした瞬間、ルキアを掴み上げていた触手から重さが消え去った。

 それは、ルキアが自身の―――女の命でもある―――髪を袖白雪で斬ったことにより、無理やり触手からの拘束から逃れたからだ。

 

 重力に任せて自由落下するルキアの体。

 一方、彼女を焼き殺すハズだった虚閃は空を穿ち、射線上にあった建物の壁に着弾してしまう。辛うじて罅が入る程度で済んだものの、アーロニーロとして自身の攻撃を躱されたことに怒りを覚え、すぐさまルキアを叩き潰さんと触手を振るう。

 最早原型など留めていなくともよい。肉塊(ミンチ)となり、骨や臓物の中に入っていた排泄物をまき散らした死体であったとしても喰えればいい。

 

 その本能のままに、アーロニーロは攻撃を仕掛けた―――が、

 

「破道の三十三……『蒼火墜』」

「なに!?」

 

 振り下ろされる触手に対し、零距離で蒼火墜を放ったルキア。

 その一撃は触手の勢いを殺すと共に、返ってきた爆炎がルキアの体を触手の攻撃の軌道から逸らすよう、弾き飛ばしてみせた。

 空を切った触手は地面を叩くだけに終わり、その間ルキアは、何とか体勢を立て直して地面に着地し、アーロニーロから距離をとる。

 

「ふぅー……ふぅー……!」

「……は、ははは、ははははは!!! 虫の息だな!!! そんな状態でオレを倒すつもりか!!? やめておけ、足掻くだけ死に様が無残になるだけだぞ!!!」

「……ああ、そのつもりだ」

「……ナンダッテ?」

「私は、お前を倒す。死ぬつもりもないと言っている」

 

 シャン、と音を立てて袖白雪を構えるルキア。

 彼女を中心に、みるみるうちに床には氷が張っていく。幻想的な光景であるが、明りのないこの部屋の中では些か見栄えに欠ける。

 だが、氷が蜘蛛の巣のように広がる間、彼女の霊圧は次第に上昇していく。反面、室温は肌が粟立つほどに下がっていき、長いほど闇の中生きてきたアーロニーロでさえ凍えるほどの寒さになってきた。

 

 そして、ルキアの傷つき火照る体を、薄氷が覆っていく。

 

「覚悟しろ、十刃」

「覚悟しろ……」

「ダッテ?」

 

 刹那、アーロニーロはわずかに怒りを孕んだ笑みを浮かべ、夥しい数の触手に数々の能力を発現され、それらをいっぺんにルキアへ向けた。

 

「それはこっちの台詞だ、死神!!!」

「死ヌ覚悟ハ、勿論デキテルヨネェ!!?」

 

「死なぬっ!!!!!」

 

「「っ!!?」」」

 

 凄まじい気迫にて叫ぶルキアを前に、アーロニーロは吹雪をその身に受けたかのような悪寒を覚えた。

 だが、一喝された程度で戦況が覆るハズもない。

 一瞬でもルキアの気迫に押された―――その辱めに怒りを覚え、腹の内に抱く黒い感情を吐き出さんとアーロニーロは前進した。

 

 喰う!

 

 喰う!!

 

 喰う!!!

 

「「喰ワセロォォォオオオオオ!!!!!」」

 

 幾重にも重なる叫びと共に、強欲なる腕の数々はルキアの体に襲い掛かろうとした。

 しかしその瞬間、彼の前進の振動に伴い、彼が放った虚閃によって広がった壁の罅が広がり、そして崩れ落ちたではないか。

 

 浮かび上がる孔から差し込む陽の光は、ルキアを照らす。アーロニーロも照らす。

 

 それはまさしく“光明”だった。

 

「「タ、太陽(タイヨウ)ォォォゥウウ……!!?」」

 

 闇に生きてきたアーロニーロ。彼の唯一の弱点は、他ならぬ陽の光であった。

 陽の光があると、彼はその万を超える能力を発現できなくなるのだ。故に、偽りの太陽が昇っている虚夜宮にて戦う時は、閉鎖された建物の中で戦うことが専ら。

 ルキアとの戦いの中でも、豪快に技を放つ一方で天井や壁は破壊せぬよう注意を払っていたのだが、それは彼女の命を懸けた覚悟を前に、一瞬のほころびを見せた。

 

 次々に能力が消えゆく触手。

 だが、ルキアを殺すには喰虚の超重量だけでも十分。

 そう自分に言い聞かせて進むアーロニーロであったが、

 

「死なぬと……誓ったのだ」

 

 後光を背負う、白き死神を前に彼の歩みは止まらざるを得なかった。

 否、進むための足たる触手が床に張り付くよう凍り付いているのだ。動けなくなったアーロニーロは進むことを止め、残る動く触手の先から放つ全身全霊の虚閃―――王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)でルキアを殺そうとした。

 

「「――――!!!」」

 

 最早、慟哭さえ生温い。

 太陽への恐怖に彩られた怨嗟の声の重なりは、己の声ごと暴力の権化たる力で消し飛ばそうとした。

 

 だが、ルキアの瞳には一片の恐怖も映っていない。

 

 柄を握る右手には、親友から預かった手甲が嵌められている。

 刹那、彼の温かな手が自分の手に重なる光景を幻視した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 独りではない―――それを彼に教えた。

 独りにしない―――それを彼に誓った。

 

 大切な人達に死なれることを心の奥底から畏れていた彼は、ずっと、ずっと前から自分たちを支えてくれていた。

 

 魂を預け、力の助けになれば……と。

 

 だがしかし、そのような一方的な恩寵を受けるのはもう終いだ。

 

 彼が涙を流すのであれば、そっと拭ってあげよう。

 彼が戦うのならば、隣に並べるだけの強さを得よう。

 彼が過った道を行くならば、それを自分たちが止めよう。

 

 友として―――掛け替えのない大切な人として、彼らは誓ったのだ。

 

「俺の―――」

「私の―――」

 

 

 

 

 

 その心は、

 

 

 

 

 

『魂にだ!!!』

 

 

 

 

 

 重なった。

 

 

 

 

 

『 卍 解 !!!!!』

 

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