BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*69 罪を積むほど詰んでいく

 一条の光線が宙を走り、射線上の建物に孔を穿った。

 

「っとォ!」

 

 放たれた虚閃を回避した海燕は、自分目掛けて放たれた虚閃の威力に驚きを覚えつつ、次々に放たれる虚閃を瞬歩で回避していく。

 牽制に―――とは言っても、直撃を喰らえばただでは済まない威力の―――放たれる虚閃を片方の拳銃から複数発撃ってから、もう片方の拳銃から極太の虚閃を放つスターク。

 たったそれだけの攻撃ルーティーンではあるが、虚閃の攻撃範囲の広さと射撃間隔の短さが相まって、海燕は中々にじり貧な戦いを強いられていた。

 

(だが、隙は見つけたぜ)

 

 勝機はある。

 拳銃という武器の形状上、懐に入られればスタークは守りに徹さざるをえなくなるだろう。

 そのためにはまずスタークに近づかなければならない訳だが、怒涛の虚閃の連射にはたして隙はあるのだろうか? というのが先ほどまで海燕が頭を巡らせていたことであった。

 

 結果として言えば、それはある。

 

(あいつは撃ち終えた拳銃をすぐ拳銃嚢に収めてる。んでもって、片方……ドでけぇ虚閃放つ方は、一発撃ったらすぐ拳銃嚢に収めてやがる。そりゃあつまり、そっちは連射できねえってこった! だからすぐにもう片方……小さいのを連射できる方に持ち替える!)

 

 海燕はスタークの携行する拳銃が、左右で特性が違う代物であると考えた。

 ここまでの戦いの中で、スタークはそれぞれの拳銃で違った使い方をしていたのだ。

 

 隙は出るが、強力な虚閃を放てる拳銃。

 一撃の威力は低いが、連射可能な拳銃。

 

 つまり、一長一短の拳銃を交互に使い分け、各々の拳銃を撃ち終えた後にできてしまうインターバルをカバーしている。

 ならば、どうにかして両方を使わせ何も撃てないインターバルの時間を無理やり作るか、持ち替えるほんの一瞬の隙を突くしかない。

 

「そんじゃあ話は早ェな!」

 

 降り注ぐ虚閃を掻い潜り、虚空に手で円を描く海燕はそのまま建物へと突っ込んでいく。

 そして、描いた円を建物の壁に叩きつけた。

 

「志波式石波法奥義・連環石波扇!!」

 

 鬼道の要領で志波家が編み出した術の一つ、“石波”。

 その上位互換である“連環石波扇”を海燕が建物に繰り出せば、建物の一部分が砂となり、それが扇状へと広がっていくことによって、建物の上部分が崩れ始める。

 だが、これ単体では何の打開にもならない。

 

「破道の五十七『大地転躍(だいちてんよう)』!!」

 

 そこで海燕が繰り出した鬼道が、周囲の岩石などを飛ばす『大地転躍』であった。

 海燕が自ら崩した建物で作り出した大人ほどもある岩石がスターク目掛けて飛んでいく。

 

 一方、スタークは迫りくる岩石に動揺一つ見せず、連射可能な拳銃で岩石を次々に撃ち落とす。

 正確無比な虚閃は瞬く間に岩石を消し炭にするが、最後の岩石を撃ち落とした瞬間に青い爆炎―――『双蓮蒼火墜(そうれんそうかつい)』がスタークへと襲い掛かる。

 

「無駄だぜ」

 

 肌が焼けそうな熱を有す爆炎が迫りくるが、これまたスタークは動じず、先ほどまで連射していた拳銃を収め、強力な一撃が放てる拳銃を構え、次の瞬間には特大の虚閃を発射した。

 決して弱い威力ではない双蓮蒼火墜も、それ以上の威力を有す虚閃に貫かれてしまい、スタークに直撃するより前に火の粉となって霧散してしまう。

 

 だが、その時スタークに影がかかる。

 

(もらった!)

