BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*60 氷花散り、桜乱れん

 濃密な、それでいて禍々しい霊圧が降り注ぐ。

 反膜の匣から抜け出してきたアルトゥロが、霊圧の翼を羽ばたかせ、ゆっくりと地に降り立っている。

 そんな彼から放たれる霊圧が、一護たちを押し付けるように放たれていたのだ。

 

 怜悧な瞳が一護へ、そしてグリムジョーへと向ける。

 

「フン。無様だな」

 

 胸中で渦巻いていた黒い感情を吐き捨てるアルトゥロ。

 彼はそのまま翻り、一護のすぐ傍に降り立った。

 強張った表情を浮かべる一護を目にした彼であるが、すぐさま興味は新たに現れた十刃たちに向けられる。

 

「何の用だ、貴様ら。この死神は私の獲物だ」

「はん! グリムジョーに足掬われて反膜の匣(カハ・ネガシオン)に閉じ込められてた奴が何言ってやがる」

「……ほう。貴様から殺されたいと見た、ノイトラ」

「やってみやがれ。十刃最強はこの俺だ」

「十刃なぞ藍染が勝手に付けた称号に過ぎん。それに固執する貴様の格など、たかが知れているというものだ」

「てめえ……!」

 

 同じ陣営とは思えぬほど剣呑な雰囲気を漂わせるアルトゥロとノイトラ。

 侵入者である一護を放っておき、勝手に戦いを始めそうな両者であったが、そこへ割って入るのはウルキオラであった。

 

「そこまでだ。アルトゥロ、お前は俺と共に帰ってもらう」

「なんだと?」

()()だ」

「……」

 

 ピクリとアルトゥロの眉が動く。

 

(時間だと? 一体何の時間だってんだ……?)

 

 十刃たちの会話に聞き耳を立てる一護は、ウルキオラの言う『時間』が何を意味するのか思案する。

 しかし、そんな彼の思考を阻むように一護へ黒い影がかかった。

 

「ヒャッハァ!」

「ぐぅっ!?」

 

 巨大な斬魄刀を振り回すノイトラが一護に襲い掛かる。寸前の所で振り下ろされた斬魄刀を天鎖斬月で受け止めた一護であるが、満身創痍であることを差し引いても、ノイトラの凄まじい膂力によって繰り出される斬撃を受け止めることにより、体が悲鳴を上げた。

 完全に勢いを殺すことはできず、弾かれるように砂漠を転がる一護。

 彼の後ろでは、グリムジョーとの戦いが終わってすぐ向かって来ていたネルと織姫が、一護の名を呼びつつ、大急ぎで彼の下へ駆けつけようとする姿が見える。

 

 彼女たちを一瞥したノイトラは、背後に佇む十刃に声をかけた。

 

「そりゃあつまりよ、俺がその死神をもらっていいってことだよな?」

「勝手にしろ。俺は―――」

 

 刹那、応えたウルキオラの姿が掻き消える。

 

「女を回収しに来ただけだ」

『!?』

 

 目にもとまらぬ響転。

 次に彼が姿を現したのは、織姫の真後ろ。ウルキオラの手は織姫の肩に置かれており、ネルが携えた斬魄刀を抜刀しようとした時には、既に今一度響転する瞬間だった。

 

「行くぞ」

「くろ……」

 

「井上えええっ!!!」

 

 消えたのはウルキオラとアルトゥロ、そして救い出すべく織姫だ。

 連れていかれた。余りにも呆気なく。

 絶叫する一護と、絶句し唇を噛み締めるネル。すぐさま織姫を助けに赴きたい衝動に駆られる彼らであったが、それは叶わない。

 

「そういう訳だ。死ね」

「っ―――!」

 

 響転で一護の眼前に現れたノイトラが、下卑た笑みを浮かべ、斬魄刀を振り下ろす。

 絶体絶命。咄嗟に動けぬ一護は、迫りくる斬魄刀を前に死を幻視した。

 しかし、目の前に割って入る影と鉄が激突する甲高い音が、彼の意識を現実へと引き戻す。

 

