BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*62 千花繚乱

「どうやら、終わったようですね」

「これはこれは卯ノ花隊長殿。他の場所に行かなくてよろしいので?」

「更木隊長の下には勇音が。朽木隊長の下には花太郎が居ります。心配なさらずとも、私の部下は優秀ですので」

 

 戦いを終え、マユリが一息吐くや否や現れたのは、四番隊隊長の卯ノ花であった。

 にこやかに微笑む彼女は、宮内に倒れているネムと泰虎に目を向ける。

 

「ああ、解毒剤ならネムの副官章の裏に」

「ありがとうございます」

 

 無差別に毒ガスをまき散らす金色疋殺地蔵。周囲百間へ無差別に毒をまき散らす能力は強力無比であるものの、味方さえ巻き込んでしまうという欠点も抱えている。

 ネムは兎も角として、瀕死の泰虎はすぐにでも解毒しなければ命に係わるだろう。

 故に視線でマユリに訴えたのだが、そんな彼女の意図をすぐさま察したマユリが、解毒剤の在り処を口にしたのだ。

 

 在り処さえ分かれば、後は救護部隊の長である卯ノ花の出番だ。

 少し時間が経てば、泰虎と()()()()疋殺地蔵で斬られたネムの治療が終わるだろう。

 

 その為に、まずは毒ガスが満ちる宮から二人を運び出さんと斬魄刀『肉雫唼(みなづき)』を解放し、エイのような見た目となった刀身で倒れる二人を呑み込ませる。

 そしてヒョイと肉雫唼に飛び乗った卯ノ花であったが、不意に響きわたる霊圧の揺れを感じ取り、ゆっくりと面を上げた。

 

「これは……更木隊長の霊圧ですか」

「ヤレヤレ。野蛮人共の戦いはまだ続いているようだネ」

 

 一つの宮ごとに相当の距離が離れているにも拘らず、このように強大な霊圧を感じさせるのは、護廷十三隊最強と謳われる戦闘部隊・十一番隊の長、更木剣八以外に居ない。

 笑っているかのように轟々と揺れる霊圧を、卯ノ花は微笑ましそうな表情を浮かべる。

 

「ですね。しかし、彼ならば心配は無用でしょう」

「どうだか。あの獣は、私に須らく及ばずとも小手先が器用な輩に足を掬われかねないからネ」

「あり得なくはない話です……が」

 

 クスリ、と一笑。

 だが卯ノ花は、剣八が敗北するとは微塵も思っていない。

 

「彼ならば、それさえも斬り伏せるでしょう」

 

―――剣八を名乗るとはそういうことです。

 

 そう締めくくった卯ノ花は、歓喜に震える剣八の霊圧(こえ)にそっと耳を傾けるよう、首を傾けるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ははは!」

 

 斬る。

 

「はははは!!」

 

 斬る。

 

「ははははは!!!」

 

 斬る。

 

「はははははは!!!! ハーハッハッハッハァッ!!!!!」

 

 斬って斬って斬りまくる。

 

 剣が躍れば血も躍る。

 万雷の拍手を送らんと舞い上がった血飛沫がパパパと地面を叩き、ドッと沸き立つように切り飛ばされた腕なり脚なりが地面を殴った。

 血に彩られる舞台の中央で踊るのは、狂ったように笑い続ける剣八だ。

 隊長羽織も死覇装も襤褸切れのように傷み、剣八自身の身体には無数の刀傷が刻まれ、彼が斬魄刀を振るう度に流れ出る血が宙に舞い散る。

 

 それでも剣八は斬魄刀を振るのを止めず、斬りかかってくる()()たちとの死闘を演じていた。

 

「剣ちゃん、楽しそう♪」

 

 それを眺めるのは十一番隊副隊長・草鹿やちるだ。

 彼女は瓦礫の上に立ちながら、自らのクローン体と喜んで斬り合っている剣八を、感慨深そうに眺めていた。

 

「す、すげェ。流石は更木隊長だぜ……!」

 

 さらにやちるの横で剣八の戦いを眺めている恋次。

 彼は、かつて直属の上官であった男の鬼神の如き戦いぶりに、感嘆と同時に戦慄を覚えていた。

 そんな彼の隣に佇む雨竜は、一度瀞霊廷で一護と共闘して剣八と戦った時のことを思い返す。

 

(あんなに強かったのか、十一番隊隊長は……!)

