BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*65 Storm Center

(……温かい)

 

 朦朧とする意識の中、織姫は自分を包み込む謎の熱に心地よさを覚えていた。

 ホッと安心するような、それこそ家に帰ってきた時のような安心感。かつて、兄が生きていた頃は、家で兄が待ってくれているという期待と安堵を胸にしつつ、学校からの帰路についたものだ。

 だが、兄が死んで久しくその温かさを感じることはなかった。

 それでも竜貴を始めとした周りの友人たちのおかげで、織姫は誰かと共に居る心地よさを忘れることはなかったのだ。

 

(でも、あたし……黒崎くんを庇って……ここが天国なのかな? ……あ、でもあたし霊子の体だったし、尸魂界に行けるのかなぁ?)

 

 次第に頭が冴えていくのを感じ取りつつ、呑気に自分が死んだことを前提に話を進める織姫。

 しかし、不意に肌を撫でる冷たい風の感触とそれに運ばれてきた匂いに、重い瞼をゆっくりと開く。

 

 ほの暗い視界。三日月が昇る空は、間違いなく虚圏のものだった。

 

―――死んでいない。

 

 そのことを察した織姫であったが、ふと視界に入る顔に目を見開いた。

 髪が長く、右目部分を仮面が覆っていることから一瞬誰なのか分からなかったが、

 

「井上、目ェ覚めたんだな」

「黒崎……くん?」

「おう」

 

 その優しい声音ですぐにわかった。

 

 同時に、体に伝わる感触から自分が抱きかかえられている―――それもお姫様抱っこで―――ことに気が付いた織姫は、みるみるうちに顔を真っ赤に染めていき、自身の頬をギュ~っとつねり始める。

 

「……何してんだ、井上?」

「ゆ、夢じゃないかなって思って」

「まだ寝ぼけてんのか? ……いや、俺の所為だ。悪ィ」

「え?」

 

 最初こそ呑気な真似をしている織姫に呆れた顔を見せていた一護であったが、途端に神妙な面持ちを浮かべ、織姫に頭を下げる。

 

「俺が弱い所為で井上を……みんなを傷つけちまった」

「……そんなこと」

「でもな、井上。お前のおかげで俺は戦える」

 

 悲痛な色を滲ませていた一護に『そんなことないよ』と慰めの言葉をかけようとした織姫であったが、一転して決意を固めた瞳を浮かべる彼に、自然と口を噤んでしまった。

 

「お前が俺の力になってくれたから、俺はみんなを護れる」

「黒崎くん……」

「今度こそ約束を守るぜ。俺はみんなをゼッテー護ってみせる!」

「……うん」

 

 紡がれる一護の言葉一つ一つが織姫の心に安堵をもたらす。

 決意と自信に溢れた声音だ。尸魂界へルキアを救いに向かうと意気込んでいた昔の彼と重なる。

 どんな困難が目の前に立ちはだかろうと前進しようとする彼の姿―――その姿が織姫には大きく、頼もしく、そして輝いて見えたのだ。

 

(いつもの黒崎くんだ……)

 

 一護とグリムジョーが戦っている時、虚の仮面を被って戦う彼の姿が、虚となった兄に重なり怖れを抱いてしまっていたことは否めない。

 だが、今の一護には一切の怖れを抱くことはなかった。

 

 ずっと抱きしめられていたい―――そんなことをふと思った織姫であったが、視界が翠と黒に染まっていくのを察し、ハッと瞠目する。

 すぐさま一護が避けたものの、先ほどまで彼らが居た場所は大きく抉れ、その放たれた黒虚閃の威力の凄まじさを物語るに至っていた。

 

「ここに居てくれ」

「あ……うん」

「すぐに終わらせるからよ」

 

 倒れた雨竜の傍へ移動した一護は、抱きかかえていた織姫を下ろしてから踵を返す。

 その際、彼の髪を留めていたヘアピンから二つの光が雨竜に舞い降り、楕円形の結界を生み出しては、雨竜の傷を瞬く間に癒していくではないか。

 そこで漸く織姫は、自分が舜盾六花を使えなくなっていることに気が付いた。

 

 何故? そんな疑問が頭を過ったが、すぐに頭を振って、遠のいていく一護の背中を見遣った。

 

(……負けないで)

 

 どのような経緯であれ、彼に自分の力が渡ったのならば―――彼の力になれるのであれば、今はそれでいい。

 

「黒崎くん……!」

 

 どうか、この想いよ届け―――そう織姫は願う。

 

 

 

 ***

 

 

 

探査神経(ペスキス)をすり抜けた……あれは瞬歩じゃない、響転(ソニード)だ)

