BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*61 There are madman

 戦場には不似合いなドタバタとした砂漠を踏みつける足音が近づいてくる。

 

「く、朽木隊長ぉ~! 早いですよ~!」

「お、お前、花太郎!?」

「え? わ、わぁ!? 一護さん! ひどい傷だ……すぐに治療しますね!」

 

 白哉とノイトラの戦いが始まってすぐ、また一護の下に新たな影が現れた。

 四番隊第七席、第十四上級救護班班長も務める医療鬼道―――回道を扱える気弱な男、山田花太郎である。

 砂塵が荒れ止まぬ戦場の中心から少し離れた場所から現れた彼は、傷だらけで倒れている一護を見るや否や、大急ぎで駆けつけてくれた。一度尸魂界で行動を共にしただけの仲ではあるが、確かなる絆を彼らは互いに感じているのだ。

 

 だが、自分の身よりも仲間を案じる一護が『ルキアを先に……』と告げた為、花太郎は方向転換し、右腕から夥しい量の血を流しているルキアの下へ赴く。

 辛うじて意識は保っている彼女を、傷を取り込んで癒す斬魄刀『瓢丸』の能力も併用し、早速治療にとりかかる。

 

 傷が癒えて大分落ち着いてくれば、ルキアは肩で息をしつつ、花太郎に問いを投げかけた。

 

「どうして、兄様たちが虚圏(ここ)に……?」

「それはですね……」

 

 白哉たちが虚圏に居る理由。

 瀞霊廷の守備を固めるべく現世から呼び戻されたルキアたちであったが、命令違反する形で彼女と恋次は虚圏にやって来た。

 そんな彼女たちを浦原の居る現世へと送り届けてくれたのが白哉であるが、裏を返せば『自分は行けない』と言っているのと同義。

 にも拘らず、白哉はここに居る。加えて回道に長けた花太郎も連れて、だ。

 

 その理由を花太郎は『浦原の準備が終わったから』と言った。

 稀代の天才、浦原喜助。藍染の策謀によって現世を追われた身であるが、藍染の正体が白日の下に晒された今、彼がかつて中央四十六室によって裁かれた罪は―――壊滅している四十六室に代わる元柳斎の判断だが―――一時的に不問として扱われている。

 身の潔白を証明できた浦原は、藍染の野望を止めるため、追い出された尸魂界と手を組んでいた。

 

 その中で、彼に出された指令の一つが黒腔を安定させ、万全の状態で隊長格を虚圏へ通行可能にすることだ。

 貴重かつ重大な戦力である隊長格を、安全の保障もできぬ常闇に放り投げることはできない―――それが元柳斎の判断であった。

 

 しかし、当初三月(みつき)かかると予想されていた仕事を、彼は一月で仕上げるべく動いていた―――が、その直前で織姫が拉致されてしまったのだ。

 ほとんど安定していた黒腔を、完全なものへと仕上げるのにそう時間はかからない。

 結果として、一日経たずして先行した一護たちへ合流させる形で、尸魂界から隊長格+αが送られてきたという訳だ。

 

 四番隊隊長、副隊長、七席。

 六番隊隊長。

 十一番隊隊長、副隊長。

 十二番隊隊長、副隊長。

 

 これだけの戦力が、虚圏に集っている。

 

「もう大丈夫です……きっと!」

 

 取り繕うように笑顔を咲かせる花太郎は、白哉たちの霊圧に震えながらも、懸命にルキアの治療に勤しむ。

 そんな彼の献身的な様子にフッと微笑んだルキアは、義兄(びゃくや)の戦いに目を向け、キュッと手を握る。

 

(兄様……信じております)

 

 彼は強い。

 己を律し、真に守るべきもののために刃を振るえる男だ。

 以前の彼とは―――緋真のため、ルキアを切り捨てなければならなかった時と違う。妻と義妹、そして生まれてくる子をも守らんと固く決意した刃は、例え鋼の如き壁でさえ容易く斬り伏せるだろう。

 

「ぐぅ!?」

 