 

 滅却師としての能力全てを懸けた姿を以てしても、一護との共闘でなければ倒せなかった相手。実力は十分把握していたつもりであったが、それでもここまで霊圧が高いとは思っていなかった。

 確実に以前の数倍強くなっている。

 もし、この強さの剣八があの時の自分たちの前に立ち塞がっていたならば―――想像するだけで寒気を覚えてしまう。

 

 しかし、味方の今であれば心強いことこの上ない。

 

 刹那、噴火したかのように大量の砂が舞い上がった。

 視界を遮る砂塵が晴れれば、その中央には最後の一体であったクローンの剣八が倒れ伏し、ピクリとも動かなくなっている。

 

「おォ?」

 

 そこでようやく剣八は我に返った。

 戦いに没頭し過ぎて敵の数を失念していた彼は、ザエルアポロとの戦いが始まって直後に彼の液体を浴びることで生み出された複数体のクローンが、全員自分の手によって切り倒されていることに気が付く。

 

「チッ。愉し過ぎてイケねェなあ。俺自身との斬り合いなんざ初めてだったからよ……!」

 

 敵と戦う前に己と戦う。

 まるで禅問答のような戦いをする羽目になった剣八であるが、彼にとっては至極悦に浸れる時間であった。

 本物と同じ戦闘力を有するクローンは、剣八の求める“ギリギリの殺し合い(生きるか死ぬか)”に適当な相手。

 

 斬り、斬られ、斬り返してはまた斬られ。

 戦うからには勝ちを手にしたい剣八は戦いの中で成長するが、敵もまたそんな剣八に伴って成長した振る舞いを見せる。

 何時しか眼帯も外れ、霊圧に封をかけることもなくなった剣八たちは、それこそ弱者の入る余地のない殺し合いを繰り広げたのだ。

 

 結果、本物が勝利を掴む。

 全身に血化粧が施された剣八であるが、刻まれた傷を痛がる様子もなく、寧ろ傷の痛みも含めた全身の火照りに悦を覚え、興奮が冷めることはない。

 

 猛獣の如く笑みを浮かべザエルアポロに顔を向ける剣八。

 当のザエルアポロはと言えば、まさかクローン全員に勝つとは思っていなかったのは、驚愕を通り越して唖然としていた。

 

「……な」

 

―――なんだ、その霊圧は……っ!?

 

 そう紡がんとするも、カラカラに口腔が乾いていたが為に上手く発声することができなかった。

 否、これは緊張や焦燥による乾きではない。剣八の全身から放たれる強大過ぎる霊圧が、ザエルアポロに言を発することを許さないのだ。

 

(更木……『剣八』……!)

 

 名は彼自身が名乗ったことから把握している。

 だが、剣八という名自体は遥か昔にも耳にしたことがあった。王族特務零番隊に推薦されたこともある猛者、『刳屋敷』の姓を携えた『剣八』を。

 それから何代経たのかまでは知らない。だが、前代の剣八を斬り殺すことで奪い取る称号でもある『剣八』の名を考慮するに、順当にいけば代を重ねる度に『剣八』を名乗る死神の強さは上がるハズだ。

 

 最初こそ、見知った剣八には到底及ばぬ霊圧しかなかった剣八に侮りを以て相対したザエルアポロであったが、それが間違いであると気が付いた時には、すでに遅かった。

 

 最早どうやっても止められぬ猛獣が、目の前で牙を剥いている。

 

「おら、始めようぜ」

「っ……!」

「ガッカリさせてくれるなよ?」

 

 切っ先が向けられた。

 研ぎ澄まされた訳でもないただただ強大で荒々しい霊圧が、これほど距離をとっているにも拘らず、自分の喉元に切っ先が付きつけられた―――そんな錯覚をザエルアポロは覚える。

