BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*64 On the Precipice of Defeat

 一護とウルキオラの戦いが始まった頃、塔の下で繰り広げられている戦いは一層激しさを増していた。

 状況としては、ルキアたちが優勢。ルドボーンとピカロたちは着実にその数を減らしていっており、このまま順当に進めればルキアたちが勝利するのは明白であった。

 

 そんな時、一人の男が白装束を翻して降り立った。

 霊子の足場を用い、激戦の最中に降り立った人影の正体は雨竜だ。服の色から一瞬身構えたルキアたちであったが、日光が反射する眼鏡に気が付くや否や、『なんだ石田か』とホッと一息吐けば、彼は『君たちは僕を何で判断してるんだ?』と額に青筋を立てる。

 フゥと一息吐いた彼は、迫りくるルドボーンの兵士とピカロに神聖滅矢を放ちつつ、声を上げた。

 

「黒崎は!?」

「井上の所に向かった! 恐らくもう戦っているだろう!」

「そうか……」

「石田、井上の所に行け!」

「何……?」

 

 ルキアの言葉に怪訝そうに眉を顰める雨竜であったが、続く言葉に納得する。

 

「あやつのことだ! 井上が近くに居たら全力を出せんだろう!」

「……そうか。じゃあ、僕は先に行く!」

「任せた!」

 

 織姫の救出に向かった一護は、戦うとなれば必然的に彼女の近くで戦うことになるだろう。

 その際、仲間を想う一護であれば、織姫を巻き込まないようにと力を抑えて戦うに違いない。それは織姫にとっても不本意であり、敵も手加減した力で勝てるほど甘くはないハズ。

 故に、彼女の安全を確保できる役目を担える人物が必要。それは織姫にも近しく、冷静で周囲の状況をよく見ることができる雨竜が最も適任だ。

 

 ルキアに言われ、尚且つこの場に居る者達の中では自分が適任だろうという判断の下、雨竜は今一度霊子の足場に乗って、激震の震源となっている塔の上層部へ飛んでいく。

 妨害しようとする破面たちも、ルキアと白哉の攻撃によって蹴散らされ、彼の行く手を阻むことは叶わなかった。

 

「ちくしょうがあああああ!!!」

 

 憤怒の雄叫びが上がる。

 瓦礫の中から飛び出すヤミーは、あからさまに激情に駆られた面持ちを晒し、この場に居る者達全員を殺さんばかりの目を浮かべている。

 

「どいつもこいつも舐めやがって……!」

 

 青筋を立てつつ、彼は腰に差してあった斬魄刀の柄に手をかけた。

 刀剣解放をするつもりなのだろう。ルキアたちの警戒は一斉に高まる。唯一、白哉だけは平静を崩さぬまま淡々とピカロたちに対処しつつ、ヤミーにも注意を払っている。

 みるみるうちに高まる霊圧。

 それは噴火寸前の活火山を思わせた。

 

「ジャマくせぇ、死ねよ! ブチ切れろ―――『憤獣(イーラ)』!!」

 

 激震が走る。

 

「な、なんだ、この霊圧は……!?」

 

 驚愕の声を漏らしたのはルキアだ。

 瞬く間に巨大になっていくヤミーの身体もそうだが、最も驚いたのは彼の霊圧だ。

 大きい、なんと大きいのだ。単独で第9十刃を倒したルキアだが、その時のアーロニーロでさえここまでの霊圧ではなかった。

 同時に恋次もまた、ザエルアポロの霊圧がここまで高くなかったことを思い出し、それ以上の霊圧を放つヤミーに対し、畏怖を覚える。

 

「嘘……だろ!?」

 

 気が付いた時には、見上げなければ顔を見ることができないほど、ヤミーの身体は巨大化していた。

 まさしく山と形容するに相応しい大きさ。

 腰には赤い前掛け。下半身は、サソリを彷彿とさせるように複数の足が生え揃い、尻尾はハンマーのような形状となっていた。

 未解放時でも、それなりの存在感のあった彼の頭部の角らしき隆起は顕在化し、背骨に沿って柱に似た角も生え、下顎の仮面の名残は完全に彼の皮膚に定着している。

 

