BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*57 ”傲慢”

0(セロ)……!?」

 

 瞠目する一護は震えた手で天鎖斬月を握る。

 十人居る十刃。てっきり№1から10までの者達ものだとばかり考えていた彼であったが、その予想を敵は一回り超えていた。

 

 一方、予想通りの反応を目にしたアルトゥロは、つまらないと言わんばかりに鼻を鳴らし、口を開く。

 

「混乱しているようだな。冥途の土産に教えてやろう。十刃の序列は1から10ではない……0から9だ」

「!」

 

 おもむろに一護たちへ手を翳すアルトゥロ。

 次の瞬間、通路が赤黒い閃光に照らし上げられ、耳を劈く轟音が鳴りやむ頃には通路は瓦礫の山へと化していた。

 

「ッ……ネル! 大丈夫か、ネル!」

 

 舞い上がる砂塵の中から、ボロボロになった死覇装を翻す一護が、傍らに抱えるネルへ必死に声をかける。

 ぐったりとし、返事をしない彼女であるが、抱える腕から辛うじて彼女の鼓動は感じ取れた。

 だが、放たれた虚閃に対し、即座に虚化して月牙天衝を放ち相殺したとしても、その余波はネルにとっては致命的な威力であったことだろう。現に、一護もネルを庇ったこともあり、すでに満身創痍のダメージを受けてしまった。

 

 出鱈目な強さを誇るアルトゥロに歯噛みする一護は、戦うにしてもネルを安全な場所に連れていかなければと、天鎖斬月の超速移動を駆使して白亜の砂漠の上を駆ける。

 しかし、どこからともなく現れたアルトゥロが隣にやって来た。

 

「以前の仮面を今度は自分の意思で出せるようになったか」

「なっ!」

「しかし、霊圧だけならば以前の方が高かった」

「がはっ!?」

 

 進行方向を真逆に変えられる回し蹴り。脳が揺さぶられ、体中の骨肉が軋む感覚に顔を歪めた一護は、打ち上げられた先の建物に激突し、そのまま床に転がり落ちた。

 抱えていたネルも手放してしまい、彼女の小さな体もまた、近場に転がってしまっている。

 

「クソッ……!」

「弱い……弱すぎる! 所詮は人間のレベルだという訳か。理性で私たち(ホロウ)の力を御そうとするなど、愚劣な真似だと何故分からん」

「月牙!」

 

 侮蔑の眼差しを向けるアルトゥロに対し、天鎖斬月を杖に立ち上がった一護は、今一度仮面を被り、天鎖斬月を頭上に振りかざした。

 

「天衝っ!!」

 

 直後、虚夜宮の空に浮かぶ漆黒の三日月。

 轟々とうねる禍々しい霊圧は、すでに廃墟同然であった建物を更に崩し、瓦礫同然の更地へと変えたのであった。

 そんな月牙天衝の軌道に佇んでいたアルトゥロ。普通に考えれば直撃しているハズだ。

 虚化した状態での月牙天衝こそ、今の一護に繰り出せる最強の技。それが喰らわなければ一護に勝機は微塵もありはしない。

 少しでもいい。少しでも相手に手傷を負わせられたのであれば、それだけで光明になり得るのだ。

 

 傷だらけの体を倒れぬよう何とか踏ん張る一護は、祈るよう前かがみの体勢をとっていた。

 

「―――貴様の底力はこんなものじゃあないだろう」

「嘘……だろ……!?」

 

 砂煙が霊圧で弾かれた。

 中より闊歩するのは、月牙天衝を受け止めたと思しき腕がやや汚れただけのアルトゥロ。一目見た時こそダメージを負っているように見えなくもなかったが、血が一滴も流れていない病的なまでに色白の肌を見れば、彼が傷一つ負っていないことは火を見るよりも明らかであった。

 