 

 久しく忘れていた。

 用意周到に準備した罠も、技も、道具も、隔絶した力を持つ相手には通用しないということを。

 

「ク……ククッ」

「あァ?」

「ククク、ククッ、ハハハ、ハーハッハッハ!」

「なんだァ? 狂っちまったのか」

 

 突如として高らかに笑い始めるザエルアポロに、剣八は怪訝な顔を浮かべた。

 余りの恐怖に笑う者は剣八自身何人も目にしてきた。ザエルアポロもその類であるのかと思案した剣八であったが、冷静な声音でザエルアポロは語り始める。

 

「いいや、狂ってなどいないさ更木剣八。認めよう。君がそこに居る奴らなんかよりも強いことをね」

「おう、そうか」

「だから僕は思ったんだ……」

 

 刹那、ザエルアポロの触手がやちるたちが居る方向へと向けられる。

 不快な収束音―――虚閃を放つための霊圧が、極限まで圧縮される際の音だ。だが、それもすぐ止み、目が眩むほどの光が閃いた。

 

「そいつらを狙ったら、君はどう動くのかなってね!」

『!』

 

 早く、速かった。

 予備動作から射出までの時間が短かった虚閃は、それでも尚凄まじい威力を保ちながら、やちるたちを消し炭にせんと疾走する。

 恋次と雨竜は瞠目し、すぐさま回避行動に移ろうとするが……

 

「草鹿副隊長!」

 

 呆然と立ち尽くすやちるを目の当たりにし、彼女も救わねばと、一瞬の逡巡が生まれてしまった。

 だが、彼らの筋肉や骨、腱はザエルアポロに破壊されてしまわれており、今は各々の能力で辛うじて動けているだけだ。とてもではないが、やちるを救い、ザエルアポロの虚閃から逃げることは難しい。

 

「おい」

 

 しかし、虚閃がやちるの直前で弾け飛ぶ。

 

「……つまらねえ真似すんなよ。冷めるだろうが」

 

 それは、寸前で割って入った剣八が、素手で虚閃を弾いて無力化した光景であった。

 彼が助けに来てくれたことによりニッコリと微笑むやちる。反面剣八は、一対一(サシ)での戦いに水を差すような真似をするザエルアポロに内心落胆し、不機嫌そうな面持ちを浮かべていた。

 

 しかし、剣八がやちるたちを助けに赴くことはザエルアポロの予想の範疇。寧ろ、これを狙っての今の攻撃だ。

 

「隙を見せたな、更木剣八!」

 

 勝ち誇ったかのように声を上げるザエルアポロ。

 次の瞬間、剣八の足下の瓦礫の間から触手の翼が飛び出て、『あん?』と怪訝な声を漏らす剣八を覆う。

 

「ッ、更木隊長ぉ!」

「不味い! あれは……」

 

―――人形芝居

 

 一度、恋次と雨竜も喰らい窮地に追いやられた技だ。その能力の凶悪さは身に染みて覚えているため、二人の頬には冷たい汗が伝う。

 だが、球形に丸まっていた触手の翼は、中に閉じ込められていた剣八の一閃でバラバラに弾け飛んだ。

 

 すぐさま抜け出せた剣八は『なんだァ、今のは?』とザエルアポロを見遣る。

 すると彼は、触手の翼を肉片にされた痛みに顔が歪みつつも、掌に落ちた剣八の人形にクツクツと笑っていたではないか。

 

 遅かったか。

 

 恋次と雨竜が瞠目するも、その技を知らない剣八は動揺した素振りを一切見せない。そもそも剣八が動揺することもありはしないが―――。

 

「クハハハハハッ! 終わりだ、更木剣八!!」

「ああ? 何寝ぼけたこと言ってやがる」

「そう余裕をかましていられるのも今の内さ。これから君の命は、文字通り僕の掌の上で転がされる」

 

 そう言ってザエルアポロが人形の中から取り出したパーツは―――“corazón(心臓)”。

 