 一瞬の鍔迫り合い。勝ったのは白哉だ。

 ノイトラの体に刀傷を刻むことさえ叶わなかったが、純粋な剣術では白哉が優位に立っていることが証明され、ノイトラの頬に一筋の汗が伝う。

 しかし、決定打を未だ与えられない白哉の焦燥を煽るように、威勢よく吼える。

 

「……はっ! 俺の鋼皮は歴代十刃最硬だ!! てめえら死神の剣如きで斬れる訳が無えんだよ!!」

「そうか」

 

 白哉はノイトラに肉迫した。

 懐に入り込めば、長物を扱うノイトラと刀を扱う白哉では、後者に軍配が上がるだろう。

 だが、得物の間合いを知らないハズもないノイトラは、迫りくる白哉目掛けて斬魄刀を投擲した。

 刺叉のように先端の刃が湾曲しているノイトラの武器は、普通の槍として扱うには不便であるが、前方より迫る敵を捕えやすいという利点も存在する。

 柄には長い鎖が付いているため、投擲後に回収もしやすくもあり、ノイトラにとって武器の投擲とは、付け焼き刃などではないれっきとした一つの戦術であった。

 

 狙いは正確。

 速さも十分。

 

「散れ―――『千本桜(せんぼんざくら)』」

 

 だがしかし、幾条かの閃光が瞬いたかと思えば、ノイトラが投擲した斬魄刀は当初の狙いから外れ、明後日の方向へと弾かれてしまったではないか。

 ノイトラが目を見開くも、その間に白哉はノイトラの懐へ。

 無くなっていた刀身に花弁が集えば、元の刀剣の形へと千本桜は戻る。

 

 しかし、完全に戻った訳ではない。

 自分の武器は遠く。そして白哉の斬魄刀は不完全。

 理解した瞬間、ノイトラは舌を突き出し、その先から虚閃を繰り出した―――が、流麗な身のこなしで躱され、虚閃はノイトラの前方で爆発するだけ。

 

「破道の四」

 

 畳みかけた攻撃を全て躱され隙が生まれるノイトラへ、白哉は指を向ける。

 照準はノイトラの眼帯。十刃最硬を自負するだけあって中々斬撃では傷を与えられないが、眼球ならばどうだろうか?

 そう考えた白哉が、文字通り目にもとまらぬ速さで一条の閃光を指先から放つ。

 

「―――『白雷(びゃくらい)』」

 

 寸分の狂いもなく放たれた霊圧の光線は、吸い込まれるようにノイトラに眼帯に命中し、そのまま頭の後ろへと突き抜けていった。

 

「っ、やったか!?」

 

 その光景を目の当たりにした一護は声を上げる。

 虚よりも人間に近い体の構造である破面であるが、仮に脳味噌に孔を穿たれ、焼かれたとなればどうなるだろう。

 無論、その後は真面に戦えなくなるハズだ。

 決着がついたか―――皆がそう思い至った瞬間、ノイトラの貫手が白哉の体を貫いた。

 

「……くっ……」

「残念だったなァ」

 

 実に嬉しそうにノイトラは喋る。

 その口調は滑らかであり、とても頭部を貫かれたとは思えないほどであった。

 『答え合わせだ』―――そう続けるノイトラは、白雷に焼かれた眼帯を手で千切った。すると、そこにあったのは仮面の名残と、どこまでも続いているかのような空虚。つまり、虚の孔であった。

 

「てめえの攻撃は、俺の頭を素通りしただけなんだよ」

「成程」

「なっ!?」

 

 突如として、ノイトラの手から重さが消える。

 残ったのは貫かれた隊長羽織のみ。血を吐いた白哉の姿など、どこにもなくなっていた。

 

―――隠密歩法“四楓”の参、『空蝉』

 

 かつて夜一の一方的なからかいによる交流の中で、白哉が彼女から習った術の一つだ。

 実力者ほど霊覚を用いて相手を捉えるという傾向を逆手にとり、霊圧をその場に押し固めて置きつつ、残像を残すほど速い瞬歩で攻撃を回避する。その際、残像と霊覚で捉える相手の姿を混同した敵は、まるで自分の攻撃が当たっているかのように錯覚してしまうのだ。

 

