BLESS A CHAIN   作:柴猫侍

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*7 怒る理由

 女子生徒の悲鳴が聞こえる。

 目の前に倒れている男性生徒が、ダラダラと鼻血を垂らしながら心底怯えた様子で視線を向けてくる。

 

(あれ? 俺は何して……)

 

 当事者であるにも拘わらず、まるで自分だけが世界から取り除かれたような違和感を覚える。

 しかし、そのような違和感も胸の内でグツグツと煮え滾っている憤怒の感情を前にすれば些細な問題だ。

 

 殴った際の衝撃で痺れる右手の拳を振りかざしつつ、焰真は目の前の男子生徒へと馬乗りになった。

 

「お前……今なんて言った?」

 

 鬼のような形相で言い放つ焰真。

 男子生徒は助けを求めるように周囲を見渡すも、焰真の気迫に怖気づいた周囲の生徒たちはどよめくだけで誰も救いの手を差し伸べようとはしない。

 

 刹那、焰真の硬く握られた拳が振るわれた。

 

 

 

―――時は少しばかり遡る。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ありがとうな、ルキア。おかげで鬼道もなんとかなりそうだ」

「礼は要らぬ。私も貴様に剣術の鍛錬を付き合ってもらっているからな」

 

 鍛錬場より二人仲良く並んで歩いてくるのは焰真とルキアだ。

 つい先ほどまで鍛錬場にて鬼道の特訓をしていた彼らだが、互いに苦手な分野を克服するために鍛錬に付き合うようになってから、既に1か月が経っていた。

 

 剣術は得意だが、鬼道が苦手な焰真。

 鬼道は得意だが、剣術が苦手なルキア。

 

 互いを高め合うのに、彼らほどピッタリなコンビは居ないだろう。

 事実、二人が共に鍛錬し合うようになってから、二人の成績は順調に伸びてきていた。互いに切磋琢磨し合える相手が居るだけでこうも変わるものかと思わずには居られない。

 しかし、だ。

 

「―――貴族様のご機嫌取りは楽しいか?」

 

 すれ違った生徒の一人の呟きがルキアの耳に入り、瞬間、彼女の表情から笑顔が消えた。

 その様子の変化に焰真は『どうかしたのか?』と問いかけるも、ルキアはすぐさま笑顔を取り繕い、それ以上の言及をさせぬようにする。

 

 そう、ここ1か月の間で、焰真もまた陰口の対象にされ始めたのだ。

 今言われた『貴族のご機嫌取り』を始め、『朽木の腰巾着』、『貴族の施しを受けようとしている浅ましい平民』、『玉の輿を狙っている奴』など散々な言われようであった。

 幸か不幸か、それら陰口が焰真に聞こえているようには見えていないとルキアは感じる。

 

 だが、自分がそうであったように陰口を叩かれて喜ぶ人間など居ない。

 

「え、焰真……済まぬ。用事を思い出した。もう行かなくてはならぬのだ」

「ん? そうなのか」

「ああ、それではな」

「おう」

 

 逃げるように焰真と別れて帰路につくルキア。

 今更で勝手だとは思っている。しかし、ようやく同じクラスにできた心の拠り所となってくれた彼に迷惑をかけたくない一心で、必要以上に共に居ることを避けるようにした。

 

(これで良いのだ。私にはこれで……)

 

 胸を締め付けられるような感覚を覚えながら、ルキアはまた明日に想いを馳せる。

 二人で無我夢中に鍛錬している時だけが心が安らぐ。

 ルキアにとって救いだ。

 それを掌から零れていかぬようにと、今の彼女は必死にもがいている。

 

 避けられぬ人の目を掻い潜り、さっさと家に戻り、淡々と食事や入浴などを済ませれば、自分の部屋に閉じこもって明日の準備をしてから眠りに入った。

 

 少しでも良い夢を長い時間見たい。

 悪夢ならばさっさと覚めてくれればいいから、少しでも……。

 

