BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*68 善意100%の男

「本当にメンドくせえこった」

 

 心の底から思っているスタークの呟きに、隣に立つリリネットは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。

 

「スターク……どうすんのさ」

「どうするってよ……」

 

 スタークが一瞥する先には二人の死神が斬魄刀を構えて佇んでいる。

 海燕は兎も角、焰真は問答無用で斬り伏せようという雰囲気を隠していない。戦場であれば当然とも言えるが、それは言い換えれば非力な少女であるリリネットでさえも標的になり得ることを意味している。

 

 戦争だ。仕方のないことだ。

 どちらも正義のために戦っている。善悪の二元論に囚われぬ思想のままに、だ。

 

「……ホントなら、戦わねえのが一番なんだがな」

 

 届いていれば焰真も同意するであろう言葉を漏らし、リリネットへ視線を落とす。

 

「だけどよ、これからヤることに関しちゃ、あんたらの自業自得ってことにさせといてくれ」

「なんだと?」

「やる気もやられる気も起きねえが、まあ俺達なりの安全策ってこった」

 

 怪訝に眉を顰める焰真たちに対し、スタークはリリネットの頭に手を置きながら己の霊圧を上昇させていく。

 その霊圧の上昇具合に勘づいた焰真が目を見開いた。

 

帰刃(レスレクシオン)かっ!」

「蹴散らせ―――『群狼(ロス・ロボス)』」

 

 まだ一度も刃を交えていないにも拘らず行われた帰刃。

 強大な霊圧がスタークたちを中心に渦巻いていく。その様相は、まるで爆ぜた霊圧が彼らに向かって群がっているようだった。

 破面にとっての斬魄刀解放であり、真の姿への回帰。それこそが帰刃。

 十刃クラスの帰刃ともなれば、戦闘能力の上がり幅も尋常ではないだろう。しかも、スタークの戦い方を見る前の解放と来た。

 

「はぁ~……芥火。オメーの所為で奴さん、端から本気出そうとしてるじゃねえか」

「逆に考えましょう。どうせ帰刃するんですから最初から帰刃されてもいいって。それに帰刃されたら傷が回復するんです。その機会を向こうから潰してくれたって考えれば儲けものですよ」

 

 物は言いようである。

 

「成程な。そりゃ一理あるが、せめてこっち向いて喋りやがれ」

「敵が前に居るんで無理です」

「ほー、そーかそーかい」

 

 目の前から感じる強大な霊圧に臆することなく軽口をたたき合っていた二人であったが、そろそろ煙が晴れると見て、各々の斬魄刀の切っ先をスタークたちへ向け、

 

「水天逆巻け―――『捩花(ねじばな)』」

「浄めろ―――『煉華(れんげ)』」

 

 解放。水飛沫が爆ぜ、炎が弾けた。

 

「準備は出来てるな?」

「言われなくても」

「―――来るぜ」

 

 始解し三叉槍となった捩花を構える海燕の先で、漸く煙が晴れた。

 

「ふ~~~……よっこい、しょっと」

 

 気だるげに腰を上げて立ち上がるのは、スターク一人。そこにリリネットの姿はない。

 狼の毛皮のようなコートを身に纏い、二丁拳銃を構える姿は西部劇のガンマンを彷彿とさせる姿であった。

 そんなスタークは手に握る拳銃を見つめ、こう声をかける。

 

「いくぜ、リリネット」

『……』

「シカトしてんじゃねえよ」

『痛ァ!? なにすんだよ、スターク!!』

 

 拳銃に話しかけるという珍妙な光景が一変し、拳銃が頭突きしてきたスタークに抗議するように騒ぎ始め、思わず二人は呆気にとられる。

 

「……なんですか、あれ」

「あのちびっこが実は斬魄刀みてーなモンだったんじゃねえのか?」

「あー……成程」

「そりゃあ、オメーに真っ先に斬られたら堪んねえだろうよ」

 