「ネル……!」

「一護はやらせないわ、ノイトラ」

「はっ……砂漠で死んでるとばかり思ってたんだがな、ネリエル」

 

 紙一重でノイトラの凶刃から一護を守ったのはネルだった。

 何もできず織姫を連れていかれたことへの悔恨に歯噛みする彼女は、一護だけでもと闘志を滾らせている。

 そんな彼女に対しノイトラが言い放つ言葉には、どこか懐かしさのような色が滲んでいた。まるで彼女を知っているかのような口振り。事実、ネルとノイトラはお互い浅からぬ因縁を抱く間柄だ。

 

 かつてネルが十刃―――第3十刃(トレス・エスパーダ)であった頃、当時第8十刃(オクターバ・エスパーダ)であったノイトラは、ノイトラの一方的な因縁から諍いが絶えなかった。

 突っかかってくるノイトラを窘め、諭し、時には力でねじ伏せる日々。

 そんな中、ノイトラが手を掛けたのはネルの従属官であった。彼らの仮面を無理やり全部剥がした姿を見せ、動揺した所を―――ザエルアポロの開発した道具を用いて接近し―――一閃。頭部を叩き切り、従属官ごとネルを虚夜宮の外へと放り捨てた。

 その際、割れた仮面から霊圧が漏れ出したネルは、体が小さくなり記憶も失ってしまったが、か弱くなった彼女を争いから遠ざけようとする従属官たちにより、何とか今日まで生き残ってきたのだ。

 

 しかし、幼くなった自分を守ろうと命を懸けてくれた一護のおかげで姿を取り戻した。

 仮に、何故今日その姿を取り戻したのかと問われれば、彼女は『一護を守るため』と堂々答えることだろう。

 

 その瞬間がまさに今だ。

 

「そうね。ペッシェやドンドチャッカを守れないで……寧ろ、守られて生き永らえてきた。主失格よ。でも、それも今日で終わりよ。今度こそ私がみんなを守る!」

「ネリエル……それはてめえが俺に勝てると思ってるからほざけることだ!」

 

 ネルに受け止められている斬魄刀を押し込むノイトラ。

 霊体の膂力は霊圧に依存する部分もあるが、かつて格下であったハズのノイトラ相手に押し負けている事実に、ネルは瞠目した。

 焦る彼女に対し、愉悦を覚えていると言わんばかりの笑みを浮かべるノイトラは吼える。

 

「今の十刃の実力がてめえの居た頃と同じだと思うなよ! てめえの背中の3(すうじ)は、もう意味ねえってことを教えてやるよ!」

「くっ!」

 

 ネルは、すかさず自ら斬魄刀を引くようにしてノイトラの斬撃を流して躱す。

そして、一護を抱えるや否や斬魄刀が地に叩きつけられ砂塵が巻き上がり、視界が塞がる。それを利用するように、ネルは響転を用いてその場から離れた。

 

(強い。昔よりずっと……!)

 

 何とか一護をノイトラから離すことができたネルだが、内心戦々恐々していた。

 彼が言うように、どうやら十刃の実力は自分が居なくなった数年前より上がっているようだ、と。

 第8十刃だった者が第5十刃に繰り上がったのだから、単純に上位十刃の層が薄くなったかと思いきや、単純にノイトラ自身の実力が上がっただけだ。

 

浅薄だったか。ネルは相手の力量を見誤ったと素直に反省した。

だが、だからと言って最初から負けを認めるつもりも毛頭ない。

 

 かつての“3”と現在(いま)の“5”。

 どちらが勝つかは、一度刃を交えなければ分からない。

 

「……たとえ貴方が強くなったとしても、私が勝つ。勝ってみせる!」

「それが無理だって言ってんだよ、ネリエルぅ!!」

 

 第5十刃、ノイトラ・ジルガ。

 司る死の形は“絶望”。

 