 そう思い眠りにつくものの、精神的な疲れによって熟睡してしまい、ロクに夢さえ見ることも叶わない。

 目が覚めれば、背中に掻いた寝汗の不快感と気持ち悪いほど清々しい朝日に、顔を歪ませながら起床する。

 

 今日も寝覚めは最悪。

 朝餉はそれでも美味しい。しかし、早々に食べ終えなければ、同じ部屋に居る義兄と実姉に感じる圧迫感で食欲がなくなってしまう。

 それでも食べなければ一日持たないと自分に言い聞かせ、半ば飲みこむように朝餉を平らげれば、端的な挨拶だけを言い残して霊術院に向かった。

 

 これがここ最近の日常だ。

 優秀な義兄や見目麗しい血の繋がった姉と居るよりも、只の同級生と一緒に居る方が

余程落ち着くのである。

 家族に申し訳ないとは考えているものの、事実打ち解けられていないのだから、こう考えるのも仕方がない。

 

 だが、焰真と過ごしていると時間さえあれば打ち解けられる時が来るだろうと前向きに考えられるようになった。

 もしその時が来れば―――そう思うと、今日は自分から一歩前へ歩み出せる。そんな気がした。

 

「よう、ルキア。朝からにやけて何か楽しいことでもあったのか?」

「む? ……はっ! だ、誰がにやけておるのだ!」

「いや、ルキアが……」

「にやけてなどおらぬっ!」

 

 昇降口に立っていた焰真と合流し、その後も談笑しながら教室へと向かう。

 その途中、得も言われぬ嫌な気配を覚えた。

霊圧がどうのこうのではない。ただ、普段自分へ向けられる負の感情の気配を察したのだ。

 しかし、隣には焰真が居る。朝から辛気臭い顔をすれば彼も心配するだろうと、ルキアはグッと堪える準備をし、聞き流そうとした。

 

「―――家族ごっこは楽しいか?」

 

 息ができなかった。

 気が付いた時には足が止まり、聞き流そうとしていた考えさえも頭の中が真っ白になってしまったため、何度も今の言葉を反芻する羽目になってしまう。

 家族ごっこ。流魂街出身の姉が貴族と結婚したから、流れで引き取られた自分のことを揶揄している言葉だとはすぐに分かった。

 

 しかし、あんまりだ。

 家族と打ち解けよう―――これから真に家族となるための努力を重ねようと決心した矢先での、自分を取り巻く家族が虚像であると揶揄する言葉は、深々とルキアの心に傷を刻む。

 

 ぐらつく視界。

 余りにも酷い言葉を受け、精神が参ってしまった訳ではない。

 自然と滲み出た涙が瞳を潤ませていたのだ。鼻の奥がツンとする感覚を覚えた時、自分が涙する一歩手前であることを認識する。

 嗚呼、情けない。隣の友人に心配をかけさせまいとしたにもかかわらず、この始末。自分の不甲斐なさには心底呆れてしまう。

 

「がっ!!?」

 

 だが、廊下中に響きわたる鈍い音と悲鳴に、ハッと我に返った。

 次いで人が倒れる音を耳にすれば、自然と視線は“彼”へと導かれる。

 

「お前……今なんて言った?」

 

 焰真が今まで聞いたことのないようなドスの利いた声を発しながら、たった今ルキアへ陰口を叩いた男子生徒に馬乗りになっていた。

 マウントを取られている男子生徒はというと、焰真に殴られたであろう鼻っ面を真っ赤に染め、とめどなく鼻血を垂らしているではないか。

 そんな彼へもう一発と言わんばかりに拳を振るう焰真。

 その時ルキアは、涙で震える情けない声色であることを自覚しながら制止の声を上げた。

 

「待てっ、焰っ……!!?」

 

 しかし、ルキアが止めるまでもなく、焰真の拳は男性生徒の顔面スレスレで止まる。

 拳は震えている。彼の中で渦巻く激情を、僅かに残された理性で留めていることは明白であった。

 行き場を失った拳は、次に男性生徒の胸倉へと向かう。

 逃げられぬよう確りと襟を掴み上げたまま、焰真は声を荒げる。

 