 焰真の斬魄刀の浄化能力を知らない敵からすれば、斬られれば死ぬことを意味する。

 そのような訳であるからして、破面も死神に殺されないために戦うのだが、その要となるのが死神同様斬魄刀。大幅な戦闘能力向上のみならず、真の姿への回帰という特性上、解放前の傷も塞がれるという回復機能付きだ。使わない手はない。

 しかし、スタークにとっての斬魄刀は魂を分けた半身であるリリネットだ。

 もしも彼女が真っ先に子どもでも(100%善意で)容赦なく斬りにかかる焰真に倒されでもすれば、スタークは帰刃もできず、この戦い全力を出すことも叶わなくなる。

 反面、解放すれば武器として手に携行するのだから、非力な人型のまま放っておくよりもずっと安全という訳だ。

 

「ま、やることァ変わらねえな」

 

 ハン、と鼻を鳴らした海燕は、独特な構えをするや否や準備運動がてら捩花を回し、最後に捩花の切っ先をスタークへ向ける。

 

「芥火、合わせろ」

「はいっ!」

 

 一瞬にして真剣な面持ちを浮かべた海燕に伴い、焰真も先ほど以上の意気を込めた声を上げる。

 そんな彼らを前にし、スタークは息と共に肩を落とした後、やおら銃口を二人へ向けた。

 

「ホントに……メンドくせーこった」

 

 

 

 ***

 

 

 

 数度の剣戟。

 刃と刃の間から火花を散らすほどの衝撃で切り結んだ吉良とフィンドールの二人は、一旦距離を取るように互いから離れる。

 どちらも決定打はない状況。

 そんな中で吉良は解せないと言わんばかりの死線をフィンドールへと送る。

 

「随分と甘く見られているようだね」

「何の事だ?」

「今の君はどう甘く見積もっても副隊長には遠く及ばない。自分の発言を省みるといいよ」

「……ふっふっふ」

「? 何がおかしいんだい」

正解(エサクタ)!」

 

 高揚した口調で吉良の推察を認める旨を口にしたフィンドール。

 その面持ちには自分と敵の力量差に対する絶望も焦燥も浮かんではいない。

 

「その通りさ。確かに今の私では君の力に及ばないだろう。しかし! 忘れて困っては困る」

 

 見せびらかすように構える斬魄刀。

 虚としての力の核が封印されている刀を構えた彼の霊圧が途端に上昇していく様相を目の当たりに、吉良の眉尻が上がった。

 

「水面に刻め―――『蟹刀流断(ピンサグーダ)』」

「! ……帰刃か」

「正解。よくご存じだ」

 

 右腕が巨大な鋏に、左腕に小さな鋏を備えたフィンドールが姿を現した。

 確かに霊圧は上がった。鋏を用いた攻撃の他、どういった攻撃手段を有しているのか分からない以上、油断はできないだろう。

 だが、そのことを考慮した上でも吉良の見立てでは、まだフィンドールの力は自分に及ぶまではいかない。

 

「まさかそれが僕と渡り合う為の手段だったという訳かい?」

「いいや……不正解(ノ・エス・エサクト)!」

「っ!」

 

 不意に鋏を振り抜くフィンドール。その鋏の内側から放たれたのは一条の水流であった。

 なんとか目で捉え、即座に回避した吉良。振り向けば先ほどまで自分が立っていた場所の後ろにあった給水塔が真っ二つに切り裂かれているではないか。

 生身に当たればどうなるか―――余り想像したくはないものだ。

 敵の攻撃の危険性を把握する吉良であったが、続けざまにフィンドールが眼前に迫ってくる。

 

「真正面から……いくら帰刃したからと言って迂闊なんじゃあないか?」

不正解(ノ・エス・エサクト)! 迂闊なのは君さ、副隊長!」

 