 注意を喚起する外野の言葉を無視し、小さな部品を摘まんだザエルアポロは、そのまま潰さんと指に力を込めた。

 

「さあ、刮目するといい……!」

 

 そして、剣八の心臓は―――壊れなかった。

 

「ッ!? 馬鹿な……一体どうして……」

 

 今一度部品に目を遣るザエルアポロだが、部品は壊れるどころか罅一つ入らない。

 

―――“人形芝居”の弱点。それは部品の強度は本人の霊圧硬度に依存するというもの。

 

 つまり、最早剣八はザエルアポロの手に負えないほど強大な存在なのだ。

 その事実を思い知らされたザエルアポロは、一瞬絶望に染まった顔を浮かべた後、躍起になるように歯を食い縛り、今できる手段に出ていく。

 

 部品を転がし足で踏みつける―――壊れない。

 

 “受胎告知(ガブリエール)”のための触手を剣八へ伸ばす―――霊圧で焼き切れる。

 

 ザエルアポロの打つ手の悉くが、剣八を前にしてシャボン玉のように(あっけな)く潰えていく。

 

「おい」

 

 そんな時、底冷えする鬼の声が聞こえた。

 

 

 

「ままごとは済んだか?」

 

 

 

―――行くぜ。

 

 そう紡いだ剣八が駆けだす。

 迫りくる死の臭いに顔を引きつらせるザエルアポロ。一瞬の硬直を経て、この世の怨嗟を全て込めたような声を上げる彼は、手に握っていた人形を剣八へ放り投げつつ、その手の先で自分の血を混ぜた霊圧の収束を始めた。

 

 王虚の閃光。

 

 全てを呑み込む破壊の閃光が、人形ごと剣八を呑み込んだ。

 

「―――はっ!!」

 

 刹那、斬り開かれる視界。

 そこには傷一つつかない剣八の人形と、獰猛な笑みを浮かべて斬魄刀を振りかざす剣八が在った。

 

「ちったァやりゃあできるじゃねえか」

 

 本体と人形。両方に王虚の閃光が命中すれば、必然的に剣八本体へ与えられるダメージは二倍となる。

 少なからず剣八はダメージを負った。

 だが、それだけの話だ。

 

 彼はこうして五体満足で生き、ザエルアポロに斬魄刀を振るう。

 

 ザエルアポロが目で捉えられたのは刹那の閃き。

 彼を頭頂部から股間にかけて斬りつけ、両断してみせた出鱈目な斬撃だ。

 

 声を上げる間もなく命は絶たれた。それも致し方なのないこと。背骨を両断するのではなく、()()()()()ほどの斬撃を喰らったのだ。

 本来あるハズの切断面が二、三センチほど血霞と化したザエルアポロは、白目を剥き、そのまま左右へと開くようにして倒れ伏した。

 

「……」

 

 その目の前に佇む剣八は、乱暴に斬魄刀を振るって血糊を飛ばしてから、ニィと笑みを浮かべた。

 

「まァ、それなりに愉しめたぜ。ザエルアポロ」

 

 

 

―――あくまで、己のクローンとの戦いも彼との戦いに含めるのであればの話だが。

 

 

 

 ***

 

 

 

 絶え間なく轟音が鳴り響いている。

 緑が無の虚圏―――そして虚夜宮に閃く桜色が、うねる波濤のように砂の海をかき混ぜていたのだ。

 その中央で揉まれるのは鎌を携える男。

 

「ハッ!」

 

 四方から囲むように襲い掛かってくる花弁(やいば)に対し、ノイトラはその手に携えた鎌を振るう。

 並の攻撃では弾けぬ千本桜景厳の濁流であるが、その大質量も元を辿れば一枚の花弁に過ぎない。

 

 一度、一護の天鎖斬月による超速攻撃により弾かれたこともある千本桜景厳。

 そのように、完全に囲まれるより前に強力な攻撃で弾けば、抜け出すことが可能になる。

帰刃して更なる霊圧硬度を有した鋼皮を以て、千本桜景厳の怒涛の攻撃を耐えている内に、ノイトラもまた突破口を見出していた。

彼の膂力と歴代十刃最硬の鋼皮があれば、無理やり襲い掛かる花弁を押し退け、開いた穴から響転で脱出することは、そう難しい話ではないということだ。

 