「なんて言ったって聞いてんだよっ!!!」

「ひっ……!?」

「家族ごっこって言ったか? なぁ? 言ったか!? なぁっ!!?」

 

 怯え竦む相手に構わず、焰真は怒りを吐き出す。

 

「俺はさ、俺に向けての悪口ならなんとも思わねえ……いや、ちょっと思いはするぞ? でも大抵はなんとも思わないし、成績のことをあれこれ言われてムッとはしても納得する。でも……でもなぁ……何も知らないお前が!!! 俺たちが!!!! ルキアに『家族ごっこ』とか言っちゃダメなことぐらい分からねえのかよォっ!!!!!」

 

 廊下中に響く怒号に、教室に向かうべく歩いてきた院生のみならず、上の階の院生さえも何事かと降りて様子を見に来る。

 

「平気な顔して人が傷つくようなこと言っちゃダメだろ!!! 『分かりませんでした』なんて言わせねえぞ……? アイツの! ルキアの!! 悲しそうな顔見えねえのかっ!!? 見てないから……見えないからそんなこと言えるのか!!? なあっ!!? おいっ!!? なんとか言えよぉ!!!」

「ご、ごめんなさいっ! あっ、謝ります!!」

「俺に向かって謝っても仕方ねえだろうが!! ルキアに謝れ!! だけどなっ、許されようだなんて魂胆で謝るなよ……!? もしそんな腹積もりで謝るってんならな、その分厚い面の皮が剥がれるまでぶん殴ってやるっ……!!」

「ひっ、ひぃぃい……!?」

 

「おいっ、なんの騒ぎだ!?」

 

 最早脅迫に等しい旨を焰真が口にすれば、騒ぎを聞きつけたらしい教師が数人駆け足でやって来た。

 そして状況を見て、男子生徒に馬乗りになっている焰真の両腕を抱きかかえ、無理やり男子生徒から引っぺがす。

 

 その間も怒りが収まらない焰真は、歯を食いしばり、歯をガタガタと鳴らす男子生徒に鋭い眼光を光らせていた。まるで閻魔に睨まれた罪人のように顔面蒼白な彼を、ようやく近くに居た知り合いと思しき者達が近寄る。

 今の今まで男子生徒を庇わなかったということは、それなりに彼らにも覚えがあるということなのだろう。

 

 烈火の如く憤慨していた焰真が居なくなり、廊下はシンと静まり返る。嵐が過ぎ去った後のような静寂に包まれる廊下はどこか重々しい空気に包まれていた。

 

 しかし、次第に人々は廊下から去っていく。

 この場に残ると焰真の怒りを幻視するため、彼の怒りに覚えがある者は居た堪れなくなるのだろう。

 そうしている間、一人廊下に立ち尽くすルキアは痛む胸を手で押さえた。

 

「焰真……」

 

 いくら悪口を言われたとしても、自分のために他人に暴力を振るうのはルキアは好ましいとは思わない。寧ろ嫌悪感を覚える。

 だが、それでも胸の内に渦巻く“熱”に嘘は吐けない。

 

(ありがとう……)

 

 自分のために本気で怒ってくれる者。

 その存在の大きさを改めて実感したルキアは、今一度涙を零すのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

(……やってしまった)

 

 広い道場を一人で拭き掃除する焰真はひたすらに反省していた。

 いくら怒りを覚えたとしても。それが傍から見て自業自得と見えるような事実があったとしても拳を振るうのはイケなかった。

 

 意気消沈する焰真は、現在男子生徒を殴った罰として道場の掃除を教師に命じられている。

 流魂街出身の者が貴族―――それも運が悪い事に上流貴族の出の者を殴るなど、謹慎や停学処分、最悪退学処分にされてもおかしくはなかった。

 だが、事情が事情であること。そしてなにより五大貴族であるルキアが焰真を擁護してくれたこともあり、処分は放課後居残りで道場の掃除をするだけに留まった。

 