 

 先ほど、目が覚めた織姫と話していた一護へ黒虚閃を放ったウルキオラは、平静を取り繕いつつも、黒虚閃を避けた際の一護の歩法に驚愕していた。

 破面しか用いることのできない響転。探査神経―――とどのつまり、霊圧感知にかからず高速移動ができる歩法を一護が使えている。それ即ち、彼が破面であることを示唆しているに他ならない。

 

 虚の仮面を被ることで身体能力、及び霊圧を各段に上昇させる虚化に比較し、今の一護は顔面の一部にだけ仮面の名残を身につけ、尚且つ体の細部に虚の意匠を感じさせる変化が現れている。

 

「成程。人間が幾ら虚の真似事をしようと破面(おれたち)に近づけぬのは道理だが、お前自身が破面となれば破面(おれたち)に抗えるのも道理か」

「なにベラベラ喋ってんだよ。……仕切り直しと行こうぜ、ウルキオラ」

「……いいだろう。女の能力も得て破面となったお前に、それでもまだ俺に敵わないことを教えてやる」

 

 そう言い放つウルキオラは、手にフルゴールを形成し、

 

「!」

 

 刹那の間に一護の横を通り過ぎた。

 腕が宙を舞う―――ウルキオラの。

 

「なん……だと……?」

 

 振り返るウルキオラが瞳に映したのは、切断面から血をまき散らす、フルゴールを握った己の腕。

 響転を用い、一護に接近。そのまま振り抜いて彼の首を斬り落とすハズだった腕だ。

 

 一護へと視線を移せば、天鎖斬月を振り抜いた体勢であることが確認できる。

 しかし、彼が剣を振ったことなどウルキオラには認識できなかった。

 

(馬鹿な……俺の反応速度を超えて動いただと?)

 

 にわかには信じられない。だが、ウルキオラは認めざるを得なかった。

 

 今の一護は、帰刃したウルキオラの遥か上を行く力を手にしている。それこそ、十刃筆頭であるアルトゥロや藍染に迫るかもしれないほどの力を。

 そう察した瞬間、ウルキオラの孔が疼いた。

 

―――何だ、この疼きは。

 

 幾ら自問自答しても答えは出ない。

 だが、この疼きの原因が目の前の(いちご)にあることだけはわかる。

 

―――ならば()し去ろう。この疼きを奴ごと。

 

 そう決心したウルキオラは、こちらを見つめてくる一護と視線を交わした。

 すると一護の視線はスッとウルキオラの腕へと向けられる。今はただ肉の断面から血を滴らせるだけの部位。骨も筋線維も露わになったそこを、慄くことなく見つめる一護はややトーンを落とした声で紡ぐ。

 

「腕を一本もらったぜ。勝負ついたろ」

「……馬鹿なことを抜かすな」

「!」

 

 目にも留まらぬ速さで四肢の一つを斬りおとした。

 普通ならば、それだけで勝敗自体はすでについたようなものであるが、ウルキオラは動揺する様子も見せず、腕の切断面から新たな腕を生やしたではないか。

 驚愕する一護を目の前に、新たに生えた腕を動かして反応を確認するウルキオラは、ただ事実を淡々と述べていく。

 

「俺の最たる能力は攻撃性能じゃない、再生だ」

「……再生、だと?」

「ああ。破面化した個体は、強大な力と引き換えに虚時代に有していた超速再生能力を失う。だが、俺はその中で、脳と臓器以外の体構造全てを超速再生できる」

「脳と……臓器以外」

「そうだ。幾らお前の攻撃性能が上がった所で、腕の一本を捥いだだけでは俺には勝てん」

「……そうかよ、安心したぜ」

「……なんだと?」

 

 再生という点を置いても、他の破面とは隔絶した力を有するウルキオラ。

 そんな彼の最たる能力が超速再生というのならば、相手が絶望に打ちひしがれるのが普通の反応だろう。

 しかし、今の一護に限っては絶望することも慄くこともなく、天鎖斬月の切っ先をウルキオラへ向け、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「よっぽど変な所斬らねえ限り死なねえんだろ? てめえは強いから、腕の一本や二本斬らねえとダメかもしんねえと思ってたけどよ……再生できるなら心置きなく斬れるぜ」

「……大幅に増大した自分の力に陶酔しているのか?」

「違ぇよ。俺はてめえを殺しに来たんじゃなくて―――」

 

 天鎖斬月を振り、剣圧だけで横の天蓋を大きく抉ってみせた一護は言い放つ。

 

「俺は、てめえに勝つ為に戦ってんだ!」

「……あの女といい、つくづくお前たちの思考には頭が痛くなる」

 

 “殺す”のではなく“勝つ”。

 そこに何の違いのあるのか?