 それだけの巨大さ、そして霊圧の高さ。

 十刃と言っても過言ではないほどの要素に皆が慄く中、帰刃が済んだヤミーはしたり顔で、彼にとっては豆粒に等しい大きさのルキアたちを見下ろす。

 

「へっへっへ……どうだ、ゴミ共。これが俺様の帰刃『憤獣』だ」

「なんという……!」

「何を悚れる必要がある、ルキア」

 

 慄くルキアに対し、一歩前に出た白哉は言い放つ。

 

「私が居る」

「っ……兄様」

 

 たった一言で、ルキアの荒波立っていた心も平静を取り戻す。

 『私がお前を守る』という遠回しな言葉に、僅かにこそばゆいような感覚を覚えつつも、白哉の家族に対するより強い情を感じることができたルキアは、フッと笑みを零す。

 

 しかし、その言葉は裏を返せばヤミーに勝つという同義であり、

 

「なんだァ……蟻の声は小さすぎて聞こえやしねえな」

「案ずるな」

「あァ?」

「理解する間もなく、貴様はその身を地に伏せることになる」

「てめえ……ごちゃごちゃうるせえんだよっ!」

 

 白哉の憮然とした態度が気に喰わなかったのか、ヤミーは大口を開け、その口腔に黒々とした霊圧を収束し始めるではないか。

 余りにも禍々しい霊圧。虚閃のようにも見えるが、どうも普通の虚閃とは毛色が違う。

 全身が総毛立つ感覚を覚えたルキアたちは、すぐさまヤミーから逃れようとした―――が、それよりも早くヤミーの口腔で大爆発が起こる。

 

「っ、ぶはあ!? なんだこりゃあ!?」

「卍解―――『千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)』」

 

 咄嗟にヤミーが目を下ろせば、手掌を自分の方へと翳している白哉の姿が目に入った。

 

「てめえか!!」

「……破道の三十三『蒼火墜(そうかつい)』」

 

 再び口腔から虚閃を放とうとするヤミーへ向けて、青い爆炎が放たれた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「お?」

 

 遠くで閃いた爆発を目にし、剣八はその場にピタリと止まった。

 すると同時に、背中の特等席に張り付いていたやちるが『剣ちゃん!』と声を上げて飛び出してくる。

 

「きっとあっちに強い人たちが居るよ!」

「へっ、そうかよ……なんだ、ちょうどいい目印もいつの間にかあるな。あれなら迷わねぇだろ」

 

 剣八の言う『目印』とは、帰刃したヤミーだ。

 なまじ巨躯を誇るため、遠方で走っていた剣八の目にも留まったのである。

 

「剣ちゃん、ゴーゴー!」

「振り落とされるなよ、やちる!」

 

 やちるの溌剌とした声を受け、砂煙を巻き上げるほどの速さで駆けていく剣八。

 

 ちなみに、彼らがこのような遠方に居たのは、ザエルアポロを倒した後、大したダメージを負っていないことから彼が、勇音の制止も聞かず突っ走っていったからである。

 つまり、この期に及んで迷子になっていたという訳だ。

 

 彼らが合流するのはもう少し後の話……。

 

 

 

 ***

 

 

 

 金属がぶつかり合う甲高い音が絶え間なく響く。

 耳を劈くような音が幾度となく響くことから、織姫は耳の奥に僅かに痛みを覚える。しかし、目の前で繰り広げられている戦いに比べれば、耳の痛みなど些細な問題だ。

 一護が勝つようにと祈りを込めて手を握り、固唾を飲んで見守る。

 

 ウルキオラは強い。たとえ、グリムジョーに勝った一護でも勝利するのは容易でないだろう。

 この時、その場から離れるという選択肢が織姫に浮かばなかったのは、片時でも一護の傍に居たいという想いがあったからだろう。

 

 もし、一護が死に至ってしまうような傷を負ってしまったならば―――そうなった場合にすぐ駆けつけられるように。

 