 直後、あろうことかフィンドールは左腕の小さな鋏で自身の仮面の一部を剥いだではないか。

 意図の分からぬ行動に目を見開きつつも、吉良は落ち着いて斬魄刀を構え、フィンドールの振るう鋏に迎え撃つ―――が、予想以上の膂力を以て振るわれた一撃に押し飛ばされてしまう。

 

「なにっ……!?」

「“彫面(アフィナール)”!! 俺の底が帰刃止まりだと思ったのなら間違いさ!! 俺は自らの仮面を剥ぐことによって力を上昇させることができる!!」

「ぐっ!!」

 

 フィンドールは押し飛ばされた吉良目掛けて虚閃を放つ。

 紫色の閃光が吉良を吹き飛ばさんと疾走するが、紙一重で回避した吉良は建物の屋上を斬りつけ穴を穿つことにより、屋内へと退避する。

 

「その選択は不正解だ! 何故ならば!!」

 

 また仮面を一部分剥いだフィンドールが、今度は虚弾の雨を吉良が逃げ込んだ建物へ降り注がせる。

 みるみるうちに建物は抉れ、砕かれ、そして瓦解していく。

 水飛沫のように宙に舞うコンクリートやガラスの破片はすさまじく、例え吉良に虚弾が直撃せずとも、そう容易く逃げさせることはない状況を生み出す。

 

 しかし、吉良は建物が完全に崩壊する前に窓を突き破って脱出し、屋外へと飛び出した。

 その姿を見つけたフィンドールは獲物を見つけた獣のように獰猛な笑みを浮かべ、またもや自分の仮面を剥ぐ。

 

「さあ、フィナーレといこう! 君にとって最大の過ちは俺と相まみえたということさ!!」

「くっ! 面を上げろ―――『侘助(わびすけ)』!!」

「もう遅い!!!」

 

 勝利を確信した口振りで鋏を振るうフィンドールに対し、吉良は解放した侘助で次々に振るわれる鋏をいなす。

 しかし、仮面の九割を剥いだフィンドールの攻撃は熾烈を極め、吉良の体には浅くない傷が刻まれていく。

 

 そしてついには、吉良が侘助を構えなくなってしまったではないか。

 勝負を捨て諦めたか―――フィンドールの目にはそう映った。

 ならば一思いに首を刈り取ろう。そう巨大な鋏を掲げた瞬間だった。

 

 掲げた鋏が突然耐え切れぬほどの重さとなって地面に沈んでいき、吉良の首を刈り取るどころか、身動き一つとれなくなってしまう。

 

「ぐ、がっ……これは、一体!?」

「斬りつけたものの重さを倍にする。二度斬れば更に倍。三度斬ればそのまた倍。それが僕の斬魄刀、『侘助』の能力」

 

 鋏の重さに耐え切れず、跪くような姿勢のまま身動きが取れないフィンドールの前に、吉良は歩み寄っていく。

 

「君風に言えば、僕に接近戦を仕掛けるのは不正解だった訳だ。安全策を取るなら、延々と距離を取って戦うべきだったね」

「っ~……!」

「もう君は動けない。もっとも、その腕を斬り落とせば話は別だけれど―――」

 

 フィンドールの背後に回り込んだ吉良は、躊躇うことなく7の字状に変形した刀の内、刃の部分をフィンドールの首へ添えた。

 

「もう遅い」

「ま、待―――!」

 

 紡がれかけた命乞い。それごと侘助は斬り落とした。

 鈍い音を響かせて転がる首を見下ろした吉良は、刃に纏わりついた血を振り払い、侘助の解放を解いて鞘に納める。

 しかし、鞘を握る手に残る首を斬り落とした感触は消えない。

 

「……ああ、そうさ。人生は選択の連続。時には辛い選択を強いられる」

 

 襟を正す吉良は、最後に副官章の位置を正した。

 描かれている隊花は『金盞花』。花言葉は『絶望』。三番隊の矜持を示す金盞花の花言葉が意味するのは、戦いが暗く、陰惨で、避けなければならぬものであるということだ。

 