「どうした、死神ィ! てめえの刃はてんで効かねえぞ!!」

「破道の七十八」

 

 獰猛な笑みを浮かべ迫りくるノイトラに向け、ふと手に千本桜景厳の花弁を圧し固めた剣を二つ握った白哉。

 それら二つの刀身を交差させ、開くように振り抜けば、刃の間から輪っか状の霊圧の刃が広がる。

 

「『斬華輪(ざんげりん)』」

「効かねえっつってんだろうがァ!!」

「っ……」

 

 しかし、その甲斐なく斬華輪はノイトラの振るう鎌によって打ち砕かれる。

 そしてとうとう白哉の眼前に迫ったノイトラが鎌を振るったが、これを寸前で白哉が瞬歩で避けた。

 

 このようなやり取りを何度繰り返したことだろうか―――。

 

「白哉……一体どうすんだよっ……!?」

 

 花太郎による治療の順番が回ってきた一護は、回道による治療を受けながら、目の前で繰り広げられている激闘を眺めていた。

 帰刃して霊圧が大幅に上昇したノイトラ。そんな彼の鋼皮の霊圧硬度は解放前の比ではなく、千本桜景厳の花弁でさえ通用しなくなっていたのだ。

 

 幾ら遠距離より攻撃を仕掛けられるとしても、刃が通らなければ何の意味もない。

 七十番台の破道を試したものの、結果はご覧の通り。

 

「逃げ足だけは速ェな!! そんなに俺に近づかれるのが嫌かよ!?」

 

 ノイトラは、自分に白哉の攻撃が通用しないことを理解し、挑発するように声を上げる。

 

「そりゃあそうだよなァ!! てめえの刃が通らねえ……加えて、その刀剣の形状だ!! てめえの周りで振り回したら危なくて仕方ねえだろうよ!!」

 

 頑なに白哉への接近を試みる理由。それは、白哉の千本桜の特殊な形状にある。

 念及び手掌で操れる千本桜だが、刃が無数に分裂し、宙を翔ける―――刀剣でありながら飛び道具のように操れるという長所は、自身の近くで操った場合、その速力故にちょっとした操作ミスで自傷に至る可能性があるのだ。

 

 その実、ノイトラは千本桜景厳の花弁が白哉の回りを通らず、ノイトラが近くまで迫った場合は、花弁を圧し固めた刀で対処していることを見抜いていた。

 つまり、千本桜を相手取る場合の最適解は、距離を取ることではなく接近。

 遠距離攻撃に乏しいノイトラではあるが、頑丈な鋼皮で強引に接近すれば、十分勝機はあると言えるだろう。

 

「残念だったな。てめえはどうやっても俺に勝てねえ。どう足掻いても無駄だってことなんだよォ!!」

 

 またもや千本桜景厳を強引に突破してきたノイトラが白哉に肉迫する。

 一方、白哉はこれまでのように身構える訳でもなく、漠然とその場に佇んでいた。

 勝機がない事を悟り、諦めたか―――。

 ニヤァとノイトラの面に笑みが零れる一方で、戦いを見守っていた一護は『白哉!』と叫ぶ。

 

「縛道の六十一」

 

 しかし、当の白哉の顔には焦燥は微塵も浮かんではない。

 死覇装の袖に隠れていた指先をノイトラに向ける彼は、淡々と言霊を込めた霊術を繰り出す。

 

「『六杖光牢(りくじょうこうろう)』」

「なにっ……!?」

 

 刹那、ノイトラに六つの光の帯が突き刺さる。

 場所は胴体―――だが、下から振るわんと構えていた左右の腕を一本ずつをも縛り上げていた。

 

 これで腕の数は同じ。

 聖哭螳蜋の強みでもある増えた腕を縛られ、ノイトラは盛大に舌打ちをかます。

 腕は残っているのだから、それで白哉を仕留められればいい。そう自分に言い聞かせるノイトラは、鬼のような形相で白哉に迫る。

 