 慈悲でもかけようというつもりなのだろうか?

 

 理解に苦しむウルキオラであったが、その思考も邪魔だと切り捨て、『ならば』と翠色の瞳を見開く。

 

「……慈悲とは、絶対的な強者が弱者に見せる余裕。つまり慈悲とは、弱者が見る偶像でしかない」

「別に慈悲をかけるつもりなんかじゃねえよ……何が言いてえ」

「確かに今のお前は俺の上を行く。それは認めてやろう。だが、それならば俺は、お前に慈悲という思考が生まれぬ段階(ステージ)まで上がるだけだ」

 

 ウルキオラの体から黒い霊圧が溢れ出す。

 それだけならば先ほども一度見た。だが、今度彼からあふれ出す黒い霊圧は、その禍々しさも密度も、先ほどの比ではなかった。

 余りに濃密な霊圧に周囲の重力が重くなったのではとも錯覚し、息苦しさも覚える一護。

 脊髄でも舐められるかのような悪寒も覚え、ウルキオラの異変からは目をそらさない。

 

「見届けるがいい、刀剣解放(レスレクシオン)のその先の姿を―――」

 

 黒い殻が割れた。

 

 ウルキオラを中心に湧き上がっていた霊圧がゆっくりと霧散していけば、その中には変貌したウルキオラが佇んでいた。

 

 より虚へと回帰した姿。

 衣服はなく、代わりに生えた黒い体毛が、彼の腕と下半身を覆っており、腰の部分からは長い尻尾が生える。

より大きく広がった胸の孔からは、臍にかけて黒い線が零れるように描かれていた。

 兜のような仮面の名残もなくなり、長くなった角が雄々しく伸びている。

 

 まさしく異形。そして異質。

 今まで相まみえてきたどの破面にも該当しない、根源的な恐怖を呼び起こそうとしてくる姿を目にした一護は、ゴクリと生唾を飲んだ。

 

「―――刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)

「っ……凄えじゃねえか」

「十刃の中で俺だけがこの二段階目の解放を可能にした。藍染様にも、この姿はお見せしていない」

「……ホントに4番なのかよ」

「それを決めるのは藍染様の御意思だ」

 

 言ってからアルトゥロの“0”を思い出し、心の中で『あァ、5番か』と訂正する一護であったが、それでもウルキオラの階級が正しいものであるかどうかの疑問は消えない。

 もし本当に彼の階級が正しいものならば、今現世の空座町で戦っている護廷十三隊が危ういかもしれない―――そう思うと、一護の頭からは一切の雑念が消え失せる。

 

「じゃあ、御託もこんくらいにして……さっさと始めようぜ」

「……この姿を見ても未だ、貴様の眼には意志が宿っている。成程、ならば貴様の五体を塵にして解らせてやろう。貴様の意志がどれだけ愚かで、どれだけ容易く砕け散るものかをな」

 

 ザリッ、と半歩下がる両者。

 それは次なる行動への予備動作。身構えた二人は、各々の武器を構える。一護は天鎖斬月を。ウルキオラは、霊圧を凝縮させた槍―――“雷霆の槍(ランサ・デル・レランパーゴ)”を。

 

 静寂が辺りを包み込む。

 固唾を飲んで見守る中、まずは視線によるやり取りを繰り広げた両者は、罅が入っていた柱が崩れ落ちたのを機に激突した。

 同時に、彼らを中心にして天蓋に罅が広がっていく。

 ただの衝突がそれだけの衝撃を生む。遠くで見守っている織姫と雨竜の二人にも、その衝撃波は届いており、伏せることでなんとかそれらをやり過ごしていた。

 

 その間、一護たちの戦場は空へ移っていた。

 接近と退避を繰り返して刃を交える、まさに一進一退の攻防。

 

 開始数秒ですでに数十の激突を繰り返す二人だが、ウルキオラが動いた。その長い尾を鞭のように振るい、一護の弾き飛ばそうとしたのだ。

 

―――ラティーゴ

 

 しかし、ウルキオラにとって誤算であったのは、尾撃について一護はグリムジョー戦ですでに体感しており、それでいて今の彼ならば反応できる速度であったことだ。

 頭を傾け、紙一重で尾撃を回避する一護は、そのままウルキオラの腹部に蹴りを入れ、彼を建っていた柱へと吹き飛ばす。

 翼があるにも拘らず一切速度が減衰しないまま柱に激突したウルキオラだが、それだけでやられる彼ではない。

 