 

 スタークの頭上。日光を遮る形で上から捩花を振り下ろそうと構えているのは、他ならぬ海燕であった。

 大地転踊の岩石も双蓮蒼火墜の爆炎も囮。

 本命は、接近することであった。

 

 そして、ちょうどよくスタークは強力な虚閃を放てる拳銃を一発放った。もう片方の拳銃も拳銃嚢に収めたままであり、すぐに取り出して海燕に照準をつけることは至難の業だ。

 今から回避しようとしても、捩花の槍特有のリーチの長さと、槍に纏う触れたものを圧砕する膨大な激流を回避するのもまた困難なハズ。

 

「おおおっ!」

 

 雄叫びを上げ、捩花を振るう海燕。

 だが、次に彼が目の当たりにしたのは、撃ち終えたハズの拳銃の銃口をそのまま海燕に向けるスタークの姿と、霊圧が収束する銃口の光景であった。

 

 刹那、極太の光線が重低音を響かせて閃く。

 

「―――あぶねえ! おいおい、掠ったぜ……」

「すごいな、今のを避けるか」

 

 辛うじて虚閃を避けた海燕が、煤けた隊長羽織の袖を叩きつつ、感心しているスタークを見遣る。

 

「ちくしょう、ハッタリだったか」

「そういう訳だ、隊長さん。そのつもりで誘い込んだんだがな」

 

 コンコンと拳銃の銃身で自身の額を小突くスタークは答え合わせをした。

 実際、スタークの携行する拳銃に違いなどはない。だが、わざと片方だけ連射したり一撃だけ強力な虚閃を放ったりすることで、左右に違いがあると錯覚させる。

 あとは、そういった使い方で出来る隙を突いてくる相手を誘い込み、至近距離から射撃する―――それがスタークの作戦だった。

 

 からくりは至ってシンプル。しかし、スタークの地の力が強い分、たった一撃であっても命取りになることは海燕も重々承知済みだ。隙を突いたからと油断しなかったことと、隊長になってからも重ねた研鑽が実を結んだ結果であった。

 

「はぁ~、仕切り直しかよ」

「いいのかい? 隊長さんよ。あんたの連れのあんちゃん、他所に行っちまったみてえだが」

「あん? あ~、気にすんな」

 

 スタークが、つい先ほど一角の救援に向かって戦闘を中断しこの場から離脱した死神―――焰真について言及したのに対し、海燕はあっけらかんと答える。

 だが、親切心からかなんなのか、スタークはまだ納得していない様子で続けた。

 

「こっちは二人みたいなもんだぜ?」

「ご親切痛み入るぜ。だが、一人抜けたくらいでどーこーなるほど隊長はヤワじゃねえんだよ」

「……そうかい」

「それにこっちにゃ斬魄刀(これ)がある。さっきの嬢ちゃんがてめえの斬魄刀みてーなモンだったなら、寧ろ今のが数じゃ平等だろ」

「……それもそうだな」

 

 自我があり、時には所有者のことを試す厄介でもあり心強い相棒的存在こそが斬魄刀だ。

 一方で、破面の所有する斬魄刀は単純に自身の力の核を刀剣の形に封印したというものであり、厳密には死神の斬魄刀とは違い。

 その点、普段人間の形をしているが自我があるリリネットの方が、死神の斬魄刀に近い存在ではないだろうか。

 

 仔細こそ説明しないものの、数の上でようやくフェアになれたことを告げる海燕に対し、スタークは深く息を吐く。

 

「強いな、あんたたち」

「そりゃどうも」

「だが、俺とあんたじゃ俺の方が強い」

「……ほォ」

「だから、どうだ。命が惜しいなら、言い訳は作ってやるぜ」

 

 淡々とした口調で持ちかけられたのは交渉。

 『素直に負けを認める代わりに命は救ってやる』―――つまりはそういうことだ。

 

「……巫山戯たこと抜かすもんじゃねえぞ」

 

―――が、交渉失敗。

 

 瞳に静かな怒りが揺らめく海燕の霊圧が、スタークを威圧するように膨れ上がる。

 

『おいおいスターク! なに挑発して怒らせてんだよ!!』

「……別にいいだろうよ、減るもんじゃねえんだしな」

『あたしの神経が磨り減んだよ!!』

 

 そして、拳銃(リリネット)にも叱られる。

 多方面から怒りを買うことになってしまったスタークは、自身の下策が悪い方に働いてしまったと反省した。しかし、だからといって時間が戻る訳でもなく、反省点を洗い出すことも面倒であったため、現状をあるがままに受け止めた。

 

「悪くねえ話だと思ったんだがな……」

「そりゃあ残念だったな。だけどよ、覚えとけ」

 

 脅すように捩花に纏わせていた激流をビルの壁に叩きつけ、壁に巨大な穴を開ける。

 轟音が響き、水飛沫が舞う中、海燕は鋭い視線をスタークへ送った。

 