(まさか俺があそこまでキレやすい人間だったとは……)

 

 怒ったとしても理性でなんとか食い止めることができると踏んでいた焰真であったが、それが間違いであったことは今日の一件で重々理解した。

 ルキアと付き合うようになってから、自分への陰口が叩かれていることは認識していた。

 だが、中身の伴っていない事実無根の内容や、それこそ成績についてなど納得できる内容であったため、比較的穏やかにこれまでは過ごせていたのだ。

 

 しかし、その舌鋒が他人に向かった途端、感情を抑えきれなくなってしまった。

 

(ルキアが気に病んでないといいけど……あと、殴っちゃった奴も大丈夫か?)

 

 キュッキュッと音が鳴るほどに床を磨き上げる焰真は、他人への心配で頭が一杯だ。

 人の汗や垢、髪の毛に汚れる道場を雑巾一つで磨き上げる焰真は、雑巾に水っ気がなくなってきた頃を目途に、桶に組んでおいた水の下へ絞りに向かう。

 

「おぉ! 君か、朝喧嘩していたという生徒は」

「ん?」

 

 突然道場に響く気さくな声。

 怪訝に眉を顰めて焰真が振り返れば、そこには死覇装の上に白い羽織を着る白い長髪の優男風な男が経っていた。

 

「えっと……誰、ですか?」

「おっと、すまない。自己紹介が遅れたな。俺は十三番隊長の浮竹十四郎という者だ」

「隊ちょ……っ!?」

 

 隊長。それは文字通り、瀞霊廷を守護する十三個ある隊のそれぞれのトップ。隊長に共通するのは、所属している隊の番号と掲げる隊花を背中に紋様として刻んだ羽織を着ていること。身分を証明するかのように振り返る浮竹の羽織の背中には、確かに『十三』と書かれていた。

 院生にとっては雲の上の存在。それほどまでに恐れ多い存在を前にして、サッと顔から血の気が引いた焰真は跪く。

 

 しかし、浮竹はこう告げる。

 

「あぁ、別にそんな畏まらなくても大丈夫だ! ちょっとそこで腰を下ろして話でもしないか?」

「え? あ……でも……」

「見た所、今の今まで拭き掃除をしてたんだろう? 見ろ、床がピカピカじゃないか! こんなに綺麗な床になら腰を下ろすのも吝かじゃないだろう。ささっ、ほら」

「あぁ、はい」

 

 浮竹の催促を受け、焰真は恐る恐る自分が磨き上げた道場の床に腰を下ろす。

 浮竹もそんな彼の隣に腰かけ、柔和な笑みを投げかける。

 

「今日は霊術院の視察に来ていてな。俺も元々は霊術院出身なんだ。だから、君……えっと」

「あっ、芥火焰真……です」

「おぉ、そうか芥火か! 覚えておくよ」

「きょ、恐縮です」

「それで……そうだ。朝、視察の打ち合わせにと待合室に居たんだがな、なんだ、喧嘩してるみたいな騒ぎが起きたじゃないか。後でそれについて聞いてみたんだが、君が女子生徒への悪口に怒って喧嘩していたって聞いたものだから、どんな子かと一目見たかったんだ」

「……」

 

 思わず押し黙る焰真。

 特段説教されている雰囲気ではないものの、自分にも非がある話を持ち出されてしまうと、どうにも言葉が上手くでてこない。

 そんな俯き気味の焰真に対し、浮竹はこう続ける。

 

「優しい奴じゃないか」

「え?」

「人のために怒れる君が優しいと言ったんだよ。こう言ってはなんだが、貴族間だけじゃなくてこうした学び舎にも階級制的な思想が根付いてないとは言えないからな。いつの時代もそうさ。身分を振りかざす輩は居る。その所為で流魂街出身の子は貴族の子にやられっぱなしということも多い。でも、そんな中で人を庇って怒れる君は優しい……俺はそう思う」