 全力が通用しない。それがどれだけ絶望的なことか。

 ガチガチと震える歯を食いしばり、胸の奥よりこみ上げる恐怖を押し殺す。深呼吸に際して瞼の裏に映るのは、必ず生きて戻ると誓った仲間たち、そして助けるべき仲間―――織姫の姿。

 

「う、おおおオオオッ!!!」

 

 絶望したのならばなんだ。

 今の自分が通用しないのならば、戦いの中で成長する自分にかけるだけ。

 今までもそうだったではないか。恋次と、剣八と、白哉と―――様々な敵と戦う中で、一護は成長してきた。それも、彼の成長を促した浦原や夜一でさえも驚くほどの速さでだ。

 未来の自分を信じる。一護は戦いの中で光明を見出さんと駆けだした。

 

 嘲笑するように鼻を鳴らすアルトゥロは、つい先ほどまで目に見えて怯え竦んでいた一護の突撃に対し、斬魄刀―――不滅王を抜く。

 

「さあ、戯れの時間だ。踊れ」

「月牙天衝ォォオ!!」

 

 黒が弾けた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あわばばば……恋次! 恋次ィ~!」

「だぁー! なんだうるせえな!」

「でっかい霊圧をビンビン感じるでヤンス! ネルが巻き込まれてないか心配でヤンス~!」

「デケぇ霊圧感じてんのは俺も同じだよ! ……一護が一緒なら心配ねえ筈だ」

「そ、そうでヤンスか? そうでヤンスよね……」

 

 恋次の背中に付いて来るドンドチャッカ。先ほどから遠方より虚夜宮全体を震わせるほどの強大な霊圧を感じ取り、騒いでいる彼であったが、彼が心配している一番の要因であるネルが一護と共に居ることを伝えれば、僅かではあるが落ち着いたようだ。

 

「で、でも……」

「『でも』なんだ!?」

「これはアルトゥロ様の霊圧でヤンス……冷酷非道でありながらも、かつて虚の大軍勢を率いていたほどのカリスマを兼ね備え、十刃で一番強いアルトゥロ様と戦ってるのは一体どこの誰でヤンしょうか……」

「っ……」

 

 返事に詰まる恋次。

 直接戦った訳ではない恋次であっても、今感じるアルトゥロの霊圧がどれほど強大なものかであることは理解できる。そして、彼が霊圧を放っているということは、侵入者のいずれかと交戦状態に入ったことと同義だ。

 しかし、余りの強大さに相対している仲間の霊圧を―――恋次自身、霊圧知覚に長けていないとは言え―――うまく感じ取れない。

 

「……とにかく、立ち止まったところで状況は好転する訳じゃねえ。うだうだ悩んでる暇あったら、足動かすぞ!」

「分かったで―――」

 

 突然、ドンドチャッカの声が遠のいた。

 振り返れば、床にぽっかりと開いた穴の中に落ちる彼の姿を望むことができた。

 

「ヤンスぅぅぅううう!?」

「うぉおい!?」

 

 またこのパターンかよ!

 

 そう恋次が口にしようとした瞬間、浮遊感を覚える。

 弾かれるように足元に目をやれば、そこにもまた深淵のように深い深い穴が広がっており、暗闇が恋次を誘っているのであった。

 

「ちくしょおおお!!!」

 

 二度も同じ手にかかったことへの悔しさの色を滲ませ、断末魔のような叫び声を上げる恋次は、穴の下にあった管にホールインワン。

 『おむすびころりん』張りに管の中を転がり、時には滑って落ちていけば、またもや似たような通路へ体を吐き出される。

 

「ぐお!? く……くそ!」

 

 でんぐり返しのような体勢となっている恋次は、自分をこの状況に陥れた元凶を探すべく周囲を見渡す。

 すると、遠巻きにみっともない恰好を晒している自分を嘲笑うように肩を揺らしている人影が目に入った。

 

「やあ」

「っ! てめえは……ザエルアポロ!?」

「また会ったね。死ぬほど会いたかったよ」

「……バケモンかよ」

「ありがとう。最高の褒め言葉だ」

 