「でも、そもそもの僕たちの間違いは、こうして戦わなければならなくなったことさ」

 

 たとえ、その選択が不正解だとしても戦わなければならない。

 今はその時だと自覚して―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ぶへぁ!?」

 

 鈍い悲鳴を上げて建物の屋上に叩きつけられる巨体は大前田だった。

 ガラガラと音を立てながら瓦礫の中から這い出て来る大前田。決戦前にたらふく食べてきた油せんべいの所為だろうか。額にはべっとりと脂汗が浮かんでおり、こころなしか大前田の顔は青ざめている。

 そんな彼が空を見上げれば、そこには恐ろしい三匹の獣が佇んでいた。

 

「ったく、んだよ。このブ男大して強くもありゃしねえ」

「まったくだね。さっさと殺してハリベル様の加勢に向かおうじゃないか」

「……あぁ? 仕切ってんじゃねえよ、ミラ・ローズ!」

「は? 変な言いがかりつけてんじゃないよ、この山猿!!」

「うるせー! こういうのはてめェの役目だろうが、このメスゴリラ!!」

 

「そうですよ貴方たち。私は休んでますから、さっさとあの肉団子を片付けてくださいまし」

 

「「てめェ、スンスン! サボろうとしてんじゃねえ!!」」

 

 殺気と怒気をまき散らしつつも、コント染みた空気を漂わせる女破面三人。

 彼女たちは、十刃であるハリベルの従属官であるエミルー・アパッチ、フランチェスカ・ミラ・ローズ、シィアン・スンスンの三人だ。

 彼女たちの口喧嘩のついでに罵倒されているが、大前田が言い返せる筈もなく、彼は涙目で唇を噛み締めていた。

 険悪なムードを漂わせる三人に大前田は一人で戦っている訳だが、当然と言うべきかなんというべきか、彼女たちに良いように弄ばれるのが関の山であり、勝負にすらなっていない。

 

「ち、ちくしょ~……! 砕蜂隊長も、こいつら相手してくれりゃあなぁ~!」

 

 上官である砕蜂はと言えば、大前田に『この雑兵共を片付けろ』とだけ告げてハリベルとの戦闘に入った。恐らく応援は期待できない。

 元々なれ合わない隊風を作っている二番隊の長である砕蜂が、部下がピンチだからとわざわざ救援に来るとも思えないものの、ここまでピンチを迎えているにも拘らずなんの手を貸さないというのも薄情だ―――大前田は心の中で泣きながら毒づいた。

 

「俺一人じゃどうやったって敵いっこないってのォ……!」

「オイ、デブ」

「デ、デブだと!? 俺はデブじゃねえ! これは『ふくよか』っていう豊かさの象徴だ!」

 

 アパッチにデブ呼ばわりされた大前田は咄嗟に反論する。

 だが、

 

「うるせえデブ。ぶっ殺されてえのか」

「口答えすんな、喰い殺すぞ」

「息が臭いから喋らないでくださる? 絞め殺されたくて?」

 

「う、うぐ、くぅ~……!」

 

 強気な女三人に口喧嘩で勝てるハズもなく、散々毒を吐かれた挙句心もボロボロに返り討ちにされてしまった。哀れ、大前田。

 そんな大前田に対し、最早敵を見る瞳さえも浮かべていないアパッチは嘲笑うように言い放つ。

 

「今から尻尾巻いて無様に逃げるっていうんなら逃がしてやってもいいぜ?」

「な……なんだと……?」

「アタシもあんたみたいな雑魚相手してるほど暇じゃねえんだよ」

「ざ、雑魚だと!?」

「たりめーだろうが。なんなら、今からすぐにぶっ殺してやってもいいんだぜ?」

「ぐっ……!」

 