 奮い立つ希望(ネル)を刈り取らんとする絶望(ノイトラ)が鎌を振るう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 長時間に渡るザエルアポロとの戦いを演じる恋次、雨竜、ペッシェ、ドンドチャッカの四人。

 

 帰刃を解放したザエルアポロは、まず背中から得体の知れない液体をまき散らし、それを恋次たちに振りかけた。

 まき散らされる液体を咄嗟に避けることが叶わなかった四人は、まんまと液体を浴びてしまい、自らのクローン体を複数体生み出させてしまう。

 

 姿、能力と本物そっくりのクローン体を前には千日手の如き、中々進展しない戦いを繰り広げる羽目になってしまったが、クローン体が自分たちの行動を真似していると看破した恋次が卍解を発動。

 案の定、クローン体たちも卍解をし、結果数人が卍解したことによる霊圧の衝撃でザエルアポロの宮が瓦解した。

 

 そうして様々な仕掛けが施されていただろうザエルアポロの宮を破壊できた恋次たちであったのだが、それがザエルアポロの癇に障ったようだ。

 今度は、隙を突かれた雨竜がザエルアポロの触手の翼に呑み込まれたではないか。

 すぐさま救出に向かう恋次。しかし、すぐに吐き出された雨竜を前に踏みとどまれば、その間にザエルアポロは手に雨竜によく似た人形を握っていた。

 

―――“人形芝居(テアトロ・デ・ティテレ)

 

 生み出した対象を模した人形で、相手をコントロールする技。人形に詰まっている人体の部位の名が刻まれた部品を破壊すれば、破壊された部品と同じ対象者の部位が連動して破壊される。

 生前、残虐非道な人体実験に没頭していた錬金術師であったザエルアポロをよく現した技だと言えよう。

 

 その人形芝居で文字通り命を握られた雨竜は、内臓の一部を破壊されてしまった。

 同時に、それに動揺して隙を見せた恋次も、その隙を突かれて触手の翼に呑み込まれ、人形芝居の餌食となってしまった―――が、救世主は意外と身近に居たのだ。

 

 かつてザエルアポロとノイトラの手により、虚夜宮を追われた身となったペッシェとドンドチャッカ。

 ネルの従属官である彼らは、遠くで始まった彼女の戦いを察し、自分たちも戦う決意を固めたのだった。

 

 “無限の滑走(インフィナイト・スリック)”と無駄にカッコイイ技名であるよく滑る粘液でザエルアポロの手をヌメヌメにし、彼の手から雨竜と恋次の人形を掠め取ったペッシェは、ゴキブリのような速さでその場から離れ、先に準備していたドンドチャッカと合流する。

 

「受けるがいい。そして滅びろ。これが我々の生み出した新たな虚閃」

 

 大口を開き、砲塔のような舌を突き出すドンドチャッカと、彼の頭上で斬魄刀を構えるペッシェが、各々霊圧を収束させる。

 

「―――“融合虚閃(セロ・シンクレティコ)”」

 

 そして、解き放たれた虚閃が軌道上で合流し、通常の虚閃の何倍もの霊圧を有した強大な虚閃と化し、ザエルアポロの体を呑み込んだ。

 

「なっ……!?」

「―――とんだ茶番さ」

 

 しかし、通用しなかった。

 

 ザエルアポロの後方で大爆発を起こす融合虚閃。威力だけならば、彼を倒し得たハズ。

 

「予測の範囲内だ」

 

 ザエルアポロは相手の霊圧を即座に解析し、ダメージを軽減させられる手段を講じられるだけの頭脳がある。

 そう、ペッシェとドンドチャッカは彼に時間を与えすぎたのだ。

 故に霊圧を解析され、そして対処されるに至った。結果として、二人の数年の練磨は水泡に帰したことになる。

 

「“万策尽きた”と見ても良いかな?」

 

 勝ち誇ったようにザエルアポロは告げる。

 舞台上の演者の如く、仰々しい身振り手振りを加え。

 