 恋次は内心動揺していた。

 何故ならば、彼の目の前に現れた人物が、つい先ほど倒したハズの破面であったからだ。胴体の大部分を消し飛ばされていたにも関わらず、今目の前に居るザエルアポロは無傷どころか、新品の白装束を身に纏っている。

 

 まさか先ほどのは偽物だったのかと勘繰る恋次であるが、

 

「ああ、さっきの僕のことを偽物だと考えているのなら、こう答えよう……不正解(ノン・エス・エサクト)。さっき君が斃したのは間違いなく本物だ。そしてこの場に居るのもね」

「じゃあなんで五体満足のてめえが……」

「“受胎告知(ガブリエール)”。僕の帰刃の能力の一つさ。対象の臍から卵を内臓に植え付けることで、植え付けた対象に自分自身を孕ませ、新たに誕生する。そう、死すらも自らの循環に組み込む」

 

 高らかにザエルアポロは語る。

 

「不死とは、完璧な生命とはそういうことさ!」

「……!」

「さあ、ご覧……完璧な生命としての僕を!! 啜れ―――『邪淫妃(フォルニカラス)』」

 

 戦慄する恋次を前に、やおら斬魄刀を抜いたザエルアポロは、あろうことか刀身を呑み込んだではないか。

 曲芸師がやりそうな真似だが、あれは刃のついてない剣で行うものだ。ザエルアポロの斬魄刀は確かに刃がついており、それを飲み込めば食道がズタズタに引き裂かれることなど容易に想像できる。

 しかし、刀身の根本までずっぽりと飲み込んでみせたザエルアポロ。

 次の瞬間、彼の体は風船のように膨れ上がった。ブクブクと膨れ上がる体は、やがて破裂寸前まで膨張し、体中から空気と共に血が舞い散るような不快な音を奏でる。

 

 やがて歪に膨張した体は、触手が折り重なったようなドレスへ変形した。

 さらには、翼と呼ぶには奇怪な形の物体が背中から生えている。まだ、どこぞに生えている植物の枝と称した方が理解できる形だ。

 

「さあ……第二幕の開演だ」

「っ!」

 

 舞台上の演者の如く、仰々しい身振り手振りをするザエルアポロに、恋次は蛇尾丸を抜いて身構えた。

 

「―――いいや、終演さ」

『!』

 

 どこからともなく聞こえてくる声。

 同時に、複数の光の矢が壁を突き抜け、ザエルアポロめがけて疾走した。それらを触手の翼で防ぐザエルアポロは、『ほう……』と興味深いものを見つけたように口角を吊り上げる。

 

「あの売女と戦った滅却師か」

「石田……!」

「どうした、阿散井? そんな間の抜けた顔を晒して」

 

 銀嶺弧雀から放たれた神聖滅矢によって開かれた孔から姿を現したのは雨竜であった。

 ここに来る前に戦った相手―――チルッチとの激戦を想像させるように、彼が身に纏う白装束は傷んでいるものの、さほど深い傷を負っているようには見えない。

 そんな彼が、眼鏡を指で押し上げて恋次に言い放つ。

 

「折角だ。手を貸してやらなくもないよ」

「……はっ! てめえが来てなくても、ヨユーで勝ってたところなんだよ!!」

 

 滅却師の歩法―――飛簾脚で傍らに移動してきた雨竜に対し、恋次は蛇尾丸を肩に担ぎつつ、自分を奮い立たせんと吼えるように言い放った。

 それを前にしたザエルアポロは、冷静沈着に、それでいて憮然とした様子のまま、舐めるような視線を二人へと送っている。

 

「はぁ……まったく」

 

 どす黒い感情渦巻く瞳に映るのは、活きの良すぎる実験材料。

 今は、どうやって彼らを嬲り殺すかを考えるだけだ。

 

「つくづく、人の神経を逆撫でするのが上手い奴らだ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 黒が空を駆ける。