 そして、二人の影と刃が交差した。

 

 

 

 腕が宙に舞う。

 

 

 

「なん……だとっ……!?」

 

 その腕の持ち主であったノイトラは目を見開き、弧を描いて地面に落ちる己の腕に目を遣った。

 

「刃が通らぬと侮ったな」

 

 花弁を押し固めた剣の血糊を振り払う白哉は、平坦な声色ながらも、ノイトラの自分へ対する侮りへ向けて言い放った。

 間を置かず、振り返ってもう一度刃を振るった両者。

 これもまた勝ったのは白哉であった。ノイトラは自由であったもう一方の腕を斬り飛ばされ、唖然とした面持ちを浮かべる。

 

「どうやって……!」

「この刀の切れ味は花弁の数に依存する。花弁一枚ずつで貴様を斬れぬならば、斬れるまで刃を研ぎ澄ませるだけの事」

「っ……!」

 

 千本桜景厳の強さは、その圧倒的物量にある。

 しかし、時には物量だけでは圧し勝てない相手が居るだろう。その為に白哉が考案した戦法の一つに、千本桜景厳の花弁を圧し固め、刀剣の形状にすることはすでに知っての通り。

 だが、ノイトラが把握していなかったのは、その刀の攻撃力がどこまで向上するか、だ。

 

 一護は知っている。億の花弁を千の刀に圧し固めた姿も、全てを一振りの剣に圧し固めた姿も。

 

「どうやら、この程度で貴様を斬る事ができるらしい」

 

 それをずっと白哉は測っていたのだ。ノイトラに気付かれぬよう、少しずつ刃を研ぎ澄ませつつ―――。

 

「終わらせる」

 

 そして今、最硬を断ち切れるだけの刃を手にした。

 天高く刀を振り翳す白哉の前には、六杖光牢で残り二本の腕を縛られているノイトラが居る。

 姿だけならば、手枷をはめられて罪人が断頭される直前そのものだ。

 

 一護ならば命を取るまでは行かないだろうが、良くも悪くも容赦のない白哉は、瞠目するノイトラに一切の手加減なく剣を振り落とす。

 

 次の瞬間、噴き上がる鮮血が白哉の頬を彩った。

 同時に、白哉の腹部からは止めどなく血が溢れ出し、僅かに驚いたように彼の瞳は揺れる。

 

「っ……!」

「侮ってんのは……てめえだよ!」

 

 勝ち誇ったように叫ぶノイトラが、白哉の腹部に突き刺した己の手を抜く。

 そして、白哉が振り下ろした剣を掴んでいた手も放し、響転で彼から距離を取った。そんなノイトラに生えている四本の腕に加え、白哉に斬られて肉の断面を晒していた腕も再生し、()()の腕が生え揃ったではないか。

 

「兄様!」

 

 腹部から血を流す義兄を案じたルキアの悲痛な声が砂漠に響きわたる。

 

「くっ……助太刀を!」

「構うな」

「え……!?」

「構うなと言っている」

 

 少なからず動揺して白哉に加勢しようと駆けだしたルキアであったが、語気を強めた制止の声に、彼女はピタリとその場に縫いとめられたように硬直する。

 こうしている間にも、彼の死覇装には黒地であるにも拘らずはっきりとわかるほどの血が滲みだしていた。

 

 どう見ても重傷だ。

 ああしてしっかりと立てていること自体がおかしいハズの傷。それでも白哉は自身の受けた傷を一瞥するだけで、すぐさま視線を(ノイトラ)へと向けた。

 

「……」

「なんだァ? その目はよ。俺を見誤ってヘマこいたのはてめえの責任だ。敵の息の根を止めるまで……それまでは呼吸一つも戦いの内だ。違うか?」

「……成程」

「ハッ! だが、てめえの底はもう知れた」

 

 手首の甲殻の間から鎌を出すノイトラ。

 こうして全ての手に鎌を携えた彼は、したり顔を浮かべた。

 