 まんまとその術にかかったノイトラは、白哉にその背中を取られた。

 振り返った時、白哉は手に握っていた千本桜を手放す。すると、千本桜は砂漠の上に転がることなく、地面へ吸い込まれていくように消えてなくなるではないか。

 だが、それも束の間の出来事。続けざまにノイトラの目に映ったのは、地面より突き出てくる複数の巨大な刀身。

 

 刹那、刀身は無数に散っていく。

 

「貴様の程度は知れた」

「なんだとっ……!?」

「だが、案ずるな。貴様が敗北するのはその傲りの為ではない。ただ純粋に格の差だ」

「野郎……俺をいっぺん嵌めたからって調子に乗りやがって!」

 

 投擲した斬魄刀を回収したノイトラが、白哉へと飛びかかっていく。

 

「―――卍解」

 

 しかし、それよりも早く無数の閃きが宙を過った。

 

「刃の吭に呑まれて消えろ」

 

 億に分かれた刃。それらが一斉にノイトラを取り囲む。気付いても、もう逃げ場はなかった。ノイトラがたたらを踏む間、千本桜景厳は球形に彼を覆い囲み、全方位から彼に襲い掛かる。

 

吭景(ごうけい)千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)

 

 轟音。大瀑布の如く耳をつんざく大音量が砂漠に響きわたり、その余波が砂塵を巻き上げ、近くに居た一護やルキアたちに砂を浴びせかける。

 

「げっほ! おごっは! びゃ、白哉の野郎……!」

 

 治療されているルキアとは違い、身動き一つとれない一護は、降りかかる砂を浴びることを防げなかった。

 目や鼻、口にも入ってくる砂で咽てしまう彼は、落ち着きを取り戻した頃に戦場へ視線を戻す。

 

「っ……!」

「……しぶといな」

 

 瞠目する一護。それに続き、呆れるような言い草で白哉は、クレーターのように抉れた砂の上に膝を突くノイトラに目を向けた。

 

「はっ……はぁ……はっ……!!」

 

 息も絶え絶えとなっているノイトラ。

 体中には、千本桜景厳により刻まれた刀傷が無数に刻まれている。幾ら歴代最硬の鋼皮を有していたと言えど、全方位からの斬砕に耐え切れなかったようだ。

 みるみるうちに、襤褸切れ同然の白装束が赤く染まっていく。彼の足下の地面には、布地が吸い込み切れなかった血がとめどなく滴り、真っ赤な血だまりが浮かんでいる。

 

「クソがっ……!」

 

 胸の内に渦巻く怨嗟を吐き出しつつ、ノイトラは白哉を睨む。

 何も感じていない―――いいや、あれは自分を見下している目だ。そう、ネルと同じ。哀れな獣を見遣る目。

 許せない。許してたまるものか。

 沸々と湧き上がる憤怒はマグマのように粘着質であり、灼熱を伴っていた。今にも崩れ落ちそうな体を執念に立ち上がらせたノイトラは、殺意の籠った血走った目で白哉を睨み、斬魄刀を振り上げる。

 

「俺が……この俺が……死んでたまるかあああああ!!!」

 

 執念と怨嗟の叫びが霊圧の波と共に砂漠を揺らす。

 

「祈れ―――『聖哭螳蜋(サンタテレサ)』!!!!」

 

 解号が唱えられると同時に起こる爆発。

 吭景・千本桜景厳に勝るとも劣らない爆風を身に受けつつも、その佇まいを崩さない白哉は目にした。

 巻き上がる砂塵の中に浮かぶ三日月を。

 

「腕が……!」

 

 驚愕の声を上げたのはルキアだ。

 直後、ノイトラから放たれる霊圧が視界を遮る砂塵を吹き飛ばす。

 彼の頭部の側面からは上へ向かって伸びる角が生え、顔には交差するような仮面紋が刻まれていた。

 そして最も大きな変化は、四本になった腕だ。そのいずれにも、解放前の斬魄刀に劣らぬ長さ・大きさを誇る鎌が握られている。

 

「よォ。どうだ、初めて見る十刃の刀剣解放は」

 

 白哉から受けた傷も塞がり、五体満足以上となったノイトラが絶望を煽るような言い草で問う。

 