(それが死神の小僧の邪魔となっていることに何故気が付かない、女)

 

 一護との熾烈な剣戟を繰り広げるウルキオラは、ふとした瞬間に彼女を一瞥し、そのような感想を抱いた。

 

 敵と判断した一護であるが、虚化しなければ余程のことがない限りウルキオラに軍配が上がる。それは彼自身よく理解しているだろう。

 だが、仲間想いの一護は織姫が近場に居ることから、虚化を出せぬままいた。

 しかし、だからといって織姫に去るよう告げる訳でもない。恐らく、織姫の気持ちを汲んで、わざわざ戦いの場に居座らせているのだろう。

 

 何故、非合理な道を選んでいるのか、ウルキオラには理解の外だ。

 

(もしそれが心に起因するものであるのならば、お前は仲間のために戦い、仲間が居る所為で死ぬ。そういうことだ)

 

 斬魄刀を横に振るい、天鎖斬月を構える一護を切り払う。

 まだ互いにこれといった致命傷は負っていない。もっとも、ウルキオラにとっては腕や脚を斬り落とされたところで些少の問題もないが、敢て攻撃を受けるつもりもない。

 

「その程度か」

 

 怜悧な目を一護に向け、突き出す指先から虚閃を放ったウルキオラ。

 緑色の光が室内を照らし上げ、一直線に黒衣を閃かせる一護の下へ突き進む。

 

「月牙……天衝!」

 

 それに対し、一護は漆黒の斬撃を放つことで応戦する。

 横一文字に奔る斬撃は、ウルキオラの虚閃を上と下に切り分けていき、本来の狙いから逸れた光線が天井と床を削りに削っていく。

 

「無駄だ。虚化していないお前の月牙など、俺には通用しな―――」

「月牙天衝!」

「なんだと?」

 

 再度響く一護の声。

 すると、今度は縦に一閃して繰り出された斬撃が、前に放った月牙天衝と交差し、衝突していた月牙天衝と虚閃の均衡を崩した。

 十字に虚閃を切り裂く月牙。それはみるみるうちに虚閃を押し負かしていき、とうとうウルキオラに着弾するに至る。

 

「……成程。月牙に月牙を重ねて威力の向上を図ったか」

「……殆ど喰らってねえな。やっぱり鋼皮ってのは硬ェな」

 

 月牙天衝を受け、ボロボロになった白装束の一部を千切るウルキオラ。

 左胸に刻印されている“4”の数字も露わになった彼だが、皮膚自体にはさほど傷はなく、僅かに刻まれた太刀傷から一筋の血を流すだけであった。

 

「無駄だと言った筈だ。虚化していない状態での月牙など俺に通用しないと。それをしないのは偏にそこに居る女が理由だろう」

「……」

「何故何も言わない? 女の気持ちとやらを汲んでいるのか? それならばお前は愚劣だ。自ら勝機をドブに捨てる莫迦だとな」

「……よく喋るんだな、ウルキオラ。意外だったぜ」

「そして女、お前も愚劣だ。お前が助けたいと願っている男は、お前が居るが故に全力を出せず、敗北し、そして死んでいく。それすら理解できずこの場に居ると言うならば―――」

「月牙天衝ォ!!」

 

 口撃の矛先を織姫に変えた途端、彼女の瞳は揺れた。

 

―――お前は邪魔だ。

 

 ウルキオラの口振りに動揺したようだった。

 しかし、最後まで言い切るよりも早く、肉迫した一護が至近距離で放った月牙天衝がウルキオラを呑み込み、彼の言葉を遮ってみせる。

 モクモクと立ち込める煙。それを腕で払うウルキオラに対し、普段以上に眉間に皺を寄せる一護は、語気を強め言い放った。

 

「くだらねえことまでベラベラ喋ってんじゃねえよ。今、てめえと戦ってんのは俺だ」

「……そうだ」

「だったら、俺にだけ意識向けてればいいだろうが!」

「口だけは達者だな……―――いいだろう」

 