 赤黒い霊圧の翼で羽ばたくアルトゥロに対し、一護は天鎖斬月の持ち味である速さを活かし、攪乱からの襲撃―――ヒット・アンド・アウェイを仕掛けていた。

 だが、その大前提には攻撃が敵に少なからず効かなければならない。

 その点、一護の攻撃はアルトゥロに通用しているとは言い難かった。

 

「蠅のようだな」

 

 だが、そんなアルトゥロの蔑む声を尻目に、一護は狙いを定めて動いていた。

 頑強な鋼皮は月牙天衝を以てしても貫くことはできない。たとえ、相手が無防備であったとしてもさほど結果が変わることはないだろう。

 しかし、鋼皮という言葉を裏返せば、皮膚に覆われていない部分の霊圧硬度は高くない可能性がある。

 例えば、口腔など粘膜に覆われてる部分や、

 

(目だ!!)

 

 懐に潜り込んだ一護が、鋭い刺突をアルトゥロの眼球めがけて繰り出す。

 相手は自分を格下だと断じて油断し切っている。その隙を突き、ダメージを与えると共に視力を奪うという訳だ。

 霊力を持つ者同士の戦いにおいては、基本的に相手を捉える感覚として視覚と霊覚が用いられる。霊覚は目では捉えきれない範囲に居る相手を捉えられることもあり、実力者ほど戦いにおける知覚として視覚よりも比重を置かれる場合が多いものの、それでも唐突に視覚を奪われた者は普段通り戦えなくなるのは間違いない。

 

 霊力の消費を抑えるため、虚化せず戦っていた一護であったが、ここ一番の勝負に出た瞬間、緩急をつけて意表を突くためと刺突に少しでも威力を持たせるため、咄嗟に虚化した。

 鋭く、鋭く―――これ以上なく尖らせた牙がアルトゥロの目を穿とうと奔る。

 

「狙いは良い」

「!」

 

 だがしかし、突き出した刀身を握られ勢いを殺された挙句、頭部を傾けられ、刺突を回避されてしまった。

 

「大方、鋼皮に覆われていない目ならばと考えたのだろうが……」

「くそっ……!」

「正解だ」

「!? っ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

 

 刹那、一護の視界が暗転する。

 それと同時に、眼球と頭の内側に奔る灼熱と痛みが、一護に耐え難い苦痛をもたらした。

 

 一方で、一護の両目を抉るよう突き出した指を引き抜いたアルトゥロは、苦悶の叫びをあげる一護を踵落としで叩き落す。

 水でも払うかのように指に付着する血を振って落とす彼は、ゆっくりと一護の墜落した地面へと舞い降りた。

 

「暫く躍らせたが……なんだ、この程度か?」

「ぐっ、はぁ……はぁっ……!!」

「またあの女を目の前に連れてきて殺そうとしなければ全力は出せないか? おっと、今の貴様は目が見えんのだったな。そうだ! ならば、今からでも女を連れてきて貴様の目を治させよう。そして光を取り戻したその眼で、貴様はあの女が私の手に掛かる瞬間を目の当たりにするのだ!」

「てめえっ……!」

 

 また織姫を弄ばんとするアルトゥロの物言いに、怒り震える一護。

 血か、はたまた別の体液かも分からない汁を目から止めどなく流す一護は、激痛に耐えつつ立ち上がり、天鎖斬月を構えた。

 しかし、視力を奪われた一護にとっては、アルトゥロの位置を捉えることさえ至難の業。辛うじて霊覚で捉えても、暗闇の中にぼんやりとした人影の光が佇むだけ。

 

 これで敵の動きを予測しろなど到底無理な話としか言いようがないだろう。

 漠然としか捉えられない。それは一護の動きを一手も二手も遅らせる。

 

「虚閃」

「っ!」

 

 わざと教えるよう口に出すアルトゥロ。

 即座に回避に移ろうとする一護であったが、その時にはすでに遅かった。

 