「……乱暴なだけですよ。いくら真っ当な理由があっても、殴っちゃダメだった」

 

 ジッと己の拳を見つめる焰真はそう呟く、心なしか彼の視線は、拳とは別の何かを見ているように浮竹には窺えた。

 

「俺、小さい時は理由があったら相手を滅多打ちにしても許されると思ってた。お互い様だって。でも、教えられたんです。なんでもかんでも暴力で解決することは良くないって」

「……誰にだい?」

「……家族みたいに大切な人です」

「……そうか。きっとその人も優しいんだろうなあ」

「はい。俺もそんな風になりたいって思ったけど、この有様だ。結局、優しいフリしてるだけだったんです」

「それは違うぞ」

 

 自嘲気味に言の葉を吐き捨てる焰真に対し、先程までの柔和な声色が一変、重く腹底に響きわたるような声色で浮竹が声を上げる。

 思わず焰真が見上げれば、浮竹は真摯な面持ちで真っすぐと焰真を見つめていた。

 

「優しいことは怒らないことじゃない。ましてや、人を殴らないことでもない。優しいっていうのはだな、許せないことを見逃さないことだ」

「……それは……正義感じゃないんですか?」

「ん? まあ、そうも言えるな。だが、大事なのは人を慮る気持ちだ」

「人を……慮る」

「ああ。芥火、君は女子生徒への悪口を聞いたから許せなくなった。相違ないな?」

「はい」

「そして今は殴らないべきだったと反省している。でもそれは、『怒らなければよかった』という訳じゃないだろう? 相手の言動を窘める手段として、もっと別の手段を模索しなければならなかった……という意味のハズだ」

 

 言われてみれば……。

 浮竹の言葉に、焰真はどこか引っかかりを覚えていた胸のつっかえがなくなった気がした。

 

「……でも手が出た。その事実に変わりはありません。いくら後で反省したからって、実際その時どうできるかが問題じゃないんですか? 上辺だけ取り繕うなんて誰だってできます」

「ははっ、それもそうだ。だが君が真に優しくありたいと願うなら、今は反省し、次に生かそうとすればいいんだ。優しい人は始めから優しかった訳じゃない。勿論、その人の生来の気質もあるだろうけれど、少しずつ培われていった……それは確かさ」

 

 ポン、と大きな掌が焰真の頭に乗せられる。

 大きな掌だ。無骨さを感じさせるものの、荒々しさはない。

 この時焰真は、かつて会ったことのある死神―――志波海燕を思い出した。彼もまた、浮竹のような温かさを感じさせる人物であった。

 憧れの人物によく似た浮竹に、焰真は得も言われぬ感覚を覚える。

 単純に尊敬しているという訳でもない。ただ、いつかはこの人のようになりたい、この人を超えたいという想いを焰真に宿らせる“何か”が浮竹には在った。

 

「始めから理性的に動ける人間なんていない。まあ、確かに殴るのはイケなかったな! でも、その時君が抱いた感情自体は間違ったものじゃない」

「……そう、ですか?」

「ああ。君はまだ若い。自分の気持ちを律するようにできるのは、これから頑張ることなんだ。そうして皆大人になる。俺もそうなって大人になったつもりさ。ただ今はその時に感じた“心”が正しいものか間違ったものか……それを判断できるようにと心得てくれ」

 

 やおら立ち上がる浮竹。

 羽織を靡かす彼は、『それじゃあ頑張れよ』と焰真に激励を送り、道場を去っていってしまった。

 暫し静寂が場を支配する。

 焰真は自分の隣に日だまりがあるかのような感覚を覚えつつ、静かに過ぎる時間を堪能した。

 

(心……か)

 

 何の気なしに空を見上げれば、夕焼け色に染まりつつある景色に眩い光を放つ円が穿たれている。

 

「まだよくわからねえや」

 

 心の解を思案した焰真であったが、今はまだ解は出そうにない。

 しかし、これから見つけていけば良い。

 不思議と今はそう考えることができた。

 


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