 悟ったように呟くウルキオラが、徐に壁に向け虚閃を放ち、巨大な穴を穿つ。

 一護が何の真似をするのかと警戒するも束の間、ウルキオラは壁から飛び出し、そのまま塔の壁面に沿って天蓋に向かって飛翔する。

 

「っ……待て!」

 

 そんなウルキオラを追い、一護もまた天蓋に向けて飛翔した。

 遠近感が狂いそうな空目掛けて飛ぶ最中、突然空が砕ける。それが、空が描かれていた壁だと理解した一護は、虚夜宮の天蓋の上―――本来の虚圏の常闇の空の下に飛び出た。

 

第4十刃(クアトロ)以上の十刃は、天蓋の下での解放を禁じられている」

「……なんだと?」

「十刃の為の虚閃、“王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”も同様だ。どちらも強大過ぎて虚夜宮そのものを破壊しかねないからだ」

「……いいのか? わざわざ俺をここまで連れてきたってことは、俺が全力を出せるって意味だぜ」

「なればこそだ」

 

 ゆっくりと斬魄刀を構えるウルキオラ。

 そのガラス玉のような瞳で一護を捉えれば、静かに斬魄刀の切っ先を彼へと向けた。

 

「そもそも、お前が俺に勝とうなどという考え自体が愚かしいことを教えてやる」

「っ……!」

 

 ゾワリ、と背筋に奔る悪寒。

 氷で背骨を貫かれたかのような冷たい感覚を覚えた一護は、咄嗟に仮面を出し、ウルキオラの攻撃に備えた。

 何かが来る―――本能が、恐怖が一護に訴えかける。

 

 悍ましいものが来るぞ、と。

 

 

 

「鎖せ―――『黒翼大魔(ムルシエラゴ)』」

 

 

 

 暗雲が空を覆う。

 明らかな異変だ。くっきりと三日月が望めた虚圏の空に、黒々とした暗雲が瞬く間に立ち込め、次の瞬間、爆ぜるようにウルキオラから黒い霊圧が噴き出したかと思えば、霊圧の雨が天蓋の上に降り注いだ。

 なんと、おどろおどろしい霊圧か。一護は息を飲んだ。

 これまで見た破面―――ドルドーニ、グリムジョー、ネル、ノイトラ、いずれの帰刃とも違う霊圧の雰囲気。

 第4十刃が天蓋の下で解放が禁じられているという事実を、肌を撫でる霊圧によって知る一護の顔は次第に強張っていく。

 

 そして、空が晴れた。

 勢いよく広げられた黒い翼がそうしたのだろうか。

 何にせよ、帰刃したウルキオラの姿が露わになった。蝙蝠のような翼、四本の角が生える兜のような仮面の名残、下部がコート状に変化した服と、外見は思った以上の変化はない。

 しかし、こうして身構えている間にも、一護の肌を突き刺すような霊圧がビリビリと伝わって来ていた。

 

「……それが……てめえの帰刃ってやつかよ」

「そうだ。この姿を見ても、お前は俺に勝てると思っているのか?」

「……勝てるかどうかじゃねえよ」

 

 天鎖斬月を振りかざす一護。

 その漆黒の刀身からは、膨大な霊圧が纏う。

 

「勝つんだっ!!」

 

―――月牙天衝

 

 虚化状態で放った月牙天衝は、建物の中で放っていた時よりも数倍の威力・速さを有し、真っすぐにウルキオラの下へと奔っていく。

 しかし、ウルキオラに避ける様子はなく、

 

「浅薄だな、黒崎一護」

「っ!!?」

 

 片翼の羽搏きで、その身に食いつこうとした月牙天衝を防いでみせた。

 翼に傷はなく、無論ウルキオラの身体にも傷はない―――無傷なのだ。

 

 その事実を信じられない一護は、息をするのも忘れ、呆然とウルキオラを見つめる。本当に効いていないのか? 暗いだけで、翼に刻まれた傷が見えていないだけではないのか?