「命惜しさに部下や仲間の命見捨てるなんて無様な真似をしてみろよ。明日の自分(てめえ)に笑われるぜ」

「……」

「んでもって、そんな真似する奴ぁ志波家の男には居ねえ。わかったか?」

「……ああ、よくわかったよ」

 

 怒気を滲ませる海燕の言葉に、スタークはどこか遠くを見つめるような瞳を浮かべた。

 

 海燕の言いぶりが、最初に交渉を持ちかけた焰真の応答によく似ている。

 上官と部下という間柄、そういった部分も似ているのだろうかと思案を巡らせるが、迫りくる海燕に彼の思考も中断せざるを得なくなった。

 

(羨ましいぜ、そうやって群れられるあんたたちが)

 

 

 

 ***

 

 

 

「芥火……」

「交代です、一角さん」

「待て! こいつァ、俺の」

「弓親さんの場所になら狛村隊長と射場さんが応援に入りました。回帰も直に止まるハズです」

 

 一角に取り合わないよう畳みかけるように喋る焰真は、燃える茨から一角を回収し、クールホーンとの距離をとる。

 

「あら、応援かしら」

「ああ。こっからは俺が相手する」

「芥火! そいつの相手は俺だ!!」

 

 露出もフリルの多いエキゾチックな衣装に身を包むクールホーンを前に顔色一つ変えず応答する焰真であったが、ボロボロの体を押して戦おうとする一角にようやく顔を向けた。

 

「卍解……使わないんですね」

「!」

 

 一瞬目を見開くも、今度は一角が顔を逸らした。

 そう、一角は隊長以外で卍解できる数少ない死神の一人。時間と共に破壊力が増していく、ただ只管に破壊力を突き詰めた卍解『龍紋鬼灯丸(りゅうもんほおずきまる)』は、並みの破面程度であれば容易に切り裂くことができよう。

 しかし、今回一角は卍解を使わなかった。卍解が使えると知られれば、藍染たちが抜けた穴を埋めるための人材として一角も候補に入る。だが、それは一生剣八の下で戦うと決めている一角にとっては由々しき事態。

 たとえ死ぬことになろうとも、人目に付く場所では解放できなかった。

 

 そんな卍解をほんの一部にしか伝えていない一角だが、十一番時代に世話となり、やがて副隊長に上り詰めた焰真もまた卍解の存在を知っている。

 故に、得も言われぬ悲しそうな顔で一角を見つめた。

 

「俺は一角さんの流儀にあれこれ言いません。俺も最近、やっと全力を出す覚悟が決められたばかりですから」

「……何が言いてえ」

「卍解を使え、使うな、っていう話じゃないんです。ただ、一角さんが死んでも卍解しない理由があって、その中で一角さんが全力で戦ってるのはよくわかってます。だから尊重もします……けれど」

 

 肩を貸していた一角を下ろし、クールホーンに向かい合う焰真は煉華を構える。

 その精悍な顔つきには、一皮剥けた戦士としての覚悟が宿っている。

 己の死を前もって悟り、覚悟し、ようやく戦士は一人前だ。さらに焰真は、その特異な能力から他人の命さえも巻き込みかねないことから、最後の覚悟を決めきれずにいた。

 だが、ルキアたちの言葉でやっと覚悟できた。

 認めようとせず目を逸らしていた仲間の死をも覚悟することにより、やっと真の力を発揮できるようになったのだ。

 

 そんな焰真が告げるのは、他ならない命について。

 

「仲間が死ぬことだけは見過ごせない。そこのところは遠慮なく手出しさせてもらいます! そいつが俺の流儀だ!」

 

 残る茨も煉華の炎で焼き尽くす。虚由来の技であったためか、煉華の浄化能力が非常に通りやすい。

 

「話が終わるの待ってくれたみたいだな。気が利くな」

「よく言われるわ」

 

 焰真と一角の話を待っていたクールホーンは、敵の褒め言葉に対してもウインクで応えてみせる。

 だが、彼自身口にした『我儘なプリンセス』とやらの気は、そう長く持たない。

 

「さぁ~て、それじゃ今度は貴方が相手してくれるのね♪」

「ああ」

「フッフ~~~ン♪ こんなに男に詰め寄られちゃうなんて、あたしの魅惑的な美貌も罪ね……」

「そうか……―――じゃあ、あんたは俺と相性が悪いな」

「……なんですって?」

 