「これからてめえは、この俺の六本の腕で斬り殺されるだけだ」

「……何を」

「……あ?」

「何をそんなに舞い上がる」

「―――っ!?」

 

 空が桜吹雪に覆い尽くされる。

 だが、それも一瞬の出来事。みるみるうちに花弁はいくつもの剣を形成していき、気が付いた時には白哉とノイトラの二人を囲む剣の葬列が並んでいた。

 

―――殲景(せんけい)千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)

 

 数億枚にも及ぶ千本桜景厳の刃を千本の剣に圧し固め、爆発的に殺傷能力を高めた超攻撃形態。

 白哉が自ら斬ると誓った相手にのみ見せる、千本桜の真の姿でもある。

 その内の剣の一つを手に引き寄せて握る白哉は、腹部の傷も厭わず悠然と歩み、ノイトラへその切っ先を向けた。

 

「その高が六の腕で、この天に並ぶ千の剣をどうするつもりだ?」

「て……めえっ……!」

 

 周囲に満ちる濃密な霊圧をその身に受けつつ、ノイトラは怒りに身を震わせた。

 それは今まで全力を出していなかった白哉の侮り―――もっとも、白哉自身は勿論本気で戦っていたのだが―――と、一人勝ったも同然と調子づいていた自分への。

 

「私に『無駄』だと言ったな。所詮何もできぬと」

 

 六対千。

 余りにも、余りにも遠い。

 

「教えてやろう……今の貴様のような状態を『無駄』と言うのだ」

 

 だが、ノイトラに逃げるという選択肢はなかった。

 

「―――俺が……俺が最強だあああああっ!!!!!」

 

 己に言い聞かせるように雄叫びを上げるノイトラ。

 そうだ、雑魚を千匹殺したところで誰も自分を最強とは認めない。ならば、絶好の機会ではないか。

 強者(びゃくや)の操る千の剣全てを叩き潰し、自分が彼の屍の上に立ち、最強を証明しよう。

 

 ノイトラは走った。

 響転で白哉に肉迫し、彼を叩き斬らんと。

 しかし、振るう鎌に向けて白哉は天に並ぶ剣を念で操作し、己の手に握る剣でノイトラの鎌一つと切り結びつつ、他の鎌とも切り結んでみせた。

 広い視野が無ければ不可能の芸当。それを容易くやってのける白哉は、どれだけの鍛錬を積んできたのだろうか。

 

 だが、今まさにその鍛錬が実を結ぶ相手と戦うことができている。

 白哉の心には油断も焦りもない。ただ斬る。それだけの為に、全霊を懸けて戦うのだ。

 

 たった数秒の間に、鳴り響く剣戟の音は百を超えた。

 閃く火花。その合間を縫うように散る花弁。ヒラヒラと舞う花弁は、砂の上に落ちると思いきや、白哉の握る剣を研ぎ澄ませる一片と化すべく舞い上がった。

 そうして切り結び、互いの身体には無数の傷が刻まれる。

 元の傷を考えれば白哉が劣勢で然るべきところだが、現状ではその白哉が押し勝っていた。

 

 長物を扱うノイトラでは、至近距離での剣戟はやはり劣る。

 しかし、武器の間合いによる劣勢も覆さんとノイトラは鬼気迫った形相で、白哉に吶喊していった。

 体は既にボロボロ。各所に刀傷が刻まれた彼は、再生できる腕は兎も角、胴体や脚からはいつ倒れてもおかしくないほどの血を流している。

 

 それでも彼は止まらない。止まってなるものかと吼えた。

 

 そんな彼へ飛来する無数の剣。

 鎌を振るって幾つか弾くも、落とし損ねた剣が体の各所に突き刺さり、腕が一本薄皮一枚つながっている状態まで追いやられる。

 痛みに耐えるよう、歯を砕けんばかりに食い縛るノイトラは、邪魔になった腕を自ら引きちぎり、それを白哉に投擲した。これは彼が剣を振るうこともなく、瞬く間に飛来した剣が射止め、そのまま砂漠の上に突き刺さる。