「何とか言えよ、死神」

「―――それだけか」

「なに……?」

 

 焦燥も恐怖も感じさせぬ声音。

 余りに淡々とした物言いに、ノイトラは思わず眉を顰めた。

 そんな彼へ向かい、白哉は続ける。

 

「私の目には、高が腕の四本で舞い上がり、それでこの天を覆う億の刃に勝ろうと足掻く貴様の姿が滑稽にしか映らぬと言っている」

 

 ビキリ、とノイトラの血管が浮かび上がった。

 小刻みに震える歯が触れる音が響かせるノイトラは、明確に自分を侮辱した死神へ向け、全霊の殺意を向ける。

 

「だったら俺を斬ってみやがれ!!! その細切れになった小せえ刃でな!!!」

 

 舞い散る億の花弁(やいば)へ、ノイトラは鎌を振るう。

 

 

 

 ***

 

 

 

「がはっ」

 

 血反吐が床に撒かれた。

 止めどなく口腔より滴る血は、瞬く間に床を紅に染めていく。その一方で、血を吐き出した死神―――マユリは、脱力して自分の体に突き刺さる刀に体を凭れ掛からせた。

 しかし、マユリの体を貫く刃は二つであり、当然の如く刀を握っている人物も二人ほど居る。

 

 ただし、マユリを貫いたゾマリは二人居た。

 まるで双子のように瓜二つのゾマリたち。だが、次の瞬間には片方のゾマリがフェードアウトするようにその姿を消した。

 

「“双児響転(ヘメロス・ソニード)”。私の響転は十刃中最速でして、それに少しばかりステップを加えて仕上げた疑似的な分身の様なもの」

 

 斬魄刀を体から抜けば、生温い血が噴き出すと共に、マユリの体が力なく床に倒れ伏す。

 

「まあ、手品の類のお遊びでした」

 

 残念でしたね。

 そう言わんばかりの口振りのゾマリは、床に倒れたマユリの首に刃を当て一閃。

 ズバン、と肉が裂ける音と共に血をまき散らす生首が床を転がり、黙して佇んでいた女性―――ネムの足下に転がる。

 偶然ネムと目が合ったマユリの生首の目。しかし、そこに映すのは空虚だけであり、決して彼女のことを見ている訳ではない。

 そうして直属の上官を断頭されて殺された訳だが、ネムは狼狽えるどころか、まったく反応を見せることがなかった。

 

「致し方ありません。たとえ傲慢であられたであろう彼を慕う人は少なからず居たことでしょう。仮に、敬愛する人物が目の前で殺されたのならば、動揺の余り茫然自失となるのは正しい反応です。だが、安心なさい」

 

 チキッと斬魄刀を構えるゾマリが、今度はネムに狙いを定める。

 

「すぐに同じ場所へ送って差し上げましょう」

「―――フム、面白い事を言うネ」

「っ……!?」

 

 不意に聞こえた声。

 

 馬鹿な、とゾマリは目を見開いた。

 何故ならば、聞こえてきた声がたった今首を斬り落とした死神のものであったからだ。咄嗟にネムの足下に転がっている生首を見遣る―――在る。

 それを確かめてから声が聞こえた方へと目を遣れば、確かにマユリがそこには佇んでいた。

 

 悠然と、まるで何もなかったかのように。

 

「是非とも、何処に送られるのかをお聞きしたいものだヨ」

「……そんな筈は」

「『そんな筈は無い』、か。では、ご感想聞かせてもらうとしよう。私が作った肉人形の出来はどうだったかネ?」

「肉人形……?」

「まあ、君を見る限りでは本物と信じて疑わなかったようだが……私の発明が素晴らし過ぎた見るべきか、君の観察眼が如何せん残念だと見るべきか。どちらだと思う?」

 

 そこまで言われ、ようやくゾマリは思い至った。

 恐らく、先ほど首を斬り落としたのはマユリの精巧な偽物。それをどうにかして遠隔操作をし、こちらの出方を窺ってから、やっとこさ姿を現したのだろう。

 しかし、今出てきたマユリが本物である確証はない。

 わざわざ命を懸ける戦場で自分の発明品の評価を聞こうとする相手だ。『データを取る為』と称してまた偽物を寄越している可能性も捨て切れない。

 