 実質一角には勝ち、勝利の余韻に浸っていたクールホーンであったが、焰真の物言いに対し怪訝そうに眉を顰めた。

 だが、取るに足らないことだけ考えることを止め、筋肉が隆起し丸太のように太くなっている脚に力を込める。

 

「相性が良い悪いなんてね……ヤってみなきゃわからないのよォッ!!!」

 

 直後、クールホーンの地面が爆ぜた。

 美しく鍛え上げられた筋肉が焰真の眼前に迫ったのは、そのすぐ後のこと。

 目で捉えられた相手の動きに動じることなく、小手調べに突き出された手刀を回避した焰真であったが、不敵な笑みを浮かべるクールホーンが休むことなく怒涛の攻撃を仕掛ける。

 

「ほらほらほらほら!」

 

 手刀、殴打、蹴り等々……ありとあらゆる直接攻撃を焰真に繰り出すクールホーンだが、いずれも焰真は煉華で受け流すか体を反らして回避していく。

 最初こそ、防戦一方の焰真に気を良くしていたクールホーンであったが、中々攻撃が当たらないことに業を煮やし、至近距離でのサマーソルトキックを繰り出した。

 これも焰真には防がれてしまうものの、彼の狙いはそれではない。

 華麗に宙がえりした彼は、そのまま胸の前にて手でハートを形作り、霊圧を収束していく。

 

「これでも喰らいなさい! 必殺! ビューティフル・シャルロッテ・クールホーン's・ファイナル・ホーリー・ワンダフル・プリティ・スーパー・マグナム・セクシー・セクシー・グラマラス・虚閃!」

 

 要するにただの虚閃だ。

 

「灯篭流し!」

 

 そんな彼の攻撃に対し、焰真は煉華の炎での防御を選択する。

 彼自身の血を燃料に燃え盛る炎は、単なる虚閃如きでは突破できない防御力を誇ることは、アルトゥロの王虚の閃光を防いだことからも既知の事実。

 なんなくクールホーンの虚閃を受け流して五体満足で佇む焰真であったが、不意に彼に影がかかった。

 

「もらったわ! 必殺! ビューティフル・シャルロッテ・クールホーン's・ラブリー・キューティー・パラディック・アクアティック・ダイナミック・ダメンディック・ロマンティック・サンダー・パンチ!!」

 

 虚閃を囮にしたクールホーンが、両手を組んで焰真の頭を叩き潰そうと腕を振り落とした。

 

 ゴウッ! と風を切る音を響かせて振り下ろされる腕。

 しかし、彼の手には焰真の頭に直撃するどころか、掠った感触さえ残らない。

 

「! ど、どこに行った……の……?」

 

 消えた焰真を探すべく辺りを見回すクールホーンだが、不意に視界に映り込む血飛沫に目を見開いた。

 血の出所は、他ならぬ彼の胸元。

 一つ―――否、二つほど胸に刻まれた傷からは、血と共に青白い炎が噴き出し、クールホーンに想像を絶する痛みを与えつつ、燃え盛っていく。

 

「ぐああああ!?」

「―――“蒼現火(そうげんか)”」

 

 激痛より断末魔を上げるクールホーンの背後で、煉華を一旦鞘に納める焰真が技の名を呟いた。

 蒼現火。白哉の得意技である“閃花”がベースとなっている技であり、違いは相手の鎖結と魄睡を貫く際に浄化の炎を流し込むことである。

 霊力の発生源たる鎖結と魄睡だが、そこに直接煉華の浄化の炎を流し込んだ場合の浄化速度は、通常の比ではない。

 

「聞こえてるか知らねえが、そいつは罪の分だけ……よく燃える」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」

 

 クールホーンの鎖結と魄睡に直接流し込まれた浄化の炎は、クールホーン当人の意に反して体中に張り巡らされている霊力の通り道を通り、最後には全身から火柱が上がるほどの勢いで燃え盛った。

 やがて、火柱の中から倒れ出たのは灰を被ったクールホーン。灰かぶり姫などでは断じてない。

 

「ヤ……ヤるじゃない、貴方……」

 

 指先すら動かせぬほどに疲弊したクールホーンの体は、すでに尸魂界への魂葬が始まり、煉華の炎とも違った光に体を包み込まれている。

 