 雑魚と罵られて憤慨しようとした大前田であったが、敵の戦力を思い返すと膝が震えて動かなくなる。

 死にたくないのは当たり前。もっと言えば、痛い目に遭うことさえできる限り避けていきたいと大前田は考えている。

 

 しかし、もしここで命惜しさに逃走すれば後が怖くてできたものではない。

 なにより―――、

 

「お……」

「あ?」

「俺は二番隊副隊長兼隠密機動第二分隊“警邏隊”隊長、大前田希千代様だ!! ご、護廷の名に懸けて無様に逃げるなんて真似ができるかってのォ!!」

 

 己の誇りが許さない。瀞霊廷を―――家族を守るという誇りが。

 最後の最後で男の意地を見せ、斬魄刀を構えて己を奮い立たせるように雄叫びを上げる大前田。

 そんな敵の様子にアパッチはげんなりとした表情を浮かべる。

 

「んだよ。拾えたかもしれねえ命捨てるなんざ、とんだ馬鹿野郎だな」

「慣れないことするからそうなんのさ。さっさとトドメを刺せばいいもんを、わざわざ面倒臭くして……」

「はぁ!? ボーっと突っ立って見てただけの癖して何言ってやがる!」

「勝手にベラベラ喋り始めたのはてめェだろうが!!」

 

「そうですわよ、二人とも。騒がしくて敵いませんから私はハリベル様の所に行ってきますわ」

 

「「てめェ、スンスン! 抜け駆けしようとしてんじゃねえ!!」」

 

 ちゃっかり大前田の相手をアパッチとミラ・ローズに任せようとするスンスンに対し、二人が怒鳴り声を上げる。

 大前田も自分なりに意気込んだのだが、どうやらまだ三人には相手にされていない様子。

 その事実にぐぎぎと歯を食いしばっていたが、突如として上空に佇む三人目掛けて灰と火球が飛来する。

 

「唸れ―――『灰猫(はいねこ)』!」

「弾け―――『飛梅(とびうめ)』!」

 

 目くらましをするように三人を灰が取り囲むや否や、火球が三人の居た場所に着弾して爆発を起こす。

 見たことのある攻撃に喜色の滲んだ目を見開く大前田。

 

「お、お前ら! 松本! 雛森!」

「大丈夫ですか!?」

「大前田ァー。見かねて応援(あたしたち)送ってくれたうちの隊長に感謝しなさいよねぇー」

「す、すまん! 恩に着る!」

 

 大前田の応援に赴いたのは乱菊と雛森の二人だった。

 どうやら、多勢に無勢であった大前田を見かね、日番谷が二人へ応援に向かうよう指示を出してくれたらしい。

 『流石は日番谷隊長だぜ!』と心で思うものの口には出さない。何故ならば、割と近くで砕蜂が戦っているからだ。

 

 何はともあれ、これで数は同数。

 小心者たる大前田は心強い味方の到着に、あからさまに士気が上がる。

 

「ハハーン! こっからが反撃だぜー!!」

「仕切ってんじゃないわよ、馬鹿」

「は、ははっ……」

 

 調子づく大前田を窘める乱菊であったが、彼女の視線は雛森の方へと向いていた。

 

(思ったより大丈夫そうだけれど……)

 

 つい先日まで綜合救護詰所のベッドの上まで寝込んでいた雛森であったが、ある時を境にみるみるうちに生気を取り戻し、依然と違わぬほどに回復し、この決戦に合流することが叶った。

 だが、信頼を寄せていた藍染に裏切られた心の傷はまだ癒えていないハズ。乱菊も例外ではない。

 

「雛森、一応訊いとくけど……あんた大丈夫なのよね?」

「はい」

「無理は」

「してません」

 

 食い気味に答えた雛森の瞳には堅い決意が窺える。

 

「全部が全部整理できた訳じゃありません……だけど、藍染隊長がしようとしていることが間違ってるのはわかってます。あたしには、憎しみで殺すことも責任感だけで斬ることも難しいけれど、あの人への想いを捨てられないなりに……いいえ、捨てられないからこそ、その想いのままに止めてみせます!」