 しかし、そんな考えを一蹴するような濃密な霊圧が、みるみるうちにウルキオラの指先に収束していく。

 

 そして、解放。

 

「―――黒虚閃(セロ・オスキュラス)

 

 世界が黒に染まった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ごめんね、石田くん。無理言って……」

「ううん、気にしないでくれ。それよりも黒崎が心配だ」

 

 霊子の足場に乗り、天蓋に空いた穴を目指す織姫と雨竜。

 雨竜が織姫の下にたどり着いたのは、一護たちが去ってからすぐのこと。無事合流できた彼女たちであったのだが、天蓋の上に感じた強大な霊圧を感じ取り、織姫の頼みで一護の下へ向かっていたのだった。

 

 上空の気流で肌が冷える感覚を覚える。

 否、これは依然として感じ取れる悍ましい濃密な霊圧に当てられているからだろうか。織姫は終始震えている。それでも想いを寄せている少年の下に赴かんと、彼女は自身の体をギュッと抱きしめた。

 そんな織姫の様子を健気に思いつつも、向かう先で何が起こっているのかを思うと、拭えぬ不安が脳裏を過る。

 

(黒崎……無事で居ろよ)

 

 素直に認めたくはないが、現世の面子の中で最も強いのは一護だ。

 彼が勝てなければ、自分たちが加勢した所で足しになるのかという疑問はある。しかし、居ないよりはマシだ。

 自分が牽制し、織姫に一護を治療してもらう隙を作るくらいはしてみせる―――そんな気概を胸にした雨竜は、とうとう織姫と共に天蓋の上にたどり着いた。

 

「黒崎の奴は……!?」

「っ……石田くん、あそこ!」

 

 織姫が指さす先。

 

 そこに在ったのは、月影を背に背負うウルキオラに対し、膝を突いている一護の姿であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……!」

「所詮は人間のレベルだ」

「はぁっ……はぁっ……ぐっ!」

「幾ら姿形を(おれたち)に似せようとも、人間であるお前が俺に勝てることなど永劫ない」

 

 ジリジリと歩み寄ってくるウルキオラ。

 隔絶した力を持つ彼を前に、一護は為す術もなく圧倒されていた。虚化も月牙天衝も通用せず、それでも立ち向かう意志を見せつければ、次の瞬間にはそれを絶望に染めるような力をウルキオラが見せつけてくる。

 

―――勝てない。

 

 そんな言葉が脳裏を過るも、一護はすぐさま弱気な考えを振り払い、今一度ウルキオラに相対しようと柄を強く握った。

 

「月牙!」

 

 天衝―――そう叫ぼうとした一護の手首に、霊圧で形成された槍“フルゴール”が突き刺さった。

 

―――ルス・デ・ラ・ルナ

 

 フルゴールを投擲するという単純な攻撃。

 しかし、ウルキオラの霊圧で形成されたフルゴールの鋭さは目を見張るものがあり、例え虚化して肉体の強化を図っていたとしても、真面に喰らえば容易く肉を切り裂かれ、骨を断たれてしまうだろう。

 そんなフルゴールが手首を貫いた。

 

「っ……ぐあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 激痛の余り叫ぶ一護。

 同時に彼へ響転で接近したウルキオラが、柄を握る力が弱まった彼の手から天鎖斬月を奪い取った。

 武器を奪われ、叫びを上げることもやめた一護はウルキオラに迫るも、翼の一振りで弾き飛ばされ、数十階のビルよりも高い柱の上から落とされる。

 

「ぐ、うぅ……!」

「これでお前は武器を失った」

「っ!」

「なのに何故だ。お前の眼は、まだ勝負を捨ててはいない」

「がァ!?」

 

 墜落する一護へ畳みかけるように迫ったウルキオラが、フルゴールの代わりに、手にした天鎖斬月を振り抜いて一護の腹部を斬りつけた。

 その勢いで一護は重力に従って叩きつけられるよりも早く、天蓋の上へと落ちる。

 余りの勢いにクレーターが生まれる天蓋。その窪みの中央に大の字になって倒れている一護であったが、弱弱しい動きながらも、必死に立ち上がってはウルキオラを睨みつける。

 