 放たれる虚閃は、霊圧だけが仄かに映る暗黒を真っ白に染め上げる。最早どこに逃げればいいのかさえ分からなくなるほどの範囲だ。

 だが、その中で一護の目に付いたのは、僅かに白の中に浮かび上がる小さな人影。

 彼を庇うよう、小さな腕を精一杯広げる少女―――ネルだった。

 

「ぐ、むぅ……!!!」

「ネルっ!?」

 

 アルトゥロの放った虚閃を受け止めるネルは、そのまま彼の虚閃を呑み込まんと試みた。

 彼女は一度、十刃落ちであるドルドーニの虚閃さえも呑み込み、あまつさえ反撃にと虚閃を吐き出したこともある。

 だが、解放状態のドルドーニと未解放のアルトゥロの虚閃では、圧倒的に後者の威力が上。

 吐きそうになるのを必死に堪え、アルトゥロの虚閃を徐々に呑み込んでいたネルであったが、虚閃がようやく終わろうとしたその時、突如として彼女の口腔から爆発が起こった。

 

「ぶあ゛ッ……!?」

「ネルゥ―――ッ!!!」

 

 吸収限界を超え、体内にため込んだ虚閃のエネルギーが暴発してしまったネル。

 口から白煙を上げ、白目を剥いて気絶した彼女は、一護の悲痛な叫びを受ける背中を地面につけようと倒れた。

 ―――が、その寸前響転で近づいたアルトゥロが、ネルの頭部を掴み上げる。

 

 彼の顔は一護には見えない。

 だが、悍ましいほどの狂気的な笑みを浮かべていた彼は、自分を庇ってくれたネルが倒れたことによる怒りと悲しみで立ち上がる一護を一瞥し、一石を投じる行動に出た。

 

「私の虚閃を阻止するとは……不遜な真似をしでかしてくれた。万死に値するぞ」

「やめろ、アルトゥロ!!!」

「言った筈だ……」

 

 刹那、ネルを掴み上げる掌に霊圧が収束されていく。

 

―――掴み虚閃(アガラール・セロ)

 

 灰色の光が、掌とネルの頭部を覆う仮面の名残の間から漏れだす。

 

「地虫にかける慈悲などないとなっ!!」

「やめろおおおオオオ!!!」

 

 一護を煽動するには、彼が護らんとする者に手をかけるのが手っ取り早い。

 その為だけにネルの命を手にかける。彼女は、一護が真の力―――虚の力を引き出すための道具でしかない。

 

 怒れ!

 

 悲しめ!

 

 その先にある絶望こそが貴様の力を更なる高みへと近づける!

 

 結果的にネルが助かろうと死のうが、アルトゥロにとってはどうでも良かった。

 どのような形であれ一護の力を引き出せれば御の字……。

 

 そう考えていたアルトゥロであったが、いつであっても不確定要素というものは唐突に訪れるものだ。

 

 閃光が炸裂しようとしたその瞬間、目にもとまらぬ速さで突き出された足がアルトゥロの腕を弾き飛ばし、彼の掌からネルを放させるのみならず、虚閃の軌道を明日の方向へと変える。

 頭部が消し炭にならなかった代わり、ネルは固い床の上をすさまじい勢いで数バウンドする羽目にこそなったものの、命拾いをするのだった。

 

 その結果を生み出したのは、水色のリーゼントを決める青年。

 

「……何の真似だ、グリムジョー」

「……アァン?」

 

 大きな白い物体を肩に担いでいるグリムジョーが突き出した足を元に位置に戻すや否や、担いでいた物体を一護が居る方向へと放り投げる。

 すると、状況をうまく把握できていない一護の傍で『ふぎゃあ!?』と可愛らしい女性の悲鳴が上がった。

 

「! その声、井上か!?」

「え? く、黒崎くん……どこ!?」

 