 だが、そんな彼に水を差すような瓦礫の崩れる音が響き渡った。

 

「……まださ」

「舐めんじゃ……ねえっ!!」

 

 立ち上がる雨竜と恋次。いくつかの内臓と腱を破壊されたにも拘らず立ち上がる二人からは、最早執念さえ感じられるようであった。

 雨竜は、年老いた滅却師が動かぬ体に束ねた霊子の糸を体に巻き付け、傀儡のようにして動かす為の超高等霊術“乱装天傀”を用いる。

 恋次は、双王蛇尾丸にて顕現する狒々の腕で地面を押さえるように手を突き、それを支えにして何とか立ち上がっていた。

 

 そんな二人へザエルアポロは辟易するように、嘲りと侮蔑と憤慨と落胆と呆れを込めて、ハッと鼻で笑ってみせる。

 

「……つくづく、君たちを低劣な種族だと思わせられたよ。ここに来て精神論でどうなるかと思っている君たちの思考回路……その頭蓋の中の脳味噌を切り開いてみたくなる」

 

 終幕を下ろすため、ザエルアポロは動く―――が、

 

 

 

「―――ハッ!! そんじゃあ、俺といっちょ斬り合ってみねえか?」

 

 

 

 鈴の音が響いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「甘いのだ、誰もかも」

 

 独白のように、黒人のように肌の黒い男は語る。

 眼前に倒れているのは、たった今斬り伏せた侵入者である泰虎だ。僅かに胸が上下していることから生きていることが窺えるが、その命の灯をも消すべく、男は斬魄刀を構える。

 

「首をもぎ取るより他に死を確認する術などありはしない」

 

 それは一度泰虎を倒したノイトラへの言葉だ。

 

「だが、案ずるなノイトラ。君の不始末は私が拭っておく」

 

 藍染を崇拝する狂信者でもある男は、泰虎の命を彼の勝利への手向けにせんと、今その首へ刃を添えた。

 しかし、寸前のところでピタリと止まる。

 理由は、気配を隠すつもりもなく宮中に響きわたる足音を響かせる者達が近づいて来ていたからだ。

 

「……何者です?」

 

 暗がりに目を向ければ、奥より奇抜な装いをした男一人と、従者のように付き従う女一人が現れる。

 一向に応える気配のない彼らの返答を待ちかねた男は、先に自ら名乗った。

 

「私は第7十刃(セプティマ・エスパーダ)、ゾマリ・ルルー。さあ、名乗りなさい侵入者」

 

 それが礼儀だ。

 そう言わんばかりの口振りで、ゾマリは再度相手に名乗りを上げることを促す。

 

「ククク……『私が誰か』……か」

 

 だが、返ってきたのは名でも素性でもない。

 

 

 

「その質問に答える意味はあるのかネ?」

 

 

 

 礼儀も倫理も眼中にない科学者の傲慢だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「謳え―――『羚騎士(ガミューサ)』」

 

 各地の戦いが転機を迎えている間、ネルとノイトラの戦いは佳境を迎えようとしていた。

 未解放ではブランクもあってか、僅かにノイトラに軍配が上がる。それを理解したネルが、一気に勝負に出たのであった。

 

 帰刃。

 

 ネル本来の姿。

 頭部の仮面の名残は、角が巨大になってより立派に。

だが、大きな変化は彼女の下半身にあった。帰刃前は男児の目を惹いてしまうような健康的な太腿を晒していた彼女であったが、帰刃した彼女の下半身は四足歩行の哺乳類のような形状へと変わっていた。

所謂、ケンタウロスの如き姿へと変貌したネルは、右手に巨大な槍を一本携えている。

やおら、槍を肩に担ぐよう構えるネルは、照準を前方のノイトラへと定めた。

 

「―――“翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)”」

 