 その悉くがゾマリの癪に障った。

 

「……成程。傲岸不遜が貴方の性分の様だ」

「はて。そんなつもりはないんだがネ」

 

 白々しい、と内心罵倒しつつ、ゾマリは斬魄刀を構える。

 そして、どうやって支えているのか、横に倒した斬魄刀を胸の前に置き、独特な構えをとった。

 

「いいでしょう。ならば貴方の傲慢、その不遜……その身の裡まですり潰して差し上げましょう」

「……ホウ」

 

 静かに高まる霊圧。

 これから何かが起こることを予感させる変化だが、マユリは止める素振りを一切見せず、マジマジと舐めるような視線をゾマリへと送る。

 

「鎮まれ―――」

 

 ―――静粛に。

 言外に訴えつつ勢いよく合掌。すると、ゾマリの頭が九十度横へ倒れる。

 その一連の動きが終わったと同時に、最後に目が見開かれた。

 

「『呪眼僧伽(ブルヘリア)』」

 

 変化はすぐだった。

 胸の前に置いた斬魄刀の刀身が、突然折れ曲がり、不格好な渦巻きを描く。そして渦巻いた斬魄刀を中心に白い液体が溢れ出し、ゾマリの体を覆い尽くしていく。

 ブクブクと気泡を弾けさせながら溢れていた液体もやがて止まり、用が済んだと床へ零れ落ちれば、中より異形の姿となったゾマリが現れた。

 下半身が無数の単眼の顔面が埋め込まれる球形へと変化し、体中には無数の目が並んでいる。

 一言で済ませれば『目の化け物』といったところであろうか。

 

「ホウホウ。では、どんな能力があるのか見せてくれ給えヨ」

「逸ること勿れ。すぐに……」

 

 興味深そうな視線を送るマユリに対し、ゾマリはやおら掌をネムへ向けた。

 すると、掌にも埋め込まれていた目が開眼する。

 

「お見せしましょう」

「!」

 

 刹那、黙って佇んでいたネムが突然動き出し、瞬歩でマユリの目の前に現れた。

 ドウッ、と鳴り響く鈍い音。体が大きく揺れたマユリは瞠目し、その場でたじろぐ。

 

「ネ、ネム……何を……」

「彼女はわたしのものになりました」

「ナン……ダト……?」

「“(アモール)”。見つめた対象の支配権を我が物とする能力です。上官に支配権を掌握されている彼女も、私の目に見つめられれば、私の意図するままに動いてくれるという訳だ……」

 

 そうしてネムを操り、マユリをその手にかからせた。

 長々と講釈を垂れるゾマリは、そう締めくくると同時に目を閉じ、イマジネーションを存分に働かせてネムを操作する。

 ネムの華奢な腕がマユリの臓腑を抉り、引きずり出す光景を脳裏に過らせた。

 すると、血飛沫が上がる音と共に生温い鉄臭さが場に満ちてきたではないか。

 

 さて、結果を見よう。

 

「―――成程。面白い能力だネ」

「!」

 

 崩れ落ちたのはネム。腹部から血を流す彼女の前には、奇怪な形状の斬魄刀を振り抜くマユリが、愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。

 彼の体に傷は一つも見えない。つまり、先ほどの動揺は芝居だったという訳だ。

 また嵌められたことを不快に思うゾマリは、すぐさま斬り伏せられたネムを立ち上がらせ、マユリを襲わせようとする。

 

 だが、ネムの体が動く気配は一向にない。

 

「くっ……動きなさい! 動け!! 動けと言っている!!!」

「無駄だヨ。私の疋殺地蔵(ざんぱくとう)は斬った相手の四肢を麻痺させる……幾ら見つめた対象の支配権が君にあろうと、当の操る物が動かないんじゃあどうしようもない。違うかネ?」

「ッ……!」

 