「……そう」

「来ますよ、乱菊さん!」

「……ええ、気張ってくわよっ!」

 

 杞憂だった―――彼女なりの踏ん切りをつけて戦場に立っているのだと察した乱菊は、フッと笑みを零してアパッチたちに体を向ける。

 

(踏ん切りがついてないのは……あたしの方かもね)

 

 燃え盛る炎の城郭を一瞥し、乱菊たちもまた激戦に身を投じるのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「氷輪丸!」

「ふんっ」

 

 宙を疾走する氷の龍。怒涛の冷気を放ち迫るが、アルトゥロは避ける素振りを見せず、指先から放った虚閃で消し飛ばす。

 次の瞬間、氷の竜で視界をくらませた間に頭上へと回り込んでいた日番谷が、氷輪丸の柄から繋がっている鎖をアルトゥロの腕に巻きつけて氷結せんとするではないか。

 

 瞬く間に凍るアルトゥロの腕。

 しかし、鼻を鳴らした彼は腕に霊圧を込めるだけで、氷による拘束を解いてみせた。

 

 その様子を見ていた日番谷は、始解では決定打に欠けると判断して鎖を回収する。

 

「やっぱり、一筋縄じゃいかねえか」

「始解なぞで私を相手取ろうなぞ舐められたものだ。私も小僧の遊戯に付き合うほど暇ではないんだがな……」

「ほざけ。てめえの戦いは前に一度見てる。俺を簡単に倒せると思ってるなら大間違いだぜ」

 

 アルトゥロと焰真の戦いを見て、日番谷もある程度アルトゥロの戦い方について把握している。

 一度は“千年氷牢”を解かれ、苦渋を味わったものの、それからというもの日番谷は頭の中で何度もアルトゥロとの戦いのイメージトレーニングを行っていた。

 

 より速く、より鋭く。

 

 たった数日のイメージトレーニングであっても、侮ること勿れ。

 戦いとは準備がものを言う。相手の戦い方を少しでも知っている方が、刹那のやり取りにて優位に立つことができる。

 戦闘におけるイレギュラーも、現場での咄嗟の状況判断力も必要だが、事前の予想も重要であることは言わずもがなだ。

 

「成程。では……」

「!」

 

 突如、アルトゥロの姿が消える。

 

―――響転か!

 

 日番谷はすぐさま神経を極限まで研ぎ澄ませ、霊圧の胎動、風の揺らめき、呼吸の音さえも感じ取ろうとする。

 結果、日番谷は頭上より振り下ろされた斬撃を、体を反らして回避した。

 そんな日番谷目掛けアルトゥロは怒涛の斬撃を繰り出す。時には刺突や手刀、蹴りも交えつつの息もつかせぬ猛攻。

 呼吸さえも忘れて回避と防御を繰り返す日番谷は、類稀なる戦闘センスを以てしてアルトゥロの猛攻を躱し続け、とうとう彼が虚閃を放った直後の隙を見つけ、背後に回り込んで一閃しようとした―――が、

 

「なっ!?」

 

 そこに居たのはアルトゥロではなく雛森の姿だった。

 思わぬ光景に思わず体が一瞬硬直した日番谷。しかし、その一瞬が命取りであった。

 次の瞬間、本物の雛森であれば浮かべることのない邪悪な笑みを浮かべた雛森の姿をした人物は、硬直した日番谷の横っ腹に蹴りを叩きこむ。

 

「がはっ!」

 

 弾かれるように吹き飛ぶ日番谷の体は建物の壁に叩きつけられる。

 その無様な様を嘲笑う雛森―――否、アルトゥロは実に愉快そうな面持ちを浮かべた。

 