 そして、投擲。

 ただそれだけの行為。しかし、螺旋を描くように回転して投擲された槍は、ノイトラめがけて疾走する間、加速度的に勢いを増していく。

 回転することで貫通力を上げた槍の投擲、それこそが翠の射槍だ。

 余りの速度にノイトラも反応することができず、槍の直撃を肩に受けた。歴代十刃最硬の鋼皮を有すノイトラに、確かに喰い込む槍先。

 辛うじて貫通は免れているものの、勢いの衰えぬ槍の回転による摩擦熱で、ノイトラの皮膚からは肉が焼けるような香ばしい臭いが漂う。

 

 だが、次の瞬間には肉の焼ける臭いも鉄臭い血の臭いを吹き飛ばす爆発が起こった。

 

 膝を突いているノイトラ。

 その眼前には、一護を守る騎士のように立ち塞がるネル。

 

 決着はついた―――かに見えた。

 

「! ―――あれ?」

 

 まさにノイトラを倒そうとした瞬間、ネルが子供の姿に戻ってしまった。

 彼を倒すため取り戻した姿であったが、度重なる戦闘と帰刃により、大人の体を維持するだけの霊圧が無くなったのだ。

 

「ははははは!!!」

「う゛ぅ!!?」

 

 それを容赦ないノイトラが見逃すハズもない。

 子供の姿に戻ることにより、記憶がない状態に戻ってしまい状況を把握できていないネルに、ノイトラの蹴りが襲い掛かった。

 たとえ喰らったのが一護であったとしても、直撃すれば激痛に悶えるであろう一撃。子供のネルが喰らえば、容易く意識が飛んでしまうのは想像に難くなかった。

 

「ネル!!!」

 

 自分が満身創痍であることも厭わず突撃する一護。

 しかし、まだ十分に動ける余裕のあるノイトラに素手で軽くあしらわれてしまう。頭を地面に抑え付けられる形になった一護は、必死にもがいてみせるも、一向に抜け出せる気配はない。

 同時にそれは、ノイトラに一護の畢竟を知らせ、落胆した彼がもがく一護を足蹴にすることにつながった。

 

「テスラ!」

「はい」

 

 遠くへ転がる一護を横目に、ノイトラは自身の唯一人の従属官であるテスラ・リンドクルツを呼び寄せた。

 どこからともなく現れた彼は、視線でノイトラに指示を仰ぐ。

 

「こいつはもうダメだ。てめえが好きに―――」

 

 そこまで口走ったノイトラは、突き刺すような冷気を覚えた。

 常闇の虚圏。温かさなどとは無縁の地では、常に生気を奪うような冷たさが蔓延っていた。

 だが、今自分の体に纏わりつくものは、延々と付きまとう肌寒さなどではない。

 

「次の舞」

 

 涼やかな声が響く。

 凛と、まるで風鈴でも鳴ったかのような美しい声音。

 

 誘われるようにノイトラが目を向ければ、そこには一人の死神が斬魄刀を構えて佇んでいた。

 

「“白漣”」

 

 そして怒涛の冷気がノイトラを襲い掛かる。

 瞬く間に長身の彼を凍てつかせていく冷気を繰り出したのは、他でもない。

 

「ル……ルキア! お前……」

「無事か、一護!」

 

 白漣を放ち終えたルキアが、ノイトラを心配するように駆けるテスラとすれ違う形で、倒れる一護の下へ歩み寄ろうとする。

 アーロニーロを卍解で倒した彼女は、その後延々と似たような景色の回廊を突き進む間、巨大な霊圧―――一護たちの霊圧を感じ取り、そこに救出対象である織姫も確認した上で駆けつけたのだった。

 だがしかし、いざ到着してみれば織姫は居らず、そこには襤褸雑巾のように傷だらけの一護と、破面たちが居るばかり。

 

(一足遅かったか!)