 傀儡のように物理的に操るのではなく、あくまで対象の動きの主導権を握るのが“(アモール)”だ。

 筋肉や腱を断ち切るか、“(アモール)”を受けた対象の力では振りほどけぬよう拘束すれば、容易に対処はできる。

 その点、マユリの斬魄刀『疋殺地蔵』は“(アモール)”に対して相性が良かった。

 少しでも斬れば、斬った対象の四肢を麻痺させ身動きをとれなくさせる彼の斬魄刀ならば、操られた味方も少しばかり斬りつけてやれば動きを止めることができる。

 

「おのれ!」

「おっと」

 

 今度はマユリ本人を狙ったゾマリであったが、マユリが転がるネムを掴み上げ、それを盾にされることで“(アモール)”は防がれてしまう。

 次々とネムの背中に刻まれる“(アモール)”の紋章。しかし、疋殺地蔵を喰らい麻痺してしまったネムはうんともすんとも言わない。

 

 部下を部下とも思わない粗雑な扱い。しかし、“見る”ことが命であるゾマリの“(アモール)”に対しては、単純に彼の視線を遮るものを用意することこそが、最も単純で最も効果的な対処法だ。

 その点、指一つ動かせない肉塊(ネム)はまさしく適当な盾とも言える。

 

「くぅ……ならば!」

「やめ給えヨ、見苦しい。……そう躍起になっているとは、つまり、私の目に敵う能力がないことと捉えても構わないネ?」

「何を巫山戯(ふざけ)けた事を……!」

 

 やりようはある。

 そう口に出そうとしたゾマリであったが、ゾワリと総毛立つ霊圧は宮中に広がった。

 

「卍解―――『金色疋殺地蔵(こんじきあしそぎじぞう)』」

 

 マユリの背後より出現する巨大な影。それは黄色い肌の赤子だ。ただ、胴体は芋虫の形状になっており、胸部からは剣山の如く無数の剣が生えている。

 千本桜景厳のように圧倒的でも、双王蛇尾丸のように荒々しい訳でも、白霞罸のように美しい訳でもない。

 ただただおどろおどろしい、妖怪のような得体の知れなさ。その視覚的情報がゾマリに恐怖を覚えさせた。

 

 金色疋殺地蔵は赤子のような鳴き声を上げつつ、口から禍々しい色の霧を吐き散らす。

 すると、途端にゾマリの肌に発疹のようなものが浮かび上がった。毒ガスだ。金色疋殺地蔵には、マユリ本人と彼と同じ血を引いているネム以外に効く毒を吐き散らす能力が備わっている。

 幾ら速く動けようとも、密室に近い空間で戦うのであれば、金色疋殺地蔵の毒ガスから逃げることは困難。

 

詰み(チェックメイト)だヨ、十刃」

「ぐ、ぐぅ~……! それが傲りだと言っている!!」

 

 開眼。

 毒は最早どうにもならない。ならば、せめてもの藍染への手向けにと、ゾマリは金色疋殺地蔵を見つめた。

 次の瞬間、金色疋殺地蔵の頭部には太陽の記号に似た“愛”の模様が浮かぶ。

 

「言った筈だ!! 私の“愛”は支配する能力だと!! そのように図体の大きい化け物で私を倒せると思うなァ!!」

 

 今際にて自らを奮い立たせんと吼えるゾマリ。

 そうしてゾマリは“愛”で支配した金色疋殺地蔵を、勝ち誇った笑みを浮かべていたマユリに襲い掛からせた。

 必然的に無生物には通用しない“愛”であるが、裏を返せば生物であれば基本的に通用する。

 

 勝利を確信し失念していたのか、(しかい)化け物(ばんかい)へ昇華させたことが運の尽きだ―――ゾマリはほくそ笑み。

 

 私の勝利を藍染様に。

 敵の敗北を藍染様に。

 全ては藍染様の為に。

 

 彼にとっては藍染こそ全てであり、自分たちを支配するに相応しい神であると崇拝している。

 

 第7十刃(セプティマ・エスパーダ)、ゾマリ・ルルー。

 司る死の形は“陶酔”。

 

 崇めるものが偶像であろうとも、誰よりも盲目的になっている彼はそれを知らず、藍染の影だけを追い続ける。

 

「さあ! 藍染様の勝利を彩る贄となりなさっ……?!」

 