「完敗だわ……褒めてあげる。敵ながら天晴ね」

「……そりゃどうも」

「それに貴方、よく見ればイケメンね……いえ、どちらかと言えば幼いというか、これからが楽しみな端正な顔立ちと言うか。勇ましい男らしい顔つきも大好きだけど、そういうのも守備範囲だわ。それにしてもその玉子肌羨ましいわぁ。お風呂の後にしっかり手入れしてるんでしょう? 貴方ね、素材がいいんだからもっと色々チャレンジしてみるといいわよ。化粧とかどうかしら? 男だからって化粧しないなんて今どきナンセンスよ! うふふ、あたしが手取り足取り教え上げたくなっちゃうわ♡ お肌や髪のお手入れだけじゃなくって、他の色んなところも教え―――」

「はああああ!!!」

「アァン♡ いけずぅ~~~―――!!!」

 

 仰向けに倒れながら、どこからその体力が湧いて出ているのかと問いたくなるほどのマシンガントークで焰真をある意味恐れさせたクールホーンであったが、トドメに額にダメ押しの魂葬を喰らい、あっという間に尸魂界に送られてしまった。

 そこまで疲弊していないにも拘らず、この数秒の間に顔にびっしりと汗を掻いた焰真は、死覇装の袖で汗を拭う。

 

(破面……恐い敵だな)

 

 心底そう思う。焰真が、また別の意味で破面の危険性を再確認した瞬間だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふっ!」

「……!」

 

 混じり合う刃。そのまま鍔迫り合いに発展することもなく、砕蜂は受け止められるや否や、相手―――ハリベルから距離をとるため瞬歩で離れる。

 刀身が広く、中央がくり抜かれているという特徴的な形状の刀を用いるハリベルであったが、戦い方に関してはそう常軌を逸しているものでもない。しかし、隙もなく堅実的な戦い方を前に、本来暗殺を主な任務とする砕蜂は真正面からの斬り合いという点で、ややハリベルに劣っていた。

 

(ならば)

 

 だが、劣っている点もあれば優れている点もある。

 単純な動きの速さ。そして隠密起動の長たる砕蜂は、白打に関しては護廷十三隊トップクラスの実力を有す。

 

 懐に入れば自身が優位に立てる。

 そう確信した砕蜂は、悠然と構えているハリベル目掛け鬼道を放つことにした。

 

「縛道の三十『嘴突三閃(しとつさんせん)』」

 

 砕蜂の目の前に現れる巨大な三つの嘴。それらがハリベル目掛け、彼女の両腕と胴体を封じ込めんと射出された。

 

「―――“波蒼砲(オーラ・アズール)”」

 

 しかし、嘴がハリベルの体を捕えるよりも早く、彼女が斬魄刀の空洞に溜めた霊圧を撃ち放ち、三つの嘴全てを撃墜する。

 

「疾っ!」

 

 その間、ハリベルの背後に回り込んでいた砕蜂が、彼女の頭部目掛けて回し蹴りを仕掛けた。

 攻撃自体は予測していたと言わんばかりに冷静沈着な佇まいを崩さないハリベルは、左腕を掲げ、砕蜂の回し蹴りを防ぐ。

 

「!」

 

 目を見開いたのは砕蜂だった。

 驚愕を顔に浮かべる砕蜂に対し、ハリベルは受け止めた足を掴み上げ、自身と比べて体格の小さい彼女を振り回すように投げ飛ばした。

 十刃たる彼女の投擲そのものの勢いこそすさまじいが、そこはやはり隠密起動だ。

 風圧に煽られる体を冷静に立て直した後、建物の上に足をつける―――が、ハリベルは見逃さなかった。

 

「動きがぎこちないな」

「何の話だ」

「破面の鋼皮を侮り不用意に直接四肢で攻撃したのが貴様の運の尽きだったな」

 

 シラを切る砕蜂であったが、ハリベルに蹴りを防がれた際、彼女の強靭な鋼皮を直接蹴った衝撃で骨が痛んだことを見抜かれてしまった。

 破面の鋼皮は、例え最下級大虚レベルであっても一般隊士の刃では通らぬほどに硬い。十刃クラスであるならば尚更だ。

 常人が岩を本気で殴れば拳を痛めるように、例え達人レベルの砕蜂がハリベルの鋼皮を蹴れば、逆にダメージを受けるのは砕蜂だった。

 その事実は白打を得意とする砕蜂にとって―――例外はあるが―――戦いにおける攻撃方法の一つを潰されてしまったことに等しい。

 