 

 恐らく破面の援軍が来て、一度救い出した織姫を連れ戻されたと当たりをつけたルキアは、間に合わなかったことに苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

 だが、まだやれることはある。

 アーロニーロとの戦いの傷が癒えぬ自分でも、破面たちの足止めはできるハズ。一度、現世で十刃であるグリムジョーを卍解で止めた経験もある彼女だ。

 

 態勢を立て直すための戦略的撤退をするべく、ノイトラたちを止める。

 そう意気込みルキア。歩を急がせ、一直線に一護の下へ。

 

 だが、氷が砕ける轟音が鳴るや否や、懸命に駆ける彼女の体に巨大な斬魄刀が直撃する。

 

「がっ……!!?」

「ルキアァ―――!!」

 

 直撃した斬魄刀の勢いもそうだが、内側についた刃がルキアの肉に抉り込んだ。

 体に右半身に直撃するが、腕があったため胴体に直接刃が食い込むことはなかったが、右腕の肉を裂き、骨を断つような感覚(げきつう)に手が緩み、握っていた袖白雪を手放しつつ、砂漠の上を転がっていってしまう。

 彼女の細い体を弧の字を描きつつ、鮮血を舞わせて転がる光景に、一護は絶叫する。

 

「チッ! アーロニーロを斃した女死神か……」

「う……あ゛ぁ……!」

「だが、こんなモンかよっ。だから女は戦場に立つんじゃねえつってんだ」

 

 体に張り付く薄氷を手で叩き落とすノイトラ。まるで、先ほどのルキアの攻撃などなかったかのように振舞う彼は、投擲した斬魄刀の一撃による痛みで悶えるルキアに満足したような笑みを一瞬浮かべ、すぐさま興味が失せたような表情へと変える。

 

 ノイトラは戦場に立つ女が嫌いだ。

 古来より、(オス)は戦へ、(メス)は巣の中と相場は決まっている。それは偏におんなが弱いから。

 弱い存在が戦場にしゃしゃり出てくるなど、ノイトラには許せなかった。

 

 女はどこかその性に甘えている。

 

 女は、自分が女だから、手加減されるだろうと考えている。

 女は、自分が女だから、甘えた態度をとっても許されるだろうと考えている。

 女は、自分が女だから、ただ男と同じ地位に立つだけで必要以上に称賛されるだろうと考えている。

 

 これは全てノイトラの妄想。しかし、まったく該当しない女も居れば、全て該当する女も居るだろう。

 だが、女に嫌悪感を抱いているノイトラは、『女だから』―――ただそれだけの理由で自身の価値観のままに女を評価している。

 それは永劫変わることはない彼の価値観(へんけん)

 

「テスラ」

「はい」

「あの女から殺れ」

「……畏まりました」

 

 端的な命令を受け、(しもべ)が動く。

 

「打ち伏せろ―――『牙鎧士(ベルーガ)』」

 

 変化はすぐに起こった。

 客観的に見て、端正な顔立ちであったテスラが獰猛な猪のような顔へ。そして肉体は、人間離れした巨大さと肥大化した筋肉を有する獣人のような見た目へと変化した。

 筋肉の鎧を纏ったテスラは、砂漠であるにも関わらず地響きを鳴らし、依然苦痛に体を捩らせているルキアの下へと歩み寄る。

 

 一歩、また一歩。

 

「ルキア、逃げろォ!!」

「喚いても無駄だ、死神! よ~く見てろ……てめえを助けに来た女が、汚え肉片になる様をな!!」

「っ……ルキアぁぁあああ!!!」

 

 せめてお前だけでも逃げろ。

 

 そう言わんばかりに絶叫する一護を遠目に眺めるノイトラは、愉悦に満ちた笑みを浮かばせている。

 だが、まだだ。

 この愉悦は、戦場というテーブルに敗者の肉と血が盛り付けられることで、より一層味わい深いものとなる。

 

 その前菜が彼女(ルキア)だ。

 

 高々と鎚の如き拳を振り上げるテスラを前に、ルキアは一歩たりとも動けない状態だ。

 一護の絶叫も、今のノイトラの耳には入らない。

 

「やれ」

 