「はっはっは! どうした、簡単には倒されんのだろう?」

「てめえ……雛森に化けて……!」

「居る筈のない者の姿に惑わされて動きが止まるとはな……滑稽だ! よく隊長をやれるものだ!!」

 

 高らかに笑うアルトゥロ。彼は乱菊と共に大前田の所へ雛森が赴いた時、日番谷の霊圧が一瞬揺れたのを見逃さなかった。

 部下か、家族か、はたまた恋人か。詳細はアルトゥロにとってどうでもよいことであるが、重要なのは親しい間柄である人物であることだ。

 どれだけ冷血に振舞おうとする死神であっても、偽物であると断定していない状態で意にも介さず斬れない相手は居る。それは日番谷のように身内への情に厚い者ほど、そういった斬れない相手が居る傾向が多い。

 

 今回はそれが雛森だったという訳だ。

 雛森は日番谷にとって家族同然の存在。普段はぶっきらぼうに接しているが、心の底では命を懸けて守るに匹敵する大切な少女だ。

 

「てめえ、よくも……」

 

 めり込んだ壁から抜け出した日番谷が、怒りに震えた声で紡ぐ。

 

「よくも俺に……雛森を斬らせようとしやがったな」

「そうだ。子供騙しの変化だったが、実に面白い遊戯だったろう」

「っ……―――卍解!!」

 

 刹那、冷気が爆散して周囲が極寒地獄へと変貌した。

 その中央に佇むのは、氷の翼と尾を携えた氷の龍。触れてはならぬ逆鱗に触れられ、怒りに震える日番谷の碧眼には、殺気という言葉すら生温く感じるほどの感情が燃えていた。

 

「『大紅蓮氷輪丸(だいぐれんひょうりんまる)』!!」

 

 手加減などするつもりもない冷気が周囲へ奔り、建物をみるみるうちに氷結させていく。

 氷結の音は、日番谷の激情を代弁するよう激しく凍り付いていく音を立てる。

 

 

 

 柱が崩れ去る音が響き渡ったのは、その瞬間であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「刈れ―――『風死(かぜしに)』!!」

「グァアア!」

 

 解放され一対の鎖につながった鎌へと変化した風死を投擲する檜佐木。

 不規則かつ旋風のように鋭い斬撃の嵐を受け、帰刃『巨腕鯨(カルデロン)』を解放していたポウは、ビル以上もある醜く膨れ上がった肉体のあちこちを切り裂かれ、最後には空気が抜けた風船のように萎んでいく。

 

「ソ、ソンナ……バラガン様の従属官である、このワタシがァ……がはっ」

 

 とうとう帰刃を維持することもできなくなったポウの体は元の体―――とは言っても十分巨体だが―――に戻り、事切れた。

 やがて霊子に霧散していくポウの霊体を最後まで見届けた檜佐木は、始解を解いて一息吐く。

 

 しかし、状況はそう悠長としていることを許しはしない。

 

「さっき柱が崩れたのは綾瀬川が居た方か……!」

 

 転界結柱の要となる四本の柱。どれか一つでも壊されれば、本物の空座町が回帰してしまう『転送回帰』が引き起こされてしまう。

 すぐにでも誰かが緊急用の柱で回帰を止めなければ、本物の空座町が戦場と化してしまうことになる。

 それだけは避けなければならない―――焦燥が汗となって滲み出る檜佐木だが、次の瞬間に新たな危機を感じ取った。

 

「! 斑目の霊圧が……!?」

 

 同じく柱を守護していた一角の霊圧が、まったく感じ取れなくなったのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ぐ……!」

「そう……その痛みこそが貴方への罰。あたしに犯した罪のね」

 

 黒い茨の中。それはクールホーンの帰刃『宮廷薔薇園ノ美女王(レイナ・デ・ロサス)』の技、“白薔薇ノ刑(ロサ・ブランカ)”によるものだ。

 内部と外界の視覚と霊圧を遮断する茨の牢の中で、クールホーンに喉を掴み上げられている一角はすでに満身創痍。斬魄刀である鬼灯丸も無残に折れ、とてもではないが戦える状態ではなかった。