(さて、どうしたものか……)

 

 しかし、万策尽きた訳ではないと砕蜂は至って冷静だ。

 幸いにも、ハリベルの鋼皮はアルトゥロほど硬くなく、夜一のように骨に罅が入るまでには至らなかった。骨を痛めた程度ならば、ここからいくらでも立て直せるであろう―――実践経験が豊富な砕蜂は、立ちはだかるハリベルという敵をどのように倒すべきか、思考を存分に巡らせる。

 

―――ゾワリ。

 

「っ……なんだ、この霊圧は……?」

 

 突如として、近くで膨れ上がる異様な霊圧。

 ただ巨大であるという訳ではなく、得体の知れぬ悍ましい化け物を目の当たりにした時のように、肌が粟立つ感覚を覚えた砕蜂が見遣る先は、大前田たちが戦っている方向であった。

 

「余所見とは、随分と余裕だな」

「!」

「戦場では……―――その小さな油断が命取りだ」

 

 砕蜂が余所見をした瞬間、響転で肉迫したハリベルが斬魄刀を振り下す。

 

 

 

 蜂と鮫の戦いはまだ続いていく。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ら……乱菊さん……大前田さん……」

 

 地に伏せる雛森は、ズキズキと痛みを訴える体を無理に起こし、倒れている仲間を順に見つめる。

 乱菊は力なく屋根の上でうつ伏せに倒れ、大前田は建物の壁にめり込んで気絶していた。

 そして雛森自身も、肉を潰され、骨が砕かれた痛みが襲い掛かり、気を抜けばすぐに気を失いそうである。

 

 しかし、最後の気力を振り絞り仲間を助けようと身を起こす―――が、目の前に立ちはだかる巨大な壁。

 

「あ……」

 

 長い鬣を風に靡かせる、蛇の尾を生やした二本角の異形の化け物。

 ビルほどもある巨体は筋骨隆々であり、他愛もない拳の一振りで常人は肉片となってしまうだろう。

 それほどまでに強大な化け物を生み出した三人―――アパッチ、ミラ・ローズ、スンスンの三人は、左腕を失った帰刃の姿のまま、倒れている死神たちを見下ろしていた。

 

「はっ! 勝負あったな……やっちまえよ、アヨン」

 

 アヨン―――彼女たちの左腕を代償にする“混獣神(キメラ・パルカ)”によって生み出された、本能に従い破壊の限りを尽くす暴力の化身。

 アヨンは、冗長な戦いに痺れを切らしたアパッチの提案により生み出され、瞬く間に雛森たちを力でねじ伏せた。

 

 作戦など立てる暇もなく、たったの一撃で全員が瀕死に陥れられる力はまさに規格外。

 

「こ、なの……どうしたら……」

 

 地響きを鳴らして近づいてくるアヨンを前に、絶望に打ちひしがれた表情を浮かべる雛森。

 

 どうすれば。

 どうすれば。

 どうすれば―――。

 

「っ……!」

 

 選ぶ。

 そして雛森は―――立ち上がった。

 

「諦め、ないッ……」

 

 ブチブチと体から嫌な音が立つのも厭わず、雛森は立ち上がり、アヨンに向かい合った。

 

「諦めて……たまるもんかァっ!!」

 

 

 

 

 

「―――よく頑張ったな、雛森」

 

 

 

 

 

 優しい声色が鼓膜を揺らす。

 咄嗟に振り返れば、今にも崩れ落ちそうな雛森の肩を持つ青年を始め、合計三人の男がこの場に集っていた。

 

「焰真くん……吉良くん……檜佐木さん……」

「休んでてくれ雛森」

「っ……」

 

 振動を与えぬよう最大限に労わった結果、囁くように雛森にそう告げた焰真に対し、雛森は緊張の糸が途切れたのか、ぱったりと意識を落とす。

 そんな彼女を元四番隊の吉良に預けた焰真は、再びアヨンへと振り返る。

 感情を覗かせぬ獣。不気味ささえ漂わせる存在を前にし、焰真の霊圧は刻一刻と高まっていく。

 

「オイタが過ぎるぜ……畜生が」

 

 

 

 その怒りに震える形相、閻魔の如く。

 




*オマケ クールホーン in 尸魂界

【挿絵表示】

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