 モクモクと立ち込める埃で一護から自分が見えていないことを理解したウルキオラは、その手に握っていた雷霆の槍を、一護の位置を憶測で測って投擲した。

 埃を貫き、雷の如き速度で宙を奔る雷霆の槍。

 だが、元々の雷霆の槍のコントロールの御し難さが祟り、一護に命中することはなく、外れた雷霆の槍は、遥か遠くまで放物線を描いて飛んだ後、虚圏の砂漠に着弾しては大爆発を起こした。

 

 その爆発の凄まじさたるや、着弾点で上がる火柱の大きさが虚夜宮を超えるほどだ。

 流石にそこまでの威力は想定していなかったのか、一護の瞳が見開かれる。

 間違っても織姫たちに向かって放たれた場合、避けてはならない―――そのような決意を起こさせる光景であった。

 

「やはり扱いが難しいな」

「……何度も作れんのかよ」

 

 その間、ウルキオラは何事もなかったかのように二本目の雷霆の槍を作り出す。

 一撃だけであの威力。それを何発も撃てるとなると、霊圧切れを狙う手段としては拙い。

 

「なら……!」

 

 響転に昇華した歩法でウルキオラに肉迫する一護。

 それに対して、ウルキオラも柱から抜け出し、肉迫して天鎖斬月を振るう一護に応戦する。

 乱暴に見えながらも一撃一撃が鋭い斬撃を、ウルキオラは雷霆の槍を器用に操り、しっかりと防御していく。

 

 後退しながら防御するウルキオラに対し、一護も追いかけていく訳だが、その際二人は柱を駆け上がるような状況で、その熾烈な剣戟を繰り広げていた。

 まるで重力が90度傾いたような光景だ。

 そしてとうとう柱の天辺まで上り詰め、宙返りするようにウルキオラが翼を羽ばたかせて翻って一護に対面すれば、彼は指先を一護へ向けて黒虚閃を放つ。

 

 しかし、

 

「月牙天衝ォ!!」

 

 怒涛の黒を、鋭き黒が斬り分かつ。

 

 黒虚閃を断ちつつ突き進む斬撃は、やがてウルキオラの下まで届き、その黒虚閃を放つ指先から肩までを斬り裂いた。

 腕が縦に半分裂けるという衝撃的な姿を見せるウルキオラだが、何ともないと言わんばかりにすぐさま再生する。

 だが、その間に一護はウルキオラに接近し、渾身の一撃をウルキオラへと振り落とした。

 

「グッ……」

 

 辛うじて雷霆の槍で防いだウルキオラであったが、受け止めることは叶わず、彼の体は天蓋に向けて一直線に墜落し、障害物として吹き飛ぶ軌道上にあった柱を縦に真っ二つ破壊するのだった。

 降りかかる瓦礫を翼で払いのけるウルキオラ。

 それから一気に上空まで飛翔する彼であったが、その顔色は優れない。

 

(何故、こいつはここまで強くなった?)

 

 疑問が脳裏を過る中、ウルキオラは任務を全うするべく一護に立ち向かう。

 

(俺に為す術なく蹂躙されるだけの力しかなかったこいつが、何故……)

 

 それでも戦況としては一護が優勢。

 霊圧、膂力、反応速度等々……全ての点において、今は一護がウルキオラよりも上に行っていた。

 

(何故)

 

 腕を斬り落とされながら、

 

(何故)

 

 黒虚閃を相殺されながら、

 

(何故)

 

 雷霆の槍を握り潰されながら、

 

(何故)

 

 何度繰り返したかも分からない剣戟の中、宙を舞うウルキオラが目にしたのは、健気に一護の勝利を願っている少女の姿だった。

 

「―――女か」

「! ウルキオラ、どこに行きやがる!」

 

 突然、一護に背を向けて疾走するウルキオラ。

 そんな彼を追いかけていけば、ウルキオラは背に三日月を背負うかのように宙に立ち、一護たちを見下ろす位置取りをしていた。

 

「つまり、こういうことだな」

「……急に何の話だ?」

「貴様等は心あるが故に傷つき、心あるが故に死に、心あるが故に立ち上がり、心あるが故に強くなる」

「それがどうしたってんだ」

「ならば……―――貴様等のその得体の知れない“心”とやらさえ無に帰そう」

「なっ……!」

 

 徐に両手の掌を合わせんばかりに近づけたウルキオラから、禍々しい霊圧が溢れ出す。

 彼が刀剣解放第二階層を披露した時以上に濃密な霊圧は、彼を中心に竜巻のように渦巻き、羽のように舞い散る霊圧が空を隠しては、月影に照らされている虚圏に更なる闇を落とす。

 