 無慈悲に告げられる処刑宣告。

 風を切る音と共に、人の形を保てなくなった肉が潰れ、骨が砕かれ、血飛沫が上がる音は―――響かない。

 

「!?」

 

 刹那、風が吹き渡った。

 

 高貴な花の香りを彷彿とさせる香りを伴う風は、僅かばかりの冷気と鉄臭さも連れ、ノイトラの背後へと回り込む。

 咄嗟に顔を向ければ、そこには先ほどまで居るハズのなかった人影が、血を滴らせているルキアを抱きかかえている姿があるではないか。

 

 白い羽織。背には『六』の文字。

 

「―――(のろ)いな」

「……ああ?」

(たお)れることさえも」

 

 地響きが轟いたのは、その直後。

 振り返れば、山のような巨体を誇るテスラの体中から血が噴き出しているではないか。足首―――腱を断たれたのであろう。肉体的に立つことを許されなくなったテスラが、地面を舐める体勢を強いられている。

 

「なんっ……だと!?」

「ノイトラ……さま……」

 

 驚愕するノイトラの一方で、か細く主の名を紡ぐテスラ。

 よく見れば、特に彼の胸辺りからの出血が激しい。

 霊体の急所である鎖結と魄睡―――それらを貫かれ、破壊されたのだろう。帰刃状態も保てなくなり、テスラの体は未解放時の姿へと戻る。

 

 目にもとまらぬ速さで全身の急所を狙う。このような芸当ができるのは、尸魂界を探しても数人しかいない。

 

「に……兄、様……」

 

 『六』が刻まれた隊長羽織と銀白風花紗を靡かせる男に抱かれるルキアが呟いた。

 同時に、一連の動きを目の当たりにしていた一護も、驚愕の色を顔に浮かべつつ名を口にする。

 

「あんたは……朽木、白哉……!」

 

 六番隊隊長、朽木白哉。

 ルキアの義兄だ。

 

 悠然と佇んでいた彼はルキアを安全な場所に運び終わるや否や、味方でさえ驚嘆するほどの瞬歩でノイトラの前に戻り、ようやく彼に顔を見せた。

 普段から冷静に振舞う彼であるが、この時ばかりは違う。

 一護ですら感じ取れるほどの怒りが、彼の全身から霊圧となって迸っていた。

 

(びゃ、白哉……ブチ切れてやがる!)

 

 それこそ、ドン引きするほどの。

 一応、同じ兄という立場は同じであるため、もし仮に遊子や夏梨が傷つけられた時を想像し、その怒りが然るべきものであることを理解する一護であったが、まさか白哉がここまで怒りを露わにするのは予想外であった。

 

 味方であるにも拘らず慄いている一護は蚊帳の外に、ピリピリと張り詰めた空気を漂わせる両者。

 口火を切ったのはノイトラであった。

 

「てめえ……何者だ?」

「……答える迄も無い。我等の正体は一つ、兄等の敵だ」

「はっ、そうかよ! しかし、てめえが名乗ることもなきゃあ、敵の名も訊かねえとはな。シけた野郎だぜ」

「当然だ」

「……なんだとォ?」

 

 怪訝そうに眉間に皺を寄せるノイトラに対し、斬魄刀を構える白哉は淡々と述べる。

 

「獣に礼儀を求める程、私は愚かでは無い」

 

―――貴様を同格とは思っていない。

 

 遠回しに告げられたノイトラは、一瞬白哉の侮蔑に顔を怒りに歪ませ、次の瞬間には好戦的な笑みを浮かべる。

 

「……じゃあ、顔ぐらいは憶えておいてやるよ。てめえが死ぬ迄の、ちょっとの間だがなァ!!!」

 

 斬魄刀を振りかざし、白哉へと襲い掛かるノイトラ。

 その斬撃を容易く躱され、地面を穿つ轟音が両者の鬨の声となる。

 

 

 

 時を同じくし、虚夜宮各所にて応援に駆け付けた死神―――護廷十三隊隊長格と十刃の戦いが始まるのだった。

 

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