 もぞもぞと蠢き、覆っていた白い布を自力で剥がしたのは他でもない。一護たちが救出しに来た織姫その人であったのだ。

 手を鎖で縛られてこそいるが、特に目立った怪我はない。

 だが、一護の瞳が潰されてまともに見えていないことを理解した織姫は、一瞬恐怖と悲しみ、そして自分を助けに来たが為に負ったのだろうという罪悪感に顔を歪ませる。

 しかし、今は何よりも彼の―――想い焦がれている少年の傷を癒さんと、織姫はすぐさま双天帰盾を発動し、彼の治療に取り掛かった。

 

 途中、『ネルの奴も』と口にしてたどたどしい足取りで倒れるネルの下まで赴こうとする一護に肩を貸しつつ、気絶するネルも双天帰盾の内側へと誘う。

 

 その間、アルトゥロとグリムジョーは同じ陣営―――味方とは思えぬほど殺伐とした雰囲気を漂わせつつ、睨み合っていた。

 しばしの間、様子見と言わんばかりに押し黙っていた両者であったが、先にアルトゥロが痺れを切らす。

 

「もう一度訊こう。何の真似だ、グリムジョー」

「はっ! てめえの思ってる台詞……そっくりそのまま返してやるぜ」

 

 ジリジリと互いの放つ霊圧の膜が、途端に弾けて消えた。

 それはグリムジョーによる宣戦の意。反抗の閧の声であった。

 

「―――自分(てめえ)の獲物に手ェ出してんじゃねえってことだよッ!!!」

 

 咆哮。

 両者を中心に爆発と砂煙が巻き起こったのは、ほぼ同時の出来事だった。

 

 互いに距離をとるように飛び上がる二つの影は、そのまま一護たちを他所に空中で幾度となく激突する。

 最初こそ素手での攻防であった戦いも、斬魄刀を抜いてからは激しさを一層増していく。

 

 味方にも拘らず喰い合う。否、虚故に味方であろうとも喰い合う。そもそも彼らに味方という概念があるのかさえ、治療の片手間に彼らの死闘に目をやる織姫は、ゾッと背筋が寒くなる感覚を覚えた。

 そうして戦いが激しくなる一方で、一護の目はほとんど治り……、

 

「う、う~ん……」

「ネル!」

「ん……一護! いぢご~!!」

「ごはっ!?」

 

 織姫の治療の甲斐あり意識を取り戻したネルが、超加速によるすさまじい速度で一護に飛びついた。

 余りの勢いに後ろへ転がっていく一護だが、涙を流して縋りついてくる少女を突き放すこともできず、フッと穏やかな笑みを浮かべる。

 

「く、黒崎くん大丈夫……!?」

「あ、ああ、井上……おかげ様でよ」

「んあれ? 誰っスか、このバインバインの姉ちゃんは……一護のコレっスか?」

「てめえ、起きて早々ナニ口走ってやがる!」

 

 織姫を初めてみたネルは、一護に親しそうに話す様子から、小指を立ててみせた。

 案の定彼女は一護に拳骨をもらう羽目になるのだが、織姫に至っては『黒崎くんのコレだなんて……!』案外悪い気はしていない様子だ。

 

 そんな織姫に呆れつつ、一護は見上げた先で繰り広げられている激戦に目を向けた。

 流石は十刃と称されるグリムジョーであるが、それでも6と0の差は大きいらしく、目に見えてグリムジョーが劣勢に陥っている。

 

―――自分の獲物に手ェ出してんじゃねえってことだよッ!!!

 

 先ほどのグリムジョーの言葉。そのままの意味で受け取るならば、彼は一護を目的にやって来たという訳だ。

 何故織姫をも連れてきたかまでは分からないものの、彼なりの考えがあっての行動なのだろう。

 だが、彼にとっても一護自身にとっても、今目の前に在る巨大な壁はアルトゥロという破面。

 隔絶した実力を有すアルトゥロを倒すのは、自分だけでも、グリムジョーだけでも叶わない。

 

 ならば―――。

 

 不意に織姫に目をやる一護。まだ手を鎖で縛られているものの、絶え間ない練磨で言霊だけで能力を発現させられるようになった彼女だ。

 彼女の双天帰盾で、動ける程度に回復した一護は勢いをつけて立ち上がる。

 