「や、奴は何をするつもりなんだ……っ!?」

「黒崎くん……!」

 

 一護越しにウルキオラを見上げる形になっている雨竜と織姫の二人は、天蓋にも圧し掛かる異質な霊圧に慄いていた。

 そして一護は、何かしようとするウルキオラに対し天鎖斬月を構える。

 

 各々の反応を彼らが見せる中、ウルキオラは淡々と宣告した。

 

「俺は全霊をかけて、貴様を後ろに居る女ごと滅してみせる」

「なんだとっ……!?」

「貴様の底知れぬ強さの根源が女にあると見た。それを確かめる。この全てを無に帰す(わざ)でな」

 

 ウルキオラを中心に荒れ狂う嵐が、みるみるうちに天蓋を削っていく。

 そんな彼に収束する霊圧の密度は、黒虚閃や雷霆の槍の比ではない。もし仮に、今収束している霊圧が暴発でもすれば、彼が護るべき虚夜宮も滅し飛ばすことになるだろう。

 それほどの霊圧が、一護と織姫たちを滅し去るためだけに解き放たれようとしている。

 

「―――“大魔の羽搏き(トルメンタ・デ・ムルシエラゴ)”」

 

 黒い翼を持つ大魔の羽搏きが、嵐を起こす。

 

「っ……こんなもの、どうするって言うんだ黒崎……!」

「情けねえ声出してんじゃねえよ、石田」

「なんだと!?」

 

 戦慄し、強張った声を上げる雨竜に対し、茶化すような一護の声が響き、思わず雨竜も声を荒げた。

 だが、

 

「うっせーなァ。どーするもこーするも、俺がオメーらを護るからウダウダ騒ぐなってんだ」

「っ……」

 

 一護の声に、雨竜は口を一文字に噤んだ。

 悔しいことに、今は一護に任せるしかない。そして腹立たしいことに、今の一護ならばウルキオラの全身全霊の攻撃をも何とかしてくれるという安堵を覚えてしまった。

 そんな自分に対し、呆れたようなため息を吐く雨竜。

 横では織姫が苦笑いを浮かべていたが、『井上!』と自分を呼ぶ一護に声に、ハッと空を仰ぐ。

 

「大丈夫だ」

 

 闇に包まれる虚圏の中、彼の笑顔だけは燦然と輝いていた。

 

「絶対護る」

「……はい!」

 

 だから、笑顔で応えて送り返した。

 

「……もう戯言だとは思わん」

 

 不意に響く声。

 それは、今の一連のやり取りにさえ脅威があると判断したウルキオラのものだった。

 

「その言葉のやり取りの中にさえ心が介在しているのならば、貴様等の喉も、そして放たれた音さえも滅す……!!」

「……スゥー」

 

 今まさにウルキオラの攻撃が放たれようとした時、一護は深呼吸をしつつ、天鎖斬月を天に掲げた。

 瞬く間に刀身に迸る赤黒い霊圧。一護の霊圧を喰らい、肥大化し、鋭利に研がれていく牙だ。

 

(この期に及んで月牙如きでどうにかなると思っているのか……甘い)

 

 確かに、今の一護の月牙天衝の威力は凄まじい。直撃すれば、上位十刃さえタダでは済まない威力を誇るだろう。

 だが、一撃は一撃だ。ウルキオラの全身全霊をかけて数十秒もの間、周囲に存在するものを塵すらも生温いほどに滅し去る威力を誇る“大魔の羽搏き”に対抗するには、物足りないものがあるだろう。

 

(? ……なんだ)

 

 異変を目にした。

 天鎖斬月から迸る霊圧が、一護の体に付着していた血と交じり合い、彼の仮面の名残から伸びる角と刀身の間で、三日月の如き霊圧を形成していくではないか。

 

(馬鹿な……あれは)

 

 とうとう限界を迎え、渦巻く大気が摩擦でスパークを爆ぜさせた瞬間、収束していた霊圧を解き放ったウルキオラ。

 

 しかし、その間も尚も一護の霊圧は高まっていく。煌々と輝きを増す霊圧は、ウルキオラによって闇に落とされた虚圏を紅く染め上げていった。

 何も知らぬ者からすれば、それは恐怖を呼び起こす強大な力に過ぎないのかもしれない。

 だが、彼を信じて待っているものからすれば、ホッと胸を撫で下ろせるような温かさを有す霊圧であった。

 

 血と交じり合い、特大の霊圧を放つ。それは、まるで、

 

()()()()()と混ざり合った……―――)

 

 

 

 

 

「月牙天衝ォォォオオオオオ!!!!!」

 

 

 

 

 

 三日月が嵐を斬り払った。

 


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