 それがウルキオラには理解できなかった。

 彼の戦いは斬魄刀に依存している。そして、その要である斬魄刀(てんさざんげつ)はウルキオラの手に握られているのだ。

 取り返すのは至難の業―――というより、ほぼ不可能だろう。

 にも拘らず、一護は依然諦めた素振り一つしない。

 

「何故だ? 到底敵わぬ相手を目の前にし、武器さえ奪われても尚、お前の眼から闘志が消えないのは」

 

 次第に血だまりができるクレーターの中央へ―――一護の下へ、ウルキオラはゆっくりと歩み寄る。

 

「お前の四肢をもぎ取れば諦めるのか?」

 

 天蓋の破片を踏み潰すウルキオラ。一護へ向ける視線は、路傍に転がる石ころを見つめるものと同じだ。

 

「お前の眼を抉り取れば諦めるのか?」

 

 自然と天鎖斬月を握るウルキオラの手には力がこもっていた。しかし、それをウルキオラ自身はまったく自覚していない。

 

「それとも……お前の心臓を貫けば諦めるのか?」

 

 そう口走ったウルキオラは、やおら天鎖斬月を投擲する態勢をとった。

 “ルス・デ・ラ・ルナ”と同じフォーム。このまま行けば、避ける余力さえ残っていない一護の胸を―――心臓を、彼の斬魄刀である天鎖斬月が貫くことになるだろう。

 

 歯噛みする一護は、それでも負けてなるものかと満身創痍の体に力を込めようとした。

 だがその時、一護の前に一人の少女が割って入った。

 

「五天護盾!」

「っ、井上!?」

 

 五角形の盾を張る少女―――織姫だ。

 たった今、天蓋の上にたどり着いた彼女であったが、ウルキオラに一方的にやられる一護を見かね、居ても立っても居られず応援に駆け付けたのであった。

 決死の形相でウルキオラの前に立ちはだかる織姫。

 そんな彼女を前にしたウルキオラの眉は、ほんの僅かにだが顰められた。

 

「女。俺はもうお前の面倒を看ろという任は解かれている」

「私は……!!」

「立ち塞がるのならば」

「拒絶するっ!!!」

「死ぬぞ」

 

 天鎖斬月を振りかぶったウルキオラであったが、直前で振り返り、背後に回っていた白装束の少年へ虚閃を放つ。

 

「っ……ぐあああああ!!?」

「石田ァ!!!」

 

 避ける間もなく、銀嶺弧雀を構えていた雨竜は撃った神聖滅矢ごと、虚閃に呑み込まれて吹き飛ばされていった。

 

 邪魔者を一人消した。

 そう判断したウルキオラは再び織姫へ対面し、

 

「―――それがお前の(こたえ)か」

 

 腕が、振り抜かれた。

 

 直後、一護の顔が血に彩られる。

 『は……?』と彼が呆気にとられた様子で、顔にこびりついた生暖かい血を指で拭えば、目の前に立っていた織姫の体が大きく揺れ、そのまま背中から地面へ倒れた。

 

「いの、う……」

 

 目が合った。

 天真爛漫でいつも明るく、皆のためにと奮闘していた織姫―――彼女の光が失われた双眸と。

 

 

 

「井上ええええええええ!!!!!」

 

 

 

 一護の慟哭が轟く。

 満身創痍であるハズの体も、今は内からあふれ出す力によって機敏に動く。そうして天鎖斬月に胸を貫かれた彼女の上体を抱き起した一護は、半狂乱のまま天鎖斬月の柄に手を懸けた。

 だが、長年診療所の息子として育ってきたこともあるため、刺さった物を―――ましてや、心臓を貫いた物を抜いては、彼女を失血死に至らしめてしまうという理性が寸前の所で取りもどされ、彼の動きが止まる。

 

 止まっただけであった。

 

「あ……あああ……」

「これが結末だ」

 

 ただ、言葉にもならないうめき声を上げる一護を前にし、ウルキオラが淡々と告げる。

 

「俺に勝てる。その目に余る楽観的な思考が生んだ、な」

「……あ」

 