 

 そこまでクールホーンが一角を痛めつけた理由。

 それは、彼が靡かせるエキゾチックな紫髪が不揃いになっていることに由来する。

 

「確かにその荒れ果てた貴方の頭を見れば、あたしの美しく伸びる髪に嫉妬するのは理解できるわ……だけれども、だからといって斬り落とすのはオイタが過ぎたわねっ!」

「ぐぉう!?」

 

 エクステではなく地毛。

 一応男性であることもあって、クールホーンほどの長髪に伸ばすには相応の時間と労力を必要としていた。

 女(クールホーンは男だが)の命とも言える髪を、鬼灯丸の三節混への変形機構を用いて斬り落とされてしまったクールホーンは激昂。結果、彼が激昂して一角に有無も言わさぬ暴力を以て圧倒し、今に至る。

 

 筋骨隆々な体に違わぬ膂力で一角を投げ飛ばすクールホーン。

 受け身さえ取れなかった一角は、後方にあった茨の壁に叩きつけられ、同時に茨に生え揃う棘にその身を穿たれる。

 痛みに顔を歪ませ、最早力の入らなくなった体は重力のまま崩れ落ちようとするが、死覇装に棘が引っかかり、倒れることさえ許されなかった。

 

「チッ……!」

「アラ、可哀そう。でも、そんなズタボロの体じゃあいくら頑張ったところで勝てる訳ないわよ」

「うるせえ野郎だ……。だが、残念だったな……俺はまだ負けちゃいねえぞ」

「あら? オホホホホ! ヤダ、未練がましい男って。弱くて醜くて諦めも悪い。ホント、救われないわぁ~♪」

「はっ! 潔く負けを認めて死ぬのは俺の流儀じゃねえ……死んで初めて負けを認めるのが俺の流儀なんだよ……っ!」

 

 それはかつて流魂街に居た頃、まだ死神でなかった剣八と斬り合いに発展し、敗北した時に教わったことだ。

 

 殺し合いで負け、それでも死ななかったならばそれは当人の運が良かったのだ、と。

 ならば、そこで負けを認めて死ぬのではなく、次相対す時まで死に物狂いで生きろ、と。

 

 今に通じる一角の価値観形成に、剣八の教えは大きく関わっていた。

 

「……そう」

 

 しかし、圧倒的な力で叩き潰したにも拘らず、敵が怯えることもひれ伏すこともないのはクールホーンの勝利の余韻に水を差す結果となった。

 

「ダメよ。プリンセスは我儘なの」

 

 クールホーンの頭上に浮かぶ巨大な白薔薇が花開く。

 この花弁を敵が覆い尽くし、“白薔薇ノ刑”は完成する。

 一角は満身創痍だ。逃がすハズなどないと、クールホーンは勝利を確信した笑みを浮かべる。

 

「醜い貴方を、せめて最期だけでも美しく飾ってあげるわ」

「っ……!」

「さあ! 覚悟しなさ―――っ!?」

 

 決着をつけようとした瞬間、二人を覆い尽くしていた茨が青白い炎に焼き尽くされる。

 

「な、なんなの一体!?」

「っ! お前……!」

 

 予想外の出来事に驚愕して振り返るクールホーン。

 そんな彼と同じ方向に目を向けた一角が目にしたのは、依然刀身に青白い炎を揺らめかせる副官章を付けた青年だった。

 

「……殺す相手に名乗るのは俺がその人に教えてもらった流儀でな」

「……なんですって?」

 

 ゆっくりと斬魄刀の切っ先をクールホーンに向ける青年は、怪訝に眉を顰める彼へ穏やかながらも強い語気で言い放つ。

 

「十三番隊副隊長、芥火焰真。覚えておけ」

 

 救援、推参。

 

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