 

 無論、この程度でどうにかなるなどノイトラは思っていない。

 だから走る。

 だが、次々に飛来する剣は彼の手首を斬り落とし、足の甲を貫き、振るわんとした鎌を腕ごと砂漠に射止めた。

 体中に突き刺さる剣も相まって、ノイトラの今の姿は標本にされる昆虫のようだ。

 

 それでも倒れず、血反吐を吐きながら白哉の下へ。

 最後の力を振り絞り、空を仰がんと面を上げた時だった。

 

「死に急ぐ刃で斬れるものはないと()れ」

 

 鋭い一閃がノイトラの身体を斬り裂いた。

 袈裟斬りされたノイトラは、目を虚ろにしつつも、舌先から虚閃を繰り出さんと口腔を開く。

 しかし、口から迸ったのは血反吐だけ。

 空へ吐き捨てられた血は、一度空に向かった後、そのまま重力に従ってノイトラの顔にかかった。

 

 膝から崩れ落ちたノイトラ。

 息絶えている、既に。

 

 倒れる前に息絶えたノイトラを見届けた白哉は、踵を返し、卍解を解いた。

 そうして砂漠に足跡を残しつつ向かう先は、ルキアの下だ。どうにも尸魂界を出立した時より髪が短く見える義妹に違和感を覚えつつも、傷だらけの身体を押す彼は、ただ漠然とした考えのまま義妹の前に膝を突く。

 

「ルキア」

「は、はい!」

「……」

「……ええと、兄様?」

「……立てるか」

「え? あ、はい! おかげさまで、現にこうして……」

 

 要領を得ない家族への気配り。

 それを傍から見る一護は『白哉の野郎……』と呆れたように呟き、花太郎は『朽木隊長、明らかに重傷なんですけどね……』と苦笑いを浮かべている。

 だが、無事にノイトラにも勝利することもできた。

 

 残るは織姫をもう一度助けることだが―――。

 

 

 

『―――聞こえるかい? 侵入者諸君』

 

 

 

 藍染の声が空を翔けた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 霊圧を捕捉した相手に伝信することのできる鬼道―――縛道の七十七『天挺空羅(てんていくうら)』。

 一度は瀞霊廷にて勇音によって、藍染の謀反を隊長格及び当時旅禍とされていた一護たちに伝えた術でもあったこの術を、今は東仙が用い、一護たちに語り掛けている形であった。

 

 内容は、藍染たちが空座町に進撃するというもの。

 それと同時に語られたのは、藍染が織姫を連れ去った真の目的であった。舜盾六花の“事象の拒絶”の能力はすさまじく、それが敵の手に落ちたともなれば、瀞霊廷は守りを堅めなければならなくなる。

 

 つまり、織姫は“餌”―――一護を始めとした現世の戦力、及びそれに加勢した隊長たちを虚圏へ幽閉するための。

 

 既に三人の隊長が離反した護廷十三隊から、さらに四名もの隊長が黒腔を閉じられることで、虚圏に幽閉されれば、最早護廷十三隊の戦力は半減したのと同義。

 

「容易い。我々は空座町を滅し去り、王鍵を創生し、尸魂界を攻め落とす」

 

 勝ち誇ったかのような声は、一護に焦燥を抱かせるに十分であった。

 しかし、護廷十三隊も何も準備していない訳ではない。

 

 浦原に下された命の内、“黒腔を安定させる”ともう一つ。

 それは現世にて隊長格を戦闘可能にするという指令であった。そのための道具―――“転界結柱”にて、現在本物の空座町は流魂街の外れに作った偽物(レプリカ)と移し替えられている。

 

 そして、偽物の空座町にやって来た藍染たちを迎え撃たんと、隊長格たちが偽物の空座町に集っていた。

 

 当面は彼らに藍染たちを任せるべきだろう。

 

 一護たちの為すべきことは―――。

 

 

 

「井上……今、助けに行くぞ!!」

 

 

 

 仲間を護ること。

 

 

 

 虚圏の戦いは最終局面へ向かう。

 


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