「黒崎くん!? 待って、まだ治療が……」

「ネル。井上頼んだぜ」

「うぇ!? ま、任せるっス!」

 

 狼狽するネルに織姫の鎖を解くよう頼み、一護は飛翔する。

 

 

 

 向かう先は―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 十刃。藍染により、殺戮能力が高いと評価された破面十人に与えられる称号だ。

 だが、グリムジョーは同じ十刃を冠す彼らを仲間とは一度たりとも思ったことはない。

 

―――気に入らねえんだよ。

 

 アーロニーロの、その気になれば喰えると訴える眼が。

 

 ザエルアポロの、低劣な獣を見るかのような眼が。

 

 ゾマリの、主に対する忠誠が足りないと侮蔑する眼が。

 

 ノイトラの、お前は格下だと威張り散らしてくる眼が。

 

 ウルキオラの、眼中にないと言わんばかりの無関心な眼が。

 

 ハリベルの、まるで哀れんでいるかのような眼が。

 

 バラガンの、取るに足らない小物を見下すかのような眼が。

 

 スタークの、付かず離れずの距離を測ろうとしてくる眼が。

 

 アルトゥロの、虫けらを見るような傲岸不遜な眼が。

 

―――全部気に入らねえんだよ。

 

 そうだ、敵だ。

 自分に味方などは存在しない。同胞と一括りにされている破面でさえ、主である藍染や、その付き人たる市丸や東仙でさえもグリムジョーには敵に他ならない。

 全ては喰らうべき敵。

 自分が王となるべく、打ち倒さなければならぬ敵だ。

 

「その為に、まずてめえから殺してやるっつってんだよ! アルトゥロォ!!!」

「血迷ったか、グリムジョー! 万に一つも貴様が私に勝つなどありえんというのになァ!!」

「は!! 勝つか負けるかなんざ、てめえが―――」

 

「お前が決めることじゃねえ!」

 

『!?』

 

 刹那、アルトゥロの体を呑み込む黒い霊圧。

 斬りかかる寸前であったグリムジョーは霊子の足場で急停止し、その攻撃を放った少年へと、不服を申し立てる眼差しを送った。

 

「なんのつもりだ……黒崎一護!!」

「……どーもこーもねえよ」

「あ゛ぁ!?」

「てめえは俺と戦り合いてえ。でも、あいつが邪魔なんだろ」

「……!」

「俺も虚圏には十刃(てめえら)全員倒す気概で来てんだ。てめえの勝負は受けてやる。ただし……」

 

 弾けるように吹き飛ばされる黒煙の中、姿を露わにしたアルトゥロに向け、一護は天鎖斬月の切っ先を向けた。

 

「あいつを倒した後でな! それで文句はねえだろ、グリムジョー!」

「……はっ!!」

 

 額から流れる血を霊圧と笑いで吹き飛ばしたグリムジョーは、獰猛な面持ちを浮かべ、アルトゥロに鋭い眼光を放つ。

 

「先に言っておくぜ。俺はてめえと組んだ訳じゃあねえ、勝手に戦うだけだ……ボーっとして流れ弾に当たっても文句は言うんじゃねえぞ!!」

「―――上等だ!!」

 

 互いに活を入れ合うように吼える二人。

 放たれる荒々しい霊圧は大気を震わせ、すでに戦いの余波で罅の入っていた建物を瓦礫へと崩していく。

 本来ならば在り得ぬ死神と十刃の共闘。歪な共同戦線の矛先に佇むアルトゥロは、

 

「―――徒党を組めば『もしや』……貴様らのその考えが傲りだと知れ」

 

 静かに、静かに憤った。

 

 第0十刃、アルトゥロ・プラテアド。

 司る死の形は“傲慢”。

 

 何人の反抗を許さぬ暴君は、向けられる二つの牙を砕かんと刃を振るうのだった。

 

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