 護るべきものを護れなかった。

 その事実を目の前にした一護に、ウルキオラの一言一言が心を抉る。

 ここまで折れることの無かった一護の心に、着実に罅が入り始めていた。

 

「全てはお前の所為だ。黒崎一護」

 

―――俺が。

 

「お前が弱いが故に、その女は命を落とした」

 

―――俺が弱い所為で。

 

「お前は何も護れていない」

 

―――護れなかった。

 

「何も護れない」

 

―――護レなカった。

 

「そしてこれからも。何一つ」

 

―――護レナカッタ。

 

 

 

 

 

 絶望が、心に孔を穿った。

 

 

 

 

 

「―――う、うぅうぅうううッ……!」

「?」

「うううううううっ……ううっ、ううう゛う゛う゛ッ……!!」

「……無様に泣いているのか」

「ううぅウゥ、ゥウゥゥウウウ……―――ウ゛オ゛オ゛オ゛アアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」

「っ!!?」

 

 一護が雄叫びと共に霊圧を放った瞬間、ウルキオラは反射的に飛び退いていた。

 目の前の絶望に打ちひしがれていた少年の豹変に慄いた訳ではない。だが、ウルキオラの深層に眠る虚としての本能が、彼から距離を取れと悲鳴を上げたのだ。

 

(何だ、これは……虚化の暴走か?)

 

 一度現世で視た一護の虚化の暴走。

 内なる虚の本能に呑まれた一護は、アルトゥロに及びこそしなかったものの、強大な力を以て暴れに暴れていた。

 その時のトリガーとなっていたのは織姫だ。

 

 つまり、今目の前で起きている一護の異変も、織姫が自分の手に掛かったことによる暴走ではないかとウルキオラは推察した。

 

 襤褸切れとなっていた死覇装の胸元には虚の孔が穿たれ、一護の顔には今までと違う模様の仮面が形勢されている。特徴的なオレンジ色の髪もみるみるうちに伸びていき、死覇装にも袖に赤いファーが生まれるなど、以前の虚化とも違う異変が散見できた。

 

―――こいつは危険だ。

 

 そう結論付けたウルキオラは、一撃で彼を瀕死に至らしめた威力を誇る黒虚閃を放たんと、限界まで霊圧を指先に収束させる。

 

「させるか」

 

 完全に暴走する前に()す。

 それがウルキオラの判断であった。

 

 発射準備が整うまであと数秒。その間も、一護の霊圧はみるみるうちに高まっていき、彼から迸る赤黒い霊圧は、天蓋を赤く照らしていく。

 

「アアアアアアア!!!」

 

 一護の顔を覆う仮面。

 以前の仮面と違う模様。眼の孔に対して直角に伸びる赤い線は、織姫を失った―――仲間を護れなかった怒りと悲しみによる血涙を表しているようだった。

 

 そんな彼の目元を、しなやかな手がそっと拭う。

 

「泣、か……ない、で……くろさき……くん」

 

 刹那、一護の慟哭の如き咆哮が収まった。

 それを止めたのは他でもない、先ほどまで鼓動が止まっていたハズの織姫であった。弱弱しい手つきで一護の顔をそっと撫でる彼女は、口から血を流しつつも、一護のために笑顔を花咲かせた。

 

「ごめん、ね……あたしのせいで……くろさき、くん、に……辛い……思い……さ、せて」

 

 僅かな力を振り絞って一護の顔をなぞっていた織姫の手が零れる。

 

「でも……くろさきくんの……ち、からに……なりたくて……」

 

 その手を一護が受け止めた。

 

「だ、って……くろさきくんが、泣いたら……あたしも……悲しい、から……」

 

 泣きそうな顔を浮かべつつ、織姫は尚も続ける。

 

「ごめん、なさい……くろさき、くん……」

 

 とうとう涙を零した織姫は、朦朧とする意識の中これが最期だと悟り、自身ができる精一杯の笑みを浮かべて一護に告げた。

 

 

 

 

 

好きだよ

 

 

 

 

 

「―――戯言は済んだか」

 