 仰々しく腕を広げたゾマリであったが、そんな彼に爆発する金色疋殺地蔵の肉片が降りかかる。

 理解が遅れ、茫然と立ち尽くすゾマリの視線の先には、依然として五体満足なマユリが佇んでいた。

 

「おぉっと、危ない危ない」

「バ、カ……な」

「万一私に噛み付いた時の為に、自滅するよう改造していた甲斐があったというものだヨ」

 

 用意されていた台詞を読み上げるかの如く、わざとらしい口振りでおどけたマユリは語る。

 

 まただ。掌の上で転がされている。

 ゾマリは怒りの余り、喉の奥から絞り出すような呻き声を上げた。

 

「ならば、今度こそ!」

 

―――貴様を支配する。

 

 そう目を見開いたゾマリの視界が、突然歪んだ。

 

「なっ……んだ、これは……!?」

「私とネムの体内には幾つかの薬を仕込んでおいていてネ」

 

 五十もの目、全てが使い物にならなくなり平衡感覚を失ったゾマリはぐらつく。辛うじて下半身が南瓜のような形状であったため、そのまま崩れ落ちることは免れたものの、とても動ける状態ではなくなってしまった。

 

「今回は血に仕込んでいた薬さ。これはとても揮発性の高いものでネ、私たちの体外に血が出た途端に蒸発し、空気に混ざる。勿論無臭さ。そして催涙剤のように目などの粘膜に触れるだけで、効果は()()()()()……」

 

 ご覧も何も、ゾマリの視力は最早ゼロに等しい。

 必死に焦点を合わせようとするも一向に合う気配はなく、ただただ視界はぼやけたまま、マユリの接近を許してしまう。

 

「具体的に君の体にどのような異常が起こっているか、この私が教えて差し上げることにするヨ。私が『天眼薬(てんがんやく)』と呼んでいるこの薬は、なんと視力を一時的に向上させることができる! た だ し……」

 

 金色疋殺地蔵が解除され、元の刀剣状態に戻る斬魄刀をチキリと構えるマユリ。

 すると、宮中へ僅かに差し込む外の光が刀身に反射し、うっすらと開かれていたゾマリの目に直撃した。

 

 直後、ゾマリは絶叫する。

 

「っ……うぅあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

「良過ぎるというのも困ったものさ。正しく希釈せず投与されようものなら、この程度の光でも目が、そして脳味噌が焼かれるような苦痛を覚えてしまう目に遭ってしまうヨ」

「目、目がぁ……私の目がぁ……!」

「嗚呼、君のように目が命の者にと用意したものだったんだが……ご感想を聞かせて頂けるかな?」

「おのれ……許さん……! 私の愛を……愛を受けろ!! 私の愛を―――!!!」

 

 ズブッ。

 

 生々しい音。吼えようとしたゾマリであったが、胸に刃が三つ突き刺さる感覚を覚えた。

 ―――動かない。どれだけ四肢を動かそうとしても微動だにしない。

 しかし、痛みだけは鮮烈に感じる。麻痺した体に相反し、徐々に食い込んでくる刃の痛みは、怒りと焦りで我を忘れていたゾマリを冷や水を浴びせかけたように冷静にさせたのであった。

 そして、毒もとうとう取返しの付かない所まで体を侵したようだ。

 

「ごぶっ……」

「愛だなんだと五月蠅いネ。さて……慈悲深い私だ。これから瓶詰にされる君に遺言を言い渡す時間を与えようじゃないか」

「っ……藍染様」

 

 ゾマリの胸に突き立てられる斬魄刀―――疋殺地蔵は、あくまで四肢の自由を奪うだけだ。対象の痛覚や声帯の自由までは奪わない。まさに、実験対象の生の反応を見たいというマユリの考えを反映した斬魄刀の能力だ。

 それにより発言を許されたゾマリは、見え過ぎて見えぬ視界の先に藍染の姿を見た。

 

「万ざ―――」

「五月蠅いヨ」

 

 無慈悲な刃が彼の喉を貫いたのは、すぐの出来事だった。

 




*オマケ

ゾマリ「私の愛を受けろォー!」
?「愛したくなっちゃうダロー?」
マユえもん「五月蠅いヨ」
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