 破壊の閃光が二人を呑み込んだ。

 余りにも一瞬のことだった。辛うじて起き上がった雨竜も、目にした瞬間はその事実を信じられずに唖然としていた。

 

「っ……井上さんっ! 黒崎ィ!」

 

 雨竜の悲痛な叫びも、ウルキオラの放つ全力の黒虚閃に呑み込まれ、遂に彼らに届くことはなかった。

 やがて閃光がフェードアウトするように止めば、残っていたのは削られた天蓋のみ。

 そこに彼らの姿はなく、射線上にあった神羅万象が滅し飛ばされたという空虚だけが残っていた。

 

「……塵も残らなかったか」

「っ……!」

「次はお前だ」

 

 二人を完全に殺したと悟ったウルキオラは、雨竜の方へ振り返る。

 と言っても、雨竜も先ほどの虚閃で既に瀕死の状態だ。彼の命を摘むことにそう時間はかからないだろう。

 敵を倒したという達成感も、これから敵を倒すというを感慨もなく、ウルキオラは淡々と進む。

 

 

 

 虚圏の月が紅く染まるまでは。

 

 

 

「っ……なんだ?」

 

 ウルキオラが異変を察し辺りを探れば、一つの柱の上から赤黒い霊圧が天を衝かん勢いで迸っていた。

 

「―――馬鹿な」

 

 黒白の世界―――虚圏を紅く染めるほどの霊圧をガラス玉のような(まなこ)で望むウルキオラ。

 ある時を境にして霧散する霊圧中より二つの人影が姿を現す。

 

 一人は、力なく腕に抱き上げられている織姫。胸を貫いている漆黒の刀身は背中まで貫かれており、地面に向けられる(きっさき)からは雨垂れのように血が滴っている。胡桃色の髪は風に好き勝手煽られて乱れていた。

 彼女はいい。生きていたとしても、回復手段は彼女にしかなかったハズ。ならば、生きていようが彼女の命運はすでに尽きたものとみていい。

 

 だが、眠り姫の如く瞼を閉じる彼女を抱き上げるもう一人の姿に、ウルキオラは目を白黒とさせた。

 

 腰まで届きそうな長いオレンジ色の髪。よく見れば、左のもみあげの部分に六花のような形状のヘアピン二つが、長い髪をまとめているようだ。

 死覇装と思しき黒衣の襟と袖には、真紅のファーが生えており、虚圏に吹きすさぶ風に靡いていた。

 そして、凛とした面持ちの右目部分を仮面の名残と思われるものが覆っており、さらには側頭部から角が一本生えている。

 

 まるで破面のような姿形だ。

 手も人間のものではなく、虚のような鋭い形状へと変化している。

 

「その姿は何だ」

 

 ウルキオラの問いに答えることなく、少年は織姫の胸を貫いている天鎖斬月を引き抜く。

 

「―――双天帰盾」

「っ!」

 

 少年のヘアピンから舞う二つの光が楕円形の盾を生み出し、織姫に翳される。

 すると、彼女の胸に刻まれた傷が瞬く間に癒えていくではないか。

 

「馬鹿な……それは女の能力(チカラ)の筈だ」

 

 井上織姫の舜盾六花による“事象の拒絶”。

 今回の一護たちと隊長格を虚圏に幽閉するための鍵となった、神の領域を侵す能力だ。

 それを、何故あの少年が使えているのか。次々に浮かんでくる疑問に、ウルキオラは理解が追い付いていなかった。

 

「お前は……誰だ」

「……俺は俺だぜ」

 

 織姫の治療が終わったのか、双天帰盾を形成していた光をヘアピンに戻した少年。

 眠り姫のように腕の中で未だ瞳を開かない織姫を抱いている彼は、決意を瞳に灯し、熱く滾る闘志を表すように霊圧を放ち、誓うように叫んだ。

 

 

 

「俺は、仲間を護る為にここに来た……―――死神代行、黒崎一護だ!!」

 

 

 

 絶望に穿たれた心を埋めたのは、一途な少女の愛だった。

 

 

 

 

 

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